頬を撫でる涼やかな風が、中学校に入った頃から伸ばし始めた亜麻色の髪と、纏い慣れた純白のバリアジャケットを揺らして過ぎる。強力な結界に囲われているとは言え、生命育む大自然の力は滔々と空を行き交う。風も然り、そして陽光もまた然り。
 戦技教導官高町なのはは、空を愛する。9歳の時に初めて舞い上がった空を、互いに名を呼び合った親友と征く空を、傷つき一度は墜ちながらなお、舞い戻った空を。
 そして今、その空の中で、彼女は一人の騎士と向かい合っていた。
 既に抜刀し、右手に携えるのは猛き炎の魔剣レヴァンティン。一つに纏めた長髪は炎の中ですらなお映え、凛とした眼差しは見る敵を怯ませ、護るべき者に安堵と信頼を与える。敬愛する主に与えられた騎士甲冑は、堅固でありながらも無骨な印象を与えることはなく、そこに在るはまさに、天上の戦乙女と言う――ヴォルケンリッター筆頭、烈火の将シグナムである。
 そのシグナムは、不敵かつ純粋な笑みを抑えぬままに、目の前にいるエースに口を開いた。
「――ようやくだ、なのは。どれほどこの時を待ち望んでいたことか」
 長くお預けされてにされていた玩具を、やっとの事で買い与えられた幼子のように――いや、事実その心境なのだろう、シグナムは感無量と言葉を紡ぐ。
「勝利でも敗北でも……いずれにしても、私を落胆させるような戦いだけはしてくれるなよ、エース・オブ・エース」
 左手に携えた愛杖、我が身の通り名の礎となった魔導士の杖、レイジング・ハートをゆっくりと構えつつ、なのはも普段はあまり見せない、高揚した表情のままに答える。
「ご安心を。ここまで来たら、もうごねませんから。シグナムさんも、あまり簡単に墜ちないで下さいね。せっかくなんで、試してみたい事は沢山有るんです」
「嬉しいことを言ってくれる」
 モニター越しに見ていた、旧知の友人達が驚くような発言をするなのはに、シグナムの笑みもまた強くなる。と、二人の脳裏に、増幅された念話が若干の呆れを滲ませて流れてきた。
《何とも物騒な会話だな。一応言っておくが、これは模擬戦の範疇だぞ。くれぐれも、熱くなりすぎる事はないように注意してくれ、二人とも》
 艦船クラウディア艦長、クロノ・ハラオウンである。平時ならここ、管理局付近に居ることなど滅多にない彼だが、今日この日は別だった。
 戦技教導官高町なのは一等空尉と、武装隊二等空尉のシグナム。この二人によって行われる戦技披露会の仲介人として、自分が選出されてしまった事を、事ここに至った今でも、クロノは激しく憂鬱に思っている。
 どだい、まともな模擬戦レベルで終わるわけが無いのである。大威力でのガチンコな戦いになることは言うに及ばず、血で血を洗うような血戦にならなければ良いのだがと、本気で思う。いざと言う時に、二人を仲裁しなければならない立場など、誰が好き好んでやりたいものか。なぜ、こと結界と防御に関して言えば、管理局でも他の追随を許さないユーノ・スクライアを選ばなかったのか、クロノには甚だ疑問だった。
 もっとも、当人に聞いてみれば、イイ笑顔でのサム・ダウンと極太の青筋付きで、「お前が三日前に申請してくれた、体中の穴という穴から血が噴き出しそうなほどの調査依頼のせいだよこの野郎」等と言って、尖った拳で殴られそうだが。
 かつて、なのはとフェイトの戦闘を止めた時の自分は、若気の至りとしか思えない蛮勇をしでかしたものだ。戦闘態勢に入っているAAAランク魔導士の間に飛び込むなどと。試しに、今日この戦闘で、同じ事をやってみたと仮定し、想像する。
『ストップだ! この戦いは管りょぶるわはぁっ!?』
 ほら見ろ、最後まで言葉を言わせてくれなかった。クロノは胸中で嘆息する。
「なに、大丈夫だ。まさか殺してしまったりはしない」
《その認識からしてすでに、ボーダーラインが低すぎる気がするんだが……もういい。君もなのはも、模擬戦で仕事に関わる負傷を負ったり、負わせてしまったりするほどの無分別ではないだろうからな》
 シグナムの言葉と、それに臆することのないなのはの表情を見て、もはや何も言うまいとばかりに、クロノは諦観に耽り、投遣りに試合の開始を告げる。
《非殺傷設定は言うに及ばず。あくまでも戦技披露会であるからして、局員の手本となるような戦闘を行うように。では――――》
 
 【魔法少女リリカルなのはSS 『死闘遊戯』】
 
 そもそもの発端は、十日前のフェイトとの模擬戦だった。
 状況としてはいつもと同じく、偶々の休みに暇を持て余したシグナムが、同じく偶然本局に戻り、手持ち無沙汰に雑務をこなしていたフェイトを捕まえて、模擬戦を行おうとした所である。その折、調べ物のために無限書庫を訪れていたはやてが、シグナムとフェイトの模擬戦の話を聞きつけて観戦を決め、その旨をなのはに念話で送ったところ、新人達の良い刺激になるとして、教導を一区切りさせ、休憩を兼ねて見学に連れ立ったのだ。
 連なった偶然と思惑は、その輪を長く伸ばしていったが、結論としては短いものである。この日、シグナムとフェイトの模擬戦は、なのはとヴィータ、はやてとリイン、そして、なのはが教導する生徒達によって、見守られる事になった。
「……なにやらギャラリーは増えてしまったが、いつもと同じだテスタロッサ。怪我を負わせないように気をつけるからな」
「おかまいなく。あなたのための救急箱の準備は出来ていますから」
 軽口を叩き合い、友としての笑みを絶やさない二人だが、その身体から吹き出す闘気は尋常ではなかった。我知らず息を呑む音が、なのはの周囲のそこかしこから聞こえて来る。緊張を隠すことも出来ない教え子達に苦笑しながら、なのはは全体に向けて口を開く。
「目で追おうとしても、無理だからね。特にフェイトちゃんの動きは、通常の対応で処理できる速度を二回りは上回っているから。例えば肩、例えば足。一点に絞って動きを追って、少しずつ慣れてきてから全体像を把握する、それが基本だって忘れないで。出来るだけ多くの事を盗んで、活かせるようにね」
『はいっ!』
 なのはの言葉に、頷く武装局員達。その様子に満足そうに頷き、自身も二人の挙動に注目しつつ、隣に立つはやてに声を掛ける。
「さてはやてちゃん、今日はどっちが勝つと思う?」
 問われたはやては、特に深く考えることもせず、軽い口調で答えた。
「ん〜……こないだの模擬戦が、フェイトちゃんの勝ちやったからね。多分今日はシグナムの勝ちやないかな?」
 なんともいい加減な予想ではあるが、あながち的を外した意見でもない。何しろこの二人の負けず嫌いと言ったら、尋常で済ませられるレベルではない。ここ最近の戦績は、面白いようにイーブンで、互いの5勝5敗5分けと言う展開である。はやてが言った通り、前回の戦いではフェイトが勝ちを拾ったため、今日はシグナムの優勢、ないしは引き分けに終わるだろうと予想できるのだ。なのはの隣で眠そうに欠伸をしている紅の鉄騎も同意見のようである。武装局員を除けば、前のめりになっているのは、はやての肩に腰掛けるリインフォースUだけのようだ。
「リインは何度見ても、楽しくてしょうがないみたいやね」
「はいです! フェイトさんの機動もシグナムの戦術も、とっても参考になるです! 今よりもっとはやてちゃんの役に立てるように、しっかり勉強しなくちゃいけませんから!」
 小さくも健気で頼もしい末娘に、母親の眼差しで目を細めるはやて。おーきにな、と小さい頭を撫でてやると、リインも気持ち良さそうに微笑む。と、気怠げだったヴィータの気配が、戦っている時のそれに近いものに変質すした。それだけで、何も言わずともに緊張が増しす。張りつめた空気の中、なのは、はやて、ヴィータは落ち着いた表情で二人の戦姫の様子を見守り、リインと武装局員達は、呼吸すら忘れたかのように一心不乱に二人を注視する。そのままま十数秒も経過したところで、酸素が足りなくなった武装局員の一人が喘ぐように空気を求め――――
 
 ――――ギィィィィン!!
 
