ギィ…………ガシャン。
 重々しく扉が閉まるのを背に聞きながら、ティアナは数歩進むと足を止め、一つ大きな溜息を吐いた。振り返り、その扉の遙か向こうにいる、つい今しがた会って言葉を交わした相手の事を想うが…………一つ頭を振ると再び歩き出した。
「ティアナ、本局に来てたんだ」
 唐突に掛けられた声は耳慣れたもので、予期せぬ人物との遭遇に、少々かげっていたティアナの表情が明るく輝く。
「フェイトさん! そう言うフェイトさんも、こちらにいらしてたんですね」
 優しく微笑んで、フェイトは頷く。
「はやてに呼ばれてね。ほら、例の新部隊の件で」
「ああ……そう言えばもう、稼働まで何ヶ月もありませんからね」
 肩を並べて歩きながら、二人は積もった出来事を語り合う。
「――――でも、早いものだね。ティアナが私の元から独り立ちして、もう1年になるんだ。よく噂を聞くよ。叩き上げの新人執務官が、真面目で優秀だって」
「いえ…………まだまだですよ、私なんて」
「ふふ……相変わらずだね。自分に厳しい謙遜屋さんは」
 見透かすように笑うかつての上司に、ティアナは苦笑して頬を掻く。少なくても、自分の目標をある意味で体現しているような、この敏腕執務官の前にあっては、謙遜するなと言っても無理な話だろうと、内心ぼやいたりもしつつ。
「ここへは…………どうして?」
 振り返るまでもなく、先程ティアナが出て来た部屋――――管理局本局の拘置所の事を言っているのだと分かったが、ティアナは何と言うべきか口ごもる。
「――――例の事件の……ティアナの補佐をしていた子に会いに?」
「…………はい」
 キャロづてで、フェイトもマリアージュ事件のあらましを耳にしていることは予想できていた。隠すことでもないだろうと、ティアナは改めて頷く。
「――――どうして、私の相棒になる奴は、こう頑固なのが多いんですかね…………スバルと言い、ルネと言い…………」
 何を思いだしているのか、珍しく声に出してぼやきだしたティアナに苦笑して、
「何を話してきたの?」
「喧嘩してきました、思いっきり。看守さんが怒るどころか、怯えるくらいの勢いで」
「…………えっと…………その…………ほどほどに、ね?」
 座った目で断言するティアナに、フェイトもまた少々口元を引きつらせ、及び腰でたしなめる。
「それで、ティアナは今日の予定は?」
「無限書庫に行きます。ちょうど抱えている案件に関する調べ物も有りますし、その事を話したらユーノさんが、『ヴィヴィオのお疲れ様会をやるから、一緒に食事でも』って誘って下さいましたので。親子水いらずにお邪魔するのもとは思ったんですが…………」
「気にしないで行ってあげた方が喜ぶよ。そっか、ヴィヴィオの嘱託試験、今日だったね」
「フェイトさんは、御一緒されないんですか?」
 水を向けてみると、フェイトは残念そうに首を振った。
「今日はちょっと忙しくて…………本局内でのデスクワークにはなるんだけど、残念ながら手が空きそうにないんだ。ティアナ、よろしく言っておいてくれるかな?」
「もちろんです」
 やがて、二人の行き先が分岐する所にやって来ると、ティアナは足を止め、改めて頭を下げた。
「それじゃ、これで失礼します。八神隊長にもよろしくお伝え下さい」
「うん、分かった。それじゃあまた今度、時間があったらシャーリーも連れて、一緒に食事にでも行こうね」
 手を振りその場を後にするフェイトにもう一度頭を下げると、ティアナもまた向き直り、無限書庫へと歩き出した。
 
 【魔法少女リリカルなのはStrikers Another After Story『〜a sacred pray〜』】
 第二章 予兆−The foretaste−
 
 無限書庫に向かう途中、ふと思いついたティアナは、道すがらの管制室に立ち寄った。時刻は折りしも昼を回った頃合いで、ちょうどヴィヴィオの嘱託試験が一段落し、昼休みを取っているはずなのだ。扉を開けて入ってみれば案の定、局外の訓練スペースを映したモニターの中、ヴィヴィオが笑顔でお弁当を頬張っている所だった。
「あれ、ティアナどうしたの?」
 モニターの前で管制を務めていた顔見知りの女性――シャーリーの姿に、ティアナもまた意表を突かれて驚く。
「シャーリーさんこそ……そっか、フェイトさんが来ていたのに、お近くにいないと思ったらこういう事だったんですね」
「今日のフェイトさんはデスク・ワークだったから、手が空いてた私に上の方からお達しがね」
「上から?」
