六月四日。

この日は、私にとって忘れることなんかありえないほど大切な日や。

私の誕生日で。

守護騎士たちと出会った日で。






今年は―――彼との大切な記念日になった。







〜司書長と部隊長〜―後編―







六月三日午後三時。
首都クラナガン市街地。



休日の街中で、まるで砂糖に群がる蟻のような数の人々の雑踏の中。
買い物を楽しむ七人の少女と一人の少年の姿がある。
言わずもがな、機動六課前線メンバーズである。

「やっぱり苺のケーキだろ。常識的に考えて」
「うーん・・・確かにそうなんだけど・・・もう一押し欲しいかなぁ?」
「じゃあ、アレだ。でかくしよう。こう、デーンと」
「いや、どんなのかちゃんと言ってくれないと・・・」

なのはは隣を歩くヴィータと明日作るケーキについて議論を交わし、

「とりあえず、ホールのほうで立食パーティーという案が出ているんだが・・・どう思
う?」
「大丈夫だと思いますよ?ホールなら万が一の時でもすぐ動けるでしょうし」
「あとは・・・酒は一切禁止だろうな」
「でしょうね・・・お休み、ってわけじゃないですし」

フェイトはシグナムと明日の段取りについて相談をしていて、
スバルとティアナ、エリオとキャロの四人は、自分たちなりに『どんなプレゼントを
贈るか』を考えていた。

「やっぱりさ、仕事中でも使えるモノがいいのかな?」

とスバル。
機動六課はほとんど二十四時間勤務の場であるから、休みでも取らなければプライ
ベートや暇な時間も無いのが現状で、ましてや八神はやては六課のトップであるから
して滅多なことでは休まない。
こうなると必然的に仕事時間のほうが多くなるため、どうせ使えるモノなら仕事中で
も有効活用できるモノがいいと考えたのだろう。

「たとえば?」

そう返したのはティアナ。
先ほどから何かいいモノは無いかと辺りを見回していたが、スバルのその言葉にしっ
かり反応しているあたり、面倒見がいいのだろうか。
それともただ単にスバルが放っておけないのか、それは本人のみが知る。

「んー・・・デバイスのパーツとか?」

再びスバルが答える。
だがその意見に応えたのは、

「八神部隊長ってあんまりデバイス使う機会が無いからそれはどうかと思いますけど
・・・」

エリオである。
彼の言う通り、八神はやては前線に立つことはまず無い。
そのため、デバイス云々のモノは結局使う機会が無いのと一緒だという考え故だっ
た。
そして彼は続けて、

「あえて仕事場だけでは無くて、休日にも使えるモノを選んでみるのはどうです
か?」

一理ある意見である。
一口にプレゼントと言っても、やはり相手の立場や現状を考えて、その上でより良い
モノを贈りたい。
仕事場だけで限定してしまうと、途端に選択肢は少なくなってしまう。
だからエリオの提案は、至極あっさりと受諾され、その上でさらに話し合いは続く。


そして。

「あ、じゃあ時計とかどうでしょうか?」

キャロが物の試しとばかりに言ってみて―確かに八神はやては多忙なため、いろいろ
と時間を気にする機会も多いだろうから、時計はいい選択だと言える―、みんなはま
た考え込む。
ややあって、ティアナが。

「時計かぁ・・・いいかもしれないわね」

太鼓判を押すような、満足げな声で呟いた。
周りのみんなもまた、似たような声でうんうんと頷いていて。
四人ともが、笑顔で居た。

「いいのが見つかるかな・・・?」

どうやらプレゼントは時計に決定した模様である。
それじゃああとはどんなデザインのモノが良いとか、何処のメーカーのモノが良いと
か。
そんな話をしていた。


そんな時である。


「・・・あれ?」

ふと、キャロの視界の端に過ぎった影があった。
フレームの大きな眼鏡、腰ほどまでの長さの蜂蜜色の髪をリボンで結った、女の子み
たいな顔立ちの男性の姿がちらりと見えた気がしたのだ。
それはほんの一瞬のことで、瞬きをした次の瞬間にはもうそこには男性の姿は無かっ
たが。

「キャロ?どうかした?」

急に立ち止まったキャロのことを、少し前のほうを歩いていた―いや、キャロが遅れ
ていたのか―エリオが振り返り訝しげな表情で見つめてくる。
エリオの声で我に帰ったのか、キャロはやや早口気味に言葉を返す。

「あ、ううん。多分気のせいだったから」
「・・・そう?」

そうして、二人は歩調を合わせて歩き出す。
前で楽しそうに話す優しいひとたちに追いつくように。
隣にエリオの存在を感じながら、キャロは歩く。そして同時に思考する。

(・・・さっきの・・・ユーノ先生?)

