厳冬がようやく去る兆しを見せ始め、気の急いた小鳥たちが、はや春の歌を口ずさみ始める3月。
 第97管理外世界『地球』がそうであるように、年度末とあっては、時空管理局もにわかに騒然としだし、各部署がそれぞれの追い込みにかかる。各々が無駄話一つせず、せわしなく働いて、大量の業務を淡々とこなしてゆく。それは毎年通過してゆく予定調和であり、なんら特筆すべき事でもない。
 しかし、今年に限っては違った。人々は口々に囁き合い、降って湧いた話題を吟味する。
 
 ――聞いた? あの話――
 ――うん、聞いた聞いた――
 ――ビックリだよな。太陽が西から昇ったって、こんな事は起きないと思ってたんだけど――
 ――嘘!? 本当だったのかよ! てっきり、ネタが無くなったスポーツ新聞の三面記事かとおもってたのに……――
 ――それが本当なんだよ。いや、俺も驚いたさ。でも、確かな筋からの情報だぜ――
 
 ――ユーノ・スクライア司書長と、クロノ・ハラオウン提督が、同時に有給休暇を申請したって――
 
 
 【魔法少女リリカルなのはSS『白い恋人? をあなたに』】
 
 
「……どうも、そんな風に噂になってるらしいよ、僕たち」
 砂糖とミルクでそれなりに甘くしたコーヒーを、別の意味で苦々しげに口にしつつ、無限書庫司書長ユーノ・スクライアはそう言った。同じく複雑そうな顔をしつつ、艦船クラウディア艦長クロノ・ハラオウンも、憂鬱な表情でクラブ・サンドを頬張る。
「……確かに自分でも、働き過ぎだと言う自覚くらいは有るが……宇宙の常識すら及ばないほどに、僕らが休暇を取るのは珍しい事なのか……?」
 クラブ・サンドを嚥下してから、溜息混じりに重々しく言い放つ。
 ユーノもクロノも、申請したのはたったの1日だけである。3月13日、今日この日だけ。申し合わせて二人で人事課に行き、同時に休暇申請を出した。二人とも、むしろ休暇を溜め込みすぎて困られている口なので、申請が通らないとは思っていなかったのだが……受付で二人分を提出するや――――
 
