12月25日。
この日、機動六課ではささやかな催しがなされていた。
第97管理外世界―――地球の風習にある、クリスマスというイベント。
本来の意味からは遠くかけ離れた、お祭り事。

滅多に見られないような豪華な料理やケーキがテーブルには並び、あろうことかお酒まで出されている始末。
料理を食い散らかし、酒を煽り、収拾がつかないほどのどんちゃん騒ぎ。
そんな、底抜けに明るいパーティーの喧騒から離れて、静かに窓の外を眺める一人の姿。

その人の名は、八神はやてと言った。





クリスマス記念SS

Good Bye,Snow Rain.





「もう、十年になるんやね」

ポツリと、シャンパングラスを片手にはやては呟いた。
窓の外には、鈍色をした雲が空を覆い、白く優しい冷たさが舞い降りる、雪景色。
ロマンティックな、クリスマス。

はやてにとって、雪の日のクリスマスは特別だ。
真冬の空はいつかの、哀しい別れの日によく似ていて。
目を閉じれば、まるで昨日の事のように思い出せる痛烈な記憶。

流れる銀髪、深紅の双眸、黒き翼の優しい天使。
幸運の追い風は、その名の通りにはやての背中を送り出し、消えていった十年前のクリスマス。

はやてはそっと、後ろを覗いて見る。
絶えぬ笑い声と喧騒が耳に聞こえて、テーブルの一点で目が留まった。
其処には自分の身体よりも圧倒的に大きなケーキに齧り付く、小さな少女の姿。

揺れる蒼銀の髪、空色の双眸、白き衣の愛らしい少女。
かつての幸運の追い風の面影を僅かに残した、新たな祝福の風の姿が今在る。

「……もう、十年になるんやね」

もう一度、その歳月を確かめるように呟く。
長いようで、短いような、そんな時間の流れを感じるように彼女は目を閉じた。

思い出すのは十年前の、幸運の追い風が吹かなくなってすぐのコト。







「ふぇ……ぐすっ……あぁ……」

嗚咽が止まらない。
鼻水でみっともなく顔をぐしゃぐしゃにして、それでもはやては涙だけは流さずに泣いていた。
何も言わず、けれどずっと近くに居てくれた家族が、逝ってしまった。
胸に去来するのは、例えようもないほどに深い悲しみ。
ポッカリと胸に空洞が空いたような、寂しさ。

最後にありがとう、と温かく笑って、最後にさようなら、と静かに泣いた幸運の追い風は、もう居ない。
その事実が、どうしようもなくはやての心に突き刺さる。

罪人が磔られた十字架に楔が打ち込まれるように、その事実は抜くことが出来ない。

「あぁ……あぐっ……」
「主……」
「はやて……」
「はやてちゃん……」
「……」

止まない嗚咽を宥めるように、心配する騎士で、家族の四人。
じっと見守るようにして、けれど心配そうな視線を向ける剣の騎士・シグナム。
少しでも嗚咽が静まるようにと、背中を擦るのは鉄槌の騎士・ヴィータ。
目線を合わせるようにしゃがみこんで、手を握るのは湖の騎士・シャマル。
少しでも身体を冷やさぬようにと、無言で傍らに佇むのは、盾の守護獣・ザフィーラ。

―――其処に、最後の一人は居ない。

―――もう、何処にも彼女は居ない。

ソレがどうしようもなく悲しくて、哀しくて、涙が溢れそうになる。

けれどはやては、それだけはしてはいけない、と必死に歯を食い縛って涙を抑える。

此処で泣いてしまえば、笑って別れを告げてくれたあの子に顔向け出来なくなると、そう思う。
だから私は笑っていなくちゃいけないと、はやては考えて、必死に笑みを浮かべようとして、失敗する。
笑おうとして、けれど笑えない。

