コツコツ、と無音の廊下に足音が響く。アルがマリアと別れてから向かう先はディメンションリンクが安置されている研究室。
機械的な電子声が無言で歩くアルに向かって疑問の声を上げた。

『何をするつもりですか?』
「ん? ちょっとした好奇心だよ」

楽しそうに笑うアルに、また悪巧みを企んでいるのか、と軽く疑念を抱く声の主。そうこうしているうちにアルは研究室の前までやってくる。扉は当然ロックされており、認証機器の傍にある赤いランプがそれを示している。
アルは懐をガサゴソと漁り、一枚のカードを取り出した。にやにやと笑みを浮かべたままアルはサッ、とカードを認証機器に通す。ピー、という高い電子音が鳴り響いて、一瞬驚いたが、赤いランプが青になって扉が開くのを見て安堵した。
再び電子声が怪訝そうに訊ねる。

『どこでそんなものを手に入れたんですか……?』
「なぁに、『電子の隼』にちょっと手伝ってもらっただけさ」

聞き慣れない単語に声の主は疑問符を浮かべたように押し黙った。アルはそんなことを気にせずに無遠慮に中に入る。部屋の中は多くの電子機器が配置されており、配線が床の至るところを駆け巡っている、ような気がした。
実際は暗闇の中なので部屋の中に入る前に目を暗闇に慣らさなければ何も見えない状態だ。電気は点けられない。扉を開けたとはいえ電気など点けてしまえば一発でここにいることがばれてしまう。
部屋の入り口で暗闇に目を鳴らしていると焦りを感じるエイミィの放送が局内に響いた。

『ルシファーを補足! 武装局員はトランスポーターへ!』
「やれやれ、動き出したか。こりゃこっちも急がないと拙いな」

言葉とは裏腹に余裕の笑みを浮かべながら床を這っている配線を踏まないように部屋の中心部へと向かう。部屋の中心部に安置されているもの――――ディメンションリンクが保管されている台座までたどり着く。
アルは躊躇わずに手を伸ばしてディメンションリンクを手に取った。警備システムが鳴っても良いものだが、警報は鳴るどころか音一つしない。
随分警備がずさんだな、と思いながら手に取ったディメンションリンクを顔の前に持ってきて本物かどうか確認する。

『マスター、何を?』
「ちょっと黙ってろ、エーテル」

有無を言わさず声の主を黙らせてから、目の前の宝玉が本物である事を確証した。さて、アルの推測が当たっているならこちらの呼びかけに応えるはず――――。

「我が魔力を糧に起動せよ、ディメンションリンク」

アルの言葉が終わると同時にディメンションリンクが白光に輝き始める。

『発動に必要な魔力を感知。対象は人間1人。目的地……該当データ無し、新規に作成。登録コード「ディメンションリンク」起動』
「大当たり♪」

今までアルに話しかけてきた声とは別の電子声が部屋に響き、アルが機嫌良さそうに声を上げる。
そのまま白光はアルの姿をも包み込み――――弾けた。
光が収まった後、部屋には既にディメンションリンクは初めから無かったように消え失せていた――――アルの姿と共に。





魔法少女リリカルなのはLOC
第23話「二人の王」





「話は済んだか」

わざわざ待ってくれていたかのようにルシファーは腕を組んでいた。

「はい、マイスターの代わりにあなたを止めます」
「ふん……私を止める? 全く面白くない冗談だな」
「フルドライブなら可能です」
「ほう?」

リインフォースの言葉に少し興味を持ったルシファーは組んでいた腕を解き、口元を歪めてリインフォースを見据える。

「ならばやってみるがいい」
「そのつもりです」

リインフォースは目を瞑ると身体の内に秘めていた魔力を解放した。解放された魔力はリインを中心に風を巻き起こす。
風の強さ、向きなどそれは台風のようである。風の中心でリインは呟くように唱える。

