なのはの知らないところでクロノが1階ではやて達と話していたときに、なのはもまた、二階で窓際の席を二人分確保して、テーブルの上に置いたレイジングハートと話していた。 『――――ですから今回はマスターとクロノ執務官がお二人で出かける滅多に無い好機なのですから。もう少し甘えてもよろしいと思います』 「あ、甘えるって…………」 『以前から思ってましたが、マスターはお友達と比べても些か消極的過ぎると思われます』 「お、お友達って……?」 『アリサさんとすずかさん、はやてさんとフェイトさんです』 「そ、そうかな〜……フェイトちゃん程じゃないと思うけど……」 『いいえ。フェイトさんもマスターの前では消極的ですが、他の場所では積極的ですよ』 「そ、そうなの!?」 『はい。ですから、先ほども申し上げましたが、マスターはもっと甘えるべきだと思います』 「あ、甘えるって、どうすればいいの〜!?」 普段家族に接している態度を取れば問題ないのだが、頭を抱えて眼を回しているなのはにそんな考えが浮かぶはずもない。 レイジングハートはため息をつくような雰囲気をかもし出して明滅する。 『……普通にご家族と同じように接すればよいのではないでしょうか?』 「家族って……お兄ちゃんとか?」 『はい』 「う〜ん……お兄ちゃん達に接するように、か〜」 頭を手で抱えたままなのはは上を見上げる。当然の事ながら天井が広がっていた。天井に兄に接するようにクロノに接する自分の姿を思い浮かべる。その想像で思わず顔が赤らんだが、なのはは何か胸の辺りがすっきりしなかった。 「……何か違う気がするけど――――」 「何の事だ?」 「うにゃあ!?」 いきなり声をかけられて思わずひっくり返りそうになる。椅子に寄りかかって座っていたなのはは、椅子が傾いたら当然それと同じように体も傾いて倒れそうになり、床と自分の体の角度が45度になる寸前で、がしっ、と力強く腕をつかまれた。 傾くのが止まった間に姿勢を整えて、傾いていた体と椅子を直す。急な出来事にバクバクと鳴っている心臓を落ち着かせて、腕を掴んで助けてくれた人を苦笑しながら見上げる。 「あ、ありがとう。クロノ君」 「全く、君は何をやっているんだ……」 ため息をつきそうな表情で呆れながらこちらを見ているクロノの左手にはハンバーガーとジュース、ポテトが乗っているお盆があった。 片手にお盆を持っているという不安定な状態でも、倒れそうになった自分を即座に助けてくれたという事になのはは再び顔が赤くなった。意識してしまったせいか、腕を通してクロノの体温が伝わってくる。 「考え事にふけるのはいいが、少しは周りのことも気にしないと」 「ご、ごめんなさい……」 クロノが腕を放して、テーブルにお盆を自分の分を置く。少し名残惜しかった気もするが、ずっとそうしているわけにもいかなかったので仕方ないと、無理矢理納得させるなのは。ふと、目の前に置いてあるなのはのメニューとクロノが食べようとしているものが同じということに気づく。 「あれ、クロノ君、一緒のにしたの?」 「ああ。特にどれが良いとか無かったから」 「そうなんだ……ふふっ」 「?」 クロノと同じ物を食べている。そう考えると自然と笑みが零れ、なのはの突然の微笑に、クロノは不思議そうに首を傾げた。 -------------------------------------------------------- 「これからどうする? クロノ君」 チーズバーガーを食べ終えて、ポテトとオレンジジュースを摘みながらなのはがクロノに訊ねた。クロノは先ほどはやて達と話した内容を思い出す。 「僕はこれから特に用事は無いんだが……君はどこか行きたいとかないのか?」 「私も特には……レイジングハートの買い物ももう終わっちゃったし」 「せっかくクラナガンに来たんだ。何か買っていくのもいいんじゃないか? 例えば、服とか……」 「お洋服か〜。……うん、ちょっと気になるかも……」 「なら行ってみよう。このショッピングモールにも服飾店はあるだろう。