昨日はご苦労様、と出会い頭に言われた。 「今日は休んでて良いぞ、俺がやるから」 「へ?」 「昨日の分を含めてな、ふははははは! テンションマーックス! ぶっちゃけ昨日からねてませーん!」 よく解らない呟きを残したままに、ウリアは高町なのはの視界から消えていった。いやもう、それはそれは凄いスピードで。何事だ。 突然の出来事だが、とりあえずなのはは1日に休暇を与えられる結果となった。 この後、訓練員たちが200名に渡り彼と戦う結果になるが、それはまた別のお話である。 「…どうしよう」 突然言い渡された休暇に、なのはは只困惑する。 幾らなんでもこういうことまで計算にはいれていない。与えられた休暇を一体どう過ごすべきかと、彼女は頭を悩まし始める。 とりあえず通路で頭を悩ましていても始まらない、と彼女は寮へと戻っていく。 その、束の間。 クロアゲハを視界に納めて、それでも意識に居れず、完全に無視して通っていった。 事態は既に危険な位置まで迫っていた。 [それじゃあ、シクルド] [フェイトと接触して良いよ――ただし、友好的にね? イロ、ついていってあげて] 『光の子』―Aura.― 六話『5日目――前提』 「原因不明、魔力感知不可、エネルギーにしても生命のものじゃないというくらい、ですね、4日かかってこの結果というのはあまりに情けないですが」 シャマルがため息混じりに呟く。 その隣には、犬の形態をとっているザフィーラが居た。そして目の前には、彼女らの主、八神はやても。 「うーん、そか…ていうかそんなもんやね、出てくる結果は、概ね」 はやては出された報告書と、隣にあるクロアゲハの死体を目にして呟く。 クロアゲハをシャマルにチェックさせていたのだが、しかしどうにも、出てくる結果は大概一緒だった。 原因不明が最初に来る。 このクロアゲハ、本当に探知も探索も何も出来ない。 「これを造った人が来れば流石に解ると思いますが…」 「地上部隊の結界にもかからへんかったからな、魔力探知なんてものは残さへんやろ」 はやての結論は正しい。このクロアゲハからはクロアゲハの魔力以外は何も感じられない。 シャマルはかすかにため息をつく。既に4日以上経っているというのに、未だにこのクロアゲハの手がかりは無かった。 当然といえば当然だ。 アゲハという人物の作った其れが、そうやすやすと解るものであれば彼らは犯罪組織を幾つも壊滅させられていない。 「“虚の番犬”…か」 はやてはうんざりといった感じで呟いた。 既にクロノから聞かされている。17にもわたる大組織を壊滅させた、素性不明の組織。 能力的には間違いは無い。経歴が物語っている。 ウルベス、ファントムハイヴ、ドレッドノート――。 管理局地上部隊の力をもってしてもそう簡単に壊滅させられるものではない大組織を、彼らは次々と壊滅させていった。 「…しつこいけど、このクロアゲハ、管理局の外では確認されてないんやろ?」 「はい、シグナムやヴィータにも散々探し回ってもらいましたが、管理局内部から一匹たりとて外には出ていません」 はやての言葉に、シャマルはきびきびと答えた。 それが一番の問題だ。先ほど挙げた大組織、どれもこれもそう簡単に潰せる組織ではない。 どれだけ時間がかかったのかが解らない。 クロアゲハが外で視認できてからは2日3日で壊滅しているが、それまでにどれだけかかっているのか。 それが解れば対策も練りやすいのだが、しかし。 「実際の話、そろそろ、やろな」 既に局内のクロアゲハは万単位までに増えている。 下手をすれば億、あるいは兆。何せ地上本部をほぼ埋め尽くしているのだ。それくらいの数が無ければ話にならない。 戦闘に支障も出る可能性があるし、正直な話此処に居たくも無い。見た目に疲れるし、仕事もまるで捗らないし。 