ルシファーは両手の剣に魔力を込めて強制的に魔剣と聖剣を人間形態に変えた。何も言われずにされた行為を理解できずに訝しそうに二人は横にいるルシファーを見る。

「何を……?」
「お前等の能力限定を解除する。適当にやつらを引き付けろ」

視線を逸らさないままルシファーは淡々と言い放った。囮になれという言葉にソウル達は不満を感じながらも、それに反抗する事が出来ずなのは達に向き直る。

「御意。能力限定、解除」
「外套、装着」

感情を灯さない声でソウルとエクスが呟いた直後、二人の姿が光と闇に包まれた。光と闇が二人の身体に吸い込まれるように消えると、そこには普段とは似ているようで似ていない雰囲気を纏ったソウルとエクスが佇んでいた。
短かったエクスの金髪は腰辺りまで伸び、純白のローブを身に纏い、同じく純白の翼を背中から生やしている姿は絵本などでよく見る天使を思い出させる。対してソウルは外見上はあまり変わっておらず、ただ漆黒のローブと同色の翼が背中から生えている。翼はエクスの翼をそのまま黒くしたような感じだ。
神聖さをも感じさせる二人になのは達は思わず戦場に居る事も忘れて見惚れていた。
そんな彼女達に構わず、エクスは左手を、ソウルは右手を真横に伸ばすと各々の武器を出現させた。
エクスの手に握られているのはどんな材質で出来ているのか、汚れが全く無く光輝く純白の弓。上端と下端は天使の翼を催していたが、それは弓として機能するのに必要な部分が無かった。

「弦が、無い?」

なのはの言うとおり、エクスの持つ弓には矢を番える弦が張られていなかった。
対してソウルの右手に握られているのはほとんど彼の身長と同じくらいではないかと錯覚するほどの巨大な鎌。柄から刃の接続部分まで黒で染められており、刃はそんな柄とは逆に鏡代わりになるのではないかと感じるほど銀色に光り輝いている。

「俺はシグナムを。エクス、お前は――――」
「私はなのはを」

全く持って感情を感じさせない、棒読みのような声になのはは背筋に悪寒が走った。
しかしなのはは幼い頃、寂しい想いを家庭内でしていたため、寂しいという感情に敏感である。そのため、エクスの瞳に秘められた無感情という仮面の下の本当の感情を読み取る事が出来た。

「エクスちゃん……」
「いくよ、なのは」

無感情を装った寂しい声が合図となった。





魔法少女リリカルなのはLOC
第25話「仲間の絆」





シグナムが頭上から迫る鎌を躱してソウルの胴を薙ぎ払う。ソウルは鎌の刃を地面に突き刺して固定し、柄で脇腹を狙う刃を阻んだ。刃が柄に受け止められて動きを止めるシグナムに空いた右手を引いて彼女の顔面目掛けて肘うちを放つ。
一点に集中されて放たれた肘うちは岩をも砕く威力を持っている。弾丸ともいえる速度で放たれたそれをシグナムは顔に障壁を張って防いだ。肘うちを防ぐと同時に大きく後ろに跳んでソウルと距離をとった。
距離をとって攻めてこないシグナムを見て、ソウルは何食わぬ表情で鎌を地面から抜く。地面は鎌が刺さっていた部分以外に穴が開いている部分は無く、一点に集中された鎌の一撃を物語っていた。

「止まれ、ソウル。私はお前達と戦う事を望んでいない」
「無駄だ。俺達にはどうすることも出来ない」

シグナムの言葉にソウルは首を振って否定する。

「俺達は天界と魔界によって混沌の王に向かって送られた武器。自我があるとはいえ、自由に動けるわけではない」
「だがお前達は自由に動いていたではないか」

ユウ達と一緒に過ごした日々を思い出す。自由に動けるわけない、と彼は言ったが少なくとも一緒に過ごした日々の中、彼らが動きを制限されていたとは思えない。

「ユウがそれを望まなかったからだ。あいつはあの通り、人を縛るのが嫌いな性格だからな」

苦笑しながら話すソウルはこの殺気が充満する場にこの上なく似合わなかった。過去を思い出して懐かしむように笑ったソウルはため息をつくと、先ほどまでの笑顔を消して厳しいものへと変える。

