「――――それじゃあ、ごめんだけど明日はよろしくね、ヴィータちゃん」
 モニターの中に映る、初めて合った時から様子の変わらない赤毛の友人に、なのはは申し訳なさそうにそう告げる。ヴィータはモニターの中、何でもない事と笑いながら、そんななのはに応えた。
《別に大した事じゃねーんだから、そんなに気にすんな。明日はあたしも急ぎの用も無かったわけだし、むしろおめーの作ったチョコパフェが食えるんなら、あたしにとっちゃラッキーなくらいだよ。だから、ヴィヴィオの授業参観――安心して行ってきてやんな》
 ヴィータが改めて口にしたその言葉に、なのはもにっこりと笑って応える。
「うん、ありがとうね、ヴィータちゃん」
 
 
 【魔法少女リリカルなのはSS『母娘の長い授業惨憾日』】
 
 
 かちゃ……
 
 先に寝室へ行っていたヴィヴィオを起こさないように、静かにドアを開けて部屋へと入る。衣擦れの音すら控えめに抑え寝間着に着替えると、なのははヴィヴィオが既に眠っているであろうベッドの中に、ゆっくりと身を滑らせていった。
 ――――が、
「…………まま?」
 小さく聞こえた愛娘の声に、なのはは少し驚いて隣を見る。掛け布団から、顔を半分だけ出したヴィヴィオは、少しだけ不安そうな瞳で自分を見ていた。無意識の内に、左手でヴィヴィオを抱き寄せてやりながら、なのははヴィヴィオと視線を合わせる。
「起きてたんだ。眠れなかった?」
「うん、気になっちゃって……」
 上目遣いで様子をうかがうヴィヴィオに、なのはは優しく髪を撫でつけてやりながら、にっこりと微笑む。
「大丈夫。一番心配だった教導隊の特練指導も、ヴィータちゃんが代わりに引き受けてくれるって。だから、明日は朝から行けるよ、ヴィヴィオ」
 その言葉を聞いて、ヴィヴィオの表情から不安が一気に消え去った。伏せ気味だった眼がまん丸く開き、次いで嬉しそうに細まる。
「今度会ったら、一緒にお礼言おうね、ヴィヴィオ」
「――――うん、うんっ、うん!」
 嬉しそうに何度も頷くヴィヴィオ。その心は、既に明日の授業参観に想いを馳せて、旅しているようだった。その様子を見ていると、なのはとしても、随分前からこの日のために準備して、色々と根回しをしてきた甲斐が有ったと言うものだ。3日前に、唐突に特練の教導を依頼された時には肝を冷やしたものだが、それもヴィータに任しておけば、まあ問題は無いだろう。
 ヴィヴィオの通うSt.ヒルデ魔法学院は、授業参観日に関して、非常に面白い制度を取っている。日の中で1単位だけではなく、全日通してを公開の時間としているのだ。これによって、例えば半休しか取れない親であったり、どうしても何らかの用事に追われ、午後からしか来られない親であったとしても、等しく授業を見学する事が出来るようになるのである。もちろん、一日通して見学する事も可能なのだが、例年僅かな時間しか見学する事が出来なかったなのはは、今年こそはと予定を空けにかかっていたのである。
 ヴィヴィオ自身も、例年は決してなのはに無理を言わず、来られる時間だけで良いと言っていたのだが、先日の一件から、少しだけ我が儘を言うようになったヴィヴィオは、初めてなのはに告げたのだ。『出来れば、全日居てもらいたい』と。
 それからと言うもの、なのはは必死になって、明日の予定を空けるために努力した。提出書類など、半月先の分まで纏め上げ、教導隊の訓練も、明日を休みに出来るように前倒しにしていった。休みである事を聞きつけたものぐさな上官に、特練の申請をされた時にはほとほと困ってしまったが、それもヴィータに一任する事で、問題は無くなった。これで、もはや後腐れ無く、明日はヴィヴィオの授業参観日を堪能する事が出来るはずなのである。
 そうは言っても、役職が役職であるだけに、不測の事態と言う物は存在する。なのはでなければ処理出来ない何かが起こり得る可能性だって、無いわけではないのだ。その時のために、なのははシャマルに頼み込んで、明日の一日だけ、管理局と魔法学院を自由に行き帰り出来る、急造の転送ポートを用意してもらったのだ。もっとも、転送ポートと言ってもそう大したものではない。クラールヴィントの『旅の鏡』を利用して、なのはだけに個人転送を掛ける結界を生成したのみだ。なんにせよ、これで、万が一の事態が有ったとしても、即座に管理局に戻り、また即座に魔法学院に帰ってくる事が出来る。
「ママ、明日頑張るから! 楽しみにしててね!」
 本当に嬉しそうに胸を弾ませるヴィヴィオに、なのはも同じ笑顔をこぼす。
「うん、楽しみにしてるよ。それじゃ、明日に備えて、今日はもう眠らないとね。おやすみ、ヴィヴィオ」
「おやすみ、ママ」
 ヴィヴィオはなのはの胸に身を埋めると、程なくして小さな寝息を立て始めた。それを聞いて、なのはも安心して瞳を閉じる。明日のために邁進して来たなのはも、やはり疲れが溜まっていたのか、すぐに意識は暗転して、深い眠りに就いたのだった――――。
 
 朝の目覚めは、常と変わらず爽やかだった。日課のトレーニングが終わる頃には、いつもよりも早起きしたヴィヴィオが作った朝食が、美味そうに湯気を立てて迎えてくれ、母娘揃って舌鼓を打った後は、一足先にヴィヴィオを送り出す。普段のようにアイナが来てくれるはずなので、別段掃除などをする必要もなく、ただ少しだけ、いつもよりも身嗜みに気を遣ったくらいか。ヴィヴィオの親として、あまり恥ずかしい姿は見せられないのである。サイド・ポニーを括り上げ、派手になり過ぎない程度の控えめな口紅を引き、服に合わせたハンドバッグを持って準備完了。
「――――よし、行こうかな」
 言って、部屋の電気を消そうとした、その瞬間だった。
 
 ……ピキキッ、ピキキッ。
 
「? ……なんだろう、こんな朝早くに」
 なのはを呼び止めたのは、据え付けの通信機のコール音だった。出鼻を挫かれた事に、少しばかりの苛立ちを覚えつつも、それはおくびにも出さずに通信機に向かい、機会を操作するその手が寸前でピタリと止まった。
 