最初の頃、害が無いと思っていた自分が恨めしかった。 もっと考えれば簡単にわかったはずだ。これは危険だということくらいは。――否、直感に頼っていればこれが危険だと解ったはずだ。理に走ったからこそ、これは危険ではないと判断し、放っておいた。 それが今のこの状況を生んでいる。自分の不甲斐なさに腹が立ち、はやては僅かに歯軋りした。 「シャマル、体調は万全に整えておいて」 「解っています、はやてちゃんも、あまり根を詰め過ぎないように」 「んー? そんなに張り詰めとるように見えるか?」 自分の顔をぺたぺた触りながらはやてはぼやく。 そういえば此処最近、ろくに全身を洗っていないことに気づいた。風呂に行ってもクロアゲハが居るものだから、何となく風呂にも入りづらい。 「見えます」 「…解った、無茶はせんよ、安心して」 きっぱりと言い切ったシャマルの言葉に、はやては苦笑気味に答えた。 僅かに沈黙が流れる。やや疲れたため息が、辺りに落とされた。 不意に扉が開く。入ってきたのは、高町なのは。 「あれ? なのはちゃんやん、どないしてん?」 「はやてちゃん、フェイトちゃん知らない? ウリアさんから休暇貰っちゃって…昨日も居なかったし、今日も見かけないんだ」 「休暇? 何でまた急に…って待った、言わんくてええ、あの人へーぜんとそれくらいやりそうやから」 やや理解の深いはやての言葉に、なのはは素直に苦笑する。 一応彼女も本局勤めだ。ウリアやキリエとの接点も、それなりにある。 「あ、シャマルさんも、こんにちは、ザフィーラも」 「久しぶり…って程でもないわね、なのはちゃん」 微笑みながら、シャマル。僅かに頭を垂れてザフィーラ。 2人の動作には一遍のよどみも無い。故に其れが不自然だった。 何というか、一歩引いているような。 何かに怯えているような、そんな様子が見える。 それでもなのははそれに気づかない。 「とりあえずウチらはフェイトちゃんは見てないよ、念話で探せやんの?」 「うん、それがどうも昨日から繋がらなくって…何処で寝てるのかも解らないし」 「そか――」 なのはの言葉に何とはなしに頷くはやて。 それからやや怪訝そうな顔をして、なのはに向き直る。 「…それって、ひょっとして相当ヤバくないんか?」 気づくのが、遅い。 ■□■□■ 局内に居る人が減っている――。 そのことに気づいたのは、はやてやなのはだけではない。 けれどそれに対して打てる手が、あまりにも少なかった。 居なくなった人は大体念話を切っているし、どうやれば会えるのかも解らない。 「これは…どうしたものか、ていうか僕も逃げ出したい…」 クロノがスフィアで辺りを蹴散らしながらぼやく。 逃げ出した人たちが何故念話を切っているのかを考えれば、なるほど、とクロノは納得する。 後ろめたいのだろう、要するに。 この状況――。 逃げ出したい気持ちはよく解る、とクロノは苦笑して天を仰ぐ。――いや、やっぱりクロアゲハが飛んでいるが。 クロノが大きくため息を一つつく。――同時に、扉の部屋、提督室が開く。 入ってきたのは、はやてとシャマル。それにザフィーラだった。 「クロノ君! フェイトちゃんとウチの子ら知らん!?」 「知らない…義妹も逃げたのか、アースラのメンバーも大半が逃げてて一杯一杯なんだけどね」 疲れた調子でクロノが言う。 何やそれ、とはやてが呆れ気味に叫んだ。 事態は深刻。だがしかし、この状況、収集する手段が無い。 ――人は自分の意思を持ってして此処から離れている。これをどうやって連れ戻すというのか。相手は物も知らない子供ではない。 本来ならこうなる前に手を打つべきだった。 しかしその手の打ち方も解らなかった。 「…まずい、完全に後手に回ったな…これが狙いか」 クロノの痛快の呟きが部屋に響き渡る。 後手に回ったというが、しかしそもそもどのように行動するべきかもわからない。 