「しかし奴が出てきた。ユウの身体を使っているとはいえ、奴は紛れもなく王を冠する者。力を持つ武器を縛らない方がおかしい」
「…………」
「君達もそんな経験はあるのではないか? 主の命令は絶対。例え意に反する事でもそれに反抗する事は出来ない。そんな経験が無かったか、ヴォルケンリッター」

ソウルの言葉にシグナムの表情が鋭くなった。視線だけでも相手を傷つける事は出来るのではないか、と錯覚するほどだ。

「どこでそれを知った」
「何、混沌について無限書庫で知らべていると色々と見つけてな。休憩がてらに君たちの存在や闇の書についても調べさせてもらった。もっとも、ユーノに訊ねたら直ぐにその本はどこかに仕舞われてしまったが」

刺すような視線とは裏腹に感情を灯さない声をソウルは何でもないように受け流した。代わりに身長ほどある鎌を水平に構える。
そうか、と呟くとシグナムもまたレヴァンティンを構えた。

「……確かに私達もそのような経験はしたことがあった」
「なら分かるだろう? どんなに嫌がったところで命令を拒む事は出来ない。俺達の自由は失われた。俺達はこのままルシファーに従って世界を滅ぼしてしまう」
「だが」
「む?」

ソウルの言葉を否定するように首を振ったシグナムは刺すような視線を引っ込めて、静かにソウルを見つめる。

「だが我等は主はやてと出会った。永き戦いの道のりの末にようやく安らぎを得た」

ソウルはシグナムの言葉に応えない。シグナムは答えを望んで喋っているわけではないから。

「我等も戦いの連鎖から逃げられないと思っていた。このまま一生主のために戦いながら生きていくのだと」
「…………」
「しかし、その道のりは主はやてと出会う事で閉ざされた。代わりに開かれたのは心温まる生活」

そしてそこで、護りたいと願うものを見つけた。自分達のためにいつも笑っていてくれて、時には叱ってくれる心優しい主を護りたいと思った。家族と共に、平和な毎日を過ごしたいと願った。

「…………何が言いたい?」
「お前達はここで嘆く必要はない、という事だ」

レヴァンティンを固く握り締めて、ソウルを見据える。ソウルの漆黒の瞳は驚きと戸惑いによって揺れていた。

「お前達を解放するにはどうすればいい?」
「なん……だと……?」
「もう一度聞く。お前達を解放するにはどうすればいい?」

シグナムは調子を変えずに同じ言葉を繰り返す。それ故にソウルは彼女の気持ちが分からなかった。

「…………何故」
「何故? 仲間を助けるのに理由は必要なかろう?」

至極真面目な顔をして言うシグナムにソウルはぽかん、と呆けた顔をした。そして次の瞬間、堪えていた物が一気に溢れたように声を上げて笑い出した。いきなりの笑い声に今度は逆にシグナムが驚きを混ぜて意外な顔をしながらソウルを見ることとなる。

「あっはははははは。そうかそうか、俺達は仲間か」
「お前…………」

構えた鎌を下ろして左手で腹を抱えてまで笑うソウルにシグナムは侮蔑されたとは思わなかった。彼の笑いに軽蔑や侮辱の意味は無く、彼はまるで闘いの中だということを忘れるほど嬉しそうに、子供のように笑っていた。

「くくく。ユウに1人ではない等と言っておきながら、結局俺もそうだったというわけか。ははは」

目に涙を溜めながら心底楽しそうに笑うソウルが笑い終わるのを無言で待ち続ける。数十秒か数分か、あるいは数十分たったのかもしれない。笑い終えたソウルは息をつきながら鎌を構え直して、世間話をするような笑顔でシグナムを見つめる。

