魔法少女リリカルなのはLOC

第26話「暖かな日々への願い」





左から迫る刃をしゃがんで躱し、下から魔剣でソウルの顎目掛けて切り上げる。
顎を逸らして紙一重で回避したソウルはそのまま後ろに跳んで血の槍をシグナムに向けて放った。

「撃ち抜け、ブラッディランス!」
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
『Explosion』

四本の赤黒い槍がシグナム目掛けて一直線に伸びる。電子声と同時にカートリッジが排莢され、レヴァンティンの刀身に炎に包まれた。

「紫電、一閃!!」

レヴァンティンを横一文字に薙ぎ、赤黒い槍を打ち払う。
槍はレヴァンティンの打ち払われてあらぬ方向へ飛ぶが、ソウルが手首を返すことでそれの軌道を変えた。シグナムが気が付いた時には既に彼女を中心に、槍に囲まれていた。

「っ、しまっ……!」
「穿て、イービルクロス!」

ソウルは指で十字を切って、握り締める。その動きに連動して血の槍がシグナム目掛けて放たれる。紫電一閃をした直後では四方から迫る槍を同時に打ち払う事は出来ない。シグナムは苦々しそうに顔を顰めて上に跳んだ。
槍はシグナムが居た場所を穿ち、互いにぶつかり合って弾ける。

「くっ……」
「悠長に下を見ている場合じゃないぞ」
「っ!?」

空を飛ぶシグナムの更に真上からソウルの声が響いた。嫌な予感が全身を貫いてソウルの姿を確認する暇も無く、頭上に鞘と刀を重ねるように交差させる。
直後、鈍い音を立てて交差した刀と鞘が振り下ろされたソウルの鎌を受け止めた。しかし真上からきた重力に逆らわない一撃は重く、一瞬持ちこたえたシグナムはその圧力に耐え切れず地面に叩き落された。

「ぐっ、はぁ……!」

パラパラとシグナムの墜落によって浮き上がった小石が彼女の身体に雨となって降りかかる。しかし衝撃ほど身体に痛みは無い。地面に墜落する寸前に受身を取ったシグナムの身のこなしならではのダメージ軽減法だ。しかし、それでもソウルの一撃を受けた両腕は痺れており、レヴァンティンと鞘を握るのもやや辛い状態だった。
痺れる両腕を叱咤し、前を見るとソウルが翼を羽ばたかせて降りて来た。

「こんなものでは無いだろう? 早くしないとはやて達を助けられなくなるぞ」
「くっ……」
「彼女達を助けるつもりなら急げ。奴に取り込まれた以上、はやて達も夢を見せられているはずだ」
「夢……?」

ソウルの言葉に眉を顰める。ソウルはそうだ、と頷き、

「ルシファーは取り込んだ者に『悪夢』を見せる。詳しい原理は長くなるから省略させてもらうが、その『悪夢』は見る者の精神を追いつめる物だ。急がねば最悪の場合、彼女達の精神が破壊される」

平坦な声でシグナムに伝えた。
シグナムは驚きに顔を染めるが、直ぐに表情を引き締める。

「ならば、尚更急がねばならないな」

もしソウルの話が本当なら一刻の猶予も無い。ルシファーにははやてだけではなく、まだ生まれて間もないリインフォースも取り込まれている。純粋な彼女に『悪夢』を見せられた場合、彼女の精神がそんなに長く持つとは思えない。
レヴァンティンを構えて、即座に自分の体の状況を把握する。両手の痺れは若干残っているが、戦闘に支障なし。怪我及び痛みは、先ほど打ち付けた時の若干の打ち身だがこれも戦闘に支障は無い。

「レヴァンティン!」
『Schlangeform』

カートリッジを排夾して、レヴァンティンを振るう。真っ直ぐだった刀身は分割され、蛇腹剣となってソウルに襲い掛かる。
シグナムの意思で操られる刀身はその名の通り、蛇のように蛇行しながらソウルへ迫った。
小さく舌打ちをしたソウルは流石にこれを弾くことも出来ず、空に飛んで回避する。
目標を失った刀身は大地を抉り、そのまま大きく回り込むように迂回してソウルを真下から再び狙った。

