――――提督室とは言ってみても、私物などは殆ど無い。
 航海中の日誌をまとめる他には、精々書類仕事をこなすためだけのデスクは、『殺風景』と言う言葉を体言しているかのような風体で、唯一置かれた写真立てに微笑む妻だけが唯一の彩りだった。もっとも、その一つさえあれば十分過ぎる程に十分だと言うのは、本人の弁なのだが――――艦船クラウディア提督クロノ・ハラオウンは、まとめたと言うにはあまりに少ない荷物を手に、数年来慣れ親しんだ提督室を見回して、情感に耽っていた。
 コン、コン。
 控え目に打たれたノック音を耳にして、クロノは我知らず手にしていた写真立てを荷物の一番上にそっと仕舞うと、声をかけて入室を促した。
「――――失礼します。……と、もう手荷物整理は御済みになっていたのですね」
 室内を見回して独りごちる青年に、
「ああ、つい今ね。殺風景になっただろう?」
 どこか楽しげにそう告げると、青年は肩をすくめ、
「失礼ながら、いつもとさほど変わり無いのですが」
「違いない」
 軽く笑い合うと、クロノは再び視線を巡らし、何ともなしに呟く。
「…………しかし、規格外な考え方をする子だとは昔から分かっていたが、まさかここまでとはな…………。『上官を引き抜く』なんて話、聞いた事も無い」
 苦笑混じりに漏れ出たその言葉に、青年――――グリフィス・ロウロンもまた、軽く頭を抱えてぼやいた。
「…………それを言うなら、『かつて自分の部下だった人間を、上官として引き抜く』なんて言うのは、もっと聞かない話ですよ。まったく、これからどれほどやりづらい日々が続くことか…………」
 二人が同時に思い浮かべていたのは、元機動六課部隊長の狸娘である。小さな身体に溢れんばかりの大志を抱いた夜天の主は、きっと今この瞬間も新部隊設立のために奔走している事だろう。もっとも、すでに人選と根回しは終わっているので、後は取るに足らない小事ばかりだろうが。
「君も大変だな。提督秘書としての仕事にようやく慣れて来た頃に、唐突な異動となってしまったわけだ」
 クロノの言葉に、しかしグリフィスは微笑んでかぶりを振る。
「勝手知ったると言う意味では、むしろ気心の知れた人事ですから。それに、八神部隊長からも六課解散時に、『時期が来たらまた声をかける』と言われてましたので。提督も御一緒の人事となれば、なおさら言う事など有りません。
 …………ただ一つ、八神部隊長御自身の役職以外では」
 結局最後にはぼやいて、溜め息を一つ。クロノは悪いと思いながらも、生真面目な副官が見せる珍しい態度に、笑いを隠せないようだった。
 
 【魔法少女リリカルなのはStrikers Another After Story『〜a sacred pray〜』】
 第一章 始動−The release−
 
 ――――息を呑む音さえ、煩く感じる。
 思い返しても、気配を殺す手順は完璧だったはずだ。砲撃と見紛うばかりの誘導弾を敢えてプロテクションでガードし、自分の魔力は使わず反動だけで林の中へと飛び込み、同時に魔力チャフを展開した。WASでも使われない限りは、上空から自分の位置を知る術など有りはしない。
 ――――だからと言って、先手のアドバンテージを加味しても、砲撃の差し合いをする選択肢など有ろうはずはない。近接戦闘もこなせる事は分かっているが、やはり上空のエース・オブ・エースに抗する手段は、接近戦以外には有り得ないのだ。
「…………エンジェル・ハイロウ、ここからママの所まで、フラッシュ・ムーヴ何回で届く?」
《2 steps. At farst, over trees and action fast as can.(2回有れば。まず木々の頂に上がり、可能な限り速く次の行動を)》
 愛杖エンジェル・ハイロウの言葉に頷き、もう一度唾を呑んだヴィヴィオは、一つ深呼吸をすると、幾重にも重なる枝葉の隙間から空を見上げ――――
「――――行くよ、エナジー・フリッパー出力全開! 近接戦闘モード!」
《All right.》
 錫杖の先端に飾られた金環が虹色の光を纏い、一回りも大きくなる。それを腰溜めに構え――――
「――――ゴー!」
《Flash move.》
 ヴィヴィオの号令にエンジェル・ハイロウが応え、ヴィヴィオの身が一条の閃光と化した。身を擦る葉々に頓着する事も無く突き抜けた先の青空には、予想通り、既にこちらの動きを察していたなのはが、レイジング・ハートを構えているが、ヴィヴィオは臆する事なく2度目の跳躍を行使した。考えていたよりも幾分速い突撃に、なのはの表情に僅かな驚愕と微笑みが浮かび――――
《Round shield.》
 耳に滑り込んで来たレイジング・ハートの言葉と共に、桜色の大楯がヴィヴィオの前にそびえるが、構わずエンジェル・ハイロウを打ち付ける! けたたましいスパーク音と共に、僅かだがなのはの表情が苦味を帯び、ヴィヴィオは自分の一撃に効果が有った事を確信して、追撃に――――
 づごむっ!