 ティアナの言葉に応えるように、扉が開き靴音が入ってくる。
「あ、お疲れ様ですレティ提督」
 何気なく口にされたシャーリーの言葉に、ティアナは思わず背筋を伸ばし振り向き、そこにいた姿を見て慌てて敬礼する。
「お、お疲れ様です! すみません、お邪魔しておりますっ!」
 実に分かりやすく緊張を見せるティアナに、本局人事部提督レティ・ロウランは苦笑して口を開いた。
「そんなに固くなることは無いわよ。いらっしゃいティアナさん、今日はあの子の見学?」
 固くなるなと言われても、提督を前にしてそれも難しい話だとは思いつつ、それでもひとまず敬礼だけは解いて、
「はい、見学というわけでもないのですが、この後無限書庫に用事が有りますので、ついでに現状をスクライア司書長にお伝え出来るかと思いまして…………」
 なるほど、頷いてレティはシャーリーを促す。シャーリーも心得たもので、軽快にコンソール・パネルを叩くと、午前中のヴィヴィオのデータを呼び出した。そこに並んだ成績を見て、思わずティアナは感嘆の息を漏らす。
「頑張ってるわよ、ヴィヴィオさん。筆記試験はほぼ満点だし、魔法知識も偏りは有るけどまあ及第点。儀式魔法が少し苦手だったみたいだけれど、固有スキルのアドバンテージで十分取り返せる範疇内。総合Bランクでの嘱託としてなら、順調過ぎるくらいに来ているわ」
「何しろ先生に恵まれてますからねー、ヴィヴィオちゃんは。航空隊戦技教導官と、無限書庫司書長が身内にいて、本人にも溢れんばかりのやる気が有るんですから…………」
 レティとシャーリーの言葉を聞きながら、ティアナはモニターの中のヴィヴィオを見た。母のデザインを基調としたバリア・ジャケットを纏ったまま、美味しそうにサンドウィッチを頬張るその姿は、あまりにも成績から想像される姿と掛け離れていて、思わずほのぼのとした微笑みを誘われる。ふと、思い出したようにティアナはレティに尋ねた。
「そう言えば…………敢えてシャーリーさんを管制役に呼んだそうですが、普通こうした試験って、身内は携わらないものではないのですか?」
 ティアナの意見に、レティは微笑みながら首を振る。
「私としてはむしろ、受験者の最高のパフォーマンスを観たいから、出来るだけ緊張が無くなるように、試験の案内や試験官には身内を使うようにしているの。優秀な人材を埋もれさせるよりは、発掘して磨き上げた方が余程効率的だわ」
 珍しくも、的を射ているその意見に感心しながら、それならばと、ティアナはおずおずと伺いを立てる。
「あの…………もし良かったら、ヴィヴィオと少し話しても良いですか?」
「ええ、構わないわよ。シャーリー、繋いであげて」
 気安く請け負ったレティに、シャーリーもまた気軽に頷き、ヴィヴィオへとアナウンスを送る。
「ヴィヴィオちゃーん、お食事中にごめんね。応援が来てるので、繋ぎますねー」
《あ、はーい!》
 元気良く応えたヴィヴィオの前にウインドウが開き、ティアナの顔が映ると、ヴィヴィオの表情が明るく輝いた。
《ティアナさん! えと、こんにちわ!》
「こんにちわ、ヴィヴィオ。調子はどう?」
《絶好調です! 全力全開で頑張っちゃってますよーっ!》
 口元にソースを付けたまま、しゅびっ! と手を上げるヴィヴィオの様子に、ティアナの表情がさらに緩む。
「成績見せてもらったわよ。本当に、よく頑張ってるわ。同じ問題やったら、私負けちゃうかもね」
 ティアナの言葉に、ヴィヴィオは慌てて手を振る。
《そ、それはないですよ! いくらなんでも持ち上げすぎです! だいたい、執務官試験を一発合格する人が何を言ってるんですかっ!》
 ヴィヴィオの言葉に、ティアナの死角で深く頷く二人。気軽く笑いながら、ヴィヴィオの抗議を華麗に受け流しつつ、話題を変えるティアナである。
「この後、ユーノさんの所に行くけれど……何か伝えて欲しいことはある?」
《そうなんですか? えーっと…………絶対合格するから、楽しみにしててねっ! って、お願い出来ますか?》
「了解。午後は実技試験だけなのよね? ――――と、ごめん。話してたら時間になっちゃったか」
 時計を見て、気まずそうに頬を掻くティアナに、ヴィヴィオは強気な笑顔とガッツ・ポーズで応える。
《大丈夫ですっ! なのはママが作ってくれたサンドウィッチも食べましたし、ティアナさんと話したおかげでエネルギー充填100%ですからっ! 誰が来たってへっちゃら平気、お茶の子さいさいですっ!》
《――――ほお、それは頼もしいじゃねーですか》
 ひぴくぅっ!!