「ちぃっ!」

迫る刃を、翼を羽ばたかせて後ろに回避する。再び標的を失った刀身は空を大きく迂回するように三度ソウルへ襲い掛かった。
これも回避する、そしてまた大きく回りこんで迂回する。四度、五度、と迫り来る刃をソウルは何度も避けた。
しかし度重なる刃を躱しきれなかったのか、彼の身体には幾つもの傷が刻まれ、中でもわき腹と左肩から大きく出血していた。

「ぐっ……やるな」

小さく笑みを浮かべるが、その笑みも頭上から迫る刃を前に消す。再び翼を羽ばたかせて大きく後退しようとした瞬間、

「な、にぃ!?」

既に後ろにあった刀身に翼を切り刻まれた。完全に切り刻まれる前に気づけたため、数枚の羽が散る程度で済んだが、それは彼にとって絶望を与えるきっかけとなる。
完全に囲まれていた。度重なる刃は通った道に己が刀身を残してソウルを囲むように追いつめ、結果、ソウルは刃の檻に閉じ込められることとなった。
頭上から迫る刃から逃れるための道は無いか、と探していると、ふと視界の端にレヴァンティンを振り回しながら先端の刃を操っているシグナムを見つけた。この状況をどうする? と挑戦的な笑みを浮かべながら。

「くっ」

自然と笑みがこぼれていた。事実彼には既に逃路は無い。頭上に迫る刃を弾いたところでそれによってバランスを崩した檻が四方八方から彼の身体を切り刻む。かといって、何もせずに待っていたら頭上の刃に脳天から貫かれる。

「ならば……やることは一つしかないな」

鎌を肩に乗せるように構えて、シグナムを凝視する。真上から迫る刃に目を向けない。
血迷ったか、とシグナムは不審そうに眉を顰めたが、即座にその考えを否定し、仕掛けてくると判断して表情を引き締める。

「……飛影」

ソウルは小さく呟いて、瞳が紅く輝いた。刹那、時が止まったようにシグナムは感じた。時の進みが遅くなったように、刃のスピードも遅くなり、ソウルの頭上数メートルでゆらゆら動いている。
しかし、その時はソウルが息を吐き出す事で動き出した。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

低く構えた体勢から更に低く、足を踏み出して地面に伏すほどの低さで地面を下から抉るように鎌を振るい、そのままシグナムに向かって投げた。
投げた直後、頭上から迫った刃はソウルの右肩を抉った。痛みに顔を顰めるが、同時にシグナムに対して笑みを浮かべた。
シグナムはといえば、一秒間の回転数が10回転を越え、ほとんどチャクラムのように迫り来る鎌を奇妙に見つめて空に跳んでそれを躱す。鎌は地面を抉りながら回転数を上げてシグナムを追いに空へ舞い上がる。

(なるほど、追尾性か)

追いかけてくる鎌を見つめつつ、小さく嘆息した。彼の苦し紛れの、最後の一撃がこんなものだったとは、と。

――――その考えが、シグナムに隙を与えた。

シグナムを追いかけるように空へ舞い上がった鎌はいくら追尾するような魔法をかけられているとしても物理的に直角に回る事が出来ず、シグナムを大きく迂回するように舞い上がる。鎌の行く先を見つめて、シグナムは目を見開いた。
鎌の行く手に瞳を元の黒に戻したソウルがいた。先ほどまで刃の檻の中に居たソウルが、彼女よりやや上で冷徹な笑みを浮かべながら。

「な、いつの間に!?」
「一閃!」

回りながら飛ぶ鎌をソウルは手元に収めると、その勢いを殺さないように身体を回転させて、シグナムに接近した。
もしこの武器が、斧や打撃系の武器ならここで勝敗は決していただろう。――――しかし生憎と彼の武器は鎌だった。
余談であるが、鎌は元々武器ではなく、植物の切断用として使われていた。植物を刈り取る時は、当然その植物を固定して手前に引いて刈り取る。武器としての鎌も同じで鋭利な刃であれば、まだましであるが、やはりどうしても相手を薙ぐには『手前に引く』という動作が必要になる。
つまり何が言いたいのか、というと。
相手が薙ぐために必要な『手前に引く』という動作。シグナムはその動作を利用した。
身体を半身横にずらして、鞘を丁度鎌が通る線上に横に寝かせる。
鎌は当然のように鞘に引っかかり、それを薙ぐために『手前に引く』。シグナムは笑みを浮かべて、並外れた動体視力で鎌が手前に引かれる瞬間――――逆らわすに前に踏み出した。

