「訓練ですか、なのはさん」
「アリーゼさん?」
 時空管理局本部。既に何年前になるかも解らない会話を彼女は思い出す。
 距離をとっての射撃訓練。彼女の目の前には的。スフィアの訓練ではもう少し別の訓練をするが、威力を絞った直線型の射撃魔法訓練だ。
 今は彼女と、アリーゼ意外は誰も居ない。
 的を見ると、真ん中よりだが決して真ん中には命中していない穴が幾つも開いている。
「破壊力は出鱈目ですが、少々狙いに難があるといったところですね」
「う…ん、中々これが上手く…」
「最初は皆そんなものですよ、じゃちょっとだけコツを教えてあげますね」
 言いながらなのはの隣に立ち、腕を一本的に向けるアリーゼ。デバイスを手に持ち、いきますよ、などと暢気に言う。
 そして、威力を一点に絞った射撃魔法を打ち出す。
「はい、こんな感じです」
「――」
 絶句するなのは。それもまた当然だ。
 先ほど、アリーゼは確かになのはの隣に立っていた。
 そして今は、何時移動したのか、的の直前に立っている。
 当然のように、的の真ん中には綺麗な穴が開いていた。

 これが、今の戦技教導隊と高町なのは、その差だと思い知らされ。
 そして自分の力の使い方が見えてきた瞬間でもある。


『光の子』―Aura.―
 第十二話『7日目――追想曲《カノン》』


 息を一つつく。全身にある裂傷は数え切れないが、それくらいの損傷だ。
 高町なのは。
 彼女が戦技教導隊に入隊してから、既に数年が経過している。初めての戦技教導隊の訓練では何度死に掛けたことか解らない。食事を取られて何度飢え死にしかけたことか。少女にとってサバイバルが過ぎるのである、あの場所は。
 だが、それでも彼女は確かに強くなっていた。
 此処にある死体がその証明。――無論、彼女が殺したのではない。彼らは全部自殺だ。
 高町なのははそれをとがめたりはしない。
 止めようとしたし、捕らえようともしたが、それより彼らが死ぬのが速かった。
 死体は2つ。“みなしご”の強さを考えればこれはそれなりに異常な数である。
「…訓練室じゃなかったら、私の負けだったの」
 ぼそりと彼女は呟く。それなりの広さのある訓練室。此処でなければ負けて、恐らく死んでいたのは自分だと彼女は言う。
 冷徹な表情のまま立ち上がり、彼女はトレーニングルームを出る。
 侵攻はまだ続いているが、しかし畏れるほどのものでもない。相手の数は絶対的に少ないことに気づけば、且つ相手の能力の異様さに目を奪われなければ然程の相手ではないことに彼女は気づいていた。
 初見では確実にその能力の異様さに目を奪われる。そして殺され、次回は無い。
 しかし其れをかわすことが出来れば、実は結構楽な相手である。彼女のような魔法使いにしてみれば独壇場だ。接近されれば敗北だが、先ず接近されない手段がある。
 其れに気づいている人物も多いだろう。この侵攻はすでに失敗が決定されている。
 最も、彼らだけなら、という縛りはあるが。
「数が少なすぎるし、これだけじゃない、よね?」
『間違いなく次が予想されますが、マスター』
「うん、戦場を外に移したい、私たちの能力を全力で使うとなると外のほうが都合が良いし」
 デバイスを話しながら、彼女は飛行を開始する。
 そもそも高町なのはやその親友、フェイト=テスタロッサ、八神はやてはこういう場所では全力、真価を発揮できない。狭い場所では仲間を巻き込む。
 いや、巻き込んだところで何も問題は無い。誰かが死ぬよりは誰も死なないほうがいいに決まっている。だが、コレが彼女らとなると途端に問題になってくる。
 色々と問題を起こしてきた彼女たちだ。
 夜天の魔導書、ジュエルシード事件の禍根は未だに根を残している。特に八神はやては問題だ。
「…辛い状況なの、無茶しなければいいけど…」
『先日の件を考えると、マスター・テスタロッサは相当無茶をしそうですが』
「うん、フェイトちゃん何気に凄く気負うし」
 先日の件――無論、フェイトがなのはに攻撃した件――を思い出し、なのはは僅かに歯噛みする。あの時無理矢理にでも捕まえて置けばよかったと、今になって後悔した。
 あの状況では仕方が無かった。
 だというのに、フェイトは謝ることができないことくらい、なのはは知っている。
「急ごう、皆が危ないの――!」
 全速力で飛行する。狭い室内を、自身の能力が許す限りの高速飛行。
 彼女は再び戦場へと復帰する。