「――――ぅやっ!?」
 唐突に背中を直撃した、訓練用魔法弾仕立てのディヴァイン・シューターに圧されて、ヴィヴィオの身が大きく傾ぎ、ラウンド・シールドが消えたと思うや否や、なのはに抱きすくめられ――――振り向かされた先には、ヴィヴィオを取り囲むようにして、9発のディヴァイン・シューターが浮遊していた。
「――――まだ、やる?」
「…………参りました」
 優しく告げられたなのはの言葉に、がっくりと肩を落としたヴィヴィオの声が応えたのだった。
 ふよふよと連れ立って降りて来た二人に、ユーノは用意していたペットボトルを差し出す。なのはは微笑み、礼を言ってそれを受け取ったが、ヴィヴィオは憮然として俯いたままで――――遂に噴火した。
「…………ああああもー、くーやーしーいーっ! 結局有効打が入らなかったよー! ママ強すぎ、ずるいっ!」
「いや、ずるいって言われても…………それに、ヴィヴィオの動きだって良かったよ? 特に最後の連続フラッシュ・ムーヴなんて、一瞬シールドを破られるんじゃないかって心配になっちゃった」
 子供らしく、いかにも理不尽な言い掛かりをつけるヴィヴィオに、なのはもしどろもどろになる。ユーノはそんな姿を見ながらクスクスと笑っていたが、
「でも、結局破れなかったし、追撃もさせてもえなかったもん! …………こうなったら、ユーノパパ、後衛をお願い! 二人でなのはママを墜とすよ!」
 唐突に向けられた矛先に、思わず吹き出しかけ、慌てて手を振り拒否する。
「いや、ちょ、それは勘弁してよヴィヴィオ! 大体、僕らじゃ二人がかりでもなのはには勝てないって!」
「えー、ユーノパパ、腰抜けだよ〜!」
「こしっ…………!?」
 不満げに告げられた言葉に、今度はユーノが肩を落とし、なのはがクスクスと笑う事になった。
 風呂場から聞こえて来る楽しげな声を耳にしながら、ユーノもまた鼻歌等を混ぜつつ料理に精を出す。水にさらした新鮮な葉野菜を、包丁を敢えて使わずに手で千切り、ガラスの皿に小綺麗に広げ、色彩豊かなパプリカを等間隔に盛り付ければ、隙間を縫ってプチトマトの華が添えられる。最後にあっさりとしたドレッシングが振られて、料理と言ってもそう難しいものではないが、見た目に明るいサラダの完成だ。後は作りおきのクロワッサンを入れたバスケットを運んで来て、香ばしい狐色に焼き上がった少々薄めのトーストを、一人一枚で皿に上げる。
 ジャムやマーガリンの小瓶を置いて、煎れ立ての紅茶を用意したところで、湯上がりにほんのりと上気した母娘がやって来た。
「いつもありがとうね、ユーノ君」
「ごめんね、本当はヴィヴィオが作りたいんだけど…………」
 テーブルの上に用意された料理を目にして、嬉しげに微笑むなのはと、少し申し訳無さげなヴィヴィオ。応えるユーノは、ただ気楽に首を振るだけだ。
「朝に一番余裕が有るのは僕だからね、気にしないでヴィヴィオ」
「まさか、ユーノ君の口からそんな言葉が聞ける日が来るとは」
 ユーノの言葉に、からかうようになのはが言って――――かつての自身を思い出して苦笑するユーノ。つい3ヶ月も前の事を思えば、言われても無理からぬ所ではある。頬を掻きながら、いささか強引に話題を変えようと、ヴィヴィオに向き直り、
「それに、ヴィヴィオは管理局嘱託の試験に備えてるんだから、その手助けくらいさせてよ」
「あ…………うん、パパありがと!」
 ユーノの言葉にヴィヴィオが笑顔で応え、なのははからかう対象をヴィヴィオに変えた。
「――――でも、これで嘱託試験に受かれば、史上初の『無限書庫司書』兼『管理局嘱託魔導士』だね。ヴィヴィオ、これでもまだ、『普通の小学3年生』って言い張り続けるつもり?」
 なのはの言葉に、ぷくーっと頬を膨らませ、ヴィヴィオはぶんぶんと両手を振る。
「普通の小学3年生だもん! 読者が好きで、ちょっと環境と先生に恵まれた小学3年生っ!」