「祝福の風、リインフォース・ツヴァイ。アインスモード起動」

リインフォースの前で夜天の書がパラパラとめくれ、最後のページで止まった。風がリインを包み球体状に形成される。
魔力が徐々に高まり、球体は空色に変色していった。ルシファーはその様子を見て口元をさらに数ミリ吊り上げる。
同時に球体が弾けた。球体があった場所には1人の女性が佇んでいる。
十代後半であり、長い銀髪、濃青の瞳をしており背からは魔法であろう純白の羽。全体の色合いは明るくなっているが、そこにはかつて闇の書の防衛プログラムとしてなのはとフェイトと戦ったリインフォース・アインスの姿があった。

「久しいな、夜天の王…………いや、違う。お前は何者だ」

一瞬懐かしげな笑みを浮かべたが、直ぐに異変に気づいて金色の瞳を輝かせる。
鋭利な刃物のような視線に臆することなく、リインフォースはルシファーの目を真正面から受け止めて答えた。

「私は夜天の王であり、ヴォルケンリッターが主、八神はやての融合騎、『祝福の風』リインフォースです」

夜天の王――――実は過去にルシファーは一度だけ彼女と出会ったことがある。
それは、古き過去の事。いつ、どこで出会ったのか記憶に無い。
しかし、ただ覚えているのは傷だらけになりながらも死力を尽くして互いを滅ぼそうとした死闘。
結果は引き分けという形になったがルシファーはその時程、心地よかった事は彼女との出会いの後一度も無い。
しかし一度だけとはいえ、死闘を繰り広げた間柄。何百年経った後でも彼女の魔力は覚えている。
目の前の少女は彼女と同等、またはそれ以上の魔力を有していた。
油断は出来ないか、と体を半身にずらす。いつ攻撃がきても対処が出来るように、細心の注意を払って。
しかし、ルシファーは目の前の少女の異変に眉を顰めた。彼女の額や腕から汗が吹き出ている。量はそれほど無かったがどことなく顔色も悪そうに見えた。

「…………見たところ相当無理しているようだが?」
「これは私本人が持ち得ない魔力をマイスターはやての魔力も借りてようやく使えます。これを使ったら最悪、後に機能停止します」
「そこまで知っていながら何故それを使う?」

リインフォースは左手を前に出し決意を瞳に映しながらはっきりと宣言する。

「もちろん、主(マイスター)はやてを護るため。私はマイスターのユニゾンデバイスである以上にマイスターはやてが――――」
『Photon lancer, genocide shift』

リインフォースの周りに金色のスフィアが100個以上出現する。

「大好きだからです!」

手を振ってスフィアを一斉に発射させた。100を越えるスフィアがルシファーに殺到するがルシファーは特に何をするわけでもなくただ迫ってくるスフィア達を見て目を細めた。スフィアが全てルシファーに着弾して粉塵を巻き起こす。粉塵に紛れてルシファーの姿が見えなくなった。
――――これだけで終わるはずが無い。そう直感したリインフォースはどんな攻撃にも対応できるように身構える。
粉塵の中からルシファーが白と黒の翼を羽ばたかせて空に舞い上がる。リインフォースもスレイプニールを羽ばたかせて追った。
ルシファーがリインフォースを一瞥して大きく弧を描くようにターンしてリインフォースに急接近する。拳に打撃力強化と効果破壊の魔力を乗せてそれを迎え撃つ。

『Schwarze Wirkung』
「ソードフォーム」
『『Set up』』

ルシファーの両手にエクスカリバーとソウルイーターが出現した。遠心力を用いた勢いでリインフォースへと肉薄する。

「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふっ!」

両者加速が乗った渾身の一撃をぶつけ合う。拳と剣の衝突は魔力の余波を生み出し、周りのの雑草や小石を吹き飛ばした。
ソウルイーターと魔力を込めた拳が競り合いぎちぎちと音を立てる中、ルシファーは左手でエクスカリバーを翻すがリインフォースが逆の拳でそれを食い止める。膠着状態となりどちらからともなく相手の武器を弾いて距離を取った。
構えを取るリインフォースにルシファーが双剣を下ろし、つまらなそうに小さく呟く。

