「君は何回壊せば気が済むんだ……」
「……申し訳ありません」

本局のクロノに割り当てられた執務室にいるのは、ため息混じりに報告書を眺めているクロノと、しゅんと小さくなってしょんぼりしているなのはだけだった。
クロノは仕事の時大抵1人でいるか、又誰かといる場合はエイミィやフェイト等といる場合が多いためこの組み合わせは珍しい方だった。

「今月に入って3度目。確かに大きすぎる魔力を抑えるのは難しい事だがそろそろ何とかしてくれないと結界魔導師がストレスで倒れるぞ」

クロノが読んでいるのは昨日のトレーニングルームの報告書。普段ならそれは軽く眼を通すだけで済むのだが、文字が羅列されている中で『大破』の二文字が見えたので思わず目を留めてしまった。
彼女がトレーニングルームを壊す事は模擬戦のときならいざ知らず、個人で訓練するに当たっては全く無いと言ってもいいほどだ。
しかし、先ほど言ったとおり今月に入って既に3回目の大破である。魔力を完全にとは言い切れないが制御しており、尚且つ彼女の教官兼デバイスのレイジングハートがいてこういうことは珍しいを通り越して奇妙だった。

「レイジングハートも。なのははAAAランクの魔導師と言ってもまだ10歳の女の子だ。しっかり君が見てやらないと」
『申し訳ありません……』

心なしかレイジングハートも落ち込んでいるような声を出した。しかし落ち込んだ様子は次の反論で消えてしまう。

『しかしクロノ執務官、マスターがこのような結果を残したのは貴方にも一部責任があります』
「僕にも?」
「れ、レイジングハート!?」

レイジングハートに言われた事がよく分からず首を傾げるクロノと彼女が言わんとしていることを即座に察してあたふたと慌てるなのは。

「レイジングハート、それは……」
『いいえ、マスター。そろそろ言っておかなければ貴方の今後の訓練にも支障が出ます』
「で、でも〜〜」

ふぇ〜、と軽く涙目になってレイジングハートを顔の前に持ってくるなのはと、明滅しながら厳しく言葉を発するレイジングハートを見て、クロノは主従の関係と言うより姉妹のようだな、と思う。
そして同時に彼女達に教導メニューを送っていたのは自分とユーノの二人だということを思い出した。
もしかしたらなのはなら大丈夫だろうと思って組んだメニューがきつすぎたのかもしれない。なのははそれを断れず、レイジングハートがしっかり言うべきだと言っているのかもしれない。
そう考えると納得がいき、自然と口から言葉が滑りでた。

「そうか、なるほど。……確かにそれなら僕のせいだな」
「く、クロノ君!?」
『やっと気づいてくれましたか』

クロノの言葉を聞いたなのはは驚きと恥ずかしさが混ざったような表情で顔を真っ赤にして、レイジングハートはため息をつくかと思うくらい呆れた。

「ああ、僕達のせいで君に負担をかけていたんだな。すまなかった」
「う、ううん! そんなの…………え? …………僕達?」
『…………負担?』
「次からはあまり疲労が残らないようにメニューを組むとしよう。全く、ユーノもなのはの事はよく分かっている筈なのに…………」

メニューを一緒に考えた親友(本人は断固否定するが)にぶつくさ文句を言うクロノになのはとレイジングハートは目を点にする。
正確には目を点にしているのはなのはだけで、レイジングハートは全く明滅しなくなってしまったのだが。

「すまない。君のメニューは翌日改めて送るから今日はゆっくり休んでいてくれ」
「え?」
「丁度フェイトやはやても休暇だ。彼女達と遊ぶのも悪くないだろう」
「え? え?」
「彼女達なら今は海鳴じゃなくてクラナガンにいるだろう。ああ、それともトレーニングルームのことか? それはこちらで何とかしておくから気にする必要は無い」
「…………うん」

呆然としているなのはに笑顔を浮かべる。なのはとしてはそんな笑顔を浮かべられては反論も出来ないので、力なく頷いた。そのままクロノに背を向けるとトボトボと退出する。
扉が閉まって、部屋の中のクロノに声が届かない廊下でレイジングハートが自分の過ちを詫びた。

『マスター、申し訳ありません。私があのようなことを言わなければ……』
「ううん、いいんだよ。レイジングハートは悪くないよ……」

口ではそういうが、やはり元気が無い。どうしたものか、と考えたレイジングハートはひとまずバルディッシュに相談する事にした。なのはに気づかれないように極力魔力を小さくしてバルディッシュに通信を繋ぐ。

