〜雨桜〜




麗らかな春の陽気がする4月のある日のコトだった。
僕が管理局の無限書庫で働き始めて早6年。
今や『司書長』などと呼ばれている僕だが、別に仕事するだけなら気にしなくていい
と思うよね、肩書きってさ。
仕事、と言っても無限書庫のデータベースを整理したり、頼まれた資料を製作したり
するだけなのだが、これが実は厳しい。
下手な肉体労働より確実に疲れる。主に精神が。
やれ、さっさと仕事しろだの遅いだの言われても、こっちだって精一杯やってるんで
すよ。
毎日毎日依頼と苦情が舞い込んでくるそんな仕事。
心休まる日、というのはそれこそ休日か辞めるかぐらいしか無いだろう。
けど、まぁ。僕はこの仕事はそんなに嫌いじゃない。
元々本は好きだし、いろんな世界のいろんな歴史を調べることが出来るのは学者とし
てはとてつもなく良いことだ。
僕は暇さえあればそういったコトを調べて論文にしたりしている。
学会とかでもちょくちょく取り上げられたりしたりもする。なんだか気恥ずかしいけ
ど。


閑話休題。


要するに休日というのはとても貴重だ。
惰眠を貪るも良し、趣味に興じるも良し。
さて、今日はせっかくの休みだし。
・・・まぁ、かなり寝すぎたみたいでもう昼前なのだが。
疲れてるんだろうか。少し身体もだるい気がしないでもない。
まぁ、それは直にどうとでもなるだろう。

さてと、新しい論文でも書こうかな―――

そう思った矢先である。
ベッドの横、机の上で鳴る携帯電話。
なのは達に合わせて、あっちで購入したものだ。結構型は古い。
手にとってサブディスプレイを確認する。
着信は・・・おや、珍しい。フェイトからだ。
フェイトとは電話よりも面と向かって話す機会の方が多い。
彼女もよく無限書庫に来るからだ。大抵仕事の依頼だったりするが。
たまに、食事に誘われたりもあったりするけど。
携帯使うより念話ですればいいんじゃないか、と思ったことがあったのだが彼女曰
く、

『念話だと、なんか話してる感じがあんまりしない』

とのコト。少しだけ拗ねた感じの顔が可愛かったことを記憶している。
まぁ、何が言いたいかはわからなくも無い。

それでもやっぱり電話を使う機会なんてものはあまり無い。
だからこうして電話をかけてくる、というのはなかなか無いのだが・・・

「もしもし」

まぁ考えてても始まらないので電話に出る。

『ユーノ、今どこ?』

なんだかこちらを心配するような、けれどほんの少しだけ不機嫌っぽい声。

「え・・・あ、部屋だけど・・・」

なんだろう、いきなり。
・・・何か忘れている気がした。すっごく重要だった気がしないでもない。

『・・・今日、何の日か覚えてる?』

今日・・・なんだったっけ・・・?
今日は・・・あっちだと4月・・・で、僕は休み。
一ヶ月くらい前から申請してたのが通った折角の・・・


―――ちょっと待て。


なんでわざわざ休みを申請していた?
休むならもう少しあとで申請しても・・・


―――あ。
思い出した。今日は―――


「・・・ゴメン!すぐ支度する!」

『えっ、ちょ―――』

慌てて電話を切る。
そうだそうだ!今日は―――

みんなで、お花見をする筈だったんだった。

毎年必ずやっていた行事で、アリサやすずか達も交えてやっていた。
だから一ヶ月も前から予定を空けていたのに、当日に忘れててどうするんだ僕は!
慌ただしく服を着替えて、申し訳程度に髪を整える。
寝癖はそんなにひどくない。軽く湿らせて押さえる。・・・よし。
最後に彼女に貰った黒のリボンを引っつかんで、転移魔法を構築しつつ髪をリボンで
結ぶ。
構築完了、座標軸固定、空間転移開始。

同時に、リボンを結び終える。

一瞬後には、部屋に人影は無かった。



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



『・・・ゴメン!すぐ支度する!』

「えっ、ちょっとユーノ!?」

ブツン、と一方的に切られてしまった。
まだ用件を告げていないというのに。
ゴソゴソとスカートのポケットに携帯をしまう。
それにしてもユーノは普段のんびりしてるのに、たまにせっかちになる。
多分ユーノのことだ。
今日の予定を忘れてて今思い出したから急いでいる、といったモノだろう。

