「おーい、後どれくらいー?」 「作戦決行、本来ならば後何時間だ」 「1時間ちょっと」 「ならば、それより10分速く終わる、作業を続けるぞ、王機“ケルベロス”」 「うぃっす、お疲れさん、ナスグルドの皆様ー、後でちょっと話しー」 「解りましたぁー」 「えーっと、休憩って…ある?」 「…構わんが、お前達の魔法は貴重だ、ケルベロスにこれ以上負担をかけたら俺まで死ぬが?」「クリムゾンファミリー誰か代わってくれー、そろそろきつくなってきたー」 「あ、俺行くよ」 「お茶ー、休憩する人は魔力回復用のアイテムあるよー」 「ありがたいー!」 「よーっし、この調子なら作戦決行いけるな、管理局、目にモノ見せてやんぜぇっ!」 「それまで“みなしご”が持てばいいが…あ、そういや空からも行ってんだ、5型魔法と7型魔法準備中、撃てば管理局の中枢に穴が開く」 「凶悪だなあ、おい――撃て、作成完了次第で、いい」 「いや言われなくても大丈夫、そういってあるから、念話妨害、まだ続いてるし」 『光の子』―Aura.― 第十三話『7日目――釜の底より出者』 死体を蹴り飛ばして彼は盛大にため息をついた。 辺りにはまだ多くの局員がいる。そして彼の周りには50を超える死体の数。――当然のように武装は徒手空拳。 通路という狭い空間において、彼らは無類の力を発揮する。 軽く伸びをして、局員たちを睨むと、彼らは怯えるように後ずさる。其れを見て笑い、彼は再び駆け出した。 此処に特に特筆すべき事項は無い。 彼は“みなしご”の中ではそれなりにノーマルの能力持ちであり、またその能力は特異な物では決してないのだ。只の身体能力の超特化。それが“みなしご”である。 多量のスフィアと射撃魔法、そして砲撃魔法が放たれる。射撃魔法とスフィアは当たる直前で身をひねり、砲撃魔法はその場から横にとび、壁を駆け天井にまで到達することで回避した。そのまま落下してくる。骨や筋肉に異常はないのか、平然と再び駆ける。 なんというか、出鱈目である。 これが本当に同じ人間かと疑いたくなる。 だが、彼らは間違いなく人間だ。魔法も無しにここまで動けるものかと否定したくなる気持ちはわからないでもないが、決して薬品など使っていない。 「きぃ――かはははっ!」 奇妙な笑い声を上げて、局員たちの真っ只中に入る彼。 魔法を使っていないのは疑いようがないが、それでも奇妙だ。 何故、此処まで動けるのか一切解らない。 その両腕を振るう。暴君の大鎌。あるいは台風。あっという間に辺りの局員が血の花を噴出し散らしていく。 そして、多くは絶命した。 運よく生き残った者も、その腕を正しく“喰われて”いた。同じ腕なのに、魔法で一切の強化を行っていない只の腕がバリアジャケットすら突き破って食い破る。 「は――これで、62っ!」 言いながら撃たれたスフィアを回避する。体を横に滑らせ、正面に走り、更に再び一歩横に動く。恐ろしく無駄の無い動き。弱点といえば其れが弱点だが、しかしスフィアが当たる前に、大概は絶命する。 バインドをかけようとして、拘束するまでの僅かな時間でその頭を粉砕された。 辺りの死体を盾に射撃を防ぐ。蹴り飛ばし内臓を潰す。腹を抉り殺していく。口から漏れる声は死ね、死ね、と憎悪に満ちたもの。その顔が歓喜に歪んでいるためか、ややアンバランスだ。 それから僅かに数分。 辺りは血の赤一色に染まっていた。 「あー、これで、100…と3くらいか」 軽く息を切らしながら、リアルに血の雨を降らせる彼。 その血の池に、侵入してくる影があった。視界に捕らえなくても気配でわかる。 「…お?」 にぃっと笑う彼。白いバリアジャケットに身を包む相手。 どう見ても管理局員だが――彼は、僅かに顔を顰める。 「なんだ、ガキか、流石に殺すのは寝覚めが悪ぃし――っとまて、お前、生き残ってんのか、こんなか、今まで一度も遭遇しなかっただけか? 場合によっちゃ見逃すぞ」 「いいえ」 杖、レイジングハートを構えた彼女、高町なのはは彼の妄言に律儀に答えた。 