〈バルディッシュ、よろしいですか?〉
〈レイジングハートか、どうした?〉
〈実は――――――――〉





なのはが退出してから1時間後、そろそろ昼に差し掛かる頃か、と時間を確認して立ち上がると扉が開いて、エイミィが入ってきた。

「ねぇ、なのはちゃんがまたトレーニングルームを壊したって聞いたんだけど?」
「ああ、事実だ」
「それで、なのはちゃんが肩をがっくり落として歩いていたのはクロノ君が叱ったから?」
「まぁ、叱ったということなんだろうな」

そう言ってクロノは一時間前の出来事をエイミィに話す。話し終わり、最後まで聞いていたエイミィはなるほどね〜、とうんうん頷いた。

「そっかー。そりゃあ、なのはちゃんも肩落とすよね」
「やはり本人はショックだったんだろうな。トレーニングルームのことは」
「いやぁ、そうじゃないんだけど……」
「じゃあ、どういうことだ?」

首を傾げて訊ねるクロノにエイミィはあはは、と苦笑いして流す。

「ところで、なのはちゃんはそれから何処行ったのかな?」
「多分フェイトやはやてを探しにクラナガンじゃないか?」
「ふーん。クロノ君は何かこれから用事あるの?」
「仕事の事か? 今日はデスクワークだけだからあとは書類の整理だけだが……」

普段からやれることはその時にやるようにしているクロノは朝いつも通り6時に起きて、早めに出勤しては直ぐに今日の分の仕事を片付けてしまった。
目の前に残っている書類を整理した後は、トレーニングルームの確認がてら訓練でもしようと思っていたのだが。

「そっか。クロノ君、あとの仕事は私がやっておくからなのはちゃんを慰めに行ってよ」
「え?」
「だって、なのはちゃんがトレーニングルームを壊した原因って、クロノ君も関わっているんだよ」
「そうは言ってもな……慰めるなんて、どうすればいいんだ?」
「ありゃー、女の子の経験ほとんどゼロのクロノ君にそれは辛い言葉かぁ」
「……君は遠まわしに僕を馬鹿にしているのか?」
「いやー、そんなことないよ〜?」

白々しくそっぽを向いて言うエイミィの言葉に説得力が全く見られない。バレバレの言葉の意味にクロノは眉を顰め、それを見たエイミィがはぁ、とため息をついた。

「それじゃあお姉さんからアドバイス。とりあえずどこか連れて行けばいいと思うよ」
「どこかにって、どこだ?」
「だから、どこでもいいの。結局のところ、気晴らしになればいいんだから」
「気晴らし、か」
「ほらほら、やる事が分かったらさっさと行って、なのはちゃんを追いかけて」
「お、おい!?」

ぐいぐいと押されて執務官室を追い出される。扉が閉められる直前、エイミィが指をビッとクロノに突きつけた。

「それから! くれぐれもなのはちゃんに慰めるってこと気づかれちゃダメだよ!」

それだけ言うと、エイミィは指をクロノから離して執務官室の扉を閉めた。開閉キーのロックが掛かっており、クロノの執務室であるにも関わらず本人が入れない状態になっていた。

「とりあえず、行くか……」




魔法少女リリカルなのは
「励まして」




これからどうしよう。
本局のトランスポーターを使ってクラナガンの支局に着いたはいいが、なのはがどこにいるのか分からないということに気が付く。
服装は管理局指定の執務官服でも無ければ、バリアジャケットでもない。黒がベースの普段着だ。
制服はクラナガンの支局に着いた途端、傍にいた人事課の局員に押収されてしまった。何でも、特に用事も無いのに制服で町に出られると厄介ごとに絡まれるかもしれないから、だとか。事実その言葉は的を射ているため、クロノは反論のしようがなかった。
クラナガンはミッドチルダの首都でもある故、犯罪行為の割合が他の世界に比べて平均的にやや高めだ。
それに加え、執務官服等の管理局の制服を着ていると犯罪に関わって捕まった人たちに絡まれることも多々ある。既に釈放されている身だが、当時の出来事を忘れずに闇討ちを狙うなどしてくる場合がある。管理局側からしたら迷惑な逆恨みだ。
人事課の局員に訊ねると、なのはとクロノは午後からの休暇になっていることが分かった。
本来、休暇というのは取りたいから直ぐに取れるわけではなく、ちゃんとした手順を踏んで、いつにどのくらい休むのかということを伝えなければならない。しかし、なのははともかく、今日クロノが午後から休暇というのは異例だった。後でリンディに聞くとクロノの仕事はエイミィが引き受けるという事でリンディとエイミィが手回ししたからだとか。