「俺達が奴の制御下から離れる方法は三つ。一つは本人がそうすること。一番手っ取り早いが一番有り得ない方法だ。二つ目は奴自身の消滅。といってもこの方法は奴が死ぬと同時に俺等もそれぞれの居場所に帰るためお前達にとっても取りたくない方法だろう。それに君たちがルシファーを消滅させるなど考えられないからな」

最後の言葉には少しむっとなったが、反論する事も出来ないのでそのまま黙って見過ごす。そしてソウルは嬉しそうな笑顔を、試すような笑顔に変える。

「最後の方法はルシファーが俺等を制御する魔力を維持できなくさせる事だ。俺等は現在、魔力による制約を受けているからな。その魔力が無くなったら解放されるのも当然だ」
「それはどうすれば――――」

シグナムの問いを鎌の一閃による風が切り裂かれた音が阻んだ。ソウルは笑みを浮かべたままだ。

「そこから先はお前達で考えろ。俺から言えるのはここまでだ。だがちょっと考えたら分かる事だぞ、奴が誰の身体を使っているのかを考えればな」
「む………?」

シグナムはソウルの言葉に少しの間考え込む。ルシファーがソウル達を縛る魔力を維持できなくさせればいいと言うが、彼の魔力は混沌から生まれている。世界が存在する限り彼の魔力はほぼ無限と言ってもいいだろう。
そこでソウルの最後の言葉が頭に引っかかった。ルシファーが誰の身体を使っているのか。勿論それは先ほどソウルが言っていたようにユウの身体だ。しかしそれだけではない。それだけならばソウルも思わせぶりな発言はしないだろう。嘘の考えもよぎったが、ソウルの笑みを見てその考えを一蹴する。
ユウの身体を使っているということはルシファーの魔力にも上限があるということだ。しかしルシファー自身が素早いため魔力ダメージを与えるのは至難の業だろう。かといって魔力切れを狙おうものなら広範囲攻撃で一気に全員捻じ伏せられる。
どのような方法があるんだとシグナムが考え込みそうになった瞬間、ふと彼女の頭に1人の少年の顔がよぎった。

「あ…………」

そこから答えを導くのは簡単だった。どの魔法を使えばルシファーから魔力を奪う事が出来て、尚且つユウ達を取り戻す事が出来るという問題はソウルの言うとおり、彼が誰の身体を使っているのかをちょっと考えれば分かった。
答えが思い浮かぶと思わず笑みを零した。

「ふっ」
「分かったようだな」
「ああ」
「だが、方法が分かったところで実行できなければ意味が無い。さて、近接戦闘トップレベルの君と長距離援護のなのはが抜けてそれを彼女等はこなせるかな?」

ちらりとルシファーと戦闘を始めているフェイト達に視線を向ける。シグナムはそれに信頼という意味を込めた言葉で返した。

「見くびるな。テスタロッサ達はお前達が思っている以上に強いぞ」
「そうか。それならば俺は俺の仕事をするだけだ」

すぅ、と息を吸って笑みを消す。ソウルの瞳に獲物を狩る獣が持つ光が宿った。シグナムもレヴァンティンを握り締めて瞳に剣士としての光を灯す。

「そうこなくてはな」
「悪いが手加減は出来そうに無い。本気で行かせてもらう」
「それは、こちらも同じだ」

二つの人影が走り出し、交差した。





弓を構えたエクスは右手で矢を添える動作をする。しかし、その手に矢は無い。
何をするつもりか、なのははレイジングハートを構えてエクスの一挙一動を注意深く観察する。
矢を添える動作を終えると、エクスは風に消えてしまうのではないかという程小さな声で呟いた。

「セット」

直後、何も無かったエクスの右手に光の矢が、弓に光の弦が張られる。
なのはが反応するよりも早く、エクスは無表情のままなのはに矢を放った。
放たれた光の矢は流れ星のように高速でなのはに迫る。

「っ!?」
『Protection』

反応が遅れたなのはをサポートして桜色の障壁が張られる。
矢は一直線になのはに伸びて行き、障壁に刺さった。
ガリガリ、と障壁を削られる感触があったが、それも直ぐに消える。

