「…………」

エドガーの呼びかけに応じず、カイル達をまじまじと観察するルシファー。カイル、セルマ、イリアの順に見て行き、ウィルに目をやったところで、ほう、と息を漏らした。

「……何か?」
「いや、私以外に天界武装を使う者がいることに驚いただけだ」
「ッ!?」
「そしてその神力。武器は槍で炎を操るといったところか……、む?」

突然充満した殺気にルシファーが気づいてウィルを見つめる。ウィルは険しい表情でルシファーを見つめていた。手には黄金の槍――グーングニルを携え、ウィルの周囲が蜃気楼のように歪む。並大抵の者ならウィルの放つ気迫だけで卒倒しかねないだろう。近づく者は全て塵すら残さないという空気の中、ルシファーはふん、と鼻を鳴らしてつまらなそうにウィルを見返した。

「止めておけ、貴様の力では私には及ばない。――――無駄死にするだけだぞ」

ルシファーの周囲も歪んだ。しかし、こちらはウィルのように熱によって歪む蜃気楼ではない。空間自体を捻る程に圧倒的でこの世界の3割が無に帰そうとする、虚無の力。二つの強大な力によって雷鳴が轟く。二人はお互いの瞳を射抜いたまま、時が止まったかのように動かない。時が動いた瞬間、この場は正真正銘の地獄と化すだろう。

「そこまでだ」

だがその空気は、エドガーの仲裁の声によって霧散した。ウィルは気迫を押さえてグーングニルを待機状態に戻す、が依然と警戒した視線をルシファーに向けている。ルシファーも力の放出を抑えて軽く息をつく。まるで異世界の中にいたような空気から戻ったことで、カイルは命拾いしたとばかりにはぁ、と大きく安堵の息をついた。

「ここで争ったところで何も利益は無い。お互い、無駄な消耗は避けろ」
「ふん、貴様に言われるまでも無い」

ルシファーは鼻を鳴らしてエドガーに向き直る。ルシファーはそのまま殺気を含んだ視線でエドガーを射抜くが、エドガーはさらりとそれを受け流した。

「お前を呼んだのは他でもない。我々の計画に協力してもらうためだ」
「計画だと?」
「そうだ。この計画によって一つの次元世界が再び混沌へ還ることとなる」
「………………話だけは聞こう」
「そう言ってもらえると助かる。それではまずはこの計画の目的だが――――」





「――――――以上がこの計画の全てだ」
「…………」

エドガーが話し終えた後、ルシファーは腕を組んだ。目を瞑って少し考えた素振りを見せると、直ぐにまた目を開いてエドガーに向く。

「…………その計画に私は必要か? 聞いたところ私がいなくとも遂行できそうだが」
「保険だよ。万が一ということもある」
「…………私を呼んだからにはそれなりの代償が必要という事だぞ」
「勿論だ。それも用意してある」
「…………分かった。付き合ってやる」

ルシファーの返答を聞いたエドガーは頷いて、笑顔になる。そしてウィル達に振り向いて両手を広げた。

「それでは始めよう。我等の計画、『アースフォール』を!」

高々に宣言するエドガーを見て、ウィルはルシファーが頷いた瞬間エドガーが浮かべた邪悪な笑みが頭から離れなかった。





魔法少女リリカルなのはLOC
第22話「すれ違う歯車」





コーヒーを両手に持って零さないよう器用に運んでいく。目指すはアースラブリッジの通信主任の下。

「エイミィ、差し入れだ」
「あ、ありがとうございます。リオ提督」

目の前に差し出されたコーヒーを受け取って、エイミィはそのままぐいっと飲んだ。コーヒーが舌に触れた瞬間、とてつもなく苦い味が広がっていく。目の前にたくさんの機器がある上、提督から出されたコーヒーを吹き出すわけにもいかず、精一杯眉を寄せて直ぐにカップから口を離した。

「……とてつもなく苦いですね」
「おう、俺特製だぞ」

目ぇ覚めるだろ、とにかっと笑みを浮かべられては無碍にする事も出来ず、そうですね、と笑ってカップを近くの台に置いて再びモニターに目を向けた。モニターには10を越える映像が流れている。どれも近隣の次元世界のものだ。それらを一度に見ているのか、とリオは軽くため息をついた。