今はもう雑踏に紛れて影も見えないが、蜂蜜色の長い髪とリボンが風で翻った気がし
た。

(でも・・・なんであんなお店に?)

もう一度振り返ったその視線の先には、一枚の看板が見える。

それには、流麗な筆記体で『jewelry』と記されていた。








六月三日午後三時。
首都クラナガン市街地。


「ありがとうございましたー!」

そんな女性店員の声を背に受けながら、僕はその店を出た。

以前までの僕なら、こんなお店には一生縁の無かっただろうな。
もしかしたら僕は今、夢でも見ていて、起きたら隣には誰も居なくて、一人きりで本
でも読んでいるのかもしれない。
けれど今、僕はズボンのポケットの中に収まっている掌に乗るほどの小さくて硬い、
確かな感触を得ていて、コレが現実であることを実感している。
そのことは僕に安心感を与えてくれているが、同時に不安も孕んでいる。


もしかしたら、彼女は。


もしものこと、なんて常々考えないようにしてきた僕だが、今回ばかりは考えてしま
う。


もしも受けてもらえたなら。


もしも受けてもらえなかったら。


自分はこれからの日々をどう過ごしていくのだろうか?

楽しく笑って過ごせるのだろうか?

哀しく泣きながら過ごすんだろうか?

それほどまで、自分はポジティブに、或いはネガティブに考えているのだろう。

でも、まぁ。


明日、決着を着けるとしようか。
話はそれからだ。


僕は、雑踏に紛れて管理局へ、自分の仕事場へと戻っていく。



途中で、こちらを見つめる小さな少女の姿に僕はついに気付かなかった。








六月三日午後四時。
機動六課・医務室。

「ぅ・・・ん・・・?」

私は、何処か懐かしい消毒液の臭いを感じ、まるで鉛のように重く感じる瞼をゆるゆ
ると開けることで目を覚ました。
消毒液の胸を梳くようなすっとした臭い、清潔感を醸し出している白いシーツやベッ
ドなどの寝具、周りに置いてある様々な小物類は見ていると心が安らぐような可愛ら
しい物が多く置かれて居て。

此処は紛れも無く六課の医務室やった。

・・・はて、何故私はこんな所で眠っとったんやろうか。
そういえば今朝、彼の部屋から出る時ぐらいには身体がちょいだるいなぁ、
とは思ってたけど・・・そん時は・・・まぁ、なんや。朝っぱらからちょっとがっつき過ぎ
ただけかも、と思っとったんやけども。
もしかして予想以上に体力使い過ぎて倒れてもうたんやろか。
そんなことを考えとったら、じゃっ、と必要以上に大きな音と動きで、ベッド横の敷
居用カーテンが開かれた。

「はやてちゃん!大丈夫ですか!?」
「ひゃ!?」

思わぬ闖入者に、私は反射的に声をあげてしまったけれど、その声は聞き覚えが有り
過ぎて。
というか我が家の末っ子にして六課の癒しマスコットとなりつつあるリインなんやけ
れども。
その姿に私は思わず安堵の溜息を吐いた。

「リイン、あんまびっくりさせんといてな・・・?」
「あ、ごめんなさいです」

素直にペコリと頭を下げるあたりが可愛くてたまらんなぁ、などと益体も無いことを
考える私。

いやいやそうやなくてやな。

「私、なんで医務室で寝とんのや?」
「・・・覚えてないですか?」

心配げなリインの声。心なしか瞳に涙が浮かんで見える。
えーっと、確か私は食堂で・・・
む、ご飯食べてる途中からの記憶が無いんやけど・・・

「えーっと・・・お昼食べてる途中で・・・」

あとの言葉はリインが―ちょい嫌そうな声で―継いでくれた。

「突然げーってしちゃってから寝ちゃったですよ」

うっわ、勿体無いなぁ私。
・・・いやいやそうやないよなぁ、この場合。
いきなりご飯戻した挙句に気絶?
どう考えても健康なモノや無いやろコレ。
確かに、今私自身は身体に鉛でも乗っかったような、いつもよりも身体を重く感じて
いるし、
メンタル面でも・・・ちょい変な気分や。
自分の中でナニカがぐるぐる回っているいるような、もやもやした曖昧な感覚を絶え
ず感じている。
軽く手で押さえられたような、微妙な圧迫感を腹部の内側から感じて。
私はこの感覚によく似たモノは毎月感じとるんやけど、それとはまた別の、けれどと
てもよく似た感覚。
私はこの未知の感覚について、いろいろと考えを巡らせて―或いは持て余していた―
その時。

「起きましたか、はやてちゃん?」
「シャマル?」

リインの後ろからひょっこり出てきたのはシャマルやった。
考えてみれば医務室はシャマルのホームグラウンドやし、おっても不思議や無いな。


「リインちゃん、そろそろお仕事に戻ったらどう?」

やんわりと告げるシャマル。
・・・はて?なんか変な感じがする。
なんやシャマル、リインを追い出そうとしてるような・・・?

