――話は数分前へと遡る。
「ん、これで全滅、そこのちみっこ、バインドかけるつもりなら部屋壊してでも殺すけど…いや、殺すって表現あってるのかなあ…」
 なにやら悩むリクト≪みなしご≫。
 場所は調整室。リィンフォースを調整していた研究者を片端から殺し、逃げ出したリィンフォースを見逃そうというのだ。
 面倒くさくなったともいえる。
 どちらにしても、変化は無い。
「…あれ? 扉、開いてる…気配はないのに、何でだ?」
 はっきりというのなら、油断していた。
 扉が開いたことすら解らないほどに、神経をすり減らしていた。
「――あぇ?」
 拳が横から打ち込まれる。しまったと思うまもなく、彼女は叩き伏せられた。
「…!? 何だ、お前っ…!」
 跳ね上がり、天井まで一気に爆ぜるが、そこにも更に一匹。
 丁寧に床にたたき付けられ、更にもう一匹の何者かによって頭を揺さぶられる。
 この時点で、リクトの死は決定していた。扉が閉まり、世界が暗闇に閉ざされる。
 最後の気力を振り絞り、椅子に座り天井を見上げる。彼女には興味をなくしたのか、何者か2匹は再び部屋へと隠れて行った。最初から部屋に居たのだ。彼女が気づかずとも無理は無い。
 閉まっていた扉が、再び開く。
 入ってきたのは、八神はやてだった。