「何!?」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

回転しながら威力を倍増させた鎌を『手前に引く』という動作は相当な力を持っており、そしてその力を利用して放たれた鞘はやはりかなりの勢いを持っていた。
鎌の勢いに乗った鞘はぐしゃあ、とソウルの顔にめり込んだ。

「がっ、はぁ!」

顔面に叩き込まれた鞘の勢いに宙を舞い、成す術もなく地面に叩きつけられた。それに続いてソウルの手を離れた鎌が大地に突き刺さる。
シグナムはレヴァンティンをシュベルトフォルムに戻して、地に降り立った。

「ぐ……」

ソウルが鼻血を垂らしながら膝に手を付いて立ち上がる。その瞳には驚きと、歓喜が入り混じっていた。

「っふふ、なかなかやるな」
「ああ、お前もな。鎌を投げてからの行動。とても予測できる物ではなかった」
「ふん、しっかり付いてきた上に一撃を加えた奴が何を言う」

口元を吊り上げて、地面に刺さった刃を抜く。シグナムも再びレヴァンティンを構えた。ソウルは笑みを浮かべながら上空のルシファーとフェイト達を見て、

「向こうもそろそろ終わりそうだ。こちらも終わりにするとしよう」
「そうか、名残惜しい気もするな」
「何、また戻ったら何回でもできる。模擬戦だったら付き合うぞ」
「ああ、それは助かる」

それだけ言葉を交わすと互いの間に沈黙が流れる。互いに大きく深呼吸して空気が更に張り詰められた。その間の沈黙に純粋な殺意と敵意が混じり、わずかな変化が合図となる。
ソウルは鎌を低く構え、笑みを深めた。

「参る」

シグナムが応える間もなく、ソウルは鎌を渾身の力で投げる。シグナムの頭の中で先ほどの光景が浮かび上がり、鎌の行く先を凝視した。
鎌は角度を変えながら回転し、シグナムに迫る。シグナムはそれをギリギリまで引き付けて、風圧で斬られない程度のところで横に跳んだ。目標を失った鎌はシグナムのいた場所を通過すると、シグナムの予想とは大きく外れ、大きく迂回したがシグナムの背後まで迫ったがシグナムがそれに構える前に地面に突き刺さった。
不発か? と不審そうに眉を顰めた瞬間、シグナムの目が大きく見開かれた。

「な、にぃ!?」

突き刺さった鎌から地面に何かが溢れ出る。黒い何か。それは霧にも表現できるかもしれないが、沼の水面のようにどろどろしているような部分もあるのでやはり『何か』としか表現できない。
黒い『何か』は鎌を中心に円形に広がり、シグナムの足元まで一気に地面を覆いつくした。

「くっ、足が……」

咄嗟の反応に遅れたシグナムは抜け出そうとしたが、足が動かなかった。どれだけ力を入れてもびくともしない。魔力を込めての離脱も試みるが、それでも無理だった。
そこでシグナムの頭に一つの考えがふと閃く。自分の足を拘束して、動きを止めたとなればその次にくるのは――――。
即座にソウルの居た正面に振り向く。ソウルは既に投げた場所にはいなく、前に足を踏み出して、シグナムの真正面に跳んだ。

「無影――――」
「レヴァンティン!」
『Explosion』

今日で何発目か覚えていないカートリッジを排夾して、レヴァンティンの刀身が炎に包まれる。空中のソウルは生まれた闇の刃を両手で持ち、上段に構えた。

「紫電――――」

シグナムの魔力が膨れ上がる。ソウルの闇の密度も濃くなり、刃も闇が溢れ出るギリギリまで膨れ上がる。そして、二人の剣が衝突した。

「「一閃!!」」



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「ユウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

1人の少年の叫びによって、その刃ははやての目の前で止められた。はやては驚きを顔に貼り付けながら、声の主の方へ振り向く。そこには、見知った顔が二つ並んでいた。

「マイスター!!」
「リイン…………ゼロ?」
「マスター、もう止めて下さい!」

ユウが刃を止めると直ぐに二人ははやて達の下へ走りだした。リインフォースははやての傍まで来ると彼女に肩を貸して立ち上がり、ユウとはやての間隔を開く。ゼロは開いたユウとはやての間に入り、立ち塞がるように両手を広げてユウに向かい合う。

