青年は、自分の現在の職場である艦船に戻る途中、見慣れた人影を見かけた。
長い金の髪の先を黒のリボンで結った女性だ。
凛とした雰囲気を纏いながら、彼女はゆっくりと彼との物理的距離を縮める。
やがて距離がほとんど消滅した時、互いの口から出るのは、

「久しぶり、フェイト」
「久しぶり、お兄ちゃん」

なんてことはない、兄妹の挨拶だ。
兄と呼ばれた青年は少し疲れた溜息を吐いてから、妹に言う。

「いい加減ソレは止めてくれ……恥ずかしいから」
「前も言ったけど、兄妹の間に年齢は関係ないよ、お兄ちゃん?」

兄の説得は、妹の悪戯っぽい笑顔によって無情にも却下される。
他愛もない、日常のやりとりだ。

だが青年は、其処にいつもと違う輝きを見つけた。

ソレは、

「―――フェイト、その指輪、どうしたんだ?」
「あ、えっと、コレはね?その………」

妹の指に嵌められた、一つのアクセサリー。
彼女とて年頃の女性だ。装飾品の一つや二つは別にどうということは無いだろう。
ただ、彼女が身につけている品物と、場所と、態度が青年には解せなかった。

指輪は一目見て高価な物だと分かる、貴金属だった。
銀のリングが二本、緩やかに螺旋を描いた造形。
その銀の螺旋が交差する箇所には、大粒の翠の輝きが見て取れる。
輝きの正体は言うまでも無く宝石。
一般的にはエメラルドと呼称される翠の宝石だ。

その色で連想させられるのは、何かと交友の多い悪友の魔力光。

指輪が納まっているのは、彼女の利き手とは逆である左の手。
それも薬指に、自然に嵌められている。

しっかりとサイズを測ったのか、無駄無くすっぽりと納まっている指輪。

最後に、彼女の態度。
恥ずかしそうに、されど嬉しそうにその指輪を抱く姿は、青年にある光景を思い出させる。

数年前、自分の妻となってくれた女性に指輪を贈った時とほとんど変わらない、と。

過去への回顧は一瞬。だが彼女が言葉を紡ぐには十分な間。
彼女は歓喜に溢れた、幸せそうな表情と共に告げる。

「結婚、してほしいって……」

あぁ、そうか、と青年は思う。
いつの間にか妹は大きくなったのだな、と虚ろに思った。
其処から先の言葉は―――告げられる名前は容易に予測できる。
そいつと妹が、数年前からそういう関係なのは知っているから。



そして彼女は相手の名を紡ぐ。
至福に満ちた表情で。



そして青年は相手の名を聞く。
苦悩に満ちた表情で。



「―――ユーノが」










『ユーノ×フェイト応援SS』

義兄と義妹と義弟と。











その日、珍しくハラオウンの家には家族が全員揃っていた。

内勤で多忙なはずのリンディも、艦長として駆け回るクロノもだった。
エイミィとアルフは双子たちを連れて別室にて子守りだが、話の内容は分かるよう通信は繋がっているので問題は無い。
そして最後の一人、フェイトは休暇を取り、一人の客人を連れて帰ってきていた。

リビングにある大き目のテーブルに腰掛ける影は四つ。
ベランダから覗く夕日を背に受けるのは二つで、クロノ、リンディの二人。
彼らの周りの空気はほんの少しとはいえ、堅い印象を与えるほどに張り詰めていた。

