一番辛いことって何だと思う?
 ああ、そうしてまた。
 この悪夢を見る。


『光の子』―Aura.―


 兎に角そこは地獄だった。
 辺りには血の海。その中にたたずむのは1つの影。
 そして彼の目の前には、誰かが立って必死になって応戦している。
「やるねぇおにぃさん、正直此処まで持つとは思わなかったぜ」
 ひひひ。
 笑いながら、彼はその血にまみれた全身を一度大きく回転させる。血飛沫が、辺りに派手に飛び散った。血の海の中に吸い込まれ、消えていく。
 血を吸った髪の毛も、血を吸った全身も、やたらと重くて動きづらそうなのに、彼は平然と笑って動いていた。
 此処、時空管理局地上本部訓練場で動いている影は、彼と残り1人。
 最初ここに入ったときは、彼を含めて20人以上の局員がいた。
 それらが全て全滅。
 相手は素手。只の人間に過ぎない。魔法の『ま』の字も知らないようなド素人。だというのに、圧倒された。
 スフィアを放てば軽く避けられ、バインドをかけようとすればかけるその直前で殺される。発動してからのタイムラグでバラバラにされるのだ。
 あらゆる魔法が発動し、効果を発動するまで凡そ1秒から2秒半。チャージタイムを除いてもそれほどのタイムラグがあれば、彼らにしてみれば大した脅威ではないのか、余裕で避けて惨殺している。
 狂気はその全身。腕をひとたび振るえば、頭であろうが体であろうが粉砕し両断した。
 残った局員は、彼、クロノだけだ。
「さぁてそろそろ殺されてもらっていいかい? ぶっちゃけた話、あんたは見込みあるよなあ、でも残念、俺らに勝つつもりだったらせめて1万人程度は連れて来なくちゃ」
「…そんなにそろえられるか、第一」
 そんなにはいらない。クロノはその言葉を飲み込んで呪文を詠唱する。
 ん、と不思議そうな顔をする彼。多少疑問符を浮かべているその顔が、ややこの場にそぐわない。
 彼は、本当に只の“日常”としてこの場所にいることを示す顔だ。この惨劇の中が日常だというのなら、彼が果たしてどんな場所で生きてきたか解ろうというモノである。
「…まあちょっとならまってやるけどさー
 おにーさん、魔法俺には通じないって解らなかった? かの連弾魔法、大アルカナの天候魔法ですら無視するんだぜ俺ら、でも雷は避けらんなくて1人死んだ、いややっぱり光の速度は避けられなかったんだよ」
 クロノの周りに浮かぶスフィアを見ながら、彼はへらへらと笑う。本来ならば無視できるはずの無いそれらを、しかし彼は容易く回避できる。既に其れは証明された。室内であることを差し引いても100近いスフィア全てを彼は回避している。
 当たれば無傷ではすまないが、単純な話、当たらなければ無傷である。
「おいおい、おにーさんそれじゃ無理だろ? 何、俺を倒す秘策でもあるのかい?」
「…」
 彼の軽口にクロノは答えない。
 あるといえばある。だが、それが果たして何処までうまく行くものか解らない。急に無口になったクロノに何か感じたのか、彼は大きくため息をつく。
 だがしかし誰もいなくなり、遠慮なく魔法が使えるのならば確実に勝機はある。――単純に話、彼の実力にはまともな局員では付いてこれない。普段は彼が其れに合わせているのだが、それでは“みなしご”には叶わない。
「ま、いいや、俺が飽きるのが速いかおにーさんが俺を倒すのが速いか、だ、いいぜ勝負しよう、この惨状の中只1人残ったおにーさん、名前は?」
「…クロノ、ハラオウン」
 自分の名前を名乗りながら勝つ算段を立てる。
 ――勝率は良くて、3割という所。彼の肉体能力にはそれだけの力があった。壁を平然と駆け抜け、デバイスを叩き割る。人の体を吹き飛ばし、尚傷つかないその全身。
 辺りにある死体の中には、平然と頭がなくなっているものもある。
「俺は…えーっと、忘れた! レイでいいや、ふと思いついた名前だし」
「自分の名前に愛着が無いのか、お前は」
