午後8時過ぎ。
仕事で疲れた身体を引きずってどうにか帰宅することが出来た。

「ただいま」
「「おかえりー!!」」

出迎えてくれたのは最近8歳になった双子の子供達だった。満面の笑顔を浮かべてこちらに抱きついてくる。

「お父さん久しぶりー!」
「ははは、ただいま。カレル、良い子にしていたか?」
「うん!」
「あー、お父さんずるい〜。私も良い子にしていたよ!」
「そうか。リエラも偉い偉い」

子供達の頭を撫でてやると二人は嬉しそうに微笑んで余計に離さなくなった。嬉しいことだがずっとこうしているわけにもいかない。

「さて、そろそろ離れてくれないか?」
「「うん!」」

二人が離れると立ち上がって奥の部屋に進んだ。子供達は後ろからとてとて、と付いてくる。奥の部屋には誰もいなかった。台所から物音がするのでそちらを覗いてみると妻と母が料理をしていた。

「ただいま」
「おかえり。帰ってこれたんだね」
「ああ。皆から無理矢理休暇を取らされた」
「ふふ、皆貴方のことを心配しているのよ」
「僕はそこまで働き詰めているつもりはありませんよ」
「もう少しでご飯できるから待ってて」
「ああ」

妻と母と子供達のの笑顔を見て疲れは少しとれた気がした。妻の言葉に頷いて部屋に戻って着替えることにした。部屋の中にも子供達が入ろうとしたが、さすがにこれから着替える時に入れるわけにもいかないので居間で遊んでいるように言う。子供達が頷いて居間に戻ったのを確認すると部屋着に着替えて、机に座ってモニターを表示させる。

「16件か……」

モニターに表示された新着のメールを見てそれぞれ開いていく。プライベート用の回線のせいだろう、差出人はどれも昔からの知人ばかりだった。しかしその中に一通、士官学校時代の友人からのものがあった。珍しいな、と思いそれを開いて内容を読む。――――近いうちにそうなるとは分かっていたため、余り驚きはしなかった。
椅子の背もたれに身体を反らせて天井を見つめる。

「そうか、グレアム提督が……」

思わず口から出た呟きは先ほどのメールの内容を思い出させた。内容は僕ことクロノ=ハラオウンの上官であったギル=グレアム元提督の死去の知らせだった。





魔法少女リリカルなのはSS
「師弟の別れ」





ジェイル=スカリエッティによって引き起こされたJS事件から5年後。
その後の事後処理も終え、特に大きな事件も無く、時空管理局は一時安息の時を経ていた。
僕は以前と艦船「クラウディア」の艦長を務めているのだが先週、艦の皆から働きすぎだと言われ、無理矢理5日ほどほど休暇を取らされた。断ろうとしたのだが、どこから聞きつけたのか、なのはやフェイト達にまで言われたので皆の好意を素直に受け取ることにした。
帰宅して師の死を知り、僕は急遽墓参りに行くことにした。子供達はえー、と文句を言っていたが、エイミィと母さんが何とか宥めてくれたおかげで助かった。

「ここか」

グレアム元提督が辞職した後、故郷の英国に戻ったと聞いて僕もそこに向かった。道中、いろんな人に尋ねながらやっとグレアム元提督が隠居していた家にたどり着く。
インターホンを鳴らしたが、もう家の主がいないことを思い出して失礼ながら家の中に入り込んだ。玄関にはバインドが設置されていたが何とか引っかかる前に解除する。
家の中は綺麗でまだ人が住んでいるのではないかと錯覚するほどだ。家の中を見て回っていると書斎にたどり着いた。書斎には難しい本がずらりと並んでいる本棚と窓際に置かれた机だけがある。机の上も埃がほとんど無く、新品同様の光沢を放っていた。
窓から一面緑の丘が見えた。――――あそこに墓にあるのだろう。





丘まで来る。一面が緑で覆われたそこの中心に一つ、ぽつんと墓が立っている。
無言でそこまで歩み寄った。墓の前に来ると名前が書かれている表記を見て確認する。――――確かに彼のものだ。
ここまで来る途中に買った花束を墓の前に添えて、しゃがみ込む。こういう時は何か祈るべきなのだろうが、中々頭が働いてくれない。何も思い浮かべずに墓の前にいるのは失礼だろうと思ったので、過去のことを思い出すことにした。静かに目を瞑って、一緒に過ごした日々を思い浮かべる。