 ――最後に残ったのは死体が3つ。
 一つ増えた死体を、彼女はとうとう見る事が無かった。
 大したファクターではない。むしろ邪魔物である。
 その死体を放り出した人物は彼女の行方を見て笑った。
「――信じられない、また強くなってる、あの3人は外においては無敵だな」
 真っ青な髪の毛を揺らして、アゲハ=ウィスプ=トワイライトは笑う。
 放り出された死体は、時空管理局員のものだった。


■□■□■


 さて、高町なのは、彼女のような能力ならばともかく。
 更に状況を考えると、狭い通路の中、フェイトは相当不利な状況に追い込まれていた。
「あ、はっ――!」
 息切れしてきた。正直な話、速度が武器のフェイトにとって彼らは天敵とも言える。
 遠距離からの攻撃では広範囲のモノは使えない。彼女の武器は速度である。武器は必然的に接近戦になる。
 こと接近戦において“みなしご”を上回る奴らは居ない。
 どんな速度で、どんな角度で向かっても紙一重で避けられる。兎に角殴って、あるいは非殺傷設定の射撃魔法やスフィアで気絶させようにも当たらない。
「よーしよしよし、タイミング掴めて来た、後――2回」
 言いながら辺りに惨殺死体を作っていく彼女。
 少なくとも此処に来た局員は、フェイト意外はほぼ惨殺されている。フェイト並みの速度が無ければ近付かれ即惨殺。その身体能力には目を見張るものがある。
 だが、それだけだと一体何人が気づいただろう。
 彼らには他に何も無い。
 その肉体能力だけならば何人たりとも凌駕するが、実際にはミッドチルダという世界においては無力に等しい。
 他の世界ならばあるいは圧倒的かもしれない。だが、ここにいるのは不運としか言いようが無い。
「――」
 フェイトにはしかし、今はコレしかない。大型の砲撃魔法、通路を埋め尽くすような魔法を放てば確かに彼らは倒せる。しかし此処には局員が、仲間が多い。
 巻き込むことは出来ないのだ。――見える範囲で8割は死に体だが。
「…射撃魔法で落とせる――かな」
 当たれば、だが確実に倒せる。防御能力は皆無に近い。
 だが、スフィアでは当たらない。当たる直前で回避される。
「…」
 大した脅威ではない。――そうか、とフェイトは軽く嘆息した。
 接近さえしなければ、アレは大した脅威ではない。足を止めて、眼下の敵を見やる。強いのは確かだが、弱いのも確か。最強にして最弱の存在を。
 足を止めて、見てしまった。
 時空管理局地上本部、その通路の高さは大体10メートル。幅も同じくらいである。
 そして、フェイトと彼女との距離は凡そ11メートル。
 その程度の距離、隙を見せれば瞬時に襲ってくることを失念していなかったにもかかわらず、フェイトは足を止めてしまった。
「――あ」
「はっ!」
 気づいたときには、フェイトの居る場所まで駆け上がっている彼女。
 彼女にしてみれば、此処は箱庭。
 ほんの一瞬隙を見せれば殺せる場所。
「どっりゃあ!」
「っ!」
 思い切り振りかぶっての蹴り。防ぐが、しかしシールドでは間に合わず直撃する。
 思い切り地面にたたきつけられ、更に壁を蹴り加速した“彼女”が追い討ちをかけるように全身を振りかぶっている。
 確かにこの世界において、彼らは最弱である。
 しかし忘れてはならないのは、彼らは常にその全身が武器だ。油断は許されない。武器など無くとも、只の一呼吸で彼らは殺せるのだから。
「が、――あ」
 その姿を見て死を覚悟するフェイト。シールドなど意味もあるまい。
 それでも抵抗しようとバルディッシュを構える。目前に広がる彼女の凶器に歪んだ笑顔。