その瞳には彼しか写っていない。 辺りの死体に目をやって、その瞬間に殺されるわけには行かないと、彼女は武器を構える。 「…は、きはははは、ぎゃはははっ! マジ!? マジかよオイっ! こんなガキが生き残ってんの!? すげぇっ! アンタ強いんだな、いいぜ力での真っ向勝負、どうせ俺たちにはソレしかない――!」 腕を振り、彼は笑う。辺りに血しぶきを飛ばし、血の池に僅かな波紋を作った。 武装は皆無。元々“みなしご”は武装などしないのだろう。 なのはは一切目を逸らさない。この程度の距離、僅かな空白、一瞬の隙で殺されることくらい彼女は知っている。 彼が動いた。 そう思った瞬間には、既になのはの目前に迫っている。 「レイジングハート!」 『イエス、マスター!』 同時になのはも溜めていた魔力を開放する。シールドでは意味が無い。ならば攻撃するだけだ。放たれたのは射撃魔法。同時に彼女は正面に飛び上がり、空を走る。 最短の動作で避けていた彼は、同じく最短の動作で先ほどまでなのはのいた場所を攻撃していた。当たればただではすまない。 床を派手に滑りながら、しかし同じようになのはから目を離さない彼。 「きき――!」 奇妙に笑い、血の池の中彼は滑らずに駆け出す。 そしてなのはが無言でアクセルシューターを放ち、合計して12発、全て彼に向かわせる。だがスフィアでは彼はしとめられない。数を多くしてスフィアが当たるのならば、先ほど局員が50人以上居た時に既に当たっていた。 弾丸の雨を全て回避する。同時に放たれる射撃魔法。それも回避。床に四肢を付き、少しだけ滑る。 「ディバイン――」 「お?」 見計らっていたかのようになのはがそれを放つ。 彼女がもっとも得意とする砲撃魔法。この狭い通路では、放たれればほぼ確実に相手を射止める一撃。 「バスター!」 その一撃が放たれ、辺りを破壊していくかのごとく通路を埋め尽くす。同時に其れは相手をしとめた瞬間でもあった。 光が晴れる。 「…」 そしてなのはが杖を持っていないほう、左に目をやる。同時にそこにシールドを張った。彼の腕が、たたきつけられる。 恐ろしくクレバーだ。この一撃を予想していたのだろう。地面に降り立った彼は、は、と思い切り息をつく。 「はっ、はっ、今のは焦った…! こ、こいつらだって一応の手加減はしてたのにあんたまるで加減なしか! 非殺傷設定なんて意味ねえなオイ…!」 はははと笑いながら彼はその場で立っている。 どのように避けたかなどなのははまるで興味は無いのか、視線は彼だけを向いている。 ――死体の数が減っていたことに余り興味は無いらしい。 単純に彼は辺りの死体に潜ってなのはの砲撃魔法に対する盾にした。 遮るものがあれば一応の盾にはなる。そしてそのまま突き進み、壁を駆け上がってなのはに攻撃した。 「――何だかなあ、嫌に冷静じゃないか、アンタ?」 「…本当、何でだろうと自分でも思うの」 彼の軽口に、なのはは思わず口を開く。 なぜか。 なぜか此処に来てから、自分が恐ろしいくらいに冷静になっていた。 それを恐ろしいとは感じない。この戦局を覆すことだけが頭の中にある。ならば――それで、いい。少なくともなのははそうやって肯定した。今は余計なことを考えているときではない。油断すれば死ぬ相手だ。 彼が再び駆け出す。 恐らくは敗北することを解っていながら、彼は再びなのはへと向かった。 真っ向勝負しか無い。逃げられれば追うしかない。相手に有利な場所でも、戦うことしか出来ない。 “みなしご”という犯罪者集団。酷く強く、同時に酷く脆い、集団である。 時空管理局戦技教導隊、高町なのは。 “みなしご”、エイム。 ――交戦開始。 ■□■□■ 同時刻、管理局外部。辺りには死体が転がっている。 最初、殺された局員を含めて凡そ2000名以上の局員が居た。 そして今は、200名にわたる相手と交戦を開始している。流石に外を守らないなどという愚は犯さない。