魔法少女リリカルなのはLOC
第27話「守りたいもの」





「バルディッシュ!」
『Load cartridge, Haken form』

フェイトの掛け声に応じて、カートリッジを排夾し、バルディッシュの先端が変形して金色の魔力刃を生み出し鎌を作る。それを見たルシファーが目を細めて右手に闇を集束させた。

「光を覆う闇よ、我が手に集いて、刃と成せ」

ルシファーの右手に集束された闇はそのまま剣を形作る。ソウル達に引き付けられたシグナムとなのはを除く全員が、警戒を高めた。ルシファーはクロノ達の様子を見て、心地良さそうにふむ、と頷いた。

「あくまで立ちはだかるか。そうこなくてはな」

言って、左手に光の刃を生み出す。ルシファーは2本の刃を交差させるように構えて獰猛な笑みを浮かべた。瞬間、クロノ達全員の背筋に悪寒が走った。

「まずはこれに耐えてみろ……無数の刃よ、我が前に立ち塞がる愚かな者どもを肉塊へ変えろ」
「みんなっ、散るんだ!!」

視認出来る魔力の風が鎌鼬のように2本の剣を纏うのと同時に焦って出てきたクロノの言葉に応じて、フェイト達は即座にバラバラに離脱した。しかし、

「無駄だ。インフィニティセイバー!」

2本の剣が振り抜かれ、鎌鼬が放たれる。一直線に伸びた風の刃は誰を傷つけるわけでもなく、ただクロノ達がいた場所を目掛けて進む。そのまま一直線に行けばただ誰も傷つけずに勢いを失って大気に混じるだろう。
しかし、クロノ達の予想を裏切って、風の刃は急激に膨張を始めるとそのまま風船が膨れ上がるように丸くなり、一直線だった風の刃の進路を至るところに変えた。まるで風船の中に入っていた風の刃が器が破裂した事によって解放されるかのように。

「拙い、広域防御……!」
「アルフ!」
「分かってる!」

襲い掛かる刃に真っ先に反応したのは、ユーノとザフィーラ、アルフの三人だった。
ザフィーラが偶々近くにいたヴィータを掴んでシャマルに寄り三人を包む込むほどの障壁を張る。アルフはフェイトの傍に寄り、彼女の考えを察知したクロノが近づいてきたのを確認して、頭上と足元に橙色の魔法陣を出現させた。

「間に合え……!」

最後にユーノが印を結んでその場にいる全員に淡い緑色の球状の魔力壁が覆われた。
直後、鎌鼬がユーノ達を襲い掛かった。刃と化した風は容赦なくユーノ達を切り刻もうと牙を向ける。障壁が頑丈なおかげか、中のフェイト達に傷は一切負わせずに済んだが、ガリガリ、と削るような音を立てて風は障壁を襲う。削れる音がする度にユーノ達の魔力も削られていくのが感じられた。

「このままじゃ、ジリ貧だ……一か八か!」

勢いを弱める様子の無い鎌鼬にユーノは更に印を切る。それを合図にクロノ達を包んでいた障壁が全て膨れ上がり、轟音を立てて爆発した。

「む……!?」

爆発が起きる瞬間、ルシファーは翼を羽ばたかせてユーノ達から距離を取る。爆発は周囲の大気の流れを乱し、その大気によって形成されていた鎌鼬もまた消し飛ばした。意外な方法で抜け出した事にルシファーは笑みを浮かべなが眼前に広がる淡い緑色の霧を見つめる。目の前の霧はユーノが障壁を弾けさせたことによって生まれた魔力残滓であり、その濃度はユーノ達全員を覆い隠し、姿を見えなくさせるほど濃かった。

「さぁ……何が来る?」

若干余裕が見え隠れする声でルシファーが呟いた直後、銃声が一発分響き、次の瞬間、霧の中から蒼い魔力弾が彼に向かって飛来した。
その数は三つ。銃声が一発分に対して割合が合わないことにルシファーは気にも留めず、闇の魔力刃の一閃でその全てを薙ぎ払う。

『Stinger Ray』
「何っ?」

突如背後に響いた女性的なシステム音に反応して振り向かずに上に飛び上がる。
次の瞬間、ルシファーのいた場所を青い魔力光弾が貫いた。魔力光弾の発射元に視線を向けるとそこには霧の中にいたはずのクロノがデュランダルを待機状態に戻し、S2Uを両手で構えていた。
いつの間に背後に回りこんだのか。霧の中をずっと見ていたが誰かが霧の中から出てきた様子は無い。むしろ中から出てきたらどれほど高速で移動しようとも霧の中で身体に纏わりついた魔力残滓が尾を引いて残るはず。しかし、クロノの周りには霧と同じ淡い緑色の魔力残滓は見られない。ならば、たどり着く結論は一つ。

「転移魔法か……」
「はぁぁぁぁぁぁ!!」

頭上から降りて来た声に上昇していた身体を急停止して上を見上げる。そこにはクロノと同じくアルフの転移魔法で移動したフェイトがハーケンフォームに変形したバルディッシュを振り上げていた。

「ちっ」

咄嗟にルシファーは翼を羽ばたかせて身体をそらすように後退する。金色の刃は辛うじてルシファーに届かず、ルシファーのバリアジャケットを浅く切り裂く程度となった。
――――しかし、これでは終わらない。
振り下ろしたバルディッシュをフェイトは器用に手の中で回転させて刃を再び空へ向ける。空へ向けられた魔力刃の先端は空と同時にルシファーの顎を捉えていた。