僕も丁度新しいのが欲しかったし」 「う、うん」 これからの予定を決めたクロノとなのははポテトとジュースを空にして出口に向けて歩き出した。お盆を片付けている最中で、なのはが自分の昼ごはん代をクロノに立て替えてもらったことに気づいた。 「あ、クロノ君、そう言えばお昼代……」 「ああ。僕が払っておいた」 「そういうことじゃなくて……いくらだった?」 「いや、いいよ。僕の奢りだから」 なのはは財布を取り出して、いつでもお金を取り出せるように準備していたが、払わなくていいと言われ一瞬肩透かしをされたようにぽかんとしたが、すぐさま慌てて手を振り始めた。 「だだだ、ダメだよ。そんなの悪いよ」 「僕が払いたくて払ったんだ。気にしなくていいよ」 「で、でも……」 釈然としない感じで渋るなのはだが、先ほどレイジングハートに甘えろ、と言われたことを思い出し、渋々ながらも頷いた。 「それじゃあ、お言葉に甘えて……」 「ああ」 そのまま先ほどのショッピングモールに戻り、中の服飾店に向かって歩くこと数分、目的の場所に着いた。 それなりに大きな店で店の名前も結構知られている程有名だった。 「わぁ……」 服飾店を前にして、その衣服の多さに顔を輝かせるなのは。まだ十歳といっても女の子。洋服に興味があるのは当然だろう。なのはの輝いている様子を見て、クロノはここに連れてきて良かったと思うと同時になのはの行きたいところを聞けばいいとアドバイスをくれた義妹に密かに感謝した。 「ここで立っていても仕方ない。中に入ろう」 「う、うん!」 そのクロノの言葉を待っていたのか、なのはは頷くと直ぐに中に入っていった。そんな彼女の様子にクロノはやれやれ、と苦笑しながらなのはの背中を追いかけた。 なのはに追いついて彼女が見ているものを肩越しに後ろから覗き込むと、持っているのは青年男子の衣服だった。 「ねぇ、クロノ君……」 クロノが追いついたことに気づいて、なのはは肩越しに振り向く。しかし、そこには彼女の肩越しになのはの持っている衣服を覗き込んだクロノの顔があって、結果、なのはとクロノの顔が鼻と鼻の先がくっつくのではないかというぐらい、思いっきり互いの顔が間近にあった。 「っっっっっ!!??」 「わ、わわわ!?」 一瞬で二人の顔が真っ赤に染まり、クロノとなのははほとんど同時に顔を逸らして、距離を取った。 「す、すまない!」 「う、ううん! こ、こちらこそ……」 お互いに顔を真っ赤にしたまま互いの顔を直視する事が出来ず、顔を逸らしたまま話す事しか出来ない。 「そ、それで! ここは成人男性の衣服の場所だけど、どうしてここに?」 「う、うん。えっと、クロノ君に試着して欲しいなって思って……」 「試着?」 言われてなのはの持っている衣服に目を落とす。サイズはL位だろうか、水色のシャツが彼女の手に握られていた。 「勿論、クロノ君が良ければ、だけど……」 「………………」 勿論、返答は決まっている。 「わぁ。似合ってるよクロノ君!」 ぽん、と手を叩いて嬉しそうにするなのはの前には支局で着替えた黒いシャツではなく、水色のシャツを着たクロノがなんともいえない顔で立っていた。 「クロノ君、いつも黒い服ばっかり着ていたけど、やっぱり明るい色の洋服も似合うよ!」 「そ、そうなのか……? 自分ではよく分からないんだが……」 「絶対そうだよ。ほら、こっちの洋服も着てみて」 言って傍に用意してあった洋服を差し出されて、受け取る。カーテンを閉めて、その中で着替えて再びカーテンを開ける。 「わぁ、こっちも似合ってるよクロノ君」 それじゃあ、今度はこっち、と言われて差し出された洋服を受け取る。カーテンを閉めて、着替えて開ける。 「あ〜、これはちょっと……ごめんね、クロノ君、今度はこっち着てみて」 洋服を受け取る。カーテンを閉める。着替える。開ける。 「あ、うん。いいね。それじゃあクロノ君、今度はこれを羽織ってみて」 洋服を受け取る。閉める。着替える。開ける。 「う〜ん、これは合わないかぁ。ごめんクロノ君、こっちを羽織ってみて」 受け取る。閉める。着替える。開ける。 「あー、うん。