第四十話「そして二人の手の中に」



世界が、黄金色と桜色に包まれた。絶対的強固さを誇るジュエルシード・モンスターキングを打ち倒すべく放ったなのはとフェイトの切り札。それは無残にも意味を成さない。
曰く、真に絶対的な力の差とは智略で覆せるものでは無い。
それはまるで自然と人の戦い。荒れ狂う天変地異を前にした人の様に無力。これは、認めたくない現実だ。頭の何処かで理解していた。相手がジュエルシードそのものなのだとしたら、たかが魔導師二人でどうにか出来る存在では無いという事は。相手はロストロギアで、それも次元震を引き起こせるクラス。高町なのはの持つ最大の攻撃力でも突破出来ず、フェイト・テスタロッサの策も速度もあれを倒すには至らない。
「脆弱な、人。力を手にする事は叶わない」
キングが言って、攻める。
真正面からの触手攻撃。なのはとフェイトを正面から貫こうとするそれは普段の彼女達であれば回避する事は難しくない。だが、自分の中に残る魔力の大半を消費した魔法の反動か、一時的に二人の反応速度は落ちていた。それでも、魔法で加速する事が出来れば問題は無かった。ただ、その魔法を使う為の根源が足りない。
「フェイトちゃん!」
なのははすぐさまフェイトの前に立って残る魔力全てで障壁を展開する。今のなのはには突き進む触手全てを避けるだけの速度は出せなくて、フェイトは足に怪我を負っている。ならば取るべき行動は一つ。フェイトよりは防御能力の高い自分が盾になる。そうしなければ、最悪フェイトは死んでしまう。けど、そんな事をすればなのはが死んでしまうかもしれない。フェイトはそれを許さなかった。
「どいて!」
ドンッ、と音がする。フェイトの前に立ったなのはをフェイトが突き飛ばす音。なのはは横に飛ばされ、触手の攻撃範囲から外れ、フェイトは攻撃範囲の真っただ中に居る。
「フェイトちゃん!!」
「あなたなら、あいつを倒せる。だから確かめて欲しい。母さんが私に言った事が本当かど…………」
声が、触手の衝突によって遮られる。フェイトの腕を、足を、胴体を、気持ちの悪い触手が貫き、痛みを与える。声にならない悲鳴が、想像を絶する痛みをフェイトが受けているのだと、なのはに知らせる。
「ふぇ、フェイトちゃん……………………」
触手がひしめくその隙間から、赤い液体が流れ出る。まるで現実味の無い、赤い水。
「フェイトちゃん!」
駄目だ。誰も死んじゃ駄目なんだ。誰かが大切な人を失うのは嫌なんだ。幾多もの生物の死を見届けた。それが例え敵であったとしても、ジュエルシードによって与えられた仮初めの存在だったとしても命だ。今まで見て来たそれらが、なのはにその意思を強く持たせる。主の願いを叶えたいとレイジングハートが想った。その想いに、応える者が居た。