「あるわけねーだろ、名前なんか記号として扱わないと俺らの場合やってけねーんですよ、そうでなきゃ忘れることだって出来やしない、あんたたちと違って忘れてやらなくちゃ不幸なの、ずっと覚えてることも選択できたけど、やっぱり無理」
 よく解らないことを言いながら、それでも駆け出す彼にあわさずにはいられないクロノ。只の1秒、油断すれば即死に繋がる。
 この敵を目の前にして余所見などと、無謀な行為に他ならない。
 クロノは上半身をのけぞらせ、かつ後ろに跳ぶことで最初の右腕の一撃を回避した。同時に放たれるスフィアの群。その数実に12。1秒で撃ち放ったそれらを、しかしレイと名乗った彼は横っ飛びに回避する。
 しかしスフィアはそれで終わりではない。クロノは慌てることなくそれを繰り、レイに向かわせる。は、とレイが笑い軽く床を足で数回小突く。トントンとリズムを図るようにして、スフィアをすべて視界に納める。
 先ず身を引く。スフィア1発それを其れで回避、次に前に飛び、2発目を回避。右に一歩体をずらし、3,4発目を同時に回避。長い髪を振り乱しながら、しかし1発もスフィアに当たらない。
 踊るように、笑えるくらいに体を曲げて彼は攻撃全てを回避する。誘導弾だというのに全て回避されているのはどういうことなのか。
「だが、それでいい」
 ぼそりとクロノは呟きながら次の魔法を準備する。レイとの距離を充分とって――と言っても彼らは平然と100メートルを数秒でつめてくるが――次の魔法を準備する。
 元々は高町なのはの戦術だ。誘導弾のスフィアで時間を稼ぎ、その間に大魔法の準備をする。彼女はこの方法で多くの敵を落としてきた。クロノはその戦闘記録を、全てとはいえないが見ている。
 今まさにスフィアが1発1発丁寧に叩き落されているのを見ながら、クロノはなのはの戦闘記録を思い出す。
「かといって彼女のような魔法は使えない」
 呟きながら彼はデバイスに魔力をこめる。
 あと一つ。トリガーヴォイスを彼がつむぐことで、魔法は完成し発動する。
 残りはタイミングだ。彼に当てる絶対のタイミングを計り、そこで魔法を発動させる。脳内では逃げろという警報が鳴りっぱなしだが、此処で逃げるわけにはいかないと鋼の意思でねじ伏せる。
 ぶっちゃけた話、逃げ出したい。100回やれば確実に99回は確実に彼に敗北を喫するだろう。だが、たったの1回でも彼には勝つことが出来る。
 その可能性が残されている以上、クロノの中に逃げ出すという選択肢は無かった。
 スフィアが全て叩き落される。彼は無傷。恐ろしく単純な話だが、辺りの局員の死骸を盾に全て防いだ。用無しになった死骸を放り出し、レイが駆け出す。
「《ルーの長い右腕》」
 クロノがトリガーヴォイスをつむぐ。発動するためにはまだ一言足りないが、次の一言だけならば1秒もかからずにいえる。
 一撃必殺。彼を倒すために、ちまちました技では倒せないことは証明済みだ。ならば彼らとの戦闘に最も向いているのは高町なのはということになる。本来ならばクロノは彼独自の戦闘スタイルを持っているが、そのスタイルでは彼らに勝てない。
 故に、彼は高町なのはの戦い方にシフトした。
 彼女ほどの放出量は稼げないが、倒すだけならばそれで充分。
 レイがクロノに飛び掛る。一撃を喰らうことを覚悟してクロノも前に飛びながら、最後の一言を叫ぶ。
「ブリューナグ!」
「うっだらぁああああああああああああああああああ!」
 畏れずに突っ込んでくるレイ。同時に放たれる5本の光。本来ならば5つの光は同時に5対の敵を吹き飛ばすのだが、しかし今の対象は1体だけ。目の前にいる、レイだけである。
「っ!? っておわっ!? これ全然楽に避けられ――! ってこっちに来る! こっち来ますよ!? 誘導弾!? でもそれ無駄だってもう解ってんだろ!」
「いや、無駄じゃない、放った後その魔法に僕は関与しない、対象を定めればそれは自動に動く、なら、僕は次の魔法を用意する!」