なるほどね〜、それじゃあクロノ君、今度はこっち」 受け取る。閉め(ry 「うん。バッチリ! クロノ君、すっごく似合っているよ!」 なのはは満足したように頷いて、手を叩いた。正直、クロノとしては一時間に渡って何度も着せ替えをさせられたので、精神的に疲れていた。後日はやてに聞くと、女子にとっては洋服の買い物は一時間は短いほうらしく、長ければ2時間、3時間は掛かると言われて思わず唖然とした。 「それじゃあ、この洋服は置いてくるから、クロノ君は元の洋服を着ておいてね」 「ああ……」 なるべくなのはに疲れた様子を見せないようにして、カーテンを閉める。パタパタとなのはがカーテンの前から去った音を聴いてから、クロノはため息をついた。 「服を選ぶのでここまで疲れるとは……」 ぼやきながら着替える。 クロノは生真面目な性格からか、基本的には合理的主義で、服を買うときも丈夫さや値段のみを気にして、ファッションはほとんど気にしていなかった。それでも、人前に出ても大丈夫な無難なファッションだったのは、ひとえに普段からエイミィに買い物を付き合わされたおかげだともいえる。エイミィの買い物に付き合っていると自然に自分の物も買う機会が出てくる。その都度その都度エイミィがクロノの服のファッションを考えていたのだ。 着替え終わって試着室から買う予定の服を持って出る。首を回してなのはを探すとなのはが丁度買い物籠を持ってこちらに来ていた。 「はい、これに入れると良いよ」 「ああ、ありがとう」 お礼を言って、籠の中に洋服を入れる。そのまま買い物籠をなのはから受け取る。 「今度は君の洋服を買うんだろ? 買い物籠は僕が持つよ」 「あ、うん。ありがと」 「気にしなくていい。ゆっくりと君の買い物をすればいいさ」 一時間ぐらいなら、大丈夫。なのはが楽しそうにしているなら我慢できる。 そう思って笑顔で出した言葉は後にクロノを苦しめる事になる。 「クロノ君、袋一つ持つよ」 「いや、これくらいなら大丈夫だよ」 クロノの左右の手に一つずつ握られているパンパンに膨れ上がった袋の中身は洋服や帽子の他に、文庫本、靴等等だ。 あの後、なのはが自分の洋服を買うのに要した時間はクロノのおよそ二倍。それだけでは飽き足らなかったのか、なのははせっかく来たんだから、と言ってクロノを色んな店に連れまわした。買う予定の無かった靴を見ることにもなったし、本屋では購読している雑誌が出ているのでそれを買ったり、なのはが地球には売っていない雑誌を買ったりした。 普段エイミィやリンディと買い物に来る時は荷物持ちしかすることがなかったが、今回は荷物持ちだけではなく、自分で商品を選ぶということもあったので、正直色んな店を歩き回って目が回る勢いだった。 しかし、それが別に嫌だったというわけではない。 買い物をしている時のなのはは本当に楽しそうに、明るく笑っていた。それは年相応の女の子の姿で、その様子はとてもAAAランクの魔導師とは思えないほどだった。 クロノからすれば、彼女のその様子を見ていると疲れも吹き飛び、こちらまで明るくなる。買い物を始めた当初はまだトレーニングルームの件で少し沈んでいる様子が垣間見えたが、最後の方になるとその様子はほとんど見当たらなかった。 それが、とても嬉しかった。 そして、デパートを出る頃には辺りが暗くなっていた。 「すっかり暗くなっちゃったね」 「ああ、早く帰らないと士郎さん達が心配するだろう」 「うん……そうだけど、ね……」 なのはは落ち着かないようにそわそわし、辺りを見回すと何か見つけたらしく、クロノに振り返った。 「ねぇ、少し疲れたから、あそこのベンチで休まない?」 「疲れたなら仕方ないけど、家の方は大丈夫なのか?」 「うん。だから少しだけ」 そう言うとなのははクロノの手を掴んで、ベンチへ引っ張っていった。ベンチまで来るとクロノに先に座らせて隣に座る。直後、冷たい風が吹いた。 「う〜、寒いねぇ」 「大丈夫か? 僕のコートを――――」 「そんなことしたらクロノ君が寒くなっちゃうよ?」 「君が風邪ひくよりはましだ」 「う〜ん、それじゃあ……はい!」 