「頼んだ俺が言う事じゃねぇが、無理はするなよ」
「大丈夫ですよ。提督の差し入れで目も覚めましたし」

言って、もう一度口につける。舌に苦い味が広がったが、確かに眠気は吹っ飛ぶ。うつらうつらしていた時にリオが来たので口には出さないが正直ありがたかった。

「んで、どうよ」
「すみません、まだ……」
「ま、そうだろうな。……しかし近隣の世界を探してもいないということは、かなり遠くの世界にいるようだな」
「……出来るだけ遠くの世界をモニターに映しますか?」
「いや、いい。遠くへ映したからって見つかる保証も無い」

それだけ言うとリオは手を顎に当てて考え込んだ。普段お茶らけた態度でいる彼の真面目な表情はエイミィにとってほぼ1年ぶりで、思わずモニターから目を離して彼を見ていた。

「どうしたんですか?」
「いや……リミエッタ通信主任。映像表示は止めて、観測範囲を限界まで広げてくれ。観測するのは平均魔力数値」

名前ではなく役職で呼ばれて、気を引き締めながらも言われた事を聞き返す。

「平均魔力数値……ですか?」
「ああ。前に城島とシグナムの模擬戦でデータを取ったろ? その時の城島の平均魔力値を基準に設定してそれに近い魔力数値を観測するんだ」
「……分かりましたブレイズフォード提督」

即座にモニターを消して、観測範囲を広げる。モニターにおよそ30以上のグラフが表示される。どれも一定の値を指したまま動かない。多少増減しているところもあるが、本当に微量だ。

「奴が出てきた世界にでかい変化がおきるはずだ。見逃さないでくれよ」
「分かりました」
「必要なら人を呼ぶ。アレックスやランディ辺りなら手伝ってくれるだろうよ」

悪いな、と肩を叩いてその場を去ろうと歩き出す。その背中にエイミィが声を掛ける。

「提督はどちらへ?」
「調べもんだ。本局にいる間に無限書庫にいる。何かあったら直ぐに教えてくれ」
「はい、分かりました」

それで今度こそ本当にリオはその場を立ち去った。





会議室での一件の後、グラビティアクセルの整備を終えたマリアは食事を取りに食堂へ来ていた。適当に頼んだ料理を受け取り、空いている席で食べ始める。
そこへどんぶりをお盆に乗せて、ある人物がやってきた。

「空いてるか?」
「どうぞ」

向かいの椅子が引かれて男性が座る。肩辺りまである黒髪は邪魔と思われたのか一つにまとめられていた。男性――――アルはマリアの食べている物を見ると意外そうに目を開いた。

「驚いたな。そんなもん食べるのか?」
「まぁ……時々」

マリアはやや気まずそうに視線を逸らした。マリアの目の前に置かれた色取り取りの果物がたくさん乗っているフルーツパフェ。無限書庫のような頭脳労働が中心の仕事場では糖分の摂取が重要となる。そういう理由と食堂に甘いものが少ないという理由で作られたのがこのパフェである。6種類以上のフルーツを好きなようにトッピングが出来、尚且つミッドチルダの郊外で育てられた牛の牛乳からとられる生クリームが使われている。
見た目の豪華さとは裏腹に価格は小学生が一ヵ月に貰うお小遣いで買えてしまうほど安い。本局の食堂で人気ナンバーワンのメニューである。

「何つーか、甘いものは嫌い、ってイメージだったんだが……」
「余り食べないだけよ。基本的に甘いものは好きなの」

開き直ったのか、再びパフェを食べ始めるマリア。クリームとイチゴが乗ったスプーンを口に銜えると幸せそうに頬を緩めた。ふーん、と相槌を打ちながらアルも食べ始めたマリアに続いて丼物を食べ始める。こちらは食堂で1、2の安さを誇る牛丼だ。

「…………」
「な、なによ?」

手を止めてパフェとマリアを交互に見るアルに気づいて怪訝そうにスプーンを止める。アルは無表情のままパフェとマリアを見続けると、心底不思議そうに眉を顰めて首を傾げた。

