そこは名も知られていない世界。
緑豊かな森の中に切り取られたようにある湖の傍に男が木に寄りかかって座っていた。目を瞑り、風に揺れる木々の音と小鳥のさえずり、波打つ湖面の音を聴いている。

「ウィル兄〜」

遠くから少年の声が聞こえて目を開ける。少年は走ってきて男――ウィルの前で止まった。活発そうな顔は笑顔を浮かべて中腰になって話しかけてくる。

「またここにいたんだ」
「カイルか……、ここは心が落ち着く」

そんなものかな〜、と呟く少年――カイルの様子につい微笑を浮かべる。カイルと話していると横から女性と少女が歩いてきた。

「やっほ〜」
「…………」

小さく手を振っている女性――セルマと何のリアクションも示さない少女――イリアだ。

「セルマとイリアか」
「またここにいたんだね〜」
「ここは心が落ち着くってウィル言ってた」

セルマの言葉にイリアが反応する。そういえばイリアにも言ったことがあったな―――。2人を加えて他愛の無い雑談をしているとさらに黒いローブを羽織った老人が何も無い空間に浮かび上がった。ホログラフというものらしい。今日は客人が多い日だな―――。

「■■■■殿」
『ほっほ、お主はそこが好きじゃのう』
「ええ、ここは―――」
『心が落ち着く、か? わしも同じ意見じゃよ。そこは静かで良い場所じゃ』
「ふ〜ん、爺さんも言っているから本当なんだな〜」

老人が急に現れたにも関わらずカイルが辺りを見回して何気なく呟いた。

『お主も年を重ねれば分かるぞ』
「年を重ねればって…ということはセルマさんも分かるの?」
「んふふ〜♪ 面白いこと言うね〜カイルは。そんなに地面に埋もれたいかしら?」