そしてその対面に腰掛けるのは二人。
フェイトと、その客人―――ユーノだった。
二人とも今にも固唾を呑み込みそうな、緊張した面持ちである。

リビングを支配するのは、緊張と沈黙。
その堅い空気を打ち破ったのは、まずリンディだった。

「―――それでフェイト、大事な話って?」

普段から使っているような、軽い雰囲気の話し方では無かったが。
声を掛けられた娘であるフェイトは、反射的に背筋を正し応答しようとするが、

「あ…その、あの…」

しどろもどろで、とてもではないが答えられるような状態ではなかった。
そんなフェイトの代わりに話を促したのは、

「僕たちの、ことです」

フェイトの隣に座っているユーノだった。
彼は机の影で、フェイトの右手を包むように握る。
その感触と温度に安堵したのか、フェイトは淡く微笑むと、

「―――私…」

ゆっくりと、言葉を紡ぎ始める。
対面の母と兄は静かに耳を傾けていて、隣の恋人に握られた手を握り返す
包むのではなく、絡めるようにして、握り返す。

フェイトは、左の薬指に嵌まっている小さな金属の感触に想いを馳せる。

ユーノは、左手から伝わる恋人の震えを抑えようと、握る手に力を籠める。

クロノは、ただ静かに妹と悪友の行く末を見守る。

リンディは、ほんの少しだけ滲む歓喜を隠しながら、娘の言葉に耳を傾ける。

「昨日…ユーノに、言われたんだ」

フェイトは握られた手から伝わる、仄かな彼の熱と僅かな汗を感じながら口を動かし続ける。

「『ずっと一緒に居て欲しい』って。それで、その…」

ゆっくりと、左手を机の上に乗せる。
彼女の細い薬指、陽光を反射して煌く銀と翠の輝きが、其処にある。

それを見て、リンディはあらまぁ、と小さく息を呑んだ。
クロノは僅かに眉を動かしただけで済ませるが、やはり表情は硬い。
母と兄のそんな反応を見て、僅かにフェイトは尻ごむ。
だが、自身の精一杯の勇気と恋人の温もりを手にフェイトは口を開くが、

「…け、けっ、あぅ…その、えと…」

大事な部分は言えていなかった。
顔を真っ赤にしてしどろもどろにうろたえる。
そんなフェイトの様子を隣から見守っていたユーノが、後を継いだ。

「―――僕とフェ…娘さんの、その…結婚を、認めてくれませんか?」

初めての状況と、呼び名とその他諸々で頬を赤く染めながら、ではあったが、ユーノは確かに言い切る。

そして訪れる沈黙。
緩やかに沈んでいく太陽を身体で感じながら、四人はただ静かにしている。

そしてやはり、というべきか。
一番初めに動いたのは、

「ユーノくん」

最年長者にして、既に一度…総合的には二度、この空気を味わったことのあるであろう母・リンディであった。
ユーノに問いを掛けるその声には、抜き身の刃のような鋭さと、砂糖菓子のような淡い優しさの相反する二つの感情が滲んでいる。

「―――はい」

名を呼ばれたユーノは、ごくりと固唾を呑んだあと、懸命に震えを抑えた声で返した。
隣のフェイトは、はらはらした、なにやら落ち着かない表情で母と恋人を眺め、対面のクロノはただただ静かにユーノに視線を向け続けている。

やがてリンディは、小さな溜息を吐く。
それに混じって吐かれたのは、娘に対する心配。
そんな不純物の抜けたあとで、リンディは、

「―――フェイトのこと、お願いね?」

とても綺麗な笑顔で、ユーノ(義息予定)に笑いかけた。
そして当事者であるユーノは、

「―――任せて下さい」

極度の緊張から脱し、無意識に弛緩した顔でリンディ(義母予定)に応えた。
その答えで安堵したのは、対面のリンディと隣のフェイト。

「うふふ…クロノに続いてフェイトまで…いつの間にか大きくなったのねぇ…」

なにやら深く感慨に浸っている様子のリンディ。

「…ふふ」

静かに微笑みながら、隣のユーノにしがみつくフェイト。
そんなフェイトの髪を梳くように撫でるユーノは、ふと違和感を感じた。

「………クロノ?」

黒髪の青年は、腕を組んで黙ったままだったのだ。
クロノ・ハラオウンを知る者ならば、まずこの状況に違和感を感じて当然だったのかもしれない。



クロノ・ハラオウンという男はユーノ・スクライアという人間が好きでは無いからだ。
対するユーノ自身も、それほど好いているわけではない。
片や大事な妹を恋人として奪った憎い男として。
片や大切な時間を奪いに来る憎らしい上司として。
互いに火花散らす関係だった。
周囲の人間は仲がいい証だと言うが、当人たちは否定している。