「ふっ!」
「舐めるなぁ!!」

返す刃でルシファーの顔面を縦に切り裂くように振りぬく。金色の刃が完全に振りぬかれれば、それは三日月を描くかのように綺麗な円形を見る者に見せていただろう。しかし刃がルシファーの顎に届く直前、ルシファーは光の刃で受け止め、身体を反転させるとフェイトの胸に蹴りを叩き込んだ。

「がっ……!」

蹴りの勢いで地表付近まで一気に叩き落されるフェイト。しかし地面に叩き付けられる直前、淡い緑の魔法陣が三枚重なってクッション代わりとなり、衝突を避けた。
一部始終を見ていたルシファーは面白くなさそうに鼻を鳴らして、正面から来る威圧感に目を細める。

「アイゼン!」
『Raketenform.』
「ラケーテン――――ハンマァァァァァァ!!」

正面に目を向けると既に勢いをつけたヴィータが迫ってきていた。胸中舌打ちをして、ルシファーは剣を交差させてこれを受け止める。しかし――――、

「っぬぅ!?」
「だぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁ!!」

予想外の威力と気迫に押し負けて、一気に地表付近まで押し込まれる。ルシファーはユウの記憶に眠るヴィータのラケーテンハンマーの威力を思い出すが、今現在ヴィータのラケーテンハンマーはその倍近くの威力を持っていた。受け止める瞬間、直感を信じて剣の前に障壁を張ったのが幸いした。もしも光と闇の刃だけで受け止めていたら2本の刃は打ち抜かれ、そのまま直撃を食らっていただろう。
その威力と圧力を実感しながら急激な威力の上昇に不審そうに眉を顰めると、ふと障壁を今にも破ろうとしている先端部の皹が目に入った。――――それで全てが一つに繋がった。

「カートリッジの多量使用か。そのままではお前のデバイスも持たないぞ」
「手前に言われなくても、分かってらあ!」
「なら何故続ける。騎士にとって己の武器は誇りも同然。お前はその誇りを自分で打ち砕くつもりか」
「あたしは別にアイゼンを壊すつもりはねぇ」

地表が迫る中、ルシファーとヴィータがにらみ合う。

「アイゼンを信じている。鉄槌の騎士の相棒――――鉄の伯爵はこんな事じゃあ砕けねぇって信じている」

だから、と力強く決意した蒼い瞳でルシファーの金色の瞳を射抜く。

「あたしが打ち砕くのはてめぇだ。てめぇを打ち砕いてユウを返してもらう!! ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
『Jawohl!』

更に勢いを増して手の中で暴れるグラーフアイゼンを必死に手の中に収める。グラーフアイゼンの先端部を受け止めていた障壁が甲高い音を立てて割れ、2本の魔力刃がギギギギ、と不穏な音を上げた。

(耐えられないか……)

小さく舌打ちをして、翼を大きく広げて減速する。それでも尚降下し続けるのを身体をずらして避けようとするが、両腕にかかった圧力がそれを許さない。

「逃がすかぁ!!」
「ぐぁ……!」

2本の魔力刃が甲高い音を立てて霧散する。追いすがるようにヴィータはグラーフアイゼンを勢いのままルシファーに叩きつける。グラーフアイゼンの先端部がルシファーに触れた瞬間、二人は地表に激突した。





「ヴィータ!!」
「問題ねぇ」

砂煙に包まれたヴィータとルシファーを見て、クロノが声を上げるが、直ぐに煙の中からヴィータが飛び出てきた。ルシファーは未だに砂煙の中だ。

「それより、ザフィーラ」
「ああ。縛れ、鋼の軛!」

魔法陣を出現させて両手を突き出すように前に出したザフィーラの声に呼応して十数もの拘束条が地上から伸び、囲うように上を閉じる。煙が晴れたそこにはボロボロだったバリアジャケットの腹に大きな穴を開けたルシファーが肩膝をついて感情の無い瞳でクロノ達を見ていた。彼の周りはザフィーラの鋼の軛が檻のように囲んでいる。

「――――ここまでだ、ルシファー。大人しくユウ達を返してもらうぞ」
「……くっくっく。ここまで、だと?」
「何?」

怪訝そうに眉を顰めるクロノを前にルシファーはただ低く笑った。その意味が分からず警戒を解けずにいるクロノにシグナムから念話が入った。

〈クロノ、いいか?〉
〈シグナム? どうした?〉
〈ソウルからユウ達の解放条件を聞き出した〉
〈本当か!?〉

思いもしなかった情報に一気に身体に活気がみなぎるのが分かる。しかしそんなクロノに対して、シグナムは余裕が無いのかやや焦った口調で先を続ける。

〈時間が無い、簡単に伝えるぞ。ストラグルバインドをルシファーに使え〉
〈ストラグルバインド?〉
〈ユウ――――ルシファーが今強大な魔力を使えるのは本来の力を取り戻しているからだ。それなら取り戻す前の魔力まで落とせば良い〉
〈……そうか、ゼロか!〉

そう、と念話の向こうでシグナムが頷いたような気がした。
ストラグルバインドは通常のバインドに加えて強化魔法等を強制的に解除する効果を持つ特別なバインドだ。
その強制解除に例外は無い。たとえ、ユニゾンデバイスであっても。

〈ストラグルバインドでゼロとのユニゾンを解除すれば魔力の上限も低くなる。膨大な魔力で支配されているソウル達もそれで元に戻る〉
〈分かった〉
〈悪いが私と高町はそちらに加勢できそうに無い。何とかやってくれ〉
〈分かった。こっちは任せてくれ〉
〈すまない、頼んだぞ〉