『発信者:クロノ=ハラオウン』
 
「………………」
 無言のまま、なのははスイッチをONにする。パシュン。音を立ててモニターに浮かんだのは、10数年来の友人にして、直属ではない上司の無愛想な顔だった。
《おはよう、なのは。……って、なんだそのキュウリと間違えてニガウリを食べてしまったような表情は?》
「いや……なんかこう、クロノ君から通信が入った瞬間のユーノ君の気持ちが、よく分かったような気がして。どうしたの?」
 警戒色満面のなのはに、仏頂面も深まりつつ、苦々しげに用件を口にするクロノ。
《……結婚が決まったと思ったら、意地の悪さまで夫婦一緒か。まあいい、高町なのは一尉、伝えておかなければならない事が出来た》
「――――何でしょう?」
 クロノの真面目な様子に、なのはも表情を改めて、時空管理局員としての礼をとる。
《第一級指名手配犯のガードナー一派が、ミッドチルダ周辺の次元域に出現した。偶然にも本局に出向していたフェイトとシグナムを向かわせたから、恐らくは大事に至らないと思うが……万一の時は、出動を要請するかも知れない。休暇の所すまないが、よろしく頼む》
 嫌な予感が的中、と言う気持ちと、フェイトやシグナムが向かってくれたと言う安堵感が、等しくなのはの胸中に浮かぶ。なのはが何事か、了承の旨を伝える前に、クロノが上官としてではなく、一人の友人としての表情で続けた。
《…………すまないな、今日はヴィヴィオの参観日なんだろう? 出来るだけ、我々だけで収めるようにするが、何しろガードナーはAAA+からS−の高ランク魔導士だ。対応出来る人材も限られているから――――》
「――――良いよ、その時は遠慮無く呼んでくれて。ヴィヴィオだって、きっと分かってくれるよ。それじゃ私、もうそろそろ行かないとだから」
《ああ、出発前に呼び止めて悪かったな。では》
 事態としては、歓迎できることではないが、私情を理解してくれるクロノに、なのはも毒気を抜かれ、仕方ないと言う気持ちで対応できた。クロノとの通信を切ると、気を取り直してなのはは玄関に向かう。靴を履き、扉に手を掛けて――――
「――――大丈夫だよね、きっと。フェイトちゃんと、シグナムさんだもん。うん、今日はヴィヴィオの参観日なんだから」
《Don't worry.(心配ないでしょう)》
 なのはの独り言に、胸で光るレイジング・ハートが、小さく明滅して応えるのだった。
 
 重ね重ね書き記す事になるが、戦技教導官高町なのはは、ここミッドチルダにおいて知らぬ者などいない程の有名人である。そんななのはが、朝も早くから娘の姿を見るため学校に来ているのだから、居合わせていた面々としては、降って湧いた幸運に心躍らせる事となる。結果として、周囲から遠慮がちに送られてくる視線に、なのはは少し困ったように苦笑しながら、教室の後ろから愛娘の様子を眺めていた。そんな中ヴィヴィオは、なのはならずとも分かるほど上機嫌で、気負い過ぎて紅潮した頬を隠そうともせず、時折なのはがいる事を確認しながら授業を受けていた。
「――――では、この場合における擦過傷において、救急措置として治癒魔法を使ってはいけない理由……誰か分かるかしら?」
 基礎魔法学の一理論について、教師からそんな問題が投げかけられると、誰かが首を捻って考え出すまでもなく、しゅたっ、と上がる一本の腕があった。言うまでもなく、ヴィヴィオのものである。
「どうぞ、高町ヴィヴィオさん」
「はい! 赤錆によって出来た傷の場合は、治癒魔法で治しても体内に細菌が残ってしまう事もあり、適切な消毒をしてからでないと、感染症を引き起こす可能性があるからです」
 淀みなく告げられたヴィヴィオの答えに、そこいらから歓声のような拍手が送られる。教師も、十分なその答えに満足して、にっこりと微笑んで「正解」と口にした。それを観ていたなのははと言うと、もちろん愛娘の健闘ぶりに大いに喜びながらも、内心複雑な思いもあった。
 (ヴィヴィオって、地球で言えばまだ小学4年生になったくらいなんだよね? 就業年齢の差って怖いな……わたしの小学生の頃なんて……)
 考えてみると、エリオやキャロに教導したのもこのくらいの歳だったわけだが、改めてこうして学校と言う空間で目の当たりにすると、中々圧巻である。と、席に座ったヴィヴィオが、後ろを向いて、びっ! と、ピースサインを突き出してくる。恥ずかしがり屋のヴィヴィオがこうまでするのだから、ヴィヴィオ自身としても、今のは会心の答えだったのだろう。なのはも躊躇無く、びっ! とピースサインを返して、二人揃ってにへら、と笑った。
「…………高町さん、授業中ですよ? お母様も」
 苦笑してそう告げる教師に、二人同時に我に返り、二人揃って赤面して俯いた。そんな様子に、教室内の皆から、温かい微笑みが送られる。
 ――――そんな折だった。
 
 ヴ……ン、ヴ……ン……
 
「…………ぁぅ」
 腕に着けていた通信デバイスが、控えめに、しかし絶対の存在感を以て小刻みに震えている事に気付き、なのはの表情が瞬く間に曇る。一瞬無視しようかとすら考えるも、即座に首を振り、「ちょっと……すみません」と、申し訳なさそうに周囲の面々に頭を下げながら、教室の外の方へと脚を向けた。
「……まま?」
 そんななのはの様子を、不安そうにヴィヴィオが伺うと、なのはは退出しながらも、ヴィヴィオに念話を繋ぐ。
《ごめん、ヴィヴィオ。呼び出しが掛かったみたい……。すぐに戻って来るから、少しだけ我慢出来る?》
《――――うん、大丈夫だよ。ママも、お仕事頑張って!
 …………だけど、出来るだけ早く、帰って来てね……?》
 元気良く応えようとしながら、最後に少しだけ不安を覗かせるヴィヴィオが愛おしくて、なのははもう一度謝りながら肯定を返すと、教室を出てすぐに、憮然として通信を繋いだ。ポータブル・モニターに映ったのは、ここ一年程で自分の補佐としての位置を確立した、馴染みの顔だった。
「――――どうしたの、ディエチ?」
 怒りこそ顔に出してはいないものの、普段の柔らかさが欠片もないなのはの様子に、通信を繋いだディエチは、気圧されたように緊張する。
《ぁ……すみません、ヴィヴィオちゃんの参観日に水を差してしまって……。
 あのですね、二日前に上げられた書類なんですが、一部致命的な不備が見つかったと言うことで、突き返されて来まして……》
 言われて、二日前の事を思い出す。そう、ちょうどその頃は、疲労がピークに達していた頃で、かつ大量の書類を処理していた時期だった。内心頭を抱えるなのは。提出したその場で書類が処理されれば、こうした時間差での訂正は無くなるのだが、上もやはり大変であり目を通すまでに若干のラグが生まれてしまうのである。それでいて、そのようなミスが見つかった場合は、こちらの対処は早急にしなければ、後々面倒な事になるのだ。
《――――あの、僭越とは思ったのですが、書類の不備自体は、全てこちらで訂正しておきました。
 後は、高町一尉の御確認と、サインさえ頂ければ結構なのですが…………》
「――――ああもう、これだから大好きだよ、ディエチ♪」
 唐突に態度を軟化させ、満面の笑顔になったなのはに、むしろ怯えたような表情を見せるディエチ。なのははそれには気付かずに、即座にシャマルと念話を繋ぐ。
《シャマルさん、お仕事中すみません、お願い出来ますか?》
《オッケーよ。ちょうど今は、暇してたところだったから。周囲に人はいないわね?》
 シャマルの問いに、頷くなのは。急造の簡易転送のため、下手になのは以外の人物が近くにいると、設定に支障が出かねないのだ。それを心得ているからこそ、ディエチと会話しながらも、なのはは中庭の開けた場所へと出ていたのである。
《それじゃ、転送するわね。――――クラールヴィント》
 
 ヴン……!
 