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「甘い!」
「うわぁ!?」

リーゼロッテの蹴りをまともに喰らってごろごろと転がる。勢い良く転がり、壁に顔面からぶつけることで何とか止まってくれた。

「私にフェイントは効かないよ」

顔と蹴られた腹を押さえてながら前を向くと、構えを取っているリーゼロッテの姿がある。何とか立とうとしたが、途中まで立ち上がったところでがく、と膝が折れて前のめりに倒れる。頭上からリーゼロッテの呆れた声が聞こえた。

「やれやれ、まだまだだね。ちょうど昼食の時間だしここらで終わりにしておこうか」
「……はい、ありがとうございました」

律儀にお礼を言う様子にリーゼロッテは軽く笑みを浮かべて僕をひょい、と抱えた。膝裏と背中に手を回してそのままリーゼアリア達の元へと歩く。――――俗に言うお姫様抱っこである。

「ちょ、ロッテ! 別に抱えなくたって―――!」
「ん〜? だってクロスケ立てないじゃん」
「だからってこんな抱え方は―――!」
「イヤなら下ろしてあげるよ。そのまま倒れこんでお昼ご飯は食べられないだろうけどね」
「――――!」
「どうする? お姫様抱っこと昼食抜き、どっちが良い? ああ、あたしとしては後者のほうがオススメ。そっちの方が精が出るだろうし」
「――――このままでお願いします」
「解ればよろしい♪」


――――ああ、そう言えば彼女達はいつもこんな感じだったな。何が楽しいのかいつも僕をからかっていた――――


リーゼアリア達の所に着いて、ようやく下ろしてもらえると思っていたが、リーゼロッテは全く下ろす気配が無い。

「……ロッテ?」
「ああ、ちょっと待って。アリアが写真撮ってくれるってさ」
「ぶっ!? じょ、冗談じゃない! 僕は降りる!」
「ダメダメ〜。せっかくの機会なんだから逃がさないよ〜」
「ちょ、止め……!? み、耳を噛むなー!」
「そう言ってクロスケも顔が赤いよ〜。もしかして興奮してる?」
「するかぁぁぁぁぁ!!」

パシャ

悪魔の音が聞こえて音がした方に首をやるとカメラを構えたリーゼアリアの姿が。

「ナイス、アリア♪」
「もちろん♪」
「うあぁぁぁぁぁ!!」



――――……リーゼ達が置いていったアルバムは全部燃やしておかなくちゃな――――



写真をバッチリ撮られた後、昼食を取って模擬戦闘を行っていた。リーゼアリアが遠距離から攻撃をしかけ、リーゼロッテが近接戦闘を持ち込む。僕はそれに5分間耐えるという形だ。流石に二対一ということで同時攻撃は無いが、それでもきついことには変わりなかった。

「はぁっ!」
「くっ!」

ギリギリでリーゼロッテの攻撃を捌いて、一度距離をとる。直後、横から魔力破が飛んできた。いきなりのことだったので慌てて避けようとするが、身体がついてこれずに直撃を貰った。

「うわぁ!!」

魔力破は身体を2、3メートルほど吹き飛ばす。そのままごろごろと転がって壁にぶつかることで停止した。

「まだ30秒しかたってないよクロノ」
「うぅ……すみません」
「謝る暇があったら立って根性見せて!」

よろよろと立ち上がって構えるが、今度は直接リーゼロッテから蹴りを貰って再び転がった。

「ふぅ、どうやら今は無理みたいね。しょうがない、5分休憩。それまでに体力を回復して」

リーゼアリアがリーゼロッテに頷いて二人は部屋を出た。立とうとしたが寝ていた方が楽だと思い、転がって仰向けになる。扉が開く音がして同時に誰かの気配がした。
誰かと思い、そちらに顔を向ければそこには初老の男性が――――。