『光の子』―Aura.―
 第十五話『7日目――ノーバディ…第三の勢力』


 空気を裂く音が何度か聞こえた。
 シグナムは剣を振るい、峰打ちで確実に相手を昏倒させていく。最も、“みなしご”相手ではそう上手くは決まらない。そして通常の犯罪者群相手でも、実際はそうは決まっていない。
「っ…」
「ッシャァッハァッ!」
 奇妙な咆哮をあげながら跳び掛かってくる敵。薙刀のような武器を振り回すが、それをシールドと剣の2重で受け止める。鋭い音を立ててシールドが割れたが、剣で何とか受け止めるに至った。
 交戦した敵はこれで既に4人目だ。
 何処から侵入してきたのか。いや、そもそも“みなしご”からして何処から侵入してきたのだろうか。流石に正面突破は考えられないシグナムだ。
 彼女とてヴォルケンリッターのリーダーである。
 そこまで無為無策無謀な作戦を組む輩を想定できないのであろう。
 そしてそれ以上に阿呆な作戦を立て、更に実行する馬鹿たちは目の前に居る。正面突破よりも尚悪い。もう少し頭のいい作戦を考えられないものか。
「おー、今のを受け止めるか、ぬぅ、何気に必殺の一撃を受け止められた気分、俺はナイ、クリムゾンファミリーが一翼、右翼のナイ」
 名乗りを上げながら再び薙刀を構えるナイ。今度はやや前傾姿勢。
 クリムゾンファミリー――。
 300名を超える大犯罪群。その名前と勇猛ぶりは、シグナムの耳にも届いていた。
 曰く、敵は根絶。
 曰く、来る者拒まず去るもの追わず。
 ――そして、決して仲間を見捨てない。
 最強を誇る、犯罪者群だ。
「右翼…だと?」
「ああ、ま四天王みてーなもんだと考えてくれ、要は俺がそれだけ強いって話――情けねぇのこいつら、あっさり気絶させられてまあ!」
 薙刀を構えつつ彼は平然と答える。
 詳しく答えるつもりはないのだろう。馬鹿ではないらしい。
 ひとつ息を大きく吸って、大きく吐くナイ。
 そして力強く右足を踏み出した。一気に加速する。0から100へのトップスピード。その加速力にも速度にも、シグナムは目を見開いて驚愕する。
「がぁああああっ!」
 右から大振りの一撃。容易く回避できる。続けざまに左からの一撃。これもまた、楽に回避できる。
 そして更に突きこの一撃も回避は容易い。
 大振りの一撃で防御ごと叩き割る類の武具だ。避けられることは問題ではない。逆に言えばその射程に入れないという意味だ。
 3度の連続攻撃を終了して、その武器を肩に担ぐナイ。
 シグナムの額には汗が浮いていた。
 あの武器は危険だ。
 一歩踏み込めば躊躇い無く防御ごと叩き折ってくる。文字通り、骨を、レヴァンティンを“割る”だろう。 
 アレは暴風だ。
 そして、台風の目は存在しない。密着されたときの戦闘方法も考えてあるだろう。
「…こうなるとザフィーラとアリーゼが居ないのが悔やまれる…」
 ザフィーラの傷が予想以上に深く、アリーゼにはザフィーラとともに退散してもらった。敵が来ないうちに、と彼女はザフィーラを担いで走って行った。
 その直後である。
 彼、ナイと交戦を開始したのは。
「何だ、薙刀と交戦するのは初めてか」
 ナイが揶揄するが、無理もない。然程知名度の高い武器ではないし、元々は護身用の武装だ。
 だが護身用と侮ってはいけない。かつては女性が男性の一介の兵士と互角に渡り合えた兵装である。破壊力は十二分に在り、更に彼は一流の戦士だ。その強さは押して知るべし。
 暴風には近づけない。
 ならば――。
「レヴァンティン、カードリッジリロード」
『了解、マスター』
 機械的な音が響き、レヴァンティンから空薬莢が排出される。
 ん、とナイが一瞬目を細めた次の瞬間、レヴァンティンの形状が変化した。
「げ」
 素直に悲鳴を上げるナイ。形状は蛇腹剣。
 シグナムがなにやら口頭をあげるが、それに構っている余裕もないのか、彼は苦笑した。
 止めときゃいいのに。
 本気で哀れみを含んで、ナイが呟く。
「…なんだと?」
「いやぁ、それは止めといた方がいい、俺を上回るなら俺と同じ位の射程武装で、且つ俺を上回らなくちゃあ俺には、つーか俺たちには勝てない」
 絶対の自信に満ちた笑みを浮かべながら、彼は軽く薙刀を振るう。
 その言葉に少しだけシグナムは眉をひそめるが――これまで、このレヴァンティンと共に戦ってきて敗北した歴史はそうそう無い。
「世迷いごとをっ! いくぞっ」
