ざわめく心に溢れる旋律は風のように。

未だ見ぬ明日へと鮮やかに誘う。

それぞれに描く思いで、未来を紡いでいけば。

奇跡に微笑むいつかを掴めるかな?





人の繋がりがもたらす出会い・アフター
ROUTE1・フェイトルート
〜「好き!」〜





「それで、こんな夜遅くになにかな?フェイト」

僕がそう尋ねると、彼女の真紅の瞳がまた一瞬揺れたが、すぐに真っ直ぐとしたモノ
に戻る。
うん。本当にもう迷いは無いらしい。
・・・けど、顔が赤いままなのはどうしてなんだろうか?
ほんの些細な疑問に過ぎなかったが、無性に引っ掛かる。
そんな疑問を押し流そうとでも思ったのか、僕は無意識の内に残りの珈琲を口に流し
込んで。
同時に彼女が静かに、ガチガチに固まった様子で口を開く。
やっぱり顔は真っ赤なまま・・・というかさっきよりも赤くなっている。
なんか林檎みたいで可愛いなぁ、とか考えて、珈琲を嚥下する。
ごくり、と喉が蠕動するのと同時に、彼女の唇から声が紡がれて。



「夜這いに来ました・・・!」



「ぶぉっ!!?」

嚥下途中で盛大に噴き出した。あと器官に詰まった。
そのせいで派手に咽る。飲み込みかけた珈琲を吐き出すかの如く、激しい咳をした。

それにしてもこんな一昔前のギャグみたいな真似を実際に体験することになるとは思
わなかったよ。

「ゲェホッ!?グォフォ!?」
「だ、大丈夫ユーノ!?」

いや、むしろキミが大丈夫かと訊きたい。
一体全体なんなんですか「夜這いに来た」って。
何処をどう考えてどんなストーリーを辿ればそんな超展開になるというのだろうか。

その答えは、僕自身では出すことの叶わない問題である。

「ゼー、ゼー・・・」

未だに喉に違和感があるせいか、自然と呼吸が荒くなる。
彼女は何時の間にやら僕の後ろに回って背中を労わるようにしてさすってくれてい
た。
柔らかで温かな掌の感触が衣服越しに伝わってくるのが、妙に胸をドキドキさせる。

いや、きっとソレだけのせいじゃない。

『夜這い』

そう、彼女が言ったのだ。
しかも冗談抜きの、極めてマジな様子で。
意味を分かって言っているのかと小一時間問い詰めたい衝動に駆られる。

「・・・あの、フェイトさん?」
「は、はいっ・・・!」

ガッチガチに固まっていらっしゃる。
言い出した本人がコレでは先が思いやられる・・・ってナニ考えてんだ僕。
不埒な考えを振り払うべく、軽く頭を叩くがなんかむしろ意識してきてしまう気がす
るのが微妙に悲しくなる。
というか、何故僕は彼女がそんな突拍子も無いことを言い出しているのにソレを半分
受け入れている?
僕と彼女の関係は、まだ「仲の良い幼馴染」だ。
断じて夜這いをかけられるような関係じゃあない。
そもそも、本来夜這いは男から仕掛けるモノだろうに。
あぁ、たしか地方によっては逆の場合もあるから問題無いのか?

―――いやいやいやいや本当にナニ考えてるんだろう。僕も、フェイトも。

妙なコトにばかり思考が行って、空回りし続けている僕。
とりあえず落ち着こうと思って、軽く浅く呼吸を整える。
心を空にして何も考えない、目を瞑って外界の情報を遮断する。

だから、彼女が僕の背中から抱き着いてきたコトに咄嗟に反応は出来なかった。
背中に感じる柔らかい躰と人肌の熱。
ふわりと香るのは、太陽のような暖かで柔らかな髪の匂い。
吹き掛かる吐息からは、ほんのりと珈琲の香りがして鼻と耳を擽る。
僕の胸の前で絡みつくように組まれているのは細くて白い指先。
何時の間に服を脱いでいたのか、視界の端には陸士のブラウンの上着が脱ぎ捨てられ
ている・・・今はブラウスのようだが。
そんな彼女に僕の背中・・・というよりは首周りに頭を押し付けるようにして、強く、
強く抱き締められていた。
引っ込み思案で謙虚な何処か儚さを孕んでいるいつもの彼女らしくなく、積極的で強
引な何処か焦りを孕んだ今の彼女。
その正反対な姿が、妙に僕の胸を激しく掻き乱す。