 再びその手に持つデュランダルに魔力をこめなおす。
 人が多いうちには使えない大魔法の類。彼が殺さなければ、クロノは出て行ってもらうつもりでいた。指示を出す前に全滅させられたが。
「凍りつけ! デュランダル! 氷河の魔剣、ブレースヴェルグ!」
《了解、マスター!》
 放たれた蒼い光弾が彼の死角から迫る。直前でレイが気づき、思い切り歯を噛み、ギリギリで身を捻る。避けきれず左腕に直撃した。
 だが、この魔弾は掠れば確実に相手を凍らせる魔法。クロノの持つ対人専用では恐らく最強の魔法だ。
 左腕から凍りつき始める。凄まじい勢いで肩まで侵食する。これで死ぬことは無い。ただ動きを封じるだけだ。
 クロノが勝ちを確信する。バインドでは無理でも、攻撃でなら当たることも解った。最も、コレもクロノの技量あっての話だ。だが、数をそろえればこれも夢ではなくなる。
「これで――!」
「ぎぃいいいいいいいい! あぁおおあぁああああ!」
「――は?」
 辺りに大量の血液が流れる。無論、クロノの魔法ではそんなことは起きない。
 クロノは信じられないものを目撃した。
 彼は己の腕を――。
 肩から無理矢理、もぎ取ったのだ。
「な、なぁ!?」
 当然、凍りつくのは床に落ちた彼の左腕だけ。彼の体からは血が大量に流れるが、動きは未だに封じられていない。
 瞬時呆然としてしまったクロノ。そして、其れは彼の前では致命的な隙。たとえ右腕一本だけしか残っていないとはいえ、彼にしてみればそれで充分だ。
 そして距離も充分詰まっている。2歩ほど踏み込み、右腕を全力で振るえば其れで終わりだ。
 クロノの幸運は2つ。
 1つは僅かにせよ距離があったこと。
 そしてもう1つは、彼の持つそのデバイスである。
「!?」
「はっは!」
《Shild.》
 攻撃の当たる直前、オートでシールドが張られる。シールド自体はあっさりと砕かれるが、クロノはその直前で後ろにとび、回避していた。
 ――危ない。
 後少し、後1秒もあそこに留まっていれば確実に体がなくなっていた。
 そもそもシールドが張られていなければ死んでいた。それほど彼の行動は衝撃的だったのだ。
 肩まで侵食した魔法を。
 まさか、自分の体ごと無理矢理千切り取るとは。
「ちぃっ――! クソ! デバイスがなけりゃ死んだぜ今の! ああ惜しい! 今のでこっちの勝ちがなくなっちまった!」
「は…何だ今の、お前自分で千切りとるなんて」
「ああ? …なんだよ、あのまま捕まるくらいなら自分の体一部なくしたって自由って方が良いだろ、その程度で勝利がつかめるんだ安いもんさ、っぁー、ふらふらしてきた、血ぃ流しすぎ」
 ぐるぐると己の頭を振りながらレイは愚痴る。
 その愚痴こそがクロノには信じられない。勝負に勝つために、確実に死ぬ傷を自分に負わせるその精神が、信じられない。
 相手を殺せるが確実に自分が死ぬ。しかし彼にとっては関係ない。目先の勝利こそが彼の全てなのだ。
「は、クソ、コレ確実に逝ったな――つーかダルイ、飯食いたい…」
「…あ、おい! 死ぬなよ! 勝手に死ぬな! 情状酌量の余地は無いが、しかし勝手にしなれても困るんだ!」
 慌てて倒れたレイに近寄るクロノ。その様子を見て、思わず笑うレイ。
「うーん、敵の心配してる余裕があるなんてナイス、でも近付いてきたのはミスだぜ、あんた死にたいの?」
 冷静にぐるんと腕を回し、クロノの顔に掌をつける。
 彼の握力がどれほどか知らないが、今までのどうこうとあわせて考えると尋常ではあるまい。恐らくは、人の頭を握りつぶせる程度はあるだろう。
 流石にクロノも動けない。彼がスフィアを放つより、確実にレイが握りつぶすほうが速い。
 だが、レイは笑ったままその手を外す。
「――?」
「いや、俺ら負けた奴を殺さないんだ、美学に反する