 ざわ……
 
 空間に浮かぶ大文字を、二人は確かに見た。なにやら、人事課の人々の顎が尖り、平べったくなった印象すら受けた気がする。次の瞬間には、「バカな!」と、机に両手を叩きつけて叫ぶ者までいた。色々腑に落ちずにも、ともあれ申請は受理されたのだが、それから業務終了の時間までで、その噂は飛ぶように広がっていた、と言う訳である。
「そもそも、僕がここまで忙しい理由の一端は、君に有るんだけど?」
 言葉の割に、ユーノの口調には咎めるようなニュアンスは無い。からかうような、皮肉めいたそれに、クロノは軽く両手を挙げて見せる。
「すまない、善処するよ司書長」
「それももう、数え切れないほど聞いたよ、提督」
 言って、お互い笑い合う。管理局で、無限書庫への依頼回数が最も多いのはクロノだが、最も効率良く依頼をしているのも、またクロノなのだ。必要最小限で、出来るだけ司書に負担が掛からない依頼書を作成してから、ユーノにそれを通達すると言うのが、クロノのやり方だった。ただ、その使用回数が桁外れなだけで。ユーノもそれを理解しているから、表面では毒づいても、本気でクロノに抗議したりはしないのである。
 ユーノのコーヒーカップの底が見え、クロノの腹が程良く満たされた所で、ようやく本題に入る二人。
「――さて、明日の事……どうするかね」
「それを考えるために、こうして二人で休暇を取ったんだろ?」
「違いない」
 明日――3月14日。言うまでもなく、ホワイト・デーの事である。二人は毎年の2月14日に、特定の女性から実に心の籠もったチョコを貰っていた。ユーノはなのはに、クロノは、エイミィとフェイトに。もちろん、二人とも実に人気があるので、いわゆる義理チョコに関しては、持て余すほど貰っている。ユーノに至っては、明確に付き合ってる相手がいないとされているため、本命のチョコも多分に含まれているだろう。
 しかし、中でもやはり、先に挙げた三人のチョコは別格なのだ。出会ってから今年で10年――エイミィも地球の風習を知ってからなので、同じ期間である――三人は欠かすことなく、二人に手作りのチョコを作り続けてくれた。対して二人は、どうしても忙しいこの時期、市販のクッキーやらキャンディやらを購入するくらいしか出来なかった事を、内心負い目に感じていた。
 そしてようやく、今年は何か手作りでと、一念発起したのである。
「ユーノ、君は何かこう、女の子が喜びそうな物を作るノウハウは有るか?」
 言われて考える間は、哀しい程に短かった。
「残念ながら。下手をすれば、変身魔法でフェレットになるのが、一番喜ばれるかも知れないくらいさ」
 自嘲気味に言われて、むう、と唸るクロノ。自身もやはり、そう言った方面に関しては明るくない。
「……何かに絞って考えるのではなく……僕らの日常を振り返ってみれば、案外ヒントが隠されていたりするものかも知れないな」
「それは一理有るね。試しに、振り返ってみようか。僕の昨日一日は……うん、無限書庫で資料整理をしていた」
「僕は、提出書類の作成だな。ひたすらにペンを動かし、腱鞘炎を起こしそうなほどにはサインをしたはずだ」
「休憩時間には、学会の論文を纏めていたよ。あれは普段の事務処理と違って、興味の有ることに没頭できるから楽しいんだ」
「僕はクロス・ワード・パズルだな。はやてに進められた地球のパズルなんだが、中々に奥が深い。時間さえ有れば、延々とやっていたりする……そうだ、食事の時間なんかはどうだ? 食堂に行くなり、庭の広場でパンを食べるなり、それなりに楽しい事も有りそうだが」
「……あいにくと、僕の最近の主食はこれ、海鳴で買い込んだ『カロリー・メイト』さ。検索魔法を使いながらでも、小腹の空いたときに口の中に放り込めて、エネルギー効率もバカにならない優れものだよ」
「……そうか、僕は同じく海鳴で買い込んだ、このゼリー状食品だ。これで様々な味や効能の物が有り、体調にも良いし飽きさせない。食感が同じであるのと、この食事が数度も続くと、意味もなく泣きたくなってくるのが玉に傷だが…………」
「orz」
「(つД`)」
 あまりにも女性が喜びそうな生活に縁の無い自分達に、声も無く男泣きになる二人。と、そこに近づいてくる一つの足音……それが、今の二人にとっての救いの女神だった。
「二人とも、そう落ち込まないの。それが分かってたから、こうしてうちのお店に来てくれたんでしょう?」
 優しく微笑んで告げてくる、高町桃子その人に、二人は深々と頭を下げた。
 
 ピークを越し、客の入りもまばらになった翠屋厨房の奥で、二人の管理局高官が揃いのエプロンを着けている姿は、なかなかにシュールなものだった。二人の事を良くしる友人達なら、腹を抱えて笑ってくれることだろう。主にクロノを指差して。
 自身も使い慣れたエプロンを身に着け、調理器具と材料の用意をしながら、桃子は声だけで二人に尋ねる。
「二人は、お菓子作りの経験は有る?」
「ありません」
「恐縮です」
 当然だが、二人にそんな経験など無い。双方共に、サバイバル系統の経験は豊富なので、料理そのものは出来るのだが、いかんせん食事を『エネルギー摂取』と捉えている節も有るので、作った事はおろか、自分で買って食べることすら、そうそうする事ではなかった。
「んー……まあ、でも大丈夫かかな。二人とも、要領は良さそうだものね。それじゃ、手を洗って始めましょうか」
『イエス、マム!』
 なにやら仰々しい二人に苦笑しつつも、その楽しげな様子を見て、この二人なりのジョークなのだろうと流す桃子。
 ――――そして、自はともかく他は認めまくる、管理局の天才達の片鱗を見せつけられる事になった。
 