クロアゲハを全滅させることも出来ない。クロアゲハの呟きもどうやって防げば良いか解らない。耳栓でもしてりゃ聞かないかもしれないが、それだと通常の業務に支障が出る何処ろの話じゃない。 「…今更どうやって手を打てと」 歯と歯をあわせる音が聞こえた。 どうやって手を打つのか、ではない。そもそもクロアゲハを度外視していたのが問題だ。あんなもので、難攻不落の管理局は敗れないと。 だが、蓋を開ければこれだ。 単純な暗示。信用というモノを欠落させるだけの言葉。隣にいるものが敵だと1日中聞かされればそりゃあ誰だってこんな場所にはいられなくなる。 信用の置ける仲間は信用が出来ない。敵ならば攻撃するのが道理だ。背中を安心して預けられなくなる。 むしろ初対面の人のほうが、まだ信用できる。 どうするかを僅かにクロノは考え、そして立ち上がる。こうなれば立場など関係ない。急いで外に出た人々をかき集める必要があった。 こうなってしまった管理局に目をつけられないとは、考えにくい。 一刻も早く、一人でも多く人員を取り戻す必要がある。 「八神捜査官、局内にいなくなった人達はいないだろう 外回りで探索するとしよう、君たちはシャマルの探索魔法をアテにしてくれ、急いで局員を取り戻す」 「了解や、行こうなのはちゃん! 先ずはフェイトちゃんからやね!」 彼の指示に従い、はやてとなのはは提督室を飛び出していく。 時間との勝負となるのだが――。 それでも、負けるわけには行かなかった。 ■□■□■ そして、当のフェイトは、といえば。 昨日と同じように、外に出ていた。 当然のように念話も切り――其れに対してやはり自己嫌悪のため息をついた――用事も無いのに、市街を見て回る。 地上本部に居るよりはずっとマシだ。 少なくともあのクロアゲハを見なくて済むし、不快な声も聞かずに済む。 「はぁー」 もう一つため息をつくフェイト。 あたりに流れていく人たちは何もかわらないように見える。 管理局地上本部を見上げると、それも何も変わらない様に見える。 けれど、あの中には多くのクロアゲハが居た。 既に万を超える数のクロアゲハ。あれはどう見ても危険だと、彼女の直感が告げる。 「だから、私は何をやってるんだろう…」 呟くフェイト。昨日に引き続き、一体何をやっているのか。 ジュースを買ってベンチに座る。今は誰も隣にいないほうが心地よい。 あのクロアゲハが何を喋っているのかも気になったが、しかし喋っている内容は関係ない。ただ聞いてるだけでイライラする。 金属と金属をこすり合わせたような奇妙な声。 彼女の良すぎる耳はそれを捉えていた。耳だけではない。彼女の五感は全て常人に比べて圧倒的に優れている。それが彼女にとってのイライラの原因なのだが、彼女自身は其れに気づいていない。 深いため息をついて頭を垂れる。 夏の熱気に晒された大地が、やけに鬱陶しく見えた。 「――おーい!」 「っ!?」 声をかけられ、慌てて彼女は顔を上げた。 注意力が散漫になってる、と自分で自分を叱咤する。声をかけてきた人物に、顔を向けた。 そこに居たのは2人。 片方は漆黒の髪の毛に漆黒の瞳。というか、全身黒。この時期、その格好は相当暑くないのか。手にはハーフフィンガーグローブまでしている。 もう片方は、やはり黒い髪の毛に青い色の瞳。シルバーアクセサリーをつけていて、遊び人といった風体だ。身長は、隣にいる漆黒の彼よりも高いが。声をかけてきたのは彼らしい。 「平気か、アンタ、何か頭垂れててびっくりしたんだけど」 「あ、はい――すいません、平気です」 思わず謝って答えるフェイト。そりゃ良かった、と上機嫌に笑う彼と、その隣で呆れたようにため息をつく彼。 