閑話休題。



とにもかくにも、現在の状況がユーノは解せなかった。
ユーノの考えでは、いの一番にクロノが何らかのリアクションを起こすと思っていたからだ。
そんなユーノの予想に反して、クロノは黙り込んで腕を組んだまま。
微妙な状況に気付いたのか、フェイトは不安げな瞳でユーノを見上げる。
息子の沈黙に何か思うところがあるのか、リンディは全員を静かに見守る。

既に陽はその姿を隠し、淡い月の光が世界を覆うようになっている。

そして、ついにクロノは動いた。

「ユーノ」
「―――なに?」

いきなり名を呼ばれたことにドキリとしながらもユーノは声を返す。
対するクロノは、完全に感情を隠すポーカーフェイスと声で言葉を繋ぐ。

「少し付き合え」

ガタン、と必要以上に大きな音とともにクロノは立ち上がる。
それから一切の言葉を発さずに、玄関まで歩いていく。
クロノの有無を言わさぬ強い語調に、ユーノは黙って続いた。

「ぁ…私は…」
「大丈夫。待ってて?」

もしや兄が何か危険なコトでもしでかそうとするのではないか、と思ったフェイトはユーノを止めようとする。
だがユーノは、そんなフェイトを静かに、だが強い語調で宥める。

それでもなおユーノに追いすがろうとするフェイトだったが、

「話は聞かせてもらったよ!!」
「エイミィ、キバ○シは流石に古いんじゃないかい?」

ガラッ、と引き戸を引く音と共にクロノの妻にして二児の母、エイミィ・ハラオウンとフェイトの使い魔兼家事手伝い、アルフが現れた。
………はて、このマンションは洋式建築だから引き戸は無いはずなのだが?
そんな不可思議な現象を疑問に思うフェイトだったが、

「はいはい、フェイトも少し私たちとお話しましょうか?」

リンディの涼やかな笑みと共に肩をがっしりと掴まれた。
エイミィとアルフの傍にぐいぐいと引こうとしている…つまるところ、『女の話し合い』というヤツなんだろう。

「あぁ〜、ユーノ〜!!」

なんだか悲痛な声を上げて隣の部屋へと引きずられていきそうになるのに必死で抵抗するフェイト。
…なんか強引だなぁ、とユーノは他人事思考をしつつも、

「頑張って、フェイト。僕も頑張るから」

何を、と言うフェイトの疑問は口付けで封じて、ユーノは身を翻してクロノの後に続いた。







「…案外大胆だね、ユーノくん」
「だねぇ…うん、幸せそうで何よりだー」
「まぁ、若いっていいわよねぇ?」

割と暢気な三人と、

「―――――――――きゅぅ」

恥ずかしさで気絶したフェイトが、宵闇の足音が聞こえ始める部屋に残された。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



薄暗く落ち着いた光を放つ照明、静かに流れるクラシック調の音色。
キュ、というグラスを布で拭く小気味のいい音、無言でグラスを拭い続ける初老の男性。
そして微かに香る酒精の匂い―――俗に言うバーだった。

細く、長い木製のバーカウンターに座る影は二つ。
ハニーブロンドの長髪の青年と黒髪の青年だ。

ハニーブロンドの青年は、手にしたロックグラスを弄びながら隣に問いかける。

「わざわざこんな所に連れ込まなくてもいいんじゃないか?」

問われた黒髪の青年は、琥珀色の液体の注がれたグラスを一気に煽る。
口内へと流れ込み、舌を灼くような液体を味わいながら答えた。

「うるさい。こういう時くらい付き合え」
「…まったく、不器用だなぁ、クロノ」

クロノと呼ばれた黒髪の青年は、からかうなよ、と呟きながらもう一度グラスを煽る。
カラン、とグラスの氷が渇いた音を立てた。

「マスター、もう一杯くれ。ストレートでいい」

グラスを拭き続けていたマスターは、その手を止め無言でボトルを取り出す。
ボトルに貼られたラベルシールは色褪せていて、一目で年代物だと解る。
Calvados、と銘打たれたソレをクロノのグラスに注ぐ。
半透明の氷と琥珀色の蒸留酒が混ざり合い、カラン、と氷が音を立てた。

