出会って十年。

捜査官としての彼女。

司書としての僕。

仕事の依頼に来る彼女。

仕事の依頼を受ける僕。

時たま顔を合わせる程度の僕と彼女。

時はゆるりと過ぎていって。

いつしか出会う度、僕と彼女は互いに惹かれ合って。

手を握って、細い身体を抱き締めて、甘美な口付けを交わして、温かい肌をも重ね
た。

僕は、それを終わらせようと思う。

いつまでも、このままじゃダメだって思ったから。



手を伸ばしたら、探してた明日に届きそうで。

それはもう指先には触れている。

違う一日。それは明日。

昨日へは決して進めないから。

眼を閉じたまま走り出せば其処は未来。

答えは何処かにきっとあるはずだから。




さぁ、未来を、答えを掴みに行こうか。







〜司書長と部隊長〜―前編―






六月三日、早朝四時五十分過ぎ。
時空管理局・本局無限書庫司書長室。


通信の呼び出し音で、目が覚めた。
通信、といっても備え付けのモニターだとか、電話とかでの連絡じゃなくてリアルタ
イムでの画面表示式の念話だ。
だから、呼び出し音なんてものは僕の頭の中でしか聞こえないから回りに迷惑はかか
らない。

すぐ近くから・・・隣から聞こえる穏やかな寝息に乱れは無い。
こんな夜も明け切らぬ朝早くにわざわざ起こすことも無いだろうし、僕は注意深く
被っていたシーツをそっと退ける。
不意に全身を駆け抜ける寒気。
それは一瞬のことだったため、特に気にせずに僕はとりあえず床で散らかっているま
まの二人分の――男女一人ずつ――衣服を尻目に通信用念話回線を繋げる。

それにしても、こんな朝早くに一体誰だ?
そんなことを寝起きのやや鈍い頭で考えつつ、僕は呼びかけに答えるため魔力を流
す。
ブン、と軽い魔力の波動と共に目の前に現れるモニターには、嫌になるほど見知った
男の顔があった。

「朝早くにすまんな、ユーノ」
「・・・お前か、クロノ」

朝早くに叩き起こしてくれたのは、ここ十年来の仕事仲間にして悪友・・・みたいな男
だった。
時間も弁えずにこんな朝っぱらから連絡が入る、なんてことはこいつから今までも
あった。

つまりは―――

「まったく・・・こんな朝っぱらから・・・一応聞くけど、今度はなんの資料が要るん
だ?」
「・・・流石にわかるか?」

僅かながら罪悪感を感じているのか、ややばつの悪そうなクロノ。
僕はもうここ数年で馴染んでしまったため特に感想も無く返す。

「何回こんなやり取りしてきたんだよ僕たち」
「・・・もう少しで百くらいか?」

割と惜しい。正確には―――

「今回ので百七回目だよ」

僕は投げやり気味に答える。
我ながら無駄に物覚えがいいものだ、こんなどうでもいい回数を数えているなんて。

そんなどうでもいいことを頭の隅で考えてから、すぐさま思考を仕事のために切り替
える。

「んー・・・それで、今回の内容はー?」

寝起き特有の、やや間延びした口調で尋ねる。
コレがもしクロノやリンディさん以外の重役さん方だったら厳罰物だろうな。
僕は正直な話、公私混同はダメ、だなんてあんまり・・・というか全く持って考えてい
ない。
きっと周りにそんなことを気にする人間が少ないせいだろうな。
その点、クロノは仕事中はやたらと厳しいのだが一度箍が外れると後は駄々甘であ
る。
昔は休暇を貰うとすぐにエイミィさん連れてどっか行ってたし。
というかお前、仕事ばっかやってないでエイミィさんと双子ちゃんにかまってやれ
よ。