「でもはやてちゃんが・・・」

リインはそんなことを思っていないのか、ただ純粋に私の身を案じてくれてる。
うん、つくづく思うけどやっぱめっちゃええ娘やなぁリインは。

「大丈夫よ、しばらく安静にしていたら大丈夫だから。ね?」
「・・・はいです・・・」

ふよふよと力無く浮遊するリイン。
なんか罪悪感を感じるなぁ、あの姿。
私とシャマルは、その姿を黙って見送る。
そのままドアを抜けて、リインの姿が見えなくなった。

そして沈黙。
静かな、呼吸の音さえ聞こえそうなくらい静かな数秒間。
やがてシャマルは私の方を振り返って。
いつものシャマルらしくない、厳格さの滲んだ瞳と視線が重なる。

「ちょっと、お知らせしたいことがあります」

さっきまでの、いつもののほほんとした口調から一変して、
任務中みたいな、厳しさが混じったマジな声。
そんなシャマルの様子に私は知らず知らずのうちに、ごくりと唾を飲み込んでた。

「・・・どうしたんや?」

私もまた、さっきまでの家族に対する無防備な口調を改め、
上官として部下に対する仕事の声で返す。

そして、シャマルの口から告げられたのは――――――





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「・・・それ、ほんまに、なんか・・・?」

震える自分の声。
シャマルの言うお知らせの内容が、まるで他人事のように聞こえる。
けれど、実際にはその知らせの内容は私自身のことで、かなり戸惑ってる。

「はい。詳しい事までは専門外ですからわかりませんけど、コレだけは確固たる事実
です」

シャマルは私の精神を揺さぶるその事実を突きつけるかのように、きっぱりと言い放
つ。

「そっか・・・」

力の無い声が、私の口から漏れ出る。
けれど、その声には悲壮感なんか微塵もあらへん。
それどころか、口元が笑みの形に緩んでるのが自分でも分かる。
当たり前やな。確かに知らされたソレは驚いて、戸惑うことやったけど、
同時に喜ぶべきコトでもあったんやから。

「みんなには、どうするんです?いつかは報せないと駄目ですけど・・・」

・・・微妙にそわそわしとんな、シャマル。
まぁ気持ちはわからんでも無いんやけど、一応当事者は私なんやけどな?
それにしても、確かにみんなに伝えるんはちょい勇気いるかもなぁ、コレは。

「うん・・・せやけどな」

そう、確かにみんなに伝えることは必要や。

けどな?

「まずは、一番に報せやなあかん人が居るやろ?」
「・・・それもそうですね」

そう言って、シャマルは優しい微笑みを浮かべて。
私も自然と微笑みを浮かべていた。



さて、これを聞いて彼はどう思ってくれるんやろうか?










六月三日午後四時半。
時空管理局・本局無限書庫。



「ただいまー」
「おかえりなさーい・・・って何処行ってたんですか司書長?」
「ちょっと野暮用でね」

まるで遊び盛りの子供が帰宅したかのような、そんなアットホームな会話をしている
僕。
つくづく此処は異質な仕事場である。いや多分原因は僕なんだろうけども。
まぁどれだけアットホームだろうが、仕事場は仕事場だ。
切り替えは必要である。

「仕事のほうはどうなってます?」
「司書長宛に特務が一つ追加で着ました」

司書長として問いただせば、すぐに返ってくる司書の答え。
それにしても、特務か。
まぁこのタイミングでやってきそうな奴と言えば。

「・・・クロノか」

しか居ないだろう。
おおかた今朝の内容についての追記だとかその辺だろう。

「御名答。まぁでも補足みたいな内容でしたし、司書長なら大丈夫でしょう?」
「言ってくれるね。・・・まぁいい、データ回してくれる?」
「了解です」

そうしてバンクへと転送されてくるデータ。
確かに予想通り、そして言われたとおり、今朝の内容にちょっと追加できたぐらい
か。
コレなら今日中には仕上げられるだろうな。
よし、それじゃあやりますか――――――


