アルトはその夜、とてつもない寝苦しさに襲われていた。なぜか胸が圧迫されたように苦しいのだ。 「ん、うぅ……」 アルトは寝苦しさに耐えられなくなり、そっと目を開けた。するとそこには、 「ひ!」 自分の胸を弄ぶ黒い影がいた。アルトが悲鳴を上げようとした瞬間、黒い影は忽然と消えてしまった。 そしてこの夜、同じ被害を受けた者が複数いた。しかもそれは、フォワードの新人やロングアーチの若い娘をばかりを狙っていたという。 翌日、起動六課はこの話題で持ち切りになった。ロングアーチは直ちに犯人究明に奔走したが、犯人らしき痕跡は何も残っていなかった。 「ぐはぁ!」 スバルははやての一撃で地面に転がった。事件から数時間後、慌ただしい隊舎から離れ、室内型になった訓練場に二人は来ていた。 「私が何を言いたいのかわかるな? スバル?」 空から舞い降りたはやてにスバルは頷く。二人共既にバリアジャケットを装着済みだ。 「寝込み襲うなんて最低や!」 「ですが、マスターはやて! 私は自分に持てる全ての技術を発揮しただけです!」 そんなスバルに、はやては悲しい顔をする。 「あんなスバル? いくら技術があろうとも、寝込みは邪道や……」 「なんでですか!」 しかし、スバルにはそれがわからない 「人の胸を揉むのは自分のタメやない。その胸のタメや」 「!」 「あたしらに架せられた使命は揉んだ胸を育て見守ることや。せやから、決して私利私欲のタメに揉んだらあかん」 その言葉にスバルは顔を伏せ、静かに涙を流す。 「マスターはやて。私が……私が間違ってました」 はやてはスバルの前で片足をつき、その肩を掴んだ。それに応じてスバルは顔を上げる。そこには、優しいはやての顔があった。 「ええねん、わかっとると勝手に思ってた私のミスや」 「そんな!」 「もうそんな話はええ。スバル、私はあんたに期待しとるんや」 スバルは驚く。 「確かに寝込みはあかん。けどな、そこで使われた技術は見事なもんや。それはスバルが私からええ物を吸収しとる証拠。流石は私の一番弟子、私もマスターとして鼻が高いよ」 「マスターはやて……」 スバルは涙を流しながら、それしか言えなかった。はやてはスバルを抱き寄せる。 「失敗は誰にでもある事や。気にせんでええ。今はいっぱい泣いとこ?」 はやての胸の中でスバルは何度も頷き、泣き続けた。 「茶番は終わりかな? スバル、ネタは上がってるよ」 はやてとスバルは同時に声のした方を向く。 「なのはちゃん……フェイトちゃん……」 「ティア……アルト……」 4人は笑顔で立っていた。 「そんな、どうして、いつからそこに……それ以前になんでわかったんや!」 立ち上がったはやての叫びに、アルトが答える。 「入って来たのは、ついさっきですよ」 「じゃあ、なんで……」 「部隊長、あなたがかき集めたロングアーチの力を嘗めすぎです。いくら密室にしても、盗聴と侵入の方法はいくらでもあるんですよ」 「くっ……せやけど、なんで特定できたんや。スバルの技術は完璧やった」 「ご自分の家族の力も忘れたんですか?」 「なんやて?」 「ザフィーラさんの感知能力にスバルさんが引っ掛かったですよ」 「そんな……」 はやては崩れ落ちた。アルトは踵を返し、他の3人に言う。 「後はよろしくお願いします」 会釈して、アルトは訓練場から出た。 フェイトがバルディッシュを構える。 「はやて……覚悟は、出来てるよね?」 なのはがレイジングハートで砲撃体勢に入る。 「はやてちゃん。私の教え子を奪った罪、私の教え子を悪い方に導いた罪……どっちも重いよ?」 ティアナがクロスミラージュを、状況をよく理解出来ず唖然としているスバルに向ける。 「なのはさん、私にもやらせてください。