そんなことを考えて、僕はクロノから仕事の話を聞くのであった。



――――――が。



「それじゃ、至急頼んだぞ」

そう言って通信を切ろうとするクロノ。
それを僕は、

「おいこらクロノ」

引き止めた。
いや、正確に言えば掴みかかりたいぐらいだったが如何せん相手は通信画面越しであ
る。
仕方なく声で―自分でも驚くぐらい不機嫌な声で―呼び止めていた。

「・・・なんだ」

面倒臭そうな、気だるげな表情で問いかけてくるクロノ。
僕は胸の奥から込み上げて来る怒りを声に滲ませ、逆に問い返す。

「明日が何の日か分かってて言ってるのか?」

僕のその問いに対してクロノは意外なことに、

「分かっているからこそ、至急頼んだ、と言っているんだ」

即答だった。
あまりにもあっけらかんとしていて。
僕はその態度を見てはぁ、と溜息を吐く。

「・・・了解、今日明日中には仕上げてクラウディアのほうに持ってくよ」
「あぁ。あと僕は行けないんでおめでとう、と言っておいてくれ」
「わかった」

ブツン、と念話を切り離す。

「・・・はぁーーー・・・」

もう一度。
我知らず、大きな溜息を吐いてしまう。
まったく、なんてタイミングで仕事持ってきてくれるんだか。
書庫の方にまだまだ仕事はたっぷりあると言うのに、追加で、しかも早急にときたも
んだ。
・・・まぁクロノも明日が何の日かちゃんと覚えているので良しとしよう。
コレは徹夜になるかもしれないな・・・正直気が重い。
誰か他に頼める人が居るなら代わって欲しいが、そうも言っていられない。

別に休みたい、ってわけじゃない。
休むだけなら簡単だ。ボイコットするなりなんなりで『休むだけ』なら誰だって出来
る。
頼まれた資料だって、今すぐに必要、ってわけじゃあないし。
でも僕はそれを良しとはしない、妙に生真面目な部分がある。
司書長などという責任のある立場なのもそうだが、
何よりもそんなサボりまでして会いに行っても彼女は気を悪くするだろうから。

まぁ、会いに行く、という表現は少々おかしいかもしれない。
だって、彼女は今此処に居るんだから。
そう思って、勝手に苦笑しつつ、僕はベッドに目を向ける。

穏やかな、あどけない表情で安らかに眠る彼女。
とてもじゃないが、昨晩淫らに乱れ、餓えた獣のように貪欲に僕を求めていたオンナ
の姿とは重ならない。
でも、それもやっぱり彼女の一つの姿である。

―――そういえば、彼女と肌を重ねたのはもう幾度目だろうか。
クロノから頼まれた仕事の数、なんてくだらないことを覚えておきながら、
大切な彼女との夜を過ごした回数を覚えていないなんて、我ながら呆れたものだ。

なんとなく、申し訳なくなって。
ソレを誤魔化すように彼女の髪をそっと撫でてやる。
何の抵抗も無くさらさらと僕の掌を髪が滑っていく感触が心地よい。
僕は何度も何度も、飽きる事無くその行為を繰り返す。

やがて。

「ん・・・ゆーのくん・・・?」

・・・どうやら起こしてしまったらしい。

もぞもぞ、とベッドの上でもぞもぞと動く伸びやかな肢体。
背は同年代の女性と比べても小柄な方である彼女だが、すらりとした手足や程よく膨
らんでいる・・・その、女性特有の部分は酷く優美だ。
肩口までの長さの茶髪は、さらさらと零れ落ちる砂のように大きな枕へ落ちている。