「自らの身を犠牲にしてまで主を護る融合騎、か―――」
「はい。マイスターはやてを護るためならどんなこともします」

リインフォースの濃青の瞳をルシファーの冷たい感情を秘めた瞳が貫いた。

「どんなこともする。口で言うのは簡単だ。だが――――本当にそれが君の願いか?」
「……どういうことですか?」
「言葉どおりの意味だ。『他人のためにどんなことでもする』そんなことは大抵の者はまやかしに過ぎない」
「……どうして断言できるんですか?」

断言するルシファーにリインフォースは少しむっ、として噛み付くように返す。対してルシファーは首を振る。

「実際にそういう人物を何人も見てきたからだ」
「見てきただけじゃ断言できませんよ……」
「ああ、そうかもしれないな。…………君は言葉も瞳も真っ直ぐだ。守りたいという気持ちは確かなのだろう」

だが、と哀しみと怒りが混ざった瞳でリインフォースを見つめる。

「人間は己の欲望に忠実に生きる。誰かのためという考えではいずれ本当の自分の気持ちさえ見失ってしまう」
「自分の、気持ち?」
「そうだ。誰かのためという気持ちでもその根幹には己が持つ願望が秘められている。その願望を理解しない限り、誰かのためという気持ちも理解は出来ない」
「理解…………」
「どんなに純粋な想いもしっかり理解できないのでは裏返ってしまう」

軽く目を伏せて遠き日の出来事を思い出す。
何代前かもわからない頃、当時の混沌の王の器はある軍団に追われていた女性と恋に陥り、護ると誓った。しかし、行き着いた先は完全に護るためにと言う名の監禁だった。
思えば、あの頃からだったか。人間がどうしようもないくだらない生き物だと考え始めたのは。
その考えは今でも変わっていない。しかし、ならば何故今目の前の少女に説いているのだろうか。
少し思案してみたが、答えは浮かばないので頭を振ってその疑問を捨てた。リインフォースの少し控えめな声が耳に入る。

「貴方の願望って……何ですか?」

リインフォースの問いにルシファーは少し俯いたあと、顔を上げる。そこに表情は無かった。

「…………消滅」
「え…………」
「全てが無に帰す事が私の『混沌の王』としての願いだ」
「それじゃあ、何でこんなことを……」
「この行為が消滅へと続くからだ」

これ以上は何も話す必要は無い、とばかりに魔剣を振って構える。

「さぁ、私を止めなくては守りたいと願う大切な主が死ぬぞ」
「――――止めます!!」
「止めてみせろ」

短く呟いた言葉と同時に深く腰を落とし、ゼロシフトでリインフォースに肉薄する。

「ふっ!」

ルシファーは小さく息を吐き、エクスカリバーとソウルイーターを振り下ろす。

『Sleipnir』

スレイプニールを羽ばたかせて回避。二度目の羽ばたきで距離をとる。しかし、逃がさないとばかりにルシファーはリインフォースに追い縋った。

『Panzerschild』

シールドを張った瞬間、衝撃が襲い掛かる。しかしその衝撃も一瞬のものだった。ルシファーはシールドが強固で、並大抵な破壊力では砕けないと分かると翼を羽ばたかせて距離をとる。リインフォースはシールドを解除してその様子を見守り―――即座にその意図を読み取った。

『Photon lancer, genocide shift』
「デルタレイ・ジャッジメントシフト」

100を越える金色のスフィアがリインフォースの周りに出現する。ルシファーの周りには――――200を越える金色のスフィアが浮かんでいた。内心舌打ちをするがどうしようもない。フォトンランサーでデルタレイの半数を迎撃して残りをシールドで防ぐしかない。
場が緊張に支配される。ルシファーとリインフォースは同時に手を出し―――振った。
金色のスフィアが同時に射出され衝突する。粉塵が舞い上がり、その中から数多ものスフィアがリインフォースに襲い掛かる。

「くっ……」
『Panzerschild.』

魔力を練って構成。発動までわずか一秒足らずのシールドが張られた瞬間、腕に野球のボールが当たったような衝撃がくる。

(一つ一つの攻撃力が高い……気を抜いたらやられる!)