 その呼吸音がトリガーだった。
 フェイトの挙動に注目していた者は、一様にその姿を見失い、シグナムの動きを追おうとしていた者は、唐突に視界にたなびいた金髪に仰天した。しかし、そのどちらもが驚愕の声すら上げられぬままに、一合、二合と切り結ぶ二人。速度はやはり、フェイトの方が上。次第にシグナムが圧され始め――――
「――――ぃぇいっ!」
「っ……!!」
 ほんの僅かな、隙とも言えぬ間隙を縫って、レヴァンティンが閃く。振り下ろそうとしていたハーケン・フォームのバルディッシュが届くよりも先に、レヴァンティンが自分の胴を薙ぐ事に気付いたフェイトは、咄嗟に上空に舞い上がる。辛くも爪先を掠めてゆくレヴァンティンを意識しつつ、舞い上がるフェイトは行きがけの駄賃とばかりにフォトン・ランサーをばらまいてゆく。ろくに設定もせずに放ったそれらは、決定打になるべくもないが、それでも足止めの役には立ったか、シグナムの追撃は無く――――違う!
《schlangeform!》
「シュランゲ――――」
「くっ…………」
 間に合うか? 自答する間もなく、身を翻しシグナムの手元に集中し……
「――――バイセン!!」
 解き放たれた連結刃が、縦横無尽に駆け巡り、フェイトの行く手を蹂躙する。冷静に軌道を見極め、フェイトが取った選択肢は、
「前にっ!?」
 誰かが思わず上げてしまった叫びも無理は無い。荒ぶる刃の渦巻く中に、フェイトは敢えてその身を投じていったのだ。シグナムの口元が驚喜に歪む。何よりも、フェイトのその勇気に。果たしてフェイトは、一太刀も掠らせることなく、シグナムの懐まで辿り着き、勢いを殺さぬままに、魔力の鎌を振り下ろす。連結刃を戻す余裕など有るはずもなく、シグナムは腰に履いていた鞘を引き抜き、魔力を込めたそれを用いて、すんでの所で打ち払った。次いで繰り出した回し蹴りは、フェイトの前髪を揺らしただけで、その瞬間にはすでに、フェイトは十数メートルも後退していた。今度は、シグナムの表情に若干の焦りが滲む。連結刃が太刀を形成する僅かな時間に、フェイトの手の内から、聞き慣れた炸裂音と落ち着いたデバイスの声が響いたのだ。
 
 ――――ガゴン、ジャキン!!
 
《Zamberform》
 自身のレヴァンティンとは一風違う、落ち着いた男性の声。しかし、迸る威力はレヴァンティンに勝るとも劣らない。
「撃ち貫け…………雷神!」
 今度は、シグナムが全力で回避する番だった。挙動一つ分遅れたため、同威力での相殺は不可能。考えるよりも先に、右に跳んで射線軸から身体を逃がすが、有効範囲から逃げ切れないのは当のシグナムが一番良く分かっていた。そして、稲妻の大剣は抑えきれないその力を解放する。
《Jet Zamber》
 その瞬間、レヴァンティンも一発のカートリッジをロードし、柄と剣の腹を支えて衝撃に備える主を守るべく、全開で防御魔法を形成する。練り上がったのは、ジェット・ザンバーに撃ち貫かれる、僅かに前だった。
《Panzergeist!》
 刹那の差でシグナムの身体を燐光が包み込み、もろともに薙ぎ倒さんと、金色の奔流がシグナムを飲み込む。フェイトに残った手応えは――――浅い! ジェット・ザンバーの威力に無理に抗せず、奔流を転がるようにして受け流したシグナムが、そのまま自身に迫り来るのを自覚して――――追ってフェイトが取った行動は、殆ど勘に頼ったものだった。ジェット・ザンバーの残滓をこぼして、若干短くなった大剣を、止めぬままに振り上げて…………結果、フェイトのバルディッシュはシグナムの脇腹の前で止まり、シグナムのレヴァンティンもまたフェイトの額の前で止められていた。
「――そこまで! やね。二人とも、お疲れさんや」
 はやての声に、ようやく呼吸することを許されたかのように、そこかしこから溜息と伸びの声が聞こえてくる。戦闘時間は、実際には僅かに1分と言った所。それでも、その場にいた者達――なのは達3人を除く――には、永劫の時にすら感じていた。
 シグナムとフェイトも、武器を収めつつ、互いに健闘を讃え合い……
「よく頑張ったなテスタロッサ。今回は私の勝利だったとは言え、なかなか際どい戦いだった」
「そんなボロボロの騎士甲冑を纏ったままで、何を言いますかシグナム。今日は私の勝ちです、危ない所でしたけれどね」
 満面の笑みのまま宣言したシグナムに、これまた満面の笑みで返すフェイト。瞬間、空気が凍り付く。
「ははは、面白いことを言うではないかテスタロッサ。あのまま続けていれば、今頃お前の額は割れているぞ。どれだけ頭の固いお前と言えども、さすがにレヴァンティンを通さぬ程ではあるまい」
「シグナムこそ、バルディッシュ・ザンバーの切れ味を甘く見てもらったら困ります。私の額を割る前に、シグナムの胴体は泣き別れですよ。確かにシグナムのしつこさなら、上半身だけでも剣を振れるかも知れませんけどね」
 次第に引きつってゆく両者の笑顔。意地の張り合いは、徐々にエスカレートし、かつ低俗になってゆく。曰く、防御魔法の回数が少なかった。曰く、カートリッジからの供給量が少なかった。曰く、朝ご飯のカロリーが低かった――――
『はい、そこまで』
 
 がごちんっ!
 
「ぇうっ!?」
「つぁっ!?」
 先程まで、歴戦のベテランも裸足で逃げ出す戦いを繰り広げていた二人が、同時に素っ頓狂な声を上げて突っ伏す。それぞれの後ろには、杖状のレイジング・ハートを手にしたなのはと、槌状のグラーフ・アイゼンを振り下ろしたヴィータが立っていた。
《……Master. I'm not a club. You see?》
 レイジング・ハートとしては、さすがに納得行かない扱いだったらしく、控えめに抗議の声を上げていたりするが、なのははそれを黙殺して、武装局員達の方に向き直る。
「多分、ついて行けない部分も多かったと思うけれど、高レベルの戦闘を観るのは、みんなも勉強になったよね? 今の自分に出来る所から参考にして、これからの訓練に役立てていこう。あ、でも最後の口頭での小競り合いは、全くもって低レベルなので真似しないようにねー」
 