勢い良くなのははばっ、とクロノの手を掴んだ。冷たくなった彼女の手に熱が奪われていくのが感じられる。 「これで二人とも温かい、よね」 「そうだな……」 頬を赤らめて言われるとクロノもつられて顔が少し赤らんだ。手を繋いでから少し、黙ってただ互いの手を握って温まっているとなのはがクロノに声を掛けた。 「クロノ君、ありがとうね」 「……何がだ?」 「励ましてくれたんでしょ? 私、トレーニングルーム壊しちゃったから」 さらりと言われて思わず唖然とする。そんなクロノに構わず、なのはは言葉を続けた。 「一緒に買い物に来てくれて、お昼ご飯食べて、お洋服買って。今日一日ずっと付き合ってもらっちゃったね」 「いつから気づいていたんだ?」 「最初の電気店でクロノ君、励ましてくれたから。もしかしたら、って思ったんだけど」 言われてその時のことを思い出す。確かになのはを励ましたような感じはあったが、特に意識してやったものではなかった。肩を落としているなのはを見ていたら自然と言葉が滑り出たのだ。 今日の出来事を思い出しながらゆっくり噛み締めて、もう一度なのははお礼を言った。 「ありがとう、クロノ君」 礼を言われたクロノは明後日の方向を向きながら、照れくさそうになのはと手を繋いでいない方の手でポリポリと頬をかく。 「まぁ、その、なんだ。これくらいだったら幾らでも付き合うから。フェイトやはやて達より頼りにくいかもしれないが、こういう時はいつでも言ってくれ」 「そ、そんなことないよ! クロノ君、凄く頼りになるよ!」 「……そうか。なら良いんだが」 それから二人とも黙りこくる。そのまま沈黙の時間が過ぎた。彼らの前をなのは達と同じように買い物を終えた家族が帰っていく。それを見たクロノはそろそろ帰ろうとなのはに声を掛けようとしたとき、なのはが顔を真っ赤にして俯いたまま小さな声を出した。 「し、失礼します」 「え?」 ポフ、と太股の辺りに重みがくる。見下ろすと、なのはの頭がクロノの太股の上に乗っかっていた。 「……なのは?」 「ご、ごめんなさい! 迷惑だったかな!?」 「いや、別にいいんだが……どうしたんだ?」 「えっとね……レイジングハートが『クロノ君と二人で出かける機会は滅多に無いから、甘えてみたら』って言ったから」 「…………」 「ダメ、かな?」 「……いや」 所謂、膝枕の状態にクロノは軽く照れくささを覚える。しかし、なのはもクロノに負けず劣らず顔を真っ赤にしていた。相当勇気がいる行為だったのだろう。 ……まぁ、こういうことをあっさりやられたら、こっちの神経が持ちそうに無いが。 クロノの膝の上に頭を乗せたままなのはが顔を真っ赤にして小さな声で訊ねる。 「クロノ君は……」 「ん?」 「……今、好きな人とかいる?」 好きな人。そう言われてクロノは身近にいる女性達を思い浮かべた。 フェイトとはやては知り合ってから、信頼し合える友人であるが、どちらかと言うと妹的な感じもある。アルフは、主人でありかけがえのない存在であるフェイトのパートナーで、ハラオウン家の家族でもある。シグナム、ヴィータ、シャマルは八神家において仲の良い姉妹でもあり、戦場では共に背中を預けられる仲間だ。 エイミィは……あれはもはや腐れ縁だ。 「交友関係で好意を抱く人物は何人もいるが、恋愛感情ではいないな」 「そ、そうなんだ……」 言ったなのはの言葉には少しほっとしたような残念なような、複雑な感情が混じっていた。 再び沈黙の時間が訪れる。先ほどと違うところといえば、なのはがクロノに膝枕してもらっている状態ということぐらいだ。 ふと、クロノはなのはの体温を感じながら、この時間がずっと続くのもいいな、と思った。 そう思った矢先、冷たい風がクロノ達を撫でる。寒さに体を震わせてそろそろ帰ろうとなのはに声を掛ける。 「なのは、そろそろ帰ろう」 「………………」 「なのは? なのは」 「…………すー、すー」 寝てた。 クロノの太股を枕代わりに、気持ち良さそうに寝息を立ててなのはは眠っていた。 思いがけない出来事にクロノは唖然として、ため息をついてから直ぐ微笑した。 