いつも付けている赤と黄の髪留めはサイドボードの上だ。
普段、髪留めを付けている彼女は仕事として、一部隊の隊長として時に厳しく、時に
優しく接するとても良い上官だと、幼馴染から聞いた。
そんな彼女が髪留めを付けずに、プライベートで、年相応の女性として接してくれ
る。
髪留め一つ・・・いや二つか。付けていないだけで彼女は、僕に無邪気に笑いかけてく
れて、甘えてくれて。たったそれだけでたまらない幸福感を僕に与えてくれる。
身体を動かしたせいか、彼女に覆い被せるようにしてあった厚手のシーツがハラリと
滑り落ちた。
そして、雪のように白い透き通った肌が惜しげも無く外気に曝される。
その白に対するアクセントのように、首元や首筋といった辺りに浮かぶ赤い痕は僕が
昨晩に刻んだ証。
赤と白という相反するかのような色合いは、何処か扇情的で、背徳的ですらある。
衣類は一切身につけず、生まれたままの、あるがままの姿で彼女はゆっくりと上半身
を起こした。
やや眠た気にシパシパと空色の瞳を瞬かせるその姿を愛しく感じながら、僕は彼女の
名を万感の想いを込めて呼ぶんだ。

「おはよう、はやて」
「ん・・・おはようございました・・・」

・・・どうやら少々寝惚けているらしい。
そんな日本語は無いだろう、と思う。何処のオレンジか。

「眠いならまだ寝ていたら?まだ五時になったばかりだし」
「んー・・・私今日は早朝出勤やからちょーどええくらいやなー・・・」

いや、そんな眠たそうな声で言われても。
自然に口元が緩んで笑いそうになる。それを堪えて、僕は簡易キッチンの冷蔵庫から
よく冷えた缶コーヒーを取り出す。
未だにベッドで上半身を起こしたまま振り子のようにふらふらと揺れている彼女。
眼も半分閉じかけていて、しばらく放っておけばまた眠りに落ちるんだろうな、と微
笑ましく思いつつ、
同時にもしかしたら怒られるかもなぁ、とちょっとした罪悪感を覚えつつ、僕は彼女
の首筋にキンキンに冷えた缶をぴたりと当てた。

途端。

「ひゃうんっ!?」

などという、普段なら滅多に聞けないだろう可愛らしい声を上げる彼女。
いやまぁ昨晩はもっとイイ声で啼いていたんだけれども。
さっき寝惚けつつも言っていた『早朝出勤』が本当なら起こして上げないとダメか
な、と思ってこうしたのだが。
彼女は何が起こったのか、状況把握のために辺りを素早く見渡すようにして首を振
り、僕の手にある缶コーヒーを睨む。
・・・これは目が覚めた、と見ていいよね。

「おはよう、はやて」

もう一度、彼女に朝の挨拶を。
当の彼女はぶすっとした、不機嫌そうな表情で僕とコーヒーを睨んでくる。
そんな表情ですら『可愛い』と思ってしまっている僕は本当に、恥ずかしいぐらいに
彼女のことが好きなんだな、と今現在の状況ではさして関係の無いことを思った。

「・・・ユーノくん、そういうのは感心せえへんよ?」

頬を膨らませて抗議するかのように彼女は言う。
うん、口調も視線もはっきりしてるから、ちゃんと起きたみたいでなによりだ。
彼女はコーヒーを僕の手と一緒に両手で包むように握り締める。

「ははは・・・でも目は覚めたでしょ?」
「ぅー・・・それはそうやけど・・・」

そう言って彼女は僕の手からコーヒーだけを抜き去ってサイドボードに置き去りにす
る。
当たり前のように僕の手は握ったままだ。
彼女の細くて綺麗な指が僕の手を絡めるように握ってくる。

「もうちょっと、このままでもええ?」

ユーノくんの手、温かくて好きやし。

なんて、可愛らしく小首を傾げて言われたらそうするしか無いよね?
というか、正直な話だけど、彼女は身体にまだ何も着ていなくて。
その、なんというかですね。
・・・流石の僕にも我慢の限界ってものがあるんですよ。
正直朝っぱらから彼女に欲情しているだなんて、我ながら堕ちたモノだと思うけど。

