そうしてその夢を見る。 館の窓から入る月光と、彼の傍らで彼と同じように月を見上げる娘。 片目には刃で深く傷つけられた後があり、恐らく既にその目は機能しまい。 短く切られた銀色の髪の毛に、1房混じった黒い髪の毛が月光に照らされて綺麗だった。 首元には衣が巻きつけられ、その左腕には巨大な銀色のアームガードがついていた。 夏の気候にあわせてか、服装は真っ白いノースリーブのドレス。その手にはコップが握られていて、中には並々と水が湛えられていた。 くしゃりと彼女の頭を彼の手が撫でた。 この感覚は嫌いではないのか、気持ちよさそうに彼女は目を細める。 「…良いかいアウラ、君に渡された力は絶大だ、その力の使いどころを間違えはいけない」 彼は小さい彼女に向かって、言い聞かせるように囁く。 「私ももう年だ、きっとこのまま死んでいく――だから、アウラ、君にそれだけは教えておこうと思う」 その言葉を聴いて、彼女はようやく彼に目を向ける。 年老いたその姿は、もう直ぐ死ぬのだろうな、と彼女にも何となく感じられるほどに弱々しかった。 「敵を憎んではいけないよ、敵は只そうあるだけだ、君が生きているように敵もまた生きている」 「…耳タコだよ、親父――大丈夫、親父の言いつけは絶対に守る、安心して」 彼女は微笑んで言う。 其れを聞いて、彼はゆっくりとため息をついた。その口元には笑み。 アウラは父から目を離し、空に浮かぶ月を見上げる。 空は、未だ遠くにあった。 『光の子』―Aura.― 七話『6日目――開始《終了》』 月が空の真上にかかり、そこの世界を照らし出す。 既に人々の大半は家へと戻り、一家団欒の時間だ。無論、それが許されない人物たちも居るが。其れの多くが、ミッドチルダの中心にある時空管理局に勤めている人物たちだ。 閑話休題。 この夜。ミッドチルダ市街には奇妙なほどに人影が見えない。 まだ夜の8時になったばかり。外を出歩いている人たちが居ても可笑しくないという時間だというのに――人は、全く見えなかった。 金色の髪の毛をした人物が、民家の屋根の上に唐突に現れる。 左手には大量のカードが握られ、右手には、先端に宝石がついただけの簡素な白い杖が握られていた。 「…始めるか」 凶暴な意思が市街を取り巻いている。 一家団欒の時間にもかかわらず、辺りの民家に明かりは殆ど見えないのはどういう訳か。 この日、市街には殆どの人影が見えなかった。 [イロ、始めるぞ] [催眠結界はオッケー、住民は全員避難できただろ、目に物見せてやる管理局ー] 念話をすると、イロがケタケタ笑いながら言って来る。 其れに対して――というわけでもないが、ため息代わりに大きく息を吐いてミカエルがカードを10枚、放り出す。 その口から複雑な音が漏れ、更にデバイスがサポートし、魔法が発動する。 投げられた10枚のカードが光を放ち、魔法陣を展開する。 これこそが彼の力。召喚魔法。 術式を残し、留めて、カード状にしたそれに魔力を通すだけで発動するようにする。 彼の魔力ランクは、量だけで捕らえるならばAA。これくらい、不可能なことではない。 夜の街全体を震わせる咆哮が響く。 強大にして巨大な鬼と竜が10匹、ミッドチルダ首都クラナガンに出現した。 それらと地上本部との距離は1キロ程度。僅かな時間で彼らは地上本部手が届く。 戦争開始の合図は、それらの出現と、そして本部から沸いて出たクロアゲハの大群だった。 ■□■□■ 右手の拳を握り締め、シクルドが街の端で息をつく。 首都の最も端。此処から一気に、全速力で地上本部に入り込む。 『外に出ている局員たちも居るだろうから、そーいうのをなるべく掃除しながらお願い、殺すなよ』 アゲハに面と向かってそういわれれば、彼には承諾するしか無い。 彼の作戦が間違ったことなど、これまで一度も無いといって良い。 故に今回も彼の言を信じるだけだ。 「イグジス!」 「ああ、行くぜ!」 彼の叫びの次の瞬間に、再び彼の口から肯定の言葉が漏れる。 