 シャマルの声に応え、なのはの周囲が深緑の魔力光に包まれる。軽い浮遊感を感じた次の瞬間には、なのはの身体はシャマルのいる、管理局本局の医務室へと移っていた。
「うん、問題なく成功。ご苦労様、クラールヴィント」
《Ja》
 シャマルに御礼を言おうとしたなのはは、その場にすでにディエチが来ていた事に気がついた。
「ディエチ、ここまで来てくれてたんだ。けど、医務室は通信禁止なのにどうやって?」
「医務室のすぐ傍の待合室から通信させて頂きました。先程通信を切ってから、すぐに入室を。少しでも、お手間は取らせたく無かったので」
 言われてみたら当たり前のことだが、なのははグッジョブ、とばかりに親指を立てる。
「ナイスだよ、ディエチ。気を遣ってくれてありがとうね。それで、問題の書類は?」
 皆まで言う前に、ディエチはなのはに一纏めにした数枚の書類を手渡す。なのはは即座に、最近ユーノから教わり始めた速読魔法を起動。まだまだユーノ程に扱うことは出来ないが、元よりマルチタスクは高練度で習得している技能である。宙に浮いた5〜6枚の書類の全てを、ものの1分と掛からずにチェックし終えると各項目にサインを入れ、また一纏めにしてディエチの手に戻す。
「お疲れ様です。確かに、提出してきますね」
「ありがとう、ディエチ。だいぶ手間が省けたよ」
 なのはの労いの言葉に、はにかんだ笑顔を浮かべると、ディエチは一礼し、退出して行く。それを見送ると、なのははシャマルに向き直り、シャマルも心得たもので、微笑んで再びクラールヴィントを起動させた。
 
 
 ガラ……。
 
 控えめに響いた引き戸の開く音に、少々沈みがちだったヴィヴィオの様子が、はっと明るくなる。2限目が始まってすぐ、思ったよりも早く帰って来てくれたなのはに、ヴィヴィオは喜び、再びエンジン全開で授業に参加し始めた。先刻の巻き直しのように、出題に完璧な答えを出したヴィヴィオに向けて、惜しみない拍手となのはの賞讃が送られる。今度はヴィヴィオも、Vサインを送るようなヘマはせず、ただ、花咲くような極上の笑顔をなのはに送っただけだった。なのはもつられて笑顔を深め…………。
 
 ヴ……ン、ヴ……ン……
 
 ひぴくぅ! と、なのはとヴィヴィオの笑顔が同時に引きつる。なのはは、引きつった笑顔をそのままに、横歩きで退出して行き、先程よりも少々荒っぽく通信を繋ごうとして、その通信先が自宅、つまり、アイナである事に気付く。相手が家族同然のアイナだけに、大きく一つ深呼吸して、平静を取り戻しつつ、通信を繋ぐなのは。
「――――ぅどぉかしましたか?」
《は! あ、その、すみません、授業参観の最中に……!》
 結局の所、なのはは全く平静を取り戻せていなかったわけで。
 無意識に吹き出ているオーバーSのプレッシャーに、モニターの中のアイナの頬を、一筋の汗が伝う。それでも、何とか威圧感に耐え、用件を告げるアイナ。
《……あのですね、なのはさん。受領証用の印鑑、お持ちになっていませんか? 届け物用の判子が見つからないんですよ。どうも、管理局からの重要物らしくて、今すぐに必要なんですよね》
「――――あ゛…………」
 そう言えばと、昨日の朝に有った出来事を思い出す。仕事に出る寸前、折りしも扉を開けたその時に、タイミング悪く届いた郵便物。判子を押したその後、わざわざ家内にしまうのが面倒で、ハンドバッグに入れて出てきてしまった事を。がさがさと中を探ってみると、案の定出てくる受領印。
「…………すみません、今すぐに持って帰ります。郵便の方には、少しだけ待って頂けるよう、お伝えしてもらえますか?」
 アイナとの通信を切ると、なのはは無言で、胸元からレイジング・ハートを取り出す。
「――――レイジング・ハート、セットアップ」
《......Are you sure?(……良いのですか?)》
「良いから、早くしなさい」
《A......All right!!(り……了解!!)》
 脅しのようななのはの言葉に従って、なのはの身がバリアジャケットに包まれる。なのははそのままアクセルフィンを展開して――――
「た……高町一尉! 何をしてらっしゃるのですか!?」
 そこに慌ててやってきたのは、シスター・シャッハその人だった。その姿を見て取ると、なのはは泣きそうな顔で、シャッハを振り切るように飛び出して行く。
「高町一尉! こんな非戦闘域での無意味な飛行は、始末書ものですよ!」
「始末書くらいいくらでも書きますから、今だけは止めないで下さいシャッハさん〜っ!」
 情けない声を上げながら飛んで行くなのはに、シャッハは止めることすら忘れ、呆然と見送るのみだった。
 やがて、数分程度で戻って来たなのはに、シャッハは呆れ顔で説教を始めようとするが……。
「すみませんすみません! 後でたっぷりとお説教されますから、今日だけ……今日だけは!」
 言いながら駆けて行くなのはに、完全に毒気を抜かれ、大きな溜息を吐くシャッハであった。
 
 
 ガラッ! …………ぜぇ、ぜぇ…………
 
 今度は遠慮も無く、勢い良くドアを開け放ち、息を乱しながら入って来たなのはに、ヴィヴィオは心配気に念話を繋ぐ。
《まま…………大丈夫?》
《…………大丈夫だよ。ごめんね、ドタバタしちゃって》
《ううん。ママ、ほんとに、無理しないでね?》
《ありがとう、でも、ヴィヴィオの授業参観日だもん。少しくらい大変だって、ママは頑張れる――――》
 
 う゛ぃーん、う゛ぃーん。
 
「――――今度は何なのっ!?」
 唐突に響いたなのはの大声に、ざわっ、と教師生徒保護者の全ての目がなのはを向く。なのはは赤面し、小さくなって謝りながら、三度退出して行った。と、教室の外には、呆れ顔のままのシスター・シャッハが立っていて、また出て来たなのはを見ると、さらにその呆れ顔を深めた。
「……本当に大変そうですね、高町一尉」
 なのはは、吹き出そうな苛々を押さえ込むに必死で、シャッハには応えず、通信をオンにする。映ったのは、教導隊での教え子の一人だった。その若い隊員は、なのはの様子にも気付かず、焦燥した様子で捲し立てて来た。
《休暇中すみません、高町教導官! ですが、緊急事態なのです!》
 切羽詰まったその様子に、なのはも自身の苛々を辛うじて抑え込み、教導官としての顔になって、続きを促す。
「――――何が有ったの?」
《は! 高町教導官の代わりにいらして下さいましたヴィータ二尉が…………》
 
 ずばぼーん!
 
 隊員が皆まで言う前に、聞こえて来たのは何やら炸裂音。
《――――ぉぉらああぁぁあ!! もう一度言ってみやがれえぇぇぇ!!
 チビで悪いかよ! そのチビに完膚無きまでに叩き潰されながら、生意気言ってんじゃねええぇぇぇっっっ!!》
《ああああああすみませんすみません! ランツの失言は我々が謝りますから、収めて下さのわぁぁぁぁっっ!?》
《うわーっ、駄目だーーーっ!!》
 
 ずがぼちゅどべごーんっ!! …………つーっ、つーっ、つーっ。
 
「…………………………」
「…………………………」
 なんでミッドの通信デバイスが、あんなレトロな音を立てるのか。とか、そんな素朴な疑問を抱くことすら出来ずに、なのはとシャッハは固まっていた。なのはは、訪れた理不尽に対する呆然で。シャッハは、そんななのはの内に確かに膨れあがり始めた、破滅的とすら言える魔力の暴風を感じて。
「シャッハさん」
「…………はい」
「行ってきますね?」
「行ってらっしゃい」
 嵐が来る寸前の凪のようななのはに、シャッハはなるべく刺激を与えないように、静かになのはを送り出す。
 
