本来ならば多くの人が流れて行くはずの、時空管理局地上本部ロビー。
 エレベーターもエスカレーターも動いているというのに、そこに居るのは武装している魔法使いばかりだ。
 昨晩からの襲撃事件。未だに念話妨害は続き、通信機器類に対する電波妨害も続いている。未だに連絡網は復活しているとはいいがたいし、連携は整っていない。
 武装局員はしかし、それでも何とか侵入されやすい入り口、奇襲に対する防御を固めていた。

 そして、誰が思おう。
 これだけ厳戒に警備された場所を、正面突破しようという輩が居るなどと。

 ロビーに2人の人間が現れる。
 多くの武装局員、全員が瞬きした瞬間を狙ったとしか思えないようなタイミングで、正しくいきなりそこに現れた2人は、奇妙な生出立ちをしていた。
 片方はデバイスも何もつけていない。腕も足もやたらと細い。薄い胸板は、むしろ貧弱にすら見える。
 もう片方は、黒いスーツに身を固め、仮面をつけた剣士。瞳には憎悪しか映っていないが。持っている剣は、漆黒の両刃。
 貧弱な彼が、にぃっと笑う。
 大げさなまでに、楽しそうに。
「――!」
 武装局員が何事かと声を上げるまもなく、その頭を吹き飛ばされた。
 哄笑が辺りに響き渡る。


『光の子』―Aura.―
 第十話『7日目――“みなしご”…強行突破』


 吹き飛ばされた局員を見て、他の局員が慌てて行動を開始する。
 彼らに向かって行く者、そこから抜けだし、他の局員にこの混乱を伝えにいこうとするもの。そう行動は様々だが、彼ら2人はその行動を何一つ許さない。
 動いたのは剣士が先。向かってくる局員を、一切の予備動作なしに首を切り裂く。動いたのが見えないほどにその動作が速い。そして、貧弱そうに見える彼は笑いながら駆けて行く。
 駆ける場所は床ではない。
 駆け抜けていく場所は、壁だ。
「な――!」
「遅い遅い、魔法にしてもなんにしても予備動作が大きすぎだよなあ? いいことを教えてやる、発動までに3秒以上あったら最低500メートル離れてないと俺らに捉えられるぜ」
 まあ、無駄だけどな。
 彼はそうやってまとめて腕を振るって頭を吹き飛ばす。
 片腕を大きく振り上げながら床に降り立ち、はは、と彼は笑った。
「えーと、こっちであってんのかな? なあキジ、こっちいきゃ奥まったほうに行けんのか? ていうか中央議事堂? だっけ? までいかねーと話になんねーだろ?」
「ヴォ」
「あー、道なんてわかるわけねえよなあ、ていうかアレだ、俺らの記憶能力期待すんなっつー話だ、そんじゃあ館の借りを返すか…お、これか?」
 言いながら彼が叩いたのは、緊急警報のスイッチ。直ぐそばに消火器がある。
 局中に響いたのは、巨大なベルの音。もちろん、この状況で火事などが起きているなどとは誰も思わない。
 このベルが襲撃再開の合図だと、当たり前のように誰もが気づくだろう。
 そしてそれこそが彼らの思惑だ。
「ヴォ?」
「いーんだよっ! 久しぶりに、誰も彼も敵だっ! 館のとき見たく、自由に殺してバラせ、死体の道を創って行こうぜ!」
 はっはと笑いながら彼は堂々と、開始2分で死体だけになったロビーを後にする2人。