 そして響く、涼しい鍔鳴りの音。
 
「蓮華――参式」
「――か、は?」
 体が胴から真っ二つにされる。綺麗な赤い線が入ったと思った次の瞬間には、その5体がばらばらになり、あたりに散らばっていた。
 当然だが真下に居たフェイトに大量の血液が降りかかる。
「い、きゃああああああ!?」
「喚くな鬱陶しい、血液を全身から被ったくらいだ、被害など零に等しかろう」
 刀を構えながらたった今惨殺死体を作り上げた張本人が言う。
 その姿に、フェイトは見覚えがあった。漆黒の剣士。今はその刀を鞘に納めて、フェイトに背を向けている格好。切り抜けた、ということだろうか。斬ったものを通過して、フェイトに背を向けて立っている。
「ち、またノーバディの種を作ったか――自殺死体が転がっていた上にこの数」
「あれ強いもんな、どうするんだよ」
「どうしようもない、明日の被害が増すばかりだろう」
 何時ものとおり、1人2役の言い合いをしながら刀を取り出し、彼は軽く構えを取り、スフィアを弾いた。彼とて犯罪者の一員。管理局員が見逃す意味は無い。
 フェイトは未だに血まみれで呆然としているが、彼の姿を見てぼんやりと思う。
 ――助けてくれたのだろうか。
 何のためにかは解らないが、彼――シクルドは確かにフェイトを助けたのだ。
 そして彼は駆け出す。目の前には局員。後ろには誰も居ない。必然的に、彼は後ろ、フェイトの居る方向に向かって走り出す。堂々とフェイトを超えて、走っていく。
 最後にフェイトを一瞥して、軽く笑った。
 その笑みだけで、フェイトは全てを理解する。

 ――勘違いするなよ、俺が殺す。

 彼の瞳は、確かにそうやって物語っていた。そこにある感情は憎悪意外は無い。助けたなどと思い違いも甚だしい。最初から言っていたのだ。俺が殺す、と。
 憂鬱に思い切りため息をつくと、口と鼻から鉄臭い香りが入り、脳内を満たす。一瞬何事か解らず、モロに其れを見てしまった。
「…あ、う…」
 震える。今更になって全身に血を浴びた事実を思い出す。辺りに散らばっている死体を、思い出す。
 死体の中に、自分が居ることを思い出す。
 叫びだしたい気分だった。
 気持ち悪いと、叫びだしたい気分だった。
 何せ血の海を直接頭から被ったのだ。これで気分が悪くならないのは、相当な異常者だろう。
 思い切り吐く。胃の中身など何も残っていないが、何かを吐き出そうとする全身はそれでも無理矢理胃液を吐き出させた。
 そしてそのまま血の池の中に倒れこむ。
 どこかで同じ香りを嗅いだ。
 それがどこか思い出せないまま、フェイトはその意識を手放した。