 どっ。
 
「た、高町教導官! その言い種は幾ら何でも酷くはないか!?」
「どっ、て! 今、私達みんなに笑われたっ!?」
 心外とばかりに狼狽する二人だが、苦笑気味のはやてが更に追い打ちをかけてくる。
「そうは言うても、誰がどう見たって引き分けやよ、さっきの。それをこうも駄々こねるんなら……なあ?」
「はいです。シグナムもフェイトさんも、子供です」
「こっ……」
「どっ……」
 シグナム、フェイト、見た目も実年齢も幼女の末妹に断言され、撃沈。
「んじゃ、そろそろ休憩も終わりだ。お前ら、ボーッとしてないで訓練所に戻るぞ。せっかく良いものを観た後なんだから、勿体ない時間の使い方はすんなー」
 ヴィータの言葉に、各々が返事をして歩き出そうとした時、一人の女性局員がおずおずと手を挙げる。それを目敏く見つけたなのはは、歩を止めて先生の顔になる。
「なにかな? 質問は、今の内に終わらせておこうか」
 今の戦闘を観て気付いた事、気になった事が有るのなら、その部分に明確な解答を提示することは非常にプラスになるだろう。もしくは、質問に質問で返して課題を与えるのも、この場合はそう悪くない。そんな事を頭の中で考えていたなのはだったが、問われた内容は少々予想外のものだった。
「あの、高町教導官なら、シグナム二尉やハラオウン執務官とは、どのように戦うのでしょうか?」
「え゛?」
 途端に引きつるなのはの表情。隣のヴィータも、あ〜あ言っちまった、とばかりに顔を手で覆っている。
「すみません、こんな不躾な質問をしてしまって。ですが、普段から高町教導官の強さを目の当たりにしている私としましては、ご自身とタイプが違い、かつあそこまで洗練していられるお二人を相手に、どんな戦術を組み立てるのかと興味が湧きまして。
 お答えいただけますか?」
「…………いや、その……」
 歯切れの悪いなのはの後ろで、縦線を背負っていたはずのバトルマニアが、一気に息を吹き返していた。不敵な笑みを浮かべ、爛々と輝く瞳でなのはの肩に手を置く。
「――さあ、高町教導官なら、どのようにされるのでしょうね?」
「あー、えと、ですね?」
 シグナムは、大袈裟な動きでもって芝居がかりつつ、歌い上げるようになのはを追い詰めに掛かる。
「口頭で説明するにしても、中々説明しきる事は難しいでしょう。まさに高町教導官の生まれた世界で言われるように、『百聞は一見にしかず』との教えもあるものです。ここは一つ、私と高町教導官で実演してみるのが早いのでは?」
 普段の寡黙が嘘かと思うほどに、饒舌になのはの逃げ道を塞いでゆくシグナム。なのはは必死に視線を逸らしつつ、マルチタスクで逃げ道を探す。そして、ギリギリで集め尽くした理論を無理矢理にでも纏め上げた。
「…………あー、知っての通り、わたしは砲撃型――中距離火砲支援型の魔導士です。単独での戦闘をこなすことも可能ですけれど、二人のようなタイプの魔導士との一対一の戦闘は、そもそも出来るだけ起こらないようにするのが先決ですね。
 どうしてもそうせざるを得ない状況になったとすれば、高速誘導弾を用いて動きを止めつつ、牽制の砲撃、バインドを駆使して前衛タイプの仲間の到着を待ちます。そして、連携しての撃破。これが理想となります。――他には?」
 ――うん、咄嗟に考えた建前理論としては完璧。別に嘘を言っているわけじゃないし――なのはが胸中で独りごちると、あからさまに不満を覗かせたシグナムがいた。
「なんだ、せっかく高町教導官とやれる好機と思ったのだが……」
 わざとらしい敬語もやめて、少々ぶーたれるシグナム。いよいよこのまま付き合っていると、無理矢理模擬戦に引きずり込まれない。そう判断したなのはは、戦略的撤退を試みる事にした。幸い、先程の答えに満足したのか、先刻の女性局員も、これ以上何かを言おうとするそぶりは無い。それを認めるとなのはは、そそくさと逃げるように歩き出した。最後に、シグナムの方を振り返って一言残す。
「ごめんなさい。シグナム二尉とは……その、色々とやりづらいので、出来れば一対一は勘弁して下さい」
 そう言って、頭を下げてその場を後にするなのは。それに続いたのは、ヴィータだった。ヴィータもまた去り際に、歩きながらシグナムへと念話を送る。
《気、悪くすんなよ。なのはだって、別にシグナムにびびってるとか、嫌いだとか、そんなんでお前との模擬戦を断ってるわけじゃねーんだからさ。あいつも、色々あんだよ》
 ヴィータの言葉にも、シグナムは不機嫌を隠そうともしない。
《そうは言っても、のらりくらりと一対一の模擬戦を避けられ続けて、これでもう9年だ。知らぬ仲でもあるまいに、いくらなんでも付き合いが悪過ぎるとは思わんか?》
 ヴィータとしては、シグナムの気持ちも分かるが、恐らくこの中で唯一、なのはがここまで頑なにシグナムとの模擬戦を拒む、本当の理由を知っているので、普段は中々見られない、子供っぽい拗ね方をしている烈火の将に苦笑しつつ、
《まあ、あんまり管理局のエース・オブ・エースを困らせてやんなよ?》
 シグナムを嗜める、と言う珍しい立場にいる自分を楽しみながら、その場を後にした。
 ようやくそれに続いて、武装局員達も、三々五々訓練所に向けて戻り始める。口々に、先刻の模擬戦の感想を述べつつ、中には勝手な予想で、なのはとシグナムが戦ったらどうなるかを考えている者などもいた。シグナムとフェイトも、騎士甲冑やバリア・ジャケットを解除して、シャワー室へ向かおうとして――――
「――――シグナム?」
「……は、何でしょう主はやて」
 そのシグナムを呼び止めたのは、先程から一言も喋らず、何やら考えていたはやてだった。フェイトも足を止め、9年来の親友の方を見る。
「はやて?」
「……シグナム、なのはちゃんと戦ってみたい?」
 言わずもがなの質問。当然シグナムは、大きく頷き思いを語る。
「――なのはは、私が培ってきた幾百の歳の中でも、類を見ない砲撃魔導士です。通常の戦闘では考えられない威力、それを奢らない冷静さ、自らの特化点を活かしきるだけの戦闘センス、どれを取っても、これほど心躍る相手はそういません。テスタロッサとの戦闘も、無論良い鍛錬になるのですが……いかんせん同じ相手とばかりやっていると、いざと言うときの引き出しを狭めてしまう。一度でも良いので、彼女とは真剣に勝負してみたいと言うのが、私の本心です」
「シグナム……」
 あまりに真剣なシグナムの表情に、フェイトも思わず、なのはもケチケチしないで戦ってあげれば良いのに、と独りごちてしまう。そもそもが、フェイトもバトルマニアに近い部分を持っているので、なのは対シグナムと言うのは、非常に興味深いカードなのである。
 と、シグナムの話を聞いていたはやてが、にまり、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「その願い……叶えたげよか?」
 
 
 翌日、時計の針が正午を示す僅かに前、八神はやては書類の整理を一段落させて、本局の休憩スペースとして解放されているバルコニーにて羽根を伸ばしていた。疲れの溜まったマイスターのためにと、リインはコーヒーを求めて購買まで飛んでいる。
「んんっ……なんや、晴れた日に涼しい風っちゅーんは、ほんと気持ちええなー」
 袖を通さず引っ掛けたジャケットがちょうど良いくらいの、暑いと言うには程遠い心地良い陽気の中で、はやては束の間の休息を堪能していた……と、
 
 のし! のし! のし! のし!
 
 (……どうやったらこないな音が出せるんやろか?)
 胸中で疑問に思いつつ、はやては後ろから近づいてくる強烈なプレッシャーに、しかし微塵の動揺も見せずに足音の主の到着を待った。
「――――はやてちゃん、これはどういう事かな?」
 確認するまでもなく、そこにいたのは不屈のエース。勿体ぶって振り向き、差し出されていた辞令に目を通す。
「……どういう事って?」
 あまりにも分かり易く、そらとぼけるはやてに、なのはは毒気を抜かれたように溜息を吐く。
「はやてちゃん……いくらなんだって、辞令の責任者の欄にレティ提督やらナカジマ三佐とか、はやてちゃんゆかりの上官名ばかりが記されてたら、わたしでも気付くよ?」
 言葉通り、なのはの持ってきた辞令を出したのは、はやてが懇意にしてきた管理局のキャリアばかりだった。そして、肝心の辞令内容とは――――
 
『通達。本年度における戦技披露会は、以下の両名によって行うものとする。
 一、戦技教導官 高町なのは 一等空尉
 一、航空隊 八神シグナム 二等空尉
 両名は時空管理局職員としてふさわしい――――』
 
「あれほど嫌だ、って言ってるのに、酷いよはやてちゃん」
 本当に困った、と言わんばかりの表情で泣きを入れるなのはの様子に、はやても流石にばつが悪くなったか、頬を掻きつつ口を開く。
「あー……その、ごめんななのはちゃん。けど、シグナムは本気で、なのはちゃんと戦いたがってるんよ。興味半分とか、ただの意地とかそんなんやなくて、騎士として、自分を高めるためにって。わたしはあの子たちの保護責任者やし、八神家ではお母さんみたいなものや。そやから、出来るだけあの子たちのやりたい事させてあげたいんや。
 ――けど……ほんとにごめんな。なのはちゃん、そこまで嫌がると思ってなくて……」
 気まずげに顔を伏せるはやてに、なのはも気まずそうに頬を掻く。失礼な話、はやてがまた、面白半分に仕掛けてきたちょっかいかと思っていたのだが、こう素直に頭を下げられると、なのはとしても想定外だった。やがて、もう一度大きく溜息をついて、
「…………はやてちゃん、顔を上げて。そういう事なら、もう良いよ。けど、一つだけお願いがあるんだ」
「――なに?」
「今度の戦技披露会、映像収集関連を掌握する事は出来る? 場合によっては、あまり流出させたくないないんだ。わたしの戦闘データを」
 はやては瞬時に頭の中に人間関係を思い浮かべる。あーしてこーして、こう脅して、このコネを使ってねじ込めば――――
「うん、出来るよ」
 結論は早かった。その経路には、色々ときな臭い部分があったが、それはおくびにも出さない。
「けど、なんでそないなこと、今更気にするん? なのはちゃんの戦闘データって言うけれど、とっくに流出しまくってるやないの?」
 それに対して、なのはは意味ありげに微笑み、悪戯っぽく人差し指を立ててみせる。
「秘密。やるとなったら、はやてちゃんはシグナムさん側の人だからね。わたしに不利になるかも知れない情報は漏らしません。あ、それから、交換条件として、来週の戦技披露会までヴィータちゃんを借りるね。練習相手に付き合って欲しいから」
「? ……そりゃまあ、ヴィータがええって言えばええんやけど……」
 これもはやてとしては、不可解な話だった。元より、なのはとヴィータは所属が同じのため、何も言わずともそのくらいは出来るものなのだが――――
 
 はやてがその言葉の意味を知ったのは、その日の夜にヴィータから、『しばらくなのはん家に泊まります』と言う連絡が来てからだった。
 なお、同じくその夜、はやては出会ってから最高の笑顔で、キラキラしたものを背負ったまま、感極まってはやてを抱き締めてきた烈火の将によって、背骨がへし折られそうになった事を記録しておく。
 
