学校の昼休みと言うものは、おしなべて心沸き立つものだ。
 給食制の学校であれば、食後の腹ごなしには少々激しい運動をする男子で校庭が賑わい、女子もまた、短い休み時間では読み切れない本を探しに図書室に繰り出したりする。
 ここ、私立聖祥大附属小学校のように、生徒各人が弁当持参の学校となると、さらに選択肢は広がってくる。
 前述のように、趣味に興じて長時休みを過ごす者もいれば、お気に入りの場所で気心の知れた友人達と、悠々と時間いっぱいを使って、食事とおしゃべりを楽しむ者達もいる。
 快活な美少女揃いで、校内でも何かと有名になっている事が多い、6年生の仲良し5人娘もそうだった。
 もちろん、高町なのはとその友人達である。
 なのは、フェイト、はやての誰かが、管理局の仕事で留守にしている時はともあれ、平時には5人で揃って屋上のベンチでお弁当タイム、と言うのが常だった。
 天気の良い日なら言わずもがな。降り注ぐ陽気と遠くに望む山並みが、午前の授業で凝り固まった頭を癒してくれるものだが、雨上がりの昼なども、これで中々乙なもので、運が良ければ、校庭を見下ろすように立ちのぼる虹を見られる事もある。
 さて、この日もご多分にもれず、5人でかしましく昼休みを満喫していた一同だったが…………
「――――ぃひゃっ!?」
 突然上がった素っ頓狂な悲鳴、それが非日常の始まりだった。
 
 【魔法少女リリカルなのはSS 『歯医者復活戦線』】
 
 一瞬、その場の空気が変な風に凍り付いた。
 普段からニコニコとよく笑い、交わされた会話にはしっかり反応するものの、どちらかと言えば寡黙で、自分から騒いだりする事は無い少女、フェイト・T・ハラオウンが突如として上げた不可思議な声に。
「――――どうしたの、フェイト? そんないきなり、鮎を飲み込み損なった長良川の鵜みたいな声を出して。何か変なものでも食べた?」
 言いつつも、母手製の甘くてふんわりとした玉子焼き(フェイトの大好物だったりする)に手を出そうとするアリサを箸で牽制しつつ、口元を手で覆ったフェイトは、戸惑いながら首を横に振る。
「そ、そんなことないよ。いつも通り、お母さんの作ってくれたお弁当は美味しいんだけど……なんか、口の中がちくって……」
 その言葉を受けて、大仰な動作で考え込むように見せるのは、時空管理局の現役特別捜査官でもある八神はやてだ。
「もしや――誰かがフェイトちゃんのお弁当の中に、小さな針を入れたんでは……」
「ええっ!?」
「あかん、フェイトちゃん! そのお弁当は敵の手に堕ちとる! 今すぐわたしが毒味を……」
 
 すぱけーん。
 
「ぅあやっ!?」
 どさくさと勢いに任せて、アリサと同じくフェイトの弁当を我が物にしようとしたはやてだったが、隣に座っていたすずかの手痛い突っ込みによって阻止される。ちなみに獲物は箸のケース、片端が軸棒で止まっていて、反対側が可動式になっているタイプの、叩き方によっては一度で二度叩けるアレである。
「駄目だよはやてちゃん、フェイトちゃんすぐに信じちゃうんだから」
 巧妙につむじの部分をしばかれて、軽く涙目になりながらも、はやては良い笑顔でサム・アップする。
「ナイス・ツッコミやすずかちゃん。けど、出来ればちょお、手加減してもらえると……」
 色々お約束なはやては置いておいて、なのはは心配そうに、フェイトの元に身を寄せた。
「フェイトちゃん、大丈夫?」
「あ、うん。なんか痛いと言うか冷たいと言うか……でも、模擬戦でいつも受けるダメージに比べたら大したことないから、平気だよ」
 その言葉に、困ったような苦笑いを浮かべるなのは。呆れたように、アリサが代わりに口を開く。
「そりゃそうでしょうよ。あんた達がどんな訓練してるか知らないけれど、そんな痛みが来るような食事、この世界にあってたまるもんですか」
 脇から、すずかがそっと、フェイトに紅茶の入ったコップを差し出して、
「はい、どうぞ。とりあえず、紅茶でも飲んで落ち着いて」
「ん、ありがとう、すずか」
 微笑んで受け取り、月村家特製の紅茶を口にしたフェイトだったが――――
「ひぅっ!」
 再び小さく悲鳴を上げて、危うく紅茶を取り落としそうになる。その仕草を見ていたなのはが、何かに気付いたように、はっと表情を変える。
「な、なのは?」
 今度は少々涙目になりつつ、自分をじーっと見つめて来るなのはに、フェイトは若干ドギマギして頬を赤らめていたが、次になのはが取った行動で、仰天する事になる。
「えい」
 