「っ……レイジングハート!」
『Divine Shooter』

主の声に反応して10を越えるスフィアがなのはの周りに生成される。エクスはそれを見て同じようにスフィアを生成した。

「シュート!」
「デルタレイ」

ディバインシューターがエクスに向かって放つと同時にレイジングハートをシューティングモードに変形させる。
変形が終わるとほぼ同時にディバインバスターのチャージを始めた。シューターは既に自動追尾に切り替えてある。
エクスは的確にデルタレイを迫り来るスフィアに当てて相殺した。
全て相殺したことを確認してなのはへと照準を定める。しかし、

「間に合わない、か」

どうやっても向こうの砲撃の方が早いと判断すると、即座に照準合わせを中断して翼に魔力を込める。純白の翼が金色の膜に包まれて、護るようにエクスの身体を覆い隠した。
エクスが身体を覆い隠すと同時になのはのチャージが完了する。

「ディバイン、バスターーー!!」

桃色の閃光が繭のように翼に包まれたエクスに放たれる。閃光はエクスに直撃すると、そのまま彼女を飲み込んだ。

「っ!」

光の本流の中で、初めてエクスの焦った声が聞こえた、気がした。しかし砲撃を撃っている最中のなのはにそれを確認する術はない。
人を覆い隠すほど太い光の奔流が徐々に細くなり、間もなく消える。
射線上に残ったのはやや焦げ目がついた白翼に包まれたエクスだけだった。ディバインバスターが直撃する前に翼が包まれた金色の膜は消えている。
翼を広げて姿を現したエクスは悲しそうになのはを見つめて呟いた。

「凄いよなのは。防御を打ち抜いて翼にまで砲撃を届かせるなんて。――――でもそれじゃ届かないよ」
「エクスちゃん……どうして」
「逃げてなのは。なのは達じゃあ私達を止められない。私は……皆を傷つけたくないよ」
「エクスちゃん…………」

エクスが弓を構え、それに続いてなのはもレイジングハートを構える。赤い宝石が、やや哀しそうに、明滅する。

『エクス、貴方は……』
「レイジングハート、なのはを護ってあげて。私は……」
『どうするつもりですか……?』

レイジングハートの問いにエクスが哀しげに目を細めて、すぅ、と目を閉じた。

「私は、ルシファーと一緒に世界を滅ぼすことになると思う」
「そんな!?」
「仕方ないの!!」

目を瞑ったまま拒絶するように声を上げたエクスは握ったところから血が滲むほどきつく弓を握り締める。純白の弓に紅い雫が一筋垂れる。その閉じた目には涙が溜まっていた。

「私達じゃあ、ルシファーの意思に反する事が出来ない。本当はこんなことしたくないよ……でも、どうしようもないんだよ!! だから早く逃げてぇ!!」

自分の手で共に日々を過ごした人を傷つけたくない。傷つけたら、その楽しかった日々が消えてしまう、そんな気がした。

「…………ぃわないで」
「え………?」

小さく聞こえた声にそっと目を開ける。開けた視界の正面にはなのはがレイジングハートを降ろして哀しげな瞳でエクスを見ていた。空いた右手を胸に当てて、

「どうしようもないなんて哀しい事言わないで。大丈夫だよ、絶対元に戻るよ」
「っ…………何も知らないくせに、知った風に言わないで!!」
「分からないよ! だから教えて、元に戻る方法! ユウ君が、ゼロが、エクスちゃん達が元に戻る方法を!!」
「知ってどうにでもなるわけないじゃん!!」
「そんな事ない! 絶対に何とかする!! 私達がエクスちゃん達が傷つけなくても良いようになんとかするから!!」

拒絶するようなエクスの声に対抗して腹の奥底から声を張り上げる。それはなのはの心からの本心だった。涙を溜めて弓を構えるエクスを見て思った本心。なんとかしたい、友達の悲しむ姿を見たくない、自分を傷つけたくないと泣いている人を笑わせてあげたい。