「イロ、だから放っておけと」 「熱中症とかにかかってたらどーすんのよ、お前、俺は絶対なら無いけどこれくらいの子供だったらありえますよ、フツーに」 へらへらと、イロと呼ばれた青い瞳をする彼は笑う。 漆黒の彼は再び呆れのため息一つ。何かに閉口しているようである。 「いやいや、でも良かったよ、シクルドも何だかんだで心配してたじゃねーの」 「…その口閉じろ、イロ、退屈至極にて此処にて斬るぞ」 一瞬だけ本気の殺気があたりに吹き付けられたのを、フェイトは苦笑してみていた。 彼らは誰だろうと、その疑問が頭をよぎって――。 ふと、フェイトは思い出す。 昨日見た、愉悦の殺気を放つ黒い人影。 其れを思い出して目の色を変える。急いで立ち上がり、かすかに全身を堅くする。 「お、どうした?」 イロが一瞬疑問符をあげるが、そんなもの気にしている余裕は無い。 「――そちらの、人、シクルドさん?」 「…どうかしたか」 シクルドの態度は変わらない。 しかしそれでも、フェイトの頭から昨日の黒い影が消えなかった。 「あの、昨日この辺りに居ませんでしたか?」 「――知らんな」 フェイトの問いに、彼は短く答える。 興味が無いといった感じだ。その返答に、フェイトはバルディッシュをいつでも取り出せるようにと、構えた。 「あー、悪いけどアンタ、そりゃねーよ、こいつと俺昨日はずっと一緒にいたからな、“ブラックルーム”でずっとパソ使ってたんだ」 そして、イロの一言で彼女の顔が呆ける。 ブラックルームが何なのかはわからないが――それでも、どうも此処にはいなかったらしい。 呆れた表情を浮かべたイロを見る。それからシクルドに向き直って、再び頭を下げた。 「すいません、何か昨日からピリピリして」 「構わんさ、この時期こういう格好をする奴は珍しいといえば珍しい」 さらりと言って、シクルドは自分の服装を眺める。上下真っ黒。確かに珍しい。 それからため息をついて、彼はさっさとその場から背を向ける。 「おいイロ、行くぞ、何時までもこんな場所でうろうろしていられるか、ギィやグラハットも待たせてる、他の面子もほかの面子だ、あいつら放っておいたらこっちが死ぬ」 「あっはっは、そーだったな、んじゃな管理局員さん、任務ゴクローさん」 シクルドの言葉に、へらへらと笑ってイロがついていく。 フェイトはそんな2人を少しだけ暖かい瞳で見つめていた。 「…そうだ、あんな関係だっけ、私たちって」 くすっと笑って、フェイトはその場から反転する。 向かう先には地上管理局本部があった。 ほんの少しだけ晴れたストレスと、大丈夫という言葉を頭の中で呟く。 彼らは純粋に彼女の心配をしてくれた。 ああいう人たちが居るならば、まだ大丈夫だと。 「あー、疲れた…シクルド、頼むから殺気ださねーでくれよ」 「…その、すまん、つい…」 「解ってるならいーけどよー…集まったチームにそろそろ連絡いれっか」 「どれだけ集まった?」 「15、全部で1282名、侵攻には十分な戦力だろ?」 「…不安だらけだ」 ■□■□■ いきなり、だった。 管理局中を覆う巨大な音。金属と金属をこすり合わせるような不快な音だ。 管理局全体を包むこの音に、流石に不快感を隠せない人物は多い。 「ううううう!」 なのはも五月蝿そうに耳をふさぎながら、局内を走り回っていた。クロアゲハを撃ち落しながら。 撃ち落せば、その分だけ音は小さくなり――1秒後にはそれより更に大きい音となっていた。クロアゲハをいっせいに全て落とせれば良いのだろうが、流石にそれは不可能だ。 例えばはやての空間攻撃のようなものなら全部一度に落とせるかもしれないが、そうすると被害のほうが酷くなる可能性がある。使えない。 スフィアで適当に落としながら、とにかくこの場を離れるしかなかった。 「レイジングハート、これ、どうしようー!?」 『私に言われましても』 困ったように自らの主に返答する彼女のデバイス。 