その辺りは日々の訓練の賜物と言うか、さすがというか悩むべき所だ。それでも、地上に居た彼らは“みなしご”に、何の連絡をよこすことも無く殺されたが。 そしてその空に浮かぶ、合計して12人の魔法使い。交戦せずに、なにやら5人と7人でそれぞれ陣を敷いている。 「5型魔法セットアップ完了!」 「“みなしご”の奴ら勝手に暴れまわりやがって――その鬱憤、遠慮なく晴らせ! 5型直進魔法“竜≪ファフニール≫の咆哮”」 リーダー格らしき人物の一声と同時に辺りに散る陣が一つにまとまっていく。 5つの巨大な魔法陣の中心に彼が立つ。辺りに散る濃厚な魔力。感知するまでも無く、魔力の無い人物にすら感知できるような空気の鳴動。 「我が名は来駕! いくぜ野郎共! 調子こいた管理局とこっちに迷惑かけた“みなしご”に全力でぶっ放せ! 五型直進魔法“竜の咆哮”、撃てぇっ!」 彼、来駕が魔法陣の中心を叩くと同時にそこから一匹の巨大な竜が現れる。 それが吼え、それ自体は散り粒子となっていく。だが、吼えたその跡は残っていた。 あらゆる砲撃魔法とてこれには太刀打ちできまい。延直線上にいた人物は敵味方含め全て落ち、管理局中枢に直撃する。 巨大な破壊を撒き散らす大型砲撃魔法。戦艦の放つそれにすら匹敵するような威力。管理局中央議事堂に着弾し、巨大な穴を開ける。 これぞ“竜の咆哮”。犯罪者軍“孤燐”が最も得意とする連携魔法の一角であり、最も弱い連携魔法である。 連携魔法は多人数で放つ同時砲撃魔法を取りまとめたものである。単純に言えばそうだが、これを昇華させ、威力を圧倒的に高めたのが彼らだ。同時に砲撃魔法を放つだけでなく、それぞれの魔力を掛け合わせるのが彼らの力の使い方。 その威力は、5人で放つ単純5型魔法、“竜の咆哮”ですら通常の魔法使い10人以上が同時に放つ砲撃魔法以上の威力がある。しかしその威力のためか、放つ前の大体3分から5分、彼らは魔力を調和させるために動くことが出来ない。 魔力を調和させ、1つに練り上げその威力を作り上げるのだ。ばらばらの魔法ではなく5人で1つの魔法を作り上げる超大型魔法。コレが“孤燐”の強さの秘密だった。 「次! 装填開始! 5型魔法連中は辺りに敵を近づけるな! さぁて今度は個人プレーだ、全員落とすぞ…!」 「あー落ち着いてくださいな来駕殿、こちらが落ちては元も子もない、あちらは1000人落ちても痛手ではないがこちらは100人落ちれば痛手なんだ」 先ほど何の遠慮も無く超大型砲撃魔法を放った人物の台詞ではない。どう考えても。 どれだけ落ちたか被害はわからないが、中央議事堂にまで穴が開いているのだ。被害は甚大であるのは疑いようが無い。敵も味方も、どちらもだ。 しかし彼の言葉を来駕は素直に受け止めて、皮肉気に笑う。 「は――しっかしうちの連中はどうしたんだよ、さっきから姿をみねーが」 「え? ああ…いや、ウチの群が時間にルーズなのは今に始まったことじゃないですが、12人が時間ぴったりにそろったのも意外なくらいです」 言い合いながら、その間にふと視線をずらせば辺りには局員が大量にいる。いつの間にかそろっていた上に、包囲されていた。 先ほどの超大型魔法で流石にマークされている。12人に対して相手は300名強。明らかにやりすぎな戦力。絶望的な戦力差と言って間違いない。何せ12人のウチ7人は連携魔法を使うために動けないのだ。 一人頭60人。 “みなしご”のように室内限定での戦闘で、且つ自分たちは全力を発揮でき、相手の戦力を封じれるという特殊な状況ならともかく、通常ならばコレは圧倒的戦力差だ。1対2でも大抵は敗北する。 だというのに彼らは笑った。 多くの獲物がいるとでも言うかのように、大きく笑った。 「さぁいくぜ! 続け野郎共ォオオオオオオオオ!」 来駕の言葉に、僅か3人が吼えて応えた。 一人、先ほど彼と話していた人物のみが吼えて答えない。戦う意思もほぼ無いようだがしかし、そうもいかないだろうというのは彼にだってわかっている。 