黒いオーラを出してセルマが笑いながら茶色の札を取り出した。

「わっ! じょ、冗談だって。冗談」
「次に言ったら地面に埋もらせて凍らせてイリアちゃんのミョルニルで打ち砕くから」
「それ絶対に死ぬよね!? 殺る気満々!?」

怯えるカイルに目で脅しを入れてセルマは辺りを見回す。

「私もこういうのは嫌いじゃないけど、賑やかな方が好きね」
『まぁ、人それぞれじゃからのう』
「イリアはどうだ?」

こちらの会話に加わらないイリアにウィルは目をやって訊ねる。イリアは特に考える素振りも見せずに答えた。

「…私は静かな方が好き」
「そうか、イリアらしいな」

いつもと変わらないイリアについ笑みを浮かべる。このような平和な時が続けばいいと思うが現実はそんなに優しくない―――。

「皆ここに来たということは……準備は済んだのだな?」

辺りの空気が張り詰めた。ウィルの言葉に老人が頷く。

「うむ、計画は第四段階へと進められる」
「結構時間がかかったわね。ディメンションリンクはどれくらい壊したっけ?」
「奪取数10、破壊数5」

セルマの言葉にイリアが答える。そっか、と頷くと再び映像のみの老人に向き直った。

「これだけで数は足りるの?」
『十分。むしろ余るほどじゃ』

老人は含み笑いをして4人の武器ににデータを転送する。各々が自分の武器を起動させてそのデータを見た。

「これは?」
『第四段階を実行する場所じゃ。それぞれ、ヒトヨンマルマルにここに集合じゃ』

老人の言葉に4人が頷く。老人が口元を吊り上げる。

『我等の目的の成就のために』

それだけ言うと老人の姿は掻き消えてしまった。残された4人の間には沈黙が続く。その沈黙をセルマが破った。

「それじゃあ、とりあえず解散としよっか。時間的にはあと―――」
「あと4時間」
「ありがと、イリアちゃん。それまでは自由時間ってことで」

3人は頷くと武器を待機状態にして立ち上がった。ウィルが3人を見回す。

「ある意味では今回が一番苦労するところかもしれない。各自、準備は万端にしておこう」
「あいよ」
「もちろん!」
「……」

3人とも頷いて、ウィルも頷いた。

「それでは、解散」





魔法少女リリカルなのはLOC
第19話「一時の休息」





「はぁ!」
「ふっ!」

フェイトがバルディッシュを振り下ろすが、ユウは横に跳んでこれを躱す。

『Photon Lancer』

フェイトが追撃でフォトンランサーをユウに放った。数は1つだけだが、発射速度と威力を極端に高めた雷撃の槍が視認不可能の速度でユウに迫る。

「お!」

感嘆の声を上げたユウは体を僅かにずらして回避した。顔を前に向けるとそこには既にフェイトの姿は無い。

「光の刃よ。シャイニングブレード」

ユウは右手に光の刃を創り出し、振り向きざまに一閃した。

「きゃ……!」
『Defensor』

ユウの一閃はバルディッシュを振りぬく寸前のフェイトへと襲い掛かったが、バルディッシュがディフェンサーを発動して受け止める。盾は一瞬刃を止めたが、直ぐに高い音を立てて割れた。
盾が刃を止めた瞬間に後ろへ後退したおかげでフェイトの首元に刃が掠るのみで済んだ――が、振りぬく寸前から急に後ろに後退しようとしたため体はバランスを取ることが出来ずにフェイトはそのまま地面に倒れこんだ。
倒れこんだフェイトは直ぐに来るであろう追撃に備えたが追撃は来ず、ユウの方を見ると彼は光の刃を消して、くすくす笑っていた。その仕草が模擬戦は一時休戦を示していた。
少しむっとしてユウに突っかかる。

「笑わないでよ、ユウ」
「ごめんごめん。でもかなり上達したね、驚いたよ」
「……本当?」
「うん。これで速さとかでもう教えることは無いよ」

ユウから合格と言われて嬉しさが胸の中に広がる。

「良かったぁ」
「あとは気配を消すこととかだね」
「……あぅ」

思い出したように言ったユウの言葉を聞いた途端、まだまだユウには届かないことを思い知らされた。しかし、それと同時にユウと一緒にいられる時間を長く取れることに嬉しさを覚える。

「ユウは今日特に予定とか無いよね?」
「うん。奴らが動き出さない限りは無いよ」
「それじゃあ今日は色んなことを教えてね」

フェイトの言葉に微笑で返してユウはフェイトから離れていった。首を傾げるフェイトにユウは説明する。

「それじゃあ、今度は気配を消す練習。僕は目を瞑るから自分なりに気づかれないように後ろに回って。半径3メートル以内に入ったらフェイトの方に向くから」

フェイトが頷くのを確認してからユウは目を瞑り、ふと今は出かけている家族の末っ子のことを思い浮かべた。

(ゼロはちゃんとなのはに教わっているかな……)





「それじゃあ、今日は昨日教えた集束魔法の続きを教えるね。ゼロ、集束魔法の基本は覚えてる?」
「はい、集束魔法は術者自らの魔力だけではなく、周囲に散らばった魔力を集めて放つ魔法ということですよね」

本局の一室を借りてゼロはなのはに魔法の講習を受けていた。ゼロはまだ生まれて間もないので知らないことがまだ幾つもある。そのためこのように暇があれば色んな人に教えを受けていた。

「うん。集束魔法は周辺魔力の量によっては術者自身の魔力の残量がわずかでも強力な砲撃を撃つ事ができるの」
「本当にちょっとでも大丈夫なんですか?」
「ううん、それでもやっぱりトリガーを引くための最小限の魔力は必要だからそれ位は残しておかなくちゃ撃てないよ」

ゼロがなのはの言葉を聞いてミニサイズのメモ帳に取る。ペンやメモ帳はどちらもゼロのサイズで頼んでくれたクロノ曰く「特注品」だそうだ。

「自分で出した発射体を戻したり集めたりするのは少し練度の高い魔導師なら誰でも出来るけど、『使用を終えて空中に拡散した魔力をもう一度実使用レベルで集める』のはSクラス以上の技術なんだよ」
「なのはさんはそれを出来るんですか?」

なのははゼロに聞かれて少しどもる。出来るといったら出来るのだが、あれは2年前、フェイトとの決戦の際にやったぐらいで今やれるかと聞かれたら微妙なところだ。

「う〜ん、一応出来たかな?」
「うわぁ、凄いですなのはさん!」

瞳をキラキラさせて尊敬の眼差しを向けてくるゼロになのはは多少胸が痛くなるのを感じた。しかし、嘘は言っていないのだから大丈夫。ちゃんと出来「る」ではなく、出来「た」にしておいたから。

「コツとかってあるんですか?」
「う〜ん、コツというか……私の場合は魔力を集束しやすい形にしてばら撒いて、戦闘中に魔力をあらかじめ限定された空間に効率よく圧縮しておくことかな?」
「圧縮すると何か利点があるんですか?」
「圧縮しておくと、散らばった魔力を回収と再圧縮を簡単にすることが出来るんだよ」
「へぇ〜〜」

感心しながらいそいそとペンをメモ帳に走らせる。ゼロがメモを取っている間、なのはは今後の授業進行をどうしようか考えていた。


ここまで来ればあとは術式の構成や実技しかないなぁ。部屋は一応教えるだけだったから1時間程とっておいたけど……。ゼロは物分りが良いから、かなり時間が余っちゃった。

「ふぅ、……? なのはさん、どうしたんですか?」

残り時間はあと30分はあるし。勿体無い気がするけど、何も用が無いのに部屋にいるのもなぁ……。

「あの、なのはさん?」

いっそのこと、ここで簡単な実技やっちゃおうかな。そうすれば時間も無駄にしなくて済むし――――やっぱり辞めよう。万が一部屋を壊したらただじゃ済まないし。どうしようかな……実技やるならトレーニングルームを借りるのが一番良いけど、集束魔法を練習するとなると結界が必要だし……ん? 結界といえば―――、