シグナムと通信が終わると、ルシファーがクロノに視線を向けていたことに気づく。

「何か策でも見つかったか?」
「ああ、とっておきのがね」

不適に笑みを浮かべながらS2Uをルシファーに向ける。ルシファーはそうか、と呟くと静かに目を閉じた。この期に及んで何かするつもりか、と身構えるが何かする前にこちらが仕掛けてしまえばそれで終わると判断してストラグルバインドの術式を組み立てる。

「だが、それを見ることも無さそうだ」

あと少しで術式が完成する。そんな時にルシファーは小さく呟いて目を開いた。獰猛な笑みを浮かべながら。
ぞくり、と背筋に悪寒が走ったときには既にルシファーは行動を始めていた。
ルシファーの左右の手に光の剣と闇の剣が生まれ、次の瞬間には彼を囲んでいた鋼の軛が縦横無尽に切り裂かれた。クロノ達が目を見開く間もなく、ゼロシフトで瞬きの間にクロノに肉薄する。
クロノは目の前に振り上げられた光の刃を他人事のように見つめながら、悔やんだ。
油断した。ルシファーの動きを制限した事で優勢に立ったつもりでいたが、そんなことは無かった。寧ろ、ルシファーは油断を誘うためにあえて一度動きを止めたのかもしれない。
そんな事を胸中で考えながら自分に迫り来る光の、白い刃が振り下ろされるのを待つ。回避は不可能。防御は無詠唱で発動出来るインテリジェントデバイスなら可能だったが、不幸にもクロノが相棒として使っているのはストレージデバイス。ストレージデバイスは術者が優れていればいるほどより高速かつ確実に魔法を発動できる。クロノも優れた魔導師ではあるがそれでも僅かに間に合わない、それほどルシファーの行動は素早かった。
クロノの視界が白い光で埋め尽くされる瞬間、僅かに視界の端に金色の魔力が見えた。

バチィ!

クロノの顔面すれすれまで振り下ろされていた光の刃が横から割ってきた金色の魔力に弾かれる。その音をきっかけに我に返ったクロノは即座に身を低くしてルシファーと間合いを取る。更に追いすがろうとしたルシファーの前に黒衣を纏った金髪の少女――――フェイトが目にも留まらぬ速さで割り込んだ。
フェイトは普段身に着けているマントを外し、レオタードにスパッツというかなり露出度の高い格好である。両手両足にソニックセイルを生やし、防御を薄くする代わりに更に高速移動を可能にするフェイトの最終形態、ソニックフォーム。
ルシファーがフェイトの姿を確認した次の瞬間には、フェイトはルシファーの視界から消え、背後に回りこんでいた。

(速度が増した……!?)

振り向きザマに構えた闇の刃で金色の鎌を防ぐ。フェイトは攻撃が受け止められた事を確認すると無理に押し込まず、刃を弾きルシファーと距離を取った。
動きの変わり様に驚愕したルシファーだったが、先のやり取りでは彼が驚く暇さえ与えられなかった。気を抜いたら即座に金色の鎌の餌食となる。

(なるほど。確かに取っておきと言えるものだが…………)

腰を低くして闇と光の刃を構える。仕掛けてくると判断したフェイトもまた構えた。
互いに無言の時間が続き、沈黙が場を支配する。
一陣の風が吹き、風が収まった瞬間、クロノ達の視界から二人の姿が消えた。



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「なぁ、こんなもんなのか?」

退屈そうに呟いた黒髪の少年は目の前で膝をつく少年をつまらなそうな目で見下ろす。膝をつく茶髪の少年は肩で息をしながら、顔を上げる気力もおきず、ただ地面を見つめている。黒髪の少年の右手には一本の血塗られた魔剣が握られている。その刃にこびりついた血の元の少年は左肩から袈裟斬りされ、胸を自身の血で染めながら苦しそうに息をつくことしか出来ない。

「なんかさぁ、拍子抜けっつか、肩透かし食らったっつーか――――お前弱くね?」
「くっ……」

黒髪の少年の言葉を否定するように茶髪の少年――――城島ユウは右手に光の刃を出現させて、ゼロシフトで黒髪の少年――――城島悠木の背後に回りこむ。
悠木は呆れたようにため息をついて、一閃をしゃがんで躱す。同時に背後のユウに足払いをかけてユウを転ばせた。
既に幾度となく刻まれ、体力を失っていた身体はユウの意思に反してあっさりと地面に倒れこむ。

「ぐっ……」
「本当、もっとギリギリの接戦を期待してたんだけどな――――これじゃあ弱い者いじめだ」
「お前は、どうして……」
「どうして? あぁ、『どうしてこちらの動きが読めるのか』って?」

問いたい事を言い当てられて驚愕したユウに、何でもないように悠木は――今にも耳をほじりそうなほど――退屈そうに答える。

「俺はお前と同じ存在だってさっき言ったろ。ま、正確には『同じ意識下で生まれた異なる存在』だけどな」
「同じ……存在……?」
「ああ。俺はお前の中で生まれた意識体。お前の中で生まれた以上、俺はお前の考えている事が筒抜けなんだよ」
「そんな……そんなことが有り得るのか?」
「有り得るも何も、実際に目の前であるんだから信じるしかねぇだろ。つか、それを言ったら二重人格を否定する事になるぞ。俺とお前はある意味、二重人格っつっても変わらねぇんだから」