 実際、無限書庫司書の中には、管理局嘱託として活動出来るポテンシャルを持った者がいない訳ではない。ただ、通常なら司書として勤務しながら、嘱託活動をするだけの時間的な余裕が無いだけで。その点ヴィヴィオは、司書の資格を持ちながら勤務についていないと言う、珍しい立場にあるのだ。それには、なのはとの待ち合わせに訪れていた無限書庫で、ユーノの行使していた速読・検索魔法を学習してしまった事が起因する。高速データ収集により修得してしまったそのスキルは、面白がったユーノの指導により、幼い身にして13冊の同時行使が可能となるまで昇華され、たまたま無限書庫を訪れていたティアナがそれを見て、微妙な表情をしてたとかしていなかったとか――――閑話休題、ヴィヴィオはクスクスと笑うなのはからそっぽを向けて、皮肉気に独りごちた。
「…………それに、受かるかなんて分からないもん。まだまだ未熟なヴィヴィオですからー」
 半ば拗ねているかのように、半眼でそう告げるヴィヴィオだったが、それにはむしろ、なのはとユーノの目が点になった。
「…………いや、謙虚なのは良い事なんだけど…………ヴィヴィオ、本当に自分が受からないって思ってるの?」
「え?」
 半ば呆れたように言うユーノに、なのはも苦笑して続ける。
「通常でBランク相当の戦闘能力に、無限書庫で司書が出来るだけの演算能力。それから『高速データ収集』『聖王の鎧』と言う二つの固有スキル――――残念ながら時空管理局は、こんな人材を袖に出来る程には潤ってないよ」
 からかうような表情をやめ、なのはは優しくそう告げて、一つウインクをしてみせた。ぱあっ、と笑顔を輝かせたヴィヴィオは、先ほどまでの不満気な仕草はどこへやら、明るい様相で食事をやっつけにかかる。なのはとユーノも、顔を見合わせて微笑むと、ヴィヴィオに続いて食事に手をつけ始め――――そこには、何とも日常的な、穏やかな朝の空気が優しく流れていた。
 
 ――――八神はやてが感無量と見上げる先に、巨大な次元航行艦が鎮座している。無重力空間内に在って、髪を撫でる風などは無いが、4年と少々前にも、こうして陸士制服のジャケットを肩に羽織り、機動六課の隊舎を眺めていた事を思い出した。
「3年かー…………長いようで、ほんまあっと言う間やったなー」
「はやてちゃんは、本当に頑張ってましたから。ナカジマ三佐の元で、一から勉強し直して…………考え方を変えてからは、もうまっしぐらだったですよ」
 肩に腰掛けていた小さな少女――祝福の風リインフォースUがそう言えば、隣にいたヴィータもまた頷く。
「あんま考えつかないよ、自分には部隊指揮より小隊指揮の方が向いてるからって、信頼出来る上官を自分の部隊長に出来るように働きかけるなんてさ」
 以前より自認していた事ではあるが、はやては大人数の部隊を取り仕切るよりも、ヴォルケンリッターのように少数精鋭を率いる方が能力を発揮出来るのだ。それに、有事の際――――例を挙げれば、ヴィヴィオとのファースト・コンタクトの時の様に、広域殲滅魔法が必要とされる場面において、はやての右に出る者は時空管理局全局を見てもいない。固有スキルと自身の性格を省みた結論として、はやては新しく設立する部隊において、トップではなく、小隊長として着任出来るよう立ち回ったのである。
「レティ提督、驚いてたよ。『自分だって無茶な事をした方だけど、どんな手品を使えば、あれだけの人員を獲得出来るんだ』って」
 『手品』と言う表現に、思わず苦笑するはやて。
「確かに、クロノ君とユーノ君を引っ張るのは大変やったけど、後はそんなに大した事しとらんのやけどなー。要は、理由付けさえ出来れば何とでもなるもんや」
 ロストロギアによる被害は、その規模にもよるが、大半で災害クラス、悪くすれば次元震を起こす引金にすらなり得る。そして今までは、起きてしまってからその鎮静の為に動いていたわけだが、それでは遅すぎるのだ。それはつまり、災害そのものは起きてしまっている事を示し、還らぬ命がいくつも散ってしまう事を示唆している。はやては、そこを突いたのである。
 発動前のロストロギア反応を感知する事は、事実上不可能とされていた。しかし、『ロストロギアは引かれ合う』と言う特性を知っていると、その限りではなくなる。はやて自身が持つ『夜天の書』を呼び水として、シャマルのクラールヴィントによる広域調査で得た情報を、ユーノが解析してゆく。そのシステムを確立した上で、未発動のロストロギアを探索・回収して回るのだ。そうする事によって、万が一発動を防げなかったとしても、極めて早い初動を見込む事が可能となる。そして、足の速い新型艦船に、各方面のエキスパートを常時配置する事で、ロストロギア事件の被害を大幅に減少させられると提唱したのだ。