そう思った瞬間である。


ズボンのポケットの中で、微かな振動を感じた。
取り出してみると、それはこの十年ですっかり使い込まれボロボロになった時代遅れ
の旧式携帯電話。
といってもそれは外見だけで実際中身のほうは十分・・・いや十二分に使える優れもの
だが。
それはともかく。
どうやら電話がかかってきた模様。
サブディスプレイを見てみると、其処には見知った『ヤガミハヤテ』の名前表示。
それを確認するやいなや、僕は淀みない動作で携帯を開き通話ボタンを押していた。


「もしもし?」
『あ、ユーノくん?今ええかな?』

いいもなにも、いいに決まっている。
そう心のなかで思って、僕は彼女に、いいよ、とすぐさま返答して。
けれど彼女は少しだけ言い出しにくそうに黙っていて。
やがて恥ずかしそうに、呟くようにして、彼女は言う。

『ちょっと話があるんやけど・・・』

その言葉を聴いた時、僕はちょうどいい、と思った。
僕自身も、彼女に話があったから。

伝えたいコトがあったから。

「僕も、いいかな?少し話があるんだ」
『・・・うん。えっと、お先にどうぞ?』

やや間を空けて返答をしてくれた彼女の声には僅かに弾んだ色を感じて。
僕は無意識に高鳴る鼓動を感じながら、彼女に伝えるべき言葉を頭の中で練り直す。

けれど思いのほか、僕は混乱していて。
ドクドクと脈打つ鼓動が酷く鬱陶しく感じる。
どう伝えようか、電話で伝えていいモノなんだろうか、いきなり言っても大丈夫だろ
うか、やはり大切なことは直接言うべきでは無いだろうか。
そんなネガティブな思考ばかりに頭の中が染められていって。
僕自身もまた、アレは衝動のまま買ってしまったことだし、少し頭を冷やしたいとは
思う、と考えて。
結局僕は短く。



明日、逢いたい、と。

大事なお話があるから、と。



そう告げて。

それを聞いた彼女は、電話口でくすくすと笑っていて。
やがて、ゆっくりと、一言一言噛み締めるようにして彼女が、



私も、明日大事なお話があります。



そう告げて。

それを聞いた僕は、思わず忍び笑いを漏らしてしまう。

なんだ。言うことは同じだったのか。

そして僕たちは同時に、

『「また明日」』

そう言って。

僕たちは同時に通話を切った。








――――――までは綺麗に纏まりそうで良かったんだが。


『ユーノ』
「はい?」

なんの前触れも無くクロノから連絡が入ったのである。
そして―やはり、というべきか―前フリ無く最初からクライマックス気味に、

『悪いんだが期限が早まったんで今日中に頼む、あと追加でコレな。それじゃ』

一方的に告げて、あっと言う間に消えた。

「え、ちょ、待っ!?」

残されたのは、期日を示す表示と、追加分の要求リスト。
なになに・・・本日の日付変更までに、コレとコレとコレとコレとコレと・・・
・・・いや普通無理だろう流石に。それこそノンストップになるよなぁ・・・
というかあの野郎、わざとやってないか?

「・・・司書長」

隣で今のやり取りの一部始終を眺めていた司書の一人が、心底から同情と哀れみの視
線と声をくれる。
なんだかそれが今はすごく辛い。

「・・・ちくしょう・・・いいさやってやるよやればいいんだろう!?」

明日は大事な日なんだ。こんな仕事なんかでふいにされて堪るか!

この世はいつだって『こんなはずじゃなかった』ことばっかりだよ!

あの馬鹿の言ってた台詞を思い出しつつ、僕は明日のために仕事を始めるのだった。









六月三日午後四時半。
機動六課・医務室。

パタン、と私の手の中で携帯電話が折り畳まれる。
知らず知らずのうちに、頬が緩んでしまうのを抑えられず、私は結局笑ってしまっ
た。

だって。
私も彼も、お互いに言いたいことがあるんやもん。
私が話したいのは大事な話。未来の話。
それはきっと彼も同じで。

それがたまらなく嬉しく感じる。

「シャマル」
「はい?」

シャマルもまた、私と同じように笑顔を浮かべとった。
電話の内容を察したんやろうな、と思う。
盗み聞きされたー、なんて考えは私には無い。
ただ他のみんなより一足お先に知られた、ってだけやから。
だから。