「なのはさん? なのはさ〜ん」

そう言えばユーノ君どうしているんだろう? 最近は技術部の人とディメンションリンクの解析を進めているみたいだけど……ちょっとぐらい良いよね? うん、ずっと研究室に篭りっぱなしも良くないからたまには外には出ないと。それにそろそろお昼になるからそのまま一緒にお昼ご飯を食べることも出来るし。

「あの〜、もしも〜し。なのはさ〜ん」
「うん、これからトレーニングルームに行くよ!」
「うひゃあ!?」

突然勢いよく振り向いたなのはに驚く。こちらの声が聞こえてなかったので近づいて声をかけたのだが、こっちが驚かされてしまった。

「あれ、ゼロどうしたの?」
「な、何でもないです。……トレーニングルームということは実技をするんですか?」
「うん、ゼロ物分りが良いから部屋でやることが無くなっちゃった」
「……ごめんなさい」
「ぜんぜん謝ることじゃないよ。私も最近撃っていなかったから感覚を取り戻しておきたかったし」

ゼロがなのはに講習を頼んできた時、まだ一度も人に魔法を教えるということをやったことが無かった。なのははいずれ教導隊に入るつもりなので練習という感じで教える事が出来て嬉しく思っていた。

「でもその前にユーノ君を呼ばなくちゃ」
「ユーノさん、ですか?」
「うん、集束魔法の実技をするなら結界は不可欠だよ。ユーノ君は結界張るの上手だしね」
「そうなんですか」

先に歩いて部屋を出るなのはにふよふよ飛んでついていきながらゼロは姉や兄にあたる家族のことを思い浮かべた。

(そう言えば、エクスやソウルは何をしているですかね〜。何か無限書庫に調べ物があるって言ってたような……)





無限書庫。管理局が管理を受けている世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベース。その情報量は「世界の記憶を収めた場所」と称される程の物だ。その無限書庫には多数の司書達に混じって金髪の少女と黒髪の少年が目を閉じて3、4冊の本を周りに浮かべていた。
少女は時間が経つに連れて徐々に眉を寄せていき、やがてぷはっ、と息をついで目を開いた。同時に少年も目を開いてふぅ、と息をつく。

「う〜、頭が痛い〜」
「そうだな、長時間の検索魔法は危険らしいからここで休憩をとることにしよう」

少年――ソウルの言葉を聞くと、少女――エクスはそのまま大の字になって縦に伸びた本棚を見つめる。

「何でユーノはこれを楽々出来ちゃうの〜?」
「全くだ。昨日見かけた時なんか10冊程同時に読んでいたぞ」
「嘘っ、凄っ! ……アルだったら何冊出来るかな?」
「多分6,7冊位じゃないか? あいつの本業は補助だからな」
「あはは、今じゃ完全に前線だよね」
「あいつが補助についてくれればこちらも楽に戦えるというのに……」

ため息をついてソウルが近くにある本をとって開いた。ちなみにユーノは技術部とディメンションリンクの解析を進めているためここにはいない。

「やはり本は目で読むのが一番良い」
「でもそれじゃあ時間がかかるじゃん」

エクスが体を起こしてソウルに近づく。ソウルは困ったように、まぁな、と呟いて本を閉じた。
エクスとソウルはディメンションリンクと混沌の王についての情報を調べていた。ウィルを始めとする4人が何故ディメンションリンクを奪取、又は破壊するのか。そして奴らは混沌の王の魂を背負っているユウの力を近いうちに貰い受けると言ったらしい。
これらの関連性を調べるためエクスとソウルは管理局の中で最も情報を持つデータベース、無限書庫に調べに来たということだ。だが早朝、ここに来てからまだ1つも情報を見つけていない。そろそろ昼に差し掛かるぐらいだ。

「こんなに探しても見つからないなんて……」
「やはり並行世界であるユウ達の世界の情報は無い可能性が高いな」
「う〜ん、混沌に関しては万国共通なんだからありそうな気もするけどね」
「とにかく、探すしかないな。今日一日探して無い場合はユウに伝えよう」

ソウルが調べた本を元にあった場所に戻すと新しい本を取ろうとした。エクスが少し口を尖らせる。

「えー、まだ調べるの〜」
「当たり前だ。今日一日調べると言っただろう」
「………ソウルさ、今何時か知ってる?」
「?」

言われてモニターを表示して時刻を確認する。丁度お昼に差し掛かる頃だ。

「12時だが、それがどうかしたのか?」
「ああ、もう! それだけ分かっていながら何で私の言いたいことが分かんないのよ!」
「だから、何なんだ?」
「お昼ご飯だよ。丁度良いし、食べに行こうよ」