 もちろん、一筋縄で進められた訳では決してない。提唱文を一蹴されることはザラであったし、酷い時には13年前の事件を掘り起こして弾劾して来るものまで現れた。
 ――――それでも、はやては折れずに立ち向かった。時には心ない暴言に枕を濡らしながらも、膝を屈する事無く、また誠実に相対し続けた。それが、今日の結果である。
 ]X級次元航行艦船『エルコンドルパサー』を統べるクロノ・ハラオウン提督を筆頭として、副官に新進気鋭のグリフィス・ロウラン。
 小隊の編成は3つになり、高町なのは率いるスターズ分隊、フェイト・T・ハラオウンの率いるライトニング分隊……そして、八神はやて自身が率いるクレセント分隊。
 スターズには、本局執務官のティアナ・ランスター、湾岸警備隊防災士長のスバル・ナカジマ、そして、時空管理局嘱託見込の高町ヴィヴィオ(ただし非常勤)。
 ライトニングには、自然保護隊よりエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、さらに聖王教会預りの教会騎士見習いであるディードが。
 そしてクレセントには剣の騎士シグナム、鉄槌の騎士ヴィータ、盾の守護獣ザフィーラが控える。
 管制担当には、通信士にルキノ・リリエ、オペレータ兼デバイスマイスターとしてシャリオ・フィニーノ、アドバイザー兼後方支援のユーノ・スクライアを。
 他にも、医療班長のシャマル、現地調査班にヴァイス・グランセニックとアルト・クラエッタ等と、機動六課メンバーは概ね全員を呼び戻した形である。さらに、新人を何人か加えたこの部隊は、なるほどレティの言う通りに手品でもなければ、狸が化かしたか何かにすら思えるだろう。
「…………けど、なのはちゃんやフェイトちゃんには本当、感謝のし倒しやね。あの二人が色んな芽を蒔いてくれとったから出来た事や」
 これほどのメンバーを取り揃えた部隊を創るに当たり、一つ当然の問題が発生する。それは、『このメンバーが抜けた穴』をどうするかと言う事だ。提督であるクロノは言わずもがな、無限書庫司書長であるユーノこそ自身で何とかしたものの、隊長クラスのみならず、防災士長のスバル、本局執務官のティアナなどが一部隊に拘束されるのは明確に問題となる。
 しかし、そこで活きるのがなのはの教導だ。航空隊戦技教導官であるなのはだが、その教導内容は実に多岐に渡る。純粋な戦技指導に止まらず、生徒の希望とやる気によって、時にはフェイト達に自身が教えを乞いながら、なのはの知り得る全ての事を教えてゆくのだ。結果、なのはの生徒には武装隊に入る面々だけでなく、執務官や特別救助隊を志す者も現れるのだ。スバル達が抜けた穴には、はやてが早い段階で根回しして、彼らを入れる事により事なきを得ているのである。
 ――――閑話休題。
 はやては今一度伸びをして、羽織っていた制服を改めて着直した。
「…………さてと。ヴィータ、リイン、本当に大変なんはこっからや。今度の部隊は試験運用で終わらせる積もりはない。助けて、守って――――より多くの人を救えるように、続けるよ」
「うん!」
「はいです!」
 
 ――――所変わって、衛星軌道拘置所。ジェイル・スカリエッティが居るフロアとは別の場所にて――――
 
 カツ……カツ……カツ…………
 空気すらもが神妙であるようなこの空間にあれば、靴音一つ取っても妙に厳かに響く。陸士隊の制服を身に纏い、濃紺の髪をストレートに流した女性は、やや吊り目がちの眼をさらに強ばらせて、目当ての部屋へと進んでゆく。
 ――――と、その時である。
「…………ぁ…………ぅん…………」
 唐突に聞こえて来たのは、艶やかな女性の声。思わず顔をしかめ、次第に脚を速める。たどり着いた先にいたのは、眼鏡をかけた茶髪の女性。彼女は、上目遣いに胸元をはだけ、上気した顔で切なげに吐息を漏らしていた。
「ぁ……看守さぁん…………胸が苦しいの…………お願い、さすって下さらない…………?