元々混沌の王相手に気を抜くなんてことは有り得ないがそれでも気を引き締めた。スフィアはソフトボール大なので、プロが投げるボールを100発近くを受け止めているようなものだ。
持ちうる魔力の大部分をシールドに注ぎ込んでシールドの破壊を防ぐ。ミシミシと盾は奇声を上げていたが、腕に来ていた衝撃が突如止む。スフィアの襲撃が途絶えた。
右手に痺れた感覚を覚えながらスフィアを全て防ぎきったことを確認して―――再び驚愕する。

「…………」

ソウルイーターを待機状態に戻し、ルシファーが右手を前に出して砲撃の準備をしている。
それは別に驚くべきことではない、むしろ予測済みだ。だが問題はその魔力量だ。

(エクセリオンバスター並の威力ですか……)

胸中で舌打ちする。同時にあの量のデルタレイを打ち出して即座にエクセリオンバスター並の砲撃を既に発射完了間近までのスムーズな動きに感心していた。表面はアインスといっても中身はツヴァイのままなので色々と学ぶことはある。今までルシファーの動きについていけたのはアインスモードが記憶していた先代リインフォースの動きに身を任せていたからである。
とはいえこちらも何も出来ずにやられるわけにはいかない。エクセリオンバスター並の威力ならそれと同等の威力の砲撃で対抗すればいい。
右腕を前に出して桃色の魔力が収束する。エクセリオンバスターに対して発射速度が辛うじて速いディバインバスターを選択する。どうやっても向こうの発射までには間に合わないがこれならばコンマの差で完成は可能だ。発射速度を早める代わりにより多くの魔力を込める。
完成を間近とした時にわずかに早くルシファーの白光が甲高い音を立てて輝く。完成した証拠だ。対してこちらはまだ完成していない。このまま撃つ事も可能だがそれでは白光に砲撃もろとも巻き込まれてしまう。
しかし、白光はいつまで経っても放たれなかった。疑問が浮かぶと同時に準備していた魔法が完成する。迷っている暇は無い、先手を取れるのなら取るに越した事は無い、と発動する。

『Divine Buster Extension』
「セイクリッドブラスト」

リインフォースの砲撃にやや遅れてルシファーの砲撃が放たれる。眩いほどの白光、全ての罪を浄化する光。桃と白の閃光は丁度リインフォースとルシファーの中間地点でぶつかり合い、そのまま膠着状態に陥った。

「くぅ…………」
「ふん」

均衡した状況を打ち破ろうとリインフォースは更に魔力を込めて威力を増大させるが、それはルシファーによってあっさり破られた。急激に膨張した白光は奔流となり、桃色の光を飲み込んでいく。

「っ……!?」

目の前に迫ってくる奔流を、砲撃を中断して翼を羽ばたかせることで回避する。光の奔流にかすった翼が嫌な匂いを立てて、ぶすぶすと焦げていた。幸い飛行には支障は無い。
心身ともに休める暇を与えないように、リインフォースの背筋に悪寒が走った。直感に従って振り向きざまにシールドを張って――――振り下ろされた聖剣を甲高い音を立てて受け止める。

「ふっ!」
「ちっ!?」

逆から襲ってきたソウルイーターを右手でシールドを張って防ぐ。両手のシールドと剣が競り合う形となったがそれはあっけなく崩れた。
エクスカリバーとソウルイーターがシールドを同時に切り裂いてリインフォースの体をも切り裂こうと襲い掛かる。
リインフォースは翼を羽ばたかせて後退したが、胸元と腹が紅く染まっていた。

(こんなにも強いなんて……)