「さて、これからどこへ行くか……」

なのはを探して気晴らしにどこか出かけるという目的で出てきたが、肝心のなのはがいなければ意味が無い。
フェイトと既に合流している可能性もある。しかし逆に合流していない場合フェイトに念話を繋いで、せっかく学校と管理局の両方が休みのときに彼女の時間に水を差すのは流石に躊躇われる。PT事件が終わってようやく笑顔でいるときが多くなったからこそ、彼女に楽しい時間を過ごして欲しいという兄の願いでもあった。
行くあてが無く大通りをぶらぶら散歩している。季節が冬に差し掛かった街には防寒対策でマフラーや手袋をしている人がたくさんいた。最近流行っている風邪対策か、それともマフラーや手袋のように防寒か、マスクをしている人も多かった。
余談だが、クラナガンには地球でいうクリスマスというイベントは無い。クリスマスとはそもそもイエス=キリストの誕生を祝う祭りであるため、キリストの存在が無いミッドチルダを代表とする地球以外の次元世界にはクリスマスが無いのだ。
頭上を見上げると薄黒い雲が空一面を覆っていた。一雨来るかな、とぼんやり思ったとき、クロノの背後から聞き慣れた声が掛かった。

「あ、あれ、クロノ君?」
「うん? なのはじゃないか」

振り向くとそこには武装局員の制服から普段着に着替えたなのはが驚いたようにクロノを見つめていた。
なのはの格好はオレンジのトレーナーの上に白のジップパーカーを着ており、下は青のスカートと白のニーソックスという、闇の書事件で見慣れた服装だ。冬ということもあって、更にコートも着込んでいる。

「フェイト達を探しているのか?」
「そうするつもりだったんだけど、レイジングハートが行きたい所があるって言うから付き合っているの」
「そうなのか。珍しいな」
『私にもこのような時はあります。クロノ執務官は先ほどまでお仕事だったのでは?』
「そ、そうだよ! クロノ君さっきまでお仕事していたのにどうしてここにいるの?」

ようやく気づいたようになのはが慌ててクロノに問いただす。
問いただされたクロノは一瞬、む、黙り込んでしまう。エイミィから最後に言われた『きづかれないように』という言葉が頭に過ぎる。それから、数秒クロノは黙りこくって、ようやく重たい口を開いた。

「その、人事課から溜まっている有給を使ってくれと言われて、それに母さんとエイミィも便乗して、午後から半休という形になったんだ」
「そうなんだ。それじゃあクロノ君、これからどうするつもりなの?」
「……その事なんだが、もし良かったら君たちの買い物に付き合っても良いか?」
「え!?」
「半休になったはいいけど何もやる事が無くて手持ち無沙汰だったんだ。荷物持ちぐらいの力にはなれると思う」
「え……でも……」
「勿論、無理にとは言わないさ。君たちだけで行きたいと言うところもあるだろうし」
「う、ううん! そんな事ないよ!」

何故か真っ赤ななのはは、首をぶんぶん振って否定した。良かった、と軽く安堵して笑顔を浮かべる。

「そうか。それじゃあ行こうか」
「う、うん」




歩いて約数分、クロノとなのはが訪れたのはクラナガンでもやや大きめのデパートだった。食品スーパーマーケットや、衣服店、書店、百貨店等が詰められている。たくさんの人が出入りする中、なのはとクロノは入り口でこの巨大なショッピングモールを見上げていた。なのはが顔を下ろして首もとのレイジングハートを見る。

「レイジングハートが行きたかった所ってここ?」
『はい。ここの電気店に行ってもらいたいのです』
「部品でも見たいのか? それなら管理局に言えば手に入るじゃ……」
『稀に、ですが管理局を通しての部品より、このように一般に出回っている部品の方が相性が良かったりすることもあるので』
「ふ〜ん、そうなんだぁ」

もう一度巨大な建物を見上げて、それからなのは達はデパートの中へと入っていった。
デパートの中に入ってから、レイジングハートの希望通り、電気店に向かう。レイジングハートは1人で動く事が出来ないため、彼女の買い物には必然となのはと一緒になり、クロノも二人(?)の後ろから覗き込むような形となる。