「もうこんなことは止めて下さい、マスターユウ!」
「ゼロ? 馬鹿な……君は一番最初に……」

ゼロがユウに向かって悲痛の表情で叫ぶと、ユウは戸惑ったように後ろへ下がった。今まで感情というものを見せなかったユウに初めて、戸惑いという感情が生まれた。

「マスター! 貴方は本当はこんなことをしたくない筈です!」
「君は最初に…………、!!」

認めたくないように首を振っていたユウはやがて何かに気づいたようにはっと瞳を見開いた。そして先ほどの動揺が嘘のように静かに目を細める。ユウの急変にゼロは不審そうに眉を顰めた。

「ユウ……?」
「そうか、分かったよ。君は偽者だね。だって本物は僕が最初に殺したんだから。――――なら、偽者は殺さなきゃ」

ユウがそう呟いた瞬間、ゼロとはやて達がいた場所が爆ぜた。
ゼロとリインフォースは咄嗟にはやてを抱えたまま飛び退いて、ユウから距離をとる。
ゼロとはやて達がいた場所はそこら辺の燃えている家屋とは比較できない程、巨大な火柱が立ち上っていた。

「ユウ!!」

ゼロは自分達が攻撃されたことより、マスターの安否を心配して叫んだ。ゼロとはやて達がいた場所が爆発したということは傍にいたユウにも危害が及ぶ。至近距離の爆発を受けた者は火傷だけでは済まない。
しかし、そんなゼロの不安は裏切られた。
火柱の中から人影が一つ浮かび上がる。その身体に火傷一つ負わずに、右手に闇の刃を携えて。

「ユウ……」
「上手く逃れたか。でも逃がさないよ。一度殺したんだ。もう一度殺すなんて、わけも無い」

感情の無い声が響く。そしてコツコツ、と足音を立ててユウはゼロ達に向かって歩き出した。炎の中から出て、姿や表情が見えるようになったユウを見て、ひっ、とリインフォースは声を上げた。
ユウの顔には表情というものが無かった。言うならのっぺらぼうにただ顔のパーツをくっ付けただけ。そこに感情は存在しない。瞳には光が無く、ゼロ達に焦点を合わせているのかどうかも怪しかった。そして右手に握る闇の刃がはちきれんばかりに膨張して雷が走り、その禍々しさを増していた。

「リインははやてさんを連れてここから離れて」
「――――ゼロは?」
「僕は…………ユウを説得する」
「そんな!? 無茶です! ユウさんは私達を攻撃したんですよ!」
「うん、分かってる」

リインフォースが不可能だ、と首を振って叫んでもゼロは悔しそうにするわけでも、哀しそうにするわけでもなく、ただ微笑を浮かべた。小さな、儚い、ただ自分の主を信じるという純粋な気持ちのこもった笑み。そんなゼロの横顔にリインフォースは叫ぶ事を止めて辛そうな目を向ける。

「…………あのユウさんは私達の知っているユウさんじゃないんですよ」
「違うよ、リイン」

ゼロは首を振ってリインフォースの言葉を否定する。そしてその顔を――儚く、小さい笑みを浮かべた顔を――リインフォースに向ける。


「どんなに変わってしまっても、僕のマスターはユウだけなんだ。だから僕は、ユウを信じたい」


リインフォースはそんなゼロを見て悟ってしまった。これ以上何を言っても聞かない、彼は絶対にユウを説得しに行く、と。
う、と小さく呻いてリインフォースの肩を借りているはやてがゼロに視線を向ける。

「ゼロ……」
「はやてさん……」
「…………お願いしても、ええか? ユウ君を、元に……戻して」
「……はい」

ゼロが頷くのを見ると、はやては小さく笑みを浮かべた。リインフォースは弟を心配する姉としてゼロを見つめ、そしてはやてを降ろして自分のおよそ五分の一以下のゼロを抱きしめた。

「ゼロ、絶対に死なないで下さい……」
「……うん」

それだけやり取りをすると、リインフォースは名残惜しそうにゼロから離れ、はやてを抱えながら黒翼を羽ばたかせて飛び上がり、ゼロの表情が見えるか見えないかのところで停止した。
それを見て苦笑するゼロの正面で足音が止まった。ゆっくりと前を向くと、そこにはやはり表情の無いユウが体格差が五分の一以下のゼロを見下ろしていた。

