邯鄲の夢が終えても。 夜の帳は降りたばかり。 『光の子』―Aura.― 八話『6日目(2)――宴もたけなわ』 連続して響く金属音。 常人にその速度を見切ることが出来ない速度で、彼と彼女はぶつかり合う。 片や、シクルド。片や、フェイト。 フェイトは飛翔し、シクルドは空中に足場を作り連続で跳ぶ。その速度でフェイトと互角だというから驚きだ。 手数だけならばシクルドが多いが、しかしフェイトはギリギリでそれを捌いていく。 バルディッシュには既に金色の刃が出現しており、それは鎌の形態となっていた。 手数の多さは防御に徹することで捌き、攻撃は防御の合間合間に出来る隙間でスフィアを放っていく。 それらは余裕で回避され、あるいは弾かれるが、それでも僅かな隙はできる。 そのスキにフェイトは再びスフィアを放つ。やや優勢になったかと思えば、彼はすぐさまフェイトの後ろに回りこみ斬撃を放つ。 一進一退の攻防。 だがこのまま続けば、フェイトのほうがやや優勢になるのは目に見えていた。 シクルドは体力も魔力も同時に消費し、フェイトは殆ど魔力だけの消費で済む。明らかにシクルドは不利だ。 だがそれでも、彼に諦めの色は見えない。 いや、そもそも。 彼はデバイスを使っていない。 「――」 その事実にとっくにフェイトは気づいている。 彼はデバイスのサポート無しで魔法を放っているということ。 驚愕に値するが、しかし同時に其れは彼の限界点の低さを示していた。 体力だけでなく魔力も――。 フェイトはやや不可解そうな顔をしながら、彼の攻撃を捌いて行く。 一直線な攻撃は、捌くことは難しくは無い。 このまま攻防を続けていれば、やがて天秤はフェイトの側に傾くことになる。 それくらい彼にもわかっているだろうというのに、彼はこの攻撃を全く止めようとしない。 「何を、考えて――」 「っおおおおおおおおおおお!」 フェイトの呟きと同時にシクルドが攻撃回数を増す。 しかしそれら全て、フェイトは捌くことが出来た。――難しいことではない。彼女の速度は管理局でも随一だ。速度だけでフェイトを上回ることは不可能に近い。 シクルドが僅かにバランスを崩す。 フェイトは其れを見逃さない。 「――っ!?」 そして、フェイトは直感だけで身を右側に捻った。 先ほどまで居た場所を、ナイフが通過していく。恐ろしい速度で繰り出された彼の左の突き。直感に頼らなければ回避もできなかった。 そして、この瞬間シクルドは隙だらけになる。 「っ!?」 「バルディッシュ、プラズマラッシャー!」 『了解、マスター…!』 その叫びを聞いて、彼も身を捻り、更に跳ぶ。 だがそれだけでは完全に回避は仕切れず、左肩から上腕にかけて直撃。流石にこらえきれないのかうめき声を上げる。血が出ないのがせめてもの救いだった。 空中を回転しながら、ある場所で四肢をついてとまる。フェイトとはやや距離をとる形になった。 「足場を作る魔法か…」 厄介だが、しかし別にそうそう注視するべきものではない。 フェイトはバルディッシュを構えて、辺りを見回す。黒い闇の中、管理局はやや不利な位置に立たされていた。 奇襲で情報が混乱している。明らかにこちらの情報伝達の混乱を狙っている扇動者も何人か居るだろう。 しかしフェイトは今、目の前に居る彼から意識を外すことはできなかった。 50m.の距離ですら、恐らく彼は一瞬で詰める。 意識を外せば、間違いなくその次の瞬間殺されているだろう事くらいはフェイトにも容易にわかる。彼から放たれる殺気の量が尋常ではない。 家族を殺した、と言っていた。 だが、フェイトにそんな覚えなど無い。 そもそも時空管理局は非殺傷設定が基本だ。人であるものにまさかいきなり殺傷設定の魔法を放つことは無い。 4年も前のコトだとしても、フェイトは自身が人を殺していたら覚えている自信があった。 