『光の子』―Aura.―
 間奏(2)――『聞こえない声』


 負傷者多数。死者は0。
 実におかしな状況だが、だからといって笑っていられるワケではない。
 クロノ=ハラオウンは未だに念話が使えない状況をどうにも出来ず――どうにかしたいのは山々だが――走り回っていた。
 未だに暴れているのは鬼と竜が、あわせて3匹。
 そして、正体不明の骨の塊が1匹。
 巨大な背骨を軸に、さまざまな骨を継ぎ接ぎして作り上げたバケモノ。少なくともクロノの知識の中に、アレだけのバケモノは存在しない。
 多くの局員が集まっているが、連携は整っていない。だが、あれならば何れ叩き潰せるだろう。問題は無い。犯罪者群も引き上げたし、現在の所問題は無くなった。
 鬼と竜を放っておいたら悲惨なことになるだろうし、とりあえず倒しにいかなければならない。
「…どうすればいいんだろうな、こういう状況だと」
 本当にどうしたものか、とクロノは呆れ気味に呟く。
 被害は酷いものだが、死者は零。いきなり攻撃されたのだし十分に反撃する理由はあるのだが、彼らの侵攻はさっぱりしたものだ。暴れて暴れて、暴れまわってそれだけ。
 こういうケースは過去に中々同じ事例が無い。
 特に目的無く暴れまわった連中というばかりを集めたらしい。――本当、何がやりたいのだろうか。頭が痛くなってくる。
「これ、どうしたもんかな――敵も大分撤退したみたいだし、鬼と竜を中心に落としていくとしよう」
 目的を再確認するように、そして挫けそうになっている自分自身を奮い立たせるようにクロノは言う。何をすれば良いか解らない状況は、何時も辛い。
 兎に角、と彼は空に浮かぶ。
 まだ騒ぎは続いているのだ。遊んでいるわけにはいかない。敵を倒して行かなければならない。こうしている間にも被害は広がって行く。
 先ずはスフィアを用意する。
 仲間に対して攻撃するわけにも行かず、攻撃方法は自ずと限られてくる。超々広範囲の攻撃では確実に仲間を巻き込むのだから。
「使えて精々が射撃魔法…これは相当辛い状況だな」
 断言してから、鬼に向かう。
 こうなれば役に立つのは接近戦に秀でた人物たちだ。接近戦ならば他所の心配をすることなく全力で力が振るえる。
 そして、その中でも最も強い人物といえば――。
「…うおっ」
 竜が一匹、唐突に真っ二つに裂かれた。
 ――流石に驚愕に声をあげるクロノ。裂け目から血が溢れまくっていて、あたりは一瞬にして血の海になる。
 その中、真っ赤になりながらも混じりけの無い静謐さを醸し出す人物が一人。
「…シグナムか、確かに彼女なら」
 あの竜も鬼も脅威では無い。クロノは知る由も無いが、現にこれで彼女が切り伏せるのは2匹目と成る。
 となれば鬼と竜は放っておいて良い。放っておいても彼女が滅するだろう。
 問題はあの骨の怪物。
 それをどのように撃退するか。
「いっそアリサのような能力があれば楽だったな、あの化け物、“理解の範疇”には入らないが攻撃方法は十分理解できる」
 ため息と愚痴を零しながらクロノは構える。
 狙うは骨の怪物、彼は知らないが、それは“鵺”と呼ばれた大物。
 一撃にて決着をつけるべく破壊の魔法をデュランダルに装填する。
 頭蓋を割り、背骨を砕けば、流石にあの化け物とて沈黙する。
「デュランダル、いくぞ」
『Yes sir.』
 大気が鳴動する。彼の周りの魔力濃度が上がって行くのが目に見える。
 扱う魔法は射撃魔法。
 だが彼が扱うならば凡百のそれも圧倒的な代物になろう。
「カードリッジリロード、スティンガースナイプ」
『all right.』
 彼の一言と同時に、機械的な音と同時にデュランダルからカードリッジが排出され、杖の先端に蒼い光が収束する。
 曰く、蒼氷の杖、デュランダル。
 彼の者が扱い、一撃にて地平線まで凍らせたという逸話を持つ伝説の杖。
「シュートッ!」
 放たれる閃光。骨の化け物が遥か彼方、彼の存在と放たれた魔法に気づく。
“――! …………!”