二重人格。
正式名称『解離性同一性障害』という名の疾患である。虐待などの強い心的外傷から逃れようとした結果、解離により個人の同一性が損なわれる病気だ。
通常、解離性同一性障害の場合、普段から活動時間の長い『主人格』(ここでは基本人格も含む)の他に『交代人格』というものがある。この交代人格と主人格はそれぞれが独立した記憶、意識を持っている。このため、交代人格が表で活動している時の記憶は、主人格に残らない。主人格としてはその時間帯は空白の時間帯となる。

「俺が生まれたのは多分お前が自分の街を焼いた時だな。普通と生まれ方が違うけど、な」

ふと、困惑していた思考が悠木の言葉の中で違和感を見つけた。

「僕が焼いた……? どういうこと? 街はルシファーに焼かれたんじゃあ……」
「あ? …………ちっ、そういうことか。あいつらも3年経っても教えねぇなんてな……」

苛立たしげに舌打ちをした悠木はガリガリと魔剣を持っていない左手で頭を掻いてユウを面倒くさそうな表情で見下ろす。自分と同じ顔の少年に見下ろされる事があまり良い気分がしなかったので、思うように動いてくれない身体を叱咤して、闇の刃を地面に突き立たせて杖代わりに立ち上がる。悠木はユウが立ち上がるのを待ってから口を開いた。

「確かに街を焼いた原因はルシファーにある。だけどな、街を焼いたのはお前自身だよ」

ガン、と。
頭を強く何かで殴られた気がした。悠木の言葉を聞いても立っていられたのは杖代わりにした光の刃のおかげだ。それが無ければ足の力を失ったユウの身体は再び地面に倒れ伏しただろう。
そんなユウを知ってか知らずか、悠木は淡々と言葉を続けた。

「ルシファーがお前と同調した際にお前は感情が爆発した。負の感情、破壊衝動が。俺はその時に生まれたんだよ」
「そん……な……嘘だ……」
「嘘じゃねぇよ。破壊衝動に狩られたお前は街を破壊しつくした。目の前にある物全てを。――――学校、自分の家、両親、親友、そして――――妹も」

妹、という言葉にズキン、と胸が抉られるように痛んだ。悠木の先ほどと打って変わり、事実を告げる無感情の瞳に圧されて一歩後退する。
悠木はそれを追いかけようとはせず、更にユウを追いつめる言葉を吐いた。

「お前は助けを求める人たちの声を無視してひたすら破壊を続けた。自身の欲求を満たすために」
「……嘘だ……だってソウルたちは違うって…………」
「あいつらは嘘ついたんだよ。当時12歳のお前にとって故郷の全てを破壊したことは精神的に不安定にさせるからな」
「そんな…………」

首を振りながら、一歩ずつ後退して行く。自分の罪を認めたくないように膝をつけ、頭を抱えてユウはただ同じ言葉を繰り返した。

「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」
「お前は3年経った後に守りたい人間が出来た。しかしそれは過去の罪を償いたいがために、だ。そこにいる奴も。妹に――美奈に似ているからって理由で守りたいって思ったんだろ? もう一度美奈を死なせたくない、一度殺してしまった美奈の代わりに守りたいって理由でな」

言いながらユウの背後を顎で示す。ユウは振り向きたくないと思いながらもそうする事が出来ず、ゆっくりと振り返った。そこにはいつの間に降りたのかはやてとリインフォースが並んで立っていた。
リインフォースとはやてはユウと悠木の会話は聞こえていなかったようだが、ユウと同じ容姿をした悠木を困惑した表情で見ている。リインフォースもまた同じように困惑の表情ではやてのそばに立っていた。

「はやて…………」
「ユウ君……、その人、誰なん……?」
「どうして、ユウさんと同じ顔をしているんですか……?」
「俺はそいつの中にいるもう一つの存在、城島悠木。――――なるほどな、確かにそっくりだ。でもユウ、お前はそいつを美奈の代わりに守るといっても結局守れていない。こんな所にまで巻き込んで、挙句の果てには自身の騎士をお前に殺されて、精神的にかなり参っているじゃねぇか。結局、お前に誰かを守るなんてことは出来ないんだよ。一度血塗られてしまった手で誰かを守ることなんて出来ない」

言い終えた悠木の顔が不敵に歪んだ。はやてとリインフォースはその歪んだ笑みを見て、背筋に悪寒が走った。あれは、獲物を狩る捕食者の目だ。

「お前に出来る事はただ一つ。『破壊』だ。ルシファーとの同化で得た力を用いて破壊する事しかお前は出来ない。なら破壊しつくせよ! 全てを! 自分の心を抑える必要は無い。お前の本質は、『破壊』だ。目の前にあるもの全てを壊せ! そうすれば、俺は…………くくくくく、あーっはっはっはっは!!」

狂ったように笑い声を上げた悠木を前にユウは頭の中で悠木の言葉を繰り返していた。

――――出来る事はただ一つ、『破壊』。自分に誰かを守ることは出来ない――――血塗られた手で誰かを守る事は、出来ない。自分に出来ること。すなわち『破壊』。ならば、僕は全てをはか――――

「違う!!」

突如張り上げられた声で堕ち掛けていたユウの意識が引き戻された。同時に悠木が忌々しそうに舌打ちする。ゆっくりと声の主に振り向く。そこには、リインフォースに支えられながら、身体をぐったりとしたはやてが光の灯った瞳で悠木の瞳を射抜いていた。