 念話で連絡して、医務室に転送してもらうと、シャマルの表情は見事に引きつっていた。
「…………あの、なのはちゃん……ごめんね、うちのヴィータちゃんが…………」
 先手を打って、申し訳なさそうに謝罪するシャマルに対して、なのはの顔は能面のそれだった。そして、絡繰り人形のような動きで、口を開く。
「シャマルさん、御面倒ですけど…………治癒魔法の準備、しといて下さいね?」
 なのはの言葉に頷きつつ、シャマルはこっそりと十字を切り、ヴィータの身を案じるのみだった。なのはは構わずに医務室を出ると、ゆっくりに見えて実はかなりのスピードで、訓練所へと向かう。道すがらに、レイジング・ハートをエクシード・モードで起動しながら。
 訓練室に入ってみると、無事なままの隊員は半分に満たないくらいだった。その中心には、猛り狂った紅の鉄騎が竜巻と化していて――――
「この身体はあたしの仕様なんだよっ! 大きくちゃ色々駄目なんだよ! 分かってんのかそこん所っ!?
 必要に応じて大きくなる事くらい出来っけどな、それはKYってもんなんだよ! 分かれよそのくらい!!
 おらどうした、誰かあたしに反抗してみろよ! もう今日は、あたしとの模擬戦が特練のカリキュラムだ――――」
「そう? じゃあ教官として、こんな時どうすれば良いか手本を見せようか」
「――――え?」
 
 ――――づばぢぃぃぃぃんっっっ!!
 
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!?」
「ブレイク――――」
 何が起こったのかも分からぬまま我が身を襲った衝撃に、鉄壁を誇るヴィータの身体が、背中を支点に『く』の字……いや、『つ』の字に曲がる。一瞬で意識を刈り取られそうな激痛の中、僅かに残っていた自我で、自分を強襲したものを見遣ったヴィータの表情が、恐怖に引きつる。その、いわゆるエクセリオンバスターA・C・Sと呼ばれる、高町なのはの奥義の一つを目の当たりにして。
「な、なの…………」
「――――シュート」
 
 ずばぼべーーーーんっっっっ!!
 
「…………はぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁっっっっっ!!!???」
 障壁もクソも無く、背骨を折らん勢いで押しつけられたフレームから、零距離で発射されたエクセリオン・バスター(一応非殺傷)に蹂躙され、ヴィータの身体が、メジャーリーガーの四番打者に打たれたボールの様にすっ飛んで行く。そのまま、天井、壁、床とピンボールの様にバウンドした挙げ句、20mほど前転したヴィータは、カートリッジが詰まった木箱の激突して、そのままピクリともしなくなった。
《I......Is that taking things too far?(し……少々やり過ぎではないでしょうか?)》
「良いんじゃないかな?」
 冷徹にレイジング・ハートに告げると、遠巻きに観ていた隊員達に、なのははゆらりと向き直る。
「――――みんな」
『――――はっ!!』
「自習ね?」
『イエス、マム!!』
 
 ボロ雑巾のよう(控えめな表現)になったヴィータを連れて行くと、なにやらシャマルは一瞬唖然として、すぐに慌ててヴィータの治療に差し掛かったが、なのははあまりそれには頓着せずに、シャマルに笑ってない笑顔で謝辞を述べつつ、St.ヒルデへと還してもらった。
 
 
 それからと言うもの…………
 
 
《――――なのはー、この前頼まれてた資料の件なんだけどひぃぃぃぃぃごめん、また今度で良いから!!》
 
《――――なのはちゃん、あんな、新部隊のフォーワード育成の件でゃなんでもないごゆっくりーーー!!》
 
《なのはさん、レイジング・ハートの定期検査――――なんて無いですね私の勘違イト言ウ事デヒトツ!!!》
 
《――――なのはさん、お久し振りです! また今度っっっっ!!!》
 
 
 間の悪い事は重なるもので、こんな時に限って何人もの友人知人が通信を入れて来て、その度に青筋を抑えながら出ては、怯えて切られるを繰り返して、なのはの精神は既に、限界に近づいていた。教室内を、一種異様な凄まじいプレッシャーが制圧し、授業参観と言うよりも、安全を確立していない獣の檻に放り込まれたような感覚で、その場にいる誰もが、唾を飲み込む事すら躊躇われる程の緊張に苛まされていた。時折視線を送ると、なのはは満面の笑顔だった。それこそ、照る照る坊主にでも描かんばかりの。しかし、得てして照る照る坊主を下げると言うのは、雨が分かっている未来への一縷の神頼みであって、その祈りは概ね、儚く散り行くものである。
 
 そして、そんななのはに止めを刺す、決定的な事件が起こった。
 
 ――――ズ…………ドォォォォン!!
 
『――――――っっっ!!?』
 唐突に学内に響いた爆発音に、教室の中にいたほぼ全ての表情が強張り、絶句した。次いで窓の外に瞬く閃光、同時に、遠くから聞こえてくる小さな悲鳴が一つ。
「…………今の声、シャッハ先生!?」
 その声を耳にした生徒の一人が、誰何の声を上げると共に、その場に居る全員の脳内に、居丈高な念話が届いた。
 
《――――授業中にすまないな、生徒及び教師諸君。突然だが、今この時をもって、このSt.ヒルデ魔法学院は、我々ガードナー・ファミリーが接収させて頂くことにした。
 なに、心配することは無い。君達はただの人質だ。我々が管理局の追っ手から逃げおおせるための、な。我々の機嫌が良ければ、運良く命の有るままに助かることも有るやも知れぬぞ?
 …………ああそうそう、浅はかな事は考えない方が良い。既に、この学院最大の戦力であるシャッハ・ヌエラは我々の手に墜ちている。
 そう、我々に抵抗出来得る力は、君達にはもはや――――無い》
 
 ――――学院中の人間に、戦慄が走った。殆どが、我が身に迫ったかつてない脅威に、身を震わせて。
 …………ごく一部、具体的に言うと、一つの教室にいた者達だけは、わざわざ藪をねこじゃらしで突きに来た、哀れな次元犯罪者の末路を予見して。
 