―――けど。

「こんな天気じゃね・・・」

窓の外は満天の青空―――では無かった。
細かな雨粒が大量に降り注ぐ雨だ。
弱い雨で、昼過ぎには晴れるらしいがこんな天気では花見など出来そうも無い。
そんなコトを考えていたら、

「どうしたんだ、フェイト?」

「義兄さん・・・」

義兄さんが声を掛けてきた。
私は窓の外に視線を向けたまま。
義兄さんも今日のために仕事を処理してきたというのに、コレでは意味が無い。
まぁ、義兄さんは普段から働きすぎだから休むだけなら良い機会だとは思うのだが。


「・・・流石に、コレでは無理だな」

何を考えていたのか察したのか、義兄さんは溜め息混じりに言った。

「そうだね・・・」

私も溜め息混じりに返事をする。
毎年この時期になると、なのは・はやて・アリサ・すずかの家族も交えて、みんなでお
花見をするのだ。
場所は海鳴公園の一番大きな桜の木の下。
お弁当をたくさん作って、桜を眺めながらみんなで食べる。
たったこれだけの行為がとても楽しくて、私の年の楽しみの一つでもあった。

だけど今日は生憎の雨。
今朝からみんなにも連絡が回った。

今年の花見は中止です、って―――

私達が管理局の別々の部署で勤めていることもあって、全員の休みが重なる日は少な
い。
だからこういう行事のためにみんながみんな、予定を調整して初めてそういうコトが
出来る。

―――まぁ、スクランブルがかかるとそうも言っていられないのだが。

ともかく、後連絡してないのがユーノだけだったため、今電話したのだが・・・
用件も聞かずに切るなんて、なんだかユーノらしくないな。
そんなコトを考えていたら、

「それじゃあ、僕と母さんは行くから」

と義兄さんは言った。

「え?」

突然言われたので、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
何があったのか、あわてて振り返ると、