 
「スポンジの素を作る時は、よく混ざり合ってるかに気をつけてね。偏った部分が有ると、ムラになっちゃうから」
 説明してくれる一つ一つの事を、ユーノもクロノも実に良く聞く。そして、注意点に関しては、自分達が出来る最良の行動であたるのだ。
「わかりました――デュランダル」
《O.K. Boss. Sarch start...Mix the right side more.》
「ユーノ」
「了解、こっちだね」
 デュランダルによって、現状の生地状態を逐次確認。最良の状態になるまで、ユーノがそれをかき混ぜていく。
 (……私も欲しいな、あれ)
 思わず桃子がそう思ったのも、無理は無いかも知れない。
 
「生クリームは、氷水でしっかり冷やしながら、角が立つまで馴染ませていくの。後で使うときに、出来るだけ使いやすいようにね」
 再び、デュランダルの出番がやってくる。生クリームの状態を確認しつつ、最適な温度になるように、氷水の温度を調節する事は、デュランダルにとってはあまりにも簡単な事だった。
「あとは……こんな感じかな?」
 ユーノはまず、生クリームの表面を結界で覆った。そして、貫結界属性を先端にだけ付与した泡立て器を突っ込み、僅かに筋力強化した手で、電動の泡立て器が真っ青になる速度で攪拌して行く。
「さすがユーノ。デバイスを使わないでの緻密な構成に関しては、他の追随を許さないな」
「買いかぶりすぎさ。慣れればこのくらい、そう大した事じゃないよ」
「……あの、これ、使わないの? 使わないんだ……」
 桃子の手に所在無さ気に佇む電動攪拌機が、妙に哀愁を漂わせていた。
 
「スポンジの焼き上がりに掛かる時間は……」
《Boss, please take 20 minites and 35 seconds, It's will be the best.》
「了解だ、タイミングは任せた」
「クロノ、僕たちは今の内にフルーツを用意しよう」
「……せいかーい」
 
「桃子さん、そこのお皿を取って下さい」
「すみません、ついでにそちらの苺もお願いします」
「はーい、桃子さん頑張っちゃうわ♪」
 
 気がつけば、ケーキ作りに関しては自分達で道を拓いてしまったクロノとユーノだった。
 ――なお、追って作った生シューに関しては、桃子の知識と技術が多大に役に立った事を、彼女の名誉のために記録しておく。
 