 “みなしご”ウツロギ、キジ、参戦。
 地上本部交戦開始。
 死者――12名。


■□■□■


 混乱の始まった管理局だが、混乱しているのは、管理局ばかりではない。
「えぇーっ!? “みなしご”、戦闘要員全員勝手にいったってー!?」
 ブラックルームでアゲハの叫び声が響き渡る。
 元々彼らは正面突破など考えていない。ちゃんとした奇策を用意していた。だというのに、それが一瞬で崩れた。無論、彼らの勝手な暴走によってである。
「うぉおおおおおおおぃ!? まだ完成してないぞこっち!」
「まだしばらくかかるなあ…昼まで時間を貰いたいんだけど」
 なにやら作っているのか、辺りから声が上がる。
 しかしそれ以上に深刻に考えているのは、“みなしご”の頭。唯一“みなしご”で考える頭を持つといわれる人物。
「それより確実に1人頭50人は死人が出る、これ、どうする? 26人だから、1300人近く死ぬ」
「うわー…仕方ない、昼間に召喚は無しだ、僕とシクルドで行くよ、イロ! おやっさんところ行って! シクルドはフェイトの守護! エルには八神の守りを固めてもらう! 後は各自、死んで欲しくない奴が居るならそこに!」
 指示を出しながらアゲハはそこを出て行く。出た場所は、市街だ。地上本部が見えるが、ここからはどう頑張っても10分かかる。
 更に地上本部から“みなしご”を止めるまでには更に5分以上。
 管理局が血に染まるには、充分に絶望的な時間である。
「ええい食事に毒でも盛っておくんだった…! シクルド! 君は飛んで行ったほうが速い! 仕方ない――アウラ、ちょっとだけ、力を借りる…!」
 再び眼帯を取るアゲハ。
 その左目の周りに、小さな魔法陣が浮かんだ。
「…僕じゃ使えて擬似までか…『レヴィア』スタンバイ、スタートっ!」
 悔しそうに臍をかんで、アゲハの姿が掻き消える。
 掻き消えたその後に、シクルドが刀を構えて現れる。
「――なんだ、随分と足が速いな、アゲハ」
 そしてぼんやりと、そんなことを呟いた。


■□■□■


「しっかしアレだ、結構簡単に入り込めるもんだなあ、正面から堂々とでだーれも文句いわねえよ」
 その文句を言うべき人物たちは悉くが肉塊に変えられている。
 実際の話、武装局員が配置されていたのはロビーばかりではない。地上本部の回りもしっかりと固められていた。それら全部を惨殺し、彼らは此処に立っている。
 武装は素手。もしくは、仮面の剣士、キジならば剣か。
「さーって、お、これデバイスだっけ? えい」
 言いながらデバイスを真っ二つに折る。
 それを床に放り出し、彼とキジは再び歩き出した。――目的など無いようにすら見えるが、現れる局員を悉く惨殺している。
「よーっし壊せる! キジ、お前でも充分いけるだろ? こうなりゃ俺が怖いのはシールドだけだな、全方位に張られたらどうしようもねーや、まあそのときは真っ向から壊すか」
 それだけを呟いて、2人は足を止めた。
 彼らの目の前に、2人が居る。片方は女性で、片方は男性。
「エル、虚の番犬としての活動はどうだ? 最近ちゃんと働いてるか?」
「真面目にやってるよ――まあ、アレはちょっと計算外なんだ、実は」
 赤い槍と、支給品のデバイス、S2Aを構えた2人。
 真紅の槍を構えているのはウリア。S2Aを構えているのは、キリエ。時空管理局戦技教導隊、そのトップ。
 時空管理局戦技教導隊のリーダーが何故ここにいるのか、その疑問に答える人物は此処にはいない。それ以前に、今この場で彼女のコトを知っているのはウリアだけである。
「適当に張ってたらすぐコレだ、相変わらず運がないな、キリエ」
「そういうな、それに計算外ならば直ぐにでもたたき出すべきだ」
「ああ、それは同意するけど、止められるのかアレ? 肉体的には最強の連中だぞ? この密閉空間じゃどうやっても勝てないと思うぜ俺は」
 呟きながら、しかしそれなりにやる気になっているのか、通路で彼らはきっちりと構え直す。
「誰だおめえら」
 そしてようやく、ウツロギが彼女らに疑問を投げかけた。
 しかし別にイライラしている様子は無い。只、こいつらは誰だろうという本当に些細な疑問から始まった質問のようだ。
「時空管理局戦技教導隊、キリエ=アルヴァニア=トワイライト」
「同上、ウリア=L=ゲイズレスト…で、虚の番犬のエル=ウィー=トワイライト、一応てめえらと同じ場所の出だ、館の作品だよ、隣のこいつもな」
「お! 同郷!? 最悪! バケモンでない同郷を殺せるなんて初めてだ! でも気分悪いことこの上なし! 同郷既に万人殺してるんだぜ!?」
 げらげら笑いながらウツロギが吼える。
 その様を見て苦笑するキリエとウリア。心なしか、キジの瞳の憎悪も僅かに薄れている。
「つーか殺すな、お陰で俺らが狩り出されてんだよ、同郷はなるべく殺したくないんだ」
「へ? ああそれは無理、だってここ館の本拠でしょー? 館を裏から操ってたのは此処じゃないかよーう、俺ら好きなように弄繰り回して何千万と殺したじゃん」
「ここじゃねえ! 上だっ! 本部だ本部! 地上本部は世界災害対策班! そんな極悪なことはしてねえよっ! あと何千万はいいすぎだっ!」
 ウリアが叫んで反論する。
 キリエの周りには既に幾重ものスフィアがセットされていた。
 犯罪者群はともかく、キリエやウリア、時空管理局の攻撃方法は大きく限定される。この室内において、彼らは大掛かりな魔法が使えない。
 彼らの強さを、キリエたちは良く知っている。倒すのならなのはが放つような砲撃魔法か、あるいは空間を圧殺する八神はやてのような魔法が必要になる。
 どちらも室内では使えない。
 仲間を巻き込む恐れがある管理局ではなおさらだ。戦場を、せめて外に移さなければどうしようもない。
「まーしかし、それもしばらくは叶わないだろうし」
「精々室内限定戦でやりますか、これ、高町とか地獄見るぜ」
「いい機会じゃないか? 私たちを誰だと思っている、時空管理局戦技教導隊、最高の戦闘員、高町には何時か虚の番犬にも入ってもらいたいねえ」
「…今回の件が終わったら解散するぞ」
「虚の番犬自体はアリーゼが居なくならない限り無くならないでしょ、それに血を見るのはいい経験だ、私が戦う理由は、仲間の血を見たくないからだからな」
 おかしなことを言いながらキリエが走る。ターゲットはウツロギ。
 それに続いて、ウリアが走った。ターゲットは当然のように、仮面の剣士キジ。
「ヴォ、オオオオオ!」
「さぁっ! いくぜぇっ!」