 ――――って、なーんだ、サーティーンちゃんかー。気合い入れて演技して損しちゃった」
 牢獄の女性は、訪れた者の顔を見るや、途端にやる気を無くしたように溜め息をついた。はだけていた胸元を直し、頭の後ろで腕を組み、クアットロは壁にもたれかかる。
「…………いつもあんな事をしてるの?」
 問いかけられて、不適に笑うクアットロ。
「これで中々面白いのよ? ウブな男性だったりすると、露骨に視線を外して赤くなったりして、可愛いったら。その後、蔑んだ目で見てやった時の表情と言ったらもう…………ふふふ」
 冷徹な笑みをこぼすクアットロに、サーティーンと呼ばれた女性は似た様な笑いを含み――――
「――――相変わらず、良い性格をしてるわね」
 ヴン…………
 予想外の反応に、クアットロが怪訝な視線を送る中、女性は次第にそのフォルムを変えてゆく。ややあって姿を現したドゥーエを見て、クアットロの表情が歓喜のそれになった。
「久し振りね。牢の中にこう言うのもなんだけれど…………元気そうで何よりよ、クアットロ」
「――――ドゥーエ姉様! 良かった……複製体への転生は上手く行ったんですね!」
 クアットロの言葉に、ドゥーエは優しい微笑みで応える。
 ――もう4年程も前となる、J・S事件。ナンバーズの次女ドゥーエは、騎士ゼストの槍によって、確かにその命を落としていた。しかし、である。ちょうどその事件においてスカリエッティが語った『アルハザードの為政者なら当然の備え』たる『コピー』の用意。スカリエッティは、時空管理局に入り込むと言う危険かつ難度の高い任務を執行するドゥーエにだけ、同様の措置を施していたのである。
 ドゥーエは、再会を喜ぶのを後回しとして、牢の錠に手をかけた。
「待っててね、今ここから出してあげるから――――」
「――――それには及びませんわ、ドゥーエ姉様」
「え?」
 開錠しようとした矢先に止められ、ドゥーエはクアットロをまじまじと見つめる。
「このタイミングで出して頂いても、悪戯に騒ぎにしてしまうだけ。ドクターや他の姉様達も出されているならまだしも、この状況下では得策ではありませんわ。こうして来て頂ける事が分かったとなれば、焦る必要なんて何も無いです」
 自信満々に告げるクアットロに、ドゥーエは感心し、微笑んだ。
「…………合格。牢の中にいても、知略は錆び付いてないようね。安心したわクアットロ」
 ドゥーエの言葉に、試されている事に気づいていたクアットロもまた微笑む。それならと、ドゥーエは懐の鞄から幾つかの物体を取り出した。
「――――では軍師殿、この3つのロストロギア、あなたならどう使うかしら?」
 事も無げに告げられた『ロストロギア』の言葉に、さすがにクアットロも驚きの表情となる。
「――――ドゥーエ姉様、これは?」
「生前…………と言うのも変な話だけれど、生前から用意し始めていた、管理局預かりの第一級危険指定ロストロギアよ。少しずつ擬態を作って、分からないように本物とすりかえておいたの。どれも中々のキワモノで、使えそうよ?」
 ドゥーエの覚書を読んでいたクアットロの表情が、昏い嘲いに落ちてゆく。
「最高よ、ドゥーエ姉様。これがあれば…………管理局、陥とせるわ」
 クアットロの呟きに応えるように、ドゥーエもまた、嘲った――――
 
 ――――To next stage......





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