何度したか覚えていない舌打ちをして距離をとろうとするが、近距離、遠距離戦がどちらでも出来る位置に留まる。ルシファーの戦闘スタイルはリインフォースと同じ広域殲滅型だ。それに加え、クロスレンジも出来ると来た。距離をとられると逃げ切れない上防御できない広域魔法が襲って、距離を詰めると激しい連撃が襲ってくる。
相手の行動に注意しながら自分とルシファーの状況を確認する。こちらはかわしきれなかった攻撃が幾つかあり、体中に傷があるが動けない程ではない。対して向こうは傷ひとつ無い、戦闘開始する前と同じ姿だ。

(正直、拙いですね……)

言葉に出さない弱音を吐いて苦笑する。ここまで戦力差があると本当にどうしようもない。これでもなのはやフェイトを追いつめた先代リインフォースの力だ。ソレを持ってしても彼に傷1つつける事が出来ないとは――。

(……それでも、諦めない)

主はやてを護る為、大好きな人たちを護る為、主が好意を持った彼を救う為、そして―――愛しい弟を救う為、諦めるわけにはいかない。今一番力を持っているのは自分だ。ここで何とかしなければ終わってしまう。
手を頭上に掲げて闇色の球体を創る。
向こうが広範囲攻撃を仕掛けてくるならこちらも同じようにするまで。回避不能のデアボリック・エミッションを薄い防御の上から叩き込んで意識を奪う。作戦というには余りにも単調な攻撃だがこれが効果的だろう。リインフォースの意図を察したのかルシファーがこちらへ突っ込んで来た。だがそれを許すわけにはいかない。

「くっ……」

デアボリックエミッションの準備をしつつ、多数のブラッディダガーを作り出し放つ。大規模魔法と誘導操作弾を使うのは体に負担がかかるがそんなことを言っていられる状況じゃない。赤黒い短剣ががルシファーに殺到するがルシファーは勢いを殺さず血の短剣を切り裂いて尚接近してきた。
再びリインフォースの周りに現れた短剣がルシファーに襲い掛かる。ルシファーは先ほどと同じように切り裂いてリインフォースに接近しようとした、が―――。

「!!」

ゴォォォォォン、と。
切り裂いた短剣が霧散せずに弾け、周りの短剣も誘爆して轟音を立てた。短剣を切り裂いたルシファーは当然巻き込まれて姿が爆発によって生まれた粉塵に包まれてしまった。

「闇に、染まれ……」

追い討ちをかけるようにデアボリック・エミッションを発動する。魔力がリインフォースを中心に球形に解放された。魔力は粉塵をも巻き込み、当然のようにルシファーも巻き込んだ。
轟音を立てて辺りの岩石は砕け、木々は薙ぎ払われる。はやての安否が気遣われたが、はやての身は最初に張った結界が守ってくれたようで彼女の体には傷一つ無い。
魔力が収まった後には消耗しきったリインフォースと―――満身創痍となったルシファーが残った。

「やるな……私をここまで傷つけたのは君が初めてだ」

ルシファーの姿を確認して唖然とする。馬鹿な―――、残った魔力の9割を注ぎ込んでも倒れはしないなんて。第一、彼は防御が薄いはずだ。その彼がほぼ全力全開のデアボリック・エミッションを喰らって何故立っていられる――?

「私が倒れないのが不思議なようだな。侮るな、あの程度の攻撃、混沌を防御に回せば防げない事は無い」

ルシファーの魔力は混沌に順ずるものだ。混沌は全てを無に帰すもの、それに例外は無い―――例えそれが魔力であろうとも。だがそれも万能ではないようだ、ルシファーのバリアジャケットは所々破れ、肌が露出している部分には幾つもの傷があった。

「しかし、なるほどな……さすがは夜天の王の力を持つものだ。ならば、こちらも本気で相手をしよう」

即座に身構える。冗談じゃない、あれほどの実力差がありながら本気じゃなかったというのか。
ルシファーが静かに、音を立てずにゆっくりと身構えた。どちらとも動かずとても永く感じる。時はルシファーの短い吐く息で動き出した。