絡めた指から伝わる仄かな温かさと、柔らかな感触を僕は全て感じたくて。
不意打ち気味に、彼女を抱き寄せた。

「わっ・・・!」

彼女は一瞬だけ驚いたような声を上げたけど、僕が抱き締めた腕に力を籠めると彼女
は力を抜いてされるがままになる。
僕の身体に触れている、彼女の身体。
人間の肉体の構成物質は変わらないのに、彼女はどうしてこうも柔らかいのか。
そして温かいその人肌の温度は、触れているだけでとても落ち着く。
さらさらした髪から香るのは、彼女自身の甘い匂いと、汗に混じる微かな情事の残り
香。
まぁそれは僕も同じだろうな。昨日はそのまま眠ってしまったし。

「ふふ・・・ユーノくん、ちょっとえっちな匂いするな」

案の定、彼女に言われてしまった。
まぁでも、こういう時に返す言葉は決まってる。
それほど、僕は彼女を識っている。
彼女の弱い部分とか、気持ちいいところとか、シテ欲しい行動なんて目を瞑っていて
も解るほどに。

「お互い様だろう?昨日は誰かさんが激しかったからね?」

途端に顔を赤くして俯いてしまうはやて。
昨夜は何時にも増して激しかったのは、自覚しているらしい。
こうして行為をする機会どころか逢う機会自体が少なくなっているのだ。その少ない
機会に恵まれたときぐらい、箍が外れても仕方あるまい。
・・・・・・いやまぁそれは僕にも言えることなのだが。
思わず喉の奥から笑いが零れてしまいそうで、それを堪えつつも僕は彼女を抱き締め
続ける。
彼女もまた、赤い顔で俯いたまま背中に回した腕に力を籠めてきつく抱きついてく
る。
口付けも、愛撫もしない。ただ抱き合っているだけ。
それでも確かな幸せに包まれて、時間はゆるりと流れていく。

ややあって、ポツリと彼女は呟いた。

「・・・お風呂、入ろ?」

彼女の顔は真っ赤なままだ。
わざわざ疑問系で聞いているんだ。
ナニをしたいのか解るし、聞かなくても解ってしまう。
僕はくすり、と笑ってから無言で彼女の背中と膝裏に腕を通して抱き上げる。
彼女もまた微笑んでから、僕の首に細い腕を回してぎゅっと抱きついてくる。
俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。はやてに聞いた。
抱き上げた彼女の身体は柔らかくて軽い。
そのまま彼女を伴って浴室に続くドアを僕は開く。



―――まぁ、なんだ。ごちそうさまでした、とだけ言っておこう。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――



六月三日朝七時。
機動六課隊舎・特別訓練施設前にて。



「今日と明日の訓練はお休みです」
「「「「・・・は?」」」」

わたしの前には間抜けな表情をしたスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人組。
隣には、苦笑しているフェイトちゃん、ヴィータちゃん、シグナムさんの三人。
まぁいつもの早朝訓練と同じ時間に召集かければ誰だって勘違いはするんだろうけ
ど、今回は違う。

「あの、なんでです?」

いち早く復活したらしいティアナが疑問の声を投げかけてくる。
それに答えたのはわたしではなく、ヴィータちゃんだった。

「明日ははやて・・・八神部隊長の誕生日だからな。今日はその準備だ」

ぶっきらぼうに、けれど確かな喜色を声に滲ませて言う我らが副隊長。

「ちなみに、お前たちにも手伝ってもらうぞ?」

ついでとばかりに言い足すのはシグナムさん。
彼女もまた静かに微笑を浮かべている。

「え?え?」

未だに状況を理解できていないのか、スバルはやたらと焦った声を上げている。
エリオとキャロははぁ、と流されるままに納得していた。

「今回は六課設立記念も兼ねてるみたいなモノだから、盛大にやろうってことで全員
グルだよ」

珍しく悪戯っぽい微笑みを浮かべるフェイトちゃん。
かく言うわたしも、自分で頬が緩んでいるのが分かる。
そういえばこの誕生会、毎年やってきた年中行事に近くなっている。
以前からの知り合いは、けっこう参加していたこともある。
六課の人間も例外ではない。ヴァイス陸曹やシャーリーは参加経験があるし。