エクスの憮然とした顔を見て、ソウルはため息をついた。

「エクス、忘れたのか?」
「忘れるわけないじゃん。どうせ私達は何も食べなくても活動に支障は出ないって言うんでしょ」
「だったら―――」
「ソウル。私はね、本を探している間にねこんな言葉を見つけたの。『腹が減っては戦は出来ぬ』って」

一体何を調べていたんだ、お前は。
エクスはむー、と唸りながらまだこちらを見ている。どうやらこちらが頷くまで動きそうに無い。ソウルははぁ、とため息をついて取りかけた本を元に戻した。

「昼飯を食いに行くぞ」
「やったぁ♪ ね、食堂行こっ。あそこのパスタ好きなんだ!」

先ほどの膨れていた表情は何処へ行ったのか、エクスは満面の笑顔を浮かべてソウルの腕をぐいぐい引っ張る。というか、最初から目的それだろ。
ため息をついてエクスに引っ張られながら、財布が軽くなりそうだな、と考える。
ソウルとエクスにはユウから決まった分のお金が毎月渡されている。俗に言う「お小遣い」というものだ。その金で今まで本とか買っていたりしたのだが、こちらの世界に来てからはエクスのご飯代も払わされている。自分で払えと言っても大抵、

【財布持ってくるの忘れちゃった♪】

と何故か笑顔で返してくる。語尾に音符が付いている辺り確信犯なのだろう。
だが分かっているのに支払ってしまう、それがエクスクオリティ。さて、そろそろ思考が暴走しそうなので無駄なことは考えずにエクスについていくことにしよう。
2人が出て行く様子を司書達は温かい笑顔を浮かべて見ていたことを2人は知らない。食堂に行く途中、エクスはユウの友達であり師匠である男が思い浮かんだ。

(そう言えば、アルってば何してるんだろう?)





本局のあるトレーニングルーム。そこで男1人でが剣を縦横に振っていた。男は無地のシャツにジーパンというシンプルな格好だ。ジーパンなのに動きやすいのかというのは敢えてスルーをしてください。
男が剣を振るうのを止める息をつく。扉が開かれて男はそちらに目をやる。そこにははやてが立っていた。男――アルは手を上げて挨拶をする。

「よっ」
「あ、どもです」
「使うか? 丁度止めようと思っていたから退くぞ」
「いや、そういう訳やないです」
「ふ〜ん」

アルは特に気にした様子も見せず、剣を待機状態にして服をいつもの水色ベースの服に戻し、そのままはやての横を通って出ていった。

「じゃあな」

廊下に出ると多少空気が変わった。やっぱり密室で素振りをするもんじゃないな、空気が美味いや。そう言えばユウやエクス達は何をしているんだろうな……あいつらのことだから真面目に奴らのことについて調べていそうだな。ああ、でもユウは違うか。あいつは今頃フェイトに捕まってんだろうな〜、全くあの子も大変だな。ユウみたいな激鈍野郎を好きになるなんて。少しずつアピールしているようだが、並大抵のことじゃあ気づかないぞあいつは。

「それで、いつまでついて来るんだ?」

足を止めてやや呆れ気味に後ろを振り返る。そこにはトレーニングルームで見かけたはやての姿があった。

「何か用があるのか?」
「えっと、その今暇ですか?」
「ああ、まぁな」
「ほんなら、アルさん達のこととか知りたいんですけど……」
「俺達の?」

何でそんなことを、と思い直ぐに納得した。そう言えばこいつもユウに好意を寄せる少女だったということを思い出す。全く何であいつはこうもモテるんだ……。

「別に良いけど、退屈じゃねぇか?」
「ぜんぜん」
「……そっか。そんなら歩きながら話すぞ」

前を向いて歩き出すと後ろのはやてがトコトコと小走りでついてくるのが分かった。間もなく、はやてはアルの隣に並んだ。

「それで、俺達の何が知りたいんだ?」
「何が知りたいっていうんやないです。ただユウ君達が旅をしていた頃ってどんな感じやったのかなって思って」
「旅の時か……」

少し上を向いて考える。旅の時と言ったらいろいろとあった。しかしユウ達とアルは途中別れたり再会したりしたので実際にいたのは合計1年ぐらいだろう。はやてが下から覗き込んでくる。