 
 ぷちん。
 
 
『……………………っっっっっっっ!!!!』
 堪忍袋と言う物が、人体の何処にあるのかは分からないが、空耳か本物か、その場にいた全てが、その幻聴と言い切れない音を聞いた気がした。
 その折、なのはの通信機に、最優先に設定された緊急回線が、なのはの操作を待たずして開く。
《――――なのは! ごめん、わたしとシグナムがいながら…………!》
 モニターに映ったのは、互いに名を呼び合った親友。その表情はかつて無いほどに焦燥し、それは隣の烈火の将も同じだった。
《…………すまん! まんまとしてやられたっ! 元より巡航艦は囮だったらしい。追い詰めたと思った矢先に、我々の方がむしろ閉じ込められてしまった……! 脱出にはどんなに早くても一時間はかかる。すまない、その間、奴らを押さえ込んでいてくれ!》
 口々に言う二人に対して、なのはの表情は、どんな逆光か、目元が隠れて見えないままだった。そして、なのははゆっくりと、前髪を掻き上げる。
《――――――――っっっ!?》
 モニターの向こう側から、届くはずのない絶句が聞こえ、フェイトとシグナムの頬を、先刻までとは違う類の冷たい汗が流れた。なのはの顔は、『笑顔』にカテゴライズされるはずだったが、その権利は全て、何処かに譲渡してしまったらしい。
「――――ああ、良いよ二人とも。こっちはわたしがやっておくから、そこでゆっくりしてて」
 告げられた驚くべき言葉に、二人が反論を挟む間もなく、なのはは問答無用で通信を切り、そのまま通信機の電源をOFFにした。
「先生――――確か、次の5時限目は、魔法戦の実技でしたよね?」
「は――――はぃぃっ! そうですがっ!?」
 唐突に話を振られた教師が、だらだらと脂汗を流しながらも何とか応答すると、なのはは満足そうに頷いて、
「どうでしょう。良かったら、今この時間を魔法戦実技に振り替えてしまって、特別講座と言う形でわたしに使わせて頂けないでしょうか? 才能有る子供達に、時空管理局戦技教導官からのプレゼントと言うことで」
 無論、断れるわけも無く、二つ返事で頷く教師。次いで、なのはは自分を除いて唯一動じていないヴィヴィオへと、視線を向けた。
「ヴィヴィオ、この前ユーノ君からもらった『エンジェル・ハイロウ』、連れて来てるよね?」
「うん、もちろん!」
 なのはの言葉に、ヴィヴィオは右腕のブレスレットをかざして見せる。風雅な装飾の中央に、燦然と輝く翡翠の宝玉を埋め込んだそれこそが、ヴィヴィオの10歳の誕生日に、ユーノから手渡された専用のインテリジェンス・デバイス『エンジェル・ハイロウ』だった。なのはとレイジング・ハートの監修を受け、ヴィヴィオに最適化されたそのデバイスに、歩み寄ったなのはがそっと手を触れ、キーコマンドを口にする。
「エンジェル・ハイロウ、リミットリリース」
《――――All right. Good morning my master.(了解。おはようございます、我が主)》
 ヴィヴィオが正式に管理局嘱託となるまでは、なのはかユーノの承認を得なければ起動出来ないように設定されていたそれが、なのはの言葉を受けて、淡く明滅する。レイジング・ハートよりも、少しばかり高く設定された電子音声が、柔らかくその場に響いた。
「エンジェル・ハイロウ、セットアップ!」
《Get set.》
 なのはに促されるまでもなく、ヴィヴィオの呼びかけに応え、虹色の光がその身を刹那の間に包み込む。光が晴れたその中には、なのはのバリア・ジャケットに酷似した防護服に身を包んだヴィヴィオがいた。ブレスレットはそのままに、手には2冠のビーム・リングを先端に有した錫杖が握られている。それを見届けて、なのはもレイジング・ハートに命じて、バリア・ジャケットを身に纏うと、エンジェル・ハイロウに改めて向き直り、
「エンジェル・ハイロウ、出力先をこの教室のモニターにして、ここから先の全音声、全光景を中継。出来る?」
《With preasure.(お安い御用です)》
 なのはの指示に、エンジェル・ハイロウが明滅し、即座になのはの要求に応える。生徒や保護者達が感嘆の声の中を上げる中、なのはは満足そうに頷き、教室内を見回した。
「――――それでは皆さん、これからわたしが、『高ランクの敵複数に対しての、単身での立ち回り方』について、解説を交えて実演して見せますので、どうぞ御覧になっていて下さいね?」
『――――はいっ!』
 なのはの言葉に、生徒だけではなく、教師と保護者までもが、元気良く挨拶を返すのだった。
 
 
 ガードナー=オルンクス。第一級指名手配犯であり、逮捕経験は未だ一度として無し。魔導士ランクはAAA+で、性格は極めて残忍。裏社会において闇の貿易商を営んでおり、扱う『商品』は、希少鉱石、ロスト・ロギア、そして――――人。文字通りの意味で人身売買をする事もあれば、要人抹殺の依頼を受けもする。一派の構成人員はそう多くはなく、二、三十人を少し上回る程度だが、その中での武装構成員は十数人に登り、そのいずれもがAランク以上の高位魔導士である。トラップに掛からず、まともにやり合っていたとしても、フェイトとシグナムの二人をもって、多少以上に手を焼いていた事は間違い無い手合いだった。
 その構成員の一人が今、自分の持ち場である学内の一つの教室の入り口付近に立ち塞がり、手の中の銃型デバイスを弄りながら、にやついた表情で教室内の生徒以下を脅していた。
「――――しかし、知らなかった事とは言え、授業参観日とはな。お前ら運が良いじゃないか。売られてゆくか、死ぬか――――いずれにしても、ギリギリまでの長い時間、家族と共にいられるんだからなあ」
 その言葉に、子供達の数人から、すすり泣く声がこぼれる。絶望する者、我が子を抱き締め、神に祈る者…………様々ではあったが、そこに希望は何一つとして残されていなかった。
 ――――その中には。
 
 …………コツ…………コツ…………。
 
「…………ん?」
 廊下から聞こえてきた小さな足音に、その武装構成員の顔が訝しげに顰まる。
「なんだ? 逃げ出したガキ……にしては、えらく落ち着いてやがるな。正義感に駆られた教師――――いや、こんな学院の授業参観日なんだ。案外、多少は使える保護者が……って事も有るか」
 その考えは、的を射ていた。
 
 ――――その瞬間に、しっぽを巻いて逃げていれば良かったのである。いずれにせよ、結果として、彼は最後のチャンスを失った。
 
 教室と廊下を隔てる薄い壁の向こうから、足音と共に、ブツブツと呟くような声が聞こえて来る。
「…………一対多数の戦闘である場合、相手の状況をいかにして知るかが最優先となります。人数、配置位置、力量……会話を傍受する事が出来れば最良ですが、とりあえず先に挙げた二つが分かれば事足ります。この場合、WAS(ワイド・エリア・サーチ)が非常に有効な手段となりますが、サーチ・スフィアを飛ばす以上、それは相手に見つかる可能性も保有しています。従って、既に開戦状態であれば、使用を躊躇う必要は有りませんが、今この状況のように、自分が敵にとってイレギュラーである場合、敵が人質を取っている場合などは、こちらの存在を気付かせてしまう事になるので、あまり使用は勧められません。このように、デバイスのスキャンを展開しながら、なるべく密やかに速やかに歩きつつ、状況を一つずつ掴んでいくのが最も推奨できる行動でしょう。そして、敵性人物を見つけた瞬間に――――」
 
 ――――ギィン!
 
「な――――!?」
 唐突に、教室内を包み込んだ音声遮断結界に、構成員はまともに動揺の声を上げ――――
「アクセル・シューター!」
 ――――結局、彼がなのはの姿を見る事は無かった。廊下の外からなのはが撃ち出したアクセル・シューターは、ただの二発。対物設定にした一発目で、壁に最小限の穴を穿ち、コンマのタイムラグで飛び込んだ二発目が、非殺傷設定でありながら、一撃で構成員のバリア・ジャケットを打ち砕き、意識を刈り取ったのである。
 
 ガラリ……。
 
 ゆっくりと引き戸を開けつつ、なのはは息一つ乱さずに、解説を続ける。
「ここで音声遮断結界を選んだ事には、二つの意味が有ります。封時結界は、全ての環境を遮断出来て、使い勝手が高いように思われますが、魔力の使用量、結界の維持に掛かる魔力容量の負担も大きく、付近で展開されれば即座に分かります。WASを使わない理由と、ほぼ同じですね。対して、音声のみを遮断する結界は、即時性に優れているため、展開してすぐの解除が容易であり、内から外への音も漏らさないため、派手な戦闘をしても、周囲に気付かれにくいのです。
 ――――あ、皆さん、この教室でじっとしていて下さいね。すぐに終わりますから」
 
 ガラ……ピシャン。
 
 最後に一つ、取って付けたように加えたなのはは、後ろについていたヴィヴィオが教師に一礼をすると、振り返って教室を後にした。ちなみに、解説をしながらも、先程の構成員はバインドでグルグル巻きにしてある。教室内にいた面々は、怒濤の勢いで進んだ事態についていけず、しばし呆としていたが、やがて誰かがぽつりと、
「………………か、管理局のエース・オブ・エース…………授業参観に来てたんだ…………」
 
 
「一人目を制圧したのなら、後は時間との勝負です。定時連絡の際、通信が繋がらなければ、その時点で敵対戦力の存在が相手にバレる事になりますから」
 
 ちゅぼーんっ!
 