 “みなしご”ウツロギ、キジ。
 時空管理局戦技教導隊、キリエ=アルヴァニア。
 時空管理局戦技教導隊及び虚の番犬《End Rance》、ウリア=L=ゲイズレスト。
 交戦開始。
 死者――67名。


■□■□■


 振落された死の一撃に戦慄する。
 直前で彼女が攻撃を弾き、後ろに居る彼女から護る。
「――はん」
 ナイフを弄びながら彼は薄く笑った。よく防いだ、といわんばかりの顔。
 目の前に居るのは3人。女性が2人と、男性が1人。
 シグナムとはやて、そしてザフィーラだった。
「強いなあんた等…独りで挑むのは論外だったか、せめてそっちの男の人だけでもなんとかしないと…」
「下がって、主、ザフィーラ――主はやて、説教は又今度」
「説教中か、なら俺のコトは無視してくれ、できればそこも通してくれないか、仲間を気軽に通す感じで」
 くくく、と薄く笑いながら彼はナイフを構えなおす。
 元々押し通るつもりらしい。あっさりと通してくれないことくらいは、看破しているようだ。
「まあ、元より――敵が目の前に立って、それを見逃すなどという選択肢は無い」
 俺たちにはありえない、と続けて彼は踏み出した。
 一歩。ナイフを握る手を振り上げる。
 二歩。それを振落し、投げ飛ばす。
 三歩。その足で、駆け出した。
「っ!?」
 慌てて顔面に飛来するナイフを回避し、向かってくる彼に向かってレヴァンティンを振るう。回避しながらの一撃では鋭さは無いが、しかしレヴァンティンを侮ってはいけない。
 武器の形をしているとはいえ、デバイスだ。
『Shilde.』
 空中を滑ってた拳がシールドで止められる。その間にシグナムは体勢を立て直し、慌てて彼との距離をとった。
「ち――そのシールドは硬いな、2手…いや、3手だな、殺すには後4手、やれやれ、ウツロギならもっとスマートなんだがな…所詮、俺では一振りの鋼に過ぎんか、溢れる彩には敵うべくも無い」
 言いながら無造作に距離をつめる彼。一応のつもりなのか、足元に落ちていたナイフを拾い上げる。
「レヴァンティン」
『はい』
 シグナムの呟きと共に、彼女の武器、レヴァンティンが答える。
 攻め込んだのはシグナムが先である。踏み込み、彼に向かって剣を振るう。一撃を楽にかわし、更に続けての2撃までを回避する。そして3撃目の突き。
 それを、彼は見てから楽に回避した。
「1」
 呟きながらナイフを一閃する。首の振りでそれを回避するシグナム。
「2」
 更に呟きながらナイフを引く。それも一撃。
 ナイフとは接近戦において最も優れた武装である。
 突き出し、引く。それだけの動作で1ないし2回分の攻撃となる。単純に考えて刀や剣の2倍の回数の攻撃をこなせる。小型のものならば持ち運びにも困らないし、武装としては非常に優れている。
 彼は、それを完全に使いこなしていた。
「っ――!」
「3」
 その場で反転し、回し蹴りを放つ彼。流れるような美しい動作。
 その一撃をシグナムは防ぎ、その反動でそのままカウンターを繰り出す。剣を振るい、狙いは腕。殺すつもりは無いという意思の表れ。

