『光の子』―Aura.― 間奏――『裏切り者の沈黙』 5日目――。 フェイトとシクルド、イロが接触している頃。 「や、どうも」 「あ、アゲハさん、どうもこんにちは」 真っ青な髪の毛をした彼――アゲハと、淡い色の髪の毛をした彼は恭しく挨拶を交わし、アゲハは『彼』に向かい合うように席に座る。 ミッドチルダの喫茶店。 何時か此処で、イロとミカエルとアゲハで会議をした。 『彼』は隣の席においてあった鞄から多量の髪の束を取り出し、それをアゲハに差し出した。 「こちら、頼まれていたものです、地上本部のメンバー構成、数、それから地上本部の内部図です、経路もあげありますので、目を通して置いてください――データでは改竄が利きますからこういう手段になりますが、ご容赦を」 「うん、有難う、十分だよ」 書類を受け取り、一枚一枚目を通していくアゲハ。 細かく地上本部のコトが書かれた紙は、非常に便利だ。地図が一つあるだけで迷うことも無くなるし、また連携も取りやすい。 「…入り口は6つか――綺麗に配置されてるね、こちらとしては、やりやすい」 「でしょうね」 アゲハの言葉に『彼』は苦笑する。 綺麗に整えられた入り口は、実の所非常に攻めやすいものとなっている。 正面の入り口は大きく、また他に5つ――。 ふむ、とアゲハは左の眼帯を外した。 「…その眼帯、何なんです?」 「あ、これ? 黄昏の館の名残だよ、左目はアウラにあげなくちゃならないからなるべく綺麗にとってあるんだ」 『彼』の疑問になんでもないように答えるアゲハ。 その間も書類をどんどんと捲っている。とりあえず『彼』はウェイトレスにコーヒーのお変わりを頼んでおく。 「――うん、初日はこっちの優勢で進められるだろうな」 「ええ、それはわかっているとおりです、2日目以降どうしますか?」 「正面突破で異議なし、3日目が正念場だ」 『彼』に解説しながら、彼はその書類を束ねて鞄に詰め込む。 明日には管理局侵攻の開始だ。さっさと周りの連中にも教えてあげないとならない。こういう地理図や地図が一つあるだけで、戦況をどれだけ有利に進められるかが変わる。 「さて、どれだけ上手に事を運べるかな、君にも協力してもらったし、上手くやらないと」 「…僕が貴方に協力するのは、貴方が“誰も殺さない”というを約束したからです」 アゲハの言葉に、『彼』は僅かに声を堅くして反論する。 それ以上の意味は無い、とでも言うかのように。其れを聞いて、アゲハは僅かに苦笑する。 「解ってる、局員は一人も殺さない」 「そうしたら貴方を一生軽蔑します、では、仕事がありますので」 アゲハの言葉に、『彼』は素直に礼を述べて立ち上がる。 手元のコーヒーは飲み干されていた。何時の間に飲み干したのかと、アゲハは思う。それでも決して其れは尋ねないが。 「うん、ありがとね、××××――それから多分、2日目あたりそっち行くと思う、先に言うけど、僕は自分の命を投げ出してもある人物を殺す、その私兵をもね」 代わりに例を述べ、それから今回の目的の確信を『彼』にだけ話した。 『彼』の動きが止まり、アゲハの話に集中する。しかしその表情には、僅かに苦悶が浮かんでいた。 本質的に優しいのだ。『彼』という人物は。 「…」 「彼はどうあっても蘇生させないし、させない――それは許してほしい、君なら知っているだろう、黄昏の館、あの地獄を――3年前のバロック事件だってその煽りさ」 「――…解っています、だから僕は何も聞いていませんよ、アゲハ=ウィスプ=トワイライト、存分にやってください、私は何も知らないから」 アゲハに返答して、微笑んだままに『彼』はその場を離れていった。 取り残されたアゲハの元に、コーヒーが運ばれてくる。 先ほど『彼』が頼んだお代わりだろう。少なくともアゲハは何も頼んでいない。 「…さて」 ざっと、とりあえず人物リストに目を通す。 親しい人物なども全て記されており、これは相当使えると彼は判断した。戦力を削ぐためにも、いざという戦場のときにも。 そして、そのリストの中にある人物の名前を見つけて、彼の顔色が僅かに変化する。 「…バロック事件、あれだって貴方がやったようなものですよ…フィアドールの第1番機、無くなったのはせめてもの行幸か」 くすりと彼は呟く。 地上本部に居るような人物ではない。重役だ。 何処にいるのかもしっかりと書かれている。頼んだのは地上本部のコトだけなのだが――態々調べてくれたのかと、彼は少しだけ感謝する。こんな気を利かせてくれた『彼』に。 コーヒーに手をつけて、飲む。 それから彼は立ち上がり、困ったな、とかすかに笑って呟いた。 「これじゃあ、やらないわけにも行かないか…」 ■□■□■ 「いよーっしゃあ! でーきーたー!」 