 
 目の前に鎮座したケーキと生シューを見ながら、二人は感慨深いものを感じる。ちなみに、共同制作ではあるが、それぞれクロノがケーキを、ユーノが生シューを持って帰ることで、初めから決定していた。
「……なんかこう、嬉しいな。自分達が作ったものが形になるという事は」
「同感。いつものように店で買って来てたなら、感じることが出来なかったものだね、これは」
 自分達の力作を前にして、ユーノだけではなく、普段の仏頂面を引っ込めて、クロノも実に満足気な笑顔を見せている。それを同じく嬉しそうに見ながら、桃子が口を開いた。
「多分、嬉しい理由はもう一つ有るでしょう。自分達が作ったものを、想い人が食べて『美味しい』って言ってくれる瞬間、それを想像したら、楽しくてしょうがなかったんじゃないかしら?」
 桃子の言葉に、照れて頬を掻く二人。まさかシャマルの様な愚は起こさず、両方ともしっかり味見はしてみている。初めて作ったとはとても思えない、会心の出来であることは間違いなかった。
「桃子さん、ありがとうございました」
「結局、そんな大したことは出来なかったわよ、私は。二人の技術に嫉妬しちゃうくらいかも」
 悪戯っぽく言う桃子に、二人も笑顔を返した。
「さて、そろそろフェイトの仕事も終わる頃だ」
「そうか、君は今日の内に渡してしまうつもりだったんだよね」
「ああ。明日は早朝から出航だし、今日はフェイトが珍しく海鳴の家に帰る予定の日だ。今晩渡してしまった方が、色々と都合が良い」
 綺麗に包装したケーキを持って立ち上がるクロノ。ユーノも立ち上がり、生シューの入った箱を手に取った。
「それじゃあ失礼します。今日は本当に、ありがとうございました」
「桃子さんにも、いつかお礼をさせて下さいね」
 クロノに続いて、ユーノも一礼すると、桃子はより楽しげな表情になり、
「ユーノ君のお礼は……なのはをお嫁にもらってくれる事で良いわよ?」
 不意打ちのようなその言葉に、ユーノは一瞬ぎょっとしつつも、すぐにいつもの笑顔になって、「それも、良いですね」とだけ返した。どこまで本気なのか分からない、最近めっきりと腹を探りにくくなった親友に、クロノも笑みをこぼす。
 最後にまた一礼して、二人は翠屋を後にした。桃子は笑顔のまま、腰に手を当ててそれを見送る。
「私としては、結構本気のつもりだったんだけれど、ユーノ君はどこまで本気なのかしら? それにしても、訓練すればパティシエとしても十分やっていけそうよね、あの子。なのは、ユーノ君をモノにしない手は無いわよ?」
 そう独りごちて、通常業務に戻ろうとした時、ちりんちりんと来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませーっ! …………って、あら? あなたは……」
 
 
 ミッド郊外に居を構える、高町家の朝は早い。いくつも部屋の無い、別荘かログ・ハウスのようなその家で、航空隊戦技教導官高町なのは一等空尉は、夜明けよりも早く眼を覚ます。いつものように自分の腰元をかき抱いて、幸せそうな寝顔ですうすうと可愛らしく寝息を立てるヴィヴィオを、起こさないように注意しながら一度優しく撫でて、ゆっくりとその手を放してゆく。いまだに眠りの中にありながら、不安げにわきわきと動かされる両手に、お気に入りである大きなフェレットのぬいぐるみを抱かせてやって、なのははゆっくりとベッドから身を起こした。口元に手を当てて、大きな欠伸を一つ。潤んだ瞳を擦りながら、訓練用のジャージにゆっくりと着替え始める。
《Good morning, Master。How are you?》
《うん、おはようレイジング・ハート。……にゃはは、昨日はヴィヴィオが中々寝させてくれなかったから、少し眠いかな》
《Have a safe traning.》
《ありがとう、気をつけるよ》
 念話でレイジング・ハートと挨拶を交わし合い、音を立てないように気をつけて外に出る。
 