だが、彼の口調からは真実だけが感ぜられた。 嘘を言っているような様子はない。 「…っ…! だとしてもっ!」 フェイトはバルディッシュを構えなおす。 叫びに痛々しいものが混じっていた。 「私は、まだ、負けられないっ!」 勝たなければならない。その祈りだけをこめてフェイトが叫ぶ。 だが。 だが、例え勝った所でどうすればいいのか、フェイトは一瞬だけ迷った。 自分の居場所は、自分で摘んだのだ。なのはへの攻撃は、フェイトの中にそれだけ鋭い爪あとを残していた。 例えあの時錯乱していたとは言え、混乱していたとは言え、イライラしていたとはいえ。 自分が親友と思っている人物に対して、自分は攻撃したのだ。 それがどうしてもフェイトには許せなかった。 「…っ!」 苦しそうに歯噛みして、フェイトは飛ぶ。 息をついて、シクルドは其れを迎え撃った。 ■□ 攻撃を受けて、空中に足場を作りシクルドは痛みに顔を歪ませる。 左腕に当たったというのに、痛みは全身を貫く。非殺傷設定の唯一の厄介どころだ。魔力ダメージは、その場所だけには留まらない。どんな傷も全身に至る。 「ち、流石フェイト――」 「おいおい、大丈夫か? 何なら手伝うかお前?」 必要ねえよ、と彼は苦笑して自分の声に自分で返答する。 まるで二重人格だ。だが、それにしてはやや不自然が過ぎる。 「何時も言ってるだろイグジス 例え地獄の業火に焼かれようとも、人は希望があればそこについてくる」 「ああ、言ってるな」 苦笑の呟きを、自分の呟きが呆れの息を持って返答する。 右腕のナイフを握り直して、彼は空に浮かぶフェイトを見上げた。左腕のナイフを腰にしまいこむ。 彼女は僅かに苦悶の表情を浮かべていたが、しかしそんなものどうでもよかった。 「いいぜ、イグジス、この状況は最高だ――最高だよ、この状況で、この状態」 強がりという風でもなく彼は言う。 だらりと、左腕を情けなくたらしたままに彼は笑う。 右手に握ったナイフがぎらりとした光を上げた。 「くるぞ!」 叫び、同時にフェイトが飛び掛ってくる。 息をついて、シクルドは其れに向かって跳んだ。 右腕しか動かず、明らかにフェイトの方が有利。 だというのに、彼の顔に諦めの表情は微塵も浮かばない。 「ふん、強気だなシクルド」 「ああ、だって俺のほうが強い」 さも当然のように自分の声に応えて――。 彼はフェイトと交差した。 ■□■□■ 「んー、よしよし…っと、エルとシクルドは暫く放っといて良いな ファフ、AAAランク以上の魔法使いの位置特定するぞ、そういう連中は俺が落とす、まあグリッティに任せても良いけどな」 『オッケマスタ、グリッティに任せたら殺しかねねぇーって、雑魚任せとけ雑魚』 流暢に喋るデバイス相手に、イロは苦笑する。 それから自分のベースのデバイスを2度3度指で叩き、辺りを見回した。 後方支援など、彼のガラではない。 彼は前線で戦うタイプの人間だ。 「3,4人…いや、6人――か、今の所は、うち2人はフェイトとはやてだな、バックアップの連中は殺したらダメだろうな…」 呟いて、どうせもっと増えるだろう、と彼は苦笑する。 それから飛翔した。 「ファフ、とりあえず検索にかかった連中から潰していこうか、『ABYSS』と『カスラ』の知恵袋に念話妨害は頼んであるから連携の心配は無いと思うし、電波妨害もしてあるし――その割には普通に念話使えてたけど、大丈夫かね…」 『通信機器は大丈夫だろうな? それにお前も念話が出来ないとまずくないか?』 「それは全部潰してある、2日は持つでしょあれなら、俺たちは念話できなくていーの、だって数少ないし――1282人中100人は、俺でもてこずるくらいに強いしな、状況によっちゃそれが200人以上に増えるか」 笑って自分のデバイスに答えるイロ。 その言葉の中に嫌味は無く、只彼の自信だけが感じられる。