――その時、少しだけの会話。
 転送は少し気持ち悪い。
 酔うのは多分自分くらいか、とアゲハは苦笑する。眼帯を外して、その場所を眺めた。
 時空管理局本部。次元間に浮く、想像すると多分惑星並の大きさがあるような船。
 アゲハもその全貌を知っているわけではない。
「あー、予定より大分早いな…」
 本来ならば戻ってくるのは夕方、夜、それくらいの時間だったはずだ。
 だがミッドチルダでは未だに西日が差さない時間。日が落ちるまではまだ時間がある。夏なのだしそれは仕方ないのだが――。
 トランスポートを降りる。その途端トランスポートルームに居た局員に、質問を投げられた。
「何が早いのですか」
「こっちの予定だよ、地上本部が侵攻されてる、バカンスも終わらされました」
「…はい?」
「だから地上本部が侵攻くらってるの、相手は1000名を超える大群、おまけに色々前準備も施されていたみたいで、こちら連携が整っておりませぬ」
 その前準備は自分で施した。だが当然それは伏せて、伝える。
「今地上本部危ないよ、部隊編成しなくていいから適当に送って」
「は、ですが上の了解を取らなければ」
「だよね、了承までにどれくらい時間掛かるだろ、直談判のほうが速いかな…? 何で地上本部と本部の仲ってこんなに悪いんだ? 特別提督としてとても嘆かわしい」
「はは…ですがその話を聞いては黙っていられません、書類を作成しますのでお待ちを、被害は? 後、相手の数等も」
 てきぱきと仕事を進める彼。トランスポーターの番などしているが、コレは週ごとに誰が番をするかが変わる。話の通じやすい人で、本当に良かったとアゲハは笑う。
 後どうなるかは、送られた戦力次第だ。運を天に任せるしかない。

「…え? 地上本部、現在戦力2万名? 少ないですねー」
「だよねえ」
「5分の1って壊滅的じゃないですか、狙って来のかなあ? 厄介だなあ」


『光の子』―Aura.―
 第話『7日目――ノーバディ…死体』


 赤い槍がはじけ跳ぶ。
 軽いのりで声を上げながら、ウリアは辺りの敵を見事に殲滅した。
 直後、踏み潰して軽くため息。
「何で居るんだノーバディ? …アゲハのヤロォ…本気でアウラ復活させるつもりだな、はぁ、そりゃ俺に異論は無いけどなあ」
 辺りに転がっている死体は全て土気色だ。いうまでもなく、犯罪者群ではなく相手はノーバディである。でなければ殺したりはしない。
 転がっている死体は幾つか判別がつかない。3ともとれるし10とも取れる。
「殲滅戦には参加しちゃったしな、コレくらいは邪魔しないで居てやるよ、短い反抗期だったな、俺…それに、ま、館の最高傑作が復活するシーンは見たくもある」
 自分で頷きながらのんびりとその場を離れて行く。
 彼がその場を離れ、完全に視界から消えた後に、死肉が動き始めた。
 ――見た目には相当気持ち悪いが、ずるずると動いて、くっつき始めたのだ。
 彼らは元から死体である。死の観念などは持ち合わせていない。壊されても繋ぎ合わされば新たな肉体になる。
 そしてそのたびに、脆く、弱くなって行く。
 壊れたものを繋ぎ合わせているのだ。当然である。
 そうして生まれた新たなノーバディは、またも誰かを殺し、仲間を増やすために移動を始める。
 あれに知性など存在しない。存在するのは仲間意識と、仲間を増やすという目的だけだ。
 死体から派生しているノーバディは、死体を増やせば更に仲間を増やして行く。
 彼らは仲間を増やすことだけが目的だ。
 壁を、地面を、走り始める。
 此処にまた、新たなノーバディが4体、登場した。