■□■□■


 呼び声と振動。
 空を飛べない彼らにしてみれば、空を飛べる魔法使いは天敵に近い。空から一方的に攻撃されれば彼らに撃退する術は無いからだ。
 だが、彼は武器を持っていた。
 質量兵器などではない。投擲用の槍を、3本。
 それだけで随分と戦況が変わる。現に今八神はやては追い詰められていた。何処へ投げても、彼らの身体能力があれば回収は可能だ。同時にどんな場所にでも打ち込める。
 逃げ出した所まではよかった。だが、逃げ出した先にも敵がいた。
 幸運だったのは、彼らの攻防をはやては一度見ていたことである。それだけでも随分と状況は変わってくる。辺りの死体を蹴散らしながら、既に10分にわたる攻防を続けている。
「シールドで防ぎきれやんし、く、ぅ…!」
 ぎりぎりで投擲された槍を回避する。生半可な質量兵器など物の数ではない。確実に凌駕する。只の投擲がこれほどの破壊力を秘めているなど、考えたくもなかった。
 これが同じ人間なのか、と疑いたくなるような運動能力だ。やろうと思えば天井だって走れそうである。少なくとも壁は走れていた。
「あーっ、もう、コレ投げるの意外に疲れるんだからいい加減に当たってくれよ!」
「冗談や無いって…! あーよし、他のみな、逃げたな」
 彼の叫びに答え、辺りを見回せば既に誰もいなくなっている廊下。当然、一緒にいたシャマルも逃がした。穴だらけなのは、当然彼が投擲した槍の跡だ。
 再び槍を構えて、投げる。
 投擲するまでに要する時間はほんの数秒。先ほどまではやてのいた空間を突き抜けて天井に突き刺さる槍。どんな力で投げているのか、考えたくも無い。
 のんびり飛んでいたら、殺される。
 シールドなど何の意味もないまま突き破られて終わるだろう。
 確かに彼らは脅威ではない。しかしそれは彼らが接近戦しか出来ないからだ。遠距離攻撃も出来るとなると、話は途端に変わってくる。
 再び投擲される槍。狙いは正確。途轍もない背筋から生み出される一撃は、人類最高の投擲だ。普通にやって彼らに勝つのは先ず無理だろう。魔法というちょっとした反則能力が無ければ、先ず闘うことすら出来ない。
 アレは人間としては最強だ。
 それに関してはもはや疑いようが無い。運動性能だけを見るならば、彼らを上回る集団は存在しない。
「ふっ――!」
 呼吸音と同時に放たれる槍。洒落にならない破壊力を秘めた其れを、八神はやては何とか回避していく。床を、壁を駆けながらでも彼らの狙いは正確だ。
 性格は破綻していても、その能力だけは確か。
 どこかで同じような集団を見た。
 それが何処だったか、はやてにはイマイチ思い出せない。
「詠唱開始――」
 思い出せないまま、はやては呪文の詠唱を開始する。
 きっちり相手の動向に注意していれば、あの投擲を避けるのは難しくない。一撃一撃はちょっとしたバズーカだが、直線にしか飛ばない。
 直線しか飛ばない以上、相手をしっかり注視していれば問題などあるはずも無い。
 それがたとえ、2本同時だろうが3本同時だろうが、あまり関係はないのだ。振りかぶってからならば何処に跳ぶかは充分予測できる。その予測範囲から逃れていれば良い。
「“氷河の剣”――ブレースヴェルグ!」
「ん?」
 本来ならば超広範囲にわたる氷の魔法だが、今回は威力を抑え範囲を絞る。相手を戦闘不能にするのが第一の目的。そして、此処を破壊するわけには行かず、結果としてはやてが選んだのは氷系統の魔法である。
 その選択は正しい。状況を見ての最良の選択である。
 光の弾が放たれ、威力を相殺するためか同時に彼がそれに向かって槍を投擲する。
 だが、無駄だ。それでこの魔法は止まらない。クロノが放ったタイプとは異なるブレースヴェルグの魔法。青い光が廊下中に満ちて、辺りを氷で包んでいく。
「そういう魔法か! 畜生がっ!」
 冷静に彼が呟くと同時に、廊下全体が氷で包まれた。空気までが凍りつき、僅かだが視界を阻害する。
 威力を抑え、焦点を絞ってもこの威力。全力で放てば如何程なのか、想像に難くは無い。
 氷っていた空気が常温に触れ、晴れていく。当たり前だが氷は溶ける。床や壁が凍っているのならともかく、空気中の氷は雪と同じだ。溶けるのはそれなりに早い。
「…え?」
 間抜けな声が漏れる。そこではやてが見たのは、想像を絶する光景だった。辺りが凍っている廊下。あらゆるものが凍結された世界。そこで――。
 凍り付いていない、人影があった。白い息を吐き、堂々と立っている奴が居た。
 彼はそのまま、立っている。
 魔法の範囲が届かない位置まで逃げていた。
「は、寒っ――!」
 投擲された槍は全て凍っているため、彼の手元に残っているのは1本だけ。その1本だけを放ってもはやては仕留め切れないと知っているためか、彼はそれを投げずに背負った。
 単純に、効果範囲から外側へ逃げ出した、と解釈するべきだろう。
 槍を投擲したのは威力を相殺するためなどではなかったのだ。どういう種類の魔法か判別が付けば、彼らはそれを見てから回避できる。
 息を僅かに切らして、再び槍を投擲せんと構える彼。しかしすぐに槍の構えを外し、笑った。
「おい、アンタ、名前は」
 そのまま彼が尋ねる。ここからはやてが何を放ってもしとめられるはずだ。辺りに局員はいない。彼の身体能力がどれだけ高かろうと、辺りを埋め尽くされてはどうしようもないはずなのだが、彼は堂々と彼女に尋ねた。
 まるで、その程度では自分はしとめられないと言っているかのようだ。
「…はやて、八神、はやてや」
「八神、はやてか」
 はやても何かを感じてか、魔力を練り上げながら攻撃せず、彼の質問に答える。
 ダメだと解っている。
 彼らは殺さなければ止まらないと、直感が告げている。
「俺は黄昏の館“傑作”の一人、身体能力だけは全てを凌駕するが、他には無い、名前も今のところは仲間がつけてくれたココロという名前だけだ――故に、その名前で呼んでもらおう、俺の名前はココロ」
 無駄に長々と喋り、ココロは全身を伸ばす。
 長い髪の毛を振り乱し、凶悪に笑った。この状況、どう考えても不利だというのに優位にたっているかのように笑った。
「この槍は必ずお前に当てる、此処は引いてやるよ、良いか八神はやて、ココロ、ココロ=トワイライト、この名前を忘れるな」
 それだけを言い残して、驚異的な脚力で彼ははやての前から姿を消した。
 ――彼が優位に立っていなかったのは明白である。だというのに、はやては彼を倒せなかった。
 奇妙な話だが、次に攻撃したら絶対に倒れているのは自分だとはやては確信していた。
 ココロとはやてでは、接近戦意外、どのような状況であってもはやての優位は揺らがないはずだ。
 だというのに、先の瞬間。
「…絶対、負けとった…」
 はやては、そうやって確信していた。