 
 そしてようやく、話は冒頭まで遡る。特設されたスペースの中、割り当てられた席に着いて、ヴィータは一週間ぶりのはやての膝を堪能していた。末娘のリインの手前も気にせず、緩んだ顔でゴロゴロとはやてに懐いている姿からは、戦闘中の凛々しい表情など浮かぶべくもない。
「ヴィータ、なのはちゃんはこの一週間どうやった?」
 何の気無しに問い掛けるはやてに、ヴィータの表情が微妙に歪み、遠い目をする。
「どうもこうも……あんな風に全力で調整するなのは、久し振りに見たよ。訓練で非殺傷だってのに、何度『殺される』って思った事か」
 身震いするヴィータに、周囲もその恐怖が伝染したか、冷たい汗を感じる。隣にいたフェイトが、雰囲気を変えようと話題を――結局なのはの事ではあるが――変えた。
「けど、どうしてあそこまで頑なに拒んでたのかな。なのはも、訓練とかは好きなはずだから、もっと頻繁にやっても良いと思うんだけど……」
 その言葉に、ヴィータはにやりと笑う。
「……もー言っても平気だよな。ねえはやて、今回なのはが承諾した条件はなんだった?」
「? 映像収集関連の掌握やけど。あ、向こうは問題無いかな?」
《ザフィーラ、機器に異常は無いか?》
 ついでとばかりに、はやては離れた部屋にいるザフィーラに念話をつなぐ。そのザフィーラはと言うと、慣れない機械類を前に悪戦苦闘していた。
《問題有りません、主。……む、いかん》
《ちょ、なんや今のいかんて!?》
《いえ、なんでも、ぬ、ぐ》
《ザフィーラーっ!?》
 予想以上に手こずっている様子のザフィーラに、はやては思わず念話で叫んでしまうが、
「大丈夫だよ、はやて。援軍を頼んでるから」
 フェイトの言葉と同時に、念話に割り込んでくる声。
《はやてかい? こっちの事は心配しなくて良いよ。あたしも手伝うことにしたからさ》
《アルフさん? ほんまに? おーきに、それなら安心出来るわ》
 ザフィーラの横に来た少女姿の使い魔が、不器用に機械をいじくっていたザフィーラの代わりに、機器を正常に動作させる。
「……すまん、恩に着る」
 落ち込んだように言うザフィーラに、アルフは苦笑して一言。
「良いって。けどアンタ、どうしてその姿のまま椅子に座ってるのさ。狼形態でボタンいじくるのは、さすがに無理あるだろ」
「…………おお」
 最近ずっと、狼形態でいたため、すっかりそれに思い当たらなかったザフィーラは、慌てて人型になる。褐色の偉丈夫が頬を染めている姿は、不思議と可愛いものがあった。思わず背伸びして、なでこなでこと頭を撫でてしまうアルフだったが、少女が偉丈夫の頭を撫でている姿と言うのも、中々シュールなものである。
「ほんと、変なところで抜けてるねー」
「…………言ってくれるな」
 と、ほんのりとした和み空間から視点を戻してモニター室。ちなみに、このスペースにいるのははやて、フェイト、ヴィータ、リインの4人だった。録音用のマイクが付いているこの席は、後の編集時に入る、解説を録るためのスペースでもあり、今回その役目として選ばれたのが、なのはにヴィータ、シグナムにフェイトだったのである。ちなみに、その割り当ても疑問の一つだった。仲を考えれば、なのはにフェイト、シグナムにヴィータの方が分かりそうなものなのだが。
「なのははさ、いくつか切り札にしてることが有るんだよ。そんで、その切り札ってのは、敵に知られてちゃ意味が無いんだ。その上、シグナムが相手だったら、なのはは確実にそれを切る事になる。だから、いつどこから情報が漏れるか分からないような模擬戦で、シグナムと戦おうとはしなかったんだよ。今回の戦技披露会だって、出来るだけ情報を残さないように、はやてにああして頼んだってわけ」
「でも……切り札って言っても、スターライト・ブレイカーとか、エクセリン・バスターA・C・Sとか……そんなに知られてないものは無いと思うんだけど……」
 フェイトの言葉に、ヴィータは更に笑って、
「テスタロッサは、最近のなのはの戦闘をあまり知らないからな。まあ見てなって、きっと面白いものが見られるから」
 ヴィータの言葉が引金になったわけでもなかろうが、時を同じくして、かぶりつきで画面も見ていたリインが叫ぶ。
「はじまるです!」
 弾かれたように、3人が画面に目を遣って――――
 
 
《――――はじめっ!》
 クロノの言葉が、二人の脳裏にこだました。
 (距離を取られては不利。離脱する間など与えん!)
 開始の合図を聞くと同時に、シグナムは自身の最大加速を以て、なのはの懐に飛び込む。開戦前に取り決めていた彼我距離は30メートル。シグナムの速度なら、数秒とかからず詰められる距離である。しかし、なのはにも高速機動魔法が有るため、容易に距離を詰めさせてはくれないだろう。それでも、移動しながらの牽制であれば、最大戦速のままでも十分に対応出来るはず。恐らく撃って来るであろう、ディバイン・シューターを最低限打ち払いつつ、接近戦に持ち込む……それが、シグナムが考え、大方のギャラリーが想像した展開だった。
 そして、その予想は――――根本から覆る事になる。
「――――っ!?」
 歴戦の騎士であるシグナムが、瞬間まともに動揺した。なのはとの彼我距離が、既に5メートルも無くなっていたのである。開戦が合図されてから、まだ2秒と経っていないのに、だ。当たり前のことが、得体の知れない事象の様に、脳内に飛び込んでくる。初動からストライクフレームを展開したレイジング・ハートを振り上げるなのはは、シグナムの知るなのはでは有り得ない人物だった。
 それでも、困惑は刹那にも満たず、大振りの一撃など、シグナムには防げるはずだった。度肝を抜かれたのは確かだが、かと言って付け焼き刃の接近戦が通じるほど甘くは――――
「――――ぐぅっ!?」
 何がなんだか分からない内に、シグナムは弾き飛ばされた自分を自覚した。ギリギリで防御は間に合ったものの、押し返すどころか、鍔迫り合いに持ち込む事もままならないほどの速度だったことに、宙を舞いながら気付く。
 (なんだ!? これは、本当になのはなのか!?)
 混乱の中、自問するシグナムに、外から実に分かり易い答えが返ってくる。
「エクセリオン――――」
 とてつもなく冷たい何かが背筋を走り、突き動かされるように、シグナムは叫んでいた。
「レヴァンティン!」
《Jawohl!》
 言葉と共に展開されるパンツァーガイスト。それを待っていたかのように、恐るべき速度で膨張する桜色の魔力光。……ああ、やはり目の前にいるのは高町なのは以外に有り得ない。場違いな安堵が、シグナムの胸中によぎる辺り、まだ動揺から回復しきっていないようだった。
 そして、威力を絞る代わりに、極限まで高速化された術式が解き放たれる。
「――――バスターーっ!!」
 
 ――――ゴゥッ!!
 
 抜き打ちにしてなお必殺の砲撃が、魔力障壁に護られたシグナムを蹂躙する。はやて達が見守る中、モニターが桜色に染まり、シグナムは峙つ崖に叩きつけられ、粉塵の中に見えなくなっていた。
 
「…………え?」
 そこまでを経て、ようやく喉を突いた言葉が、はやての間の抜けた一言だった。フェイトもリインも同じ表情で、唯一ヴィータだけが、悪戯が成功した子供のような顔になっている。
「最近のなのは、接近戦も強いんだぜ。あたしでも、気い抜いたら圧倒されちまうぐらいにはな。シグナムは、あくまでなのはを『砲撃魔導士』としてしか見ていなかったから、完全になのはの攻撃速度を見誤ったってわけだ」
 言われたフェイトは、困惑のままに口を開く。
「で……でも、いつの間にあんな……近接戦闘は苦手だったなのはが、一週間やそこらであんな動きが出来るはずが……」
 ヴィータの笑みはさらに深まり、したり顔で謎解きを進める。
「それが、そもそものミスリードなんだよ。テスタロッサ、お前すらにも気付かれない、周到な仕込みってやつだ。もう何年も前から、なのはは自分の訓練カリキュラムに、相応の近接戦闘訓練を組み入れてるんだよ。自分を『砲撃魔導士』としてしか認識してない犯罪者に、まさに今、シグナムが感じてるような動揺を与えるためのな」
 告げられた真実に、フェイトは口を噤んでしまうが、しかし、すぐにその表情が楽しげに変わった。
「でも、なのはもちょっと、シグナムを甘く見てるかも知れないね」
「…………ああ、そうだな」
 烈火の将の事もよく知るヴィータの口元が、苦笑に歪んだ。はやてとリインは、口を挟まずモニターに注目し――――
 
「……手応えは良好。主導権は手放さない!」
《It's so》
 初撃は狙い通り、大成功だった。イメージと現実とのギャップ。これまで、幾人もの次元犯罪者を下してきたトラップは、シグナムにも有効に働いた。威力を絞り、かつ障壁の上からだったとは言え、エクセリオン・バスターの直撃を受けた以上、即座に攻勢に転じることは出来ないはず。ならば、その間隙を利用して、不可避の弾幕を張る!
 
 がごんっ!
 
 薬莢を排出する音が重々しく鳴り響き、レイジング・ハートに魔力が充実する。
《Accel Shooter》
 耳朶に慣れた相棒の機械音声と共に、桜色のアクセル・スフィアが次々と構成される。その数は、32。現在なのはが同時に操れる、最大限の数である。一瞬目を閉じ、全てのスフィアを自意識下に掌握すると、一斉に射出すべく、粉塵晴れぬ岩肌に縫い止められているはずのシグナムを見定めて――――
 
 ――――パァンッ!!
 