圧倒的に彼には自信というモノが強いらしい。 「お、いたいたーっと――?」 ぴたりと空中でとまる。 同時に、巨大な肉体を有する鬼が真っ二つにたたき斬られた。 「へぇ」 その姿を認識して、彼の瞳孔が僅かに絞られる。 真っ赤な血を被り、それでも彼女は飛翔した。 命令など関係ない。情報の混乱など後で解決すれば良い。それよりもこの召喚獣達が問題だと、彼女はよく理解している。確かに、あの巨体を暴れさせておいたら洒落にならない。 「あれはヴォルケンリッターのシグナムか、どうする? アイツも一応AAAランクだけど? 戦ってみようか?」 『何か随分前に戦ったよな、あいつと――ま、好きにしろって』 あいよ、とデバイスの声に笑って応えて――。 彼は、あっさりとシグナムの前に降り立った。一瞬だけ、彼女の顔に緊張が走る。 「…なんだ、貴様」 「この混乱を作り出した人の一人でー…――うおっ!?」 堅い声で尋ねてくるシグナムに対して、イロは明るく返答しようとした。 返答が終わらぬ間に切りかかられた。簡単に避けたが。 軽い調子も何もあったもんじゃない。 「あっぶねぇなぁ、ファフニィル、容赦無しだってー」 『あっはっは』 いやいや笑ってないでさ。 自分のデバイスに対して軽く呆れのため息をつくイロ。その様を見て、シグナムの顔に僅かな疑問符が浮かぶ。どちらかといえば、アレは怒りの表情のようにも見える。 「…なんだ、貴様、ふざけているのか?」 「え? いやいや別に? ちゃんと真面目にやろうかなーとは思ってるけど、ああ、そっか、だったらやっぱりふざけてんのかな?」 頬をかきながらシグナムの質問に気楽に答えるイロ。 戦場だというのに、彼はまるで平時と同じ態度だった。 その事に気づいているのか気づいていないのか、シグナムはかすかに全身を堅くする。単純に彼の口調に頭に血が昇っただけかもしれない。 「要するにふざけてんだけどな、そんじゃはじめっか? 悪いけどこの召喚獣群、落とされたらまずいんだ」 「――もう一つ聞くぞ、お前のデバイス、それは何だ?」 意思の刃を投げかけてシグナムが彼に問いかける。 彼は自らのデバイスを晒して、大いに笑った。 「ファフニール、ベースだ」 『鍵だっ! 始動キーだっ! ふざけんなマスタ!』 「…何とまあ、ふざけたコンビだな…」 呆れたようにいうシグナムだが、しかしその表情には一遍の隙も無い。 其れを見てイロは笑った。 何処か悟っている。彼女は彼に対しての余裕を抱くことは出来ないと。 「ああ、そだそだ、何でアンタ八神はやての周りに居なかったんだ? まあこっちゃアイツを隔離するの楽だったけどな」 「っ――答える必要は、無いっ!」 叫びながらシグナムが切りかかる。痛いところを疲れた、という感じの叫びだ。 そりゃそーだ、と笑って答えてイロはその一撃をあっさりと受け止める。 瞬時、シグナムの顔が驚愕に包まれるが、それで攻撃は終わらない。素早くその場で回転し、横殴りの一撃。 しかしそれも彼はあっさりと受け止めた。 「アンタさ、速く本気出したほうが良いぜ、後悔するだろ? 半端なままやってもよ」 へらへらと笑って、イロが言う。 ――シグナムはそれどころではない。 先ほどの2撃、どちらも只の物理打撃などではない。否、物理打撃だけだとしても受け止められないだけの自信が彼女にはあった。 魔力で強化した一撃をこうも簡単に受け止める。これでは何度こんな攻撃をしたところで同じだろうと、彼女の直感が告げる。 そして同時に、彼の強さをも彼女は知る。手加減をして勝てるような相手ではない。 ――最悪、敗北することもありうるだろう。 「…何者だ…!?」 「虚の番犬だよ、知ってんだろ?」 驚愕と共に絞り出された声に対して、馬鹿にするようにイロが尋ねる。 肯定するように、シグナムは飛び退いた。