 毎朝のメニューとして組んでいるメニューを進め、1時間ほど汗を流した後、最後の訓練をこなすために、なのははバリア・ジャケットを纏っていた。
「アクセル・シューター」
 目を閉じて意識を集中していたなのはが呟くと、その周囲に6個のアクセルスフィアが生み出される。レイジング・ハートの補助無しで生み出せる、現在のなのはの最大数だ。生成が上手くいった事を見届けると、なのはは左手に握ったレイジング・ハートに合図を送るった。レイジング・ハートも心得たもので、なのはの合図から間を置かず、カートリッジを一つロードし、用意していたプログラムを発動する。即座に、高速で動く光球が、なのはの周囲を縦横無尽と飛び回るが、なのはは落ち着いて右手を掲げ、一つのスフィアを走らせる。
 レイジング・ハートが設定した複雑な機動を、なのはが操るスフィアが完璧にトレースし、1分間に渡って追い続ける。そして、ちょうど1分を経過したところで、加速をかけて撃ち抜いた。
《Completion. Try next stage.》
「うん、お願い」
 今度は生み出された光球は二つ。その上、先程よりも動きの複雑さと速度の増したそれらを、同様に二つのスフィアで追いかける。一つの時よりも長く、2分間に渡って続けられたそれもこなしてしまうと、次いで生み出された光球はさらに一つ増えた。さすがに噴き出して来た汗を拭いながら、残りのスフィアを総動員して光球を追いかけだす。時折、僅か数センチで交差し合う軌道の中、最後までかすり合うこともなく、三度目は3分間、それを続けた。
「――――ラスト」
 都合6分を経過した所で、3個のスフィアを同時に加速。コンマの誤差のタイミングで、全てを同時に撃ち抜いて、ようやく一つ息を吐く。
《Great. congratulation.》
 頬を伝って流れていた汗をハンド・タオルで拭きながら、なのははレイジング・ハートを待機状態に戻した。疲労感はそれなりにあるが、満足の行く結果が残せたので、なのはの表情も明るい。……と、悪戯っぽく自分の死角になっていた木陰に、視線を流す。
「……それで、いつまでそこで見てるのかな、ユーノ君?」
「――別に隠れてたわけじゃないんだけどね。なのはの練習の邪魔にならないように、って思っただけで」
 頬を掻きながら姿を現すユーノは、なのはの家に寄った後、直接管理局に行くつもりだったのだろう。いつも見る、無限書庫司書長としての姿だった。
「おはよう、なのは。今日も朝から絶好調って感じだね」
「にゃはは、そんなこと無いよ。やっぱり少し眠気が残ってたみたいだから、最後のコントロールも、内心いつミスしちゃうか冷や冷やしてたよ」
「…………あれで?」
 ――この人は、次の測定ではSSに手が掛かるのではないだろうか。本気でそう思うユーノだった。
「今日はどうしたの、ユーノ君? ……って、わざとらしいか。今日は3月14日だもんね」
「ん、いつも通りね」
 中身は違うけれど、それは胸の内だけで呟いて、ユーノは手にした箱を掲げて見せる。当然、なのははそのパッケージを見て、それがどこの店のものなのかに気付いた。
「あ、うちの店に行ってきてくれたんだ。そう言えば、クロノ君も昨日はお休みだったんだよね。もしかして、クロノ君もうちで買っていってくれたのかな」
 曖昧に、まあねと言って微笑むユーノだったが、なのはは気にした風も無く、ユーノを促し歩き出す。
「ユーノ君、朝ご飯まだでしょう? 一緒に食べていこう」
 もちろん断るはずもなく、ユーノは笑顔で頷き、なのはに肩を並べていった。
 