「さっき本局の方から連絡があってな、これから会議が入った。だから僕と母さんは
緊急出勤、というわけだ」

「ゴメンなさいね、フェイト」

いつの間にやら義母さんも隣にいた。
ピシッと管理局の制服を着ていることからどうやら本当らしい。

「多分、今日一日戻れないかもしれないから、ご飯は作っておいたからソレをお願い
ね」

「あ、はい。わかりました・・・」

つい敬語で答えてしまう私。
一日戻ってこれない、というとかなり重要な会議なんだろうか。
まぁ、なんにせよ家には私とアルフだけになるのかな・・・

「あと、アルフも一緒に連れて行くから家にはキミ一人だ。心配は無いと思うがくれ
ぐれも戸締りには気をつけてな」

「うん、わかった・・・ってアルフまで?」

一体何で?
ちなみに当のアルフはというと、

「早くしないと怒られるんじゃないのかい?」

と、今やすっかりそれがデフォルトのような、子犬姿で義母さんの足元で佇んでい
た。

「少し、手伝いでね」

と、義兄さんは苦笑しながら言った。

そういえばアルフは無限書庫でユーノのサポートを始めとした、所謂助手的な雑務を
こなしていることが多い。
今回もそれでお手伝い、というわけだろう。

「そっか。うん、わかった」

私はソファから立ち上がって、義母さんたちはそのままトランスポーターのある部屋
へ向かう。
かつて此処に越してきた際に作った臨時司令室のことだ。

「いってらっしゃい」

管理局直通のトランスポーターに立った二人と一匹を、ひらひらと手を振って送り出
す。

「えぇ、いってきます」

「いってきます」

義母さんと義兄さんも手を振り返してくれた。
アルフも、

「なるべくはやく帰ってくるからー」

と、言って。
二人と一匹の姿は消えた。

「・・・それにしても、一人きりかぁ・・・」

誰に言うでもなく、呟く。
考えてみればこういう風に一人きりになるのは、随分と久しぶり・・・いや、初めてか
もしれない。

アルフはもちろん、義母さんや義兄さん、なのはやはやて、アリサにすずか。
今までずっと、私の傍には常に誰かが居た。
だから、一人きりになることなんて無かった。

・・・少しだけ、寂しいと感じている。
何分、こんなことは初めてだから。

・・・あぁ、やめだ。暗いことを考えるのはよそう。

そうだな、何をして時間を潰そうか。
借りていた本の続きでも読もうか、それとも学校の勉強の予習でもしようか。


――――――そんな時だった。



♪―――♪―♪

軽快なメロディと共に、スカートのポケットで震える携帯。
誰だろうか?
着信画面を確認、そこにあった名前は―――



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆




毎年決まってこの時期・この場所で僕らはお花見をしている。
だから僕もこの日のために頑張って休みをもぎ取ったのだ。

けど。

「まさか雨とはね・・・」

転移してきてまず感じたのが肌寒さ。
次に身体に当たる細かな冷たい感触。
最後に、眼鏡を濡らす水滴を見て。
雨だ。完膚なきまでに雨だった。

「・・・さっきの電話、もしかしてこれについてだったのかな・・・?」

溜め息を吐きつつ一人ごちる。
仕方ない、かな。こんな天気では。
花見なぞできそうも無い。
ふと足元を覗き見て、綺麗な桜の花びらが散っている光景が眼に入った。

ゆっくりと目線を上げていき、風や雨に晒されてひらひらと飛んでいく花を見た。

「・・・っくし!」

身を切るような寒さに思わずくしゃみをしてしまう。
ぶるりと身体が無意識に震える。
気付けば身体が冷え切っていて、服も水に濡れていた。
あぁ、このまま居たら風邪をひくかもしれないな。

けど、なんとなく。

このまま桜を見ていたい、と思った。


―――水に濡れて、力無く咲く桜。


―――風に攫われていく、儚い桜。


―――足元に広がる、ぬかるんだ桜の絨毯。



そのとき、雨が少し止んで陽が射した。


「・・・わぉ」

思わず、声が洩れる。
3秒もしないうちに、陽は隠れてしまったけれど。

さっきの光景は―――


ふと、ある少女の顔が頭に浮かんだ。

思えばいつもの五人組みの中で、彼女が一番この行事を楽しみにしていたっけ。
世間から隔離された状態でずっと暮らしていた彼女は、花見や海水浴といった大所帯
のイベントをやったことが無かったのだろう。
初めて花見をした時は、静かながらもとても感動していた。


―――不意に。

彼女がこの桜を見てどう思うか知りたくなった。



気が付けば、僕は携帯電話を耳に当てていた。



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



「・・・ユーノ?」

携帯のサブディスプレイに表示されている名前は、先ほど連絡したユーノだった。
軽快なメロディは未だ鳴り止まず、まるで電話に出ろと急かしているようだ。
素早く画面を開いて、通話ボタンをプッシュする。
ピ、という高めの音と共に通話状態に入り、髪を除けて耳に当てる。

「もしもし?」

『あ、フェイト?』

電話越し特有の少しくぐもった彼の声。
けど、それ以上にパタパタという小さな、けれどうるさい音が聞こえる。
これは雨音だろうか。

「どうしたの?」

『さっきの電話ってさ、もしかして今日の天気のことだった?』

「・・・そうだよ。いきなり切られたからびっくりした」

『ゴメン。急がなきゃ、って思ったから』

あぁ、全く考えていた通りじゃないか。
それにしても先ほどから聞こえるこの音は、どう考えても雨音だ。
ということは外に居るのだろうか。

「ところで、今何処に居るの?」

私はそう訊ねる。
すると彼は、少し笑みを含んだ調子で、

『公園だよ。せっかくだから花見をね』

などとのたまった。

「花見、って・・・こんな天気で?」

普通、花見は晴れた日にするものだろう。
私はそう思ったのだが、彼はそんなことは気にせずに続ける。

『フェイトも来てみなよ。コレはコレで良いモノだと思うけど・・・っくし!』

そこで彼は小さなくしゃみをする。
そういえばさっきから彼の声と一緒に、カチカチと歯と歯をかち合わせるような音も
している。歯の根が合っていないのだろう。
春とはいえ、夜や雨の日は流石に冷える。
幼い頃から遺跡発掘などという荒作業に関わってきたせいなのか、彼は身体は丈夫な
方だ。
仕事柄のせいなのか、普段からは想像しづらいかもしれないけど、彼は意外に筋肉質
な身体をしている。
安心できる意外に大きな背中とか。包み込んでくれるような優しい腕とか。
ちょっとやそっとのことでは風邪などは引かないらしい。