 ――なんつうか、美学が無いのは最低だ、人質なんて論外だね、媚を売るのだってしやしない、俺らの殺しには美学がなくちゃいけない」
 強え奴らの特権さ、と笑いながら彼は転がる。げらげらと、楽しそうに。
 そして一息で立ち上がり、再び座り込む。顔色が、凄まじく悪くなっていることを除けば全然変わりは無い。
 ぐるんと右腕を大きく振り上げ、クロノから距離をとり、彼は叫ぶ。クロノも彼が既に抵抗できないことが解っているのか、無理に追おうとはしない。逃げないことも解っているようだ。
「そうだ、強者の特権、美学ある戦い! 敗北にも勝利にも、そこにはやっぱり美しさがなくっちゃダメだろ、さてクロノさん、俺らの美学ってのは、コレだっ!」
 そして、振り上げた右腕をそのまま――。
 彼は、その心臓に付きたてた。
 骨を突き破り、心臓をつかみ出し、それを抜き取る。
「――な」
 これで2度目。瞬時、クロノは頭の中に空白をつくる。
 先ほどは魔法を避けるために、彼は右腕で左腕をもぎ取った。それはいいとしよう。あまりよくは無いが、しかし攻撃を回避するための最短手段であったのは間違いない。
 だが、今度はどうだ。
 これは間違いなくただの自決。
 げほ、げほと血を吐きながら、彼は自分の心臓をつかみ出す。
「いぃぃぃいいいいいいいいいいっっでえええええええええええ!」
 叫びながらのた打ち回る。自分の心臓が外に出ているというのに何という暢気な振る舞い。ごろごろと好きなように床を転がる。
 息を切らしながら立ち上がり、自分の心臓を眺め、凶悪に笑う。
「コレが俺たちの矜持! 誰にも俺たちの死は邪魔させねえ、敗北したなら大人しく死ぬ、そうやって俺たちは――殺してきた、敗北者を何千万と、殺してきた」
「…」
「敗者にだって生きる権利はあるのに俺たちは遠慮なく奪ってきた、だから最初っから決めてるのさ、俺たちが死ぬのは絶対に自分たちの手で、それがどれだけ傷ついていても、最後まで誇りを傷つけるなと――!」
 約束した、と言いながら彼は倒れこむ。
 先ほどのように死の直前の倒れ方。しかし今度は、更に其れが深い。心臓は外に出ていて動かない。既に頭の半分も、働いていないだろう。
「な、それがどうやったら自殺に繋がる! クソ、治療魔法なんてロクなの揃ってない――!」
「あ、クソ――だ、ダカラホコリ、コレは矜持、ダッテウシナエナイ、俺ガ、俺を殺さなくて、ダレガ俺ノ殺した分ヲ、ヲヲ、背負ウ? 俺シカセオエナイ、カラ、アッチ逝っタ、逝ったらマタコロサレルだけ、其れが最後のホコリ、俺たちを許さなくてもいい、から…」
 最後まで俺を殺し続けろ。
 そう言いながら心臓を握りつぶし、凶悪な笑みを持ったままに彼は逝く。
 コレまで殺してきた分を全て背負って、彼は死んだ。
 生きている間は殺し続け、死んでいる間は殺され続ける。それが自分の誇りだと、彼は笑って逝ったのだ。
「…」
 クロノは呆然としたまま、動けない。
 彼が行った魔法で捉えることが出来なかった奴を相手に、彼は思わずした唇を噛む。
 捕らえられた――相手なのだ。
「…クソ、何で勝手に死ねる、そんな爽やかに、全部責任を持っていくと笑いながら! ふざけるなそんなのは責任を取ってないのと一緒だ…!」
 床をたたきながら、彼の死体を睨みつける。
 これは責任を取っているのではないと、これは只逃げているだけだとクロノは吼える。
 乱暴な足取りで部屋を出る。
 最後に、部屋の中を振り返った。
 死体の山に混じり、彼は嬉しそうに微笑んでいた。


■□■□■


 壁にたたきつけられ頭が破裂する。林檎を、みかんを握りつぶすような簡単な動作。頭を持って、壁にたたきつけただけ。果実が破裂するように辺りに血が飛び散った。
 それだけの動作。常人ならば気絶させる程度の破壊力だ。しかし、彼らにしてみればその何気ないような動作が必殺の一撃である。
 彼らにしてみれば、あらゆる動作、呼吸に至るまで全てが攻撃。
 ――辺りは血の匂いで埋っていた。