 声にならない音を発し、怪物がその大腕を振るう。
 骨だけの発声器官の無い怪物。だがその防御能力は他の鬼や竜を圧倒する。生半可なスフィアや射撃魔法、砲撃魔法では傷すら与えられまい。
 それが今、彼の放つ射撃魔法を脅威と感じ取り、防御のために攻撃をした。
 局員たちを一切傷つけることなく、間をすり抜けるようにして、その一撃が怪物に突き刺さり――。
 そして、楽に弾かれた。
「…まあそうだろうな、予感はしていた」
『What?』
「あ、いや、単にアレは知性があるだろうと思っていたんだ、できる限り力をこめては成ったから防ぐだろうなとかは思ったけど」
 というか傷つくわけが無いだろうと。クロノは軽くため息をつく。
 どれだけの力を秘めようとも、その怪物に通用しないだろうということくらいはわかっていた。
 いや、不意を付けば何とか成るかもしれないが、それでもあのように攻撃をされてしまっては無効だ。アレには、どんな魔法であろうとも相討ち成すだけの力がある。
 倒すには超広範囲の砲撃魔法か、防御を上回る超絶の一撃しかあるまい。
「…もしくは連携によるダメージの蓄積、が、この状況でそれは望むべくも無いし」
『…Yes.』
 ため息をつく。デバイスも一緒に。
 まさか一匹に此処まで苦戦するとは思わなかった。流石に“闇の書”ほどの再生能力は無いが、アレには防衛プログラムには無かった“知性”がある。何が脅威かを感じ取れるだけの力があり、其れに対する防御を張る力もある。
 むやみやたらと防御魔法を使うのではなく、アレは考えて防御できる。
 其れは例えば、先ほどの彼の射撃魔法を弾いたように。
 骨の頭が、作れるはずの無い笑いを創った気がした。
「…なるほど、ここ一番厄介な相手だ
 仕方ない、巻き込むのを承知で大魔法を連発するか」
 何となく危険な発言をしながら、構えるクロノ。
 携えた魔法は広域魔法“エターナルコフィン”。問答無用で氷付けの一発。はっきり言って辺りの管理局員巻き込むこと請け合いの一発だ。
 あの化け物も流石に沈黙するだろう。というか、してくれなければ困る。
「離れろ皆! でかいのいくぞ――!」
 できる限り大きい声で叫び、彼はその魔法を開放しようと魔力を高めて行く。
「エターナル――」
 限界まで引き絞り、そして叫ぶ。
 何人かは気づいて――化け物も気づいているが――離れて行くが、流石に全ての人物が気づいているわけではない。
 それでも放つ。ためらいはあるが、これ以上、被害を広げるわけにはいかないと。
「コフィン!」
「タイトロープ!」
 え、と疑問の声を上げるまもなく――。
 クロノが魔法を放つのと同時に、彼の後ろから魔法が一つ放たれた。
 それはクロノのエターナルコフィンを楽に蹴散らし、魔法を防ごうとしていた化け物の腕に穴を開け、頭蓋を砕き体を削って行く。
 否、砕いて等いない。
 其の魔法が通って行った空間を、文字通り“削って”いった。粉砕などされていない。ピンポイントで確実に大穴を開けて行っている。
「おーい提督、幾らなんでもいきなり大魔法なんてらしくないぜー」
 余裕の声が、クロノにかけられる。
 化け物は沈黙していた。
 これが。
 これが、戦技教導隊。
 その実力。
「うぃっす、元気かい? いやしかし犯罪者連中強いねえ、ありゃ俺でもダメだ、勝てねえ勝てねえ――せめて騎士として戦えれば話は違うんだろうけど」
 ウリア=L=ゲイズレストが彼の隣に立っている。
 その手には真紅の槍。顔には皮肉気な笑み。いつもどおりのバリアジャケット。管理局員の制服の姿のままが動きやすいと、彼はバリアジャケットも局員の制服、そのままである。
「でだ、鬼と竜と変な機械相手に手間取っちまったが――結局逃げられたしな――あんたらしくないな、いきなり味方を巻き込む大魔法とは」
「…すいません、やっぱりイライラしているようです」
 ですよねー、などと気楽にウリアが笑う。