そんな彼が、歯の根の合わないほど震えている。
外は雨。濡れてしまえば冷えるだろうけど・・・

・・・ということは。

「・・・もしかして、傘とか持って無い?」

『・・・御名答。実はずぶ濡れでね。まぁ今は木陰に隠れて雨には当たらないでいるけ
ど』

彼はおどけた風に、笑みを含んで答える。
私は彼のその行動に、少しだけカチンときた。
雨に当たっていないからなんだというのだ。身体が冷えるのには変わりないのだか
ら、放って置いたら風邪を引くに決まっている。

「そういう問題じゃないよ!・・・ちょっと待ってて!!」

ピ、と電源ボタンを押して通話を終了させる。
通話時間、2分7秒。
そんな表示を流し見しつつ、携帯を畳んでポケットに入れる。
そのまま脱衣所の方に駆け出す。
ついでに私の部屋に寄って、机の上の学校指定の鞄を引っつかむ。
軽い。よし、中身は無い。
脱衣所で乾いたタオルを何枚か手に取り、それを鞄に詰めていく。
む、意外に嵩張って思ったより入らない。
それでも無理やり詰め込んで、鞄を閉じる。
・・・壊れたりしないよね?
少しだけ不安だけど、私はその考えを頭の隅に追いやる。
そしてタオルを詰めた鞄を持って、玄関にへと駆け出す。
バタバタとスリッパが慌ただしく床を叩く音が響く。
玄関に辿りついて、スリッパと靴を手早く履き替える。
眼に入った学校指定の革靴に足を素早く入れる。
あ、出て行く前に鍵かけなきゃ。
ええっと、鍵・・・あった。
玄関横にある靴箱の上、編み籠の中にあった。
それと一緒に傘立てから自分の傘―黒に赤地のチェック柄のモノ―と、義兄さんが使
う黒一色の傘を持つ。
外に出て、空を見上げる。
雨は幾分か弱くなっているようだけれど、雨には変わりない。

私は彼の待つ公園へと駆け出した。



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



雨は、大分弱まっていた。
水漏れのような、弱弱しい雨。
時折雲の切れ目から陽の光も届く。
けれど、やっぱり雨は降る。
ポタポタと水溜りに波紋が広がっては消え、広がっては消え。
雨は、弱弱しくも、降り注ぐ。


じっとその水溜りを眺めていると、水溜りがバシャリと跳ねた。
人の脚。革靴を履いている。
ほっそりとした女性の脚だ。
ふっ、っと視線を上げる。
其処には、右手に赤と黒のチェック柄の傘を差した金髪の女性―フェイト―が居た。

走ってきたのか、息は少し荒く、身体も所々濡れている。
左手には黒一色の男物の傘と鞄が握られていた。

「やぁ」

右手を軽く上げて挨拶をする。
軽く手を振っただけなのだが、水飛沫が跳んだ。
む、思ったより濡れているみたいだ。
彼女もそれを見ていたのか、少し不機嫌っぽい表情だ。
彼女は静かに鞄を開いて中から真っ白なタオルを取り出す。
そして、僕のすぐ近くに寄ってタオルを手渡してきた。

「風邪引くから、コレで拭いて」

「―――ありがとう」

僕は返事に少しだけ詰まりつつもタオルを受け取った。
眼鏡を外して顔を拭う。
続いて、髪を拭いた。
ただそれだけなのに、さっぱりする。
どうやら思ったよりも僕は濡れるのが嫌な質らしい。
そんなどうでもいいコトを考えていたら、

「・・・なんで、こんな天気なのに花見なんかしたの?」

彼女が静かに問いかけてきた。
心なしか、怒っているようにも感じる気迫のある声だった。

「・・・そうだな。なんとなく、かな?」

僕は苦笑いを浮かべつつ、答える。
彼女は僕のその答えにむっとした表情で睨んでくる。
からかわれている、と思っているのだろうか。
しかしこっちは本当に『なんとなく』で花見をしていたのだ。