 吐き気を催すような匂いの中、震えながら彼女らは立っている。血を浴びている3人の手には、剣、杖、そして指輪がそれぞれ収まっていた。
 シグナムとはやてとシャマル。
 そして、殺戮者の隣で片腕を抑えて蹲る男性が一人。
「…」
 それらを機械仕掛けような、無機質な瞳で見る殺戮者。
 うめき声一つ上げられず蹲る、片腕をなくした男性を一瞥し、興味なさそうに堂々と前に歩く。腕だけではない。その足も片方吹っ飛んでいて転がっている。彼は、本来ならば腕一本程度どうということは無いのに蹲っているのだが、動くことが出来ないのだ。
「ま、待て――!」
「…?」
 それでも気丈に呼び止める彼を一瞥して、疑問符を浮かべつつ。
 彼は、躊躇い無く蹴り飛ばす。0,2秒の早業。魔力によるシールドを張る間もない。壁にぶつかり、血の池の中に落ち込んだ。
 辺りには局員の死体が8つ分。――気づいて此処に来たはいいものの、何のためらいも無く彼に惨殺された死体だ。少なくともまだ死んでいない奴らはそれなりの実力があるということだろう。
「がっ!」
「ザフィーラ!」
「主、この場は退いて下さい、シャマル」
「…解ってるわ、任せて」
 背中を向けて逃げ出した所でこの場では逃げ切れない。彼らの機動力は、室内においては魔法飛行のそれすら上回る。
 ただし其れは壁が無い状態での話だ。今はシグナムという、ヴォルケンリッター最強の存在が此処にいる。彼女ならば、数秒か数分かは持つだろう。
 シグナムと殺戮者、ヒカラが交戦してから3分。ヒカラはフォワードのシグナムを狙わずに、先ずバックスを狙った。それをザフィーラが守りに入り、はやてがスフィアを放ち、シグナムが剣で彼を狙う。
 彼らのうち、はやてだけは室内では全力を発揮できない。故にはやてには下がってもらった。だが、別に其れが失敗だったわけではない。
 結論だけを言うならば、そもそも室内で彼らに戦いを挑んだことが間違いだった。
 最初にザフィーラが狙われ、足と腕を飛ばされた。シグナムも実は一度蹴り飛ばされている。今の状況を説明するならば、そういうことになる。
 そして慌てて走ってきた局員たちを、はやてたちに目もくれずに、血液だけが辺りに激しく飛ぶように惨殺した。
 こと室内殺戮において、彼らの右に出るものはいない。その証明がなされた感じだ。
「…ん、コレが使えるか…」
 唐突にシグナムに背を向けて、彼は辺りの局員の腕から骨を抜き取る。それを砕いて小粒な石程度の大きさにして、手に幾つか握りこんだ。
「…!」
≪いかん――逃げろ! シャマル!≫
 シグナムが其れを見て、何をするか理解する。後ろに目配せして、念話で慌ててシャマルに伝えるシグナム。呆然としているはやての手を取り、その場を飛行で逃げ出していく。
 だがそちらには興味が無いのか、ヒカラは両手にそれぞれ骨の石を4つずつ握りこんだ。
「――」
 無言でそれを、手から打ち出すヒカラ。一発目は予測できていたのか、シグナムは頭に向かってきた其れを首を振り回避する。
 続けて2発目。コレも回避。そして3発目を回転して避け、その反動でシグナムは一歩踏み込む。同時に放たれた4発目を手に持ったレヴァンティンで弾く。
 ぎちりと妙な音がした。指で弾いているだけの其れが恐ろしい破壊力を秘めている。
「ぐ――!」
「」
 もう一歩踏み込み、レヴァンティンを横なぎに払う。ヒカラは軽く息を吐いて、上半身だけを後ろに引く。それだけで、一撃を回避する。
 そして、左手から指弾が放たれる。
 狙いはシグナムの額。躊躇わず狙っていた其れは、予測していたのかあっさりと再び首を振って避けるシグナム。
 放たれた凶弾が1発ならば良かった。
 だが、放たれた凶弾は合計して3発。首を振って避けようとする箇所2箇所に、同時に放たれている。必中の破壊の一撃。
「っ!」
「シグナム!」
 痛恨の呻きとザフィーラの声が重なった。