「ユウ君と一緒に旅を始めたきっかけって何なんですか?」

はやての質問を聞いてアルが足を止める。首を傾げて彼に向くとその顔は険しいものだった。アルの頭の中には嫌な思い出が蘇っていた。

燃えさかる炎  焼け落ちる建物  助けてと悲鳴と泣き声を上げる人々  煙に混じって漂う死臭  そして――炎に包まれる街の中心に残酷な笑みを浮かべた少年

ぎり、という音で我に返る。どうやら知らない間に歯を噛みしめていたようだ。

「…………済まない、その話はしたくない」
「……はい。嫌なこと思い出させてすみません」
「いや。さて、旅の話となると――そうだな、あいつらと始めていった街でのことでも話すか」

初めて行った街でのことを思い出しながら話していく。意外にもするすると話すことが出来、先ほどの嫌な感覚も少しずつ薄れていった。

「ユウの奴、金を稼ぐ時は決まって接客をやっていたんだがどうも要領が悪くてな。最初の方はよくクビになっていたよ」
「意外やわ〜。ユウ君、そんな酷かったんですか?」
「ああ。水を運ぶ時は毎度転んで、客に水をかける。注文を取る時は必ず一品伝え忘れるとかな。あの時はまだエクスとソウルの方が稼いでいたな」

ユウの過去を聞いて呆然とする。今のユウとはまるで別人のようだ。しかし、こうして聞いているとやはり面白い。ユウの隠れた部分が見えてくるようで楽しい。

「他にはどんなことがあったんですか?」
「他にはな――っと、エドガーの爺さんじゃねぇか」

アルにつられて前を見る。するとそこには部屋から出てきた老人――エドガーがいた。

「ほぅ、アルと八神の嬢さんか」
「ああ」

アルがちらりとエドガーが出てきた部屋を見る。そこは通信室だった。他の次元世界にいる部隊や艦船と通信するための部屋だ。座標を入力すれば、その場所にいる人とも通信が出来るようになっているが、悪戯されると溜まったもんじゃないのでセキュリティロックがかかっている。

「何で通信室なんかにいたんだよ」
「何、儂らの世界に通信できんかと思ってな。こうして試したわけじゃよ」
「んで、結果は?」

エドガーは笑顔を浮かべたまま首を横に振った。

「無理だった。やはり並行世界というのはきついのう」
「ま、もし通信が出来たとしても帰る方法が無ぇんじゃ意味ないな」

うむ、と頷くエドガー。その老人の様子にはやてはどこか違和感を覚えた。

「ところでこれから何処かへ行くところなのか?」
「いや。ただユウ達と旅をしていた頃の話をしていただけだ」
「ふむ、非常に興味深い話じゃな。じゃが悲しいかな、儂は腹が空いてしまってのう。これからソウルに奢ってもらうつもりなんだよ」
「そうか、ソウルなら多分無限書庫にいると思うぞ。エクスと一緒にな」
「ありがとう。それでは行くとするか」

それだけ言うとエドガーは無限書庫へ歩いていった。エドガーが角を曲がるのを確認するとはやては思わず呟く。

「エドガーさんって不思議な人やな〜」
「ああ、あいつは色々と謎めいた爺さんだよ。ユウは完全に信頼しているようだけどな」

アルははやての言葉に頷いて少し目を細めてエドガーが曲がった通路を見た。

「さて、行くか」
「どこにですか?」
「食堂。そろそろ昼になるし、話ならそこで出来るだろう」

はやての返事を待たずに歩き出す。はやてが慌ててついて来るのを後ろ目に確認しながらアルは先日はやてと仲直りしたらしい少女のことを思い浮かべた。

(そう言えばマリアははやてと仲直りしたらしいな。どうやって仲直りしたのかはやてに聞いてみるか)





「リイン?」
「あ、マリアさん」

廊下を歩いていると1人でふよふよ飛んでいるリインを見つけた。

「1人? はやて達はどうしたの?」
「私はちょっと技術部の人達とお話しがありました」
「そうなの。ここにいるということはもう終わったの?」
「はい。シグナム達の所に戻ろうと思っていたところです」
「そう、彼女達によろしくね」

そういってリインと別れようとしたが、服を掴まれてくん、と突っかかった。後ろを向くとリインが少し顔を赤らめて俯いてマリアの服の裾を掴んでいた。

「どうしたの?」
「えっと……その、シグナム達の場所が分からないです……」
「念話を使えば良いんじゃない?」

マリアの言葉にリインの顔が更に赤らむ。

「念話のやり方が分かりません……」
「なるほど、迷子って訳ね」
「ち、違います! リインは決して迷子じゃありません! その……シグナム達が迷子なんです! それをリインが探してあげているんです」

力一杯否定してくるリインだが、何処をどう見ても迷子にしか見えない。少しからかいたい衝動に駆られたが可哀想にも思えたので助けてあげることにした。

「それじゃあそういうことにしておくわ。ちょっと待ってて、シグナム達に念話を繋ぐから」

リインに断ってシグナムに念話を繋げる。

〈シグナム〉
〈ん? クロムウェルか、どうした?〉
〈貴方の家族が迷子よ〉
〈……リインか。済まないな〉
〈気にしないで。それより何処に連れて行けば良いのかしら?〉
〈クロムウェルは今何処にいる?〉
〈私はメンテナンスルーム前ね〉
〈そうか、それなら食堂に連れてきてくれないか? 私達もそこへ向かう〉
〈ええ、私も丁度お昼を取ろうとしていたから構わないわ〉
〈済まない、それでは家の末っ子を頼む〉