 ぷにっ。
 
「ぃうぇぁっ!?」
 意を決したようななのはが、唐突にフェイトの頬を人差し指で突いてくると、とんでもない激痛がフェイトを襲ったのだ。その痛みたるや、もはや涙目どころか、ぶわっと音を立てそうなほどの、大粒の涙が溢れてきた程だ。
「な、な、な、な……!」
 すでに言葉にならずに、なのはの方を信じられない、と言うような表情で指差すフェイト。他の3人は、展開について行けずに唖然としている。
「フェイトちゃん、お口開けて」
「え、あ、なんで……」
「いいから、開ける!」
「は、はい!」
 教導隊入りはまだまだ先のことと言えども、戦技教導官候補生の肩書きは伊達ではない。何やらモードが切り替わったなのはには逆らえず、言われるがままにフェイトは口を開ける。
 小さく指先に灯した光で、フェイトの口内を見たかと思うと、今度は鼻を近づけて何やら匂いを嗅いでいるようだ。
「は、は、はおは……はお……ほう」
 口を閉ざせず、言葉にならない言葉を漏らしているフェイトの頬が、限界と言わんばかりに紅潮して――。
「――やっぱり。フェイトちゃん、これ、虫歯だよ」
「…………え?」
 きょとん、と顔に書いたような声を出して、フェイトは可愛らしく小首を傾げた。
 はやて達3人も、それを聞いて合点がいったと納得する。
「なるほど、あまりにもフェイトと虫歯のイメージがかけ離れてたから、思いつかなかったわ。普通は最初から、それ以外考えられないわね」
 さもありなんと頷くアリサ。
「どうでも良いけど、なのはちゃんいつまでそうしてるん? 見た目結構、微妙な姿勢やよ」
 意地悪い笑みでそう言うはやてに、少し冷静に自分の状況を見直して――ぼんっ! と、レイジング・ハートもかくやと言わんばかりに、顔を真っ赤にするなのは。じっくりフェイトの様子を観察するためとは言え、両手を着いて猫伸びの体勢になり、フェイトの顔の目の前で、すんすんと匂いを嗅いでいたのである。小学生にあるまじき、扇情的な姿勢と言えるだろう。無論、なのはだけではなくフェイトの顔も、熟れた林檎のように真っ赤になっていたことは言うまでもない。ビバ上目遣い。
「フェイトちゃん、最近冷たいものが歯にしみるとか、そんな事は無かった?」
 すずかの言葉に、我に返ったフェイトが記憶を探ってみると、気にはしていなかったが、確かにそう言った瞬間があったことが思い出される。
「けど、不思議やね。ミッド式の魔導士は自意識に関係なく、常時から魔力で極薄の障壁を張っとるから、虫歯とかみたいなもんにはかかりにくいはずなんやけど……バルディッシュ?」
《Sorry.but,I don't know...》
 はやてがフェイトの愛機に水を向けてみるが、バルディッシュも主の慣れない状況に困惑しているのか、中々要領を得ない。
「……そう言えば、あんた達のソレ、喋るんだったわね。久し振りだったからちょっと驚いちゃったわよ」
 唐突に響いたハスキーな男性の声に、一瞬ビクンとなったアリサが、照れ隠しに頬を掻きながら独りごちる。当然のことながら、レイジング・ハートとバルディッシュには、余程の事がない限り学校では喋らないようにさせているため、アリサがバルディッシュの声に慣れていないのも無理は無い。と言うのも、転入初期の頃には、結構普通にバルディッシュと喋っていたフェイトだったが、その現場を学年主任の先生に目撃され、新しいおもちゃの持ち込みと誤解されて没収、放課後半べそをかいて受け取りに行くと言う憂き目に遭った事が、主立った原因だった。
 余談だが、その時に同行したなのはが、日本の学校の規則をきちんと教えていなかった自分が悪いと謝りだし、それに対してフェイトも自分が悪いと一点張りになってしまい、相互一歩も引かぬ譲り合い合戦の間に挟まれた学年主任が、苦笑いで頭を抱えたのは、案外言うまでもない日常風景であった。
「考えてみたら、虫歯になるのも当たり前かも。だって、リンディさんの作ってくれた食事を、いつも食べてるんでしょう?」
『……あー』
 すずかの言葉に、4人は一様に納得した。なるほど、あの砂糖職人の手に掛かれば、虫歯にならない子供などそういないだろう。小さい頃からこんなはずじゃない料理ばかり味わってきて、耐性が付いてしまっているフェイトの義兄はともかくとして。特に、フェイトは管理された食事で育ってきていて、バルディッシュも主の健康管理には、通常食でのデータしかなかったであろうから、正式に養子入りして2年弱で、フェイトが虫歯になってしまうのも、無理からぬ事ではあった。
「フェイトちゃん、今日の放課後は管理局のお仕事無かったよね? わたしもついて行けるから、歯医者さんに行こう?」
「はいしゃさん?」
「そう、そんな風に痛くなっちゃった歯を治してくれるお医者さんだよ。そのままじゃ、美味しくご飯食べられないもんね」
 優しく微笑むなのはに、フェイトの頬もほころぶ。
「うん、ありがとうなのは。それじゃ、お願いするよ」
 対して、すずかはともかくアリサとはやては、少々邪悪な笑みを浮かべていた。
「はやてさん、あなたは放課後何か予定はあるのかしら」
「いいえ、有りませんわアリサさん」
「それでは私たちも親友として――」
「こないな面白……いえ、大切な用事について行かないわけには行きませんですわね」
 なにやら不可思議な会話をする二人の表情は、すずかの純粋な微笑みに隠れて、フェイトには見えない。
「もちろん、私もついていくよ、フェイトちゃん」
 すずかの言葉に、フェイトは感じ入ったように皆に頭を下げる。
「みんな、ありがとう」
「気にすることないよ。頑張ってね、フェイトちゃん」
「うん、がんば…………がんばる?」
 