 其れを見て。
 彼は。
 にやりと薄く笑った。

「――な」
「4」
 言いながら、彼は腕を犠牲にしつつ、逆側の腕で彼女の喉を狙う。
 レヴァンティンのシールドが間に合わない。完全に虚を突いた一撃。初めから狙っていたといわんばかりのタイミング。
 鈍い音が辺りに響く。
「っ!?」
 そして、引いたのは彼のほうだった。
 左手の指が、奇妙に変形している。折れているとは解るが、それ以上のことは解らない。
 右腕も半ばまで切れている。両手とも使えない状況に陥らされた。
「――…そっちのどちらかか? それともそのデバイスか?」
「俺だ」
「そうか、何にせよこれでは戦闘不能だな」
 ザフィーラの声に、彼は特に何の感慨も無くそう呟く。
 そして折れているはずの左手で、躊躇い無く己の喉を掴み、毟り取った。
「――は?」
 はやての声と共に大量の血が流れて行く。
 ぼたりぼたりと。
 変な音を立てながら、彼の体が崩れ落ちる。
「――」
 最後に彼は、嬉しそうに笑って虚空に手を伸ばす。何事かを呟いたようだが、喉を抉り取っている以上、彼の口から声が漏れることは無い。
 一部始終を見ていたはやて達が、ようやく動き出す。
「あ、え――?」
 呆然とした声を上げるはやて。
「…」
「…」
 一切の声を上げられず、構えすら解けないシグナムとザフィーラ。
 彼は、何の抵抗も無く、何の反撃も無く、只“戦えなくなった”というだけで、自殺したのだ。
 躊躇い無く、己の喉を千切りとって。
 その目にはいまや虚ろな光だけが湛えられている。
「ちょ、ちょっとまって――なんで、いきなり、死んでん?」
 震えながらはやてが虚空に向かって尋ねる。
 尋ねているそこに、やはり3人が同時に瞬きをしたタイミングでしか現れたとしか思えないように、1人の人間が居た。
 長い髪の毛。徒手空拳。やはり貧弱にすら見える全身。
 彼は、死体を見つめていた。長い髪の毛のせいで、表情はわからない。
「…戦えなくなり死んだと見るべきだな、殺されたわけじゃない、クイ」
 ぼそりと、悲しそうにでもなんでもなく呟き、その頭を踏み潰す。
 脳髄が辺りに散らばり、はやてが思わず目を背ける。シグナムがその瞳に怒りを浮かべて、彼を睨みつける。
「貴様」
「ああ…いや、儀式のようなものだから気にしないでくれ
 俺たちは元々名無しだからな、個人を示すのは唯一顔だけだ、其れが残っていると――ダメなんだ、俺たちでは、死体と認識できなくなる」
 涙の一つも流せないだろう。そうやって締めくくって、彼は一筋だけ、笑いながら涙を流した。
 そして両手を広げる。
 長い髪の毛を振り回し、彼は3人の姿をその目に映した。
「俺の名前はヒカラ、“みなしご”の戦士、理性が半分ほどしか消し飛んでいない、クイと同様、最強の成り損ない
 ――さぁはじめよう、これは弔い合戦だ、俺の仲間が死んだ理由は、お前たちにあるんだからな」
 謳うように言って、彼は笑う。
 そして彼は駆け出した。
 クイと呼ばれていた彼と同じように、嬉しそうに笑って、敵へと肉迫する。