「――――っ!?」
 目にしたのは、閃いた銀光。次いで周囲から響く、相次ぐ炸裂音に、なのはの目が見開いた。瞬間、硬直する身体。アクセル・シューターの大半が無力化された事に気付いたのは、その刹那の後だった。
《――Master!》
 なのはの意識を呼び戻したのは、レイジング・ハートの声。考えるよりも先に、咄嗟にプロテクションEXを展開し――――
「――紫電……一閃!」
 シュランゲ・フォームのままのレヴァンティンを携えたシグナムが、既に眼前まで迫ってきていた。無論、移動しながらシュランゲを保てるわけもなく、なのはを取り巻く連結刃は、すでにその包囲網を成していなかったが、回避が可能な速度ではなかった。
 そのままの速度で、紅き焔を纏ったシグナムの右脚が、プロテクションの上からなのはを捉える。プロテクションが保ったのは、1秒にも満たない時間だった。
 
 ――ィィィン! ばきぃっ!
 
「――――ぅあうっ!」
 上段からの回し蹴りが右の肩口を捉え、堪らずになのはは地面に飛ばされる。しかし、なのはも黙ってやられてばかりではない。地面に着くまでの時間を、なのはは体勢を立て直すためではなく、シグナムへの攻撃に使ったのだ。残っていたアクセル・スフィアに指示を飛ばすと、反応した5つのスフィアが唸りを上げてシグナムを襲う。結果、なのははそのまま地面に叩きつけられ、全身に走る激しい鈍痛に苦悶の呻きを漏らすことになったが、シュランゲ・フォームのままのレヴァンティンを持ち、体勢が崩れたままのシグナムは、なのはの想定通りにアクセル・シューターをかわす術を持っていなかった。
「ぐはっ!」
 次々と着弾するアクセル・シューターに、シグナムの顔もまた苦悶に歪み、先だって張っていたパンツァーガイストも、4つを防いだ時点で掻き消え、最後の1つは直撃となる。レヴァンティンをシュベルト・フォルムに戻しつつも、シグナムは落下し、地面に膝を着いた。その数メートル先では、なのはもまた、痛む身体に活を入れて、立ち上がろうとしている所だった。
「…………驚いたぞ、なのは。まさかあれほどの体術を習得しているとは……」
「…………わたしの台詞です、シグナムさん。まさか仮にもエクセリオン・バスターの直撃を受けて、数秒でリカバリーされるとは思いませんでした」
 言い合って、ほぼ同時に立ち上がる二人。そこで、シグナムの口元が、不敵に歪んだ。
「――――しかし、まさかその程度が、お前の底ではあるまい。驚いた事は確かだが、と言って、そのままの戦い方を続けるなら、私には到底通じんぞ」
「それこそ、まさかです。あまり人を、馬鹿にしないで下さいね」
 毒づきながらも、なのはの表情には笑みが浮かぶ。レイジング・ハートを一振りして、展開される桜色の魔法陣。シグナムは満足そうに頷き、自身も紅色の魔力光を纏い、跳ぶ! なのはは今回は迎え撃たず、アクセルフィンをはためかせ上空に舞い上がる。当然追ってくるシグナムに、今度こそディバイン・シューターの弾幕を張る。撃ち出されたスフィアは9個。その全てが、生き物のように複雑な軌道を描いてシグナムに迫る。しかし、アクセル・シューターに比べて速度に劣るそれでは、シグナムの足止めには役者が足りない。シグナムは、自らに迫るシューターだけを冷静に打ち落とし、なおもなのはに迫る。
 そこで、唐突になのはが止まった。が、今度は慌てずに、シグナムは臆することなくそのまま突っ込む。カートリッジこそ使わないものの、十分な魔力を込めたレヴァンティンを振り上げ――
《Round Shield》
 展開される、なのはの強固な盾。難攻不落の城塞すら思わせるその大盾に、シグナムは果敢にも打ち掛かりつつ、ふと違和感を覚える。周囲を漂っていたディバイン・シューターが、制御を失って掻き消えてゆくのだ。現在のなのはなら、ラウンド・シールドを展開しつつ、ディバイン・シューターそ操ってみせることなど、造作もない芸のはずなのに、だ。
 しかし、シューターの脅威が無いのであれば好都合。思う存分力比べをしてやろうと、シグナムは渾身の力を込めてレヴァンティンを振り下ろす! 掌に伝わるのは、鋼鉄の固まりをバットで叩いた様な衝撃。利き手とは言え、片手で展開しているはずなのに、このままでは打ち破れる気がまったくしない。盾に圧されるような錯覚まで憶え、その堅固さに内心舌を巻くシグナム。しかし、この状態からカートリッジをロードすればあるいは――
「チェーン・バインド!」
「なっ?!」
 空いていた右手から伸びた桜色の鎖が、ぎちりと音を立ててシグナムに巻き付く。いつの間にこんな魔法まで――驚嘆するシグナムだったが、同時に練度がそう高くない事にも気付く。これならすぐにでも、そう思ったところで、再び響く機械音!
《Flash Move》
「――――っぉぉおおおお!?」
 なのはの取った戦術は、またも規格外のものだった。練度度外視で生成したチェーン・バインドをなのはが担当し、チェーン・バインドによって繋いだ相手もろとも、レイジング・ハートが制御するフラッシュ・ムーブによって加速する。当然、引っ張られた方としてはたまったものではない。急激なGに、ともすれば失いそうになる意識をギリギリで保っていたシグナムは、解放されたと思った瞬間に岩肌に叩きつけられた。衝撃の大半は騎士甲冑が緩和してくれたとは言え、声も出ないほどの圧力に、息を詰まらせて思わず喘ぐ。そんな状態でありながらも、しかしシグナムは、自らの身体を叱咤して前を見据えた。案の定、そこでは先程と同じく、魔力光が膨張し始めて――――
 
 ――――ガゴンッ!
 
 躊躇なく、カートリッジをロードするシグナム。主の意志をくみ取って、命じるまでもなく叫ぶ炎の魔剣。
《Schlangeform!》
「飛竜……一閃!」
 チャージタイムは可能な限り少なく、猛然と迫る魔力壁に、シグナムの必殺の一撃が敢然と立ち向かう。
 再び、爆音と共に辺り一面が粉塵に包まれた。
 
「…………なんて言うか、規格外にも程があるやろ、二人とも」
 冷や汗混じりのはやての言葉に、異を唱えるものなど一人もいない。
「なのはさんのトリッキーな戦術も凄いですが、シグナムはどうして、あんなに即座に対応したり、耐えきったり出来るですか?」
 リインは、尊敬半分呆れ半分と言った様相だ。さもありなんと頷きつつ、ヴィータが物憂げに口を開く。
「……訓練で初めてアレやられた時さ、あの悪魔、あたしの首に巻き付けやがったんだよ。市中引き回しの刑だっけか? 管理局の局員として働いてて、そんな目に遭うとは思わなかったぞ、あたしは。……それはともかく、単純な戦法だけど、本気で効くんだよなアレ。よく一瞬で立ち直ったよ、ウチのリーダーは」
「シグナムは……あれでものすごく打たれ強いんだ。多分、わたしと模擬戦をやっていて身に付いた特性だと思うんだけれど……わたしは細かい攻撃をいくつも当てていくタイプで、シグナムは一撃で勝負をつけるタイプだから、どうしても被弾回数はシグナムの方が多いんだ。それでも、倒れないようにって、気がついたらシグナムの騎士甲冑の強度と、障壁展開の早さが、桁外れに高まってた。前は単純なランサーでもダメージにはなっていたんだけど、最近じゃ避けようともしてくれないし……」
 フェイトとヴィータの発言に、さらにげっそりと、はやてとリインの顔が青ざめる。二人は、今この瞬間ほど、自分達の立ち位置に感謝した瞬間は無かった。なのは以上の固定砲台資質。殲滅戦であったり、広域戦闘であったりする時にこそ、その本領を発揮する『夜天の王』八神はやて。単独での戦闘に向かないはやてが、シグナムやなのはに模擬戦の相手を頼まれることは、無い。
 
 粉塵が晴れ、なおそこに立つシグナムを見て、なのはの表情が悔しそうに歪む。レイジング・ハートとレヴァンティンが共にダクトから蒸気を吐き出す中、シグナムはまだ、余裕を持っていた。
「…………最初の攻防での記憶に邪魔されたか。しくじったな……今の砲撃、ディバイン・バスター以上のものを撃たれていたら、凌ぎきれなかった。さて、どうするなのは? いい加減奇策も尽きた頃だろう。もはや、そうそう直撃の好機は与えんぞ」
 実際には、シグナムのダメージもそれなりに蓄積しているのだろうが、虚勢と言うことが出来ないほどには、その身体は覇気に溢れていた。むしろ、なのはの方が精神的に追いつめられているようにすら見える。何枚かの虎の子を切ってなお、期待していたほどの結果を上げられなかったのだから、それも無理のないことか。
「……強いですね、シグナムさん。やっぱり、強い」
 心底感服した風情のなのはの言葉に、シグナムもまた、好敵手を讃える。
「なに、私としても、やはり期待していただけの事はある。ここまで心躍る戦いは、永き生の中でも、数えるほどしか記憶に無い。そして、非礼を詫びておこう。正直、お前はもっとこう、真っ正直な戦い方しか出来ぬものだと思っていた。なかなかどうして、絡め手の類もこなすものだな、戦技教導官」
 些か芝居がかったシグナムの謝辞に、なのはもくすりと笑みをこぼし……その瞳から一切の甘さを消す。つられるように、シグナムの吊り目もその厳しさを増した。
「――――それじゃあそろそろ、『わたしらしい戦い方』を、始めることにしますね。全力……全開で!」
「望むところだ…………受けて立つ!」
 レイジング・ハートを構え直し、左足を一歩引いて力強く大地を踏みしめ、なのははレイジング・ハートに指令を送る。
「ブラスターシステム…………リミット――――リリースっ!!」
《Ignition》
 なのはが吠え、レイジング・ハートが応え……見た目には何も変わっていないはずだった。しかし、シグナムは気付く。――――違う、と。なのはから吹き出して来るプレッシャーが、先程までの比ではなくなっていることに。
 故に、シグナムは即座に駆けだしていた。今のなのはを野放しに行動させてはいけない。後の先では、どうにもならないと。
「当たりです。でも――――」
 そのシグナムの胸中を読んだように、なのはが呟き、
《Flash Move》
 レイジング・ハートが行使したのは、先程と同じ魔法――のはずだった。
 
 がづっ!
 