「さて、此処で問題です」

唐突なまでな勢いだと思うが、話を切り替えるにはちょうどいいだろう。
わたしはそう思って、目の前でポカンとしている四人に問いかける。

「みんなは誕生日といえば、何を連想するかな?」

四人組は沈黙、そしてきっかり三秒後。

「・・・ケーキとか、ですか?」

意外なことに一番手はエリオだった。
いや、意外なのは答えた人物ではなく出てきた単語だったのだが。
男の子であるエリオが誕生日といえば?と聞かれて「ケーキ」と答えるのが妙な
ギャップを感じる。
まぁ大方フェイトちゃんがやっていたのだろうが。
ちらりと隣を見てみると、やはり思い当たる節があるのかフェイトちゃんは苦笑いを
浮かべている。
でもまぁ、とりあえずは。

「正解、だけどそれだけじゃあ半分かな?」

とわたしは言い、もうこのまま答え出しちゃおうかと思ったら。

「あ、プレゼントですか?」

間髪入れずにキャロが答えてくれた。
うん、こんなところでもコンビネーション発揮かぁ、いいなぁ。微笑ましい。

「そ、ケーキとプレゼント。この二つが正解かな?」

定番はこの二つだろうね。突き詰めるなら料理とかもあるんだろうけど、
今回はこの二つで決まりだ。八神家一同ではもう鉄板と言ってもいい。

だが。

「・・・あの、もしかしてなのはさん?」

スバルが弱弱しく挙手をしていた。珍しい。
活発な彼女のこんな姿は滅多に見ないものだが。

「ん?なにかなスバル?」

スバルはなにやらおどおどしていて、静かに疑問を呟いた。

「・・・あたしたちがケーキ、作るんですか?」

やや不安げな表情のスバル。
そんなに自信が無いのだろうか、慣れれば意外に簡単だし、面白いんだけどなぁ。
けどまぁ今回は彼女らが作ることは無い。何故なら。

「残念、ケーキはわたしたち隊長と副隊長が担当です」

喫茶翠屋の二代目を嘗めてもらっては困る。
こっちはお母さんから免許皆伝まで貰っているのだ。
仮にスバルたちがお菓子作りが上手くても負けてられない。

「じゃあプレゼントですか?」

スバルが何処かほっとしたような表情で言う。
そんなにケーキを作るのがいやだったのだろうか・・・?
わたしはなんとなく今度一緒に作ってみようかな、と思ったけど、まずははやてちゃ
んの誕生日パーティーの方が先決だよね。