酔狂なことに雨の中で。

そして一瞬の奇跡を見た。

ソレをもう一度見たくて。

彼女にもソレを見せたくて。


視界の端に映る雲に、切れ目が出来た。


さっきまでそうしていたように、桜を見上げる。
彼女も釣られるようにして、桜を見た。



鬱陶しかった雨が止んで、公園に陽の光が射した。



「わ・・・」

彼女が少しだけ驚いたように声を漏らした。
僕はコレを見るのは二度目だけれど。
きっと彼女も僕と一緒の気持ちだったに違いない。



―――無数の桜の花に付いた水滴が陽光を反射してキラキラと、まるで万華鏡の様に
煌めく。


―――それは、風に攫われるようにして舞う無数の桜の花もまた、星のような光を振
り撒く。


―――そして、辺り一面に散らばる桜は樹に咲いたモノとはまた違う輝きを放つ光の
絨毯のよう。


―――樹に生い茂る万華鏡のような桜と、星の光のように舞う桜の間と、輝く桜の絨
毯の間に架かった虹色の橋。




「綺麗・・・」

彼女は呆、とした様子でその言葉を呟いていた。


陽の光に照らされて、力強く咲く桜も良いけれど。

優しい風に撫でられ、美しく舞い散る桜も良いけれど。

緩やかに降り注ぎ、ふわりと地面に積もる桜の絨毯も良いけれど。


これはこれで、なにか『味』があるな、と僕は思った。



「ね?」

僕は彼女に言う。
彼女も僕の言ったことに同感らしく、頷き返してくる。

「これなら、花見をしたいと思う」

彼女にしては珍しく、少し興奮しているのかやや早口だ。
けど次の瞬間。

「けど!」

一転してこちらを睨んでくる彼女。
なんていうか・・・こう、咎めるような視線。

「だからって、傘も差さずに雨の中居るのはどうかと思う!」

あぁ、怒ってる怒ってる。
彼女が怒るときは相手の目を見ながら頬を真っ赤にして怒る。
それがなんだか初々しいリンゴみたいで。
昔そのことを言ったら少し恥ずかしがってたな。
私の顔、変かな?って。
結構、真剣な感じで。
僕は慌てて、そんなわけない。って答えて。
そしたら彼女ははにかんで。

というかなんで僕こんなどうでもいいこと考えてるんだろうか。
顔が熱い。頭が少しぼーっとする。

「・・・ユーノ?」

彼女の声が遠い気がする。
すぐ近くに居る筈なのに。
キンキンと、耳障りな音。
なんだ、僕の耳鳴りか。

「と、とりあえず家に」

彼女がなにやら焦った様子で僕の手を取る。
僕はその手に導かれるまま、ふらふらと彼女の後を付いて行く。



そこからの記憶はあまり定かじゃない。

ただ、彼女の顔が不安に歪んでいたのと。

握った掌が、いやに熱かったことだけ覚えていた。



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



ユーノの様子がおかしい。
焦点が定まらない碧の瞳。
ふらふらと揺れ動く身体。
どう考えても変だ。

私は彼の手を取って家への道を早歩きで行く。

握った掌は、いやに冷たい。
じっとりと汗ばんでいるにも関わらず、まるで冷水のように。
そうこうしているうちにマンションへ辿りつく。
手早く鍵を回してユーノを家へと誘導する。
やっぱり、何処か虚ろな表情でユーノはされるがままだ。
身体も不安定にふらふらと揺れていて落ち着きが無い。
どう考えても正常な状態では無かった。

・・・何処か、この姿に既視感を感じた。

あぁ、そうだ。
あの時の私だ、とすぐに思い当たった。
以前風邪を拗らせたときに姿見で見たときの自分と似ているんだ。
試しにユーノの額に手を当ててみる。

―――案の定、平熱なぞでは無かった。

どう考えても38度は軽いだろう、そう思うほどユーノの額から伝わる熱は熱い。
いくら身体が丈夫でも、雨の中に傘も差さずに立っていれば風邪を引いて当然だ。
慌てて手持ちのタオルを使って彼の身体を拭く。
風邪の時は身体が濡れていれば、それだけで結構な体力を使う。
幸い、彼の服は濡れているといっても一番上の一枚だけで、下に着ていたのは湿った
程度だ。
その一番上の服だけを手早く脱がせて、手に持った。

