〜すべての始まり 前編〜 「ルーちゃん、エリオくんに引っ付きすぎ!!その手を離して!!」 「…エリオ、わたしの…そっちこそ離して」 「キャロ、ルー、二人とも離して!!腕が痛いからっ!!」 機動六課の食堂では、今日もエリオを中心に、キャロとルーテシアによる女の戦いが繰り広げられていた。『今日も』というのは、この光景がこのところ毎日のように見られるからである。 “両手に花”といえば聞こえはいいが、二人の女に両側から強引に引っ張られ、さぞかし本人はツライことだろう。 その証拠に、余程のことがない限りいつも笑顔を絶えさないエリオの顔が引き攣っている。 「エリオは今日も人気やね。でも、キャロの方が一歩リードっぽいなぁ〜シグナムはどう思う?」 「…申し訳ありません。私には分かりかねます」 「む〜、そんな言わんといて。シグナムかて、うちと同じで【キャロがエリオを勝ち取る】に結構な額を賭けとったやん」 「それは…」 エリオ達の争いをバックに、はやてとシグナムの会話が食堂全体に聞こえてくる。食堂に居る者たちは、皆静かに、三人を観察しながら無言で食べているので、普通の声の音量でも食堂全体に響いてしまう訳だ。 しかしそんなことは気にも留めず、エリオの心を誰が射止めるか賭けている。という、上に立つ者としてあまり褒められたことじゃないことをサラリというはやて。普通の職場なら、上司のスキャンダルとして取り上げられる会話も、機動六課では、そのへんに生えている草のように誰も気にしない。 其れも其のはず、食堂にいるほとんどの局員が、その賭けに参加しているからである。 全員無言で食べるのも、賭けの結果が気になるからだ。 なのはvs新人四人の模擬戦の際、ヴァイス率いるヘリパイロットが賭け事をした時には、仲間をダシに賭け事をするとは!!とレヴァンティン片手に手入れをしたが、今回は首謀者が己の主なうえ、参加数、賭け金ともに前回とは規模が違いすぎるため、いくらシグナムと云えども簡単には手が出せなかった。 ――ならば、賭け事のことなど知らなければよかった。―― そう思うシグナムであったが、偶然とはいえ、はやてから渡された書類の中に、誰がどれに賭けているか書いてある紙が紛れ込んでいたのを見てしまい、今こうして巻き込まれているのである。 はやての問いにどう答えるべきか考えているうち、前方に見慣れた二人組がこっちに向かってくるのが見えた。 「はやて、シグナムをからかうのはそれくらいにしておいたら?」 「そうだよ、はやてちゃん。あんまり苛めると可哀想だよ」 「ん?なのはちゃん、フェイトちゃん。いや〜シグナムの反応が面白くてな?ついつい調子にのってもーた」 「…私はからかわれていたのですか」 以外なことに、守護騎士の中で一番からかうと面白いのがシグナムであるそうだ。 シャマルは笑って冗談に乗ってくるし、ザフィーラは静かにスルー、ヴィータは今までからかい過ぎたせいか、最近ではすぐにからかわれていると気づいてしまう。 「いや〜今回のネタでからかえるのはシグナムしか居らんからな。シャマルはノリノリで参加してるし、ヴィータやザフィーラは賭けのこと知らんし…」 ――羨ましい―― シグナムは心の底から思った。知らないことは幸せである。 あの紙さえ見なければ、私もそちら側に行けたのだろうか? 大体、キャロに賭けたのも、はやてとフェイトによる無言の圧力があったからだ。 はやては、どこからそんな自信が来るのか不思議なくらい、キャロとエリオが付き合うと言っているし、フェイトは保護者として、キャロにもエリオにも幸せになってもらいたいらしい。 「そういえば、はやてちゃんはキャロに賭けてたよね?どうして?」 なのはがずっと気になっていたことを聞く。 「えっ?だって当然やろ?」 「「「?」」」 「エリオ、キャロのことお姫様抱っこしとったやん」 「えっι」 「お姫様抱っこって、将来結婚する二人がするもんなんやろ?」 「…」 「えっと、はやて、それ誰から教えてもらったの?」 「誰って、グレアムおじさんやけど」 この答えに、三人は絶句してしまった。 小さいころのいたいけな少女に何を教えているのだろうか… それよりもまず、何故それが嘘だと気づかない!? はやての足が不自由だったころ、シグナムやシャマルははやてをお姫様抱っこで抱き上げたことが多々ある。 はやての言う理屈でいくと、はやてはシグナムやシャマルと結婚しなくてはならなくなる。 ともかく、早く誤解を解かなければ!!そう思ったなのはとフェイトの行動は早かった。 はやての両肩をそれぞれ掴み、お姫様抱っこがどんなものなのかを詳しく話している。 