――――――――

それは小さな声だった。けれど主を想う真摯な声で、強い声。耳に届かない声を伝える。
「レイジングハート!!」
なのはのバリアジャケットが消え、普段着の姿へと戻る。だがそれは戦意を失ったという訳でも、バリアジャケットを維持できなくなったという訳でも無い。単に必要だからそうしただけの事。
普段着のなのはの右手に、金色の球が吸い込まれて行く。
「バルディッシュ!!」
左手にレイジングハート、右手にバルディッシュ。
Set up――
Set up――
重なる音声、重なる魔力、二つのデバイスを手に、なのはの白いバリアジャケットが再び構成される。右手に黄金の魔力、左手に桜色の魔力。
「サンダースコール!」
降るは雷の雨。横暴にして気色悪い触手共を蹴散らす力。雷に焼かれた触手はあっという間に無くなり、傷だらけのフェイトをその脅威から救う。そして走る。
眼にも止まらぬ速度で、キングが向けた数十もの触手を避け、走る。叩き込む左手の一撃は彼女の限界を超えた領域。
「ディバインバスター・パニッシュ!」
砲撃を行う為の魔力を使用して殴り付ける魔力拳。それがキングの前方に張り巡らされた紫色の壁に阻まれる。本来ならそれは突き破れぬ強固なる城壁。だがそれを破る術が今のなのはにはある。レイジングハートとバルディッシュ、二つのデバイスを同時に操る今のなのはになら。
「あああああああああ――」
二つのデバイスによる高速の演算処理。ただ出鱈目に威力を引き上げる為に脳とリンカーコアを駆動させる。
砕け無い、破れない、破壊出来ない。周り込もうとしても逃げられる。けど。
「――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
蹴って吹き飛ばす事は出来る。
「ぬ、ぬおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
そして、吹き飛ばされて生まれた隙を突く。デバイス二つ分の力を持って成す高町なのはの右腕の力。
忘れもしない。この右腕は高町なのはであって高町なのはに有らず。この右腕は、高町なのはであると同時にローグウェル・バニングス。なのはの腕が折れた時、イリスが治癒に使った方法。それは他人の腕という設計図の通りになのはの右腕そのものを作りかえるという方法。なのはの右腕という崩された積み木をローグの右腕という組み上げられた積み木と同じ形に真似て治す方法。ならば使える筈だ。この右腕に限り、ローグの持つレアスキル、究極の一点―オーバーハング―が。
その力、ただ一点のみに特化した力を与えるという一点突破能力。ローグをアリサを守るという事に特化した存在へと変えた力。それをなのはは使い、如何なる壁をも打ち破る事に特化したものへと、自分の右腕を変化させる。
「せぇぇぇっぇぇぇいい!!」
パリン、とガラスが割れるよりも酷く簡単な音がする。そして紫の壁が破砕され、なのはがジュエルシード・モンスターキングの体内に、バルディッシュを握った右腕を突き入れる。
「ぐおおおおおおおお!!!!」
右手の中に、バルディッシュ以外に確かな感触がした。それを引き抜く。
ズボッ。
滴り落ちる血が不快で、まとわり付く肉片が一層不快で、デバイスを二つ同時に使ったとかレアスキル無理矢理に使ったとかで脳の神経焼き切れそうで、リンカーコアがやばい事になってそうで、それでもなのはは自分の右手の中にあるものの内一つをフェイトに向けて放り投げる。待機状態にしたバルディッシュも一緒に。
それはカランと音をたてて転がり、血だらけのフェイトの足元へ辿り着いた。それの力を使い、バルディッシュがフェイトの傷を癒し始める。
それを見届けたなのはは、再びキングに向き直る。
「魔導師よ、私はお前を甘く見ていた。お前は、力を手にするに相応しいのかも知れん」
「そんなものに興味は無いよ。私はただ、みんなの幸せを壊す人達が許せない。だから、その原因となったあなたも許せない」
なのはは右手を開く。そこに在ったのは、三つのジュエルシード。
「来て」
呼ぶ。
「来て」
掌の中にあるそれを。
「来て!」
強く。
「そして――」
願う。
「この手に!!」
なのはの掌の中に、三つのジュエルシードが取り込まれ、融合した。
「ぐおおおおおおおお!!!」
それを危険と悟ったのか、キングがなのは目掛けて攻撃を仕掛ける。毎度毎度馬鹿みたいな触手による刺突攻撃。ご丁寧に紫の壁まで展開し直して。
くだらない。
「ブレイドモード!」
なのははレイジングハートを刃へと変形させてそれら全てを薙ぎ払う。まとめて、紫の壁も一緒に。そして再び右手をキングの体内へ突き入れ、ジュエルシードを引きずり出す。今度は七つ。それも全て、取り込んだ。
「ディバインシューター!!」
なのはの周囲に巨大なスフィアが幾つも展開される。その数実に100。その程度では足りないので3倍に増やして全て撃ち込んだ。それを無造作な腕の一振りで操り、仕向ける。視界一面が桜色に染まって、所々から毒々しい血が噴き出していた。
「私は、私は死なんぞ!魔導師!!」
キングのその言葉が五月蠅かったので、普段より20割増しのディバインバスターで黙らせた。