右目の緑色の光と左の黒い光で地上本部を捕らえながら、彼は地を疾走した。 その腰元には4本のナイフ。ウチ2本を構えて、彼は大きく吼える。 地上本部が、黒い何かに覆われていくのを彼ははっきりと見据えた。 クロアゲハだ。 本部から出て、地上本部を覆っていく。それを見て彼は薄く笑う。 同時に夜を破壊するような咆哮。10匹に昇る竜と鬼の大群。 あれらはほぼ自動操作だ。1つ以外の命令が与えられていない。1つの命令とは、即ち同士討ちをするなよとの命令である。 鬼と竜が暴れれば管理局としては対応するしかあるまい。 それにあのクロアゲハも相当不気味だろうし、嫌だろう。 最初の2日で無視させて、最後の1日でそれを敵視させる。 意識の半分ほどをクロアゲハに持っていかせる。アゲハのやりそうなことだと、シクルドは苦笑した。 「よお! シクルドのにーさん!」 「ん? よお」 唐突にかかる声に、彼は目をそちらに向けながら生返事で応える。――どこかで見た顔だったが、考えないことにした。 走っている彼に対して、その人物は飛行していた。 逆に考えればシクルドは走っていてその飛翔している彼と同じスピードだ。 「期待してるぜ、あんたには」 「ああ、任せとけ、虚の番犬最後の活動だ、精々派手にやるさ」 彼の言葉に、シクルドは薄く笑って応えた。 じゃあなーと適当に手を振って飛行していく彼。見れば、辺りには結構な人が浮いている。その多くが自分の周りにスフィアを浮かせたり、あるいは砲撃魔法の準備をしたりと大忙しだが。 目の前に、管理局員が1人、現れる。 アゲハの行っていた通り、外回りの局員だろう。躊躇い無く頭を叩き、首筋に一撃を加え、最後に鳩尾に一撃を当て昏倒させる。 手際が良すぎた。 2秒かかっていない。そしてそのまま更に走る。 [頭脳労働班、司令を頼んだぞ] [あいよー] ひらひらと手を振っている犯罪者たちの姿が容易に想像できる。 それに苦笑しながら、彼は走っていく。 「裁きの時間だ、フェイト――!」 ■□■□■ 「おー、やってるやってる」 タバコなんぞふかしつつ、ベランダからその光景を眺めているのはウリアだ。辺りに居るクロアゲハは殲滅した。数秒待っていればどうせまた此処も覆われるだろうが、とりあえず今外が見えれば良い。 彼は、“虚の番犬”ではエルと呼ばれていた。 名前の意味は、とある世界では“楽園の仔”。 皮肉なことにぴったりだと、ウリアは其れに対して苦笑したものだ。 「それじゃあエルに戻りますか、行くぞハルヴァ」 『Set Up.』 彼の呟きと同時に、その手に黒い巨大な十字架が収まる。 更には、彼の姿も変わっていく。黒い髪の毛が紫色に染まっていき、肉体的年齢が15程度のものへと変わる。 瞳の色が、赤と青のオッドアイに変化し、その変化がとまった。 「バリアジャケット、セットアップ、それじゃあ行こうか」 若々しくなった声で彼は空へと舞い踊る。 目の前に居るクロアゲハを破砕し、地上本部から軽く遠くに離れた。 彼の周りに10にも及ぶスフィアが浮かぶ。此処からでは地上本部には届かない。地上本部の周りには強力な魔力結界が張られ、並大抵の魔法では意味が無い。 しかし召喚された連中は別だ。あれは肉体をもってして地上本部を破壊しようとするだろう。 其れに対して結界なんぞ働くわけも無い。 彼が外に飛び立つと、既に外には局員たちが出始めていた。 だが普段のようなコンビネーションは望めないだろう。それだけの事を、アゲハが行ったのだ。 不意打ち気味に、1人の局員の後頭部にニーキックを打ち込む。それだけで気絶し、墜ちていく局員。――死んでないかどうか、この高度を考えるとやや不安だ。 彼はその辺、全く気にしていないようだった。 「よおっし! 戦争だ戦争ー!」 吼えながら彼は更に別の局員に向かう。 流石に一撃は止められたが、しかしその程度でとまるウリア/エルではない。 彼はもともと1対多数の訓練を多くやってきた。暗躍の活動もその1つだし、訓練時にもなのはやほかの教官よりずっと多くの人間を相手にする。 