「・・・本気?」
「・・・うん、私は本気」

僕は短く問うと、彼女は小さく、けれど確かな意志を感じさせる声を返してくれた。


―――不意に、首筋に冷たくて、けれど熱いモノが伝った。
指を動かして触れてみると、無色透明の液体で。
試しに軽く舐めてみればほんの少ししょっぱい、塩みたいな味がした。
それは何度も何度も僕の首筋を流れて伝ってくる。
涙だと、理解した。
彼女の涙だと。
何故、彼女は泣いているのだろうか?
僕はキミが泣いている姿なんか、見たくないと思うのに。

背中から感じる柔らかい感触が、雨に打たれて凍える子犬のように震えている。
耳朶を打つか細い彼女の声もまた、泣きながら親を探す子供のような嗚咽と呻きで震
えていて。
悲しみとか不安とか、そんな嫌なモノを孕んだ涙が僕の首筋を伝っていく。
だって、と彼女が小さく呟く。
その声はもう正確に聞き取るのは難しいほどぐちゃぐちゃに聞こえるんだけど、僕は
何故か言っているコトが解った。

「こうでもしないと、ユーノは私を見てくれないよ・・・」

胸の前に回された彼女の腕に力が篭る。
離さないように、離れないように、強く。
けれど僕には、その腕が少し力を籠めるだけであっさりと壊れてしまうような硝子細
工に思えてしまった。
彼女は僕の背中でただ静かに涙を流し続ける。
僕は何も出来ずに、泣いている彼女に背中を貸し続けるだけ。
漏れ続ける嗚咽に混じるのは、彼女の悲痛なまでの叫びだ。

「・・・この一ヶ月、ずっと、考えてたんだ」

しゃくりあげる涙声と共に聞こえるのは、焦燥の色が強く滲んだか細い声。

「私は、ウィニーみたいに書庫の仕事を手伝えないし、なのはみたいにおいしいお弁
当を作ってあげることも出来ないし、はやてみたいに少しくらい無茶できるような権
力も持ってないから・・・!」

涙という名のノイズが混じったラジオのような声の羅列は痛々しいまでに真っ直ぐな
僕への気持ちがあって、ソレを嬉しく思うと同時に哀しく思う。
キミが泣いている、というだけで、僕は無性に悲しいんだ。

「だから、私にはこんな卑しい方法でしかユーノの気を引けないんだ」

そう言ってから、彼女は静かに黙り込んだ。
そんなことは無い、とはそう簡単に言い返すことが出来なかった。
何故なら、確かに彼女の言ったコトはある意味で的を射ていたからだ。

少々酷かも知れないが、彼女は僕のことを好いてくれているらしい四人の中で特に秀
でたモノが無いのだ。
書庫の仕事は彼女の魔法特性からして向いているとは思えないし、お弁当は失礼な気
もするが喫茶店経営の両親に仕込まれたなのはには味で劣るだろうし、権力云々は執
務官だと精々個人行動の際に融通が利く程度だ。
だから、彼女はこんな方法でしか気を引けないなどという極論に走ってしまったのだ
ろう。
そのせいで今彼女が泣いている・・・そのことがどうしようもなく嫌だった。
僕がはっきりしないせいで、彼女が涙を流しているという事実が、自分自身に腹立た
しくて狂ってしまいそうになる。
気まずい、押し潰されてしまいそうな重苦しい空気。

その時だ。フェイトが動いたのは。
さっきまで背中に感じた感触が離れたから、そうだと解った。
その時に僕が感じたのは、なんとも言えない喪失感。
そして、

「ごめんなさい」

という、彼女の謝罪の言葉による罪悪感だった。
彼女の真紅の瞳から未だに流れ続けている涙が、それを加速させる。
何故僕は、彼女に対してこんな罪悪感を抱いているのか。

「やっぱり、迷惑だよね?こんなの・・・」

迷い、戸惑ったという意味では確かにそうかもしれない。
けれど同時に、僕は心の何処かで彼女の行為を、好意を嬉しく感じていたのも確か
だった。

なんで、僕は彼女のコトを考えるだけで胸が熱くなるんだろう?

なんで、僕は彼女の笑顔を見るたびに心が嬉しいと感じるのだろう?

なんで、僕は彼女に声を掛けられるだけでこんなにも幸福感に満たされるのだろう?


なんで、僕は彼女に触れられるだけでこんなにも身体中に血が滾るのだろう?

なんで、僕は彼女の悲しい表情を見ると胸が締め付けられるような痛みを伴うのだろ
う?