「みんなにも、明日言うわ」
「・・・はやてちゃんがそれで良いのなら」

まぁ、なんにせよ決着は明日、ちゅーことで。




―――よし、気分もようなってきたことやし。

「それじゃ、仕事に戻るわ」
「気をつけてくださいね?」

シャマルの心底心配そうな声。
私はそれに軽く笑いながら、

「大丈夫やって、書類仕事でどう無理するんよ?」

と気楽に返すと、シャマルは、

「あら、ユーノくんはどうなんです?彼も書類仕事だと思いますけど」

と笑いながら(若干怖い笑顔で)言い返してきて。
私は一度返答に困った。
確かに彼もまたデスクワークが主ではあるけど、彼の場合は場所が場所なせいか、た
まに倒れたりしちゃったりしてるらしい。
原因はまぁ、言わずもがな栄養失調とか過労とか。
まぁそれも最近は減少傾向にあるんやけど。
昔ならいざ知らず、今の書庫は整理整頓もきちんとしてあるから、彼が居るか居ない
かで書庫がストップするほどやない。
単に仕事の効率が上がるか下がるか、そんなもんらしい。十分凄いことやと思うけ
ど。
まぁそれでも忙しいことに変わりは無い。
だから徹夜とかで寝込んだりしてまうことがあるんやけどな。

此処もようやく軌道に乗り始めた頃やし、何より大事な身体や。
んなことで倒れてたまるか、って思うから、私は素直にシャマルの言うことを聞いて
おく。

「・・・・・・ほどほどにしときます」
「よろしい。明日はいろいろと大事な日ですからね」

シャマルが笑顔で私を医務室から送り出してくれる。
そうして私は、明日のために仕事に舞い戻るのであった。









六月四日午後三時。
機動六課・ホール。



この日の午後から、六課設立記念と銘打った、八神はやての誕生日パーティーが催さ
れた。

部隊長の誕生日だということもあってか、六課の人間のほとんどが気合を入れてお
り、結果世間一般の誕生日パーティーとは一線を画す規模となってしまった。
ホールを丸々使っての立食制のパーティーメニューの食事、とある分隊長にしてパ
ティシエ監修のウエディングケーキ張りの巨大ケーキ、部下四人の給料三ヶ月分相当
の高価な時計をプレゼントされたりなど、最早誕生日パーティーとは呼びがたいほど
の豪華さである。

そんななか、主賓であるはずの八神はやては。

「・・・ぅー・・・」

非常に不機嫌だった。同時に妙にそわそわしていた。
事情を知る者から見ればある意味当然とも言えるが、知らない者にとっては謎が深ま
るばかりである。
その事情を知っている一同である彼女の家族と幼馴染はというと。

「遅いねーユーノくん」
「・・・なにかあったのかな?」
「大方クロノから仕事でも押し付けられたんじゃねーのか?」
「十分にあり得るな・・・」
「まったく、なにも今日することないのにねぇ・・・」
「まったくだ。ハラオウンの奴自身は仕事で来られんらしいしな」
「そういえば騎士カリムとアコース査察官は?」
「あの二人はいろいろと忙しいですから、挨拶だけしてお仕事に戻られたみたいです
よー。ちなみにレティ提督とリンディ総務官からもメッセージが届いてたです」

この場に居ない友人、上司たちの現状を語り合っていた。
そして事情を知らない一同であるフォワード四人組は。

「ど、どうしようティア?もしかして気に入らなかったのかな?」
「あたしに聞かれてもわかるわけないでしょうが・・・」
「で、でも渡したとき喜んでましたよね?」
「・・・もしかして社交辞令ってやつだったんでしょうか・・・?」
「・・・謝ってこようか・・・?」
「いや謝ってどうすんのよ」

贈ったプレゼントが気に入られてないのではないかと戦々恐々としていた。
実際はそんなことは無かったのだが、それは知る由も無い。







同時刻。
無限書庫司書長室。



「ったく!何もこんな時間まで引継ぎ作業を残すことは無いだろうに・・・!」

普段のユーノらしくない悪態を吐きながらも、その業務をする手の動きは止まらな
い。
昨日のクロノからの案件はギリギリとはいえきっちり片をつけたものの、その後の休
息が問題だった。
うっかりしたことに、前日の引継ぎ業務をしていなかったのである。
さらにこれでもかとばかりに仕事が増えていたのだ。
起きたときには後の祭りだった。
休暇であるにも関わらずその作業のために結果的に午後からしか自由に出られなく
なってしまった。
これぐらいなら他のものにやってもらえばいいものの、生来の生真面目さ故か、彼は
自己責任だと割り切っていた。
そのせいで彼女の誕生日に遅刻するのもどうかとは思うのだが、あえて触れずにお
く。
カタカタとキータイプの音が絶え間なく彼の手元から発せられ、やがて。