1対多数のこの状況は、彼にはもってこいである。 十字架を構えて、彼は咆哮する。 今は時空管理局『ウリア=L=ゲイズレスト』ではなく。 “虚の番犬”の『エル』として、彼は戦いを始めた。 ■□■□■ 「んー、みんなノリノリだなあ」 呟きながら、アゲハは局員であろう人物を昏倒させる。 彼の魔力保有量はE+。無駄な魔法など、一切使えない。使えば使うほど、確実に彼の寿命を縮めるその魔法は。 第一、彼がその能力を行使する相手は既に決めている。 「…使えて、どんなに使えても、1回だ」 だからこそ知恵を回し、知略を巡らし、この戦いになるべく関わらない場所で戦わなければならない。 だが、この戦いに勝利は必要ない。 犯罪者のチームには悪いが、この戦い、勝利の必要は無い。 第一勝利のためならばこれらの味方に一々虚偽の情報を織り交ぜて咆哮句する必要など無いのだから。 「――」 虚の番犬の皆にも教えて無い、この戦いの本当の目的。 教えれば手伝っただろうが、しかしそれでは意味が無い。此処に“虚の番犬”がいなければこの目的は果たせないのだから。 そして何より自分も最低一度は交戦しなければならない。 此処にアゲハ=ウィスプ=トワイライトがいないというのがわかったら、彼の目的は果たせないのだ。 「確実に油断させないとならないからなあ、あーあ、でもまあ」 呟きながら思考をめぐらせる。 この戦いに勝利するためのか細い糸を、必死になって手繰り寄せる。 「精々、頑張りましょうか」 彼は小さく、悲しそうに呟いた。 先ず第一にどうするべきかを考える。といっても、既に大体の手順は決まっている。 前準備は整った。後は己の用意した策の中に時空管理局を取り込むだけだ。 綻びが生じれば、其れは己で修繕しよう。 間違いが生じれば、その程度何とでもしてくれよう。 命を懸けてでもこの戦いを勝利する。 「虚の番犬と我が仲間、そして我が娘がために」 彼は戦場を、駆け抜けた。 ■□■□■ 光が差し込み、同時に家が連鎖爆発のように破壊されていく。 「はっはぁ!」 げらげらと笑いながらイロが飛び出てきた。 家と家の間に居た管理局員は、死んではいなくても戦闘不能だろう。犯罪者チームに追い込んでもらい、更にそれを魔法ではなく物理的に爆発させた。魔力反応ほぼ無しでの爆発は、流石に気づかれにくい。 爆弾工作などは、アゲハの得意とするところだ。 しかし彼自身は其れをあまり上手に使えない。――いや、使えるかどうかイロは知らないがとにかくイロが使う。 あらかじめセットしておいた爆弾を次々爆発させる。魔力を使用し、信管に火を点けるだけだ。別に難しいことではない。 [ほいお疲れさん、次行くぞ――っと待った、そろそろ管理局が対応する頃か、無理に交戦するなよてめーら! 罠しかけっから次まで各自自由行動! って、ああ、そろそろ念話妨害出るっけ?] 一気に念話を使い犯罪者チームの大多数と交信する。 司令塔ではなく、彼は通信点だ。彼を中心に情報の伝達を行う。 「さーって、それじゃあやるか“ファフニール”、グリッティ…ありゃ、何処だ?」 『おーけぃマスター、使い魔の奴ならさっき嬉々として飛んでったぞ、獲物ー! とか叫んで、普段アンタの懐で眠ってるもんだから嬉々としてそりゃもー、まあそういう俺も暴れたいがね』 「ははっ! やる気十分じゃん、てめーら」 ベラベラ喋るデバイス相手に彼は嬉しそうに笑う。 そしてデバイスを発動する。現れた其れは、線の細い彼のイメージとかけ離れたデバイスだった。 見た目がまんまベースである。しかもエレキ。ステッカーまで貼ってあった。 刃も何もついていない。武装たりえないのは明白である。 「それじゃあとりあえずグラムから行こうか、非殺傷設定、敵の数は甚大だ、再生機能全開まで使うぞ! ハッキングも全部使う、待機武装全開放も覚悟しとけ!」 『おうさマスター! かかってこいや、時空管理局っ!』 ぎらりとした意思を表にして、彼は一歩を踏み出す。 どれだけの敵がいようとも決して敗北はしないとその意思が物語る。 