「いやぁ、よく食ってるのに何で胸がねぇのかな、と……」
「口は災いの元、という言葉を知っているかしら?」

首を傾げ続けるアルににっこりと笑いかけるマリア。しかしその笑みは青筋とどす黒いオーラを立てている。

「しかしそうは思わないか? 同い年の奴でももう少しあると思うぞ。あの嬢ちゃん達だって育ったらそこそこ――――」
「それ以上喋ったら風穴開けるわよ」
「――――イエスマム」

感情を感じさせないマリアの言葉が冗談じゃないと分かったのか、アルは素直に頷くと再び牛丼に手を付けた。どうやら触れてはいけない話題らしい。

「それで? 本当は何か話したい事があるんじゃないの?」
「………………」
「……もう喋ってもいいわよ」
「全く、黙れっつったり、喋れっつったり、はっきりしろよ」
「っ〜〜〜〜〜……」

言い返そうとするがそれでは話が進まない。ぐっと黙り込んで、アルが話し始めるのを待った。



――――――――結局、彼は食べ終わってから話し始めた。

「話す事、つーか。引っかかる点がある」
「引っかかる点?」
「ああ、ディメンションリンクだ」

アルの言葉の意味を顎に手を当てて考える。
確かにエドガー達(正確にはウィル達だが)はユウ達を連れ去る前に、ディメンションリンクの破壊もしくは奪取をしていた。彼らがどういう目的でそれを行っていたかと疑問は当然浮かぶ。

「ディメンションリンク……、私はあれに関わった事は、まぁ1度しか無いけれど、貴方は何か知っているの?」
「俺もユウ達が知っている以上は知らないさ。ただ次元間、もしくは並行世界を繋ぐ転送装置ってことぐらいしかな」

お手上げ、と言った感じでアルが手を上げた。彼らが言っていた『混沌王によるある世界の破滅』。これが言葉の通りならそもそもディメンションリンクを集め、破壊する理由が無い。

「転送装置としても目的地を設定出来ないから使いようが無い。そんなものを彼らが集める理由といったら……」
「こちらには思いつかない使い道を見つけたか――――」
「私達が知らない能力を知っているから、ね……」

こうなると厄介になる。こちらが思い浮かばない方法で攻められると、どうしても行動は後手に回ってしまう。そこでアルはある事に気が付いた。

「ユウ達がこっちの世界に来てからもう3週間以上経つよな……」
「ええ、もうそのぐらいらしいわね」

それがどうしたの? と首を傾げるマリア。

「――ディメンションリンクの解析は?」
「え…………?」
「3週間も経つのに、まだ何も分からないのか?」

アルに言われるまで気が付かなかった。管理局がディメンションリンクの解析を始めて3週間。ユウやアル、マリアに手伝ってもらいながらも何か分かったという話は聞かない。何か分かったかと訊いてもまだ何も、と首を横に振られるだけだった。幾らロストロギアとはいえ、3週間掛けて何も分からないというのはおかしすぎる。余程ディメンションリンクが難解な構造をしているのか、余程管理局が無能なら話は別だが。

「そう言われると確かにおかしいわね……少しは何か分かってもいいくらいなのに……」
「ああ。本当に何も分かっていないわけじゃないだろう」
「という事は……」

マリアが気づいたようにはっ、と顔を上げるとアルも頷いた。

「俺達に知らされないように圧力がかけられているんだな」
「でも、どこから?」
「大方、管理局とやらの上の連中からだろう」

面倒な事だ、と大きくため息をつく。その時、マリアはディメンションリンクの解析に関わっていた一人の少年が頭の中に思い浮かんだ。

「ユーノにでも問いただしてみる?」
「いや、どうせユーノは知らないだろうよ。あんな子供に俺達を誤魔化せるような器用な真似は出来ない。むしろタイミング見計らって教えてくれそうだしな」
「それならどうする気? 私達で調べてみる?」