 その表情が痛々しい。
 彼らは戦うことでしか生を見出せない。
 故に戦えなくなれば、死ぬしかない。

 それに気づくことも無く、シグナムがそれを迎え撃つ。
 ザフィーラとはやてが彼女の後ろで構え、いつでも援護できるようにと構える。
 ――はやてだけは、顔を俯けながら。


 “みなしご”ヒカラ。
 時空管理局、シグナム、ザフィーラ、はやて。
 交戦開始。


■□■□■


「う――げ」
 辺りには死体の山。その中心で大笑いしている奴が居る。
 その様相を見て、彼は素直に胃の中身を全て吐き出した。
「あ、ぎゃははははっ! サイコーじゃんあんたらっ! アレだろ!? 全員勝手に殺されに来てくれんだろ!? あはははははははははっ! また獲物だ、獲物だ獲物だっ!」
 げらげらげらと独りで哄笑しながら彼は死体を投げ飛ばす。
 クロノの足元に落ちてきたその死体は、彼と面識がある人物のものだった。
 その体の大半が抉り取られ、人としては確実に機能しない。
 クロノの後ろには、十名以上の局員が居るが、ここにある死体は既に100を超えている。真偽はともかく、クロノの目にはそうやって映る。
 だが、実際に此処に落ちている死体は50を超える。
 全て彼が殺したのだ。
 その両手だけで、全てを惨殺した。
「さぁ次はあんたらの番だ、此処、トレーニングルームって言うんだろ? 丁度いいじゃん、俺が稽古つけてやるよ、かかってきな全員でな、ひょっとしたら俺の髪の毛一筋分くらいには傷をつけられるかもよ」
 楽しそうに笑いながら死体を一つ蹴り飛ばす。血の海の中で器用に彼は立ち回る。
 実際、血とは相当滑りやすい。その中で、裸足でありながら彼は倒れるそぶりすら見せない。
 長い髪の毛に、貧弱に見える体。手足が長く、強靭には見えない。何処からどう見ても弱そうに見えない彼。
 しかしその全身に、どれだけの破壊力が秘められているのか。今は全身真っ赤に染まっている。
「天井だって走れらぁよ、この室内じゃ逃げ道なんか無いぜ――ま、それなりに広いからそれなりに戦えるかな、俺はユキノ、“みなしご”が狂いの一人、さぁダンスを踊ろうぜ、あんた等人生最後の舞踏を!」
 辺りにある死体を踏み散らしながら、彼は吼える。吼え続ける。
 周りは全て敵という状況にかかわらず、高らかに吼える。それら全て殺せると、公言して憚らない。
 クロノが素早く指示を出す。ここで確実に彼を捉えるために。
 彼が吼えて駆け出すと同時に、そこでの仕合が始まった。