「それで、レイジングハートは何の部品が欲しいんだ?」
『出力調整の部品を見てみたいです』
「出力って、レイジングハート。私、ちゃんと制御できていないかな?」

やや不安げにレイジングハートを見下ろしたなのはにレイジングハートは明滅しながら否定する。

『いえ。マスターはしっかりご自身の魔力を制御できています。しかし、今回のように万が一の事態が起こりうる可能性があるので』
「それって、結局同じことじゃないか?」
「あうぅ……ごめんなさい」

なのはがトレーニングルームのことを思い出して頭を抱える。軽く呆れ気味に息をついたクロノはポン、となのはの頭に手を乗せる。手を乗せられたなのはは不思議そうな顔でやや自分より背の高いクロノを見上げた。当の本人はぶっきらぼうにそっぽを向いている。

「君は十分魔力を制御しているよ」
「……でも、トレーニングルーム壊しちゃったし」
「それは……、それだけ大きな魔力を持っているんだ。1、2回くらいそういうことがあっても仕方ないさ」
「今月だけで3回目だし……それにクロノ君にも迷惑掛けているし」
「…………2度あることは3度ある、という言葉もあるだろう。とにかく、君が反省しているなら次は壊さないようにすればいい。――――それまで僕も付き合う」
「え?」

最後の言葉が聞こえなかったのでなのはが聞き返すと、クロノはもうなのはの頭から手をどけて、出力調整用の部品が置いてあるコーナーに足を運んでいた。なのはは歩いていくクロノの背中を見ながら、先ほど手を乗せられた箇所に自分の手を重ねる。

「…………励ましてくれたんだよね、クロノ君」

クロノが励ましてくれた。その事実になのはの胸は大きく音を立て始め、スキップしたくなるほど上機嫌になったなのはは小さく微笑んでクロノの後を追った。



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「残念だったね」
『そう簡単に見つかる物ではありませんから。暫くは今のままでいくとします』
「僕も局に掛け合ってみる。良いものが見つかったらなのはに知らせておくよ」
『はい。ありがとうございます』

結局30分ほど電気店を探し回ってみたが、レイジングハートが気に入った部品は無かったので、なのはとクロノは手ぶらで電気店を出た。
さて、これからどうしたものか。レイジングハートの用事も終わった。なのはに聞いてみるとこの後特に予定は入れていないらしい。クロノは手首に巻いた腕時計で時間を確認する。

「もう、お昼過ぎか。……なのは、君は昼食はもう取ったか?」
「え? ううん、まだだけど?」
「なら丁度良い。一旦昼食を取ろう。これからの事はそれから決めれば良い」
「あ、うん」
『それならば、この先にあるファーストフード店はどうでしょうか? 少し遠くの方にも軽い昼食を取れる店はあります。その場合、少し出費が増えますが』

レイジングハートの提案で、デパートから出てすぐ近くのファーストフード店に向かう。そこで混んでいる様だったら遠くの店に足を運ぼうというプランだったが、さほど混んでいなかったため、そこで食べる事にした。

「なのは、メニューを決めたら僕に言ってくれ。僕が注文しておくから、その間に席を」
「あ、うん。それじゃあ……私はチーズバーガーセット」
「飲み物は?」
「えーと、オレンジジュース」
「分かった。それじゃあ席を頼む」
「うん」

なのはがクロノから離れて席を探しに行く。一階は全部埋まっていそうだったので、なのはが二階に上っていったところでクロノは背中をポン、と叩かれた。
首を傾げて後ろを見るとそこには、車椅子のはやてとそれに付き添っているフェイトがいた。

「フェイト、はやて」
「久しぶりやなぁ、クロノ君」
「ああ、そんな久しぶりでもないだろう。この間模擬戦をしたし。半年前のメンツじゃなかったけど3対3のチーム戦もやったしな」
「あはは、あの時はごめんなぁ。訓練室壊してもうて」

半年前、と言われてベルカチームとミッドチームの5対5のチーム戦を思い出して、はやては苦笑する。
あの時、なのはとフェイトの複合技『ブラストカラミティ』とはやての全力広域攻撃魔法を受けた訓練室は結界魔法に定評のあるユーノの結界を破り、その威力を訓練室中に撒き散らした。幸いにも重傷者は出なかったが、訓練室は大破。結果、なのはとフェイトにはクロノから、ベルカチームにはレティ提督からきつーいお説教と始末書をプレゼントされたのは言うまでも無い。

「まあ、今後気をつけてくれればいいさ」
「ありがとうな〜。ところで、クロノ君1人なん?」
「いや、なのはと一緒だ」
「なのはも?」
「ああ。今頃二階で席を取っておいてくれているんじゃないか?」
「ふ〜ん」