眼を開けると、割れた天井があった。ぐしゃぐしゃに壊れていた。
ちょっと考えると、それを壊したのは自分だと分かった。自分のすぐ近くでジュエルシードの力を使って傷を癒してくれているパートナーの姿が眼に入った。
「また迷惑をかけちゃったみたいだね。バルディッシュ」
寡黙なパートナーは答えない。きっと迷惑だなんて思っていないから、沈黙を持って否定とする。
「私も行こうか。人に任せっ放しは、なんか申し訳ないから。弱気な事言って於いて今更だけどね」
そう言ってフェイトは立ち上がり、走りだした。まだ全身を駆け廻る痛みはあるけれど、それが自己主張を繰り返すという事は生きているという証明。ならばこの身が痛む限り走り続けよう。それが母への愛を示す手段。
なのはのディバインバスターに吹き飛ばされて、黙らされたキングの体にバルディッシュを捻じ込み、ジュエルシードを引き抜いた。数えるとそれは九。バルディッシュがフェイトを癒す為に使用していたものと合わせればその数は十。なのはが持っている数と同じ。
「来て」
唱える。
「そう、さあ」
歌う為にある様な声で。
「速く!」
願う。
「そして、この手に!」
発光、黄金、明滅、竜。
「マリオネット」
フェイトの声に床が反応する。魔竜眼―イヴィルアイ―に操られた床は変形し、歪曲し、肥大化し、膨脹し、確定して巨大な腕の形を取る。そのサイズは大きくて大きくて、キングを握りつぶせるくらいあった。
グシャ。
「フェイトちゃん!」
「分かった」
一々細かい説明なんてしなくても声を掛ければそれで通じる。それ程に今の二人の心は近く、似通っていた。
「スターライト」
なのはが魔力を集束する。考えうる限り最高のスピードで、最高の出力で魔法を創り出す。星の光が全てを撃ち貫かんが為に。
「フォトンランサー」
フェイトが空中にあり得ない数のスフィアを形成する。百の位を飛ばして千の位に届いた全てを、完全にコントロールしている。
「魔導師、これ程までに危険な存在か!これ程までに、世界を歪ませる存在か!」
キングが戯言をおっしゃってやがるがそんなもの関係無い。今のなのはとフェイトに、たかがジュエルシードの力を持っただけの化け物が勝てると思っているのならば、それはなんて短絡的思考。
考えればすぐに分かるさ、なのはとフェイトは共に十ものジュエルシードを持ってそれを不安定にでもコントロールしてみせている。数字で表すとすれば、レイジングハートとバルディッシュをフルに使った状態での二人の魔力運用を100として、ジュエルシード一つ辺りの、なのはとフェイトが操れる限界の魔力運用を1500とする。単純計算すれば、二人の力は通常時の151倍だ。
対して、キングの持つジュエルシードは一つ。桁が違う。
通常時を遥かに超える魔力など制御出来る筈が無いと言っても、それを実際にしている人間が二人もいるのでは、その説は破綻しているとしか言えない。魔導師は、常々理不尽なものだ。
「ブレイカー!!」
「ファランクスシフト!!」
だから、キング共々時の庭園に風穴を開けるなんて簡単過ぎて仕方ない。
「魔導師、危険な存在。力を得るに相応しい存在」
体の大部分を吹き飛ばされて、頭だけしか残っていないキングが言う。言葉が終わると共にキングの体は再生し、部分的破壊では倒せないと二人に知らしめる。
「あなたの力なんて要らない。私は母さんに会いにここまで来たんだから邪魔しないで」
フェイトがバルディッシュを持たない方の腕を振るう。それと同時にフェイトの背後にうっすらと何かの姿が見えた。よくよく見ると何かというのは竜だった。
フェイトもなのはも知らないが、この竜は余りの凶暴さ故にかつて魔導師達に討伐された竜、真竜だ。最も、既に討伐されて死んでいるので死竜と言った方が正しいか。