「ユウ君の本質は『破壊』なんかやない! ユウ君はエドガーさんから私を護ってくれた! 破壊しか出来ないなんてことあらへん!」
「ちっ……美奈の代わりのくせに、消えろ!」
「っ、マイスターはやて!」

悠木は右手の魔剣ではやてに一閃する。魔剣から闇の刃が生まれ、はやてに一直線に向かって伸びた。もうシールドを張る魔力も無いのか、それとも突然の事に回避が間に合わないのか、リインフォースははやての身体と闇の刃の間に自分の体を入れるようにはやてを庇う。その時、3人の耳に少年の小さな呟きが聞こえた。

「リンク再結合。属性は光、色彩は白、形状は刃。切り裂け、シャイニングセイバー」

バチィ! と。
突如横から現れた光の刃がリインフォース達に伸びていた闇の刃にぶつけられ、光と闇が混ざり合うように相殺され、二つの刃が霧散した。悠木は苛立たしく舌打ちをして、光の刃を生んだ少年を睨む。リインフォースとはやては恐る恐るそぅっと振り向くと、ユウが立ち上がっていた。
しかし、二人はユウが立っていることよりも、別のことに驚いた。傷がなくなっていたのだ。先ほど、悠木が圧倒的な技量の差で切り刻んだ筈のユウの傷が一つ残らず消えていた。まるで、初めから何も無かったかのように。悠木が目を細めて低い声を出す。

「お前…………」
「はやての言葉で眼が覚めたよ。……でも、真似してみるもんだね。まぁ、ここが僕の精神世界なら、君が出来て僕に出来ないはずは無いんだけど」
「何ではやてを庇った? あいつは所詮美奈の代わり。美奈自身はもういないんだ。なら代わりが壊れようと構わないだろう?」
「構うよ。僕ははやてを守りたいんだ」
「何度も言わせんな。お前のはやてを守りたいって思いは、結局美奈の代わりにってことだ」

悠木の言葉にはやての胸がズキン、と痛んだ。自分の殺してしまった妹の代わり。それはつまり1人の人間ではなく、妹の面影を重ねられているだけ。はやて本人のことを見ていないということになる。
そう考えるとはやての胸の痛みは更に深くなった。辛そうに胸を押さえる。痛みに耐えるように俯いて目を瞑る。

〈顔を上げて、はやて〉

頭の中にユウの声が響いた。正気に戻る前の無感情の淡々とした声ではなく、久しぶりに聞いた優しく、温かい声。
はやてはその声に従うまま顔を上げた。正面にはユウが優しく微笑んで立っている。

だいじょうぶ

声に出さない口の動きだけの言葉は不思議とはやての胸の痛みを和らげた。ユウはもう一度笑みを深めてから悠木に振り返る。たどたどしい足つきではなく、しっかりと意思を思い込ませる動き。

「そう。最初ははやてを美奈の代わりに見ていた。殺してしまった妹をもう一度助けたかった。――――だけど今は違う。今ははやてを美奈の代わりじゃなくて、1人の女の子として守る」

ユウははっきりとした声で言い切る。はやてを1人の女の子として守りたい、前とは違うという風に。
悠木はユウの宣言に不意を突かれたように呆然として、しかし何とか口を動かして声を出す。

「…………今お前何つった?」
「僕は八神はやてという1人の少女を守る。決して美奈の代わりじゃない」
「はっ、何を今更。お前の本質は『破壊』だ。誰かを守ることなんて出来ねえよ。現に美奈の代わりでもあったはやてを守れずにこんな場所にまで連れ込んでいる」
「何度も言わせるな。はやては美奈の代わりなんかじゃない」
「代わり、なんか……だと?」

一瞬呆然とした悠木が、みるみる顔が林檎のように真っ赤になっていった。

「――――っっざっけんな!!! 寝言は寝てから言え!!!」

周囲のほとんど燃え尽きた家屋が崩れるのではないかと言うほどの声量で、辺りはビリビリと振動した。リインフォースとはやては目と耳を瞑り、ゼロも胸の前で組んでいた手を思わず耳に当てた。ただ1人、ユウだけが物怖じせず真正面からその声を受け止める。

「『守る』だと!? 街を滅ぼした人間がどの面下げて言うんだ!! てめぇ自身がその手で街の皆を殺したんだろうが!!」
「うん。それは変えようの無い事実だ。僕が感情を爆発させたせいで街の皆を殺してしまった」
「なら分かってんだろ!? 街の皆を、たった一人の妹を殺したお前が誰かを守るなんて言う資格はねぇんだよ!!」
「それでも僕は、はやてを守りたい」

揺らがないユウの言葉に苛立たしく舌打ちをして、悠木はゼロシフトでユウの懐に潜り込んだ。ユウの胸倉を掴んで地面に叩きつける。抵抗する事の出来ない身体は思ったより軽く、簡単に地面にたたきつけられた。それだけでは終わらず、悠木はユウに馬乗りになりもう一度胸倉を掴んで、憎悪を込めた視線をユウの黒い瞳にぶつける。
はやて達が慌てて近寄ろうとしたが、視線を向けるだけではやて達はビクッと身を竦ませ、その場から動かなくなった。はやてとリインフォースがもう動かない事を確認して、ユウに向き直る。

「そんなことを殺された人間が許すと思うか? 自分達を殺すだけ殺した人間が、あとは誰かを守りたいなんて勝手な事、許されるわけねぇだろ!!」
「許して欲しいとは思わない。殺してしまった人達がそう思うのも当たり前だ。でもそれでも僕ははやてを守りたい」