「グレアム提督!?」

慌てて倒れていた身体を起こして、敬礼する。ふらり、と倒れそうになったがなんとか踏ん張って耐えた。グレアム提督は頷くとまじまじと僕の身体を上から下へと見つめる。

「随分やられたな」
「……申し訳ありません」
「先ほどの模擬戦は見せてもらった。多重攻撃に随分慌てていたな」
「……はい」
「ヒント、という訳ではないが―――」

グレアム提督の言葉に首を傾げた。彼は少し言いにくそうにして口を開く。

「まず自分に予想外のことがあったらその状況を判断しろ。そしてその中で最適な判断を下すことだ」
「――――」
「どんなに追いつめられた状況でも冷静さを欠いてはいけない。九死にこそ冷静さが最大の友だ」
「―――はい!」
「うむ、良い返事だ。さて私は戻るとしよう―――ああ、それとさっき私が言ったことは彼女達には内緒にしてくれ」

頼む理由が解らず首を傾げると、グレアム提督は軽く眉を寄せた。

「アドバイスは本来ご法度なのだ。私が言うことが出来るのは他の執務官候補生がいる時だけだ」

なるほどと納得して再び敬礼する。グレアム提督は頷くと背を向けて扉の向こうへ歩いていってしまった。それから2分ほどしてリーゼ達が帰って来る。

「さて、準備はいいかな? クロスケ」
「はい!」
「お、随分気合が入ってるね。それじゃあ、早速行くよ!」

リーゼロッテが地を蹴ってクロノに肉薄する。上段蹴りと足払いが襲い掛かるがバックステップで回避した。背後からリーゼアリアの魔力破が襲い掛かる。

【九死にこそ冷静さが最大の友だ】

提督の言葉を思い出して、冷静に状況を判断する。回避は――――不可能、防御は――――ギリギリ間に合う。
ラウンドシールドを発動して、魔力破を受け止める。近くで受け止めたため後ろに飛ばされたが何とか立ち止まった。次に来るであろうリーゼロッテの攻撃に備えて構えるが、リーゼロッテは動かず僕を見て呆然としていた。

「クロノ……あんた……」
「私達の波状攻撃を防いだ……?」

リーゼアリアも呆然とこちらを見ている。しかしそれもつかの間、直ぐに二人は笑みを浮かべた。

「面白い、それならこれはどう?!」



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――――結果、2分しか持たなかったがそれでもリーゼ達は満足そうに頷いていたな――――

目を開く。既に日は落ちかけ、緑一面の丘は朱一色に染まっていた。
墓石を見つめる。ここには彼と一緒に彼女達も眠っているのだろう。

「世界は一時的ですが、平和です」

きっとそれは彼が望んだ世界。平和はいつまで続くか解らない。しかし―――、

「その平穏を続けられるように努めます。だから―――」

―――安心して眠ってください。
立ち上がって墓を真正面から見据える。一陣の風が吹き、紅い草木を揺らした。風が納まると背後に人の気配がして後ろを振り向く。そこには15年来の友人が―――。

「―――はやて」
「クロノ君……」

彼女にとっても僕がここにいるのは予想外だったらしい。彼女は驚きを顔に張り付かせていたが、後ろの墓石を見つけると直ぐにそれを隠した。
色鮮やかな花束を持って無言で歩み寄る。墓石の前に来ると花束を添えてしゃがみ込んだ。手を合わせて目を瞑る。その顔には憂いの感情があった。

「――――」
「…………」

沈黙が場を支配する。どれだけ時間が流れただろうか―――、数秒かもしれないし、数十分かもしれない。ただ、穏やかな空気がそこにあった。

「クロノ君、まだ帰ってなかったんやね」

はやてが立ち上がって振り向く。苦笑して墓石を見た。

「色々と思い出してな。すっかり時間を忘れてしまった」
「そう言えば、グレアムおじさんはクロノ君の上官さんやったね」
「ああ。そう言えば君は誰から聞いたんだ?」

確かはやてには言っていなかった筈だ。はやては15年前に入局してグレアム元提督と親しい人と関係を持ったということは聞いていないが……。

「エイミィさんに聞いたんやよ」

―――どうやら僕がここに来ることを家族に伝えた後にエイミィが連絡を入れたらしい。まぁ、彼女ははやてとグレアム元提督の関係も知っていたから当たり前のことなのかもしれないが。