マリアはシグナムとの念話を切るとリインに向き直った。

「食堂で落ち合うことになったから食堂に行くわよ」
「食堂ですか? 良かったですぅ、丁度お腹が空きました〜」

歩き出したマリアにリインがふよふよついてきてマリアの首にかかっているネックレスが目に入った。先には蒼のコインがついている。

「マリアさん。そのネックレス、デバイスですか?」
「ん? ああ、グラビティアクセルのことね。正確にはデバイスじゃないわ」

マリアはネックレスを外すとコインに魔力を込めた。コインは形状を変えて一丁の銃になる。

「デバイスじゃないんですか?」
「そうよ。私達の世界では貴方達で言うデバイスを『ユニット』って呼んでるわ」
「ユニット……」
「私のグラビティアクセルやアルのエーテルフローズンは『エイドユニット』と呼ばれているわ。貴方達で言うインテリジェントデバイスとかのことね」

エイドユニットは名前の通り使用者の補助を目的とする機器のことだ。ユウ達の世界では『ユニット』は所持することは出来ても、そこからエイドユニットにするためには色々と補助機器等が必要でかなり金がかかるので貴族や上位階級の人しか持っていない。

「インテリジェントデバイスと一緒ということは喋るんですか?」
「ええ、喋るわよ。でもこの子はグラビティアクセルは余り喋らない子達なのよ」

グラビティアクセルを再びコインに戻して首にかける。リインはグラビティアクセルを見ながらマリアに訊ねる。

「グラビティアクセルはマリアさんが作ったんですか?」
「……違うわ、父さんに作ってもらったのよ」

マリアは寂しげにコインに軽く触れた。

「思えば、あれが最後のプレゼントだったのね」

手の中でコインを軽く転がしているマリアをリインは怪訝な表情で見る。

「でも、小さな娘に銃を渡すのってどうなんでしょう……」
「銃は私が旅を始めてから追加したのよ。父さんがくれたのは待機状態のグラビティアクセル」

そう言うとマリアはコインを転がすのを止めて軽く握り締め、目を閉じた。

「父さんのおかげで私はここまで生きてこれた。だから父さんには感謝しているわ」
「マリアさんはお父さんが大好きなんですね」
「ええ。貴方がはやてを好きなのと同じよ」

マリアはリインに微笑みかけてシグナム達が待っている食堂へ急いだ。
リインはマリアと会話してあることがふと思い浮かんだ。

(マリアさん、初めて会った時より優しい気がします……。何ででしょうか?)





《あ……》

食堂に来た皆は食堂の中でたくさんの見知った顔を見つける。

「シグナムゥ!」
「全く、お前は……迷子になる位だったら私達のうち誰かと一緒にいろ」
「何や、リインは迷子やったんか?」
「まだまだお子ちゃまだな」
「うふふ♪」
「ち、違います! リインは迷子じゃないです! ちゃんと食堂に来ることが出来ましたよ!」
「クロムウェルに連れられてな」
「あうう……」

「貴方達もここに来たのね」
「ああ」
「俺はこいつらに支払うはめになるがな」
「分かってるじゃん、ソウル♪」
「頼むぞい」
「それなら俺とマリアの分も頼んだぜ!」
「あら、それじゃあお言葉に甘えるわ」
「お、おいお前等!」