なんで、僕は彼女の涙を見るだけで全身に鋭い痛みが奔るのだろう?

なんで、僕は彼女に幸せに笑っていて欲しいと願うのだろう?

思考は回る、廻る、まわる、マワル。
ぐるぐると、絶え間なく渦を作る僕の思考回路。
ショートしそうな、激しい渦の中。

脳裏に過ぎるのは、何故か眩しいばかりの彼女の笑顔で。
その笑顔を見られることが、たまらなく嬉しく感じて。
隣に居るのが僕だというだけなのに、こんなにも―――

――――――ようやく、気付いた。

・・・あぁ、なんだ。簡単なコトだったんじゃないか。

振り向けば、彼女は僕に背中を向けるようにして静かに泣いていた。
かたかたと小刻みに震える肩、時折漏れる小さな嗚咽。
そんな彼女の姿を目の当たりにして、僕は。

「フェイト」
「っあ・・・!?」

僕は、もう迷う事無く彼女を抱き寄せた。
さっきとは逆に、僕が彼女を背後から抱きすくめる形。
離さないように、強く。けれど優しく抱き締める。
彼女は未だに涙を流したままで、その身体は突然の事態に追いついていないのか強
張っている。
それを少しでも解かしてやろうと、僕は彼女の髪に指を這わせた。
するすると、まるで流水に手を浸しているような、すべらかな感触。
垣間見たその表情は何処か、拾われた子犬を思わせる。
不安と安堵と驚きの入り混じった、そんな彼女の雰囲気。

もう、迷いなんか微塵も感じない。

仕事を手伝えなくても、美味しいお弁当を作れなくても、無理に一緒に居られるよう
に出来るような権力が無くても。

―――僕は、キミのことが。

「好きだよ」

そうだ。考えてみれば簡単なコトだったんだ。

僕が彼女のコトを考えるだけで鼓動が早くなるのも。

僕が彼女の笑顔を見る度にドキドキするのも。

彼女が僕に声を掛けてくれるだけで嬉しく感じるのも。

彼女に触れるだけで身体が熱くなるのも。

彼女に悲しい表情をさせたくないと考えることも。

彼女が僕のせいで涙を流していることに罪悪感を抱くことも。

彼女に笑っていて欲しいと思うことも、総て。

ただ偏えに彼女のことが、「好き」だからなんだ。

思えば、何時の頃からか僕は彼女を眼で追っていた気がする。
彼女が仕事に赴くたびに、心配で心がざわめいたり。
彼女が何処の誰とも知らない男と話しているのを見ると、酷く落ち着かなかったり。

彼女が仕事から帰ってくると、やけに心が落ち着いたり。
彼女が僕に話しかけてくれると、すごく楽しかったり。

結局のところ、僕はずっと彼女のことを見ていたのかもしれない。

傍に居たのが十年、彼女の気持ちを知って一ヵ月、永い回り道の果てにようやく自分
の本心に気付くなんて、僕は本当に鈍いヤツだ。
一年、という時間をくれたウィニーには悪いとは思うけど、そんなにもいらなかった
のかもしれない。
涙に濡れて、くしゃくしゃに歪んだ顔でしゃくり上げる彼女の口からは、小さな声
で、己の心を吐露する。

「同情、とか・・・哀れみなら・・・嫌だよ・・・そんなのなら・・・私は・・・」

望んでないよ、嬉しくないよ、と、儚げな声が頬を伝う涙と共に零れ落ちる。

「違う」

僕は彼女のその言葉を真っ向から切り捨てる。
そうさ、断じてそんな感傷なんかじゃあ無い。
それを伝えたくて、僕は抱き締めた腕にもっと力を籠める。
折れてしまいそうなほどに華奢な彼女の身体を強く、けれど包むように優しく。
心臓の鼓動が聞こえる。
トクトクと静かな、けれど熱い命の煌きの音。
彼女の音。
心臓の鼓動を感じている。
ドクドクと早く、そして激しい心の輝きの音。
僕の音。
二つの鼓動が混ざり合って、静かな、早く、熱く、激しい旋律を紡ぐ。
やがてそれは緩やかで優しい音色を奏ではじめる。
二つの鼓動は今やまったく同じリズムを刻んでいる一つの楽器のようで。
心臓の音、というのは人の感情の起伏を抑える働きがある、というのは本当だったら
しい。
もう彼女の身体は石の様に強張って硬くなってはいない。
ただ触れているだけで心まで蕩けてしまいそうなほどに心地よい、柔らかな感触があ
る。
頭を僕の肩に預けるようにして、彼女が僕の腕の中に居てくれる。
たったそれだけだ。それだけなのに、どうしてこんなにも心が安らぐんだろう?