「氷割り、って言うんじゃないのかそれ」
「細かいコトを気にするなよ、ユーノ」

些細な疑問も、クロノの一言で静まる。
そして訪れる沈黙。
クロノは質問の続きを話さず、ただ静かにグラスを傾け煽る。
ユーノと呼ばれた青年は、クロノが声を掛けるまでグラスを弄び続けた。

「―――なぁ、ユーノ」
「なんだ、そんな殊勝な声出して…お前らしくないじゃないか気持ち悪い」
「黙って聞けよ」

静かな、それでいて力強いクロノの声に、ユーノは先ほどまでの軽口を慎む。
ユーノは場を和ませようとした精一杯のジョークが足蹴にされたことに、少々むっとしてはいたがすぐに持ち直す。
ほんの僅かに顔に紅が浮かぶクロノ―――多少なりとも酔っているが、こういう時のクロノは仕事のときよりも真面目なコトがあるのをユーノは知っているからだ。

「僕はフェイトのこと、大切な妹だと思ってる」

ユーノは知っている。
過保護とも言えるような、妹に対する兄の行動を。

「あの娘には、幸せになる権利がある」

誰だってそうさ。
そんな言葉をユーノは誰にも聞こえぬよう心の内にて呟く。

「だから――――――」
「それ以上は言わなくていい」

続けようとした言葉を遮られて、クロノは眉を顰めてユーノを睨む。
そんな視線を物ともせず、ユーノは初めて己のグラスを煽った。
流れ込むのは無色透明、微かに葡萄の香りを漂わせるブランデー。
グラッパと呼ばれるそれを、一気に空にした。
自らを満たす液体を失ったグラスは、渇いた音を静かに立てる。
それに耳を傾けながら、ユーノは宣言した。

「―――幸せにするから」
「………そうか」

クロノは静かにグラスを煽った。
だが碌に味わうこともせずに、ただ飲み干す。
喉を灼く熱い液体はそのまま腹に流れ込んで体内を駆け巡る。
アルコールが身体全体にじんわりと広がっていくのをクロノは感じながら、ユーノに声を掛けた。

「信用して、いいんだな?」

再度、クロノから来る確認の言葉。
本当に過保護な奴だ、と酔いの回りかけた頭でユーノは思う。
ここまで本気で心配してくれる兄を持った彼女は、幸せ者なのだと。
だったら、とユーノは考える。

「当たり前だよ――――――義兄さん」

幸せにしてやらなきゃ、罰が当たるってものだ。
そんな思いから零れ出た、一つの呼び名は、

「―――は、嫌な義弟が出来たもんだ」

苦笑と共に受け入れられた。

クロノは感じる。
なんだか肩の荷が一つ下りたような気がするのを。

ユーノは思う。
懸念事項が一つ減ったことに安堵する。

そして二人は同時に、徐にグラスを掲げると、

「「マスター、祝い酒だ」」

同時に告げる。
マスターは黙って一番高い酒を取り出し、栓を開けた。
ただ静かに液体が流れる涼しい音が薄暗いバーに木霊する。

二人のグラスに並々と注がれたのは琥珀色。
ユーノとクロノは穏やかな笑顔で、グラスを持ち上げ、

「―――気難しい義兄に」

ユーノは宣誓する。

「―――生意気な義弟に」

クロノは宣誓する。

「そして愛する人に」
「そして愛する妹に」

二人はグラスをかち合せ、

「「乾杯」」

澄んだ音が響いて消えた。









―――――――――――――――――――――――――――――――――

懺悔部屋。

話の流れが不明な上にオチなんかありません。
ユノフェが書きたくなったんです衝動的に。
クロノを混ぜたかったんですなんとなく。
『ユーノ×フェイト応援SS』なのにクロノが出張るのは
( OWO)ナズェナンディスダディヤーナザァン!!





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