 キーン――コーン――カーン――コーン――。
 
 なのはがもらした不穏当な発言に、フェイトが先程と逆向きに小首を傾げた所で、昼休み終了の予鈴が鳴った。
 
 
 フェイト・T・ハラオウンは、己の甘さ、浅慮を悔いていた。故人は斯く語る、すなわち『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と。なるほど、いかな強敵であろうとも、その強さを裏付ける特筆点を捉え、さらには弱点を見いだすことが出来れば、いかようにも戦う事が出来るものだ。いきおい、その逆もまた然りである。全てを友人に任せきりにしてしまい、敵を――そう、『敵』である事すら知らなかった――知ろうともしなかった自分に、勝機が訪れるわけもなく……今年で3度目の挑戦を迎える、今の管理局で最も執務官に近い執務官候補生、フェイト・T・ハラオウンはかつてない恐怖に、冷たい汗を背に感じていた。
「…………なのは」
「ん、どうしたのフェイトちゃん?」
 この友人の笑顔が、ここまで歪んで見えたのは初めてだった。無論、歪んでいるのは自分の視界であって、この天使の如き少女の微笑みではないはずだった。もっとも、今は清教徒に堕落を唆すサタンの笑みにすら見えるのだが。
「ここって、お医者さんなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「ならなんで……こんな小洒落た工事現場みたいな音がするのかな?」
 