彼は笑ったまま、己のデバイスから音を出す。 「そんじゃあ、やりますか?」 何時ものとおり、気楽に彼は笑う。 その笑みに、シグナムは戦慄した。 辺りには多くの武装局員と犯罪者群。それらを全て無視して、彼女と彼は戦闘を開始する。 “虚の番犬”最強のイロ。 時空管理局ヴォルケンリッター、シグナム。 交戦開始。 鬼、竜残り8体。 時空管理局員、人数不明。 犯罪者15チーム。残り1225名。(後方支援除く) ■□■□■ 「出来る限り辺りを破壊しろ! 人員を叩け! 物理的に機械類をぶっ壊せ! この状況はさほど長く続かないぞ! 「解ってるよ、虚の番犬!」 ミカエルが叫びながら辺りの犯罪者群に指示を出す。 イエス、オッケー、などと肯定的な声を聞きながら彼は次の一手を考えていた。 召喚した竜や鬼は放っておいて良い。召喚して、それを操る必要は全くないのだ。あれらには本能のまま勝手に暴れてもらえれば良い。 彼が操るのは、たったの3匹だ。 その3匹にしても、そうそう複雑な命令を下すことは無い。 「出来れば使いたくないが――ふん、流石に」 管理局を見上げながら彼は薄く笑う。 流石にされるがままにはなってくれない。多くの魔法使いが出てくる。 機械的な通信機器は単純なものしか使えない上に、念話は妨害されている。連携は怖くないが、数は多い。 何よりアゲハの作り上げたクロアゲハが、彼らの不和を作り上げている。仲の良いもの同士でも、そうそう連携は出来ないだろう。この点でも安心できる。 管理局で、というわけではないが相手の数が多くて一番恐ろしいのは、その連携性だ。 どんな状況であれ、1対2は恐ろしい。 だが、1対1が2回ならば其れは恐ろしいことではない。 それがつまり、不和を呼び込んだということ。 仲間ならば連携は生まれよう。だが、それが信用できない相手ならば先ず連携は生まれない。それがアゲハの行ったこと。 「つくづく、ウチの知恵袋は頭が回る」 この分だと他にもいくつか行っていそうだと、彼は苦笑した。 虚の番犬の全員にすら伝えていないような罠を、2つか3つか――あるいはもっと多く。 だがそのどれもがどうでも良い。 彼は、アゲハを信じていた。 虚の番犬の皆を、信じていた。 無条件にではない。これまでずっと一緒に居たのだ。お互いに信用できるだけのコトを、彼らは行ってきた。 「ああ――そうだった」 杖を構える。 意思の無い只の武器である、ストレージデバイス“ウロ”。 信用するのは、仲間だけで良い。その信頼を、疑うことも無い。彼らが何をしようと知ったことか。どうなろうと、この信頼だけは裏切らない。 仲間だけは決して裏切らない。 それが虚の番犬の矜持。そして、今此処にいる彼らの矜持であり、誇りだ。 空を見上げる。 上空に浮かぶ数名の管理局員。どれもが、彼に狙いを定めている。 流石にこの状況だ。管理局員で無い人物はそれだけで疑われる。しかもそれがデバイスを持っているとはなおさらではないか。 「ふん、仕方ない――来い、お前が一番最初だ、愚者の“鵺”」 魔力が膨れ上がる。 同時に召喚されたのは、黒く長い髪の毛の女性。 真紅の和服に意思の無い瞳。その全身は細いくせに、何処か圧倒的な質感があった。 瞳に意思が灯る。 同時に上を向いて、降り注ぐ射撃魔法を全て弾き飛ばした。どれもこれもが非殺傷設定だが、それなりの威力を秘めているというのに、彼女はただ面倒くさそうに腕を数回振るっただけ。 「主人、状況はある程度聞いているが…落として良いのか?」 「どうせ今日しか召喚でべん、好きにしろ」 了解した。 短く答えて、鵺が跳ぶ。 接近戦を挑むつもりらしい。とりあえず最初の一撃で局員の一人が墜ちたのを見てミカエルは走り出す。 鵺は、笑いもせずに厳しい表情で辺りを見回す。 何事かを呟く鵺の言葉を、ミカエルは聞いていなかった。 “虚の番犬”召喚獣“愚者の鵺”。 時空管理局、局員十数名。 交戦開始。 鬼、竜残り8体。 時空管理局員、人数不明。 犯罪者15チーム。残り1225名。(後方支援除く) ■□■□■ 「念話妨害確認――厄介ね、はやてちゃんも…」 ちらりと、クロアゲハで編まれた虚巨大な球体を見ながらシャマルは呟く。 中では未だにはやてとエルが戦っていた。 辺りには誰も居ない。市街では火の手が上がっていた。竜や鬼の破壊力は、特筆すべきものがある。管理局地上本部にまで被害が出ていないのは幸いと見るべきか。 異常なまでに手際が良い。入念に準備をされたと見るべきだろう。 「クロノ君、聞いてのとおり」 「…機械類もハッキングで全部潰されてる、このまま物理的に破壊されておしまいだろう、電波および念話妨害は暫く続くだろうから――足で行くしかないな」 呟いて、クロノは飛び上がる。 その手にデュランダルを持つ。彼は軽くため息をついた。 辺りには多くの魔法使い。それなりに実力に信用があり、またこの状況に対応できるような人物たち。 局員の多くが地上本部に残っていたのが幸いだった。 僅かとはいえ、纏め上げることが出来たのだからとクロノは軽くため息をつく。 「聞いてたな! 情報伝達の役目を任せる、倒せると思ったら敵はどんどんと落として良い! 決して味方を落とすなよ! 行くぞ!」 クロノは叫び、空を舞う。 後ろに続く彼らもまた、同じように空に舞い、別々の方向へ飛んでいった。 人海戦術。数の多い組織はこういうことが出来るから便利だ。 口頭で今の状況を伝え、この混乱を少しでも収めようというわけだ。シャマルは、とりあえずクロノの後ろについていく。 「…どうしましょうかね、正直今の皆さんに背中を預かる気にはなりませんし…」 ぼそりとシャマルが呟く。 彼女の能力は、誤解されがちだが、どちらかといえばその頭脳に能力の大半が傾けられている。 回復能力、偵察、索敵、補助能力など2の次でしかない。 ヴォルケンリッター参報としての能力は伊達ではない。自分たちが有利になる場所を作り出すためならばどのような能力でも彼女は習得してきた。 だが、それをももってして彼女は悩む。 ヴォルケンリッターの面子だけでなく、今現在は誰とも念話が出来ない。通信機器も使えない状況。妨害は強力だった。それはまあ、どうでもいい。 問題は彼女の能力だ。 直接戦闘に向いていない以上、彼女は誰かについていくしかない。 故にクロノについていってるのだが――それもまた、間違いのような気がしてならない。 「…けれどまあ、この程度ならば気にすることでもないですか…何時でしたか、前はもっと酷いこともありましたし」 少なくとも誰も意識を奪われていない以上、まだ戦闘余地はある。 ならば自分が出来ることを精一杯やるだけだ。 一度頬を叩き、シャマルは顔を引き締める。 夜空を埋め尽くす焔。 何処か遠くに、港が見えた。 ■□■□■ 「王機起動! “クレルコーン”! 高速移動!」 「ディバイン・バスター!」 放たれる砲撃と同時に、射撃延直線上に居る彼の姿が掻き消える。 その姿すら目で追うことが出来ない。僅かに舌打ちして、なのはは慌ててその場を動いた。 スフィアを0,2秒で放つのは未だにできないが、しかしこの5日間、彼女は武装局員やウリアと模擬戦を繰り返してきた。弱点もある程度補強してきた。常時動き回ることも、難しいことではなくなってきた。 「へ、さすがっ!」 叫びながら、彼は乗っている其れの手綱を握る。 巨大な兵器――とでも言えば良いのか。 鳥を模した巨大な兵器。彼は其れの上に乗っている。先ほどなのはの砲撃を避けたのも、単にこれの機動性能のお陰だろう。 機動兵器クレルコーン。 彼は、それをそうやって呼んでいた。 