「ぐぅっ!?」
 飛行の余波すら置き去りにして、フラッシュムーヴの文字通り、閃光と化すなのは。目で追うことすら許されなかったシグナムの脇腹に、刹那の前には存在していなかった鈍痛が疼く。
 (……何の冗談だ、これは!?)
 シグナムは、自分を見舞った事態に、内心思わず毒づく。瞬きすら凌駕する速度で自分の横を過ぎ去った閃光が、行きがけの駄賃とばかりに、痛烈な打撃を見舞って行ったのだ。我知らず膝を着いていたシグナムは、慌てて立ち上がり、鈍痛の疼く脇腹を押さえて、後ろを振り返る。
 なのはは――――いた! 距離は50メートルほどだろうか。自分の脇を通過したときの体勢そのままで、こちらに背を向けている。瞬間、シグナムは馬鹿にされたのかと憤りかけ…………即座にその怒りは霧散した。代わりに吹き出すのは冷や汗と、信じられないと言う苦笑。
「…………ふ、ふふ。まさかここまでとは、な」
 シグナムの視界の中、なのはががくりと膝を着く。その周囲を、約100個のアクセル・スフィアに囲わせて。ようやく振り向きなお遠いなのはの声が、何故か妙にはっきりと耳に届く。
《Accel Shooter Extension》
「――――行って!」
 咆哮と共に飛来するのは、100にも及ぶアクセル・スフィアと、2基のブラスター・ビット。しかも、その全てが、操作された複雑な軌道を描いている。先程のようにシュランゲで一掃すると言う考えは、その動きに気付いた時点で潰えた。シュランゲでは、撃ちもらした時のリスクが大きすぎる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 裂帛の気合いと共に、魔力の嵐の中に飛び込んでゆくシグナム。そのまま、目につく光球を片端から打ち払ってゆく。しかし、数もさることながら、精度と速度が出鱈目だった。次第に追いつめられ、詰まれていく。30ほどの光球を落としつつも、いまだ70にも昇るアクセル・スフィアに絶望すら感じつつ、しかしそこで、シグナムは気付いた。
「……ぐ……ぅ…………」
 はや、あと一歩で詰みと言うところまで来ているはずのなのはに、全くと言って良いほど余裕が無い。むしろ、遠目にも分かるほどの脂汗をかき、顔をしかめて苦痛に耐えているようなのだ。
 ちょうどその瞬間、行き場を無くしたシグナムは、大胆な賭けに出た。
「――――シュランゲ!」
《Jawohl!!》
 一縷の望みを賭けた一手に、レヴァンティンが力強く応える。ここに来て、シグナムが選んだモードはシュランゲ・フォルム。しかし、普段のシュランゲとは大きく異なる点が一つ有った。
「――――な!?」
 脳内を蹂躙する頭痛と、身体全体に迸る激痛に耐えながら、シグナムに止めを刺さんとしていたなのはは、目の前に迫る脅威に対する反応が、僅かに遅れた。迫っていたのは、高速で真っ直ぐに伸びてくる連結刃。慌てて身を翻そうとするも、大部分をアクセル・シューターの制御に回してしまっている自律神経では、かわしきる事は出来なかった。
 
 ――――ズジャァッ!
 
「はぅっ!」
 擦過音と共に、脇腹に生まれた灼熱感に、思わずその場に倒れ込み、大半のシューターの制御を失うなのは。しかし、顔も胸も土埃まみれにしつつも、なのはは一つでも多くのスフィアを維持することに全力を注ぐ。その甲斐有って繋ぎ止めた十数個のスフィアで、十分にことは足りた。
 
 ドォォォォォォォォォンッ!!
 
「が――――は――――ぁ――っ!!」
 爆裂音が鳴り響き、シグナムは自分の身体から、何か大切なものが抜けてゆく感覚すら覚えた。非殺傷設定のはずのそれらは、着弾時の衝撃だけでシグナムの体力を奪い、意識を刈り取っていく。
 (……一つ一つが……軽い砲撃級かっ……!!)
 最後まで意識を保てたのは、僥倖と言わざるを得ない。口の端から流れる血は、今の拍子に口の中でも切ったのか、それとも内臓が悲鳴を上げているのか……いずれにせよ、シグナムはその僥倖を逃す者ではなかった。ふらつく脚に鞭を入れて、倒れ伏しているなのはの元に飛びかかる。が、なのはも跳ね起きて、間一髪手の内のレイジング・ハートを頭上に掲げた。
 
 ガギィィィン!!
 
 互いの魔力が込められたデバイス同士は、甲高い音を立ててせめぎ合い、主の意志通りに一歩も退かない。極限の戦闘状態にありながら、二人の表情は凄惨なまでに楽しそうだった。シグナムが、僅かな隙をついて前蹴りを繰り出す。なのはにかわす余裕はなく、そのたおやかな身体がくの字に折れる。それを見て取って、レヴァンティンを振り上げたシグナムの脚を、なのはが左足で払い、体勢を崩したシグナムの胸元に、伸び上がるように渾身の肘打ちを叩き込んだ。堪らず後ずさるシグナムに、なのはも数歩、距離を取る。なのはがブラスターを発動させてから僅かの間に、双方共に盛大にボロボロになっていた。
 
 気がついたら椅子を蹴って立ち上がり、はやてはクロノに念話を繋いでいた。それにも関わらず、口にも出して叫んでしまったのは、焦燥の現れに他ならないだろう。
「クロノくんっ! 観とるんやろ!? お願いやから二人を止めて……このままやと、どっちかが……」
 痛々しい表情で懇願するはやてを、ヴィータ達3人も悲痛に見遣る。親しい二人が傷ついてゆき、しかもそれが、自分が焚きつけた事に起因するのであれば、それも致し方ない事であろう。はやてはこの数分で、誰が観ても分かるほどに、憔悴しきっていた。
《…………先程から既に勧告は何度も送っているが、それに対する返答は、『ちょっと静かにしていて』と『水を差すなシスコン提督』だそうだ。これは十分、上官侮辱罪に問えると思うのだが、はやてはどう思う?》
「クロノくんっ!」
 どこかおどけた様なクロノの物言いに、はやての怒りが噴き出す。それを聞いて、溜息混じりにクロノがぼやいた。
《……正直、先程から何度も強制介入しようとしているんだが、あれだけの戦闘をしていながら、まるで隙が無い。下手な飛び込み方をすれば、僕が二階級特進することになりかねない》
 クロノ自身も、自分の無力を歯がゆく思っている事が伝わってきて、はやての憤りも霧散してゆく。代わりに、リインの方に向き直ると、
「リイン、ユニゾン行くよ。二人の攻撃範囲外に転移して、ディアボリック・エミッションでまとめて吹っ飛ばす。今の内に魔力ダメージでぶっ飛ばせば、これ以上のダメージは残らへん」
「え、あ、そ、それで良いです?」
 はやての表情は、これ以上ないほどに本気だった。自分の責任は自分でけじめをつける、そんな考えがありありと見受けられる。しかし、ヴィータとフェイトは難色を示した。
「はやて、心配なのは分かるけどさ……あいつらなら、きっと大丈夫だよ。こんな場面で水を差したら、はやて怒られちゃうよ?」
 おずおずと言うヴィータに、はやては厳しい表情で激昂した。
「その、『大丈夫』で大怪我したんがなのはちゃんだったこと、ヴィータは忘れてしもうたんか! あの時の涙は嘘か!」
「ぁ………………」
「――――はやてっ!!」
 思わず漏らしてしまった言葉に、ヴィータの瞳がみるみる曇り、潤んでゆく。黙っていたフェイトは、そこで初めてはやてを咎めた。はやてはすぐに失言に気付き、自身も泣きそうな表情でヴィータを抱き締める。
「…………ごめんな、ヴィータ。そんなこと、有るはず無いやんな……」
「……ぅん」
 抱き締めたまま数度頭を撫でてやると、ヴィータも落ち着いたか、気を持ち直す。それを確認すると、静かにヴィータの肩を放し、再びはやてはリイン3人に向き直った。
「……わたしな、もう我慢出来ないんや。自分の目の届く範囲で、自分に繋がる誰かが傷ついていくんを見るのは……だから、もう止めても無駄やよ。リイン、頼むわ」
「はやてちゃん……わかりましたです」
 そう言って、リインがはやてと重なろうとした時だった。
《待って、はやてちゃん》《待って下さい、主はやて》
 唐突に送られて来た念話に、はやての動きが止まる。それは間違うわけもなく、今モニターの中で死闘を繰り広げている、なのはとシグナムだった。モニターの中の二人は、はやてと会話しながらも、戦闘を止めようとはしていなかった。
「なのはちゃん!? シグナム!?」
《お願い、もう少しだけ戦わせて》《今ここで、この戦闘を終わらせてしまったら……未練です》
 二人の言葉に、はやての顔がさらに泣きそうに歪む。
「……出来るわけないやん! 二人ともそんなボロボロで……どうしてそんな……実戦の任務の時だって、そないな風になったこと、ほとんど無いやんか! 心配やよ……いくら非殺傷設定って言うても、どんな間違いが有るかも分からんし……。
 後生やから、もうやめてえな二人とも!」
 はやての瞳から、一筋の涙が流れる。念話でそれは伝わらなかったはずだが、なのはとシグナムは何かを感じ、一瞬口を噤む。ややあって、再び届いた二人の言葉は、穏やかなものだった。
《さっきのはやてちゃんの言葉ね、クロノ君が中継してくれてたから、全部聞こえてたよ。ありがとうね、そんなに心配してくれて》
 モニターの中、高出力のプロテクションで剣戟ごとシグナムを弾き返しながら、なのはが言った。
《主はやてのお気持ちは、過分な程に届きました。改めて、あなたの騎士であり、家族で在れることを誇りに思います》
 アクセル・シューターを打ち払いつつ、何度弾き返されようとも臆さずに、シグナムがなのはに打ち掛かった。
《だけど、信じて》《ですが、信じて下さい》
《たとえどちらが勝ったとしても》《たとえどちらが破れたとしても》
《わたしたちは絶対、無事にはやてちゃんの所に戻るから》《私達は、あなたの元へ戻ります》
《来年から始まる機動六課に向けて》《私達の事を、あなたがより、信じられるように》
 