 ちゅぃぃぃぃぃん がりがりがりがりがり いゅぅぅぅぅぅぅぅぅん
 
「それはな、フェイトちゃん」
 なのはに代わって口を開いたのは、八神はやて特別捜査官。何故か、フェイトの右腕をしっかりと抱きしめている。
「ここに来る『お客さん』の口の中が、ちょお小洒落た工事現場になっとるからやよ♪」
 瞬間、フェイトの脳裏に閃くヴィジョン。白衣を着た眼鏡の男性が、ねじり鉢巻きに首掛けタオルで、イイ汗を流しながら、自分の歯の中に削岩機を突っ込もうと――――
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ……むぐっ!?」
「しーっ! 声が大きいわよフェイト!」
 思わず叫び声を上げてしまったフェイトの口を、アリサの手が、がばっと塞ぐ。すると当然虫歯にも手が当たるわけで、「ふむーっ!」と涙声を上げてしまうフェイト。慌てて、アリサは手を放して頭を下げる。
「ご、ごめん! つい……」
「ぃ……痛ひぃぃ……」
 心底痛そうにしているフェイトだったが、そこに救いの女神すずかが登場する。
「もう、アリサちゃん、気をつけてあげないと駄目だよ。フェイトちゃん、一人だけなら治療室までついて行っても良いって。よかったね、なのはちゃんが一緒なら怖くないでしょう?」
「すずか……うん、がんばるよ」
 隣に座っていたなのはも、優しくフェイトの手を握って、
「大丈夫だよ。わたしがこうやって、ギュッとしててあげるから」
「なのは……」
 どうにもまともに応援をしてくれていない気がするはやてとアリサに比べて、この二人の想いのなんと純粋なことか。大丈夫、なのはが近くに居てくれれば頑張れる。そうフェイトが想いを新たにしたその時だった。
「次の方ー。山田純一さーん」
 受付の言葉に立ち上がったのは、ちょうどフェイト達と同年代くらいの小学生男子。見た目頭は悪そうだが、体力は有りそうな悪ガキ真っ盛りタイプである。「おれ泣かないもん」と言う台詞の、『お』にアクセントが付くタイプだ。少年が席を立ち、診療室のドアをくぐって数分後――――
「…………ぃぃぃぇぇぇええええええええええんっ!!」
 豪快な泣き声が聞こえてきた。ちゅいーんががが、ってな音と共に。
「はやて放してーっ! わたし帰るーっ!」
「ええい往生際の悪いっ! さっきの良い雰囲気が台無しやないの!」
「フェイトちゃん、ほら、怖くない怖くない」
「こーーーわーーーいーーーのーーーっ!!」
 使い魔のアルフが見たら、女でも男泣きになりそうなほどに取り乱すフェイト。しかし、さすがに相手が戦技教導官候補生と特別捜査官の二人では分が悪すぎる。数分後、「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンさーん」と死刑宣告を告げる声が響き、両脇を固めたなのはとはやての間でべそをかきながら、さながら捕まった宇宙人のように連行されるフェイトの姿があった。
「なのは、ずっと手、握っててね、ほんとだよ?」
 潤んだ目で舌っ足らずに告げてくるフェイトを、なんとなく可愛いなーと思いながらも、なのははフェイトを安心させるように微笑む。アリサとすずかは、ハンカチを振り振り出征兵士を送る母親のような仕草で見送り、はやてはと言うと、
「……気がつくとな、なのはちゃんの手が屈強な男の手に変わってるんよ。それで、その手の持ち主もまたフェイトちゃんの歯に――」
「やだよぅやだよぅやだよぅ」
「……はやてちゃん、いい加減にしないと怒るよ」
「失礼しましたー♪」
 もはやガン泣きカウントダウンなフェイトの様子に、さすがになのはも眉を寄せて、はやてをたしなめる。はやてはぺろりと舌を出して、可愛らしく自分の頭を小突いてみせるが、反省の様子は皆無だった。
 そしていよいよ、診療所のドアが開き――――
 
 有り体に言うと、この歯科医院は治療スペースの配置に思慮が足りなかった。診療室のドアを開けるとすぐ、さすがに患者の顔が見えるような位置ではないものの、治療器具に関しては目の前に見えるように設置されていたのである。
 自然、フェイトの目に飛び込んできたのは、今まで見たことの無かった治療器具。なにやらごっつい吸引機であったり、細くても頑丈そうなドリルであったり、なんでそこまでと言いたくなるほどの鋭利な針であったり。
 そして、ドア一枚と言うのは思いの外音を遮断していたらしく、それまでは遠くから聞こえていた音が、一気にリアルとなり押し寄せてくる。子供達のすすり泣く音、バキュームのずおおおおお! ドリルのちゅいいいいいいいいいいん! でもってががががががががががが……
 