「疲れていたのは、僕だけじゃなかったんだな」 言って、そっとなのはの頭に手を乗せて撫でる。 久しぶりの二人きりの時間。無駄にしたくない、楽しく過ごしたいという思いでクロノとの時間を有意義に過ごそうとした結果、なのはは遊び疲れてしまったのだ。 撫でられたなのはは眠りながら、幸せそうに頬を緩めた。 「僕が楽しませるつもりだったが、実際には僕自身が楽しんでしまったな」 『マスターも楽しんでいましたので、問題は無いかと』 「レイジングハート……」 突然、なのはの首に掛かっていたレイジングハートがクロノの独り言に反応した。感情を感じさせない声でレイジングハートがクロノに訊ねる。 『突然ですがクロノ執務官、貴方はマスターが訓練室を壊す理由が本当に疲れからだと思いますか?』 「……どういうことだ? なのはは僕とユーノが送った教導メニューで疲れていたんじゃないのか? 君も僕とユーノに原因があると言っただろう?」 『私はマスターユーノに原因があるとは言っていません。それに、その見解は大きな誤解です』 「?」 レイジングハートの言葉に首を傾げる。レイジングハートはため息をつくんじゃないかという口調で続けた。 『……クロノ執務官は訓練室の件を除いてマスターと最後に会ったのは何時か、覚えていますか?』 「最後に会ったのは、確か……二ヶ月前だったな」 確か、長期の任務が入っていたので一ヶ月ほど家に帰らなかったときだ。その時は既にリンディはアースラから降りており、フェイトは学校を一ヶ月も休ませるわけにはいかないということで、クロノが1人で向かったのだ。 『それでは、マスターがトレーニングルームを壊した一回目はいつだったか、覚えていますか?』 「確か、一ヵ月前だったな」 『それからクロノ執務官はマスターと話す機会はありましたか?』 「いや。トレーニングルームの件以外では特に無かったな」 『そうですか。以上のことからマスターがおかしかった理由が分かると思いますが?』 「…………………………………………??」 首を捻って考えてみるが、一向に思い浮かばない。一分ほど考えたが、何も思い浮かばなかったので首を振る。 『ここまで言っても分かりませんか。本当はあまりこのようなことはしたくないのですが、仕方ありません』 「だから、どういうことなんだ?」 『マスターはクロノ執務官と一緒に居たかった、ということです』 「え…………?」 『二ヶ月前から一ヶ月前、およそ一ヶ月間、マスターはクロノ執務官に会いたいと常に言っていました。そしてトレーニングルームでの訓練中、集中が切れてしまい、壊してしまった。原因はクロノ執務官を思うが故です。流石にやってしまったと少し反省しましたが、それでも怒られる時以外に会う機会が無かったため、もう二度あのような事態が起きてしまいました』 「ということは、僕がなのはと会っていなかったからトレーニングルームが壊れた、ということか?」 『マスターの心が乱れた原因全てがそれではありませんが、少なくとも原因の一端です』 レイジングハートに指摘されて唖然とする。まさか彼女の心の乱れの原因に自分のことを考えていたから、という理由があったとは思ってもいなかった。 思わず、自分の膝元のなのはの顔を見下ろす。相変わらず幸せそうに寝息を立てている。 「…………寂しい思いをさせていたのかな」 『そう思うなら、今後頻繁にマスターに会ってあげてください。そうすればマスターも喜びます』 「ああ。そうするよ」 答えて、下げていた首を上げて空を見る。空は昼の時と変わらず、曇ったままだ。 クロノ君は…………今、好きな人とかいる? なのはに訊ねられた言葉が頭の中で蘇る。先ほど自分はなのはに質問されて、身の回りの女性達を挙げてみた。それは先ほどなのはに答えたとおりだ。 なら、なのはは? 先ほどクロノが挙げた女性の中になのはは入っていなかった。忘れていたのか、無意識のうちに外していたのか。少し前ののクロノなら『なのはも妹みたいな存在だ』と断言していただろう。 しかし、今は断言できる自身は無い。