「やれやれ、どうしてウチの連中はこう荒っぽいのを好みますか…私にはついていけませんねえ…」 呆れたように呟く彼。 そしてそんな彼を見つけて局員たちが捕まえんと動き出す。その数実に50を突破している。見た目に相当多いのは精神的にも辛いが、しかし彼は薄く笑っていた。 「と、そうも言っていられないようで――さぁ、活目せよ、その目に焼き付けるが良い管理局の戦士たちよ、これこそ“孤燐”最強の剣にして我が愛用の武器!」 一つ、魔法陣を用意し、その中に手を突っ込む彼。 鈴の鍔成りの音すら聞こえそうな綺麗な動作で、彼はその剣を引き抜く。 「デス・シックル!」 「何処が剱だっ! 大鎌だろそれぇっ! うおおおおおおおおおおおおお!」 来駕が律儀に突っ込みながら大暴れする。 彼もそれを振り回し、辺りの局員を落としていく。というか首が飛んでいる。間違いなく殺している。 「殺していいのかよっ!」 「え、何か“虚の番犬”が殺していいって言ってましたけど」 「ぎゃー! 残酷なる“魔”に何言ってんだアイツら! よっし俺も殺す! いい加減ドタマキてんだよこっちはぁーっ! 行くぜ1式――雷ぃっ!」 来駕の咆哮と共に放たれる5つの雷の砲撃。 それが局員を焼き殺す。声と勢いは、どうにも犯罪者連合に旗が上がるようだ。魔法陣を準備している7人に、5人が300人を寄せ付けない。 だが当然そんなのは無理だ。 彼らの勢いが管理局に勝り、一時だけでもそういう錯覚を起こしただけである。 「っ!」 気づけば、管理局員の7割以上が後ろに回っていた。7型連携魔法を撃とうとしていた彼らの前に回り、その彼らを落とそうと魔法を放つ。 当然、落とされる。だがその程度で怯む彼らではない。この程度で怯んでいては、そもそも連携魔法など考え付かなかった。 「余り連携魔法に回れ!」 言いながら来駕は正面から局員たちに向かって跳ねる。 正面から一人殴り倒すが、当然のように後ろががら空きだ。その後ろを先ほどの大鎌が通過し、射撃魔法を弾く。来駕と背中合わせになる格好で、大鎌を構えた彼が苦笑した。 「や、これは流石に多勢に無勢」 「ちぃ時間にルーズなのはいただけねえぜ…!」 「はっはっは、何をおっしゃる来駕殿、貴方も充分時間にはルーズ」 「真面目にやってんだろうが俺はぁっ!」 叫びながら来駕は魔法を展開する。近付く奴を軒並み片腕でなぎ倒し、左腕で魔法を発動。彼の実力は決して低くは無い。 否、彼ら全体の実力が低くは無い。恐らくは1人1人が戦技教導隊に匹敵するような実力の持ち主だ。犯罪者と言ってもピンからキリまであるが、その中でもずいぶん強い。 だが、流石に数が違いすぎる。 12人居たうち、既に彼ら2人をを含め、残りは6人になっていた。 「半分落ちたか」 「外だから大丈夫でしょう、相手は20人くらいしか死んでませんね」 言いながら時間を確認する彼ら。こうなってしまっては連携魔法どころではない。 外での戦闘は熾烈を極めるが、しかしまだこうなっても捕まっている人たちはいない。 「来駕殿、タイムアップらしいですな」 「OK」 そして辺りに振動。空を飛んでいる彼らにはわからないが、地上に確かな振動が走っている。 腕に付いた時計を見て、来駕は笑った。 「作戦決行時間だっ! 行くぞてめぇらっ! 地上本部につっこめっ!」 辺りにいる奴らに叫び、あっというまにその場を離脱し地上本部へと向かう。後ろにいる彼らに向かって置き土産、最大威力の魔法も忘れない。当然直ぐに追いつかれるだろうが、しかしそれまでに地上本部は入れればいい。 そして続けざまに叫ぶ。 暴れるぞ、と。 吼えながら彼ら“孤燐”は突っ込んでいく。実に愉しそうに、戦う。 ■□■□■ 恐ろしいほどの重低音の音が辺りに響き渡り――。 「苦節十二時間! ついに開通いたしましたぁっ! ご利用有難うございます犯罪者連合デーっす! よし倒れろこいつらっ!」 