「そうだね」
「・・・何を贈ればいいんでしょうか・・・?」

今度はキャロが不安そうな、自信無さげな表情で呟く。
キャロの呟きに答えたのはわたしでは無くて。

「そういうのはね?気持ちが篭っていればいいんだよ」

フェイトちゃんだった。

「気持ち、ですか?」

心底不思議そうな声で、キャロが声を上げる。
その様子をフェイトちゃんは微笑ましげに眺めているのを見て、わたしはその疑問に
答えて上げる。

「そ、気持ち。言葉や物は気持ちを篭める事で初めてその意味を得るから。だから」


後の言葉は、わたしが言う前に。

「気持ちを・・・想いを届けるのと一緒に、プレゼントを贈るんだ」

フェイトちゃんが継いで、そう締め括る。
わたしと眼が合うと、フェイトちゃんは嬉しそうに、懐かしそうに微笑んで。
あは、ちょっぴり頬が赤いなぁフェイトちゃん。

まぁそんなこんなで。

「今日は訓練をお休みにして、みんなではやてちゃんへのプレゼントを選びに行きま
す!」
「あとケーキの材料だな」

まずは涎を拭こうね?食い意地丸出しだよ、ヴィータちゃん。








六月三日午後十二時過ぎ。
機動六課・食堂にて。


私は出勤早々から午前中一杯、リインと一緒に書類の整理に追われていた。
分かってはおったんやけど、この量は流石にもう少し何とかして欲しい、と思いつつ
ただひたすらに書類にサインを書いて回って午前中はあっけなく過ぎ去ったのだ。
そんでまぁちょうどええしごはんでも食べよか、ということで食堂に来たんやけども
・・・いまいち食欲が湧かない。
確かに空腹を感じてはいるんやけど、それと同時に奇妙な満腹感というか、こうお腹
に何かが詰まっているような不思議な感覚のせいで食が遅々として進まない。
子供が嫌いなものを最後の最後に嫌そうに食べるみたいに、本当にちょびっとづつ口
へと運ぶ。
料理は最初の頃よりも生暖かくなってきているというのに、まだ半分以上残ってい
る。
これじゃあ折角頼んだのに料理をダメにしてしまいそうやなぁ。

「はやてちゃん…大丈夫ですか?」

リインの心配そうな声が私の耳に届く。
朝食の時も同じように食欲が湧かなかったんやけど、まぁそれは一応置いとこか。
・・・なんでかって?いやそれはまぁ・・・その、朝の運動の所為・・・?
話によると人間の快楽中枢と満腹中枢は互いにとても近い神経系統をしていて片方が
充たされるともう片方は欲求が薄まるらしい。

やのうて。

兎にも角にも、私はリインに余計な心配かけへんように、例え強がりでもやせ我慢で
も、心配はいらへんよ、と返事をしようとして。


まさにその瞬間だった。


不意に、強烈な眩暈と頭痛に襲われたのは。


「・・・あ、れ?」

眩暈の所為で頭がくらくらして、景色がぐるぐる回っとる。
頭痛はまるで内側からハンマーで殴りつけたようにガツンと響いていて。
次第に込み上げて来るのは、胸の奥から湧き上がる曖昧な、けれど不快なもやもや。

やがてそれは、嘔吐感という明確なモノへと変化して喉を競り上がって来る。
咄嗟に口元を抑えてみたけど、結局あっけなくさっきまで咀嚼していたモノを吐き出
してしまう。

「はやてちゃん!?」

耳に響く煩いくらいに大きな、甲高いリインの声と、口の中に広がる酸っぱい味と鼻
に衝くつんとした臭い。
ふと顔を上げた先には、涙目でこちらを見つめてくるリインの姿があったのを見たの
が、私の意識が途切れる直前の記憶やった。








六月三日午後二時過ぎ。
本局無限書庫にて。



「ユーノ司書長」

クロノから頼まれた資料の方は思ったよりも早く片付きそうだと感じ、ちょいと休憩
でも入れようかと思っていた時に、その声は掛けられた。
聞き覚えのある司書の一人の声。僕は声が聞こえた方を振り返って声を返す。

「なにかな?」

彼は今や仕事場に置いての僕の右腕とも言える男性だ。
時に僕が学会とかで不在の時は彼が指揮を執って仕事をこなす。
僕と同じく魔導師としては補助特化型で、中でも魔法の複数同時展開が得意らしい。

その複数展開を利用して彼は幾つ物の資料を同時に検索に掛けられるため、書庫に
とって有能な人材だ。
歳は僕よりも上で今年で二十五になるらしい。お嫁さんが居るので毎日ちゃんと定時
には帰ってあげている模様。
そのせいでたまに他の人の残業が増えてしまうことが極稀にあるのだが、彼生来の人
の良さ故か、しょうがないなぁ、という気になってしまう不思議な男性だ。
僕よりも年上にも関わらず敬語で接してくれるのだが、
彼曰く『尊敬できる人間は例え子供であろうと尊敬します。逆にどれだけ偉くても尊
敬に値しない人間に敬意を払う気はありません』だそうだ。
これはつまり、僕は認められている、ということでいいのだろうか?