「いやぁ、全く、うちのチームでも俺でなけりゃ攻撃は避けられないだろなあ、おい、グラハットあたりなら防ぎそうだけどな」 彼は呟きながら、魔力をクレルコーンにこめていく。 それがはっきりとなのはに解るほど、彼の魔力量は膨大だ。 下手をすればなのはと同等か、あるいはクロノ並。 「…っ〜〜〜! 貴方一人に構っている暇も、無いんですけどっ!」 「ああ、厄介な連中はこうやって抑えるの――ウチの連中、こういう道具に頼らなくちゃダメだけどその分、こういう道具を与えたら強いぜ?」 彼は笑う。 なのはは焦る心を押さえつけて、杖を構える。 桜色の砲撃が放たれる。しかしそれは見事に避けられた。彼がにぃっと笑う。 「なぁーに、時空管理局と俺らとじゃ戦力が違うけどさ “虚の番犬”とあんた達じゃ、格が違うさ」 憎まれ口を叩いて、クレルコーンでなのはに突っ込んでいく彼。 その一撃は防御を切り裂くことを知っている。貫通能力、切断能力――厄介な話だ。シールドも利き辛い。バリアブレイクなどではないが、防御を殆どスルーできる。 更に機動能力も高い。正直、相手にすればこれほど厄介な相手は中々居ない。 「ディバインバスターじゃ当たらない、機動能力じゃ私じゃ絶対追い詰められない――ならっ!」 なのはは叫び、あたりにスフィアを20一度に出現させる。 これならば確かに追い詰めることも出来るだろう。もっとも、あの巨大な兵器相手にこれが何処まで通用するかは疑問だが。 「フェイトちゃんを探さないといけないんです!」 「じゃ俺落としてけよっ!」 クレルコーンが動き、なのはのスフィアが跳ねる。 速度でスフィアを弾き、急停止して再び反転する。 その軌道が異常に複雑だ。真っ直ぐ飛んできたと思えば、唐突にその軌道を下に変える。そうしてそのまま上空に上がり、再び急停止する。 攻撃を回避することだけに彼は全神経を注いでいる。それならば彼には難しい話ではないだろう。かつ、なのはが此処から逃げるつもりならばすぐさま複雑な軌跡を描き、彼女を追撃してくる。 これならば彼女だけでなく、ほかの人が混じっても相手できるだろう。 実際、数人が既に彼によって落とされている。 「他の面子に俺は任せられる、さてその際、アンタはどうする? 高町なのは――!」 挑発しながら、彼は再び逃げに回る。 否、彼ならば高町なのはを落とすことも可能だろう。実力に不足は無く、また実戦経験も恐らく高町なのはよりずっと上だ。 だというのに、彼は彼女を落とすつもりが無い。 それが不可解で、また同時に――。 異常なまでに、なのはの腹を立たせた。 “ABYSS”第八の騎士、クレルコーン搭乗者ユイッキ。 時空管理局戦技教導隊、戦技教官高町なのは。 交戦開始。 鬼、竜残り8体。 時空管理局員、人数不明。 犯罪者15チーム。残り1225名。(後方支援除く) □■□■□ 「“王機”は遠慮無しに出てくれて良いよ、フリファーは出るなよ、ホムロんところ連絡とって――ああっ! カガリビは出るなっつーの! お前明日だろ!?」 「“エンディミオ”“ABYSS”“みなしご”他お疲れー」 「あ、虚の番犬、お疲れ」 通信機を幾つも使う黒渕眼鏡の彼と、アゲハとが笑いあう。 アゲハの手には気絶した管理局員。 辺りには多くの、いわゆる司令塔の人物たちが此処には揃っていた。 「作戦順調?」 「明日の作戦決行する人たちが結構出てる、まあ大丈夫でしょ、“孤燐”のギィは今寝てる、あいつ12時間眠らないと行動できないってさ、“みなしご”も休憩中」 すらすらと説明する黒渕眼鏡の彼。 なるほど、とアゲハは頷いてその場に座り込む。 元々虚の番犬のアジトとして使っていた場所だ。現在は彼を含めて10人以上の人間が居る。寝ている人間は隣の部屋だ。 「で、そっちはどうだ? 色々交戦してるみたいだけど、良かったのか?」 