「ユウ……」
「はやて達と別れの挨拶は済ませたの? それじゃあこの世に未練は無いね」
「はやてさん達のことは覚えているんですね」

はやての名前がユウの口から出た事にほっと息をつくゼロ。しかし、ユウはそんなことに取り合おうともせず、人形のような瞳でゼロを見下ろしていた。

「ユウ。僕はユウと出会ってからの3週間、とても楽しかったです。温かくて、優しくて、とても気持ちよかったんです」

聞く耳を持たないユウは闇の刃をゆっくりと持ち上げる。目の前の偽者を殺すために。

「エクスがいて、ソウルがいて、リインがいて、はやてさんやなのはさん、フェイトさんやシグナムさん達もいて、そしてユウがいた生活はとても楽しかったです」

膨れ上がった闇の刃が更に膨れ上がり、元は長剣ほどの太さだった刃も今では大剣ほどになっている。それがゼロに振り下ろされたら、微塵も残らずにゼロは消滅するだろう。
しかしゼロはそんなことも構わず、顔の前で両手を組んで、祈るように目を瞑る。

「だから出来るなら、次に目を開けたらまたあのような楽しい日々を送りたいです。そこにはユウがいて、笑顔で僕を撫でてくれるんです」

闇の刃を振り下ろそうと力を込める。雷が闇の中で走った。

「僕はユウを信じます。元の優しくて温かいユウに戻ってくれるって」

だから、と目を瞑ったまま、涙を目に溜めて、


「それまでずっと待っています。例えユウが僕を偽者だと思ってもこの気持ちは変わりません――――大好きなマスター」


振り下ろされようとした刃は腕が動く直前で止まった。ユウの何も映らない空虚な瞳にゼロの涙が映る。

「ゼ、ロ…………う、ぐ、がっ、あぁ……」

破裂せんばかりに膨らんでいた闇の刃はそのまま霧散して消え去り、頭を抱えて苦しげに少しずつゼロから離れる。ゼロはずっと目を瞑ったままだ。

――――僕は誰を斬ろうとしていた……?

ユウとゼロの様子を見ていたはやてとリインフォースは事態の急変に思わず降下して彼らに近づいた。しかし降り立つ事はせず、空中で待機する。ユウは苦しそうに頭を抱えて呻き、ゼロは手を組んだまま、目を瞑っている。

――――あの涙は誰のものだ……! 誰のために流したものだ……!?

長距離走をした後のように、ぜいぜい、と息をつき、右手で顔を覆い隠すように掴む。
その時に、はやては見えた。指の隙間から何も映らなかった空虚なユウの瞳に光が宿るのを。

――――僕は、誰を裏切ろうとしていた?!

「ぐ、あ、あああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

弾けた様にユウは叫び出した。今まで溜め込んでいたものを吐き出すように響く叫び声は、辺りの崩壊しかけた家屋をビリビリ、と振動させ、大地すら揺らす。

――――僕は……!!

「っ、はぁ、はぁ、はぁ――――」

全てを出し切るばかりの叫び声が途絶え、ユウは大きく息をついた。その顔に尋常じゃないほどの汗が浮かんでいたが、その前にはやてとリインフォースは一つの事に気持ちが向かった。
ユウが苦しそうにしていた――――つまり、彼に表情が戻っていた。ユウは先ほどまでの無表情が嘘のように苦しそうに息をついている。はやてはその事に涙が浮かびそうになったが、更に別の心配が胸を覆う。
表情が戻り、苦しそうにしているユウは顔色が良くなる兆しは一向になかった。常に苦しそうに息をつき、左手で頭を押さえる。
はやて達の心配の他所にユウはこの痛みの原因を探っていた。

(この脳みそを抉られるような痛み……一体――――)
「あーあ、戻っちゃったか」

楽しみが逃げちゃったとばかりの声がユウの背後から響いた。それに続いて空で誰かが息を呑む気配が伝わった。動くだけで頭が割れるような痛みを無理矢理押さえ込んで、ゆっくりと背後を向く。
しかしユウの視界は極度の頭痛と吐き気でぼんやりとして、ただ誰か人が1人いるということしか分からなかった。

「んー、まぁこれはこれで面白い展開になってきたし、良しとするか。……ん? おーい、見えてるかー?」

人影がブンブンと手を振る。視界はほとんど当てにはならないが、幸いと聴覚ははっきりしていたため、おおよその人物像が浮かび上がった。
まだ変声期に入ろうかというばかりの声、それに声質から少年だと言うことが判断できた。