そうやって、彼女を抱き締め続けていて。
ようやく彼女が振り向いてくれて、僕と視線が重なる。
深い、吸い込まれそうなほどに澄んだ真紅の瞳に、眼鏡を掛けたなよっちい僕の顔が
映りこんでいるのが見える。
こんな僕のことを好いてくれる彼女たち・・・いや、もうそれは違うか。
僕はもう選んだのだ。
たった一人を、彼女を、フェイトを選んだのだ。

彼女の頬に残る涙の跡を、僕はそっと指で拭う。
彼女は何も言わず、ただされるがままにしていて。
拭ったそばから、またすぐに新しい雫が零れてくるのを僕は拭い続ける。
半分呆けているような、そんな無防備な表情を晒している彼女を見ると、胸の中が温
かいナニカで満たされるのを感じる。

「フェイト」

胸から溢れるこの思いを伝えたい。
彼女の名をそっと呼んで、彼女もまた、

「ユー、ノ」

まだ少し喉が引きつってでもいるのか、たどたどしく僕の名を呼び返してくれる。
未だに流れ続けている涙に濡れた彼女の顔には、ただ静かな笑顔が浮かんでいて。
僕は涙を拭い続けていた指をそっと顎のほうへと滑らせて、つい、と軽く上げる。
彼女は一瞬だけ、呆気に取られたような表情を浮かべて、直ぐに顔を真っ赤に染め
た。
なんだか初々しい熟したリンゴのようだな、と彼女のことを無性に可愛く思いなが
ら、僕はそっと彼女の唇に自分の唇を重ねた。

初めてのキスは、珈琲のようにほろ苦く、涙のようにほんの少しだけしょっぱくて、
砂糖なんかよりずっと甘い味がした。

「んっ・・・」

僅かに漏れる満足げな吐息は、僕のモノか、彼女のモノなのかはわからない。
唇から伝わる柔らかで温かな彼女の感触を心のうちで噛み締めながら、僕はそっと唇
を離した。
僕の目の前にある彼女の顔は、さっき以上に真っ赤で、驚きの表情に彩られている。


「・・・信じてくれる?」
「うん・・・うん・・・」

静かに問うと、彼女は静かに、涙交じりに何度も肯いた。
もうさっきみたいな、悲しみとか不安で流していた嫌な涙じゃなくて、喜びとか安心
で流した綺麗な涙だ。
彼女は僕の腕からするりと抜け出ると、今度は正面から抱き着いてくる。
泣き顔を見られたくないのか、僕の胸に顔を押し付けるようにして力強く抱き締めて
くる彼女。
僕はただ抱き締め返すだけだ。
さっきみたいに何も出来ずに背中で泣かれるだけじゃなくて、今はこうして抱き締め
返して温もりを伝えてあげられる。
ずっと、そうやって互いの体温を感じているだけだ。
ただそれだけで、こんなにも満たされた気持ちになるのが心地よい。
もぞもぞと腕の中で彼女は動き、顔を上げて僕の視線と彼女の瞳が重なる。
彼女はいつの間にか両手で僕の頬を挟むように添えられていて。
ゆっくりと顔が近づいてくるのを、僕は黙って眺めていて。

二度目のキスは、互いの抱く想いのように深く絡み合う、濃厚な―――恋人同士
の―――口付けだった。

小さくて柔らかい彼女の唇が何度も何度も、僕の唇に吸い付くようにして重なる。

「んぅ・・・ふぁ・・・ぁむ・・・」

彼女は一心不乱に、喩えるなら餌をねだる小鳥のように口付けてくる。
僕は彼女の思いに答えるべくその感触を離さぬよう、彼女の腰と後頭部に手を回し
て。
彼女もまた僕の服を皺になるくらいに強く掴んで離さない。

「ん・・・ん・・・」
「あぅ・・・ふっぁ・・・」

重なる唇と、絡み合う舌。
其処から溢れ、零れ落ちる唾液は互いの顎を伝って、服とシーツに無色透明の紙魚を
生み出していく。
こうして、ただ触れているだけなのに、どうしてこんなにも幸福感に満たされていく
んだろうか。