相槌を打ったはやてはなにやら、にまにまして二階へ続く階段を見つめている。そして目を細めて、更に笑みを深めた。

「なのはちゃんも中々やるな〜」
「何がだ?」
「何でもあらへんよ」

はやては笑いながら流して、フェイトもふふ、と小さく笑っているだけだ。二人の笑みの意味が分からず首を傾げたクロノは一つの考えが浮かんだ。

「君達はこれから用事があるのか?」
「何で?」

クロノは順番を待つ間、フェイトとはやてにお昼前の出来事を話し、これからどうしようか悩んでいることを説明する。

「それで、もし君たちが良ければ、なのはを連れてほしいんだ。僕と一緒にいても何もする事がない上に、気晴らしにならないだろうから」
「………………はぁ。クロノ君、それ、本気で言ってるん?」

我ながら名案だと思った考えははやてのため息で一蹴された。隣でフェイトも肩を落としている。

「? どういう意味だ?」
「なのはちゃんが、クロノ君と一緒にいてつまらない、ってところや。もしホンマにそう思ってるんなら、それは大きな誤解や」
「なのはは、クロノと一緒にいてつまらないなんて思わないよ」
「つまらないって思うどころか、寧ろ楽しむに決まっているやないか」

もう一度ため息をつくはやてにクロノは眉に皺を寄せた。ここまで言われると流石にあまりいい気分はしない。自然と口調は愚痴を言うような拗ねたものになっていた。

「なら、どうしろって言うんだ……」
「そんなん私に言われても分からへん。これからのプランはクロノ君が考えるんよ」
「クロノが行きたいって所に行けば、なのはも付いて来ると思うよ」

フェイトに言われてクロノは自分で行きたいところを頭の中に浮かべる。
これといった趣味はクロノには無く、あるとしたら休日中にやるトレーニングやデバイス整備だった。デバイスに関しては先ほどの電機店に行った際になのは達に付き合いながら、色々と探してみたが、めぼしいものは見つからなかった。
かといって、トレーニングするためにジムに行くなど言語道断だ。女の子と二人で行くようなところではない。
数秒、頭の中で考えて見たものの、全く思い浮かばずに寄せていた眉の皺を限界まで寄せる。
見るに見かねたはやてが再びため息をついた。

「情けないなー、クロノ君は。女の子をエスコートするくらい、出来へんと」
「そ、それなら、なのはが行きたいところを聞けばいいんじゃないかな?」
「なのはの、行きたいところ?」
「お待たせしましたー。次のお客様どうぞ」

フェイトの言葉を繰り返したところで、自分の順番が来た。それを見たはやて達がそれじゃあ、と言って手を上げた。

「言うてへんかったけど、私達これから用事があるから」
「またね、クロノ」
「二人とも、なのはに会わなくて良いのか?」
「私は階段上れへんから。フェイトちゃんやクロノ君に迷惑掛けるわけにもいかへんから」

はやては少し俯きながら自分の足を撫でる。言って、クロノは自分の愚かさに気がついた。
はやてが足を悪くしているのは一年前から気づいていたことだ。その上、この店は運悪く、障害者対策としてエレベーターなどがないため、脚の悪い人は自力で二階に上がる事は出来ない。上がるためには誰か他の手を煩わせなければいけないのだが、はやてはそれを拒んだ。はやての気持ちを汲み取る事が出来ずに無神経な事を言った自分に嫌気が差した。

「すまない、軽率だった……」
「ああもう、謝らんといて。気使われたらこっちまで気疲れするわ」

はやては手を振りながら苦笑する。すまない、と口が滑りそうになったが、彼女が謝るなと言ったのだ。滑りかけた言葉をぐっと飲み込んで代わりの言葉を出す。

「くれぐれも事故には気をつけるんだぞ」
「大丈夫やよ。それよりクロノ君はなのはちゃんの事を任せたよ」
「……出来る限りのことはするさ」
「ふふっ、ほんならな〜」
「心配してくれてありがとう、クロノ。そっちも事故には気をつけてね」
「ああ」

それだけ言葉を交わすとはやてとフェイトはファーストフード店から出て行った。なにやら頻繁になのはの事を言われたが、それは言われなくても分かっている事だ。

「任されたからな……」

それだけ呟いてクロノは店員に向かいあって、注文をする。
その時、クロノの頭の中には『これからどうしたものか』という悩みが生まれ、なのはと二階で合流するまで消えなかった。





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