ベースから一つ音が流れる。流れる重低音と彼の表情が、この戦場を楽しんでいるのを理解させた。 大きく飛翔する。常人には聞き取り不可能な声で、彼は何事かを叫んでいた。 無理矢理にそれを我々に聞こえる言葉に直すのなら、それはこういう風な音になる。 「イィイィイイイイイイ――ヤァホッオオオオオオオオオオオ!」 ■□■□■ シクルドは飛行魔法を使えない。 そういう使用は苦手なのだろうと本人が結論付けている。それに無理に使わずとも、空を跳ぶ方法はあるのだ。 見えない足場を作り、その場に足を乗せ、そこから爆ぜる。 すれ違いざまに局員の鳩尾に一撃を加え、落とす。更に足場を作り、逆側に爆ぜた。 下手をすれば只の飛翔魔法よりずっと速く行動できる。足場を作る魔法ならば、彼はそれなりに得意とするところだった。 息をついて、何人落としたかを数える。既に20人は屠ったと思うが――。 開戦からまだ20分も経っていない。 それなのにこれだけ出てきているという事実に、軽く驚愕した。 「ふん、しかし」 地面に足を突いて、彼は余裕の笑いを浮かべた。 「悪いが、こっちには2日3日の貫徹、連戦でネをあげる奴は居なくてね――!」 そして再び駆けた。いきなり局員に落とされそうになっている誰かを、局員を殴り飛ばすことで助け出す。 一つ息をついて再び跳ぶ。 とまることは出来ない。考えることも戦場では不要だ。必要なのは、どれだけ効率よく相手を倒していくか。殺すつもりが無いのでそれなりに大変だが。 何処を叩けば良いか。何処が急所か。次々頭の中で情報を整理していく。 辺りを取り囲まれれば敗北も良いところだ。なので常時動き回る必要がある。飛行魔法を使えないので体力をガリガリ食って行くが、仕方あるまい。 第一、体力ならばどのようにでも出来る。彼はその方法を知っていた。 [お、シクルド、そのまままっすぐ進んでくれ! エルは左側に――] [――アゲハ? 何だ一体――] 唐突に来た念話に、しかし行動は止めない。 首筋を手刀で狙い、人中を狙い、あるいは鳩尾、金的、脇、顎――人の急所を的確に、そして圧倒的威力で突いて気絶させていく。 そして。 その人物を視界に入れて、空中に足場を作って、止まった。 「おいどうしたシクルド」 「黙れ、イグジス」 己の口から漏れる音に対して、彼はさらりと反論する。 なるほど、とアゲハの司令の意味がわかった。 つまり、戦うならさっさと戦えということか、と彼はその口元に浮かぶ凶悪な笑みを抑えられなかった。 目の前に金色の彼女が居る。彼女は、不思議そうな顔で彼を見ていた。 血の海の中、優しく笑った金色の彼女。 その笑顔が今でも忘れられない。 大丈夫、と優しく語り掛けてくれた彼女の姿が脳裏から離れない。 「は――」 弾ける。 笑みを浮かべてフェイトに向かって跳び、同時にナイフを振落す。 いきなりの行動に戸惑いを隠せないが、しかしフェイトはきっちり其れに対応した。 不意打ちでなければ技も無い。只振落した一撃に、流石に対応できないわけも無い。 [アゲハ] [ああ、さっさと決着つけるといい、イロに連絡とって君らの周りには誰も寄せ付けない] 念話はすぐに返ってくる。其れを聞いて、彼は益々笑みを深くした。 そして彼は念話を全て切断した。 ぎりぎりと歯と歯をすり合わせ、実に楽しそうにする。 「よお、久しぶり、フェイト=T=ハラオウン!」 「――? 誰ですか、貴方は?」 「覚えてねえか、そうだろうな」 気分よさそうに彼は笑った。瞳孔が開ききる。顔が歓喜に歪む。 覚えているわけが無いと、彼は笑った。 彼女とであったのはもう4年も前だ。彼女が覚えていなくても、無理は無い。彼女にしてみれば、彼を助けたことなど任務の一つに過ぎない。 もう何も考えなくて良い。目の間に居るこいつを殺すことだけを考えていれば良いと、思考にロックをかける。 フェイトは不可解な表情をして、しかし明らかに目の前に居る人物が敵意を持ってるとわかり、とりあえずデバイスを構える。 