 目を閉じることなくその一撃を眺め、シグナムは死を覚悟する。だがそれでもギリギリまで抵抗しようと、軽く身を引いた。その程度では避けられないと解っていながら、それでも目一杯引く。
「安心しろ、それじゃ死なん」
「え――」
 間抜けな声を上げるシグナム。直後、乾いた音が響き骨がシグナムの額を直撃した。その反動でシグナムの頭が限界まで後ろに反れる。意識が一瞬跳びそうになるのをギリギリでこらえ、目だけをいつの間にか隣に立っているヒカラに向ける。
 ヒカラがその腕を振り上げた。
 死神の鎌。振り下ろせば間違いなく死が下る。シールドが張られようが関係は無い。生半可な代物ならば、全力で振り下ろせば軽く砕ける。
「――“斬首刀”っ」
 その左腕が、振落された。


■□■□■


 息を切らして空を走る。壁を駆け抜けて平然と追ってくる何者かが居るのを背中に感じながら。相手は息も切らしていない。
 逃げるなよー、と元気に叫ぶ誰か。イメージカラーは黄色。性別は女性ということは、彼女にもわかっていた。
 通路を左に曲がり右に曲がり、ギリギリまで逃走する。管理局随一と呼ばれたその速度をもってしても相手を振り切れない上に、逃げるだけが精一杯だ。
「ちぇっ、つれないな、なーこっち走るの辛いんだよー、降りようよー」
「っ…!」
 軽口に答える余裕も無い。
 相手は何が愉しくて追いかけてきているのか。――床を奔走している局員などには目もくれず、只彼女――フェイトを追いかけている。
 どうやって壁を走っているのか、どうやって追いかけているのか、そういうのは一切解らないが、彼女はただ全力でフェイトを追いかける。
「うはは! 落ちる落ちる! とうっ!」
 笑いながら、結構危険な音がした。視線だけを後ろに投げかけるフェイト。壁が、彼女の足の形に抜けている。
 壁を破壊しながら、重力に対する足場を僅かに作りながら彼女は走っているのだ。床では局員に邪魔をされて追えない。追わなければ彼女とは戦えない。だから壁を走っている――ということなのだろう。
 無茶苦茶な理論である。
 しかしそれを実行できる肉体が、彼女にはあった。
 彼女だけではなく、“みなしご”は全員あんな感じだ。
「信じられない――! 人間ってこんなことも出来るんだ…」
 別のコトに感心しながら、兎に角ランダムに局内を飛ぶフェイト。
 少なくともこうしていれば、彼女が他の奴を相手にすることは無い。飽きることが無ければと注釈は付く。
「っと――ヤバイ雰囲気」
 いいつつ止まり、床へと降り立つ殺戮者。
 降り立ってから僅かに数秒。彼女が居た場所をスフィアが駆け抜けていく。
「あー、まあこんなもんか…」
 撃ったのは辺りに居る多量の局員だ。当たり前だが、彼らにとっても彼女は敵である。彼女も其れを忘れていたわけではないし、何時襲われてもいいようにと構えをとっていた。
 フェイトも足を止めて彼女を見下ろす。勝てる気はしない。
「足は、止まる…!」
 それでも、と彼女は叫んだ。
 バルディッシュを構えて己の感覚を全開に広げる。此処では勝てない。此処で戦ってはいけない――だが。
 此処意外で戦えないのも、また事実。
 相手の領地にもかかわらず、“みなしご”は此処でしか全性能を発揮できない。ならば彼らは此処意外では戦わないだろう。
 フェイトが軽く息をついて、はじけた。
 その速度は目に見えるようなものではない。しかし追って来ていた彼女は、大げさに其れを回避する。
 そして素晴らしく無駄の無い動きで、局員の一人を惨殺。凶器は素手。徒手空拳のその肉体こそが彼らの武器。

 様々な場所で交戦が開始される。
 そして、不利なのはやはり、“みなしご”という犯罪者群だった。


≪to be continued.≫






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