「ママ、お疲れ様☆ シャワーの準備出来てるよ。…………あ、ユーノさんだ! おはようございますっ!」
 ドアを開けると、制服の上にエプロンを着けたヴィヴィオが、元気一杯の笑顔で二人を出迎えた。9歳のその背丈からは、幾分大きすぎるフライパンを片手に、料理人気取りのその姿は何とも微笑ましい。オッド・アイの円らな瞳は、大好きな人達が同時に二人も帰ってきた事にまん丸く綻び、身体全体から見る者を幸福にさせるようなオーラが爛々と輝き――――いかん、表情描写が止まらなくなった。自重自重――――
「ただいまヴィヴィオ……って、また朝ご飯作ろうとしてるの? 良いんだよ、このくらいママが出来るんだから……」
「いーのっ! ヴィヴィオがママに作ってあげたいんだもん!」
 困ったように、しかし若干嬉しそうに言うなのはに、ヴィヴィオは胸を張ってそう応える。なのはは、幸せな溜息を一つつくと、「それじゃ、お願いしようかな」と言ってヴィヴィオを一撫でし、自身は浴室に向かう。
「ユーノさんも、そっちに座っててね。いま、ヴィヴィオが美味しい卵焼きを作ってあげるから」
 ユーノはヴィヴィオに押されて椅子に座りながら、その背伸びをしているような微笑ましさを楽しむ。「ありがとう、期待してるね」そう言ってあげるだけで、ヴィヴィオは花咲いたように笑い、「あい!」と元気良く頷くのだ。
 踏み台を使って調理台と格闘すること十数分、台所から流れてくる芳ばしい香りが、ユーノの食欲を刺激し始めた。やがて、さっと汗だけ流して来たのであろうなのはが、石鹸の好い香りを纏ってやって来る。普段からほぼノーメイクで過ごしているなのはは、身嗜みに時間を掛ける事も少ないのだろう。濡れそぼった髪は、まだ僅かに湿り気を残しているが、教導隊の制服に身を包んだその姿は、すでに身支度を終わらせているようだった。
 なのはが席に着くと、すぐにヴィヴィオが作っていた卵焼きも完成し、少々形がいびつだが、愛情が山ほど積もった料理が食卓に並んだ。作り置きしている、バスケットのクロワッサンをちぎり、カフェオレを啜り、舌鼓の合間に団欒の花を咲かせる……理想の家族がそこには在った。
 やがて、食事が一段落着くと、ユーノが勿体ぶっていた箱を取り出す。
「それじゃ、なのは、ヴィヴィオ。今年もバレンタインのチョコレートありがとう。美味しく食べさせてもらったよ。――で、これはお返しね」
「いつもありがとう、ユーノ君も」
「ありがとーございます! えと、ユーノさん、今開けてみても良いですか?」
 ヴィヴィオの言葉に「もちろん」と頷くと、嬉しそうに封を開けて――――笑顔の花が満開になった。
「うわあ……美味しそうっ!」
「――――あれ?」
 ヴィヴィオは喜んで、生シューの一つに手をかけ、満面の笑顔でそれを頬張る。なのはは、きょとんとした表情でそこに有った生シューをみつめ、ユーノはそんななのはの様子を楽しげに見守っていた。
「おいっしーー! ……あれ、ママ?」
 しげしげとその生シューを見つめていたなのはだったが、やはり結論は出なかったのか、ユーノに尋ねる。
「これ、うちの生シューじゃないよね? 似てるけど……ちょっと違う」
 さすがに喫茶店の娘は違うなぁと、感心しつつ種明かしに入るユーノ。
「これね、僕とクロノで作ったんだ。ハラオウン家には、同じく合作のケーキが行ってるよ」
 ユーノの言葉に、ヴィヴィオは自分の手元の生シューとユーノを見比べて――――
「えええええええええっ!? ユーノさん凄いっ! こんな美味しいものが作れるなんてっ!」
 大はしゃぎでユーノを褒め称えた。ヴィヴィオの素直な気持ちにくすぐったさを感じながら、ユーノはなのはの動向を追う。
「ユーノ君の……手作り」
 呟いて、生シューを一つ手に取り、蓋の生地を外す。その生地で中のクリームを少量すくい取り、ゆっくりと口に運んで――その頬が綻んだ。もう一すくい、今度は先程よりも大きくかじり、こぼれるほどの笑顔で、
「美味しい……美味しいよ、ユーノ君。ありがとう、忙しいのに、こんなに頑張ってくれて」
 その一言でユーノの疲れなど、一気に吹き飛んでしまったようだった。ああ、やって良かった。そんな充足感でユーノの心が満たされる。そこで、ふとユーノは現実に戻って時計を見た。
「なのは、そろそろ行かないと……」
「――あ、そうだね。ユーノ君、途中まで一緒に行こう」
「うん。そうしようか」
 良い雰囲気に包まれている二人を、どこか満足そうに見ながら、ヴィヴィオは立ち上がって食器を片付け始めた。
「ヴィヴィオありがとう。洗うのはアイナさんがしてくれるから、下げておくだけでいいからね」
「うん! ママ、ユーノさん、お仕事頑張ってね」
「ヴィヴィオも、学校のお勉強頑張るんだよ。それじゃ、また今日の夕方、無限書庫でね」
「あい!」
 なのはとユーノが口々に出て行くのを見送ると、ヴィヴィオは嬉しそうに……しかし、どことなく寂しそうに呟いた。
「ユーノさん……早くユーノパパになってくれると良いんだけどな……」
 