「見えてない、か。ま、見せられていた夢で覚醒したんだからそのくらいの代償はあるよな。ん? この場合はこれは『悪夢』から『明晰夢』に変わるのかな? ……まぁいいや。それより、今はこっちが優先だし」

途切れらせずに一息で言い切った少年は手をユウに向けて翳すと笑みを浮かべて、言葉をつむぐ。当然、少年が笑みを浮かべた事はユウにわかる由もない。

「精神リンク、再結合。聴覚、味覚、触覚、嗅覚、オールクリア。視覚、意識の覚醒により不明瞭。脳内の痛みを除くと共に、視覚の正常化。――――クリア」
「っ、――――頭痛が、消えた? それに目も……」

少年の言葉が終わると同時にユウの頭痛が一気に消え去った。まるで最初から無かったように後残りも無く、完全になくなっていた。それに加え、霧がかっていた視界もまるで最初から何でもなかったように一気に明瞭になっている。
どういうことだ、とユウが疑問を持つ前に、綺麗になった視界に異質な光景が飛び込んできた。燃えさかる炎に焼け落ちる家屋、立ち上る黒煙と苦しみながら絶命した人間の亡骸。その地獄のような光景の中に1人だけ、その世界から切り離されたように小奇麗な格好をした少年がいた。

「え……」

ユウは目の前の少年を信じる事が出来なかった。少年は普通に休日に遊びに行くような服装――つまり私服で、紫がかった瞳に漆黒の髪が垂れている。穏やかそうな顔をしており、笑うとそれなりの絵になりそうだ。

「理解が早くて助かるよ。城島ユウ」

少年がにっこりと笑みを浮かべる。誰にでも愛想が良いと思われる笑み。しかしユウはその笑みを見た瞬間、一歩後ろに下がった。それを見た少年が笑みを崩さないまま残念そうにする。

「何で逃げるかな〜。お前と俺は同じ存在じゃないか」
「……どうして――――」
「『どうして僕と同じ姿をしているのか』って? だから言ったじゃん。俺はお前と同じ存在なんだよ」

漆黒の髪を揺らして笑う少年の右手に闇が集う。そして闇は一本の剣を形取った。悪魔の羽を催した剣。その形は紛れも無くユウの相棒の1人、ソウルイーターだった。

「まぁ俺は捨てられたけどね」
「――――城島、悠木」

漆黒の少年――――城島悠木は笑みを更に深めて、獰猛なものに変えて剣を構えた。

「ご名答。さぁ、殺し合おう」





----後書き----

カークス:「拙作を読んでいただきありがとうございます」

ルシファ:「ようやく、もう1人の進行役の復活か」

ゼロ  :「はい、よろしくお願いします!」

カークス:「さて今回の内容だけど……」

ゼロ  :「ユウ、真っ黒になってますね」

ルシファ:「まぁ、ある意味仕方ないといっては仕方ないがな」

カークス:「何回も親しかった人殺してればそうなるでしょ」

ルシファ:「そうさせたのはお前だろう」

カークス:「それでも最後の方に悠木出したし、黒ユウの称号は彼に引き継いでもらうとしよっか」

??? :「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん♪」

カークス:「んなぁ!?」

ザシュ

ゼロ  :「あ、ユウ」

??? :「のんのん。俺は城島悠木。あいつとは別の存在だ」

ゼロ  :「でも、さっきは同じって」

悠木  :「そうも言ったけな。んー、ならこういうことだ。俺とあいつは同じでもあり、別でもある存在ってことだ」

ルシファ:「また危ない事を……」

悠木  :「いいじゃねぇか、別に。たまには出て来ねぇと息も詰まるっての」

ルシファ:「そういう意味ではない」

悠木  :「あ? あぁ、そういうことな。まぁどうせ次か、その次辺りで分かるから大丈夫だろ」

ゼロ  :「随分楽観的ですね」

悠木  :「世の中楽観的じゃねぇとやってらんねぇよ」

ルシファ:「さて、次は私とハラオウン達か」

悠木  :「俺とあいつもあるぞ。あ、悠木を知りたい奴は外伝を読んでくれ」

ゼロ  :「それでは、失礼します」





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