ユウに馬乗りになっていた悠木は揺るがないユウを苛立たしげに力任せにその頬を殴った。抵抗する力もなく、ただ勢いのまま殴られたユウは口から一筋の血を流して悠木に向き直る。瞳の炎はまだ消えていない。

「僕ははやてと出会って、たくさんの幸せを味わった。一つの街を滅ぼした人間が得るには大きすぎる幸せだよ」
「ならそろそろ幕を下ろすべきじゃないか? 手に余るほどの幸せを味わったんだ。もう未練はねぇだろ」

悠木はユウを思いっきり殴って少し落ち着いたのか、声の調子を落とした。少しは話が出来る状態になったか、と客観的に見たユウは内心安堵した。
悠木がユウと同じ意識体で生まれたということは元は二つで一つの存在ということ。ルシファーの意識に打ち勝つためにはユウ自身の意識を集中させなければならない。そこに意見の相違があってはいけない。つまり、悠木の意識をユウに同調させなければならないのだ。そのためにはまず悠木にユウの考えを納得してもらわなければならない。そのためにはまともに話を聞こうとしない悠木を話を聞こうとする姿勢にする必要があったが、どうやら上手くいったみたいだ。
悠木の言葉にユウは首を振る。

「まだあるよ」
「あ?」
「僕ははやてに恩返しがしたいんだ。出会ってからの3週間。思い返せば僕ははやてに数え切れないほどの世話になった。――――だけど、僕は何をすればいいのか分からない。ならせめて彼女が笑顔でいてくれればって思ったんだ」
「それであいつを守るってか」

悠木の言葉に無言で頷く。

「はやてや彼女に親しい人達が傷つかなければ、はやては悲しまない。なら僕がはやて達皆を守るんだ。はやての笑顔を守るために」
「さっき俺が言ったことを忘れたわけじゃねぇだろ? お前の本質は『破壊』だ。一時の感情に流されて人を殺した奴は、いずれまた流されて誰かを殺す」
「それは本当?」
「どういう意味だ?」
「君は僕に『破壊』しか出来ないことを思い込ませて、僕と同調しようとしているんじゃないの?」

ユウの言葉に悠木の目が細まる。
ルシファーの意識に打ち勝つためには、ユウと悠木の意識が一つになればいい。――――そこにどちらの人格が主になっても変わりは無い。ユウの考えに悠木が納得すれば、ユウが表に出て、悠木の考えにユウが納得すれば、悠木が表に出る。
それは、生まれてから一度も表に出た事がない悠木にとっては一生に一度あるか無いかのチャンスだった。

「僕が君と同調すれば、君は表に出る事が出来るから。これからの城島ユウの人生を君が歩む事が出来るから、僕に嘘の情報を刷り込ませようとしているんじゃないの?」
「――――半分当たり、半分はずれ、だな。確かに俺は世界を味わいたかった。生まれてから一度も表に出た事の無い俺は、いつも外の世界に憧れていた。外の状況は分かるといっても、結局この廃墟で、お前を通してしか感じる事が出来なかった。俺は直に世界を感じたかったんだ。――――だからといって、お前の本質が『破壊』であることが嘘と言うことに繋がらない。お前の本質は誰かを『守る』ことじゃない。誰かを『壊す』ことだ。これは誰も否定しようない真実だ」


それでも、とユウを掴んでいる悠木の手が強く握り締められる。

「それでも、お前ははやてを『守る』って言うのか? 一番危険な場所に大事な人間を置くのか?」
「………………うん。僕ははやてを守る、絶対に」
「……お前の本質は『破壊』だぞ」
「僕は『破壊』をもって『破壊』を止めてみせる」
「…………また感情に流されて、殺すかもしれないぞ」

誰を、とは言わない。二人の間に2人の少女の姿が思い浮かんだ。1人は、実の兄に惨殺された少女。もう1人は、守り抜くと決めた少女。

「絶対に感情に流されない。僕は、絶対に大切な人を殺さない」

ユウの言葉を聞いて、悠木は数秒動かずにユウの瞳を覗き込んでいたが、ふっ、と笑みを浮かべる。

「根拠がねぇよ……それに傲慢だな……」
「傲慢だって、我侭だって分かっている。でも、それでも僕ははやてを、皆を守りたい。はやての笑顔を守りたいっていうのが一番だけど、やっぱり仲間が、友達と呼んでくれた人達が傷つくところをもう見たくないんだ」

ユウの宣言に悠木はもう一度見定めるようにユウの瞳を見つめ、顔を離したと思ったら大きく息をついた。

「そうかよ……」

そう呟いて悠木はユウから手を離して立ち上がる。悠木の行動に疑問を感じたユウは眉を顰めたが、それを無視して悠木はある一点に向かって歩き出した。ユウも立ち上がるとはやてとリインフォース、ゼロが傍に寄って来たが、それよりも悠木が向かう先が気になった。悠木が向かったのはとある焼け落ちた家屋。悠木はその廃墟の傍まで来ると、すぅ、と静かにしゃがみ込んで手を伸ばす。悠木の手の中にあるのは、腹から臓器が飛び出た1人の少女――――城島美奈のぐしゃぐしゃになった顔だった。
静かに妹の顔を眺める悠木は何を思っているのか、先ほど繋がった悠木とのリンクはいつの間にか切れていたのでユウには知る由も無い。しかし、その横顔から微かに悲しみが漂っている感じがする、そんな考えがユウの頭をよぎった。