もっと、もっと。
彼女を感じたい。
触れたい、と。
そう、思った。

僕はいったん唇を離す。
銀糸を引いて滴る細い橋は僕と彼女の間を伝っていて、やがてふっつりと途切れる。

何故だか胸に去来するのはなんとも言えない名残惜しさ。
彼女も一緒なのか、そのことに呆然としていた彼女を優しくベッドの上に組み敷い
た。
ポスン、という酷く軽い音に続いて、ギシリというベッドのスプリングが軋む音。

「・・・ぁっ」

何が起こったのかと言わんばかりに、彼女は呆気に取られている様子。
数瞬後に状況を理解したのか、彼女は目に見えて真っ赤になった。
柔らかそうな頬とか、形のいい耳とか、細い首筋とか、茹ったように赤く、全体的に
華奢な印象を与える小さな肩とか、着崩れたブラウスから覗く白い肌とか、赤みの差
した細い鎖骨が眼下に写る。
何処か熱を帯び、未だに残る涙の残滓と、ソレとはまた別の何かで潤んだ彼女の真紅
の瞳と視線が重なる。
揺らぐ瞳の意味は、不安か戸惑いか。それとも恐怖か。
いずれにせよ、僕はそんな彼女の心を解き解すかのようにそっと掌を重ね合わせて指
を絡める。
まるでペンみたいに細くて、けれど確かな柔らかさと熱を持つ指。
僕はそっとその指に絡める自分の指に力を篭める。
彼女も数瞬遅れて、静かに、けれど力強く握り返してくれた。
もう不安は、戸惑いは、恐怖は無くなったのだろうか。

「・・・いい?」

その答えを知るべく、僕は彼女に声を投げ掛ける。

―――答えは簡単だ。

「私は・・・何をしに来たんだっけ、ユーノ?」

彼女はそう言って悪戯っぽく微笑み、僕は可笑しくて苦笑した。
あぁ、そうだった。
今日、彼女はそういう目的で来たんだっけ。
だったら、もう互いの意思は解りきっているようなものだろうな。
そっと顔を近づければ、彼女は静かに瞼を閉じ顎を軽く上げて。

三度目の口付けは、盛りのついた獣同士が貪り合うような、酷く劣情を催す甘美で、
猥らなモノ。

僕は彼女の唇の感触を味わいながらゆっくりと、ブラウスのボタンに手をかけた。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



目覚まし時計の電子音が聞こえる。
断続的なリズムで定期的に頭の覚醒を促す、朝の音。
鬱陶しいその音の元を探って、僕はいつもみたいに手を泳がせる。
けど、今日はいつもとは違った。
手で触れたのは、プラスチックの無機質で硬い感触じゃあなくて。
柔らかくて温かい、人肌の温もりだったから。
その感触に触れるとほぼ同時に、耳障りな電子音は鳴り止む。
目を開けると、僕の手が掴んでいるのは僕のモノではない細い腕。
その僕以外の腕の先には、鳴り止んだ目覚まし時計。

―――あぁ、そうか。

「おはよう、フェイト」
「うん。おはよう、ユーノ」

腕の主に声をかければ、打てば響く鐘の如く、自然な彼女の声が返ってくる。

「起きるの、早いね」
「・・・だって、眠れなかったから」

顔を真っ赤にしてそう呟く彼女の姿は、ある意味いつも通りの格好だった。
やや皺のよったブラウスと、ブラウンのタイトスカートと、その下に穿かれた黒のス
トッキング。
唯一違うのは金の髪はストレートに降ろされたままで、いつも着けている黒いリボン
は無いことか。
普段の彼女からすれば髪に何も着けていない状態、というのはなかなか新鮮だ。
そんなコトを思っていると、ハイ、と彼女からカップを手渡された。
素直に受け取ると、中は鼻を衝く深い香りを放つ黒い液体で満たされていて。
珈琲、だった。
眠気覚まし、ということだろうか?
見れば彼女もまた何時の間にやら手にカップを持っている。

「・・・いただきます?」

半ば疑問系で、とりあえず言っておいた。
口を付ければ、確かに舌に感じるのは飲み慣れた珈琲の味だ。
少しだけ違うのは、何故かいつもより美味しく感じるということ。
―――誰かに淹れて貰った珈琲は、思えば随分と久しぶりだ。
大概自分で勝手に淹れて勝手に飲む、それが今までの僕だった。
けど今は違う。
隣には、彼女が居てくれる。
たったそれだけで、こんなにも違うモノなのか。
ちらりと視線を送れば、バッチリと重なってしまう。
彼女は恥ずかしそうに、顔をカップで隠すようにしてカップに口付けて、ちびちびと
珈琲を飲み始めて。
僕もなんだか恥ずかしくなって、カップの中身を口内に流し込む。

砂糖もミルクも入れて無いはずなのに、何処か甘い味がしたのは気のせいだろうか?