「行くぞ、我が殺すべき敵 俺の家族を殺し、仲間を友人を殺したその罪、死を持ってして償え――!」 “虚の番犬”シクルド。 時空管理局現アースラ執務官、フェイト=T=ハラオウン。 交戦開始。 鬼、竜残り10体。 時空管理局員、人数不明。 犯罪者15チーム。残り1225名。(後方支援除く) ■□■□■ 辺りには嵐が吹いていた。 クロアゲハで仕切られた球体の中、エルは僅かに頬をかく。 決着つけるならさっさとつけろとそういわれた気がして思わず笑った。 「――なんで攻撃せぇへんねん」 「いや?」 頬をかきながら、八神はやての攻撃を全部回避したエルは笑う。 何度かカウンターのチャンスはあったにもかかわらず、しかしそれでも彼は一度も攻撃をしていない。 飛行魔法以外での戦闘ができない。球体の大きさは凡そ半径100メートルそこら。 これだけの球体を作るのに、一体どれだけのクロアゲハを使っているのか。 しかしそれは別に問題ではない。クロアゲハなど、増やすのに対して手間はかからない。 だからこそのこの壁。 外側と内側を隔離するこの壁では、下手に大砲撃魔法をどちら側からも放てない。下手をすれば、仲間を巻き込む。 「…これ、どうやって脱出するんだ?」 思わず一瞬考える。クロアゲハは全て高速で移動している。だからといって切れるわけではないし、脱出は相当難しいだろうが、片方が死ねば不可能ではないか。クロアゲハに集中すれば、何とか脱出くらいは出来るかもしれない。 それにアゲハとて此処にかまり切っているわけにも行かない。 結論だけを言えば、下手に攻撃しないほうが賢明だろう。このクロアゲハは。 「おーい、エイスー、此処にかまり切ってて良いのかよ、お前は」 「脱出させてや、じゃあっ! アンタが『俺倒せば脱出できるよー』とか言うとったやんけ!」 言った言った、と彼ははやてから顔を逸らして笑った。 その横顔はかなり暢気だ。その顔に、はやては軽くカチンと来たのかいきなり砲撃を放つ。 しかしそんなもの何処吹く風で回避するエル。 「まあいいや、やるか、ハルヴァ“クロス・クロス”」 『OK,Master. Set,UP.』 彼の呟きと、デバイスの呟きと同時に彼の周りに黒い小さな十字架が4つ浮かぶ。 それらが高速で回転を始めた。スフィアの代わりのようなものだろうか。 「なあエイス、一つだけ確かめたいことがあってさ」 「――うちははやてや、エイスって名前や無い」 不快そうに、はやてが言う。 其れに対して彼は苦笑するだけだった。 「ああそうだった――じゃあ、はやてでいいや、なあ一つだけ聞いて良いか?」 「…何や」 攻撃してもラチが開かないと踏んでか、とりあえずは大人しく話を聞くはやて。 その間も黒い十字架は恐ろしい勢いで回転している。触れれば切れる何処ろの騒ぎではあるまい。 「お前、何で他の世界に介入する?」 「はぁ?」 「んー、まあ単純な疑問か、やっぱいいや、大人しく戦いましょうか」 別にそこまでやりたかったわけじゃないんだけどな、と適当に呟きながら首を鳴らすエル。態度は余裕たっぷりだ。 黒い十字架が動く。 驚くほど速い。否、速すぎる。シールドを展開し、はやては慌てて後ろに飛んだ。 「…やーれやれっと」 対して。エルは何処までも軽佻浮薄で暢気この上ない。 息を吐いて全身を楽にして、彼は笑った。 「そんじゃまあ、やりますか」 疲れた声で、彼は呟き、そして飛翔した。 誰も殺すつもりは無いが、全員叩き落すつもりで彼は戦い始める。 本当ならば八神はやてとの戦いはもうちょっと後にしたかったのだが、と何処か頭の中で愚痴るエル。 しかし愚痴っても目の前の現実が消えるわけではない。 ため息混じりに飛んで、そして杖を振り下ろす。 “虚の番犬”エル《ウリア=L=ゲイズレスト》。 時空管理局本局捜査官、八神はやて。 交戦開始。 鬼、竜残り10体。 時空管理局員、人数不明。 犯罪者15チーム。残り1225名。(後方支援除く) ■ そうして戦いが始まる。 宴の扉が、開いた。 《to be continued.》 |