いや、と首を振ってから、アルは立ち上がった。空になったどんぶりが乗ったお盆を持って食器洗浄器へ歩き出す。慌ててマリアも自分のお盆を持って追いかけた。横に追いついてからため息混じりにアルは口を開いた。

「俺にちょいと考えがある。だからお前はユウ達の方に集中してくれ」
「でも……」

心配そうに声を上げるマリアにアルはどんぶりを食器洗浄器に入れ、お盆を指定の場所に置いて気楽に答えた。

「大丈夫だって、上手くやるさ。こっちの考えすぎでミスるなよ」
「だ、誰が!!」

顔を真っ赤にして取り乱すマリアにアルは口元を緩め、それじゃあな、とマリアの肩を叩いて歩き出した。





翌日。
リオからエイミィが頑張っている事を聞いたはやてはリインフォースと一緒にエイミィの様子を見に、ブリッジへ来ていた。モニターに浮かぶグラフを見ながらエイミィははやてに声を掛ける。

「はやてちゃん、どうかしたの?」
「いやぁ、特に用事はないんですけど……」
「じゃあゆっくり休んでいた方がいいよ。いつ出撃(でる)ことになるか分からないから」

うぅ……、と何か言いたそうにしているはやてを気配で感じる。リインフォースも少しもじもじしているようだ。

「……やっぱり心配?」
「はい……」
「私もゼロが心配です……」

二人とも元気なく頷く。まぁ無理もない、とエイミィは思う。はやてはユウへの好意を自覚したはいいが、その時には当人は連れ去られていたのだから。リインフォースに関しては生まれたときから一緒にいる双子の弟が連れ去られたのだ。心配なのは当然だ。

「でもね、はやてちゃん。休める時にしっかり休んでおかないと――――」
「大丈夫です。しっかり休みましたから……だから、ここにいさせてください」

そう言ってはやてとリインフォースはモニターから目を離さない。何を言っても聞かなそうな様子にエイミィは軽くため息をついて微笑を浮かべた。

「少しだけだよ」
「はいです………あれ?」
「エイミィさん、あれは?」

疑問符を浮かべて二人はモニターのある一点を凝視していた。エイミィもつられてそちらに目をやると、緊張が全身に走った。グラフが表示されているそれは一本だけが異様なまでに上昇していた。他の値の約4倍だ。通常、これほどまで上がる事など有り得ない。

「っ!」

即座にコントロールパネルを表示させて他のグラフを消すように操作する。同時にアースラ艦内に放送を入れた。

『ルシファーを補足! 武装局員はトランスポーターへ!』
「「っ!?」」

はやて達が驚愕に目を見開くと、モニターに映像が流れた。
緑豊かな世界のようで、木々は生い茂り川も澄んでいた。全ての生物の楽園といってもおかしくはないだろう。そんな世界の映像に1人、その穏やかな光景とは正反対の存在が映っていた。茶色の髪に黒が基盤のバリアジャケット。どこにでもいそうな、はやて達の知っている少年だったが瞳の色が違っていた。黒の瞳は金色に変わっており、顔つきもいつもの優しさや穏やかさは微塵も無く、逆に氷を思わせる冷たく、鋭利なものとなっている。
モニターの中の少年はどこかに向かって飛んでいるがはやて達はそんな事は気にせず、トランスポーターへ一目散に駆け出した。後ろからエイミィの制止の声が聞こえたが無視する。
頭をがしがし、と掻いてエイミィはクロノに通信を繋いだ。

『急いでクロノ君! はやてちゃんとリインフォースが先に行っちゃったよ!!』
『何だと!?』





突如現れた巨大な魔力を感じてルシファーは動きを止めた。
目の前には白い魔方陣が現れ、茶髪のショートカットの少女と、空色の髪が腰まである小さな少女が魔方陣から出てくる。
茶髪の少女――はやてはルシファーの姿を見つけると笑顔を一瞬浮かべたが、直ぐに不安そうな表情に変化する。リインフォースも同じようにしている。