そんなはやてをどうすればいいか、家族は、騎士たちは分からなかった。
或いは、できなかった。

一人の少女の嗚咽だけが、雪の降る丘に小さく木霊する、そんな時。

「―――はやてちゃん」
「―――はやて」

幼く小さな、けれどはっきりとした二つの声。

嗚咽を押し殺したまま、はやては声のした方へと顔を上げる。

そこには、よく話を聞かせてもらった友人で、昨晩共に戦った魔導師の、なのはとフェイトが居た。

先ほどの儀式―――家族との別れを助けていた時のまま、その手には彼女らの相棒が握られている。

「ぁ……ぅ……」

はやてはただ、涙を堪えるのに必死で、呻きのような返事しかできない。
そんなはやての様子を察したのか、なのははポケットから白いハンカチを取り出し、はやてに差し出した。

「ねぇ、はやてちゃん」

ハンカチを差し出したまま、なのはは言う。

「今は、泣いていいと思う」
「……いま、は……?」

意味深ななのはの言葉に、はやては嗚咽混じりな疑問を投げ掛ける。
はやての疑問に応えたのは、フェイトだった。

「そう、今は。
 誰だって、悲しかったら泣いたっていいと思う。
 涙が飽きるくらいに、泣いたっていいと思う。でも―――」

今度は二人で、言葉を紡いでいく。



「泣き終わったら、笑ってあげよう」

「きっと、リインフォースさんもソレを望んでるだろうから」



そう言って、二人ははやてを包んで、背中をあやす様に叩いた。
その感触が、逝ってしまった家族が最後に頬を撫でてくれた優しい感触に酷く似ていて、自然に涙が溢れる。
ソレが引き金だったのか、はやては漏らしていた嗚咽が、叫びに近い泣き声に変わった。

「あ、ぁあ……ぅああああああぁぁぁっ……!」

ぼろぼろと、堰を切ったように涙が零れ落ちていく。
拭ったそばからまた溢れる涙を、なのはは優しい手つきで拭う。
悲しみを涙と一緒に吐き出し、泣き叫ぶはやてを、フェイトはしっかりと抱き締める。

はやては、まるで生まれたばかりの赤子のように、あらんかぎりの声で泣く。

主が泣き叫ぶのを、騎士たちは、家族は静かに見守っていた。







あの日の事を思い出して、はやては苦笑した。

「……そういえば、アレからまともに泣いた事なんてあらへんなぁ」

多分、一生で一番の、大泣きだったとはやては思う。
そしてあの時以上に泣く事は、これから先はきっと無いとも思う。

「騒がしくて、優しくて、あったかい家族がおるからかな」

あの子の―――リインフォースの遺志は、今でも別の形になってずっとはやての傍に居る。

視線を優しげに細めて、空色の少女を見やる。
楽しそうに笑う、祝福の風の名を受けた家族の姿。

首から提げた剣十字のペンダントを、ぎゅっと握りこむ。
幸運の追い風が遺してくれた、家族を護るためのチカラが、想いが詰まっている。

「……なぁ、リインフォース」

はやては、静かに言葉を紡いでいく。

家族に出会えて喜んだ日も。

さようならって手を振った日も。

ひらひらと、雪が輝きと一緒に積もっていく。

どうしても忘れたくないと思った、胸を掴んでいた思い出。

何物にも代え難い、尊い思い出たち。

ソレを胸に、私は生きようと思う。

なぁ、リインフォース。

私はさ、元気でおるよ。

笑顔で、元気でおるよ。

だから―――これからも、何処か遠くの空で、私の事、見守っといてくれるか?





一陣の風が、雪を躍らせる。
雪と共に空へと高く、高く天に届くかのように舞い上がる。

呟いた家族への誓いの言葉を運ぶように、風は舞い上がる。





―――キミにこの声が、届きますように。










the end.

―――――――――――――――――――――――――――――

懺悔部屋。

という訳でクリスマスにちなんではやてさんメインにしてみた。
消化不良?なに、気にすることはない。





BACK

inserted by FC2 system