「本来高速移動魔法として作られたフラッシュ・ムーヴですが、こうしてフレームの強化されたデバイスを使えば、A・C・Sレベルではないにせよ、簡易のチャージとしての効果も期待出来ます」
 
 ぼめぎっ!!
 
「追跡誘導弾は、『待機させられる』事が何よりも大きな魅力です。時間差や緩急を加えれば、初級の魔法を使っても、高度な戦闘に耐え得るものとなります」
 
 ぶるべばーんっ!
 
「相手が二人以上同時にいた場合は、自分の立ち位置を僅かにずらす事で、一対一を連続で数回の構図を作ってしまえば、後は自分の力量次第でどうにでもなります。この場合は、先程の追跡誘導弾も合わせて使えば『この程度の相手』は五人いても、ものの数ではないと言うわけです」
 
 ちゅばぼべごめもぐわちゃーーんっ!!
 
 
 
 ――――ガードナーは、クリスタル・ケージを打ち破ることが出来ずに歯噛みするシャッハを、嫌らしい冷笑を交えて眺めていた。
「無駄だよ。そのクリスタル・ケージは管理局の技術の流用だ。質の高い結界魔導士であれば別だが、理論上ではSSランクの魔力が無いと、強引に破ることは出来ない。君の存在は、管理局との交渉のために必要なんだ、そこで大人しくしていてくれたまえ」
「くっ…………」
 転移して早々に、五人がかりで掛けられたバインドは、ガードナーの言う通り、非常に堅固だった。力無く握りしめた拳で、自らの膝を打つシャッハを見て、ガードナーの口元が憎たらしく歪む。やがて、周囲にいた二人の幹部構成員を省みて、
「どうだ? 管理局の動きは」
「問題有りません。やはり、シャッハ=ヌエラを捕らえられた事が効いています。こちらの要求はある程度飲むしかない、と言う方針で固まり始めたようです」
 部下の報告に、満足そうに笑みを浮かべるガードナー。
「さて、異常など有るはずもないが…………そろそろ定時連絡の時間だ。おい、全構成員に連絡を――――」
「――――しても意味ないよ」
『――――!?』
 不意に聞こえた若い女性の声。次いで閃いたのは、十数個に昇る桜色の光弾だった。その猛威は、紛うことなく一人の幹部構成員を強襲し、悲鳴を上げる暇もない内に、身体ごと意識を吹き飛ばされる構成員。ガードナーともう一人の幹部構成員の周りには、咄嗟に張られた魔力障壁が纏われていた。いや、吹き飛んだ構成員も、障壁自体は展開したのである。なのはのアクセル・シューターの集中砲火に、瞬く間も保たなかっただけで。
「このように、敵の総大将がいると思しき所に来た場合は、火力を分散させず、一点に集中するのが効果的です。どれだけ相手が小悪党であろうとも、組織のトップに立つ以上、周囲は優秀な人材で囲み、自身もそれなりの使い手であることが多いので。奇襲を仕掛ける以上、最初の攻撃で、少なくとも一人は無力化、それはノルマと言っても良いでしょう」
 奇襲に成功しながら、追撃もせずに講釈を垂れるなのはの様子に、ガードナーは瞬間当惑し、すぐに我に返った。
「…………舐めた真似をしてくれたな。何者だ?」
「ここにいる子の保護者だよ。普通、授業参観日にビデオカメラを回すのは親の役目だと思うんだけど、なんでこんな事になっちゃったんだろう? あなた達のせい…………だよね?」
 ただならぬプレッシャーを放つなのはに、若干気圧されながらも、怯むことなくガードナーは続ける。
「部下達はどうした?」
「みんな持ち場にいるよ。バインドやらロープやらでグルグル巻きにしておいたけど。思ってたよりも強くなかったかな。教導が行き届いてないみたいだね。良い教導官紹介しようか?」
『教導』と言う言葉に、なのはの姿を省みて、ようやくガードナーはなのはの正体に思い至る。
「教導隊……戦技教導官、管理局のエース・オブ・エース、『白い悪魔』高町なのはか」
「最後の異名は知らないけれど、その高町なのはで間違いないんじゃないかな。今日は休暇のはずだったけれど――――第一級指名手配犯ガードナー=オルンクス、えーと……いいや面倒くさい。諸々の容疑、及び諸々の現行犯で逮捕します」
 随分と投遣りに、しかし一応管理局の通例に則って宣告するなのはに、しかしガードナーの口の端は、余裕をもって不敵に歪む。
「どうやら、戦況が見えていないようだな戦技教導官。このシスターの姿が見えないか? お前にとっても知らぬ存在では有るまい。下手に動けば――――」
「――――先程、スキャンの重要性を説明しましたが、その際に確認すべきは敵性存在だけではありません。周囲に味方はいないのか、さらに、その人員に何が望めるのか。そこまでを考えてこそ、スキャンの意味が有ると言うものです。
 …………で、見えないんですけど、何を指差しているの?」
「――――っ!?」
 今度こそ、ガードナーはまともに顔色を変えた。クリスタル・ケージの中に、シャッハの姿が――――無い!
「探しもんはこれかー?」
「なっ…………!?」
 なのはとヴィヴィオの後ろ、床下からうにょーんと出てきたのは、シャッハと、最近はシャッハと行動を共にする事が多くなったセインである。言うまでもなく、セインのISディープ・ダイバーの賜物である。
「ついでだから説明しておきましょう。クリスタル・ケージは非常に強固なバインド系魔法ですが、地上で使用した場合には唯一、『下』に向けてのロックが甘くなります。極端な話をすれば、スコップが有れば脱出可能と言っても、過言ではありません。皆さん、覚えておきましょうね」
 完全に小馬鹿にしたようななのはの教導に合わせて、シャッハも続ける。
「ちなみに、もちろん私も脱出しようと思えばいつでも可能でしたよ。けれど、高町一尉が念話で、一尉が敵を殲滅するまで待てと言うから、仕方なく慣れない演技をしただけですから。もっとも、セインのディープ・ダイバーと違い、私のヴィンデルシャフトは直線的なので、セインがこうして連れ出してくれた事には素直に感謝しますよ」
 シャッハの言葉に、嬉しそうに笑うセイン。
「ついでに言っておくと、あなた方との会話をじわじわ引き延ばしてくれていたクロノ君にも、既に連絡済みと言うオチでした」
《第一級指名手配犯の割には、面白いほどに時間稼ぎに付き合ってくれたからな。案外拍子抜けだったよ》
 わざわざ通信を呼び出して、クロノにまで馬鹿にさせるなのは。事ここに至って、ようやくガードナーは、自分が掌の上で踊らされていた事に気付く。
「…………やってくれたな。追い詰められての2対4……ここまで事態が窮したのは初めてだぞ」
 苦々しげに歪むガードナーの表情。が、それに対してなのはは一歩前に出ると――――
「いいえ、1対2だよ。あなた達二人の相手は、わたし一人だけ」
『!?』
 その言葉に、その場にいた全員が、ヴィヴィオを除いて驚愕する。ヴィヴィオだけは、『ああ、やっぱり』と言わんばかりの表情だったが。
「高町一尉! なぜわざわざそのような…………!?」
《なのは! 何を考えてるんだ!?》
 シャッハとクロノが慌てて止めに掛かり、セインも戸惑いを隠していない。ガードナーもまた、憤りを抑えずに、
「…………貴様、そんなに私をコケにしたいか? 正面から1対2などと、舐めるのも大概にしておけよ」