「ほんとはシグナム達も連れて来たかったんやけどなぁ。ちょうど任務でおらんかったんや」
「そうなのか」
「うん。リインも丁度オーバーホール中やしな。せやから私が1人で来たんや」

少し残念そうに笑う。本心は皆一緒に来たかったのだろう。影から生活を支えてくれた人にお礼を言うために―――。

「クロノ君はこれからどうするん?」
「―――そうだな。明日一日はここにいることにするさ」
「カレル君やリエラちゃんはええんか?」
「休暇は5日貰っている。明後日から最後の日までたくさん遊んでやるさ」

肩を竦めるとはやてがクスクス笑った。先ほどの残念そうな表情はもう何処にも無い。そのことに少し安堵したが、彼女が少し悪戯を思いついたような顔をしたのを見て背筋に悪寒が走る。

「……何だ?」
「へへ〜、実は私も3日だけやけど休暇を貰っておりました〜」

パチパチと自分で拍手を鳴らす。

「仕事の方は良いのか?」
「ずっと詰めっぱなしもあかんしな。たまには休憩や」
「シグナム達とは取らないのか?」
「さっきも言った通り、シグナム達は任務中やからな。リインも一緒に取ったんやけど、オーバーホールの予約を入れていたことを忘れてたから私1人ってわけや」
「それなら君はリインフォースを迎えにいかなくて良いのか?」
「あう、そう言えば……いやでも、クロノ君と久しぶりに会えたしなぁ……。うん、イギリスのお土産で許してもらう」

笑顔でサムズアップしてくるはやてに軽くため息をついた。

「リインフォースが泣くぞ」
「大丈夫やよ。向こうにはマリーさんもおるし。というわけでクロノ君、イギリス観光のガイドになってな」
「僕もここはほとんど初めてなんだ。ガイド出来るほど此処ら辺の地域を熟知していない」
「別にそういうのは望んでないよ。クロノ君が行きたいとこに私も付いていくだけや」

そう言って、彼女は歩き出す。先に歩き出したはやてを追いかけて僕も歩き出した。
もう一度振り返って墓石の傍にいる人達を見つけて目を見開く。しかし、突如強風が吹いて腕で顔を隠して再び視線を戻した時、そこに誰もいなかった。
驚いて何も言えなかったが、ふっと唇を緩める。

「クロノ君〜、どないしたんや〜?」

遠くからはやての呼ぶ声がする。何でもない、と手で合図して彼女に向かって歩き出した。今度は振り向かない。―――振り向いてはいけない。
はやては手を後ろに組んで僕を待っている。明日は彼女の機嫌が良くなるような場所に連れて行かなければ今後色々とネタにされそうだ。
さて、取り合えず不味いと称される(らしい。僕も食べたことは無い)料理を食べさせてあげるとしよう。良い感想以外は受け付けない方向で。





世界は平穏を取り戻した。

それはいつ崩れるか分からない、とても脆い物。

数日後、数ヵ月後、数年後、もしかしたら数秒後には崩れるかもしれない。

けど、そこには確かに平穏というものがある。例えあと数秒しかもたないものでも。

だからその時を精一杯生きる。今を楽しく生きようとする。

もし、その平穏が崩れたら?

その時は全力で平穏を組み立てる。一度組み立てられたものを再び組み立てることが出来ない道理は無い。

平穏というものは何度崩れても、何度も創り上げることが出来るのだから。





----後書き----


皆さん呼んでいただきありがとうございます。カークスです。

今回は初めてのなのはキャラオンリーの読み切り短編です。

グレアム提督ファンの方々は余り良い思いをしなかったでしょうから、この場を借りてお詫び申し上げます。

さて、本編の軽い解説に移ろうと思います。

今回はStrikerS軸上の5年後でクロノが主人公です。クロノは既にエイミィと結婚していますが、微妙にクロはや風味……なのかなぁ?(爆)

今回のグレアム提督とクロノの別れ。タイトルでは「師弟の別れ」と、グレアムとクロノが師弟関係になっています。正確にはリーゼ姉妹なんですけどね。

「上官と士官の別れ」じゃあなんか締まらない感じがしたので……(爆) 

次に会うことになるのはLOCか、はたまた他の短編になるかは分かりませんがどうぞよろしくお願いします。

それでは、失礼します。





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