 先ほどの魔法。タイトロープ、だったかはウリアのオリジナルの魔法だろう。少なくともクロノの知識にあんな魔法は存在しない。
 射撃魔法のようにも見えたが、まさか本当に“あらゆるものを貫く”等、非常識にも程がある。
「何ですか、今の、防御も一緒に貫きました――よね?」
「いや、そうそう切り札を教えるわけには行かないが…まあ何だ、準備が5分くらいかかる絶対に防御されないって類の魔法だ、高町のスターライトブレイカーだって打ち破って見せるぜっ! まあ一部しか削れないから巻き込まれて俺が死んでおしまいですけどっ!」
 ぐっ、と思い切り親指を立てて威勢よく笑うウリア。無茶苦茶いい笑顔であるのは否定できないが、この状況でそんな笑顔をされても困る。
 ――絶対に防御されない。そんな魔法、あるわけが無いと否定しようとするが――いや、そういうわけでもないか、と考えをただした。
「ま、性質教えるなら削る魔法だな、大概の防御や打ち合いなら相手の魔法を削りきって仕舞いだ、俺の使える最大の魔法の一個」
「最大、ですか」
 最強ではないのか。あれでも。
 化け物は動かない。頭だけでなく盛大に色々と削り取られている。流石に生命活動…していたかどうかも怪しいが、行動は少なくとも、完全に停止している。
「ああ、最大クラスなら他にもあるぜ、最強は1個しかないけどな、まあ――このデバイスじゃ見せられないのが残念この上なし、俺専用ってワケじゃないしなこいつ」
「…ウリアさん、デバイス幾つも持ってるんですか?」
 おう、と簡単に頷くウリア。確かにその槍はストレージデバイスだが、デバイスをそうそう幾つも使えるものなのだろうか。
 そんな疑問が顔に浮かんだがのが見えたのか、ウリアは平然と解答する。
「いや、コツさえ掴めば割りと簡単、ストレージだったらとっかえりゃいいし、インテリジェントなら要するに双方の同意があればいける」
「…そうですかね、そんなにうまくいきますか?」
 簡単に言うウリアだが、クロノはまだ半信半疑というところだった。
 ストレージデバイスならともかく――支給品とて消耗品である――インテリジェントデバイスでは最初に“契約”という段階を踏む。
 そして、その“契約”は双方の同意があれば確かに可能だ。あるいは難やらのレアスキルにより、契約の段階をすっ飛ばせる人もいるだろう。
 しかしそうしたところで一体どうなのか。単純にいえば、デバイスが2つあるからどういうことができるのか、という疑問である。
 訓練しても2つ同時に扱えるかどうか。
「…って不可能じゃないですかっ! 2本同時に遣ってもロクに戦えませんからっ!」
「俺だってんなことはできません…これ先輩からの貰いモンだし、捨てられないんだよ未だに、先輩の魔法使えるから戦いやすいし、俺だって戦うときは一本ずつですよ」
 にやりと笑うウリア。
 ――別に、自分は出来る、などと一言も言っていないことに気づいてクロノは軽く引いた。こめかみに青筋が軽く浮かんでいるのを見て、満足そうに笑うウリア。
 そうか、要するに遊ばれていたのか。等と納得する。
「でも真面目な話、多重人格者とかならできるんじゃねえ? 1人で2つって、んーむ同時に2つの人格を浮上させられるもんかなあ」
「いや、出来ないでしょう」
「そうかねえ、世の中には居るぞ、俺の知る限り1人で最大4つのインテリジェントデバイスを扱ったバケモンが、アレが限界だなんてあの人は言ってないが」
 居たらしい。1人で幾つものデバイスを扱う人が。
 それも全部インテリジェントデバイス。それはどんな化け物なのか。4本同時に扱える等と、本当に人間なのか。
「はっはっは、実はアイツ体とか幾つもあって頭とか7つくらいあるバケモンだったんじゃねえか、今考えると――すげ替えとかやりそうでマジでこえぇ」
「…あの、その人は?」
「バロック事件で死んだ」
 特になんでもないことのように、只、端的に彼は告げる。
 バロック事件。
 ――1つのフィアドールから始まった、第97管理外世界での事件のコトだろう。クロノの知る限り其の名前を別名に冠する事件は、それしかない。