 迷いを振り切るように、怒号一括。シグナムがレヴァンティンを振るい、狭い廊下を刃で覆っていく。
 切っ先が、刃が迷うことなくナイへと向かい、その命を刈り取らんと迫っていく。
 ――因みに狙っているのは右腕。利き腕だ。
「あーあ、だからやめとけって忠告したぜ? 実は俺も遠距離中距離にゃあちと痛い思いをさせられていてね――こういうのも、用意してる」
 鈞、と涼しい音が鳴る。
 そして続いて激しい音。彼が武器から手を放したのだ。そして何もしませんよという意思表示のように両手を挙げる。
 そう、そうしただけなのだ。
 それでは何も出来なくなるはずであり、何かしたのがシグナムには全く見えなかった。同じように此処にいても、恐らく誰にも何もわからなかっただろう。
 だと、いうのに。
「なん…だと?」
 シグナムが驚愕の表情で、更に全力でレヴァンティンを引いている。
 どういうわけか、レヴァンティンの刃が動きを止めている。シグナムが全力で引いているというのに、まるで動かない。それどころか更に引っ張られる。
 目に見える空間に、変化はない。
 僅かな違いも見逃すまいと彼女は目を這わせるが――何か変化があるようには、見えないのだ。
「あーこれ糸、鋼糸、俺が魔法つきで使えば射程は50メートルってところ、本来ならば室内や障害物がある場所のほうが使いやすいが――」
「糸かっ…なるほど…!」
 言いながらもしかしシグナムはレヴァンティンを引く手を止めない。気を抜けば確実に持っていかれそうだ。それほどに強い力だ。
 どうすればこれほどの力を扱えるのか、シグナムには解らない。彼女とて孟将だ。力での敗北は無いと自負できる。だが、事実引かれている。
「ファミリー内なら殆ど使えるんだがね、こいつ、俺らの代名詞の武装――感謝しろよ? この糸の結界内に置かないと、あんた死んでたんだぜ?」
「――何?」
 一瞬、彼の言葉に呆ける。
 そしてナイが軽く顎をしゃくった。シグナムがその方向を見れば、死体が2つ。糸の結界とやらに触れたのか、ばらばらになって転がっている。血は余り流れていない。
「…なんだ、これは」
「少なくとも俺らの知らない連中だな、後知性は低そう、ほれ糸解くぞ、バランス崩さないようにな」
 そしていきなり軽くなるレヴァンティンの負担。
 いわれたとおりバランスを崩さず、レヴァンティンを引き戻す。蛇腹状から通常の剣の状態に。同じように、ナイも薙刀を拾い上げる。
「…何故といた?」
 剣を戻しながら、彼女は訪ねる。今のは解かなければ勝っていたシーンだ。
 何れ放っておけばレヴァンティンがシグナムの手を離れていただろう。その後に糸で彼女をばらばらに出来た。
 いや、そもそも放っておけば殺されていた。シグナムもレヴァンティンも、後ろまで寄っていた、今はばらばらになっているあの死体に気づかなかったのだから。
「いや別に? 単純に俺は接近戦のほうが好きなだけ、あんな糸で勝っても愉しくない――まあ所詮娯楽だ、精々楽しまなくちゃあ、損だろ? なぁ」
 豪、と吼えながら彼はシグナムに向かって突進する。
 暴風が再び襲い掛かってくる。
 回避するのは難しくない。だが、相手を倒すと成るとあの中に飛び込み、かつ一撃を見舞わなければ成らない。
 そのためには、最低一度、相手の攻撃を耐えなければならない。
「…いかん、それはできない」
 思わず弱音を吐くシグナム。
 その言葉を口から漏らしたのが自分だと気づいて――何か、自分自身に違和感を感じた。
 今、自分が何といったかがわからない。
 1秒後、彼の攻撃を回避しながら、彼女はぼそりと呟く。
「…馬鹿な、負けると、言ったのか、私が…!?」
 己が言った言葉が信じられない。今吐いた言葉を否定したくなる。
 あのような唾棄すべき言葉を吐いたのは、何故だ。
 何時から自分はそれほど弱くなった。
「――騎士の誇りは何処へ行った、シグナム…!」
 先ほどもそうだった。ヒカラと戦っていたあの時も、前の己ならば確実に、本気であるのなら――。
 確実に、自分は死ななかった。
 何時からか忘れていた。
 ――何時から、忘れていたのだろう。相手を倒すと言うことを。
 相手を殺すということを。
 何時から、忘れていたのだろうか。
「我が名は、シグナム! 夜天が守護者、その筆頭! 烈火の将――参る!」
 吼えて、シグナムが暴風の中へと入っていく。
 己が誇りを取り戻すために。
 もう一度、この手で守るべきものを守るために。