「だから、エクスちゃん!!」
「なのは…………どうして……そんなに身体を張って……」
「当たり前だよ! 友達だもん!!」

なのはの言葉を聞いた瞬間、エクスはぽかん、と口を開けて耐え切れなくなったように涙が目から溢れ出した。そんなエクスの様子を見ても、なのはは少しも取り乱さない。

「なのはぁ……」
「エクスちゃん、教えて」
「分からないよ……ごめんね、せっかくなのはが友達って言ってくれたのに……何も力になる事が出来ない……」
「エクスちゃん……」
『マスター、もしかしたらソウルなら……』
「あ、うん」

レイジングハートに言われるままソウルとシグナムがいる場所に視線を移すとソウルが腹を抱えて笑っているようだった。シグナムは、といえばこちらからは背中だけしか見えず、表情までは分からなかったが雰囲気で呆然としているのが分かった。

「どうしよう……」
『とにかく、何か情報が入ったら知らされるでしょう。今は彼女を信じましょう』
「うん、それじゃあ私は――――」

再び空のエクスを見上げる。丁度エクスが涙をぬぐいきった時だった。涙をぬぐった手を下ろしてエクスはなのはを見つめる。その瞳に悲しみはなかった。代わりにあるのは希望。

「なのはは、絶対に何とかするって言ったよね」
「うん」
「信じて、いいんだよね?」
「……うん!」

なのはの返事を聞いたエクスはそっか、と小さく笑うとなのはに改めて弓を構える。

「お願いなのは。助けて……」
「――――助けるよ!!」



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リインフォースの報告を聞いてからまだ1分と経っていない。にも関わらず、そこには新たな地獄が出来ていた。
まず気づいたのは感覚の変化だった。先ほどまで触れることすら出来なかった炎の熱や人の身体に触れることが出来、その熱や感触を確かめられるようになっていた。感触が身体に戻った直後、はやては空に佇んでいたユウから一瞬だけ目を離して自分の体を見下ろした。――――その一瞬で悪夢が始まった。
はやてが自分の体を見下ろした次の瞬間、ビチャ、と何かが弾ける音がして温かい液体がはやてに降りかかった。

「わ、なんや…………っ!?」

自身に降りかかったものを目にして息を呑む。手にこびりついたまだ生暖かい、人の体温をほどの温度を持っていた紅い液体が血だと判断するのにそんなに時間は掛からなかった。

「ご無事……ですか? 主はやて……」
「っ、シグナム!? うで、腕が――!」

シグナムを見上げて、目の前の光景に息を呑んだ。
先ほど触れもしなかったシグナムがどうしてこちらに気づいたのか、等という疑問は、ボロボロになった家族を目の当たりにして冷静でいられないはやての頭に浮かばない。
ただ、シグナムの姿に目を奪われ、そしてただ頑なに目の前の光景を信じようとしなかった。

「お怪我は、無いよう……ですね」

弱々しく、しかし穏やかにシグナムが微笑む。はやてを庇うために出した左腕は斬りおとされ、切断面からシャワーのように血が吹き出ていた。

「私なんかより、シグナムの方が酷いやないか!! シャマル、シャマルはおらへんのか!?」

慌てて周りを見回すが、彼女達以外に人の影はなく、既に燃え尽きようとしている家屋と、未だに勢いよく燃え続ける炎しかなかった。

「主はやて、どうか、お逃げ」

再び何かが弾ける音がして、シグナムの声が途切れた。
辺りを見回していたはやてはその音が何の音なのか分からない。しかし、頭の中で嫌な考えが消えなかった。

「シグ……ナム……?」

見てはいけない、という本能が警鐘を鳴らすのを無視して、シグナムがいた場所へゆっくりと首を向けた。
そこには決して認めたくない――――首無しとなった騎士の姿があった。