「正確には11時間49分55秒――王機ケルベロス、停止、ご苦労」 土煙を吐き出しながら、彼らは一様にそこから出てくる。 そこ。 即ち――。 地上本部の最下層の床に開いた、大穴から。 苦節12時間と吼えているが、その通り、12時間かけて彼らは穴を掘ったのだ。地上本部へと続く穴を、遠くから。 阿保の所業である。 大馬鹿にも程がある奇襲作戦である。 何を言われてどのように馬鹿にされても文句が言えないのである。 「大急ぎだったからなあ…後部班、穴固めてくれー! 20人は確実に此処に残れ! 此処落とされたら結構嫌だぞー、何のために苦労したんだー」 弱点の多い穴倉だ。砲撃魔法で一掃されればそれだけで全滅するほど狭い通路だ。苦労した分の価値など当然のように、無い。 一回きりの奇襲作戦用の大穴。 塞ぐのがさぞかし大変だろう。その辺りの苦労はどうせ全部終わった後になり、更に塞ぐのは時空管理局の仕事だ。知ったこっちゃ無い。 「ひでぇもんだ、ったく」 「考え付いても誰も実行しねえのは保障されるな、無音で作るの難しそうだし、あんたがいて助かったよ――クリムゾンファミリー、散れ! 誰も見捨てるなよ!」 「“天波の矢”、参りましょう、優雅にでなければ戦う価値はありませんよ」 大仰に武器を振り大袈裟に、あるいは扇子で口元を隠しながら優雅に彼らは思い思い自由に駆け出す。 穴の傍には3つ首の巨大な犬の機械が座り込んでいた。全身泥まみれである。 「敵は? ――あーあ、やばそうだ」 「さ、どうかねえ」 「落ちるなよ間違っても! 先行くぜ!」 「王機機動、“ディレス”!」 思い思いに散り、そして――。 彼らは思い思いに戦闘を開始する。 まだ、2日目の戦争は終わらない。 ■□■□■ 「――」 「どないした、シャマル?」 「…いえ、とんでもない量の人物達が侵入、うすうす地下に何かいるとは思っていましたがまさかこんな方法で…」 呆れたように頭を抱えるシャマル。はやては何を言っているのかわからないのか、すぐさま検索魔法を開始する。彼女は一度シャマルを“蒐集”している。シャマルの技能も使えるのだ。 ただしシャマルの其れに比べて、普段使っていないためか精度は低い。 ただ、それでもはやての顔は暗くなった。彼女にも充分わかる。大量の人員が、敵が現れたということくらいは。 「…150…200…くらいか? これ、どっから…?」 「地下、だと思いますけど、穴掘ってきたんじゃないですか、ほら、さっきの振動」 「あれか…!」 辺りの局員を治療しながら、はやてとシャマルは言い合う。 辺りに負傷している局員は多い。シャマルの手には余るし、治療に向いている魔法使いは此処には数がいない。はやても手伝っていたが、それでも少ないくらいだ。 だが、こうしている場合ではなくなった。 直ぐに此処も戦場になる可能性がある。 「参ったなぁ…シャマル、出るわ、ウチ――リィンフォース、お願い」 「仕方ないですね、フィーツタン、リィンちゃんの調整は?」 「…」 シャマルの言葉に、同じく隣で治療を続けていた仮面をつけた女性、フィーツタンはこくんと頷くだけだ。 管理局員の中でも治療魔法と機械調整に特化した魔法使いなのだが、寡黙で誰からも誤解されやすい。本質は良い人なのだが。 「オッケーです、はやてちゃん、いつでも動かせるようですよ」 シャマルの言葉にはやては頷き、そして笑って駆け出した。 目指す先はリィンフォースがいるであろう地上本部デバイスルーム。 はやてがそこへ飛んでいくのを見て、シャマルはフィーツタンに向かい合う。 「本当に大丈夫なの?」 「…」 「そう…彼らに殺されていなければという注釈は付くわけね」 シャマルの独白にすら聞こえる会話。辺りから上がるうめき声に、彼女らは治療魔法を再開する。 シャマル自身、多少顔色は悪くなってきているが、まだまだ休むわけにはいかない。自分の調子が落ちてきていることくらい、彼女も理解していた。 戦争はまだ、終わっていないのだ。 ■□■□■ 辺りに警戒信号が鳴り響く。