■□■□■


「ほう…これはまた奇怪な輩が現れたものだ」
「時間の無駄だ、さっさと片付けろ馬鹿者」
「佐師、貴方ほど接近戦に特化した者は“三人官女”にはいないのですから」
 3人で言い合いながら、彼らは辺りに散らばった死体を検分する。
 土気色をした死体。――はっきりいえば何なのか、あるいはどこから来たのか解らない。
 現れたそれらを、佐師と呼ばれた彼はものの3分で片付けてしまった。
「その通り名がそもそも気に入らん、何処に女性の影がある」
 佐師は、ため息混じりに返答する。
 全員が同じような真っ白い服装に身を包み、身長はそれぞれ佐師から順に高くなっている。髪の毛も、銀、黒、翠とそれぞれに特徴があった。
 彼らは犯罪者群“天波の矢”の一員であり、その中の屈指の実力を持つ3人である。一人ひとりの実力でいえば、佐師意外はたいしたことはないが、そのコンビネーションにおいては相当練り上げられていた。
「これは凄いな、死体を繋ぎ合わせたようだ、これ放っておいたら再生するぞ」
「…なんだとぉ?」
 佐師が心底いやそうに声を上げる。
 ふっふっふ、と不気味に笑いながら翠色の髪の毛をした彼は立ち上がった――身長が高いため、佐師としては見上げる形になる。
「どういうことだ、蓮華」
「ふむ、つまりこれらは死体を組み合わせて作り上げた新しい死体だ、それを無理矢理に動かしている感じだな、だからこれは燃やして完全に無くしでもしない限り同じように形を組み替えて新しい動く死体になる、ということだ」
 さっと説明する蓮華。
 これも死体だが、そこいらに転がっているのも死体。此処に転がっているのは全部死体だ。そして、襲ってきたコレは“動く死体”――なるほど、いくらでも再生しそうだ。
「なら燃やしてしまえ!」
「佐師…短絡思考ですよ、放っておけば管理局の人数を減らしてくれるのでしょう」
「だが俺たちも襲われるんだぞ清朽! 然程強くはないが面倒だろうが!」
 清朽の言葉に、佐師は吼える。
 その間にも、蓮華が油断無く辺りに目を這わせていた。彼らは気配も無くいきなり現れる。その有り余る体の部位で天井に張り付くなど、様々な方法で。
 故に、目を離すわけには行かない。
「…なるほど、これは死体か、生きている気配などあるわけがないな…」
「蓮華なにボサっとしている! 得意の魔法で燃やせばいいだろう!」
「いいのか清朽、お前の判断に任せよう、3人官女のリーダーはお前だ」
「放っておきなさい、何があろうと我々に危害は加えられませんから」
 にべもなく佐師の意見を却下する火師。がぁあ、となぜか佐師は吼えて辺りの死体を蹴り飛ばしている。ストレス発散だろう。
 そしてからげしげしと辺りの死体を踏みつける。
「どうしました佐師、暇ですか」
「やかましい! さっさと行くぞ! 敵が管理局だけでなくなった以上気に入らない奴らは全滅させてくれる!」
「具体的にはどのチーム?」
「味方に居るわけがなかろうがっ!」
 蓮華と清朽、それぞれの揶揄に一々吼えて突っかかる佐師だった。
 2人の間からはほほえましい笑いが漏れるが、佐師の顔には怒りしか浮かんでいない。だんだんと怒り任せに床を踏みつける。
「っと、きましたね、管理局ですか――佐師、何時までもふてくされていないでさっさと準備なさい」
「解っている! 今の俺は少し虫の居所が悪いぞ…! 死を覚悟しろ、惰弱な管理局員共がっ!」
 近接戦闘用の構えを取りながら、佐師はイライラとつばを吐く。
 その後ろで、清朽がなにやら呪文のようなものを唱え始め、更に清朽の後ろで蓮華が魔法の準備を開始する。
 近接戦闘を佐師が受け持ち、それを清朽がカバー。更に遠距離戦闘を蓮華が担う。三位一体の戦闘術。3人官女の得意戦闘術だ。
 腕を奇妙に動かし、佐師が跳ねる。
 長いローブのような服装は、攻撃の機動や術式を隠すのに役に立つ。“天波の矢”独特の服装だが、ちゃんと意味もある。重たいのが難点だが、防御能力もあるのだ。これ以上を求めては酷だろう。
「っとぉ、また敵! 何処行っても敵ばっかりだな! はやて下がってて! 私がやる――!」
「解った、サポートするでどんと暴れてきぃ! リィンは辺りを警戒! あの変な奴らが現れたら直ぐ教えて、スフィアでたたき飛ばすでっ!」
 現れたのは、はやてとヴィータ、そしてリィンフォースの2人と1匹。
 奇しくも3対3の構図――いや、微妙か――が出来上がる。
「アイゼンっ!」
「佐師! 気をつけなさい、相手は強いですよ!」
「応っ!」
 空中でグラーフアイゼンと佐師の拳が衝突する。拳が砕かれてもおかしくないような一撃にもかかわらず、妙な音がしただけで、ヴィータと佐師の2人は衝突の勢いのまま距離を取る。
 軽く床を滑る佐師。空中で一回転して止まるヴィータ。互いに互いが妙な笑みを浮かべていた。距離から見て、互いに一息で踏み込むのは無理だろう。
「ほう、俺の拳で砕けんか」
「出鱈目な…アイゼンで砕けない拳とかありえねぇ…」
『遺憾です――が、それ以上に恐ろしい、マスター、次は本気で』
 自らのデバイスにわかっていると答えながら、ヴィータは幾つかの鉄の弾を自分の前に配置した。
 それらを見て、その破壊力を知っているはやてはしかし何も言わない。
 下手に手加減をすれば敗北を喫するような相手だ。
 ヴィータも正真正銘、全力で向かっていく。
「ヴィータ、殺しちゃあかんよ」
「解ってる――いけぇっ!」
 しかしそれでも一応“殺さない”タメの釘を打って置く。
 そして、ヴィータの槌が振り下ろされる、まさにその直前、清朽の声が響く。
「佐師、下がりなさい! アレは君では無理だ! 蓮華!」
「ちぃ、了解、オールラウンダーか!」
「了解している、では参ろうか、“火刑”に処す――!」
 清朽の言葉に佐師は一気に下がり、更に蓮華がその魔術を開放する。
 恐ろしく早い連携。だが、はやてたちも負けては居ない。ヴィータがその弾を放った瞬間、同時にはやてが魔法を放つ。スフィアだが、ヴィータの放ったそれと合わせて合計して30発に昇る。恐ろしい数だ。
「――状況がどーなっとるか何て知らへんけどなあ…!
 もう誰も死なせへんでぇっ!」
 はやてが吼える。今度は失敗しないようにと魔力を充填する。
 先ほどは何者かに殺された。その前は自殺された。次は、失敗せず捕らえる。
 殺さずに捕らえる。
 それが、時空管理局の信念だったはずだ。