「座って」

彼の手を引いて、リビングのソファへゆっくり座らせる。
とさっ、と身体が沈むように座るユーノ。
明らかに身体に力が入っていない様子だ。
私は服を脱衣所に放り込んだ後、足早にキッチンへと向かう。
冷蔵庫から氷枕を探し出して取り出す。
以前アルフが私を看病してくれたことを思い出しつつ、行動をする。
ソファに仰向けに彼を寝かせて、氷枕を敷く。
次に義兄さんの部屋から掛け布団を失敬する。
風邪の時は、頭を冷やして身体を暖めて寝るのが一番良いらしい。
ユーノにその布団を掛ける。
彼は唇をぎこちなく動かした後、すぐに眠りに落ちた。
風邪の他にも疲れが溜まっていたのかもしれない。


『ゴメン』


彼が最後に唇を動かしたとき、そう呟きたかったのかもしれないと思った。
ユーノらしいと言えばらしいかもしれない。
彼は他人に迷惑をかける機会は少ないから。
でも。
もう少しくらい、周りの人たちを頼っていいと思う。
私に弱いところを見せて欲しいと思う。
それはただの我侭かもしれないけれど。
いつもいつもユーノに助けられているのだから。
もちろん、直接的にでは無いけれど。
彼は言うならば裏方だ。
影ながら私達を支えてくれる、縁の下の力持ち。

「・・・おやすみなさい」

なんとなくだ。
彼の額に口付けたのは。
いつもお仕事ご苦労様、という労いと。
今日は素敵な景色を見せてくれてありがとう、という感謝と。
ただただ、愛おしい貴方への気持ち。












〜おまけ〜

目が覚めて、一番最初に感じたのは温もりと微かな重み。

二番目に、花のような、蜜のような甘い香り。

最後に、フェイトの安らかな寝顔を見たのだった。

「・・・・・・え?」

自分でも、呆けた声が出たなぁ、とか思った。
待て待て、どういう状況だ今は。

1・自分は仰向けに寝転がっている。
2・フェイトが僕に寄りかかって眠っていること。
3・フェイトと一緒に(雨の中)花見をしてからの記憶がありません。

・・・あぁ、なんとなく思い出してきた。
多分、あの後僕は彼女に連れられて来たんだろうなぁ。
僕の身体に半分寄りかかるように眠っているフェイトを起こさないよう、上半身を
ゆっくりと起こして周りを眺める。
どうやら此処はハラオウン家のリビングらしい。
そして僕はソファに寝ていたらしい。
近くのテーブルには・・・水の張った洗面器と、タオル。
・・・なにやら後頭部がひんやりする。
今さっきまで頭が置いてあった場所を見ると、もうかなり溶けた氷枕が敷いてあっ
た。

―――あれ?もしかして僕は看病でもされていましたか?

そういえばいつもより身体がだるいとは思っていたが、そんな状態の時に雨に当たっ
て風邪でも引いてしまったか。

「・・・弱ったなぁ」

誰に言うでも無く呟く。
これでも健康には気を遣っていたのに。
窓の外、ほんの少し欠けた丸い月が浮かんでいる。
月の高さから見て、もう深夜、と呼ぶことができるくらいの時間だった。

それなのに、この家には今、僕とフェイトの二人の気配しかしない。
クロノやリンディさんはどうしたんだろうか?
そもそもアルフはご主人様をほったらかしてなにをしているんだろうか?
思考が答えの無い問答に突入しようとしたその瞬間、

「・・・んぅ・・・」

などと、可愛らしい声が耳に届いた。
無論声の発信源は僕に寄りかかっているフェイトからだ。
彼女はゆっくりと、気だるそうに瞼を持ち上げ、僕を見る。
彼女は普段寝起きは良い方だが、今回は珍しくとろんとしている。
やがてパチパチと何度か瞬きをしてから、

「・・・ゆーの・・・?」

若干舌足らずな、甘えるような口調で僕の名を呼んでくれた。
僕はいつもの癖で、無意識に彼女の髪を梳くようにして撫ぜる。
彼女はくすぐったそうに、それでいて嬉しそうな表情をした。

「起こしちゃった?」

彼女の耳元に顔を寄せて、囁くように言う。
彼女はふるふる、と顔を横に振って否定する。
それは同時に、自らを覚醒させようという行動でもあった。
ややあって、彼女は、