 自宅付近の転送ポートの中、なのはは笑顔でユーノの顔を覗き込む。
「ユーノ君、今年は本当にありがとう。すごくすごく、嬉しかったよ」
 普段なら謙遜の虫が出るユーノも、今回は満足だったのか、嬉しそうに頷いた。
「…………そろそろ、だよね?」
 ふと、雰囲気を変えて、なのははユーノの肩に身を預ける。何かを成した後のような表情で言うなのはに、ユーノも感無量と口を開いた。
「うん。もうすぐ、無限書庫の管理形態が整備されて、僕がここまで出ずっぱりにならなくても大丈夫になる。そうしたら……」
 その言葉を聞いて、なのはの瞳が優しく潤み、さらに愛おしくユーノに身体をすり寄せた。と、ユーノは楽しげに、おどけたような口調で話し出した。
「しかし……フェイトもはやても……まだ、僕たちが付き合ってないと思ってるんだよね」
 それを聞いて、なのはもおかしそうに笑う。
「にゃはは……小さい頃はさんざん、わたし達で遊んでくれたからね。これもお返しって事で」
「うん、せいぜい結婚式の時には、思い切り驚いてもらおうか」
 二人は笑い合い、軽く抱き締め合った。しかし、すぐに身を離し、微笑む。
 今はまだこれだけ。二人の時間が本当にゆっくりと取れるようになってから、この続きはすれば良い。
 だからなのはは、自分の唇にそっと指を当てて、その指をそっと、ユーノの唇に触れさせるのだ。
 
 ――――わたし達の未来が、きっと交じり合いますように――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <おまけ>
 
「――それでね、お兄ちゃんが作ってくれたケーキ、本当に美味しかったんだよ。エイミィもすっごく嬉しかったみたいで、普段はからかってばかりなのに、なんだか素直になっちゃって……」
 時空管理局の庭園広場で、フェイトははやてを捉まえて一緒に昼食をとりながら、過去最高のホワイト・デーを振り返っていた。はやては、最初こそ楽しそうに聞いていたのだが、次第に笑顔が引きつってゆき、最終的には完全に縦線を背負っていた。
「…………はやて? どうしたの――――ひゃぁっ!?」
 ようやくそれに気付いたフェイトが心配そうに尋ねると、突然ガバッ! と肩をつかまれる。
「は、はやて…………!?」
「…………んでや……」
「え?」
 ぽつりともらしたはやての言葉はあまりにも小さく、フェイトは思わず聞き返して――――それが運の尽きとなった。
「なんでわたしには、そうやって気合いの入ったお返しの一つも作ってくれる男がおらんのやあああああっ!! ロリ童顔上司やよ! 白帽子に黒翼とか、ストライクゾーン満載やよ!? ちょっと気さくな切れ者とか、実は揉み魔だったりとか、需要満載やないぃっっ!!」
「はやて!? はやて落ち着いて! あと最後のは、本当にそんな需要は有るの!?」
「捜査官の仕事かてそうや! なんかこう、ル○ンみたいなドロボウさんとか、そんな宿敵とか期待してたのに、出てくるのはむしろ、特撮系の敵ばっかりや! 蜘蛛男やら魚男やらと、なんのロマンスが発展するっちゅうんや!! ええ!? 言うてみいフェイトちゃん!」
「な、え、あ、って、わたし!? ちょ……八つ当たりっ!? わたしだって、はやてと似たようなものなんだけど……」
「あんな兄ちゃんや、エリオみたいな需要満載な被保護者がいる時点で、十分勝ち組や! いざとなればなのはちゃんだって――――ゲフンゲフン」
「こらああああ!? わたしはそんな趣味は無いからね! ほんとだよ!?」
「ああもう、彼氏欲しいいいいいい! 行き遅れたくないいいいいっ!!」
「――――主はやて」
 唐突に聞こえた落ち着いた声に、ぴたりと止まる暴走はやて。振り向いた先にいたのは――
「――ザフィーラ? どうしたん、人間形態で」
「主、先日は誠に、ありがとうございました。受け取って頂けますか?」
 言って渡される小箱。そのロゴには翠屋のマークが入っていて…………
「ザフィーラ、これ、手作りなん!?」
「はい。……少々、苦労しましたが……」
 いびつな形になってしまっているケーキが入った箱を、はやては感極まって掻き抱く。
「……ぁ……ありがとう……ありがとうな……ザフィーラ…………!」
 本当に嬉しそうに微笑むはやての頭の中では、しかしまたも、暴走特急がエンジンをかけ始めていた。
 (き……気ぃつかんやったけど、褐色銀髪の偉丈夫、寡黙で冷静沈着……ザフィーラって、実はものすごい優良物件やったんやないんか!? これはっ……まさかの『はや×ザフィ』!?)
「あれ、ザフィーラ、もう一つ大きな箱持ってるね」
「ああ……こちらはアルフに贈る物でな、いわゆる『本命』と言うやつだ」
「結局オチかーーーーーーーーーーいっっ!! ↑のちょうマジ・モード返しやああああああぁぁぁぁっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 <あとがき>
 