「いくでぇっ!」
「佐師! 油断するなといいましたよ!」
「うるせぇばかっ!」
「アイゼェエエエエエエエエエン!」


■□■□■


 調子が悪いわけではない。
 むしろ、益々上がってきている。
 だと、言うのに――。
「くっ!」
「どっせぃ! ――ありゃ、相変わらず野球ベタめ、外しまくってるぞ、今のは余裕のストライク」
 ぬぅ、とサダメは軽くうめく。
 フェイトはぎりり、と軽く歯を食いしばった。
 狭い空間であるのは否めない。己の全力が出せているかと聞かれれば、此処では己の全力は出せないと言い切れるだろう。
 だが、そんなこととは関係無しに、彼は倒せないだろう。
 一体どれほどの壁があるのか、想像もつかない。技術でも才能でも、明らかに引けは取っていないのになぜか――倒せないのだ。
 サダメの武器は相変わらず使いにくいブーメランブレード。
 フェイトは高速移動を続けながら攻撃を続けている。スフィアもトライデントスマッシャーも、何もかも試した。
 だが、そのどれもが当たらない。
「いやぁ余裕余裕、やっぱまだまだアマちゃんだねえ、お前殺人暦無いな?」
「っ! あるわけが無い!」
「だよなあ、管理局その辺捕らえ違えしてんぜ、戦いにしてもなんにしても死が前提だろうってのに、殺さないってのはつまり――はは、娯楽だな、それとも余興か」
 言いながらブーメランを放り投げる。その軌跡は単純だからフェイトは避けることもできる。孤を描いて、ブーメランは壁にぶつかって床に落ちた。
 サダメは腰元から一本のナイフを取り出す。
 先ほど取り出した、大振りのナイフ。
「いや、余興でもないな、どちらかっつーと遊戯だ、こりゃ」
 くっくっくと笑いながらそのナイフまで投擲する。
「?」
 それを空中で避けて、フェイトは彼を疑問視した。
 今のところ、目に見える範囲に武装は無い。まさか素手で戦うつもりだろうか。確かにそれでも充分戦えそうだ。
 だが、彼はあっさりとフェイトに背を向けた。思わず驚愕する。
「な――」
「何だよ、まだやるつもりか? やめとけやめとけ、さっきの交差で13回、んでお前が俺を捉えられたのは0で、俺はお前を都合8回殺せた」
 サダメは笑いながらフェイトを小馬鹿にし、その場を去っていく。彼女もそれを鷹揚な真似はしない。
 馬鹿にされた。
 だが、事実だ。
 彼は確実にフェイトを数回、またはそれ以上殺せていたのだし、それを見逃したのは何故かは解らない。
 だが、フェイトが彼を逃したのではない。
 彼がフェイトを見逃したのだ。
 殺さない、という意思表示。殺さなくても変わらないという、そういう意味をもってして、彼はその場を離れて行った。
「…っ!」
 ぎりり、と空中で歯をかみ締める。
 己の無力さに打ちひしがれる。何だ。自分はこんなにも弱かったのか。
 今まで上手く言っていたのが嘘の様だ。実際、単体で戦えば彼女は相当強いはずだが、それをあっさりと彼は打ち倒した。
 殺せたのに見逃した。
 何の為にかなど知る由も無い。ただ、馬鹿にされたことだけはわかっていた。
「――何か、足りない、何だろう…?」
 それでも思った以上に腹は立たなかった。
 馬鹿にされたとわかっていたのに、なぜか冷静だ。クロノに馬鹿にされたときは驚くくらい激昂したのだが。
「あ、そういえば何で――」
 ふと、周りを見回す。
 そこには誰も居ない。