「ふっ!」

同時にルシファーの姿が掻き消える。後ろに回り込んでくると思ったが予想は外れ、ルシファーは真っ向からぶつかってきた。

「っ!」
『Schwarze Wirkung』

拳に黒い靄を纏わせてルシファーの攻撃を迎撃――しようとした。だが剣戟はどれも異なる方向から襲い掛かり、リインフォースの拳の隙間を縫うように狙って本体を狙った。

「くっ!」

腕、胸、肩、脚、腹、体のいたるところを剣が掠める。掠める程度で済んだのは咄嗟に後ろに後退したためだ。もしそのまま後退せずにいたら五体満足の肉体は一瞬で肉塊へと変わっていただろう。
スレイプニールを羽ばたかせてルシファーとの距離をとる。剣戟が避けられたルシファーは体を屈めて再びゼロシフトで接近しようとしていた。ルシファーの動きを見たリインフォースはルシファーの剣戟を捌ききれないと判断して、黒い靄を解除していつでもシールドを張れる様にする。
ルシファーの姿が掻き消える―――掻き消えると同時に背中に衝撃が走った。

「がっ!?」

肺から空気が吐き出される。シールドを張る時間もない。ルシファーの速度は既に視認は愚か、反応することさえ困難なほどに達していた。
ルシファーはリインフォースにとび蹴りを放った後、再び脚で彼女の体を蹴り上げる。
リインフォースのしなやかな体がくの字に折れ曲がって打ち上げられた。
朦朧とした意識の中でリインフォースはルシファーが腕を交差させている姿を見た。その意図を即座に察して、失いかけていた意識を無理矢理引き戻す。最早その先読みの能力は予知と言って良いほどだったが、ボロボロで満足に動かすことが出来ない身体ではほとんど意味を成さない。
ルシファーは交差させていた腕を振りぬいて、エクスカリバーとソウルイーターをリインフォースへと放った。
ブーメランのように回転しながら迫る2本の剣。リインフォースは力を振り絞って両手を掲げてシールドを張る。
ガキィン、ガキィン、と。
2本の剣はあっけなくシールドに弾かれた。正面に魔力を感知して俯かせた視線を再び下に向ける。
そこには砲撃のチャージを行っているルシファーの姿があった。先ほどの砲撃とは違う、無に還す混沌。
飛ばされる身体にブレーキを掛けて睨むようにルシファーを見据える。先のデアボリック・エミッションで既に魔力はほとんどない状態となっているため、迎撃というのは無理だろう。回避したところで再び回り込まれてやられるのがオチ。
ならば、と手をルシファーへ掲げてシールドを張る。どこまで持つかは分からないがやるしかない。持てる魔力の全てをシールドに注ぎ込む。
ルシファーの砲撃のチャージが完了される寸前、

「前ばかり見ていて大丈夫なのか?」

余裕の笑みでルシファーは突然そんなことを言い出した。ルシファーの言葉の意味を頭の中で巡らせ―――ある事柄が頭の中に浮かんだ。その事実を確認するため、即座に後ろに振り返る。

「…………」
「…………」

そこには人間形態となったエクスとソウルが金と黒の砲撃のチャージを完了する寸前のところだった。2人の距離は空いており、ルシファーも加えるとリインフォースを中心とした正三角形が出来上がっている。

(2人を投げたのはこれが目的……)

苦々しげにエクスを睨んだ。エクスはリインフォースの瞳を受けて思わず顔を逸らす。罪悪感に溢れたその顔は俯いて、口が小さく動いた。声が風に乗って聞こえる。


ごめんね……。


闇と光と混沌の砲撃が一際輝く。それはチャージの完了を意味していた。

「シャイニング―――」
「ダークネス―――」
「カオス―――」

パンツァーシルトを解除する。3方向からくる砲撃に対して1方向から来る砲撃を防いだところで何の意味もない。代わりにスレイプニールに魔力を込めて避ける準備をした。直ぐに追撃があるだろうが、今すぐ落ちるよりは良い。

「「「ノヴァ」」」

声が聞こえると同時に3色の砲撃がリインフォースへと襲い掛かる。リインフォースはスレイプニールを羽ばたかせてそれを回避した。
砲撃は先ほどまでリインフォースがいた場所で交わり、1秒も経たずに轟音を響かせて爆発を起こす。