五月蝿いくらいに。 それを聞いて、フェイトはようやく目を覚ました。 「っ――つ、ぅ…!」 『大丈夫ですか、マスター』 「…バルディッシュ? うん、平気…じゃないね」 頭がずきずきと痛む。血の海の中にいたせいか、鼻腔の奥まで血のにおいが蔓延していて、既に何も気にならなくなっている。 第一、辺りの血液は相当固まっていた。匂いも何もしない。 一度バリアジャケットを解除し立ち上がり、再びバリアジャケットを羽織る。そうすることでついた血の大半を落としておく。 「アレ、皆は?」 『誰も救出してくださいませんでした』 「…?」 彼女のデバイス、バルディッシュは何をいっているのかよく解らない。 この状況だ。たった1人に構っていられるような状況でもあるまい。だが、彼女は知らない。 実際の話、殺されかけていたのだ。味方などではない、無論敵に。 血の池の中にいたから気絶していても敵の視界に入らなかっただけである。彼女は知る由もないが、あの後“みなしご”は何人か此処を駆け抜けていった。運が良かったといって差し支えない。 「えーっと、バルディッシュが何を言っているか――」 フェイトが問いただそうとするのと同時に、彼女は身を捻る。ほんの一瞬、先ほどまで彼女がいた空間を何かが通過していく。 視界に納めれば一目瞭然だ。ブーメラン。緑色の、人ほどの大きさもあるブーメランである。 孤を描き、壁にぶつかり、落下する。狭い部屋で使うような道具ではない。大きさから考えて威力はそれなりにありそうだから外ならそれなりに使えるかもしれなかった。 「使えん!」 フェイトの後ろで巨大な声と音がする。 慌てて振り向くと、そこに転がっているブーメランと同じブーメランが彼の足元に転がっている。使えないらしい。外にしても使えないのか、室内だから使えないのか、微妙な所だった。 「全く! どうしてウチの連中はこう、使えない武器ばかり好むんだ! 屋内でブーメランって阿保かっ!」 「…誰、ですか?」 バルディッシュを構え、フェイトは尋ねる。 その声が果たして聞こえたのかどうか、彼は腰元から一本のナイフを取り出す。 大振りのナイフ。少なくともこの状況では先ほどのブーメランよりは使えるだろう。 「“水色工房”のサダメ、そういうお前は誰だっ!」 「管理局執務官、フェイトです」 「…はぁ?」 フェイトの言葉に、明らかに馬鹿にしたような声を漏らすサダメ。 そして武装を仕舞い込み、たたきつけたブーメランを拾い上げる。フェイトが凄く不思議そうな顔をするが、彼は特に気にした風も無い。 「ぬー、使えん、使えんが、これで充分だ…うん、接近戦用のブレードとして考えればそれなりに使える、かもしれない」 やや不安げに言いながらサダメはそれを巨大な剣として構える。 どうやらそれで戦うようだが、本来ならば投擲用の武具。接近戦に不向きなのは当然である。はっきり言うなら、フェイトを舐めてかかっている。 だが、彼の目には敗北の色など微塵も無い。 「バルディッシュ、お願い」 『了解』 「はー、上等なデバイスに上等な環境、そりゃ強いけどさあ――」 やっぱ人間、ハングリーに生きなきゃ。 そうやって笑いながら、彼はフェイトに向かって駆け出す。 「…よくわからないけど、敵なら、倒して捕らえます」 「お前にゃできねえよ、絶対に――!」 何かを確信しているかのようなサダメの言葉に、フェイトは流石にカチンと来たのか武装を構えなおす。 そして、はじけた。 コレまででの最高速。フェイトの調子が、段々と上がってきていることに、彼女自身も微かな違和感を覚える。 「何でだろう、でも」 ぼそりと呟きながら、辺りに多量のスフィアを出現させる。 「悪い調子じゃ――無いっ!」 叫びながら彼女はスフィアを全て発射させる。 それらを迎え撃ちながら、彼らの戦闘が始まった。 時空管理局執務官、フェイト=T=ハラオウン。 “水色工房”、サダメ。 交戦開始。 ≪to be continued.≫ |