「・・・よし、終わり!」

そのまま彼はスーツ仕立てのジャケットを羽織り部屋を出て行く。
その直前、彼はズボンの中にある硬い感触をしっかりと確かめて微笑んだ。

「・・・喜んでくれるかな?」

彼が目指すは機動六課。







そして。



八神はやてと、ユーノ・スクライアにとっての運命の時が静かに訪れる。








六月四日午後四時。
機動六課・ホール。



僕が着いた時には、ホールに人がごった返すわけでもなく、疎らな程度しか人の姿は
見えなくて。
むしろ六課の人員数を見積もっても少ないくらいだった。
おまけにエプロンを着けた人たちがテーブルに並べられていた料理を下げていたのを
見て、もうそろそろパーティーが終わってしまいそうな、そんな雰囲気を感じた。
その様子に慌てて彼女の姿を探すと――――――居た。
近くにはなのはたちも揃って談笑している模様で、僕は歩き出す。
真っ先に気付いたのは彼女だった。
彼女は一瞬嬉しそうな表情を浮かべた気がしたが、次の瞬間には明らかな怒りの感情
が見えた。
そして彼女はそれまで話していた相手であるなのはたちから向き直る。


途端。


「遅いっ!!」
「あ、いや、その・・・ごめんなさい・・・」

到着早々彼女自らの手(いやこの場合口?)で怒られてしまった。
いやこんな大事な日に遅刻したのだから無理も無いのかもしれないが。
それにしても、いつにも増して彼女の機嫌は悪い気がする。
怒るときは怒るが、それはやんわりと言い聞かせるような怒り方なのが常なのだが、
今回は珍しいことに不機嫌丸出しである。
・・・僕が遅れた以外にもなにかあったのだろうか?
ちらりと周りに視線を向けてみると、苦笑いをしているみんなが見える。
その中に見慣れない顔ぶれがあるのは、多分例の新人さんたちなんだろう、と思っ
た。
・・・あからさまにこっちを見て、なんだコイツは、みたいな表情をしているのが少々
癪に障ったが、ここは置いておこう。

「・・・まぁ、ええわ。ちゃんと来てくれたんやしな」

そう言って、さっきの怒った様子からは一変。
彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべながら僕の腕にしがみついてくる。
僕はつい反射的に彼女の髪を撫でてしまってから、少しだけ後悔した。

「あー・・・はやて」
「んー?なにかな?」

すりすりと飼い主に甘える猫のように、僕の腕に頬を摺り寄せてくる彼女。
いやいや今公衆の面前ですよはやてさん。
現在の状況は僕らの関係を知らない此処の人間からしてみれば、何処の馬の骨とか凡
骨やも知れない野郎に部署のトップが嬉しそうに抱きついているのである。
さもありなん、例の新人さんたちは目を皿のように丸くしてこちらを眺めているでは
ないか。

・・・まぁいいか。こういうのは気にしたら負けだと思うから。

「・・・誕生日おめでとう」
「おおきにー」

そう言ってから、彼女を抱き寄せた。
なんの抵抗もせずに、彼女は僕の腕の中で鼻歌交じりに甘えてくる。

「いやー、やっぱユーノくんの腕ん中は気持ちええなー」

なんて、本当に猫みたいな彼女の様子を見て、周りの人たちはやれやれと辟易する
か、食い入るように見つめるかのどちらかで。
前者は彼女の家族と親友たちで、後者は主に新人四人組だったりする。

「はやてちゃん。場所を弁えようよ・・・?」
「気持ちはわからなくはないけど、やっぱりね・・・?」

やれやれ、と言わんばかりになのはが嘆息して、フェイトも微妙にフォローを入れつ
つ続く。
ご家族のみなさんは互いに顔を見合わせて苦笑していたのはいつも通りと言うべき
か。
そんな中で。

「あの・・・八神部隊長?」

おずおずと手を挙げる桃色の髪の女の子。
確かフェイトの保護した子だったような気がする。

「どうしたん?キャロ?」

キャロと呼ばれた少女から名前を呼ばれた彼女は、僕の腕に抱かれたまま器用に振り
返った。
相変わらずにこにこと笑っているままだが。

「あの、ユーノ先生とはどういったご関係で・・・?」

おや、この子は僕のことを知っているんだろうか?
そんなことを疑問に思ったが、彼女はそれに気付かずに口を開く。
意外に照れ屋なはやてのことだ。
大方堂々と「恋人さんやでー」だのと言った後で顔を真っ赤にして照れる様が容易に
浮かぶ。




―――そう思ったんだが。




「私の旦那さんやでー?」



などと予想の遙か斜め上をぶっ飛ぶ回答をのたまった。
思わず抱き締める力を緩めて彼女の顔を凝視してしまう。
視線に気付いたのか、彼女は僅かに頬を染めながらも微笑み返してくれた。
あ、コレはちょっとキタ。ここまで清々しいといっそ気持ちいいくらいの笑顔だ。
あんまりの答えに、まわりのみんなは呆然としていた。
唯一シャマルさんだけが涼しげな顔を・・・これはなにかあるな。