「まあ、どうせ今日中に決戦はつかないでしょ、特にエルは八神はやてを殺したいわけじゃないしね、シクルドには出来れば今日中に結果を出して欲しいけど――」 「明日になったら、あれくらい仲の良い連中なら絆の復活くらいはあるか」 アゲハの言葉にメールをしながら、彼は答える。 其れを身ながら、くくく、とアゲハは僅かに苦笑する。 携帯電話を取り出しながら、アゲハは局員に目をやる。 「それで? 作戦は今の所順調だけど? 管理局は混乱中、情報を錯綜させている、何処とも通信できないようにイロのプログラムが暴れまわってる、念話妨害電波妨害も完璧、問題が?」 彼が少しだけ苦笑しながら尋ねる。 辺りに居る人物たちは念話妨害などを行ったり、暴れまわっている人物たちに司令を与えたりと忙しい。 おまけに相手の情報まで錯綜させなければならないのだ。相当無茶をしている。 其れにもかかわらず、辺りには実に楽しそうな声が広がっている。指揮も人の意気も完璧だ。 「2日もあれば相手には回復されるから、それまでにどれだけ行けるかな――催眠結界は大丈夫か?」 「平気平気、“管理局員”以外は此処にいられないはずだよ、これは3日以上持つ」 アゲハの質問に彼はやはり笑って答える。 黒渕眼鏡を外して、彼は一つため息をつく。空には月。位置は殆ど変わっていない。 交戦してから既に1時間――。 竜と鬼は1匹ずつが落とされ、残り8匹。うち、鬼が3匹の竜が5匹だ。 今日はこれで凌がなければならない。明日もまあ、似たようなものだ。アゲハは僅かに苦笑する。これ、実は相当無茶をしていないか。他の策も他の策だ。 「にしても“ホワイトラッド”が催眠結界を使えてよかったよ、隔離結界じゃどうしても住民を巻き込むからね…」 「ベルカ式の魔法で――封鎖結界だっけ? が使えればよかったんだけどね」 確かに、と呆れ気味にアゲハは答える。 催眠結界、とは文字通りの結界だ。 要するに“こういう事をするな”という命令を結界内、あるいは結界に触れたものに与える。この場合は結界内に入るな、あるいは出て行けという命令を下していた。 命令自体は弱く、そうと気づかれれば直ぐにでも結界内に入れる、というほどに殆ど役に立たない結界だが、深夜には役に立ちやすい。結構寝ている人が多いからだ。 実の所、1度張ってもあまり役に立たない結界だ。 精々役に立って、5,6時間といった所だろう。 「ま、出来ないことを愚痴ってもしょうがない」 「そういうこと、で、虚の番犬? 其れは誰なんだよ?」 「局員だよ、見れば解るだろ」 制服も着ているし、そりゃあ見れば解るに決まっている。 だがしかし、聞きたいのはそういうことではない。それくらいアゲハも解っているはずだったが、黒渕眼鏡の彼は盛大にため息をついた。 聞くのは、諦めたらしい。 「どーせやり方も違うし、口出ししません、サーセン」 「ありがと、それじゃあ此処は任せたよ、明日にはこちらの死人は覚悟しておいてくれ」 「解ってる」 端的な答えに満足したのか、アゲハは立ち上がる。 当然その手には管理局員。 そのまま彼は振り返らずに出て行った。 アゲハが出て行った後、彼はふむ、と一つ頷いた。 彼が此処に来た目的を考えてみる。 何かを考えに来たのか、状況を聞きに来たのか、あるいはあの局員を見せに来たのか。 それ以上に可能性の高い行動の候補が彼にはあったが、しかしそれはあまりにもとっぴな発想だし、何よりこの状況にそぐわない。 彼が此処に来た理由は、つまり。 「…まさかね」 彼は自らその可能性を否定する。 ありえないわけではないが、しかしその可能性はあまりにも乏しい。 「――まさか、別れをつげに来たとかはね」 まあ確かに。 この状況、何時別れを告げても可笑しくはなさそうだが――。 それはあんまりに笑えない冗談だとは思わないか。 《to be conitinued.》 |