「はやてを、皆を守りたい、って考えは本気なんだろうな。でもな、これだけは言える」

手を美奈から引いて、目を閉じた悠木はそのままユウ達に聞こえる声で呟く。その言葉ははっきりとした断言であり、ユウに対する問いかけだった。

「気持ちだけじゃ、守りたいものは守れない。力が無い人間が無理に何かを護ろうとすると逆にそいつを悲しませる事になる。―――――お前が持っているのは破壊の力だ。さっきお前は『破壊』をもって『破壊』を制すると言ったな。なら、お前は『破壊』を制するほどの、より強い力を持っているか?」

悠木の言葉が胸に突き刺さる。
今回の事件は自分の力不足の性で引き起こってしまったようなものだ。自分がウィル達を逃がさなければ、エドガーに捕まらなければ、もしかしたら起こらなかったかもしれない出来事。
力が無いと言ったら嘘になる。ルシファーと出会った時からユウの身体の中には膨大な魔力が秘められている。ならば、何故自分の力不足だと言い切れるのか。
ユウはその膨大な魔力を使うのが怖かったのだ。制御を誤れば、周りのものを全て巻き込む。敵も、味方も。それ故に、大切な人達を巻き込むことを恐れたユウは無意識のうちにその力を使う事を封印していた。
返す言葉が見つからないユウの手にそっ、と手が重なった。驚いたようにそちらを見ればはやてが心配そうな眼でユウを見上げていた。

――――そうだ、僕は何を迷っているんだ。彼女を護りたいとさっき言ったばかりじゃないか。

はやてを護る為なら、笑顔でいてくれるならどんな手段も問わない。制御できるか分からない、じゃない。分からないならば自分の持ちえる全てを使い切って制御しろ。出来るかどうかじゃない、やらなければいけないんだ。――――例えこの身が滅びようとも、彼女の笑顔だけは崩してはならないんだ。
困ったようにはやてに笑いかけて悠木に向き直る。答えは、決まった。

「いざとなったら『混沌』も使う」

ユウの言葉に今度は悠木が驚いたような空気を作る。

「全ての原初である混沌を行使する、か…………」

ユウ達に聞こえない声で小さく悠木が呟いた直後、大地が大きく振動した。

「う、わぁ!?」
「きゃっ!」

突然の揺れに驚いたユウ達はそのまましゃがみ込む。しかし、奇妙な事に周りの崩れかけの建物や木は全く倒れる様子も見せなかった。まるで、慣性の法則を無視して大地と共に振動しているように。
ユウ達の動揺を感じ取ったのか、悠木は立ち上がるとユウ達を振り向かずに空を仰いだ。空は未だに黒煙が立ち上り、薄黒い雲が覆っている。

「どうやら、外の状況が変わったらしいな」
「どういう…………?」
「直ぐ分かる。それより――――」

悠木がユウ達に振り返った。正確にはユウだけに、だが。

「俺はお前と同じ存在だ。今は身体の所有権はお前にあるけど、当然同じ存在である俺にも所有権が移るときもある。お前の心に隙が出来たら直ぐに乗っ取るからな。覚悟しとけ」

悠木の表情は言葉と裏腹に対して興味も無いという風だった。所有権はお前にある、という言葉が頭に引っかかったユウは、今はルシファーにあるんじゃ、と聞こうとすると悠木は鬱陶しそうにしっしっと手を振った。

「直ぐに分かるっつってんだろ。さっさと行け。束の間の自由を精々満喫しとけよ」

その言葉を最後にユウの意識はテレビの電源のようにブツッ、と突然切れたように落ちた。
悠木はユウ達がその空間から消えるのを見ながら目を細めて、誰にも聞かれない言葉を呟いた。

「同じ意識下で生まれても、本質は異なるなんて有り得るのか…………だとしたら、あいつの本質は――――」



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灰色で雑音ばかりの音速の世界。全ての動きが緩慢となるその世界でフェイトとルシファーが互いにぶつかりあう。接触する時間は瞬き一回にも満たない一瞬。しかし、防御の薄い敵を潰すにはそれで十分だった。
高速で敵にぶつかるエネルギーはそれだけで相手の身体を吹き飛ばすほどある。向こうから同じスピードでぶつかって来れば威力は倍増し、ほんの僅かな接触でも相手を銭湯不能に陥れる事も可能だ。文字通り一瞬の隙が勝敗を決する高速戦闘で、フェイトとルシファーは幾度と無くぶつかり合い、弾きあった。一瞬の判断が勝敗を決する、そんなギリギリの戦いにクロノ達はついていくことが出来なかった。
彼らの目に映るのは僅かに金色の光と黒い光が幾度と無くぶつかりあうことだけ。不規則にぶつかり合う二つの光は離れたと思った次の瞬間、まばたきするより早くぶつかり合い、再び離れる。文字通り完全に二人から取り残されていた。
援護しようにも魔力残滓が帯を引くほどのスピードで動いている二人にはほとんど無意味であり、無理に援護しようものなら下手をしたらフェイトに当ててしまう可能性がある。クロノ達に出来るのはただ二人の戦いを見ていることだけだった。
何も出来ない自分に歯噛みして、クロノは頭をフル回転させた。

「ストラグルバインドを使うにも、あのスピードじゃあ――――」

ストラグルバインドは対象の強化魔法を強制解除させる副効果を持つが、それ故に副効果にリソースを振っているため、射程・発射速度が劣る部分がある。ルシファーにストラグルバインドを当てる際、普通に戦闘中では避けられる可能性がある。確実に、正確に捕まえるためには一時的に彼の動きを止める必要がある。
しかし、現在ルシファーはフェイトと高速戦闘中。動きを止めるどころか、動き回っている状態では捕まえる事などとても出来ない。
どうすれば、とクロノが顔を顰めると、ユーノが横からクロノに声を掛けた。