「何で、誰も居ないの…?」

 調子が上がってきた自分。誰も居ない空間。何かが足りない、とフェイトは自分で自分に疑問を投げかける。
 そういえば、何時からか、フェイトは1人で戦っていない。
 何時だって誰かが傍にいたのに、今は1人で――。
 思わず自分を抱きしめる。寒くも無いのに、何故だか震えが起きた。何に怯えているのか、彼女は必死になって自分を落ち着かせる。
 そうだ。
 誰かが隣に居た。誰だったか、イマイチ思い出せないけど。誰だっけ。
「ヴィータ、シグナム、義兄さん…! はやて…な、の…は!」
 その名前を口に出して確認する。何時だって自分の隣に、挙げた5人のうち誰かが立っていた。他にも誰か居たかもしれないが、今は少し思い出せない。
 今は1人だ。
 1人の自分がこんなにも弱いとは思わなかった。
 1人の自分が、これほど不安定だとは思っても居なかった。
「ん、テスタロッサ? 平気か」
「っ! シグナ――!?」
 聞こえた、懐かしい呼び名にフェイトは慌てて振り向いた。
 だが、そこに居たのは別人だ。
 シグナムと同じ長めのポニーテールでは在るが、服装は彼女とは似ても似つかぬ長いローブ。その手に持っているデバイスは支給品、S2A。
 キリエ=アルヴァニアその人がそこに立っている。
「…え?」
「ふむ、残念ながらシグナムではないな、彼女も強いしなぁ、何時か戦技教導隊に誘ってみようかしらん、Cランク試験くらいなら突破できそう」
 冗談とも本気とも着かぬような言葉を吐いて、キリエはフェイトへと寄っていく。
 そしてフェイトを立たせて、その頬を軽くはたいた。いい音が響き、結構勢い良く、フェイトの顔が勢い、横に向く。
「っ!?」
「何をボーっとしている、フェイト=T=ハラオウン、君が弱いことくらい承知している、はっきり言って戦力外だよ、今のお前じゃ、神童と呼ばれようと今の段階では高町も八神も弱すぎる、最低後2年はいるだろうさ…いや、高町はどうだろう、後100年あってもダメかもしれないな、強いには強いんだが足りないものが多すぎる」
 薄く笑いながら、フェイトに向かって言葉の刃を飛ばすキリエ。
 容赦など無い。遠慮など無い。ただ、真実を告げる。
 戦力外だと、告知する。
「いいか、コレは技術の話じゃない、だがお前たちは戦場を経験したにもかかわらずロクに人死にを目撃していない――いいことだが、それは強くなる必須条件を外してる、人が死ぬのはよくないが、それを目撃した分、あるいは自分で行った分、人は戦士として強くなる、それもまた揺らがない真実だ」
 無理矢理フェイトと目を合わせて、キリエは笑いながら言う。
 半端に笑っている上に、言っていることは物騒だ。大分恐ろしいが、それも仕方ない。フェイトは黙って彼女の言葉を聴く。
 それは無視できない言葉の気がした。
 無視してはいけない言葉だった。
「技術だけなら後1年もあれば私は追い抜かれる、だが私はお前には負けない、意味が解るか?」
 解るわけが無い。だから、先ほども負けていたのだ。
 フェイトは何も言わずに、軽く俯く。それを見て、キリエは軽く頷いた。
「今のお前には戦う理由が無い、高町のようにただ守るためだけというのも問題だが、理由無しは問題外だ、誰とも一緒に戦えないのも問題だが、誰かと一緒でなければ戦えないのも問題だろう?」
 顔を上げさせながら笑うキリエ。
 そしてから、少し考え込むようにしてスフィアを放つ。正面から放たれたソレを、フェイトは素晴らしい反射神経で回避する。首を振っただけだが、速度のあるそれを回避できるなど並みの神経ではない。
「やはり技術では劣っていない、私について来い、フェイト」
「え?」
「叩き込んでやる、お前に必要なものをな」
 面白そうに笑って、キリエはS2Aを構える。
 そしてフェイトの返答も待たずに、さっさと歩いて行ってしまう。ついて来る、来ないはお前の自由だと言わんばかりだ。
「…」
 一瞬悩んだ後に、フェイトはキリエの後をついて歩いていく。
 技術で勝っていれば勝てるわけではない。フェイトもソレくらいは解っているはずだった。
 今まさにその問題を突きつけられている。
 ならば、目を逸らすことはできない。ここで引いてはダメだと、彼女は解っていた。
 それを見て、キリエは愉しそうに笑った。
 見ていてぞっとするような笑みだった。
 

≪to be continued.≫

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