「ユウ……君……?」
「……誰かと思えば夜天の王の後継者か」

その一言ではやての胸に持っていた希望は打ち砕かれた。目の前にいる少年がユウならばはやての事をそのように呼んだりはしない。むしろはやてが夜天の王ということも知らないはずだ。
直ぐにシュベルトクロイツを構えて臨戦態勢を整えるが、はやては目の前の少年と戦う気はこれっぽっちもない。例え中身がなんであろうと、目の前の少年は確かにユウの姿をとっているのだから。

「ふむ、否定しないところを見ると当たりか。私の直感も捨てたものではないな」

などと少年はこちらの気も知らずに腕を組んでうむ、と頷いている。

「貴方は……誰なん?」
「人の名を尋ねるには自分からという言葉を知らないのか。礼儀知らずだな、はやて」
「…………!?」
「なに、不思議なことではあるまい。1人が得た情報を中にいるもう1人が知っているだけのことだ」

その言葉ではやての推測は確信へと変わった。ユウの口から聞いたことがある、ユウの中の存在。

「ルシファー……ガルフィード……」
「いかにも。神々より混沌を任されし2人の王のうちの1人、『ルシファー=ガルフィード』とは私のことだ」

さて、とルシファーは金色の瞳を光らせる。直後、
ズンッ、と得体の知れない殺気が充満した。殺気というものに慣れていないはやてはこれだけでも卒倒しそうなのに、ルシファーの瞳がはやての瞳を捉えてそれを許さない。

「名乗られよ、夜天の王の後継者」
「八神……はやて……」
「夜神……なるほど、夜天の王にふさわしい名だ」

口元を緩めて目を閉じる。ルシファーの目から解放されたはやては、先ほどまで全力疾走したかのように息遣いを荒くした。

(な、なんやねん……このプレッシャー。あかん、桁違いや。こんなんに勝てるわけ無い……)
「ゼロ達を帰してください!!」

はやてがルシファーに改めて恐怖を抱いている時、リインフォースがルシファーを指差して食って掛かった。見れば彼女の顔も真っ青になっている。怖いが弟を思う一心での行動だ。

「ふむ。ゼロ、というのは確か私の半身だったな。それは無理だ。奴を帰したら私の力が半減してしまう」

それでも帰すと思うか? と皮肉な笑みを浮かべる。しかしその笑みも直ぐに消してルシファーは腕を組んだ。

「さて、私はこれでも忙しい身でな。色々とやらねばならないことがある」
「…………?」
「そういうわけだ。そこをどけ」
「ゼロを帰してくれるまでどきません!!」
「そうか」

仕方ないと言った風に首を振ると、


「ならば死ね」


ルシファーは感情を灯さぬ声で呟くと、はやて達に指を一本指すと銀色の光を放った。

「!?」

はやては急なことに反応できず、防御も回避もできずにただその光が自分の胸を貫くのを待った。少しでも痛みに耐えるために目をぎゅっと瞑り、拳をぐっと固める。しかし光ははやての胸を貫く前に何かに弾かれた。何かと思い、目を開け前を見るとはやての前でリインフォースがシールドを張っていた。しかしその顔は恐怖に染まったままだ。

「リイン?」
「ま、マイスターはやてを撃つことは例えユウさんでも許しません」
「……あかんよリイン。彼に手を出したら、殺される……」
「で、でもこうしないとゼロは――ユウさんはどうなるんですか?」
「それは……」

はやてが口をぎゅっと結ぶ。恐らくこの場を逃したらもう二度とユウとは会えない。直感ではやてはそう思った。しかし自分1人の判断で家族の、それも末っ子を死にに行かせるようなことは絶対に出来ない。――――家族と好きな人、大事なものを天秤にかけたはやての決断は早かった。

「戻るよ、リイン」
「マイスターはやて!?」
「私達だけじゃルシファーを止められへん。一旦戻ってシグナム達を待ったほうがええ」

大切な家族の命を危険に晒さないためにはやてはルシファーに背を向けた。好きな人を裏切ってでもはやては一家の主として家族を守らなければならない。
それを聞いたリインフォースは信じられないという風にはやてを見る。ルシファーは手を下ろして無表情のまま頷いた。