奴には前々から怨みがあるんです」 ニコニコ顔の彼女らを見た時、はやては咄嗟に行動した。はやての目の前にウィンドウが現れ、そこにシャッハが映る。 「シャ、シャッハ! カリムはどないしたんや!?」 はやてが通信で呼んだのはカリムだったのだが、そこにはなぜか彼女の付き人であるシャッハがいた。彼女ははやての声を受けると、体を半歩横に移動させる。 そこには、天蓋付きのベッドがあった。しかもなんでかシーツの真ん中が盛り上がっている。 『カリム様はただいまお昼寝の時間です』 「二度寝しとるー!――」 はやては叫び、その間を縫うようにシャッハが言う。 『用がありましたら、わたくしにお申し付けください』 「――あの、お嬢様気取りのババアはなんで二度寝しとんねん!」 『では、そのように』 シャッハは、はやての絶叫の後半部分をしっかりと記憶した。 「え、ちょっと今のは」 はやてが訂正する前にシャッハは一方的に通信を切る。 愕然とするはやてだったが、今はそうも言ってられない。すぐさま別のウィンドウを開く。そこには、ちゃんと通信した相手がいた。 「クロノ君!」 『なんだ、どうした。はやて?』 「2ランクでいいから、今すぐ限定解除して!」 『嫌だ』 「そんな殺生な―――!」 はやての叫び声を無視し、クロノは言った。 『すまんが、今は家族サービス中だ。手が離せない』 確かによく見ればクロノは私服で、子供の笑い声や機械の動く音が聞こえ、画面の端からはジェットコースターの物らしいレールが見えた。 「クロノ君は一時の家族団欒と、永遠に失われる私の命のどっちが大切なんやっ!」 『家族』 クロノはキッパリと言った。 「クロノ君のアホ、エロノ、クロリ、鬼畜―――っ!」 『お、おい! はや』 今度ははやてが一方的に通信を切った。 「はやて、クロノの悪口言ったね……」 フェイトはバルディッシュをライアットフォームにし、大上段に構える。 「はやてちゃん、遺言は残せたかな?」 なのははレイジングハートをブラスターモードに変更して、全力全開モードに入った。 「いいから、早く私に撃たせてください」 ティアナは二挺のクロスミラージュを持ち、最大威力のクロスファイヤーの体制に入っていた。 「ちょ、なんで二人ともリミットブレイクが使えんねん!」 もっともなはやての疑問に答えたのは、意外な人物達だった。 『私が特例で許可出したの』 『私もクロノ君に頼んでね』 はやての前に二つのウィンドウが現れ、カリムとエイミィが現れる。 二人とも額に青筋がクッキリと浮かんでいた。 『お嬢様気取りのババアで悪かったわね?』 『誰の夫が鬼畜だって?』 二人とも清々しいくらい笑顔で、それがまた恐かった。そして、フェイト・なのは・ティアナの三人はそれぞれ申し合わせたかのように、魔法を施行する。 「プラズマザンバー――」 「スターライト――」 「クロスファイヤー――」 はやては最後の抵抗に、三人から背を向けて逃げ出した。 「い、い……」 引きつった口からは言葉が漏れる。 「ブレイカ―――――っ!」 三人の声が重なり、三色の光の奔流がはやてとスバルを飲み込もうとしていた。 「いーやーや――――――――――っ!!」 その時、はやての断末魔は隊舎を通り抜け、遊園地や聖王教会にまで届いたらしい。 なお、この出来事は後のミッドチルダ史に刻まれ、人々に語り継がれて、『寝込みを襲うと悪魔と死神と凶弾に仕返しされる』という諺を作り、いたずら好きの子供たちを震え上がらせたという。 ―――――――――― どもども、福神です。 けっこうな自信作でしたがどうでしたでしょうか? 感想お待ちしております。 てな訳で、連続投稿二作目。 |