「お疲れー」 イロの叫びに、何処から持ってきたのか文庫サイズの小説を読みながら応えるミカエル。 パソコンを楽しそうに弄くるイロを見て、ミカエルは思わず苦笑した。多分今、出来上がったプログラムを保存しているのだろう。 「へっへー、これならそう簡単に駆逐は出来ないだろ、データ荒しまくるぞこいつはー、後は地上本部にハッキングの準備だけしとくか、どんなページにしよっかなー」 「すんごい楽しそうだな、お前」 イロの暴走する様子に、呆れ気味にミカエルが笑う。 それはそれは凄い勢いでキーボードに何事かを打ち込んでいく。指も千切れんばかりの速度だが、しかし彼にとっては普通の速度なのか、まだまだ余裕がありそうだ。 「さーって、地上本部から管理局本局にどうやって飛べば良いのかねー、っと…」 「地上本部から繋がってねーのか、うん? “おか”と“うみ”に接点は?」 暇なのか、ミカエルは一々イロの言葉に反応する。 「んー、トランスポートくらいはありそうなんだけどね、でなきゃどうやって行き来するんだよ、無限書庫って確か本局にあんだろアレ、データの受け渡しだけならそりゃ念話とか通信で十分だろうけどさ、機密事項はそうはいかねえだろ?」 1人で言って1人で笑うイロ。 其れを見て、そりゃそうか、とミカエルも思わず納得する。次元艦船のオーバーホールも本局で行うのだし、その間ずっと本局に居るわけにも行くまい。 家にだって戻りたいだろうし、御偉いがたばかりが居る場所では息も詰まろう。 「なら、トランスポートの一個くらいはある、其れのデータを書き換えて時空管理局の本局へ常に跳ぶように設定する」 言い切って、イロは次々パソコンのキーボードに何事かを打ち込んでいった。 その表情が喜悦に歪んでいることに対して特に何も突っ込まず、ミカエルはため息をついた。 「…何をため息をついている、ミカエル」 「シクルド、戻ったのか」 良いタイミングで戻ってきたシクルドに対して、ミカエルは僅かに微笑を漏らす。 シクルドは見向きもせずに適当に座り、大きくため息をついた。その目の下に、僅かに隈が浮かんでいる。 服に血液も僅かに付着しており、今迄何をやっていたのか聞きたいところだった。 「現在此処にいる犯罪者のチームとの話を全部つけてきた、作戦決行時間などは追ってメールをするという事でとりあえず決定だ――イロ、後でメールを頼む」 「イニシアチブは俺たちが取っている、と考えて良いんだな?」 ミカエルが疑問を投げかけ、その問いに対してシクルドは頷いた。 それから横になるシクルド。そのまま目を閉じる。その姿を見ると、死人にしか見えないのだがとりあえず黙っておいた。 「とりあえず明日か…寝るよ、俺は」 「ああ、イロ、お前も休養とっとけよ」 「あいよー」 シクルドは大人しく寝始め、ミカエルはイロに忠告しながら隣の部屋へと消えていき、イロは手をひらひら振りながら余裕の態度でパソコンと向き合っていた。 窓から見える外は夕日に染まっている。 さながら血の色にも見えるその光景には、しかし誰も見ていなかった。 〜・〜 唐突に、シクルドの右目が開く。 緑色の光が辺りを見回し、その体を唐突に起こす。イロが相変わらずパソコンと向き合っていること以外、特に変化は無い。 「イロ! 久しぶりぃ」 「へぁ?」 唐突に放たれたシクルドの言葉に、思わずイロが振り向く。 久しぶりなわけが無い。先ほども少しとはいえ話していたし、この5日間、何度か顔をあわせている。だというのに、シクルドは久しぶりと笑った。 「あー、イグジスか? ひょっとして」 「せぇっかい! いやー、今朝? 昨日だっけか? ちょい発動してさー、ずーっと寝てたんだよねー」 はっはっは、と普段のシクルドに無いような笑いで彼は笑う。 イロは彼をシクルドではなく、『イグジス』と呼んだ。そして彼も其れに答えた。 「あー、ミカエルの召喚制御の失敗か」 「そうそうそれそれ、ミカエルもミカエルだが、シクルドもよー、アレくらいなら1人でやれんだろー」 「いやお前のサポートなしで、つーか魔法なしでやりあうのは無理だろ…あん? つーことはお前フェイトとの接触は覚えてないんだ」 イロが呆れ気味にイグジスに向かって笑いながら言った。 そーさ、とイグジスも楽しそうに彼に応える。 「で、どーだい首尾は」 「上等、こっちゃ大体完成してるよ」 楽しそうにくつくつとイロが笑う。 その乱戦の中には、当然彼も参加するのだろう。 そしてイグジスと呼ばれた彼も。 「シクルドの調子は?」 「悪い、最悪に近い、よく倒れないもんだって感心するくらい」 「うわ…」 一切迷いの無い意見に、思わず顔を覆うイロだった。イグジスの顔は、笑っているし。 