「あ、あ…………」
「危ない!!」

変わり果ててしまった家族の身体に震える手で触れようとした瞬間、誰かが横からはやてを突き飛ばす。
伸ばされた手は彼女に届かず横に流れる。
その瞬間、首無しとなった体に追い討ちをかけるように空から黒い『何か』がシグナムに纏わりつき、飲み込んだ。
黒い『何か』はシグナムを飲み込んだ後、咀嚼するようにもぞもぞ動いてその場から離れて、再び空へ舞い戻る。黒い『何か』があった場所には――――烈火の将が身に纏っていた鎧と砕けて半分になった彼女の愛剣しか残っていなかった。

「…………嘘や。シグナム、……そんな」

涙を零し倒れたまま彼女の遺品に手を伸ばすが、その手は届かない。鎧と剣は徐々に石化していき、間もなくかろうじて光沢の放っていた鎧と剣は完全に石像と化した。

「……こんなん――――」

バキン! と。
はやての呟きを否定するように彼女の鎧と剣が何者かに踏み砕かれた。はやての目が二つの事実に見開かれる。一つはシグナムの遺品が踏み砕かれたこと。騎士の持ち物を足蹴にすることはその誇りをも足蹴にすることである。もしもはやてがもう一つの事実がなければ叫びながらその足を払いのけるだろう。しかし、もう一つの事実が彼女にその行動をさせるという考えを与えなかった。

「ユウ……君……」
「やぁ、はやて」

砕かれた鎧と剣の上の足の主を見上げる。そこにはユウが無表情ではやてを見ていた。しかしユウがいてくれて嬉しいという感情は一切浮かばなかった。代わりに一つの疑問しか浮かばない。

「ユウ君……どうして……」
「どうして? どうしてこんなことをするのかって? ……そうだね、一言で言うなら、『仕返し』だよ」

言われた直後、はやてはユウの言葉の意味を理解する事が出来なかった。しかし、そんなことはお構い無しにユウは淡々と言葉を続ける。

「君は初めて僕と会った時、大きすぎる魔力を小さくするためにユニゾンデバイスの製作を提案した。確かにユニゾンデバイスを造る事によって魔力を二分する事が出来る。でも君は僕がユニゾンデバイスを――ゼロを作る際に考慮しておかなければいけない事態を言わなかった」
「え……?」
「融合事故だよ」

刹那、ユウの言葉ははやての心を深く抉り、その中からとある映像が頭の中に流れた。

【〈主、何故彼に本当のことを…?〉
〈彼には余計な不安を募らせたくないだけや。これからユニゾンデバイスを作るのにそんなん聞いたら作るのが嫌になるかもしれへんやろ。でも彼が私らと一緒におるためにはこれしか方法は無い〉
〈だからなんだ……〉
〈いずればれると思う、その時は嘘つきって嫌われるかもしれへん。それでも今ユウ君にとってそれは知らなくてもいいことなんや。別に嫌われても構わへんよ〉 】

それはユウがこちらの世界に来て間もなく、ユニゾンデバイスを造ろうとしたとき。融合事故は当時のユウに不安を与えないためということで彼には説明していなかった。融合事故のことを知ったらユニゾンデバイスを造る事を嫌がるかもしれない。しかし、彼がはやて達と一緒に居るためにはユニゾンデバイスを造って力を抑えることを避ける事は出来なかった。

「後で知ったけどさ。融合事故ってユニゾンデバイスが暴走して術者の身体を乗っ取る事でしょ? それを僕に伝えなかったのは何で? もしかしたら僕がゼロに身体を乗っ取られるかもしれないのに」
「それは…………ユウ君に余計な不安を…………」
「僕に余計な不安を与えたくなかった? それで僕に被害があったら元も子もないよね。そんな事も考えられなかったの?」
「っ…………」