確かに言われても困る。聞き取れるが、スフィアを発動するくらいしかデバイスには出来ないのだし、その発動にしても自らのマスターが魔力を通さなければ発動しない。 基本的にデバイスはマスターの所有物である。許可なしに攻撃などすることはできない。デバイスとはつまり、手足であり力であり、駒だ。 「うう、フェイトちゃんも見つからないし、どうしよう…!」 彼女は只呟いているだけのつもりだが、それなりに大きい声となっていた。大きい声でなければ呟きにもならないという恐ろしい状況だ。 この騒音。流石にこれで危機意識を抱かない人はいないだろう。 これがまさか1日中続いて、そしてそのまま慣れてしまえば話は別なのだろうが、流石にいきなり、何の前触れも無くでは危機意識を抱く。 更に言うのならば昨日からフェイトの姿も見ていない。 はやても、シグナムとヴィータの影を殆ど見ていないといった。 念の為にほかの人にも尋ねてみたが、殆どの人が仲の良い人を見ていないという。 「…っ!」 仲の良い人同士に亀裂が入っていると考えるべきだろう。なのはは歯噛みする。フェイトは大丈夫だろうか、と少しだけ悲しそうな顔で考えた。 だから、彼女は少しも考えなかった。 フェイト=T=ハラオウンを見つけたとき、歓喜した。 「フェイトちゃん――!」 「五月蝿い、こっちに、くるな――!」 なのはの一言に、フェイトが全力でスフィアを放つ。 シールドでスフィアは防ぐが、彼女の中に一瞬だけ亀裂が入った。 攻撃された。 誰に。 目の前に居る、彼女に。 「――え?」 「あ…!」 なのはが声を上げるのと、フェイトが後ろを振り向くのは同時。 彼女たちの表情が一瞬だけ歪む。今、何をして、また何をされたのか。 ――そう、だから。 少しでも考えるべきだったのだ。 フェイトは慌てて背を向けて駆け出していく。 「あ、フェイト、ちゃん――!?」 なのはは呼び止めるが、しかしフェイトの足は止まらない。 攻撃されたという事実だけがなのはの中に残る。 何故攻撃されなければならないのかがどうしてもわからないし、また同時に、フェイトが何で逃げるのかも解らない。 「あ、何で…?」 その場に膝を突く。 ただ、今は苦しい。 せめてフェイトが弁明してくれれば話は違ったかもしれないが、彼女は何も言わないままに走り去ってしまった。 亀裂が走る。 今まであった信頼という関係に。 ――だから。 少しでも、考えるべきだったのだ。 自分たちの関係が、どれだけ危ういものだったかを、彼女は少しも考えなかった。 ■□■□■ いきなり、不快な音が耳を突いた。 フェイトは思わず両耳をふさぐ。少しストレスが晴れたので地上本部に戻ってきたと思ったら、いきなりこれだ。 音の発生源が何処か解らないが、これは相当大きい音だ。 まるで硝子を引っかくような、黒板を引っかくような嫌な音。 「何、これ…!」 嫌々しくフェイトは呟く。しかしその程度の呟きで、この音は消えない。 音は耳を浸食し、脳を侵食し、確実に体力を削っていく。精神的にもこれは相当辛い。 「く、こ、の…!」 スフィアを展開し、辺りのクロアゲハを落とす。 だがその程度でこの音は収まらない。この音の発生源は間違いなくクロアゲハだとフェイトは確信しているが、数が多すぎる。 煩い、とフェイトは口の中で呟いた。 五月蝿いと、何処か鬱陶しそうに叫びかける。 瞳に苛立ちが混じる。晴れたストレスなど一瞬にして塗りつぶされた。むしろ尚状況が悪くなっている。 「バ、ル、ディィッシュ!」 《Set Up.》 叫び、バリアジャケットは装着せず、バルディッシュだけを発動する。 黒い杖になった其れがフェイトのデバイス。ぱっと見、刃の小さい斧だ。しかし刃の部分には何もついていないが。 次の瞬間、フェイトの周りに5つのスフィアが浮かぶ。 