「しかたねーさ、俺って言う因子を体の中に埋め込んでいる上に、4年間ずぅっと戦場にその身を置いてきたんだ、これで壊れないほうがどうかしてる、だがその分、戦闘力は保障するぜ」 「…そーかい、虚の番犬もこれで最後の戦いだし…シクルド、死ぬつもりだろうな」 イロの呟きは真実味を帯びていて、痛々しかった。 シクルドがどれほどの決意を持ってこの戦いに挑むかを、知っているのだろう。 そして“虚の番犬”の、最後の戦い――その意味も、恐らくイロは“虚の番犬”の誰より理解している。 「やれやれ、全員気ぃ張りすぎだっつーのよ、なあ?」 くくっと何処か自嘲気味にイロが笑う。 この戦いが終われば間違いなく“虚の番犬”は終わりだろう。 これまで何十回と共に死線を越えてきた仲間たちとの関係も、これで終わり。 「イロ」 「良ーんだよ、わかってた結果だ、いつかこーなるってことはさ ――そうだ、遅かれ早かれ、こうなってたさ、良い区切りだと、思おう」 少しばかりの無念と、ほんの少しの後悔と、そして今までやってきたことを思い出し、イロが言う。 其れを見て、イグジスが笑った。 「最後だ最後、派手にやろうぜ」 イグジスは大いに笑って、それからごろんと横になった。 イロもパソコンを2度3度操作して、それから適当な場所に横になる。 静かな空気が、部屋に流れた。 ――そうして間奏。 次に目覚めたときが最後の争いの開始だと、彼らは知っていた。 故に今は休む。 最後の戦いの前に、この体調だけは万全にしておかねばならなかった。 ■□■□■ 月が空でその存在を主張する時間。 時刻は既に深夜の11時を回っている。 辺りは静まり返り、誰1人として出歩いているものは居ない。――見た目には何も変わっていないように見える。 だが、市民の多くは気づかないが、明らかに辺りに漂っている雰囲気が変わっていた。 [――うん、それじゃあこれより20時間後に] アゲハはその中、一人月を見上げて誰かと念話を行っていた。 管理局内での不和がどれだけ高まっているかも、既に彼はわかっている。 彼がそうなるように仕向けたのだから、当然といえば当然だ。 「ルヴィカンテ、先に言っておこう、君は優秀なデバイスだった」 『Thank you Master.』 「有難うね、今迄、3日後以降はアウラに従ってくれ、恐らくその日には復活している」 『…What are you?』 「レヴィアもクラックスも、全部で使う、もうこの世界には留まっちゃ居られないさ」 『…』 己のデバイスと会話を交わし、アゲハは自らのデバイスに別れを告げる。 彼自身わかっている。もうこの世界に留まっていられないことくらいは。 「――俺も所詮は館の住人、自らの身すら実験台だった、それでも」 彼は懐かしむように、空を見上げた。 彼の脳裏に浮かぶのは、“虚の番犬”の活動。 活動年数は10年程度と実に短い。世界を渡って美味しいものを食べてくだらないことを言い合って、頼まれればどんな大組織でも壊滅させてきただけの記憶。 それでも、彼にとってそれは捨てがたい記憶だ。 「この10年3ヶ月22日、困り者ばかりだったけど――退屈はしなかったなあ」 涙を一筋流して、彼は夜空に笑う。 イロはいつでも困ったことをやって、ミカエルは召喚制御に失敗して、シクルドはいつでも我関せずといった感じで、エルに至っては混乱を加速させるようなことまでして。 それでも、楽しかったと彼は笑う。 これまでの時間が捨てがたいからこそ、これからの作戦は失敗できない。 「さぁ、自由になろう、虚の番犬」 『――Good bye.――Master Ageha.』 ■□■□■ 「戦争準備整ったー!」 「犯罪者のチームは?」 「エイズル、ルキア、ナスグルド、フリーダス、他」 「へー、結構揃ってるな」 「全部で15チーム、全1282名、オーケイッ! さぁ始めるか!?」 「ミカエル、何匹ストックできた」 「54匹」 「大蛇、鵺、玉藻は?」 「整ってる――何時でもいけるぞ」 「イロ、全員に見取り図は渡したな? 作戦に沿って動いてもらうから」 「問題なーし」 「シクルド」 「ねえよ、いける」 「さて、地上部隊は全部で2万名超えるぞ、これで何処まで戦えるかなっと」 「けけけけけけ! 1282対2万!? 無茶にも程があるぜなぁっ!」 「ああ、けど今迄通りだろ?」 「違いないっ!」 「それじゃあ、ちょっと勝ってくるか」 「エルから通信ー、始めるなら連絡しろよってさー、つーか勝手に参戦しろボケ、と…」 「さて――それじゃあ開戦の狼煙を上げますか 総員戦闘配置! 全チームに伝達、今宵20時より――」 「管理局侵攻を、開始する!」 “虚の番犬”が胎動する。 始まった全てを、終わらせるために。 《to be continued.》 |