 
 ギィィィンッ!!
 
「っ…………!」
「くぅっ…………」
 幾度目か、互いのデバイスが噛み合い、はじき合う。圧された力に抗する事も次第に億劫になってきた二人は、もはや力に逆らわず、その勢いに合わせて跳び退った。彼我距離は20メートル最初の立ち合いよりは短く、と言って一歩で踏み込める距離でもない。
《…………もうええ。二人とも、好きに最後までやったらええ》
 二人の脳裏に、同時に響くはやての声。なのはが、シグナムが、同時に安堵の息をもらし、それを見合って互いに苦笑する。
《けどな! シグナム! 今晩は覚悟しとくんやよ! たっぷり叱ったげるわ!》
 う、とシグナムの表情が歪む。その仕草をみて、思わずなのははクスリと笑ってしまうが、そんななのはにも、少し怒ったような念話が届いた。
《……それじゃ、なのはの方は僕が叱っておく事にしようか》
「――え? ユ、ユーノ君!?」
 唐突に届いた幼馴染みの声に、まともに動揺するなのは。
「え、ちょ、み、観てたのっ!? いつからっ!?」
《クロノに頼んで、無限書庫に一つモニターを繋いでもらってたんだ。本当ははやて達がいる所か、クロノがいる場所で観てたかったんだけど、当のクロノのせいで、それも出来なくなっちゃったからね》
《…………悪いとは思ってるんだ。それに、こうして筋は通したんだから、あまり苛めるな》
 ユーノの声に、追随してクロノ。いまだ混乱冷めやらぬなのはに、ユーノからもう一言、
《無茶へのお説教は後回し。――――なのは、頑張ってね》
「ぁ――――うん!」
 シグナムの前、くたびれていたはずのエースが、再び不屈の闘志を漲らせる。そのヴァイタリティに――おのれユーノ、余計な事を――と毒づいてしまうのも、無理の無いことだろう。しかし、シグナムにも3つの声援が届いた。
《シグナム、わたしの評価を落とさないで下さいね》
《ヴォルケンリッターの将の底力、そこの悪魔に見せつけてやれよ》
《シグナムーっ! 頑張るですよーっ!》
 好敵手の檄、悠久の同志の信頼、そして、末妹の純粋な応援に、シグナムも自身の力が呼び戻されるのを感じる。
「――――承知」
 一言呟きなのはを顧みると、なのはも凛とした眼で自分を見つめていた。最後の最後まで、互いの全力をもってやり合える事を、シグナムは誰にでもなく感謝する。
「さて、やるか?」
「そうですね」
 再び、構え直す二人。そして、気力を充実させ始める前に、なのはが今一度、口を開いた。
「……ブラスター・モードは、まだ改良の余地があるみたいです。3リミットくらいに分けて、段階的に出力を上げるくらいの方が良いのかも知れませんね。力のセーブが難しすぎて、大きな砲撃はどのみち、撃ててあと一発と言ったところです」
「…………そのようだな、それで?」
「最後まで奇策でごめんなさい。けど、これが最後です。…………見切れるものなら、どうぞやってみて下さい」
《Set up. A. C. S.,Standby》
 自信に溢れたなのはの言葉に口を開きかけたシグナムは、明滅するレイジング・ハートを目にした時、何も言葉を出せずにそのまま口を開け放った。
「…………怪物め」
 なんとか、それだけを言葉にする事に成功するが、それは、同様に開いた口を閉ざせなくなっている、他のギャラリー全員の感想を代弁したものでもあった。
「――――高町なのはとレイジング・ハート・エクセリオン、行きます!」
 シグナムの視界の中、最後の残存魔力の全てが込められたレイジング・ハートは、その形状をストライクフレームに変えつつ、周囲の魔力を収束しつつあった。エース・オブ・エースが誇る、切り札中の切り札である、スターライト・ブレイカーと、エクセリオン・バスターA・C・S。その二つの魔法を、なのはは同時に展開し始めたのである。
 
 (まさか……いくらなんでも出来るわけがない、どっちかはフロックや!)
 はやては胸中、そう結論付けた。しかし、どちらがと言われると、予測の範囲を出ない。
 
 (スターライト・ブレイカーなら、あの距離で撃つのは難しい。なのははまた、一か八かの接近戦に賭けてる……?)
 フェイトはそう考えた。しかし、どうにも腑に落ちない。いくらA・C・Sとは言え、シグナムほど接近戦に長けた騎士に、通じるのか? 初撃のように、不意でもつければ別だが……。
 
 (もしかして、なのはさんはA・C・Sを後方に向かって使う気です……? そ、そして距離を取って、スターライト・ブレイカーを撃つ気ですか!?)
 リイン、それはちょっと無理があるだろう。
 
 (ここに来て……まさかのバインド!?)
 いやクロノ、それはお前の戦い方だ。
 
 (何にせよ、待ったら、シグナムさんに勝ちは無い)
 ユーノの考えは正しい。そして、シグナム自身もそれは理解する事だった。
 
 実際、逡巡はまさに一瞬だった。シグナムは大上段ではなく、袈裟に構えたレヴァンティンをもって、疾走する。果たして、なのはは後退する様子を見せない、やはり、囮としたのはスターライト・ブレイカー! しなやかな脚が僅かにたわみ、シグナムに遅れる事コンマ数秒で、なのはが爆発的に加速する。
 (――――読み切った!)
 会心の選択に、シグナムが勝利を確信する。不意さえ突かれなければ、接近戦で遅れを取るシグナムではない。ストライクフレームを回避して、がら空きの胴を薙いで――――《Round Shield》――――!?
 
 …………なんだ? 今、レイジング・ハートは何と言った!?
 
 答えは、シグナムのレヴァンティンを受け止める、桜色の大盾だった。
 
「――――戦術の読み合いは、なのはの勝ちだったな」
 一人、その答えを心の隅で予想していたヴィータが呟く。
 そして、ヴィータ以外には気付いた者はいなかっただろう事がもう一つ。
 先程のなのはの加速、A・C・Sを使用した割には、遅すぎた。あれが、ただのアクセルフィンであったなどと、誰が気付くだろうか。
 
 ――――そう。囮は……両方! なのはの狙いは――――
《Barrier Burst》
 
 ゴァッ!!
 