並行世界組、八神家で集まってわいわいと話してなのはとユーノとゼロは残されてしまった。

「何か、取り残されちゃったね」
「にゃはは……」
「…………」

ゼロがぼうっと賑やかに話している様子を見つめる。

「どうしたの、ゼロ?」
「いえ……」
「これでユウとフェイトとアルフが揃えば全員集合だよね」

なのはの言葉に反応したかのように同時に扉が開かれる。皆が扉に視線を集中させた。

「皆、楽しそうだね」
「ふふ、そうだね」
「それよりあたしはお腹空いたよ〜」

そこには丁度話に出ていたユウとフェイトとアルフがいた。同時に反対のドアから書類を持ったクロノとエイミィに押されるリオが来た。

「艦長、しっかりしてください〜!」
「分かった分かったよ!」
「ちゃんと昼食中も残った仕事をしてもらいますよ」

3人は視線を感じて前を向くと、食堂にいる皆がこちらを見ていた。

「あー、そう言えば……クロノのこと忘れてた」

ユーノが苦笑いしながら呟いた。食堂に静寂が訪れる―――。

「ぷっ」

それはユウのもらした笑いで破られた。

「結局――」
「考えることは――」
「みんな――」
「同じってことやね」

ユーノ、なのは、フェイト、はやてが言葉を繋いでいく。そこにいる皆が微笑みを浮かべた。エクスがテーブルについて勢いよく叫ぶ。

「よーし、食べるぞー! おばちゃーん、海鮮パスタお願い〜!」
「お、おいエクス……」
「俺も負けないぞ! 厨房、こっちはランチAセットだ!」
「艦長……」

ソウルとクロノが同時にため息をついてお互いを見やって同時に肩を竦めた。どうやら苦労人同士、通じるものがあるそうだ。

「まぁ、良いんじゃないの? せっかく皆集まったんだし」
「俺等も食べようぜ。いつ何が起きるか分かんないからな」

アルとユウがそう言って席に着く。それにつられる様に他の立っていた皆も座った。


         ――――八神家――――


「リインは何が食べたいんや?」
「私はストロベリーパフェが食べたいですぅ」
「それは昼に食べる物じゃないだろう」

リインが勢い良く指した品を見てシグナムがやれやれと頭を振る。

「そやね〜。リイン、デザートの前にちゃんと食事を取らんとあかんよ」
「分かりました〜」
「それじゃあリインの分はあたしの分を分けてやるよ」
「それじゃあヴィータの分が少なくなりませんか?」
「あたしは大丈夫だ。お姉ちゃんだからな」

えっへんと言わんばかりに胸を張るヴィータと凄いですぅ、と拍手をするリインを見て微笑ましく思った。

「それじゃあ私はこれにするわ」
「シャマル、これはカロリーオーバーするんやないか?」
「ええっ!? そんな〜……ここのパエリア好きなのに〜」
「私は焼き魚定食を頼むか」
「あたしはハンバーグにする。リインもそれでいいよな?」
「はいです」
「くすん、それじゃあ私は鶏肉にするわ」
「ザフィーラは骨付き肉でええか?」
「はい」
「ほんなら私は―――」


         ――――ハラオウン家――――


「クロノは何食べるの?」
「いや、僕は仕事が残っているからいい」
「駄目だよクロノ。ちゃんとお昼ご飯は食べなきゃ!」

フェイトが握り拳を作る。エイミィもそれに便乗するようにクロノの気にしていることを言った。

「そうそう。ちゃんと食べないと身長伸びないよ〜」
「僕の身長は伸びている! 現に君とほとんど同じ身長じゃないか」
「まだあたしの方が1cm高いもんね〜」
「身長云々は抜きにしてもちゃんと食べた方が良いよ。何か食べないと頭に栄養いかないし」

言い返そうとしたクロノを抑えて、ユウが入ってくる。ユウの言葉にゼロがクロノの方を首を傾げて見た。

「クロノさん、食べないんですか?」
「っ……、君にまで心配されたら食べるしかないな」

軽くため息をついてゼロの頭をぐりぐりと撫でる。ゼロはクロノの指に押されて少し苦しそうだ。

「あうぅ、止めてください〜」
「ああ、済まない」

ゼロから指をどけてメニューを取る。クロノから解放されたゼロはふぅ、と息をついていた。体が小さいとこういう時でも大変なのか……。

「それじゃあ僕はコーヒーとA定食を―――っと、エイミィ。艦長は?」
「艦長なら向こうでアルさんやエクスちゃん達と楽しそうに話しているよ」
「全く……」

ぼやいてクロノはメニューをフェイトに渡した。アルフが尻尾を振りながらフェイトを急かす。

「フェイト、早く頼んで食べようよ!」


         ――――並行世界組――――


「―――でよ〜」
「あはは、凄いね〜」
「ほっほ、それはまた興味深いのう」

リオとエクスとエドガーが楽しそうに話しているのを横目にソウルはバスケットに山積みになったパンを一つとって頬張る。

「全く、あいつらは。こっちの気も知らずに……」
「仕方ないじゃない? エクスはいつもああなんだし。……それよりソウル、奴らの情報は見つかった?」

マリアの言葉に目を吊り上げ、表情を険しくする。アルも表情を険しくつもりなのだろうが、パンを頬張っている口と両手に持ったパンで迫力が全く無い。

「収穫は0だ。昨日今日と探したが何も見つからない」
「混沌の情報に関しても?」
「ああ、しかし……ここまで探しても見つからないとなると、な」
「誰かが意図的に隠している、ってことか?」

パンを飲み込んで両手のパンも処理したアルが会話に加わってくる。アルの言葉にソウルは少し考えてから首を振った。

「いや、それは無いだろうな。管理局内部に奴らがいないと隠す意味が無い」
「それもそうね。そうしたら私達は彼等に何の情報も無しに対抗しなくてはいけないということになるわね」
「仕方ないだろう。だが向こうもほとんど同じだ。たった数回戦っただけで俺達の実力を把握できるわけが無い」