「名前はユキエ=ミナモト、ルルジの爺さんの1人娘、ああ――あの爺の娘なら、そんな規格外、ありだったんだろうな」
「ルルジ…戦技教導隊の」
「ああ、ご隠居さ、今でも発言権は持ってるし爺さん、色々と会議に呼ばれてるだろ、娘さん死んでも――容赦の無いことだ」
 くくくっ、と心底おかしそうに笑って、ウリアが空中に座り込む。
 悲しそうな所は微塵も無い。別に悲しむ所ではない。同じチームのメンバーが死ぬなど日常茶飯事だと、彼は笑っている。
 当たり前だ。そういう場所に身を置いている。
 死などまるで辛くない。聞きなれた単語だ。肩を並べて戦っている奴は、明日居なくなるなど、当たり前の話。
「まあお前らまだガキだ、最前線は大人に任せて、今はつつましくしてろ
 ――幾らなんでも、子供が死ぬのは寝覚めが悪すぎる」
「…」
 子供で無いと反論できない。
 ――其れでも、何かを言おうとして。
 クロノは、それに気づいた。
 ウリアも顔を険しくしている。
「ち、まだ動くか――!」
「…待機していた甲斐はありましたね、他の局員も離れているし」
 骨の化け物が再生したのか、動き出していた。傷自体は治っていないが、元よりおかしな化け物だ。それくらいはありだろう。後数分もすれば離れるつもりだったが、2人してここで待機していたのが功を成した。
 今が殺すときだ。
 此処で息の根を止めれば、少なくともこれ以上被害は広がらない。
 クロノが今度こそ、全力で魔力を溜めて行く。
 辺りに居る局員は少ない。死んだそれに興味を向けている暇などまるで無いからだ。その骨の化け物の周りに居るのは、極少数。
 クロノが詠唱を開始する。
 確実に、相手を凍結させる最大の魔法。
 地平線の彼方まで凍らせて見せようと、全力で魔力を杖に叩き込んでいく。
「エターナル――」
 トリガーボイスが口から漏れる。
 次の瞬間、確実に凍結されることを恐れてか、化け物が魔法陣を展開した。
 防御魔法などではない。エターナルコフィンより数段早い攻撃魔法。
 だが、恐れない。
 それに恐れは感じない。
 隣に居るのは、数々の戦場を抜けてきた、クロノですら戦慄する本物の戦士。
「――!」
 放たれる攻撃魔法。単純な砲撃魔法だが、其の威力が一級品。高町なのはにすら劣らない。
 だが、其の程度ならば。
 ハ、とクロノの横で笑う気配。
「其の程度で撃ち落せるかよ――俺をっ!」
 楽しそうに、嬉しそうに。
 目の前の敵が難敵だと解っていながらウリアが笑う。
 クロノの前に出て、それを肉体をもってして迎撃する。
 光が弾かれ、あっさりと天に向かって逸らされた。
 受け止めるのでなく、弾くでもなく、只逸らすだけ。最も単純な回避方法。しかし、この場合はそれが最も正しい。弾くほどの労力を使うわけにはいかないし、受け止めるなどもってのほかだ。彼はこれから放たれるクロノの魔法を避けなければならない。

「コフィン――!」

 同時に放たれる永遠の氷結魔法。
 放たれたそれが化け物に届き、辺りの空間ごと氷の中に閉じ込める。
 ――ウリアが簡単に射撃魔法を放ち、氷を砕いた。
 化け物も一緒に砕かれて行く。
「…いいもん持ってるぜ、提督――今は粒が揃っているし、どうだい、戦技教導隊に」
「絶対に御免です」
 笑いながらウリアの提案を断るクロノ。
 あいよ、と彼は楽しそうに空を見上げた。
「――ああ勿体ねえが、仕方ねえか――やっぱガキが死ぬより俺らが汚い仕事引き受けましょう、うんうん、大人は子供に夢を見せてやらなくちゃ」
 特になんでもないことのように、クロノを褒めながら。
 ウリアは地上本部へと戻って行く。

 侵攻再会はこれより数時間後。
 ――全員の体力回復や傷の再生も間に合わず、管理局地上本部は地獄と化す。


《to be continued.》






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