 そんな中、ヴィヴィオとエンジェル・ハイロウだけは、ベクトルの違う会話をしていた。
《Master, what's the matter does her like?(やらせておいて良いのですか?)》
「んー……心配ないよ。それに……エンジェル・ハイロウ、あなた、ママを止める事なんて出来る?」
《......Prease don't talk rubbish.(……無茶を言わないで下さい)》
 なのはに一番近しいヴィヴィオだからこそ、現状を正確に理解しているのであった。
「――――シャッハさん、セイン、ヴィヴィオも手を出さないでね。……と言うか、少し暴れたい気分なの」
 いつまでも我が身を案じてくる面々に、なのはは溜息混じりに一つこぼす。その瞬間、ようやくシャッハは、先程までのなのはの精神状態を思い出した。唐突に、なのはの内から吹き出る激情を感じ取って、思わずセインを連れて一歩下がる。
「シスター!? 良いのかよ?」
「…………ようやく理解しました。今、ここで高町一尉の邪魔をする方が、余程この学院にとって危険なのだと。提督も…………御理解下さい」
 シャッハが感じ取ったのと同タイミングで、クロノもモニター越しに、なのはの現状を感じ取ったようだった。
《――――そうだな、分かった。高町一尉、この場は君に一任する》
「――――了解」
 応えてようやく、戦闘態勢を取るなのは。それまで黙っていたガードナーは、身体を震わせて激昂する。
「…………後悔させてやるぞ。私を舐めた事をな!!」
 ガードナーから噴き出す、膨大な魔力のプレッシャーがなのは以下3名を突き抜ける。その波動に、シャッハ、セイン、ヴィヴィオの3人は思わず身を強張らせ、緊張した面持ちになった。資料では、AAA+と言う話だったが、保有戦闘力としては、オーバーSにも届いているのかも知れない。同時にガードナーの後方に控えた幹部構成員も、やはりその力はAAA級であることは間違いなかった。いつしか手にしたストレージ・デバイスから、一発のカートリッジを吐き出すと、ガードナーの周囲に十数個の光弾が生まれ、その全てを一斉に解き放つ!
「アクセル・シューター! この攻撃が避けられるか!?」
 なのはの十八番を奪う初撃に、ヴィヴィオの表情が歪む。どちらかと言うと、「あーあ、やっちゃったよこの人は」と言うような形に。
「――――高速追撃誘導弾であるアクセルシューターには、弱点が一つ有ります。それは、使用中の術者は、それまで使用していた移動系の慣性以外では、その場を動くことが出来ないと言うこと。この場合、落ち着いて後ろに下がるだけで、アクセル・シューターの全ての軌道が見えるようになります。そして、下手に避けたところで意味のないこの魔法は、数に任せた魔法で迎撃するのが一番です。
 ――――ディヴァイン、行って!」
《Divine Shooter》
 なのはの声にレイジング・ハートが応え、生み出されたのはガードナーのそれを遥に上回る、三十個以上のディヴァイン・シューター。その数にぎょっとしながらも、ガードナーはニヤリと口元を歪めつつ、自分のシューターを制御する。しかし、やはり誘導弾の制御は、なのはの方が一枚も二枚も上手だった。瞬く間に、全てのアクセル・シューターが無効化され、残りのディヴァイン・シューターが、脚を止めずにガードナーを強襲する。それを見て、ラウンド・シールドを展開しつつ、ガードナーが歓喜の声をあげた!
「掛かったな――――!」
「――――掛かってないよ」
 冷静ななのはの言葉に訝しむ間も無く、突如進行方向を変えるディヴァイン・シューター。それは、ガードナーの影から満を持して放たれたブレイズ・キャノンを、横合いから叩いて見事に相殺していた。
「なっ…………!?」
「直射砲一発に対して、追跡誘導弾十発程度。力量の差にも寄りますが、それが大体の目安になります。それを応用したのが、この形――――」
 言いながら、なのはの身を包む様に生まれる十六発の光弾。今度はガードナーと幹部構成員の方が、それを打ち落とすべく迎撃弾を生みだそうとして――――
「――――クロス・ファイヤー……シュート!」
 十六発の光弾は、なのはの意志に応え、レイジング・ハートの先に集い、絡み渦巻き、一条の直射砲となる。その速度は、デヴァイン・バスターにも劣らずに彼我距離を駆け抜け、ようやく光弾を生成したばかりだった、幹部構成員を爆砕した。
「ア……アンドリュー!!」
「これが、追跡誘導弾に収束砲の技術を練り込んだ複合魔法です。非常に使い勝手が良いので、是非習得できるように頑張って下さいね。
 さあ、もう1対1だよ。どうしよう、困っちゃったね?」
「く……………………」
 決して、ガードナーが弱いのではない。なのはが強過ぎるのである。
「…………馬鹿な……噂には聞いていたが、ここまでとは…………ランクで言えば、Sの私とでは一つしか違わないはず…………これほど差が出来るわけが…………」
「――――ランクの差が強さの差じゃないよ。あなたと魔導士ランクは同等だけれど、シグナムさんやヴィータちゃんには、あなたは決して勝てない。AAAのティアナやスバルでも、多分あなたよりも強いと思うよ。
 それに、情報が少し古いんじゃないかな? わたし、この前昇格試験に通って、現在の空戦ランクはSS+だし」
『――――ダブッ……!?』
 なのはの言葉に、シャッハとセインの目まで点になる。思わず、通信が繋がったままのクロノを、物言いたげな目で見ると、
《…………その通りだ。現在のなのはは、単純な空戦ランクだけで言えば、管理局でも随一と言うことになる。ちなみに、時空管理局発足以来、空戦ランクSS+まで来たのは7名だけだ。SSSともなると、創始者の代に一人だけいたそうだが……なのはには決して不可能ではない値らしい》
「自慢の母ですから!」
 可愛らしくヴィヴィオが続けるものの、シャッハとセインには言葉も無かった。さて、いよいよ追い詰められたガードナーであったが、何を思ったかデバイスをしまうと、突如として、生身のままなのはに飛びかかって来る!
「――――っ!?」
「はぁぁっっ!!」
 その動きは伊達ではないようで、高速の拳や蹴打が、矢継ぎ早になのはを襲い続ける。なのはは、それを捌くのに手一杯になって、徐々にその顔に焦燥が浮かび出した。
「く――――」
「SS+と言っても、所詮は砲撃魔導士よ! 接近戦なら、こちらの方が上だ!!」
 確かな手応えを感じ、息づくガードナーだったが、やはり答えを得ているのは、ヴィヴィオとクロノだった。二人の生暖かい視線の中、ついにその瞬間が訪れる。折りしもそれは、ガードナーが体勢を崩したなのはに、止めの一撃を叩き込まんとした時だった。
 
 ぱし。
 
「…………え?」
「皆さん、出来れば内緒にしておいて下さいね。これが、最も効果の高いトラップ、『ミス・リード』です。接近戦が出来ない、そう思わせることによって、調子に乗った相手の決定的な隙を突く事が出来るようになると言うことです。わたしが接近戦に弱いと言うのは、あくまでも『砲撃魔導士』と言う肩書きから、類推されているだけに過ぎません。もっとも――――」
 
 ぶぅん!
 