話を聞いているはやての顔は、青くなったり赤くなったりと忙しい。 自分が今までどんな思い違いをしていたのかが分かったようだ。 「つまり、なんや?別にお姫様抱っこは求婚の証でもなんでもなく、うちは十年来、グレアムおじさんに騙されとったちゅーわけか?」 「まあ、そうなりますね」 「…シグナム、今度長期休暇が入ったら、久しぶりにおじさんに会いに行こうな」 「お供いたします」 流石に今回は向こうが悪い。いくら恩人といえども、主が侮辱されたとあっては、守護騎士として黙っているわけにはいかないのだ。 どんな風に、制裁を加えるか考えていたせいか、シグナムは後ろから近づいてくる気配に気づかなかった。 「おいシグナム。何が騙されてたんだ?」 「ヴィータか…いや、なに、主は今、ひとつ賢くなって、大人への道を歩み出したのだ」 「意味わかんねーよ」 「私も何を言っているのか分からん」 「…もういい」 いきなり話しかけられて内心驚きはしたものの、騎士としてのプライドと意地で平常心を装って言葉を交わすシグナム。後ろを振り向けば、予想通り、食事の乗ったトレイを持ち呆れた顔でシグナムを見ているヴィータがいた。 「あーっ。ヴィータちゃんだ〜書類整理終わったの?」 「終わったから来てみれば、あの三人はまたやってるし、はやてがスゲー顔で騙されたって言ってるし、…いったい何があったんだ?」 「ヴィータちゃんが気にすることじゃないよ♪それよりも、わたしと一緒に食べよ?」 「狽ネ、なのは!?私は…!?」 「フェイトちゃんは、…ほら、落ち込んでるはやてちゃんを励ましてあげて?」 「…はやて、落ち込んでるどころか怒りに燃えて「フェイトちゃんにしか頼めないことなの」 「っ!!!!まかせといて!!なのは!!!」 そんなこんなで、三人掛けのテーブルになのは、ヴィータ、シグナムの順に座る。フェイトは暴れるはやてを抑えるのに精一杯で、昼食どころではない。 しばらくの間、三人で他愛もない世間話をしながら食べてるうちに、ヴィータが一番に食べ終わった。二番目にシグナム。なのはは最後まで残ってしまっていた。 なのはの皿には、デザートのショートケーキがあり、ヴィータの目線はそこに釘付けだ。 すこしは大人になったと思っていたのだが、やはり中身は子供のままの部分があるらしい。 「ヴィータちゃん♪はい、あ〜ん」 「なッ!なんだよ、なのは!!」 「だって、欲しそうな顔してたから…だから食べさせてあげる♪」 「そっ、そんな顔してねーよ!!」 「そう?でも、わたしもう食べられそうにないし…そしたらこのケーキ残さなきゃ」 「うっ…」 「ね?ヴィータちゃん。残すの勿体ないから、ヴィータちゃん食べてよ」 「そこまで言うならしょーがねーな。あたしが責任もって食ってやるよ」 「うん♪あ〜ん」 「んっ、……うん、ウマい」 なのはが甲斐甲斐しくもヴィータの口にケーキを運んでいると、様子を見ていたシグナムからなのはに思念通話が入った。 ≪それが目的で、最後までケーキを残したのか?≫ ≪ヴィータちゃん、かわいいー☆≫ 答えにはなっていなかったが、ヴィータを見るなのはの目がすべてを語っていた。 たしかに見た目8歳くらいの、人間であれば将来が期待できそうな可愛らしい、ヴィータがケーキを食べているのは微笑ましい。しかし、 …いいのか?それで… シグナムは深く考えるのを止めた。 そうして、シグナムがいろいろと諦めたとき、ヴァイスの冷やかすような声がなのは達の耳に聞こえてきた。 「で?結局のところ、お前の気持ちはどうなんだ?」 「あのっ!見てないで助けてください!!」 「そうだな…俺の質問に答えたら助けてやる。お前、好きな奴いるのか?」 「なっ///な、んでそんなこと聞くんですか!?」 いきなりの質問にうろたえるエリオ 「この場にいる全員が知りたいことだぞ。で、どうなんだ」 「…いますよ」 「へぇ、それは今、この場所に居るのか?」 「それは…」 エリオが遠くにいるなのはたちのテーブルをチラリと見る。 しかし、それに気づいたものは居なかった。 そして、ある人物の姿を目にした途端、エリオは顔を真っ赤に染め上げた。 「おい…大丈夫か?」 あまりにも赤くなったエリオを見て、さすがに心配になったヴァイス。 大丈夫か?っとなるべく優しく声を掛けたつもりだったが、それを合図にエリオはキャロとルーテシアを振りほどいて、逃げるように食堂を出て行ってしまった。 それを呆然と見送るキャロとルーテシア。 「…あいつ、自力で抜け出せるんじゃねぇかよ」 ボソリと呟いたヴァイスの言葉に、見守っていた局員たちは全員頷いた。 |