「バルディッシュ」
《Sonic drive》
「良い子だ」
 眩い閃光は、フェイトの身体から迸った奔流。光の波に圧されるように手を放してしまったなのはとはやての間から、すでにフェイトの気配は掻き消えて――――
「はやてちゃん!」
「封時結界展開っ!」
 なのはの叫びを聞くまでもなく、即時展開される即席の結界。途端に風景が色を失い、周囲から人の気配が消える。
「なのはちゃん、即席の結界やから、強度は無いに等しい。フェイトちゃんのザンバーやったら一瞬も保たんから、なるべく急いで捕まえて!」
「分かった! レイジング・ハート、セェットアップ!」
《All right.Drive ignition》
 一瞬にしてバリアジャケットを身に纏うと、なのはの足に生まれる桃色の翼。ドアをぶち破らんばかりの勢いで飛び出したなのはは、ひっくり返っているアリサとすずかに遭遇する。
「アリサちゃん、すずかちゃん、フェイトちゃんは!?」
「……ええと、あの、極薄が、フェイトの、スパッツで……」
 ソニック・フォームのフェイトの飛行のあおりを受けたのだろう、すずかは完全に目を回していて、アリサも朦朧とする意識でまとまらない言葉を呟きながら、それでもなんとか一方を指差した所で、力尽きたようにノビてしまう。恐らくはやては、自分達が見失ってしまったフェイトの行方を知るために、あえて結界の中に二人を取り込んだのだろうが、結果だけ見ればとんだ貧乏くじの二人だった。闇の書事件の時と言い、結界運の悪い二人である。
《はやてちゃん、アリサちゃんとすずかちゃんがノビちゃってるから、ごめんだけどお願い》
《了解や。なのはちゃんは、フェイトちゃんのこと頼むな》
《任せて!》
 念話で交信しつつも、なのはは全速でアクセル・フィンを繰る。色の無いビル群を抜けた先に見つけたフェイトの手には、良い感じでチャージされつつあるスプライト・ザンバーがあり――――
 
 ガシャゴン! ズン!
 