「うおっ……!!」
 無造作になのはに投げ捨てられ、ガードナーは慌てて空中で体勢を立て直す。その時には、桃色の奔流が膨れあがっていた頃だった。
「ひ――――――――」
「裏付けされるだけの砲撃能力が有ってこその、ミス・リードである事は、言うまでもありません。
 と、言うわけで…………エクセリオン・バスターーーーーーっっっ!!」
 
 ぎゅぉ…………!! ずどおおおおおおおおおおんっっ!!
 
 桃色の靄が晴れた時、そこにあったのは四肢を震わせて伸びるガードナーの姿だった。
「――――ママ、やったぁ!!」
 ヴィヴィオが歓声を上げる中、シャッハとセイン、そしてモニターの中のクロノは、実に渋い表情だった。
「…………この人は、一体どこまで強くなるんでしょうか…………」
「…………娑婆にいる姉妹全員で掛かっても、勝てる気がしないんですけど…………」
《…………立場上、なのはの上官と言うのは、頼もしいやら恐ろしいやら…………》
 そしてなのははと言うと――――
「――――それでは、本日の教導も最後になります。『個人で撃てる最強の収束砲』について。ちょうどあそこに、良い『的』が落ちてますので、実際に撃ってみせますね? レイジング・ハート、スターライト・ブレイカー」
《Master!? Please reconsider!(マスター!? 本気で言っているのですか!)》
『それはやめてーーーーーーーーーっっっっ』
 4人とデバイス2機の必死の説得によって、寛容にもなのはは、カウント3まで行きかけたスターライト・ブレイカーを中断したのだった。
 
 
 この日より、伝説が生まれた。
 
 曰く――――St.ヒルデ魔法学院の授業参観日には、鬼が出る――――と。
 
 
 
 授業参観の日より、数えて5日後。ミッド郊外の高町家のリビングで、テーブルに着きながら、小さい身体をさらに小さくしている紅の鉄騎がいた。台所で何やら準備をしているなのはの方を気にしては、チラチラと上目遣いに様子を伺っていた。
 エクセリオンバスターA・C・Sのダメージからようやく回復したヴィータが家に帰ると、はやてになのはからの伝言が届いていたのである。すなわち、今日この日に、なのは宅に来てくれと言う。大見得を切って任された挙げ句にあの体たらく、むかつく隊員がいたにしても、教官免許を持っている身として、自分が情けなかったし、手間を掛けさせたなのはには申し訳が無かった。
 そしてようやくヴィータは、謝ろうと異を決して口を開き――――
「あ、あのさなのは…………こないだの事なんだけど…………」
「――――はい、どうぞヴィータちゃん」
 
 コト。
 
 差し出されたチョコレート・パフェを見て、目を丸くするヴィータ。
「な、なのは、これ――――」
「特練指導代わってくれた御礼、約束してたでしょ? ありがとうね、ヴィータちゃん」
「でも、あたしは迷惑かけただけだし…………」
「良いから、食べてよヴィータちゃん。確かに大変だったけど、そもそも代わってくれなかったら、授業参観に行くことだって出来なかったんだから」
 なのはの言葉に、思わず胸を詰まらせるヴィータ。同時に、こうして用意してくれた以上、しっかりと食べるのがまた礼儀だとも思い直す。――じゃあ、いただきます。そう言って、パフェにスプーンをつけるヴィータ。
「――――あー、やっぱうめえ……ギガウマだよ、なのは」
 ふにゃ、とした笑顔になって、パフェを堪能するヴィータ。その様子を見て、なのはも嬉しそうな顔になる。ゆっくりと食べ進めていくヴィータは、やがてあまりチョコレート・パフェでは経験した事の無い手応えにぶつかった。
「これ、白玉か?」
「そうだよ。白玉の中に、チョコとバニラをミックスしたアイスを入れてみたの。雪見大福みたいで美味しくなるかな、って思って」
 試しに口にしてみたヴィータの表情が、さらに幸せそうに崩れる。
「うまっ! これマジでうまっ! ……っくぅ〜良い仕事してるぜなのは!」
 良いながらも、スプーンを止めずに食べ続けるヴィータ。なのはがニコニコしながらそれを見守る中、ヴィータは4つ目の白玉を口に運び――――
 
 ぴし。
 
 不意に、その動きが凍りついた。口にスプーンを入れたそのままで完全に硬直し、額からダラダラと脂汗が垂れ始める。
 
 がし。
 
 いつの間に後ろに回ったのか、なのはがヴィータの肩をがっちりと掴んで押さえつけていた。この細腕のどこにそんな力が? と思うほどに、ぶっちゃけ痛いくらいに肩を掴まれているヴィータが、なるべく口の中を刺激しないように、中途半端に口を開く。
「…………な…………なのひゃしゃん…………これふぁいっふぁい…………」
「うん、青唐辛子のエキスを限界まで濃縮したアイスだよ。結構辛いでしょ? わたしは味見してないけれど」
 その単語を聞いて、ヴィータの目から恥も外聞も無く、涙が滂沱と溢れ出す。
「…………な…………なんれこんふぁ…………」
「本当に感謝してるよ、ヴィータちゃん。でも、それはそれとして、お仕置きは必要だよね?」
 
 ――――何の事はない。結局の所、やっぱりなのははブチ切れていたのである。
 
「あの白玉は、わたしも食べてみたけど会心の出来だよね。とっても美味しかったでしょ? 実際は唐辛子のアイスなんて入れたら匂いで分かっちゃうから、香り付けした白玉で包んで、トラップとして置いておくためのイミテーションのつもりだったんだけどねー」
 得意気に話すなのはに、ヴィータはもう涙やらなんやらでべしょべしょで、満身創痍である。
「…………あ…………悪魔め…………」
「――――悪魔で、良いよ」
 どこかで言ったような台詞に、いつか聞いた返事が届く。しかし――――
「――――悪魔以上のやり方で、お仕置きしてあげるから」
 続いた言葉は、聞いたことも無いものだったわけで。
 そして、ゆっくりとなのはの手がヴィータの口を塞ぎ、その顔をシェイクし始めるのだった。
 
 <了>
 
 
 
 ――――あとがき――――
 
 どうも、御無沙汰しておりました、かじりまるですノシ
 んー…………なんでまたこんなに長くなったのかこの話w
 
 ベタ上等、と言う感覚で書いていましたが、いかがでしたでしょうか?
 何やらバトル色も、思いの外強くなってしまいましたし(^_^;)
 本当はスターライト・ブレイカーでちゅどーん、くらいなつもりだったんですが(苦笑)
 
 就職出来てからこっち、唐突に余裕が無くなってまして、筆が滞っていましたが、ようやっとリズムが掴めました。
 これからはまた、拙作ですが投稿させて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 長編の方の構想も、ようやく足りなかった部分のピースが揃い始めました。
 てか、まだ1Pも書いていないと言うこの始末ww
 と言うよりも、書き始めてしまったら、それ以外が書けなくなりそうなので、先にいくつか書いておきたいんです(´・ω・`)
 少しでも期待に応えられるよう、全力全開で書くための準備期間と言うことで、もう少しだけ時間を下さいm(__)m
 
 さて、次はヴィヴィオ主役のドタバタコメディか、過去のなのはとユーノの馴れ初めの話、もしくは、これまで僕の小説では一度も出て来ていないエリキャロ話を書くつもりですので、そちらの方も合わせてよろしくお願いいたします。
 
 それでは、また次の後書きでお会い出来る事を願いまして――――
 
 
 
 

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