「・・・あの、はやて?」
「なにかな?『旦那様』?」

ほんの少しだけ恥ずかし気に返す彼女を見て、僕は鈍いながらも直感した。


遊ばれている訳ではないと。


彼女は本気だと。


「・・・そうやな、ちょうどええな。シャマル?」
「ですねぇ」
「みんなも、ちょっと聞いて欲しいんやけど」

なにやら奇妙なやり取りを繰り広げるシャマルさんとはやて。
彼女は抱き締めた僕の腕からするりと抜け出して、僕に―引いてはみんなを一望出来
るように―向き直った。
シャマルさんはそそくさとはやての後ろに回り、なんだかニヤニヤと意地の悪い笑み
を浮かべているのが見える。
まわりのみんなも、これから何を聞かされるのかと首をかしげている。
そして、彼女はゆっくりと、口を開く。

「えっと、ユーノくん、みんな。大事なお話があります」
「・・・なに?はやて」

昨日、彼女と交わした『大事な話』。
それが今語られるのだと理解した。僕だけじゃなく、他のみんなにも関係のある話
だったのか。
彼女の真剣な声音に僕はごくりと、無意識につばを飲み込んでいた。
他の皆も似たような状態だろうな。ひしひしと背中に重い物が圧し掛かっているよう
な、張り詰めた空気を感じる。
そして、もったいぶる様に―或いは言い出しづらいのかも知れない―彼女はやがて、
はっきりと、静かに告げた。



「・・・出来ちゃいました」



そう、短く一言だけ。



「・・・え?」

初め、僕は彼女がナニを言っているのか訳がわからなかった。
だが彼女が嬉しそうに頬を紅く染めて、自らの腹部に手を当てているのを見て、よう
やく合点がいった。


そうか。彼女は―――


新しい命を宿したんだ。


子を成していたんだ。


僕と、彼女の。


その事に言葉が出てこない。
本当に、出てこないんだ。
驚きと嬉しさがごちゃ混ぜになってしまって、上手く言葉を紡げない。

そんなもどかしい時間は長く、永く続いた気がしたけれど。
やっとの思いで僕は口を動かす。

「・・・こういうとき・・・なんて言ったらいいかわからないけど・・・」

そうだ。僕自身もこの言葉を贈ることが合っているのかどうかはわからない。
けれど、これから言う言葉は僕の本心だ。

彼女と、僕の間に生まれた新しい命に贈る素直な言葉を。

「おめでとう」

そして僕の、彼女に対する今の素直な気持ちを贈りたい。

「ありがとう」

もう一度、彼女に近づいて抱き締める。
言葉だけじゃ伝えられそうも無い、彼女への愛しさを籠めるように強く抱き締める。

彼女はさっきみたいに抱かれたままじゃなくて、強く抱き締め返してきて。
僕よりも頭一つ分ほど小さな彼女の身体に、小さな、ちっぽけな新しい命があること
を未だに実感できないけれど。
ただ、ずっと傍にあるこの優しい温度を大切にしたいと思った。


『大事な話』
そう、確かに大事な話だった。
だから。
彼女が話してくれたんだから、今度は僕が話す番だ。


「はやて」

僕は、彼女の名前を呼んで。
彼女は、僕の顔を見上げてくる。
そっと、ズボンのポケットに突っ込んであったモノを取り出す。
それは、白いレザーカバーの四角い箱。
抱き締めていた彼女をゆっくりと引き離してから、彼女の小さな手を取る。
ズボンから引っ張り出した白い箱を見て、眼をパチパチと瞬かせている彼女の顔が可
笑しくて噴き出してしまいそうなのを堪えながら、僕はゆっくりと片手で蓋を開け
た。
箱の中にはあるモノは、簡単だ。
シルバーリングを基本に、中心に光に透かしたような輝く透明な小粒のダイアモンド
を据えて、その周りを囲むようにして空のように蒼い石が縁取ってある指輪。
蒼い石は彼女の誕生石でもあり、彼女の瞳とよく似た、空の蒼をしたブルームーンス
トーンだ。

路を見失いそうな時、導いてくれる澄んだ蒼。
心の暗闇を照らし出す、月光の蒼。
永遠の愛を誓う、眩き幸福の蒼。

何時だったか、なのはが「永遠なんて無い」と言っていた。
確かにそうだ。変わらないモノなんてありはしない。
けれど、流れる時間の一瞬一瞬は移り変わっていっても、思いは、想いは変わらな
い。
彼女を愛するという一点だけは、未来永劫、不変の気持ちなんだ。