 なのはは、躊躇無くカートリッジをロードした。
《Accel shooter》
「1.3,5,7、行って!」
 なのはの接近を感じ取ったフェイトは、即座にスプライト・ザンバーのチャージを中断。注いでいた魔力をフォトン・ランサーに推移させて、4発の誘導弾を、なのはが本気で操り始める前に叩き落とす。
「フェイトちゃん、戻ろう。今ならまだ間に合うから」
 フェイトは、哀しげに微笑み、静かに首を横に振る。
「……駄目なんだなのは。わたしはやっぱり、なのはみたいに強くなれない。……と言うか、怖いよ、ほんと、無理、絶対」
 あの機器の幾つもが、自分の口内に入ってくるかと思うと、フェイトの肌には、冬でもないのに鳥肌が立つのだった。
「美味しいもの、食べられなくなっちゃうんだよ?」
「いいよ、我慢する」
「うちの特製のケーキも?」
「う……」
「お母さん特製のイチゴタルト、お母さん特製のミルフィーユ・シュークリーム、お母さん特製の……」
「ううううなのはの意地悪! いざとなったら痛覚遮断魔法使うよ!」
「フェイトちゃんの馬鹿! たかだかスイーツを食べるために、軍用魔法の使用許可が下りるわけがないじゃない!」
「なんとか抜け道を探してみせる!」
「この……駄々っ子!」
 微笑ましい口論に見えて、所々に物騒な発言が混じるのは、やはりこの二人ならではと言ったところか。言い合いながらも、フェイトはジリジリと後ずさりつつ、状況を確認する。なのはが同時使用出来るアクセル・シューターは、カートリッジ使用時で現在は18。うち4つは叩き落としたから、残りは14。アクセル・シューターを操っている間は、全力の砲撃が来ることはないので、ある程度は安心出来る――わけでは勿論ない。それだけ、アクセル・シューターの精度が上がるうえ、好きにさせようものなら、アクセル・シューターを操りつつの、ディバイン・バスターのチャージくらい平気でやってのける、それが高町なのは教導官候補生だ。
 時間を掛けてしまったら、はやてや、悪くすればヴォルケンリッターまでもが増援に駆けつけてしまうだろう。ならば、速攻でなのはを牽制しつつ、ソニック・フォームの機動力を活かしてビル群を抜けて、しかるべき距離を取ってからスプライト・ザンバーのチャージ。そこまで考えた所で、
「クロノ君だって、リンディさんだって心配するシューーーット!!」
「!?」
 口論しながら、マルチタスクで戦略を練っていたのは、なのはも同じだったらしい。口論の中で全く前触れもなく、6発のアクセル・シューターが火を噴く。しかも今度は、最初から誘導が開始されているらしく、実に予測が難しい軌道を走ってくる。
 (先手を取られたっ……でも!)
 戸惑ったのは一瞬、フェイトが取った行動は、非常に攻撃的なものだった。バルディッシュをハーケン・フォームにチェンジしつつ、一気になのはの懐に飛び込んで行ったのだ。しかし、なのはもそれは織り込み済みで、冷静にレイジング・ハートを構える。
《protection》
「読んでたよ、フェイトちゃん!」
「そうでも――ないよ!」
 アクセル・シューターを操作しつつ、レイジング・ハートの管制でプロテクションを起動。そこまではなのはの筋書き通りだったが、そこからがフェイトのターンに切り替わった。迫り来る誘導弾を紙一重で避けつつ、なのはに接近したフェイトは、プロテクションの僅かに手前で軌道転換したのである。
 (――――っ!?)
 顔には出さずに、胸中で動揺するなのは。プロテクションでフェイトの斬撃を防ぎつつ足止めし、背後から呼び戻したアクセル・シューターで挟撃、と言うのがなのはの描いた青写真だったのだ。――さらに、フェイトを追おうとしたその瞬間に、自分の周囲からいくつかの炸裂音が響く。それが、待機させていた8発のアクセル・シューターが落とされた音だと気付いて、今度こそまともに動揺の声を上げる。
「なっ……!?」
《Master!!》
 レイジング・ハートの言葉に振り向けば、すれ違ったフェイトはすでに、フォトン・ランサーを6発生成していた。
「ショット!」
 フェイトの言葉に応えて、フォトンランサーが高速で打ち出される。咄嗟になのははラウンド・シールドを展開して――――再び、今度はランサーが、なのはの横を通り過ぎて行く。そして背後から、もはや耳慣れた、アクセル・シューターの破裂音。なのははここに来て、ようやくフェイトの目的に思い当たる。そう、フェイトは執拗なまでに、アクセル・シューターを落とすことだけに拘ったのだ。
 なのはを倒せる可能性は、後先を考えずに全力を出しても五分。時間まで制限を受けている今となっては、ほぼ不可能に近い。対して、なのはと自分では、飛行の最高速こそ互角なものの、小回りの利かないなのはに対して、ビル群を抜けるような経路であれば相当に有利となる。ならば邪魔になるのは、アクセル・シューターだけだ。一度落としてしまえば、再び生成して管理下に置くまでに、多少なりとも時間を稼げる。その間に、撒くことが出来れば――そう考えての賭けは、大成功だった。後は、逃げ切った上で改めて、結界を切り裂くのみ――――
 
 さて、ここで一つ余談に興じさせて頂きたい。
 第97管理外世界である地球には、ミッドチルダにはすでに無くなって久しいものが、まだまだ残っているものだ。例えば、それは通信デバイスであったり、看板の類であったり。看板の類が何故激減したのかといえば、わざわざ資源を使ってプレートを作るよりも、立体映像等で案内板を投影してしまった方が、効率が良いからである。
 そして、当然だが、この地球において、飛行の必要が有る事態に陥ることなど、件のP・T事件や、闇の書事件のような事が起きなければそうそう無い。だから、フェイトは知らなかったのである。ミッドチルダでは、普通にすり抜けられる道路の案内板が、堅固なプレートで出来ている事に。
 