理由は――――クロノ自身にも分からない。ただ、なのはにはフェイトやはやてとは別の、特別な感情を抱いているというのは確かだ。 「――――僕は、なのはを、どう思っているんだ?」 独り小さく呟くが、答えは返ってこない。その答えは自分で見つけるしかない。 もう一度なのはを見下ろす。 「すー、すー」 答えはまだ分からない。それでも、 「今日、君と過ごした時間はとても楽しかった。ありがとう、なのは」 ----後書き---- どうも、カークスです。 拙作を読んでいただき、ありがとうございます。 さて、今回は初のクロなの短編(?) いかがだったでしょうか? 初のカップリング物ということで色々とキャラの口調やら何やらで苦戦したりしましたが上のような結果になりました。 反省すべき点は短編のつもりで書いたのにやや長くなってしまったこと、です。 一応補足として、前半にレイジングハートがバルディッシュに連絡を取って、バルディッシュからフェイトに伝わり、フェイトからエイミィに伝わって、励ますようにクロノをけしかけたと言う形になります。ちなみにその時には既にはやてはフェイトと合流していました。 以下は後日談です。 静かに終わる形にしましたが、それじゃあ物足りない、もしくは後日談的なものを読みたいと言う方はどうぞ。 オチの意味合いもあって少々ドタバタ感があります。 3日後。 「クロノ君、なのはちゃんとはどうだった?」 「別に。ただ一緒に買い物をしたりしただけだよ」 エイミィが書類を手に、笑みを浮かべて訊ねてくる。デスクワーク中だったのでモニターから目を離さずに答えた。 「買い物ねぇ……何買ったの?」 「……まぁ、洋服とか雑誌とか」 何かやけに機嫌の良さそうな声に少し不気味さを覚えながら答える。クロノが先日買った水色のシャツとそれに合わせた羽織物含めた洋服類は現在、ハラオウン家のクロノの私室に締まってある。エイミィ辺りがそれを知ったら直ぐにネタにしそうなので、なるべくばれない様にクローゼットの奥に閉まったのだが、 「服と言えば、クロノ君、あの水色のシャツと羽織物以外に買わなかったの?」 「ぶっ!?」 突然の不意打ちに噴出し、ばっ、とエイミィを見上げる。エイミィはにやにやしながら写真を数枚、顔の横に持ってきた。その写真には先日服飾店で着せ替え人形の如く着替えさせられてげんなりしたクロノの姿となのはが笑顔で拍手している姿が映っている。 「ななななななななな!?」 「クロノ君、面白いくらいに着せ替えさせられていたらしいね。私も見たかったなぁ……」 「その写真をこっちに寄こすんだ!」 身を乗り出して写真を取りにかかるが、ひょいとエイミィに躱される。 「だめだめ〜、せっかく貰ったんだから」 「くっ、その写真の出所に心当たりがある……はやて!」 『ふぇ!? な、何でバレたんや!?』 扉の向こうからはやての驚きの声が聞こえた。どうやらずっと向こうで盗み聞きしていたらしいが、さっきから誰かとのひそひそ声がこっちに筒抜けだ。 「こんなことをするのは君かエイミィだけだ!」 『ひ、酷い! クロノ君、私の事をそんな風に思ってたんやね!」 『日頃の行いが悪いからじゃないかなぁ……』 『言うようになったなフェイトちゃん。それでもとにかく今は退散や!』 『ま、待ってよはやて!』 「フェイトもいたのか、この……待つんだ二人とも!」 急いで二人を追いかけるため、出口に向かって走り出す。これ以上あの写真を誰かに広められる前に根源を叩く必要がある。 結果、執務室には写真を持ったエイミィだけが取り残された。エイミィははやてから貰った写真を見て、悪戯好きな笑みを浮かべる。 「クロノ君が女の子に振り回されるなんて珍しいからね。さてと、この写真を元にクロノ君にメイド服を着せた合成写真とか出来そうだけど、なのはちゃんに見せたらどんな反応するかなぁ♪」 後日、エイミィからメイド服と同封されていたメイド服を着たクロノの(合成)写真がなのはの元に送られて、実際にその格好をするのだが、それはまた別のお話。 これで終わりです。ありがとうございました |