 唐突に割り込んで来た言葉に、ヴィヴィオの全身が総毛立ち、ティアナもまた、条件反射で背筋が伸びる。そのさなか、ティアナの脳裏には先程レティから聞いた事が思い出されていた。
 すなわち、『試験官には身内を使うようにしている』と。
《…………あの……えっと…………実技の試験官って…………》
《まあ、誰が来たってお茶の子さいさいなんだから、問題ねーわな。ましてや、お前の試験用にリミッターを掛けてBランク相当になったあたしなんて、そりゃあもぉ大した事ないわ。なあ、ヴィヴィオ?》
 なにやら笑顔を維持しつつも、微妙に瞳孔が青みを帯びている紅の鉄騎を見て、それ以上に蒼褪めてゆくヴィヴィオの顔。
《まあ、あれだ、安心しろヴィヴィオ》
《…………あ、え、な、何を?》
《実技試験は勝敗とか関係ねえから、負けようがギガントで潰されようが、頑張れば受かるって事だよ覚悟は良いか?》
《ふ……ふええええええええんっ!!》
 言うが早いか、通信は強制的に切断され、モニターの中でヴィータとヴィヴィオの命懸けな鬼ごっこが始まった。
「…………大丈夫なんですか? ヴィータ副隊長で…………」
「…………んー…………まあ、教官資格も持ってる人だし…………ねえ?」
 レティだけは、何も心配要らないと言うように微笑んでいたが、特にヴィータの気の短さを良く知っているティアナは、六課時代の自分を思い出しつつ、ヴィヴィオを想い、静かに十字を切るのだった。
 
 視点は変わって、第27管理世界『アルフェス』へと移る。
 アルフェスは、文化レベルそのものは低く、『町』と言うよりも幾つかの『集落』が点在する事により成り立つ後進世界であるが、それにしては珍しく時空管理局の存在を認知され、比較的早い段階で管理世界へと統括された珍しい世界だった。
 ――――それには、一つの理由が有る。
 悠然と広がる景観は、第61管理世界『スプールス』に類似していると言えるだろうか。森林地帯が多く、平野はあまり目に付かない。たとえば上空から大地を見下ろしてみれば、深緑の絨毯が広がっている――――と評する程ではないにせよ、人工物もほとんど目には付かない。住人達も、大半は森林の中に居を構えているのだろう。地球に住む者が見れば、『まるでエルフが暮らしていそうだ』などと言うかも知れない。
 そんな風景の中に、時折閃くのは――――魔力光の残滓。それは、この森林の中で、誰かが攻性魔法を行使している事を物語っていた。
「――――行ったぞ! バインド、頼む!」
「任せて――――チェーン・バインド!!」
 ばぢんっ! ――――るぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっっっっ!!
 ツー・マン・セルで動いていたらしい男女の目論見通り、バインドに縛られた異形がおぞましい叫び声を上げる。異形――――その姿は、まさに『魔獣』とでも表現するのがしっくり来るようなそれだ。自らを絡み取るバインドを引きちぎらんと、猛烈に暴れ出す魔獣の前に、最初に声を上げた男性が敢然と躍り出る! その足下には、既にミッドチルダ式の魔法陣が構成されていて――――
「ウイング・シューター!」
 迸ったのは、数十発にも及ぶ直射弾! 体中の至る所を打ち叩かれて、魔獣はその場に崩折れた。しかし、二人に動きを止める暇はなく、耳を澄ませば同様の魔獣が迫る足音が、幾つも聞こえてくる。即座に後退を始めつつ、二人は一度視線を交わし合い、遥か前方を見遣り――――木陰の合間から朧に見える、桜色の魔力光へと駆ける。
《――――良いよ。あと少し、四人とも頑張って》
 響いた念話に背中を押されつつ、横合いに目を向ければ、別の方向を押さえていたもう一組のツー・マン・セルが、同様に魔獣を引き連れて駆けてくる所だった。四人は合流するや否や、言葉も交わさずにただ頷き合い――――それぞれのデバイスが同時に一つの魔法を発動させる。
《Flash Move.》
 木々の隙間は瞬間移動魔法を使うに当り些か狭かったが、それでも一直線に射線軸から逃げるだけなら問題もなく――――
《うん、大変よくできました》
 聞こえた声と共に四人は、視界に映っていた魔力光が爆発的にその威力を増す様を見た。
 そして、魔力光の源たるなのはは、大きく足を踏み込んで、その魔力を解放させる!