 ――死者118名。


■□■□■


「…嘘だろ? こんなに…」
 震えながら彼女は呟く。
 辺りに人気は無い。彼女以外の人物は居ない。
 だが、それは決して人が居ないというわけではない。人は大勢いる。
 ただし、全て死体。
 正しく食い散らかされたような内容で、全て殺されている。
「道理で通達も何も無いわけだ…全部片端から殺されて行ったのか――」
 彼女、ヴィータはグラーフアイゼンを肩に担ぎながら呟く。
 外に居た局員は悉くが全滅。一切の対応を許されていない。ある者は頭を吹き飛ばされ、ある者は腹を食い破られている。
 どうすればこのような死体になるのか見当も付かない。
 だが、これら全てを素手でやれる奴らは確かに居る。
「…局に向かってるのは間違いなさそうだし――仕方ない。捕まってたなんて恥ずかしくていえないけど、戻らなくちゃな…」
 昨晩の戦闘、彼女は一切と言っていいほど戦闘に参加していない。
 最初に気絶させられ捉えられた。そして適当な民家に放り出され、グラーフアイゼンともども数時間放り出された。
 気づてから慌てて外に出てみればこの有様である。
「…急がなきゃ、はやて達が危ない――こいつら、殺し方にまるで躊躇が無い! はやて達じゃ絶対に勝てない! アイゼン!」
『了解――』
 慌てて空に浮かび上がり――そして、叩き落される。
 空中で受身を取り、地面への激突をギリギリで免れるものの心臓には悪い。慌てて叩き落した奴を睨みつけるヴィータ。
 刀を鞘にしまいこんだ彼は、冷ややかな目で彼女を見やる。
「…心得はあるようだな、局への最短の道はどれだ」
 漆黒の服装を整えながら、彼は無遠慮に尋ねる。
「お前、敵かっ!?」
「今は違う、名はシクルド、死人を出すつもりなど毛頭無い」
「その割にはコレは何だよ! こいつら皆、皆死んでるぞ!」
 辺りにある死体を指して、彼女は叫ぶ。確かにコレでは、説得力など皆無である。
 それらを一瞥して、彼は軽くため息をついた。あっさりと彼女に背を向ける。
「――?」
「言い争っている暇があるならあそこに向かうべきだろう、多少遠回りにはなるが仕方ない、こちらの言い分などどうせ聞かんのなら1人で向かう」
 言いながら彼は駆け出す。不毛な争いをするくらいならば、その間に一歩でも先に進むと。
 その姿を見て、慌ててヴィータも空を駆けた。
 地を這うより、当然彼女のほうが速い。あっというまに追いつき、追い抜いていく。
「おい、“みなしご”は室内において最強だ、気をつけろ夜天の騎士――昨晩は、お前あっさり寝かされていたから多少不安だ」
「っ!? 見てたのかっ!?」
「…まあ、テスタロッサとの戦闘が思ったより笑えなくてな」
 律儀に答えながら、彼はふと足を止める。
 目を細めて路地裏を眺め、少しだけ笑った。足を止めたのを見て、ヴィータも思わず停止する。
「――案内してもらうつもりだったが、気が変わった、さっさと行った方が良いぞ、お前の主にもとにな」
「…? 何なんだ、さっきから」
 シクルドが裏路地へと消えるのを確認して、ヴィータは怪訝な顔をしながら飛んで行く。
 そして響く派手な金属音。
 鋭い斬撃が跳び、家が一見切り倒される。
「な――!?」
 煙を上げながら倒れていく家。その煙の中から3つの影が現れる。
 1つは当然黒い剣士シクルド。
 そして、残る2つは、少なくともヴィータがこれまで見たことも無いモノだった。
「な、何だアレ!?」
「ち、アゲハとイロか、既に儀式を始めていやがったと見える」
 見た目は少なくとも人に見える。全身にちりばめられたパーツは全て人のそれだ。
 だが、それが人であるかと聞かれたら間違いなくヴィータはノーと答えるだろう。
 1体目は頭と思われるところには腕があり、口が人で言う腹の部位にある。目が掌の中にあるのは何かの嫌がらせとしか思えない。2体目は、頭はちゃんとその場所にあるが、両目が右肩に、更に全身に口が付いている。
 更にその姿は土気色。これで人であるというほうがどうかしている。
「…左方だ、イグジス」
 シクルドの呟きと同時に剣が振るわれる。躊躇い無く頭――あるのは手だが――を切り裂き、そして2体目の一撃を左半身に受けて地面に落下した。