■□■□■


 走る。
 息を切らせるわけでもなく、特に何かに憑かれている訳でもなく、極普通に。
「…」
「…」
 隣では犬の形態をしたザフィーラが共となっている。片足は不自由だが、しかしこうなれば走ることは出来なくも無い。4足歩行はこういう時に便利だった。
 彼女、シグナムも彼も何も喋らない。
「無言ですねえ、寂しくありませんか?」
 そして、2人の横を併走するアリーゼが気楽に声をかけた。
 その姿を尻目に、シグナムは僅かに歯噛みする。
 現れた彼女に助けられた。それは間違いは無い。だが、アリーゼに目を向けるなど出来ない。
 何時からか、忘れていた。
 たったの数年で、こうも染まるものなのか。
「――」
 己の不甲斐なさにシグナムは歯を噛む。
 横目でアリーゼを見て、先ほどの瞬間を思い出した。
 死ぬ間際、あの瞬間を。

 否。
 本気であるのなら、昔の自分であるのならば間違いなく死ななかった、あの時を。
 
=・=

 死の一撃が振落され――。
 そして、絶命した。
 振落した彼は、壁にたたきつけられそのまま死体になった。
「な、え――!?」
 床に倒れこむシグナム。無理な体勢だったため無理は無い。
 慌てて何が起こったかを確認して、大丈夫ですか、と笑いかけられた。
「どうも、お二方、でよろしいですか? 今、2人しかいませんよね?」
 確認するように尋ねて、盲目の魔術師アリーゼは人間だったものから手をどける。
 死体が床に零れ落ちた。辺りの死体と混ざり合う。
 ――何のためらいも無く、アリーゼ=クァットルは敵を殺したのだ。ぞっとした瞳で彼女を見やる2人。時空管理局の原則を彼女は惜しげもなく破った。
 本来の原則は捕らえる。
 だが、彼女は躊躇い無く殺害した。

「やだなぁなんて顔してるんですか、捕まえたって被害が広がるばかりですよう、こいつら上位系統は魔法なんて効かないんですから、館の産物が今更此処に何要なのか気になりますけどね」

 笑いながら言って、彼女は右腕の其れを構える。
 インテリジェントデバイス“ガン・ワーク”。彼女専用のインテリジェントデバイスである。拳銃の形をしているが、打ち出すのは銃弾ではない。そもそもこのデバイスに銃弾は治まっていない。
 彼女はコレで彼を殺した。
 何のためらいも無く、只一撃で。
「…あの、本当に大丈夫ですか? ひょっとして傷痛みます? 私治せませんけど、探しましょうか、シャマルさん達」
 貴方たちならそっちのほうがいいですよね、と事も無げに言う彼女は憂いなど全く感じていない。殺したことに一片の罪悪感も無い。そういう態度。
 それが信じられない。
「あの」
「――主を、探すぞ、ザフィーラ」
 アリーゼの言葉を遮ってシグナムは立ち上がる。ザフィーラは無言で、犬の形態になり何とか歩き出す。
 一瞬、一瞬だけシグナムは思ってしまったのだ。
 ――アレは、昔の私だ。私たちだ。
「念話妨害出てまーす、足で探すっきゃないですね、付き合いますよ」
 そして特に気分を害した様子も無く、アリーゼも駆け出す。
 最後に、ふとアリーゼだけ“彼”の死体のほうを振り向いた。

「…名前知りませんけどご愁傷様、館の時代もお世話になりました――そうだ、コレに乗じてキリエ殺せるかなあ、ふん、リンディは前線引いたから無理だけど…全く、永遠に仲良くなれませんねえ、私たちは」

 ぼそりと、そうやって呟いた。
 もちろん、誰も聞いてはいなかった。
 


≪to be continued.≫






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