「ディヴァイン――――バスターーーーーーーっ!!」
 桜色の光条が、山と膨れ上がった。四人を追いかけていた魔獣は、じつに十数体にも及んだが、そのいずれもが回避すら赦されずに飲み込まれ――――後に残ったのは、魔力ダメージで昏倒した、死屍累々と倒れ伏す魔獣達の地獄絵図のみだった。
 がごんっ、ふしゅううううううう…………。
 排気ダクトから蒸気を吐き出すレイジング・ハートと共に、なのはもまた一つ息を吐く。と、そこにフォワードを務めていた四人が意気揚々と駆けてきた。
 『高町隊長、お疲れ様です!』
 辿り着くのも同時なら、晴れ晴れとした表情で敬礼するのも同時。実に仲良く息の合っている四人に微笑みながら、なのはもまた慰労の意を返した。
「みんなも、お疲れ様。うん、随分動きが良くなってきたね。射線軸への誘導も滞りなかったし、今日は十分合格点だね」
 なのはが言うと、皆一様に嬉しそうな表情を浮かべ――――ふと目の前に広がる光景を見てギョッとした。
「…………あの、高町隊長。失礼ですが、非殺傷設定をお使いになったんですよね?」
「え? うん、もちろん。どうして?」
「いや、何と言いますか…………どうして対物設定も無しに、こんな状況を作り出せるんですか?」
 呆れ半分に言われて、改めて自分の行いが生んだ結末を見てみれば、そこにはただ魔獣が倒れているだけでなく、『どんな台風が通り過ぎたらこうなるんだ』と言いたくなるように、翻弄され果てた木々の並みだった。折れているのではなく、曲がっているとか。
「…………えっと…………あの…………ちょっと、やり過ぎちゃったかな?」
《That's taking things too far, you know it.(ちょっとどころではありませんね)》
 苦笑いを浮かべるしか出来ない四人に代わり、レイジング・ハートが鋭く突っ込んで、なのはは気まずげに頬を掻くのだった。
 
 先述の理由とは、つまりこう言う事である。
 このアルフェスにおいて、住民を昔から悩ませていた存在があった。言うまでもなく、今なのは達が撃退した魔獣達なのだが――――ある時、偶然から時空管理局がアルフェスに介入したときに、少々事情が複雑になった。この世界の魔獣は、自然発生したものではなく、魔法先進世界の人間が行った実験の産物だったのである。それも、ロスト・ロギアと呼べる程に、古く精巧な技術をもって。
 行われていた実験は、一つの核を媒体として、周辺の余剰エネルギーを集め上げ、生体兵器を生成する……と言うものだった。無論、その産物が先程の魔獣になるわけであるが、この余剰エネルギーの蒐集と言うのが曲者だったのである。そもそも、かつてこの実験を始めた者は、無作為にこの世界を選んだのではなかった。豊富なバイタル――――動植物の溢れるこの世界は、エネルギー蒐集に際して非常に適していたのだが、逆に適し過ぎていたのだ。
 本来、蓄えられたエネルギーを使って自動的に魔獣を生成してゆくはずのシステムは、蒐集されるエネルギーに比して消費量が余りに小さく、数百年にも及ぶ歳月を経て蓄えられたエネルギーは、次元震を引き起こす可能性を保有する程になっていた。もちろん調査に当たった班は即座に封印処理へ着手しようとしたが、システムが余りにも密接に世界と直結していたため、下手に封印しその存在をカットしてしまえば、その空間から歪みが発生して、言わばエネルギーのバック・ドラフト現象とも言える事態が起きかねない――――つまり、どちらにせよ次元震級の災害を引き起こす可能性を否めなかったため、封印処理も断念せざるを得なかったのだ。
 仕方なく、時空管理局は次善策を選んだ。現地住民に事情を全て話して協力関係を築き、出現した魔獣を逐次無力化させてゆくことで、発生比率を高め、消費量を増大させる事で、核に蓄積された魔力量を減らそうと考えたのである。現地住民らはそれに理解を示し、管理世界として列席する事を受諾し、魔獣が発生する毎にそれを連絡する協力体制を取った。
 そして、管理局でも特に、教導隊がそこに目を付けた。なにしろ、生体兵器として作られた生命体である。戦闘能力は、並の武装局員でも戦える程度とは言え、実戦経験を積む相手としては、まさに申し分無いものだった。故に、なのはを初めとして、多くの教導官は、教導の一環として頻繁にこの世界を訪れ、実戦演習を行うのである。