こういうのも悪くないかもしれないな、と僕はひっそりと思って、気付いたことが
あった。
そういえばこの状況、って・・・モーニングコーヒー、というやつなんだろうか。
そう考えて、余計に恥ずかしくなってきて、顔がカッと熱くなるのが分かる。

一方彼女はソレには気付いていないらしく、ちょっと悲しくなったのは内緒にしてお
こう、と思った。
そんな彼女はちびちびとカップを傾け続けていて、やがて。

「・・・やっぱり、ブラックはまだ苦手かな・・・」

そう言って、彼女は苦そうな顔をしていた。
どうやら彼女は今回ブラックに挑んだらしい。
僕はもう慣れたからなんとも思わないが、彼女はそうでも無いしなぁ。
そんなことを考えながら珈琲を啜る。
彼女はカップを置いて、いそいそと角砂糖のビンから砂糖を加えるべく蓋を開けて。

なんだかその様子が働き者の小人みたいで、とても愛らしく思えてしまう。

「・・・フェイト」
「なに、ユーノ?」

蓋を開きかけたまま、彼女は僕の声に応える。
僕はカップを置きながら、彼女を見詰めて。

「・・・僕も、貰おうかな」
「あ、うん。お砂糖?ミルク?」

彼女自ら僕に近寄ってきてくれて、砂糖とミルクの入ったビンを指すけれど。
僕は自分でも珍しく、茶目っ気タップリに、こう言った。

「キミを」
「・・・ぅえっ!?」

彼女は素っ頓狂な声を上げるけど、僕は構わず彼女を抱き寄せて、深く口付けた。
いきなりの不意打ちで、最初は硬く身を強張らせていた彼女も、やがて力を抜いてた
だ身を委ねる。

「んぅ・・・あさ、から・・・ふぁっ・・・」

口付けて、僅かな呼吸の合間に彼女は言葉を発するけれど、どうも甘い響きしか聞こ
えないのは気のせいじゃないだろう。

「フェイト」
「ぁぅ・・・な、なにぃ・・・?」

蕩けるような甘さを含んだ彼女の声。
ソレは、自分の醜い欲望を加速させるだけの起爆剤じゃなくて、暖かく胸に溶け込ん
でくる精神安定剤でもあって。
大事にしたい、守りたい、傍に居たい、キミが欲しい。
そんな感情が、言葉が胸の中で一緒にくるくると巡り回っていく。
きっと、コレが彼女に対する僕の気持ちなんだろう。
だから僕は口を開く。
精一杯の気持ちを込めて、彼女に誓うように告げる。

「大好きだよ」

たった六文字の言葉の羅列。
自覚して一日も経っていない、そんな薄っぺらい時間だけれど。
込めた思いの丈は、きっと何よりも分厚いと思いたい。

顔を真っ赤に染めた彼女も、恥ずかしそうにだったけれど。

「私も・・・」

大好き、と。

小さく呟かれた彼女の感情は、口付けた互いの口の中で、珈琲に落としたミルクみた
いに混ざって溶けた。





今日から始まる、昨日とは違う一日。

一番大切で、一番好きな、キミが居る。

今日から始まる、キミが居る未来。

さぁ、この未来、二人で一緒に往こうか。






Fate Route GOOD END



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懺悔部屋

むしろ俺の頭が超展開。
消化不良過ぎて泣けてくるぜ・・・
いろいろと設定無視してごめんなさいG-WING様。orz
とりあえず勝手に解釈したもの。
人の繋がりがもたらす出会いより引用。
・ユーノが提言した、一年で終わる事などなかった。
コレは決着がつくのに一年もいらなかった、という解釈にしておきます。
本当は一年以上かかった、という意味なんでしょうけど、それだときっとStS本編よ
り後の話になっちゃうから。
現段階では本編がどうなるかまだなんとも言えませんしね。
・男女の意味でも。
今回フェイトさんが奇行に走ってしまった切欠というか動機。(ぇ
本文中の通り、なのは、はやて、ウィニーと比べてフェイトにはユーノに対してして
あげられる特別なことが無かったから。
結局のところいいところに落ち着くコトになりましたが、他にやりようがあったので
はないかと戦々恐々しております。

あとモーニングコーヒーは確か一種の隠語だった気がする。(ぇ

さて、次は何を書くか。
長編か、司書長か、コレか。(滅





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