「賢明な判断だな」
「リイン、行くよ」
「…………嫌です!」
「っ!?」

はやてが振り向いた時は既に遅く、はやては小さな四角錐型の結界に囲まれた。目の前ではリインフォースが蒼天の書を片手に、こちらを涙ぐみながら見ている。

「リイン何すんねん!? ふざけてる場合やないで!!」
「ふざけてなんてないです!」

大声を上げて否定するリインフォースにはやてがびくっ、と身を竦める。

「……今戻ったらゼロは帰って来るんですか? ユウさんは戻ってくるんですか?」

当たり前や、とはやては即答しなければならなかった。リインフォースの不安を取り除いて、彼女の身を守るためには嘘でもはったりでもそう言わなければならなかった。
だが実際に声に出そうとして胸に不安がよぎる。本当に彼らは戻ってくるのか? もしかしたらもう二度と戻ってこないんじゃ……、と。嘘でも言わなければならないことはその不安で声に出す事は出来ない。
リインフォースははやてのそんな様子を見て涙ぐみながら、

「マイスターは、優しいですね」

微笑(わら)った。傍から見ても無理していると分かる程にボロボロの笑顔を浮かべて。

「本当はユウさんを取り戻したいのに、リインの事を考えてくれて我慢して無理をしています」

否定は出来ない。出来るはずがない、そんなにボロボロの、今にも崩れそうな笑顔を浮かべられては。

「私はマイスターはやてのユニゾンデバイス『祝福の風』リインフォース・ツヴァイです。祝福の風は皆さんに笑顔を運ぶものだとリインは思います」

リインフォースは自分が信じる祝福の風を言葉にしたとき、いつかの約束を思い出した。



【もし目標を見失いかけた時、お互いが目標を思い出させるようにしっかりとお互いの目標を覚えましょう】



ゼロがどんな目標を立てたのかは分からない。しかし、ルシファーに取り込まれた今それが守られていないのは確実だ。だから引っ叩いてでも起こして、それを思い出させなければならない。
――――それがリインフォースと彼が生まれて直ぐに約束した事だから。

「だからリインはマイスターはやてに、ユウさんに笑っていてもらいたいから、これからゼロ達を助けに行きます」
「え……?」
「夜天の書、お借りしますね」

はやてが疑問の声を上げると同時に夜天の書がリインフォースの手に移る。

「私、マイスターはやてがマイスターで良かったです。マイスターはやてと少しの間ですけど一緒に過ごせて楽しかったです」
「……リイン?」
「行ってきます」

リインフォースははやてに優しい笑顔を向ける。はやてにとってそれは死に逝く者の笑顔に見えた。2年前、雪の降る日に笑顔で空に消えていった彼女にどこかに似た雰囲気を残して、リインフォースはユウの元へ向かった。

「リイン!!」





----後書き----

カークス:「拙作を読んでいただきありがとうございます」

ルシファ:「何なんだこの急展開は」

カークス:「そこまで急じゃないと思うけどな〜。ちゃんと翌日になっているし」

ルシファ:「連れ去られた日に覚醒して、管理局では21話みたいなことがあって、一日に色々な事が起こりすぎだろう」

カークス:「でもこうでもしないと、それこそ30話後半越えるかもしれないし」

ルシファ:「読者を置いていくよりはよっぽどいいだろう」

カークス:「というか、ネタが無いから無理」

ルシファ:「こいつは…………」

カークス:「まぁまぁ。というかこれ書いててBGMは重要だなということが改めて分かった」

ルシファ:「作業用BGMとか出てるほどだからな。何より臨場感が出るのだろう」

カークス:「やっぱ他の作者様も使っているのかな?」

ルシファ:「さぁな? 知ってどうする気だ?」

カークス:「参考にでもしようかな、と。さて今回はこの辺りで失礼しましょう」

ルシファ:「今回も前回のようにしようと思ったが生憎切り刻む理由がない。名残惜しいがこのままでのお別れだ」

カークス:「物騒だよぅ!? 次回はルシファーVSリインフォース。一体どのようにリインフォースは戦うのか……」

ルシファ:「さてな。幾つか伏線も張っておいたから分かる人もいるかもしれないな」

カークス:「それでは、また次回お会いしましょう」





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