 ばいんっ! ずりずり……べちっ。
 
 まんまと出し抜かれ、悔恨の声を漏らしつつも、出来るだけフェイトを追おうと、アクセル・フィンを羽ばたかせようとしたなのはが見たものは、目の前で道路案内板に顔面から激突し、意識を吹っ飛ばしつつ、残留魔力だけでふわふわと地上に落下し、へたり込んでピクリともしないフェイトの姿だった。2年目の執務官試験で、7割の問題を回答欄をずらして記入してしまい、修正しようとして泣きながら解答を消していた所、全て消し終わった瞬間に試験終了。結果落ちてしまったフェイトの、うっかり遍歴にまた一つ、大きな事項が書き加えられる事になった。
「…………ってそんな事考えてる場合じゃないっ! はやてちゃぁぁぁん! フェイトちゃんが大変な事にっ!」
 
 
「――――あははははははははは! お、おっかしー! ほんとフェイトちゃんは、時々考えられないミスをするねーっ!」
「え、エイミィ、そんなに笑わないで、お願いだから……」
 次元航空艦『アースラ』に出向したなのは、フェイト、はやては、出迎えたエイミィに件の話をして――第一声がそれだった。フェイトの鼻とおでこにでっかく貼られた絆創膏が、痛々しくも抑えきれない笑いを誘う。エイミィは、まだ可笑しいと言うようにお腹を抱えながらも、にやけきった顔で結末を尋ねる。
「それで、結局どうなったの? 歯医者さんは」
「それがまた、傑作なんよエイミィさん」
「ある意味、運が良かったのかも知れないけどね」
 はやてとなのはの言葉を受けて、フェイトは軽く唇の端を上げて見せる。そこには、歯が有ったと思われる隙間が有った。
「珍しいことなんだけどね、わたしの歯、まだ乳歯が一本だけ残ってたんだって。それが虫歯だったみたいで、あの時の衝撃でこの通り……」
 ちょっと顔を赤く染めつつ、安堵の表情を隠さないフェイトに、エイミィは優しく微笑んで頭を撫でる。
「なるほど、結局、治療の必要は無くなったわけだ。良かったねーフェイトちゃん。今度は、虫歯にならないように気をつけないとね。ちゃんと歯を磨くんだぞ?」
「い、いつもちゃんと磨いてるよ! ほんとだよ?」
 真っ赤な顔で言うフェイトに、なのはもはやても顔を綻ばせて笑った。と、不意にエイミィが足を止める。
「ところで、3人とも、今日はどうしてアースラに出向になったか知ってる?」
 エイミィの言葉に、3人は顔を見合わせて、
「ううん、クロノ君から、取りあえず来てくれって言われただけですから」
「わたしも。普段から簡潔に用件だけ伝えてくるけれど、今日のは特に短かったな」
「そうやね。なんだか妙にニコニコしとったし、なんでやろ?」
 エイミィはそれを聞くと、頬から一筋の汗を垂らし、
「ところで、今日はこちらの部屋にお通ししてくれとの命令が出ております」
 言われて気付くと、そこは艦長室の目の前だった。普段なら、ブリーフィング・ルームかブリッジなので、中々に珍しい事態である。
「それじゃ、私はこの後、比較的速やかに通常業務に逃げ……いや、戻らないといけないので、ドアだけ開けて行くね、それ、ぽちっとな」
 エイミィは、唐突に挙動不審になりつつ、ドアの脇のスイッチを押すや否や、脱兎の如きスピードで逃げ出す。事ここに至って、ようやく3人も、何やらキナ臭くなってきた事に気付く。特に、思い至ってからのはやての行動は速かった。
「なのはちゃんなのはちゃん、わたし、唐突にお腹が痛くなってきたから帰りますってクロノ君に……」
 言いつつ去ろうとしたその瞬間だった。
 
 ばちぃぃんっ!
 