 受身も取らずにまともに地面に直撃し、そしてすぐさま起き上がるシクルド。ダメージらしきダメージは無いのか、躊躇い無く2体目の胴と首を切り離す。
「ち、第一鎧までは使うか、強いなこいつら」
「“ノーバディ”って奴だな、名前無いほうがある奴良い強いなんざぁざらにあるぜシクルドよ」
「知っている、名を上げるまではその強さなんてものは伝わってこない、だから情報自体は実に疎かだ、その辺はブラフを利用するべきだな」
 1人2役を演じるように喋りながら、彼は鞘で相手を殴りつける。
 人型をしている分は戦いやすい。頭と胴を切り離したくらいでは、死なないらしいが。
 鞘を投げ捨て、彼は少しだけ笑う。ヴィータは只空中でその戦いを凝視していた。――どちらに味方すれば良いか解らないらしい。
「お、おいなんだよこいつら!?」
「まだいたのかお前、ええいできれば見られたくないが――出し惜しみしては敗北は免れないか」
 素早く3回斬る。1体目の四肢がばらばらになるが、その間に2匹目の殴られ地面にたたきつけられる。
 地面が割れるほどの衝撃。しかしそれにもかかわらず、彼は余裕で立ち上がった。
 その左腕が真っ赤に染まっている。一瞬血で左腕が染まっているのかと思ったが、しかし違うことは直ぐにわかる。
「イグジス、第一鎧」
 左腕から肩にかけ、更に左頬までその真紅の“何か”は侵食している。
 見た目があまり頑丈そうではないのだが、衝撃から護っていることは間違いないだろう。
「お、お前それ、何だ?」
「…答える必要は無いが、俺がフェイトを殺す理由になった代物、貴様らの言うロストロギア、俺たちは平和に暮らしていただけなのにな」
 自嘲気味に笑いながら、彼は跳ねる。
 片腕で刀を振るい、その体を分断する。更に左腕で半身をふっとばし、空中で足場を蹴り片方をばらばらにする。
 そこまでやって、彼はようやく民家の屋根で動きを止める。
「イグジス、鎧解除、調べたいことがあるから俺はもう少し此処に残るぞ」
「いいのかい? 殺されちまうかもしれねえぞ」
「――それはそれで困るな、だがまあ、そこは管理局に対応してもらおう、おい夜天の騎士! 昨晩、誰か死んだか!?」
 刀をしまいこみ、独り芝居をしながら彼は唐突に大声を上げる。
「え、いや、しらねぇけど…」
「ああ、そらそうだ」
 座り込み、切り裂いたパーツを集めていくシクルド。手が汚れることなど気に止めてもいない。そしてそれらを悪戦苦闘しながら一つの形にする。
 出来上がったのは、不出来ながらも2つの人型。それも完全な代物。目や口を含め、全て数が揃っている。
「こんなところか――」
「な、何なんだよ、其れ…」
「人だ、死んでいるがな、死体を継ぎ接ぎしてあんな“形”だけの何かを作り上げたんだろう」
 その形になったそれをそのまま放置して、彼は管理局を見上げる。
 ヴィータはまだその死体――いや、そう呼ぶのもおこがましい様な何かに向かって絶句しているばかりだ。
「…夜天の騎士、さっさと行け、ノーバディの相手よりは生身の人間のほうが幾分かマシだろう? それに今はこいつらも数は表れない…ん、多少カタチが足りないな、此処だけは持っていかれたのか…」
「今はって、ことは後から現れるんだな、こいつら――知ってるんだろ!? 何なんだよコレ!」
「言ってる場合か、今現在だけを問うならば中ではもっと悲惨なことが起きてるのは間違いない、お前の主が死ぬぞ」
 さっさと行けと、一切何も語らずにシクルドは駆け出す。方向は間違いなく管理局地上本部。彼も向かっている場所は、ヴィータと変わりない。
 だからヴィータは彼を先導するように飛ぶ。味方ではないが今だけは敵では無いと、彼女は判断した。
「おい、さっきのなんだよ! 答えろ! アレはヤバイだろ!? どう考えても、アレはヤバイ!」
「一目見て気づいたか、その辺は流石だ――最低でも3分ある、答えてやるよ」
 くく、と少しだけ自嘲気味に笑いながら、シクルドは語りだす。
 ここでヴィータと彼がであったのも何かの縁。

「アレはアウラの成り損ない、人類究極の残りカス
 ――アウラと呼ばれた黄昏の館の最高傑作、それを復活させる際にいらなくなったパーツだよ」


《to be continued.》






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