ソウルの言葉にアルとマリアが頷く。まだお互いに隠し玉を持っている、勝負を決めるのはその隠し玉を出すタイミングだ。

「とにかく、今は何が起こるか全く予想が出来ない。しっかり体調を万全の状態にしておこう」

それだけ言うとソウルはバスケットに残っていた最後のパンを口の中に放り投げた。


         ――――なのはとユーノ――――


「なんか、取り残されちゃったね……」
「にゃはは……」

先ほどと全く同じ会話をして前に置いてある料理を口に運ぶ。

「そう言えば、こういう風に一緒にご飯を食べるのも久しぶりだよね」
「あ、うん。そうだね」

突然のユーノの言葉に少し驚きながらもそんなことを全く気取らせないように返す。

「ユーノ君、いつも無限書庫に閉じこもっているから……」
「うん、でも僕は好きで残っているんだよ。確かにあそこは仕事量が半端無いけどそれで前線で戦う人たちの手助けが出来るなら大した事じゃないよ」

ユーノは少し顔を顰めてから、まぁ、と続けた。

「クロノとリオ提督の依頼する量を少し減らして欲しいもんだけどね」

クロノはともかくリオまでそんなたくさんの量を請求しているとは思ってもいなかったなのはは驚きながらもユーノに訊ねる。

「え、リオさんもそんなに多いの?」
「リオ提督はクロノより期限は長いけど量が倍近くあるんだよ……」

げんなりした表情でユーノが呟いた。最近はユウ達のこともあって余り資料請求は来ていないが、来るまでは司書長を含む無限書庫の職員全員から軽く恨まれるほどの請求をしてきたのだ。

「……ごめん。なのはに愚痴を言ってもしょうがないよね」
「ううん、気にしないで。それより、私もっとお話聞きたいな」

手を組んで顎を乗せてユーノに笑顔で訊ねる。ユーノは少し眉を顰めた。

「でも、つまらないよ?」
「そんなことないよ。私達ってディメンションリンクの封印する時までほとんど会えなかったよね。その間ユーノ君、どうしているのかなって気になっていたりしたんだよ」
「…………」
「だから何でも良いからお話聞かせて。私、ユーノ君のこともっと知りたいもん」

はにかむようにユーノに笑いかけた。ユーノはその笑顔を見て多少驚いてから直ぐに笑顔を作った。

「うん、分かったよなのは」

ユーノの眩しい笑顔を見てなのはは少し、本当に区別がつきにくいぐらい少し頬を赤らめた。

「ユーノ君、休日とかって最近何しているの?」





一同が食堂に集まってから1時間半。既に昼食も取り終わり、談笑を楽しんでいる時、平穏を崩す声が食堂内に響いた。

『リオ提督、アレックスです。奴らがついに動きを見せました! 大至急アースラに戻ってください』

表情を険しくしたユウに表情を硬くしたゼロが声を掛ける。

「ユウ……」
「うん……今度こそ、決着をつける!」

決意を瞳に灯してユウ達はアースラに向かって走り出した。





----後書き----

カークス:「皆さん、読んでいただきありがとうございます」

ゼロ  :「長かったですね、今回……」

カークス:「いや、全く……30キロバイト近く書いたのはこれが初めて」

ゼロ  :「普段はもう少し短いからですね。というか、色々と聞きなれない単語が出てきましたけど……?」

カークス:「『ユニット』に関しては今回はほとんど関わってきません」

ゼロ  :「今回はって……まさかとは思いますけど……」

カークス:「そのまさかです。続編を書くつもりです」

ゼロ  :「正気ですか!?」

カークス:「正気も正気。というか、この作品は元々2部で終わらせるつもりだから1部……この作品ではハッピーエンドでは終わりません」

ゼロ  :「バッドエンドになるんですか?」

カークス:「バッドエンドとまではいかないと思うけど……まぁ一応、1部で終わらせようと思えば無理矢理終わらせることも可能」

ゼロ  :「でもそれをするつもりは無いと?」

カークス:「そういうこと」

ゼロ  :「……毎度毎度のことですが、設定は大丈夫なんですか?」

カークス:「今回のこともあったし、ちゃんと設定は決めてある。まだ決まっていない部分とかあるけど」

ゼロ  :「まぁそれなら多少は期待していいということですか?」

カークス:「そこら辺はお任せしますけど、しっかり書き上げようと思います」

ゼロ  :「頑張って下さい。次回はどのように?」

カークス:「次回はいよいよ敵の最後の1人の正体が明かされます。そしてユウの身に―――! 次回からはエピローグを除いてほのぼの無しのシリアス全開で行きます」

カ&ゼ :「「それでは、失礼します」」





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