『――――バインドッ!?』
 3人の胴に、唐突に艦長室の中から伸びて来た魔力の鎖が巻き付く。しかも、それがごっつい力で引かれたからたまったものではない。
「いたっ!」
「あうっ!」
「うゃっ!」
 三者三様の悲鳴を上げて、部屋の執務机の前に引きずり倒される3人。あまりの扱いに抗議の声を上げようとしたはやては、口を開くことすら叶わず、その場で固まった。そこにいたのは、3人に連絡をしたクロノ・ハラオウン執務官と、リンディ・ハラオウン提督、そして、どうしてここにいるのやら、アリサ・バニングスと月村すずかだった。そして、その表情は一様に満面の笑顔で、こめかみにはでっかい青筋が立っていた。
「さて、断罪を始めようか」
 クロノが口にした物騒な言葉に、3人の背筋を恐ろしく冷たいものがよぎる。
「執務官候補生と戦技教導官候補生、特別捜査官の3人が揃っていて、管理外世界での大規模魔力行使か。幸い、結界の展開が早かったから誤魔化しきることは出来たものの、僕もリンディ提督も、揉消すのには結構大量のカードと血反吐をはき出す事になってしまったよ。ええ?」
 クロノに何故か妙に優しい声で、しかし、聞いたことのない凄みの文尾をつけられたりして、3人の緊張はいよいよ最高潮となった。と、そこで弾かれたようにはやてが顔を上げる。
「ちょ、ちょう待ち! それやったら、結界の生成をしたわたしはなんでこっち側におるん!? その話の流れやったら、わたしは悪い事してないやん!」
《はやて……!》
《ずるいよ一人だけ!》
《堪忍して、フェイトちゃん、なのはちゃん! だって、あのクロノ君、むっちゃ怖いんやもん……!》
 言葉と共に念話で口論。しかし、クロノ達の表情が変わることはなかった。
「その事に関しては、現地協力者にして、本件の重要参考人であるお二人から説明してもらいましょう。アリサさん、すずかさん?」
「なお、この部屋には現在特殊なフィールドが張ってあって、指向性のある念話でも僕達に筒抜けだから注意するように。はっはっは、こぉんな笑顔なのになにが怖いって言うんだコラはやて」
「ひぃぃぃぃぃぃすんませんっ!」
 クロノの補足説明の後に、アリサが前に出る。
「基本的に、あんたの罪状はあたしの申請によるものよ」
「なっ……!?」
「不必要なまでにフェイトの恐怖心を煽り、追い込んだものとする。とどのつまりは脅迫罪ね」
「な、なんでそないな告げ口みたいな……アリサちゃんのキャラとちゃうやん!」
 
 ドン!
 
 はやての言葉を遮るようにアリサは大きく足を踏み出し、膝に肘を乗せて手に顎を乗せ、なんだか船乗りのような男らしい格好で、はやてに凄みかける。もはや笑ってるのは口の端だけで、しかもひくついているのがかなり怖かった。
「あんた、あたしとすずかをフェイト探査機代わりに巻き込んだでしょう」
「あ、う、や、その……」
「まぁこれがね、結構風って痛いのよ。フェイトが巻き起こした旋風なんてもぉね、死ぬかと」
 アリサに続いてすずかもまた一歩踏み出し、にっこりと笑ったまま一言。
「はやてちゃん?」
「な、なに、すずかちゃん?」
「お・し・お・き♪」
「いややぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 はやて陥落。そこで、クロノとリンディは改めて、なのはとフェイトに向き直る。もはや二人は八岐大蛇に睨まれたフロッガーのようにすくみあがり――――
「さて、どうしてくれようかなコンチクショウ?」
『にゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
 相変わらずキャラを忘れたようなクロノの言葉に、二人の悲鳴がこだまするのであった。
 
 <了>
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――あとがき――
 
 初めまして、かじりまると言う流浪のなのはスキーです。
 このたびは拙作にして初作の『歯医者復活戦線』を御覧頂きましてありがとうございます。
 
 ……なんやねんこのタイトル( ̄□ ̄;)
 
 すみません、ノリだけで付けたタイトルなので、自分でもよくわかりませんm(__)m
 
 ミッドチルダ式魔導師のプラークコントロール的な話や、ミッドにおける看板の有無など、捏造感満載の設定をつけてしまってすみません。
 しかも、コンさんには投稿するにあたって、『なるべくキャラを壊さずに』とか書いていた割に、フェイトとはやては随分とキャラクターを濃くしてしまった気がします(汗)
 はやて、ただの悪ガキやん、これじゃorz
 
 リリカルなのは好きになってからは、まだまだ日の浅い新参者ですが、そこに向ける愛情は皆様に劣らないつもりです。
 こんな私の作品ですが、よろしければこれからもお付き合い下さると幸いです。
 今後ともよろしくお願いします。そしてもう一度、改めてありがとうございました。
 
 
 
 

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