「くっ!」

ボロボロになった翼では傷ついた身体を制御するのも精一杯で、三つの魔力の衝突による爆風に姿勢を崩される。
そこへ間髪いれずにソウルがリインフォースの目の前まで急接近する。

「あ……」

こちらが目を見張るのを見るや否や、ソウルはリインフォースの腕を掴んで引き寄せる。引き寄せた際に耳元で苦痛に満ちたソウルが囁いた。


すまない……。


直後、ソウルは背負い投げの要領でリインフォースを地表に向けて投げ飛ばす。
さほど速度は無かったが、そのままでは地上に激突するのは明確。
そんな状況下でありながら視界がぐるぐる回る中でリインフォースの頭の中にある疑問が浮かんだ。




     何故エクスさん達はあんなにも苦しそうなんですか?

     あの人達はは元々混沌の王の武器。使用者である混沌の王に従うのは当然のことです。

     なのに何故彼等は―――?




ソードフォームに戻った2人をルシファーは手にし、リインフォースへ接近する。



     もしかして望んでやっていない? 嫌がっているのを何らかの方法で強制されているとか? 

     しかし彼等も強大な魔力を持つ身。強制させるにはかなりの魔力を必要とする筈です。

     それなら……その強制を外すためには―――。



ルシファーがリインフォースの傍らについて2本の剣を振り上げる。その顔には何の感情も浮かんでおらず、呟く言葉も感情がこもっていなかった。

「力が無い者が誰かを護ろうとしても、それは護る者を傷つけるだけだ。今のようにな」

結界内で目に涙を溜めて必死に叫んでいるはやてを一瞥して、ルシファーは剣を躊躇うことなく、渾身の力でリインフォースへと振り下ろした。





----後書き----

カークス:「拙作を読んでいただきありがとうございます」

ルシファ:「なんだこれは?」

カークス:「見ての通り、ルシファーとリインフォースの戦闘」

ルシファ:「そうじゃない。何故リインフォースがここまで大人びているのだ。現時点では誕生してからまだ半年も経っていないだろう」

カークス:「それはまぁ……ご愛嬌? というか最終話ではその辺りのことを考えているから問題なし」

ルシファ:「辻褄合わせとも言うな」

カークス:「純粋な子供心が書けないんだよぅ!? それに今現在で1人でルシファーに太刀打ちできるといったらリインフォースぐらいだし」

ルシファ:「それでこのようになってしまった、と言うわけか」

カークス:「そういうこと。さて、今回は色々と出てきた設定について幾つか解説を、と」

ルシファ:「まずは天界武装だな」

カークス:「これは君のほうが詳しいんじゃないの?」

ルシファ:「設定を作った奴が何を言う。全く……天界武装というものは文字通り天界から与えられた武装だ。今回出てきたのではエクスカリバーとウィルが持つグーングニルだな」

カークス:「普通の武装と何か違うところがあるの?」

ルシファ:「天界武装の特徴は加護が掛けられている事だな。エクスカリバーの刀身に刻まれているルーン文字もそのうちの一つだ」

カークス:「天界武装ってのは皆喋れるの?」

ルシファ:「どれもそうとは限らない。むしろエクスカリバーは珍しい方だ。あそこまで感情豊かな奴は他に数人しかいないだろう」

カークス:「天界、ってことは魔界も?」

ルシファ:「勿論ある。今現在出ているのはソウルイーターだけだがな。こいつらは総称で魔界武装と呼ばれる」

カークス:「なるほどね〜」

ルシファ:「まぁ、ここで話すと長くなるのでここで切る事にするが、どうせいつか書くのだろう?」

カークス:「まぁ、ね。空いた時間でちょくちょく書いていっている」

ルシファ:「なら問題あるまい。……まだまだ戦いは続きそうだな」

カークス:「あと2、3回は続くかもしんない」

ルシファ:「勝利の女神はどちらに微笑むのか……」

カークス:「それでは、失礼します」





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