「――――くぁっ!!」
 均衡させるまでもなく、即座にレイジング・ハートはラウンド・シールドを破棄し、バリア・バーストによって主とシグナムを引き離す。そして、その時に生じた距離こそが、なのはの本当の狙いだった! シグナムはその事に気付くが、爆発力が思いの外強く、爆風に翻弄されるまま、もどかしい程に体勢を立て直せない。
 そして、僅かに見えた視界の中、レイジング・ハートが最も見慣れた形態に変形している事を知る。
 ――――パンツァーガイスト!――――喉元まで出かかった言葉を、シグナムはギリギリで飲み込む。代わりに叫ぶのは、
「レヴァンティン!」
《Bog――――!》
 炎の魔剣の言葉を聞き終える前に、桜色の小山が、目の前を埋め尽くした。
 
 バリア・バーストによって吹き飛び、前後左右も分からず錐揉み状に飛翔しながら、なのはは全力でディバイン・バスターのチャージを行っていた。そして、待ち望んでいた声がレイジング・ハートから届く。
《Standby ready. Let's shoot it.》
 その瞬間、意識を全力で姿勢制御に回す。慣性の法則に悲鳴を上げつつも身体が宙に制止し、構えたレイジング・ハートは、未だ体勢の整わないシグナムに向けて、真っ直ぐと伸びていた。
「ディバイン――――」
 自らが練り上げていた魔力が、レイジング・ハートの管制によって洗練されてゆく。魔力が十分に高まった所で、なのはは全てを解き放った!
「――――バスターーーーーッ!!」
《Divine Buster》
 
 ――――ズオォッ!!
 
 最高の手応えと共に、自らの元から魔力が膨れあがる事を確信するなのは。膨れあがった魔力は、結局爆風に翻弄されたままのシグナムを飲み込み、蹂躙し尽くしていく。シグナムの悲鳴が聞こえたような気もしたが、爆風の中、それも届いては来ない。なのはは、結果を確認するまでもなく、地上へと辛うじて降り立ち、そのまま座り込む。レイジング・ハートも流石に限界か、ダクトから暖気を吐き出して、自己診断へと入った。
 なのはを含めた、その場にいるほぼ全ての者が、なのはの勝利を確信して――――
 
「――――意地の張り合いは、シグナムの勝ちみたいだ」
 楽しげなフェイトの言葉に、その場にいた3人は弾かれたようにモニターを凝視する。
 
 ――――そしてなのはは、信じられないものを目にしていた。
 
 …………なん……で……。
 …………なんでレヴァンティンが、ボーガン・フォルムになっているの!?
 
 見るからに、戦闘不能。騎士甲冑はその大部分が破損し、眼も虚ろに脱力しているシグナムの手には、既にチャージを終えている弓状のレヴァンティンが在った。シグナムは、もはや雀の涙も残っていない体力を総動員して、少しずつ身体をなのはの方に向けていく。
 最後の悪あがきは、成功している。後はトリガーを引くだけなのだ。
 ディバイン・バスターが直撃する寸前、シグナムは障壁で身を守るのをやめ、高速でボーガン・フォルムを起動。シュツルム・ファルケンのチャージを開始したのだ。なのはの砲撃の前には、ガードをした所で墜とされるのは疑うべくもない。その場合、障壁を展開してしまおうものなら、魔力を根こそぎ奪われて、敗北を確定させてしまうだけである。ならばいっそ、難しい事は考えずに、気力だけで耐えきる。
 そんな無茶苦茶な賭けに、しかしシグナムは勝った。今、手には文字通り一矢報いる武器が、胸にはなのはのお株を奪う、不屈の心が備わっていた。
 なのはは、必死に射線軸から逃れようとするが、数歩も歩けずに倒れ伏す。
 
 …………さあ、もう、限界だ。この手の、魔力を、解放して、この、素晴らしき、戦いに、終止符を、打とう。
 
「…………駆けよ………………隼………………」
《Sturmfalken!!》
 
 さすがに、ディバイン・バスターによって散らされてしまったか、普段に比べると大きく威力を落とした一撃は…………しかし、なのはに止めを刺すには十分であった。しかし、その一撃がどうなったのか、シグナム自身には知る術が無かった。ファルケンを撃ったその瞬間、シグナムの意識もまた、深い闇の底に消えていったのである。
 
 
 
 戦技披露会
 戦技教導官 高町なのは 一等空尉 対 八神シグナム 二等空尉
 結果 引き分け(13分57秒)
 
 
 
 目が覚めると、そこは、管理局の医務室だった。なのはとシグナムは、二人揃ってそこに寝かされていたのだ。周囲には、気心の知れた仲間達。そして、その仲間達に、けちょんけちょんに怒られた。最後の攻防、モニターから観ていた面々には、『あ、死んだ』と思わせるほどのものだったようで。
 
 はやてとフェイトには泣かれた。ヴィータには殴られた。リインは、相当ショッキングだったのか、虚ろな眼でアインスと会話していて、なのはとシグナムによって、慌てて引き戻された。ユーノは、最初に少し厳しい顔で怒って、しかしすぐに、『無事で良かった』と微笑んだ。逆になのはが泣いた。クロノとザフィーラとアルフは、揃って頭を抱えて呆れていた。
 しかし、一頻り説教が終わったら、誰もが笑顔で二人の健闘を讃えた。誉め、労い、口々に感想を述べ――――数十分もそうしてもみくちゃにされていた二人は、ようやく解放されて、ひとごこち着いていた。今は、他のメンバーは皆、通常業務に戻っている。
「…………お疲れ様でした、シグナムさん」
「お前もな、なのは」
 先程の戦闘が嘘のように、二人は朗らかな笑顔で笑い合う。ベッドから身を起こしただけの窮屈な状態ではあるが、二人は心地よい解放感を満喫していた。日頃のストレスを、先の戦闘ですべて晴らしてしまったのか、身体は動かないほど疲れていても、心はむしろ清々しい。
「次にやったら、どちらが勝つと思う?」
「さあ……私達どっちも、負けず嫌いですからね。また、引き分けじゃないですか? もっとも、皆がやらせてくれないでしょうけれど」
「違いない。残念な事だ」
 おどけたように、笑い合う二人。ふと、シグナムの表情がまじめなものに変わる。
「感謝する、なのは。お前のおかげで、私はまた一つ強くなれた」
 返すなのはも、微笑みながらも深々と頭を下げる。
「わたしも、自分の中で練り上げていただけの戦略が、実用に向けて一歩進みました。ブラスターの改善点も見つかりましたし、やって良かったです」
 ちなみに、映像系に関しては、なのはが気を回すまでもなかった。別室で観戦していた上層陣一同が、『こんな血戦、教材として使ってられるか』と言う意見で満場一致し、記録の破棄が可決したからである。結果、こっそり保存していたアルフのDVDだけが、この戦闘のデータとして残るだけとなったのだ。
「機動六課では、分隊としては別になるよう、話が進んでいるが……なのはが常に味方にいる、と言うのは、これほど頼もしい事も無いな」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますね、シグナムさん」
 再び笑い合う二人。そして、手を伸ばして、握り合う。
「これからも、よろしくお願いします」
「ああ、共に、一つの事に向かって――――」
 
「――――そうね、頑張ってね、二人とも」
 
 そのまま、綺麗に終わるかと思われた空気は、唐突に聞こえてきた底冷えする声によって、劇的に変質した。
「………………シャマル……さん?」
「…………ど、どうした……何か様子が……」
 そこに立っていたのは、湖の騎士にして、医務室の主であるシャマルその人だった。満面の笑みを浮かべつつ、その右手はなにやら怪しげな注射器を、ピシュピシュと弄んでいる。
「お疲れ様、二人とも。戦技披露会は楽しかったかしら? シャマルさんね、はやてちゃんに頼まれたのよ。二人にもしもの事があるといけないから、万が一に備えて医務室に待機してくれって。医務室って、機器の動作の都合でモニターが無いから、二人の戦闘は観られないし、退屈だったのよ?」
 少しずつ、笑みが深まるのに反比例して、青筋が浮き上がっていくシャマル。底知れない恐怖を感じて、なのはとシグナムは思わず顔を見合わせる。
「その上、予想していたよりも遥かに大怪我だったから、治療魔法を掛けた後に、ちょっと調達してこないといけない薬が出来たのよ。それを取りに行って帰って来てみたら、皆はいなくなってるし、なんか二人は良い感じだし……シャマルさん、の・け・も・の?♪」
「いや、そんなことは、けして、ちょ、シャマルさん、その、それ、紅いの、何のくす……にゃああああああ!?」
「なのはっ!? シャマ……すまん、私達が悪か……まて、落ち着け、話しあ……ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 
 空前絶後の戦闘が行われた、時空管理局。
 結局は今日も、平和だった――――
 
 <了>
 
 
 
 ――――あとがき――――
 
 ども、かじりまるです。読了下さり、まずはありがとうございましたm(__)m
 
 …………あれ、どうしてこうなったんだろう(´・ω・`)
 お気楽になんとなくバトルものを書くだけのつもりだったのに、なんか妙にシリアスな瞬間があるし(汗)
 ほんのりユノなの風な描写も書いてしまったりして、一体私は何が書きたかったのでしょーか(滝汗)
 しかも最後、オチがYOEEEEEEEEE!!orz
 
 少しだけ解説させて頂きますと、各所で言われている問題のStS8話であったり、最後のヴィヴィオ戦であったり、
 近接主体の攻撃を、見切れ過ぎでないかいなのはさんっ!?(^ー^;)
 と言う見解から、この話は生まれました。
 あと、メガマガ10月号の、戦技披露会懐古の一枚絵も琴線にふれまくりでw
 一応、その部分を書いた場所も在りますので、お探し下さい(笑)
 分からなかったら全面的に私のせいでございます(泣)
 色々と表現仕切れてない部分が在りましてすみませんが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
 
 それでは、次は何とかホワイトデーの日に…………。



 

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