正論を言われて言葉に詰まる。苦痛に顔を歪めるはやてに更にユウは追い討ちの言葉をかけた。

「それに僕とゼロはまだ一度もユニゾンをしていない。もしユニゾンした時に事故が起こったら君達はどうやって責任を取ってくれるの?」
「………………」

ユウの問いかけにもはや言葉を発することが出来ない。実際には考えたことはあった。もし、ユウがゼロとユニゾンして事故が起きた場合、どうなるのだろうか。それを考えた途端、怖い考えが頭をよぎってその日はずっと気分が落ち込んでいた。
それ以来、その事について考えることを避けるようになった。頭の中に考えがよぎっても振り払うように別の物事に集中した。
しかし、はやては今その問題に直面させられていた。ユウの空虚な瞳が自分を責めているように思えて、震えながら俯く。

「…………嘘や、こんなん夢や…………ユウ君がこんな事言うはずない。…………これは夢や」

震える口でゆっくり、必死に紡ぎだした否定の言葉をユウはがらんどうの瞳でつまらなさそうにはやてを見つめた。

「そうだよ、はやて。これは夢だよ。決して覚めない悪夢という名の、ね」

瞳に何の感情を浮かばせず、ただ平坦とした声を発するユウは血まみれの足をはやてへと踏み出す。砕けた鎧と剣が塵となり、風に吹かれて黒煙が立ち上る空へ消えた。

「もうどうしようもないよ。僕も、はやても」

ゆっくりとはやてへと歩くユウは血塗られた手に闇の刃を出現させる。目の前の事実に驚愕して動く事の出来ないはやては倒れたまま、ただ目を見開いて震えることしか出来ない。
やがてユウははやての目の前まで来て、はやては顔を見上げた。ユウははやてを見下ろし、はやてはユウを見上げる形になる。
ユウはそこまで来ると、ここにきて初めての笑顔を向ける。しかしその笑顔は、元の優しさや穏やかさが微塵もない。冷血さや残忍さもない、ただ笑うという行為。

「もう逃れる事は出来ないんだ。それなら」

闇の刃を振り上げる。普段ユウが使う魔力で生み出された闇の刃とは違い、ただ純粋の『闇』によって造られた刃。それは一筋傷を付けられればそこから闇が侵食して身体を蝕んでいく凶器だ。
認めたくないように涙を流しながら首を振るはやてにユウはまた一段と笑みを深めた。ふと、はやてでもユウでもない、別の誰かの叫び声が聞こえた。

「ユウゥゥゥウウウゥゥウウゥゥ!!」
「せめて、楽に死なせてあげるよ」

闇の刃が、振り下ろされた。





----後書き----

カークス:「拙作を読んでいただきありがとうございます」

ルシファ:「エクスカリバーとソウルイーターの限定解除がここで出てきたか」

カークス:「戦いを三つに分けようかなと」

ルシファ:「エクスカリバーと高町、ソウルイーターとシグナム、そして私とハラオウン達か。それに加えて八神達のこともある。書ききれるのか?」

カークス:「確かに量が多いからエクスとなのはの戦いは書かないことにしました。ソウルとシグナムは既に書き上げてあるから良いし、ルシファーとクロノ達は必須ではやて達も必須だから削る部分と言ったらここしかないし……」

ルシファ:「増やしすぎだ。――――さて、エクスカリバーとソウルイーターの武器についても何かあるのではないか?」

カークス:「はいな。エクスの弓は『レイニガング』、ソウルの鎌は『ヴァースヴェイフレン』と言う名前です。その他の詳細はいずれのLOC通信でお知らせしようと思います」

ルシファ:「逃げたな。さて、エクスカリバーと高町、ソウルイーターとシグナムは実力の差はどれほどなのだ?」

カークス:「エクスとなのはに関しては複雑で通常時ではなのはの方が有利で、限定解除時はその状況によって変わるほどです。ソウルとシグナムはいつでも同じくらいでその時その時によって変わります」

ルシファ:「お互いロングレンジとクロスレンジを得意とするからな」

カークス:「そういうこと。ちなみに限定解除時のエクスとソウルが組んだら非ユニゾン時のユウでも勝てません」

ルシファ:「奴の魔法の師だけのことはあるな」

カークス:「そういうことです。ということで今回はこの辺りで」

ルシファ:「失礼する」





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