 どもども、かじりまるですノシ
 ……なんかまた、妙な電波を受信しまして、全編ギャグで通すつもりが、気がついたらユノなのになっていました(´・ω・`)
 やっぱり、彼女いない歴20うン年ってのは、この時期は受信効率が高すぎますね。
 と言うわけで、バレンタインSSも書いていないのに、ホワイトデーSSでした。
 
 うちのユーノ君となのはさんは、ちょいと変わっている所が有りまして……お互いもう既に、多分に自覚して好いとります。
 で、しかもそれを、周囲の友人達には明言していないんですな。ただし、『付き合ってない』とも明言しておりません。
 まあ、どこぞの獣神官お得意の、『嘘はついていないが、真実全てを語っているわけでもない』と言う奴ですなw
 6年生くらいまでかな? 本当に互いに意識していなかったのは。それまでは、完全にはやて達の玩具でした(笑)
 ……そこから先は、むしろヤキモキしている周囲の人々の反応を楽しんでいる節があります。こーの悪戯っ子めw
 その辺りの話や、色々な部分に関しては、今後短編やら、いずれ書くつもりの長編(それほど長くするつもりはありませんが)で、
 補完していけたら面白いなぁと思っています。
 
 とりあえず今回一番苦労したのは、桃子さんとヴィヴィオの口調でした(苦笑)
 ちなみに、この時点でJS事件より3年と少し後。ヴィヴィオは9歳で、なのはさんは――22歳(笑)
 そろそろ俺の歳超しちゃうよなのはさん(汗)
 ヴィヴィオが9歳なのは、後に書く長編に合わせるつもりで書いたからです。
 ヴィヴィオかわいいよヴィヴィオ。
 六課存続中の話にしても良かったんですが、フェイトの位置を書きづらかったので(^_^;)
 
 ケーキ作りとデバイスの英語に関しては、一応努力はしてみたのですが……間違ってたらすみませんorz
 
 では本日はこれにて。次回は、少々シリアスなものを書かせていただく予定です。
 プロット通りだと、中編くらいにはなるかも知れません。
 
 どうも、長々とあとがきを書いてしまい、申し訳ありませんでしたm(_ _)m
 
 P.S. 誤解されそうですが、僕ははやての事も大好きですよ?w





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