その指輪を箱からそっと摘み出しながら、彼女の小さな左の手を取る。
そしてそのまま、彼女の左薬指へと滑り込ませた。
サイズは自分でも驚くぐらいにぴったりと、まるでその場でサイズを合わせたみたい
に収まる。
そっと彼女の顔を伺ってみると、訳が分からない、とばかりにポカンとしていて。
同時に恥ずかしそうに真っ赤でもあった。

あぁ、やっぱり驚いてる。
それはそうだ。いきなりこんなタイミングで左手の薬指に指輪だなんて、
どう考えても『そういうこと』しか連想できない。
けれど、僕はコレを伊達や酔狂でやっているんじゃあ、無い。
確かに指輪を購入したのは勢いだったかもしれない。
けど、コレを贈ろうと思った気持ちは僕の本心だった。


だからこそ、この言葉を、想いをキミに伝えたいんだ。


「僕の傍に」


この指輪に想いを乗せて、僕の言葉が、声が、キミに届きますように。


「一生、居てくれませんか?」


返ってきた答えは、最早身体に馴染んだ、唇に触れる温かで柔らかな感触だった。








それからはもうどんちゃん騒ぎだった。
終わりかけていたパーティーは再開され、まるで台風みたいに慌しく、そして楽しい
一時だった。
僕とはやてはその中心に笑顔で居た。
なのはとフェイトは羨ましそうにはやてを見た後で、幸せになって、と言ってくれ
て。
シグナムさんやヴィータは意外なことに、主を/はやてを頼む、と短く言われて。
シャマルさんとザフィーラには、大切にしなかったらシメる、というニュアンスの言
葉で半ば脅されて。
祝福の風たるリインフォースは、その名に恥じぬ祝福の言葉を僕とはやてに贈ってく
れて。
見慣れぬ青と橙と桃色の髪の少女たちは、はやてを憧憬の眼差しで眺めていたし、赤
い髪の少年もまた、おめでとうございます、と言ってくれた。
その場に居た誰もが、僕とはやてを祝福してくれたんだ。



「なぁ、ユーノくん」

隣で僕にもたれかかる彼女がそっと呼ぶ。

「なに、はやて?」

彼女の左手を包み込むように握って、僕は名前を優しく呼ぶ。

「・・・幸せに、したってな?」

僅かに声から滲むのは、嬉しさと、恥ずかしさと、幸せの音色。
でも、違うんだよ、はやて。

「違うよ、はやて」

そう、違うんだ。
幸せにするのは当たり前だ。
だから―――

「・・・どういうこと?」

彼女は不思議そうに僕の顔を下から覗き込んでくる。
垣間見た彼女の顔に浮かんでいたのは、安心し切った、無防備な、あどけない表情。

そんな彼女の前髪を掻き揚げて、額に口づける。
彼女は頬を仄かに紅く染めて、はにかんで。

この幸せな笑顔を、ずっと傍で見守っていたいと、心の底から思う。

だからさ。
彼女が笑っていられるように、幸せに居られるようにするには―――

「二人で、みんなで幸せになるんだよ」
「・・・そうやね」

そうだ。
僕だけでも、彼女だけでもダメなんだ。
思いだけでも、力だけでもいけないように。
思いと力は、二つ揃って初めて意味を成すんだ。
思いを貫くために力を、力の理由を知るために思いを。
それと同じだ。

僕らは片翼の翼だ。
二枚の翼を持って、初めて空に羽ばたける。
だから、僕らは傍に寄り添うんだ。

二人一緒に笑っていられる。どうせだから周りも笑顔にしてしまうぐらい、派手に。

そんな幸せを僕は望む。
高望みだと、無茶だと嗤うかもしれないけれど。
僕は、そんな幸せを願う。








掴んだ答えは、幸せ。


辿り着いた未来は、彼女の傍。


温かで優しい手を握り締めて。


優しくキミは微笑んでいた。











あぁ、そうそう。
数ヵ月後、機動六課に育児施設が増設されたことと、
無限書庫の人員が大幅に増えたことを言っておこう。





懺悔部屋。

Happy Birth Day!!八神はやて!!

大絶賛スランプ中ですよ。
後半がグダグダ過ぎる・・・orz
微妙に#1のデジャヴ。スバルたちの出番が少ないどころか半分噛ませ犬に近い扱い
に。ゴメンよ・・・orz
微妙に前編のフェイトのセリフは伏線だったりしたと思う。意外だ。(ぇ
これにてはやてさん誕生日記念SS閉幕。
これから#3の長編に入る予定ですが、やっぱり逸れる可能性大。
その時は司書長と〜〜〜シリーズを書く。(待





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