「起きて大丈夫なの?」

さっきの舌足らずな、甘えるような口調ではなく、はっきりとした―若干厳しげな―
口調でそう問うてきた。

「ん・・・少し、まだ頭が痛いかな?」

ズキズキとした強烈な痛みでは無い。
例えるなら・・・そう、デコピンをされてすぐのジンとした痛み。
あと少し身体に力が入らないくらい。

「何があったか、覚えてる?」

「あんまり。多分あの後家に連れてこられた?」

なんとなく思いついた憶測を口に出してみる。

「正解。試しに熱測ってみて、平熱なんかじゃなかったから家で休ませた」

どうやら正解だった模様。
しかしそんなに熱があったのか。少し意外。
けど、そんなことよりもまずは。

「・・・ゴメン」

迷惑をかけた彼女に謝ることだ。
多分、この後また怒るだろうなぁ。

そう思ったのだが。

「・・・ふふっ」

彼女はおかしそうに笑ったのだった。

「どうかした?」

てっきり怒られるモノだと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。

「ううん、なんでもない」

彼女はクスクスと笑いながらそう返す。
・・・僕は何か変なこと言ったのだろうか?

「・・・それにしても、風邪を引くなんて何年ぶりだろ?」

少なくともこっちに来てから風邪を引いた覚えは無かった。
そういえば小さい頃、まだ一族の中に居た頃に風邪をこじらせたことはあったな。

「そういえばユーノってそういうので仕事休んだりとか無いよね」

「まぁね。結構身体には気を遣ってたんだけどなぁ・・・」

最悪、無限書庫に何日か籠ることだってあるので、健康には一番気を払っている。

「ユーノって身体丈夫だよね。あと、意外に鍛えてあるし」

そりゃね。なんたって、

「ひょろひょろのもやし野朗が恋人なのは嫌でしょ?」

「・・・そりゃ、まぁ」

彼女は呟くようにそう答えた。
柔らかな月の光が射すリビングに、静寂が訪れる。

その静かな時間も、すぐに去った。

「・・・・・・ね、ユーノ」

彼女がゆっくりと口を開く。
その表情は、何処か恥ずかしげで、ほんのりと頬が紅く染まっている。
思わず、その表情を『可愛い』と思えてしまって。

「何?」

僕はそのことを隠して、彼女に訊き返す。
ややあって、意を決したようにしてこう言った。

「風邪って、人に移すと治るらしいね」

「・・・よく聞くけど、それって確か・・・」

迷信じゃなかったっけ?
そう続けようと思ったのだが。

言葉を紡ぐべき器官は、音を発する前に彼女のソレに塞がれた。

あまりにもいきなりだったもんで、回復するのに3秒ほどかかった。

その間に、彼女の温かくて、柔らかくて、もう慣れ親しんだ感触が僕の口内を弄る。


「んっ・・・ふぅ・・・」

ぴちゃぴちゃと、艶やかな、小さな水音が二人だけのリビングに木霊する。

ややあって状況を理解した僕は、お返しとばかりに彼女のソレを弄り返す。

「んむ・・・ふっぁ・・・んふぅ・・・」

彼女は僕の反撃を予期していたかのように、あっさりと身を委ねる。

互いに重ね合わせた唇の端から、つぅ、っと透明の液体が顎を伝う。




いつの間にか、僕の腕は彼女の細い腰を支えるように回していて。

いつの間にか、彼女の腕は僕の背中を強く抱き締めるようにしていて。

いつの間にか、寝転がっていた僕は寄り添うように寝ていたフェイトに覆いかぶさる
ようにしていて。

二人分の重さに、ギシリ、とソファのスプリングが軋んだ音を立てる。

貪るように重ねていた唇を、一度離す。

自分の唇と彼女の唇に架かる、月の光を反射して銀色に光る橋。

それはやがてふっつりと切れてしまって。

彼女の着ていた服に無色の染みを作って。

恍惚とした、艶やかな表情で、

「きて」

彼女が、そう短く言って。





夜はまだ長い。

窓の外に、はらりと桜の花びらが一枚、空を優雅に舞っていた。
















懺悔コーナー。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
超絶的に支離滅裂かつ終わりが半端じゃああああああ!!





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