それらが一気に辺りにいるクロアゲハを撃ち落した。 息を荒げて、少しだけ音の落ち着いた空間でフェイトは息を一つつく。管理局全体に響く音は全然変わらないが、しかし此処だけは少しだけ落ち着く。 クロアゲハを落とした影響だろう。自分の呼吸もよく聞こえると、フェイトは苦笑した。 「あ、フェイトちゃん!」 「! なの――」 落ち着いた空間に聞こえた声に、フェイトは思わず反応していた。 急に居なくなってしまったこと、念話を切っていたことを謝らなければならない。別に彼女に咎められるような事は何もしていないが、それでも、何となく悪いことをしてしまったと何処かフェイトは思っていた。 だが。 振り向いた空間には、誰も居ない。 「…え?」 クロアゲハが飛ぶばかり。一瞬何が起こったのか解らず、頭の中が真っ白になり――クロアゲハに気づいた。 頭に一気に血が昇って、そのクロアゲハを撃ち落す。 気に入らない、とフェイトは歯を噛む。この状況、流石に危険だとみな気づいているだろう。これで気づかない人はいまい。居たら本当にどうかしている。 駆け出す。 管理局中のクロアゲハを始末してやると、それだけを考えて。 「フェイトちゃん――!」 またか、とフェイトは怒りと共に辺りにスフィアを浮かべる。 声の主が誰かを確認もせず(クロアゲハだ)そのスフィアを(全て)、クロアゲハを叩き落すために(殺す)、彼女はためらいもせずに打ち出した(墜ちろ)。 「五月蝿い、こっちに、くるな――!」 白熱化する視界。最後の視界で捉えたのは、やはりクロアゲハ。音を出す為かその腹に小さな口が見える。 「――え?」 そうして、とうとう。 彼女は最後まで、後ろに居る人物が誰かを確認することは無かった。 ゆっくりと、振り向く。 そこに立っていたのは、シールドを展開して自らの身を守っている高町なのは。その両の目は、驚愕に見開かれ、フェイトをしっかりと見ていた。 「…あ」 フェイトの呆然とした呟きが辺りに響く。 クロアゲハの騒音も気にならない。 今自分が何をやったかだけが、頭の中を駆け巡る。 今、一体自分が誰に攻撃をしたかを考える。 「あ、いや、違――!」 それがはっきりして。 フェイトの瞳の色に、恐怖が浮かんだ。 僅かに震える。今何をしたのかを頭の中で再び繰り返した。誰かに攻撃した。誰に攻撃した。違うというのは、何が違うのか。 誰を攻撃したのかを理解して――それが理解できたときには、彼女は思わずなのはから逃げ出すように駆け出していた。 「あ、フェイト、ちゃん――!」 なのはのその声を、無視してまで。 同じようなことが管理局中で起きている。 それを気にも留めずに、彼女は行く当てもなくどこかへと駆け出した。 ■ これらの騒動より僅かに前。 管理局地上本部を遠くから見る影1つ。 青い髪の毛と銀色の瞳。今は眼帯をつけていない左目で管理局を眺める。 「アレが、僕たちが戦う相手」 彼は独白のように、何かを呟いた。 その口調は慈愛に満ちていた。 「いいかい、アウラ、我が娘よ、君はこれから自由になる だけどよく考えなさい、その“5つの兵装”で何をするべきなのか 望めば君なら僅かな時間壊滅させられた場所をも復活させられるだろう そして同時に、望めばものの数瞬で全てを破壊できるだろう 君はこれから自由になる ――羽ばたいて、君はどこまで飛ぶのだろうね 間違えないで、アウラ、戦う相手を憎んじゃいけない」 独白は風に消える。 空は文句なしの晴天だった。 「では、始めようか――最後の命令だクロアゲハ “音”を出せ、もはやバレても構わない 後は、そうだな…このリストに沿って、精々戦力を削ぎますか 能力、感覚、共に全開共有…! 2500人までなら何とか一気にいける――! さぁ、やろうか…!」 《to be continued.》 |