「クロノ、さっき策があるって――――」
「ああ、そういえば言っていなかったな。ストラグルバインドでルシファーとゼロのユニゾンを強制解除する」
「ユニゾンを?」

疑問符を頭に浮かべたユーノ達にクロノは真顔で頷く。

「ゼロとのユニゾンを強制解除させて魔力の上限を下げる。ソウル達もルシファーの魔力によって行動が支配されているらしいから――――」
「なるほど、それでゼロとソウルとエクスを取り戻すんだね。でも、ストラグルバインドって確か―――」
「ああ。当てるのが難しいストラグルバインドでどうやって捕まえるか。それが僕達が考えるべき事だ」

クロノの言葉にその場にいる全員が難しい顔をした。視界の端では二つの光がぶつかり合っては離れている。時間的にもフェイトに負担は相当掛かっているはず。時間的猶予が無い状態にアルフが苛々して橙色の髪をがしがしと掻く。

「うあああ、面倒だねぇ! もう皆で囲んで一斉にやればいいんじゃないかい!? それか不意打ちとかさぁ!?」
「アルフ……」
「あのね、そんな簡単に出来る筈が――――」

フェイトの身を案じて身体共に焦っているアルフが声を荒げるのをザフィーラとマリアが諫める。その三人を他所にユーノは先ほどのアルフの言葉を繰り返し、何か思いついたように目を見開いた。

「囲んで――――不意打ち……それだよ、アルフ!」
《え?》

ユーノ以外のその場の皆が不思議そうにユーノを見返し、皆の疑問に答えるように笑みを浮かべた。

「この方法なら上手くやればゼロ達を取り戻せる」
「何だ? もったいぶらずに言え」

失敗すれば? などと野暮な事は聞かない。今は僅かでも希望があるならそれにすがりたい状況だ。失敗やリスクを省みることはせず、ただその希望に手を伸ばす。

「それじゃあ、話すよ」





「――――どうかな?」

説明し終えたユーノは顔色をうかがう様に皆の顔を見渡した。クロノは感心とも呆れともとれる息をつく。

「全く、君は……よくそんなことが思いつくな」
「あら、いいじゃない。私はこういうの好きよ」

マリアが楽しそうに笑みを零して、ヴィータはハンマーフォルムに戻したグラーフアイゼンを肩に担いだ。

「あんまり騎士らしくねぇけど、この際四の五の言ってられねぇしな」
「そうと決まればさっさとやろうよ。フェイトが心配だ」

アルフがフェイトとルシファーに目をやってそわそわし、ああ、と一同が頷いた。クロノがルシファーと高速戦闘しているフェイトに念話を繋ぐ。

〈フェイト、すまないがこれからバルディッシュに転送する座標にルシファーを引き付けてくれ〉
〈何か策が見つかったの?〉
〈ああ。すまない、君も辛いのに更に負担をかけることになる〉
〈ううん。ユウが元に戻るなら、がんばるよ〉
〈…………そうか。頼む〉
〈うん〉

クロノと念話を終えてバルディッシュに届いた座標データを確認する。勿論その間もルシファーとの戦闘に注意を向けている。示された座標はクロノが気を回したのか、現在フェイトとルシファーが戦っている場所から近かった。

「バルディッシュ、行けるね?」
『Yes,sir』
「……いい子だ」





----後書き----

ゼロ  :「本作品を読んでいただき有難うございます」

ルシファ:「む? 奴はどうした?」

悠木  :「あいつならどっかで簀巻きにしておいた。ここにいても邪魔だからな」

ゼロ  :「そんなことしていいんですか?」

悠木  :「別にいいんだよ」

ルシファ:「奴の事はともかく、今回もまた随分長いな」

悠木  :「ああ。それならあいつが『上手く短く纏める事が出来ない!』って涙流していたぞ。鬱陶しかったからぶん殴っておいたけど」

ゼロ  :「VSルシファー編も今回で終わらせるはずだったのが、次に持ち越しちゃいましたし」

ルシファ:「これで通算5話、次を含めたら6話分か」

悠木  :「一シーンとしては十分長いよな」

ゼロ  :「30話後半で終わるかなぁ、って放心状態で呟いていましたよ」

悠木  :「短く纏めることができない奴が悪い。♯15から♯18までだったら上手く纏めれば二つだけで話し済むぞ」

ゼロ  :「日常編が混じっていますからね。それでもあの人は日常編を纏めて別のシリーズにするとかなんとか、言っていたような気が……」

ルシファ:「それはまだ考えている最中で、決定ではない」

悠木  :「結局どうなるか分かんないってことか。あいつマジでいっぺん埋めた方がいいんじゃねぇか?」

ゼロ  :「埋めるって……」

悠木  :「もちろん生き埋めだ。そうしねぇとあいつの口先だけと優柔不断は直らん」

ゼロ  :「…………つ、次はルシファー戦終了ですね!」

ルシファ:「ユーノの考えた策とはどのような物か、楽しみだな」

悠木  :「やられる側が楽しみなのかよ。 はっ、お前…………マゾか」

ルシファ:「お前は一回黙れ」

ゼロ  :「そ、それでは、失礼します! 次回もどうかよろしくお願いします」





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