ともかく、フェイトの持つ魔竜眼―イヴィルアイ―とは、本来この竜の力を使う為にあるものだ。ポルターガイスと、マリオネットの能力は元々この竜が持っていたものであり、付属品に過ぎない。この能力の真価は既に死した竜と同等の力を所有者に与えるというもの。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だから今のフェイトの身体能力は竜そのものだ。拳の一撃で岩盤を砕き、放たれる蹴りはそれこそ途方も無い破壊力を持つ。そんな力を速度重視の戦闘スタイルを持つフェイトが使えば、どれ程の攻撃力を生むのか分からない。少なくとも、これまでのフェイトには出来なかった事。自分の心を閉じ込めていたこれまでのフェイトには出来なかった事でも、素直に母を求めるこれからのフェイトになら使える力。この力も、普段の151倍の出力を誇る。
「ふっ!」
左腕を振子の様にぶつければ、骨の軋む音がした。それはフェイトのものか、それともただ殴られただけで体の3割を吹き飛ばされたキングのものなのかは分からないが、キングがフェイトに勝てない事に変わりは無い。
呆れるくらい簡単に吹き飛ぶキングを、フェイトは絶え間無く攻め続ける。バルディッシュを空中に放り投げ、落ちて来るまでの間に両手をフルに使い殴る。秒間で百の位に届く神速。常人の眼では残像がサブリミナルみたいに一瞬、それ以上に速く映る。破壊力は言うまでも無く、真に暴力。
やがて空中に放り投げたバルディッシュがフェイトの手元まで落ちて来る。それを左手で掴み取り、右手に力を込める。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
音と衝撃にズレのある拳。拳を受けたキングの体が歪み、破壊された後になって破壊音。続いて片手だけで握っていたバルディッシュを両手で握り、振りかぶり、突き刺す。衝撃が、奥まで抜けた。
「プット、プットプットプット!!」
いい加減決着をつけないといけない。なのはとフェイトの強過ぎる魔力の余波で次元震が起きかけている。これ以上戦いを続ければそれが現実になる。次元震が起こらない様にとジュエルシードを集めていたのに、自分達で起こしていては意味が無い。早々に決着を付けるべくなのはは最大の魔法を行使する。
スターライトブレイカーの要領で魔力を集束。だがそれだけでは終わらない。キングは戦闘力こそ今のなのは達に遥かに劣るが、再生能力だけは異常に高かった。幾ら肉体を滅ぼしても肉片さえあればすぐさま再生する。キングを倒すには一撃で完全消滅させなければならない。その為の極大集束砲。
けれどただ集めるだけでは足りない、それでは時間がかかり過ぎるし弱過ぎる。だからなのはは考えた。自分だけの力で集束させるには限界がある。だから、それ自身が魔力を集束する機能を持つ様に仕向けた。
なのはは継ぎ足し削ぎ落とす者―カスタマイザー―の力を使い、自分が創る魔力球に命じた。一点に集えと。
その結果、なのはが集束した魔力は集束された後も際限無く中心へと進み集まり、収縮していった。それが余りにも際限無く繰り返されるものだから、スターライトブレイカーはほとんど別の魔法と言ってもいいくらい小さな小さな魔力球へと成った。生まれたのは極小の縮退球。果てなき収縮を続ける無限の点。
スターライトブレイカーと同じで、同時に異なるとも言える魔法。名付けるのであれば、そう…………
「全力全開!!」
それは星の光。王を撃ち貫く、儚く力強い光。
「スターライト・キングブレイカー!!」
桜色の光が駆け、王を殺す。これは小規模次元震じゃないのかって勘違いさせるくらい強力なエネルギーを放って。そんな中、唯一形を保っている存在、ジュエルシードを視界の中央に捉える。なのはが持っているもので無く、フェイトが持っているものでも無い。正真正銘、キングが体内に宿していた最後のジュエルシード。
それがまだ暴れ足りないと疼いているから、叱ってやった。最強の武器を用いて。
「私のフィニッシュブローはね、左ストレートなんだよ!!」
これで、一つの事件の終息となった。



第四十話 完

次 最終話
『不公平だからね』





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