閑話休題。

そんな彼だが、なにやら厳しげな、まるでこれから勝負でもするような、そんな真剣
な表情で立っていた。
一体どうしたというのだろうか。
やがて彼は、ゆっくりと一言一言を噛み砕くようにして言ったのだ。

「大変申し上げ難いのですけど・・・これから帰らせてもらってもよろしいでしょう
か?」

と。
僕は内心、なんだそんなことか。と思った。
わざわざ僕に確認を取らなくても、此処は与えられたノルマさえこなしておいてくれ
れば特に問題は無いのだし。

「別に構いませんよ、ノルマが終わっているなら問題無しですから」

だから僕は笑顔で彼に告げる。
それを聞いて彼は、見るからに嬉しそうな、ほっとした表情をして微笑んだ。

「ありがとうございます、ユーノ司書長」

「いえいえ、お礼なんて言われるようなことでは無いですから」

けど、気になることはある。
なんで今なのか、そんなことなら休みを取っておけばいいだろうと思ったのだが。

「実は今日の午後から妻と出かける予定だったんです。けど、俺は昨日のノルマ少し
残ってたんで今日まで長引いちゃって・・・」

あぁ、なるほど。
それでノルマが終わったから今から上がるのか。
だとすると、なにかあるのだろうな、個人的なモノが。

「今日は記念日かなにかですか?」

そう聞くと、彼は子供のように無邪気に笑って。

「ええ、結婚記念日なんですよ」

本当に嬉しそうに言ったのだった。
照れくさそうに左手で頭を掻いている彼。
その手の薬指には、シンプルなシルバーリングに、一粒のダイヤモンドをあしらった
指輪が燦然と輝いている。


結婚、か・・・


不意に脳裏を彼女の姿が過ぎったが、すぐさまソレを打ち消す。
今は仕事中だ。公私混同は気にしないが彼女のことを考えると仕事が手に付かなくな
ることは目に見えている。
そんな僕の様子を傍から見ていた彼は、珍しく意地悪い笑みを浮かべると、

「そういえば、明日は八神二佐の誕生日でしたっけ?」

唐突にそんなことを言い出した。
僕はいきなり関係の無い―いや、あると言ったらあるんだが―話を振られて、半ば反
射的に返す。

「え?あぁ、まぁそうですけど・・・」

そして、しばし沈黙する僕ら。
周りにはせっせと仕事に精を出す司書の皆様方。
僕らには注意を向けていない。
やがて彼は僕の耳元に顔を近づけて、ボソリと呟く。

「・・・ユーノ司書長」

「・・・なんですか?」

なにやら不穏な空気を感じるんですけど。
そう考えた時には既に手遅れだった。

「試しに指輪でも贈ってみたらどうです?」

そう言って、悪戯小僧みたいな何処か憎めない表情を浮かべる彼。
僕は、彼の言った言葉が思ったよりも心の奥底に突き刺さったせいで、反論したくて
も上手く口が動かなかった。
陸に上がった魚のように口をパクパクと動かす間抜けな僕。
そんな姿を尻目に、彼は軽快な動作で書庫を出て行くのであった。

「・・・・・・」

ぐぅの音も出ないとはこのことなのだろうか。
きっと今の僕の顔はさぞ間抜けで、真っ赤に違いない。
周りは我関せずと言った様子で各自が仕事に没頭しているのが救いと言えば救いだっ
たかもしれないが。

なんとなく、自分の左手をじっと見つめてみる。
他の男に比べて、細くて頼りない手。
けれど、彼女はこの手が好きだと言ってくれた。
気のせいかもしれないと思うけれど、
今朝触れた彼女の温かな熱が、小さな掌の感触が、綺麗な指の細さが、自分の掌に
蘇ったような気がして。



―――僕は、覚悟を決めた。



「ちょっと出てくる」

たまたま近くを通りかかった司書の一人に返事も聞かずに告げて、僕は街へと繰り出
した。






続く。







懺悔部屋

はやてさん誕生日記念。

ユノはやで無謀にも前後編。
思ったよりも長くなってしまいそうだったのでついやってしまった。
これで後編が短かったら手直しします。

ちなみに#4とはパラレル設定。
というか俺の作品は大体全部独立したパラレル設定。(滅





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