 戦場の後始末を終えた一行は、拠点にしている集落へと戻ってきていた。核が安置されている遺跡から最も近い、管理局との連絡を一手に引き受けている馴染みの集落だ。
「――――と言うわけで、一度に発生するクリーチャーの量も質も、以前に比べれば格段に高まって来ています。このまま進めば、恐らく数年後には蓄積魔力量が減少し、封印処理をしても問題ないレベルまで収まると思いますが…………それだけに、この集落のクリーチャーによる危険も増えることになりますので、万が一の時には管理局への連絡を即時にお願いします。こちらも、緊急の事態に対処出来る人材を、出来るだけ常時配置出来るように手を回しますので」
「かしこまりました。高町一尉、いつもありがとうございます」
 丁寧な説明を受けて、柔和な顔のしわを深くして頭を下げる村の代表に、なのはも笑顔で敬礼する。
「いえ、こちらこそ、毎回こうして休息場所を提供していただき、ありがとうございます。それでは、今日はこれで…………遺跡の点検をしてから上がらせて頂きますので」
「はい、よろしくお願いいたします」
 丁寧に礼を尽くして退出すると、木漏れ日の中、駆けて来る小さな影が一つ。
「なのはたいちょーっ! おつかれさまですっ!」
「あ、こんにちわ、フィオ。今日も元気だね」
 フィオと呼ばれた少女は、ブレーキ音でも上がっていると錯覚しるほどの勢いで止まると、しゅびっ、と敬礼を一つした。
「絶好調ですっ! たいちょーがいらっしゃってる日は、風邪引いてたって元気ですよっ!」
「うん、そう言う日はちゃんと休んでてね」
「あう、つれない御方…………」
 浮き沈み激しく、ころころと表情を変えるフィオを見て、楽しげに笑うなのは。その笑顔につられて再び満面の笑顔になったフィオは、ポケットをゴソゴソとすると、一つの包みを取り出した。
「これは?」
「うちで作った砂糖菓子ですっ! 滋養強壮にも良いんですよ〜…………ですので、たいちょーどうぞ!」
「わたしに? フィオのじゃないの?」
 なのはが言うと、フィオはぐいぐいと包みを押しつけながら、さらに笑顔を輝かせる。
「良いんですっ! フィオはこんなに元気なので、いつも頑張ってるたいちょーが食べて下さいっ!」
「そう? ありがとうね、フィオ。じゃあ、いただこうかな」
 受け取った包みを開けて、中の菓子を口に含むと、洗練された甘さが口いっぱいに広がってゆく。
「――――うん、元気みなぎってきた。これでまた頑張れそうだよ、ありがとうね」
 なのはが笑顔で言うと、フィオは最高潮の笑顔を見せて、一礼した。
「それでは、わたしはこれで失礼しますっ! たいちょー、残りのお仕事も頑張って下さいねっ!」
「うん、またねフィオ」
 ゆるやかに手を振ると、来たときと同じようなダッシュで、フィオは木立の中へと走り去って行った。それを見送って、ふとなのはは愛娘の事を思い出す。そろそろ、ヴィヴィオは嘱託試験を終えた頃だろうか。フィオは、ちょうどヴィヴィオと同じくらいの年だった。さらに、この世界の人間としては高めの魔力資質を持っていて、将来は時空管理局に入ろうと考えている。元々は、初めてこの世界を訪れたときに、魔獣に襲われていたフィオを助けたのがきっかけだったが、それにより高町なのは、そして時空管理局戦技教導隊に憧れたのだから、その辺りはスバルとも似ているかも知れない。
「――――高町隊長! そろそろ参りましょう!」
 ふと、懐古の感慨に耽っていた心が、現世に引き戻される。
「うん! ごめんね、今行くよ!」
 答えながら、なのはは歩き出す。今日の任務を終わらせて、夜はヴィヴィオの合格祝いでうんと盛り上がろう。そう想いながら。
 
 ――――虚空から、自分を見つめる存在には、遂に気づけるはずもなく。
 ゆえに、どことも知れぬ所から呟かれた声も、誰一人として耳にする事が出来たわけもなくて――――
 
「――――さあ、始めましょうか。楽しい絶望の宴を」





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