■□■□■


 鋭い金属音が連続して響く。
 そこの戦闘に入っていけるものは居ない。暴風領域だ。片や刀で片や薙刀。両方とも接近戦の武器であるが故、通過するのは難しくなかった。
 辺りには死体が降り積もっている。無謀にもここに入ろうとしたノーバディが切り裂かれ落とされただけだ。
 再び接触する。薙刀の全力を発揮できない間合いで、シグナムは戦い続ける。
 最も遠い場所では薙刀の全破壊力が見舞われる。近付きすぎれば、石突という柄の最後尾についた場所で距離をとらされる程度の破壊力を見舞われる。
 故に、シグナムが選んだのはその中間。
 破壊力があまり高くなく、かつ石突では捕らえられない柄の部分。それを見極めるのもとんでもない眼力だが、それを保てる体術が素晴らしい。
 隙があればすぐさま攻め込む。
 敵、ナイも必死に距離を取ろうと、攻めたり下がったりとしているが、それらを見極めどのようにでもシグナムは対応する。
「ちぃ、つぇえなおいっ!」
「――ああ、しかし好感が持てるな、お前は」
『愉しそうですね、マスター』
 ぶつかり合ってから気づいたが、この薙刀は全て合金製だ。
 材質としてはデバイスと同じでそれよりもっと頑丈に作られている。いくらシグナムでも密着されてはそう簡単に斬ることができない。溜めて斬る、という動作はできないのだ。相手も果敢に攻めてくる。
 それらを流し、受け、避けてシグナムはたった数瞬の隙にかける。
 対してナイはひたすら攻撃を続ける。相手の防御を崩すために、あるいは隙を突いて攻め込み、距離をとらせるために。
 勝負は実に単純。隙を見せれば敗北する。だが、若干シグナムが有利か。
「は、ヤバっ」
 かすかに息切れしているナイ。果敢に攻めているせいもあるが、何よりこの武器は重量がある。シグナムのように耐えられる、という相手が最も辛い。
 又は超長距離からの砲撃か。中距離、遠距離程度なら彼は糸で補足できる。だが、それが通じない相手もいる訳だが。
 恐ろしく冷静にシグナムは彼の状況を分析する。
 ――頭のどこかが冷えて行く。体は熱を保つが、しかしそれとは逆に、頭は冷えていった。
「…」
「けけけ、いい顔してるじゃねえか、そうだよそうじゃなくちゃいけねぇ…!」
 軽口を叩くナイ。その一撃を防ぎ横に一回転して、そのまま受け流す。
 武器の軌道に合わせて、体を本当にその場で、空中に回転させた。
「――は?」
 流石にそんな回避方法は予想外だったのか、そのまま体が流れるナイ。
 隙だらけだった。それでも、ナイのその顔は笑顔に溢れている。
「ちょ、ちょっと待て! 何だ今の! すげぇ! もう一回やって!」
「流石にもう無理だな、今のような曲芸じみた真似は」
 一瞬で間合いを詰め、剣を振るう。
 その神速に、流石に対応できない。ギリギリで左腕を盾にするものの、一撃をモロに受けてナイは体をくの字に曲げる。
 だが、当たったのは峰の部分。刃ではない。
「あ――ってか一思いに殺せよ…! これ死なない方が辛い…!」
「すまん、だが、時空管理局の、何より我が主の意向だ――死なせんよ、特にお前のような戦士はしなれては惜しい」
 ふと、優しい笑みを浮かべるシグナム。先ほどの戦士の顔とまるで一致しない。
 だがそれもアリか、とナイは軽く笑って――踏みとどまる。
 薙刀を杖に、立っている。僅かだが、シグナムから距離をとる。
「左腕折れた…戦えねえな、もう…ったく、何で急に強くなるんだか…」
 そのまま薙刀を投げ出し、右手をポケットに入れる。
 愚痴っているが、その愚痴は間違いだ。シグナムは元々これだけの力を持っていた。剣術、体術において彼女の右に出るものはそうそういない。ただ単に、彼女は全力を発揮できていなかっただけだ。
 模擬戦と実戦は違う。だが、彼女は“日常”に触れすぎた。殺さないことを前提とする戦いを、行いすぎた。たったそれだけの話だが、彼女の体は必然と“殺さない”ように戦っていたのだ。
 人型でないならば、特に問題は無い。現に昨夜は鬼を、竜を一撃で叩き殺した。
 だが、人型相手であるのならばそうはいかない。実際に彼女はこれまで2度も殺されかかっている。
 ――最も簡単に言うなら、彼女は敵を殺さないように手加減をしていた。殺さないようにではなく、殺すように戦えば、このようなものである。
 それで倒せるような相手は残念ながら、ここにはいない。手加減をしなくても殺せるような相手も、居ない。
「大人しく投降してもらうぞ、バインドは不得手ゆえ、気絶してもらうことになるが」
「勘弁してくれ、アンタの顔を立てるためにも捕まってやりたいが、そういうわけにもいかなくてさ」
 ひょい、とポケットから何かを取り出し、シグナムが僅かに不思議そうな顔をするのと同時にそれのピンを外すナイ。
 それを胸元に当てて、彼はにやりと笑った。
「んじゃ、have a good sleep、シグナム」
 僅かに5秒後、彼を中心に爆発が起きる。
「――」
『手榴弾…破壊力自体は低いです、が』
 一瞬、言葉を失うシグナム。レヴァンティンの言葉も耳に入ってこない。
 何をやっているのだ、といわんばかりの顔。“みなしご”もそうだったが、彼らも戦えなくなれば、あっさりと自殺する。
 煙が晴れると、そこには心臓から肺から、体の中心の凡そが無くなったナイが倒れていた。爆弾を持っていた右腕も吹っ飛んでいた。確実に即死だが、その顔は笑っている。満足そうに、笑っている。
 辺りに、血肉が飛び散った。
「な、にを…している?」
 呆然として尋ねる。誰も答えない。
 魔法を使わなかったし、敗北したら糸も使わないだろうとシグナムは高をくくっていた。実際、彼は何も使わなかった。攻撃するためには、何も使わなかった。
 だが、彼は手榴弾を使って自殺した。
「何故死んでいる、敗者の生存権は勝者に譲渡される、私がお前に一言でも死んでいいと言ったか、ナイ!」
『マスター、落ち着いて…彼は自殺しました、次へ、行きましょう』
 シグナムの叫びと、レヴァンティンの冷静だが残酷な意見とがぶつかった。
 死体は黙して答えない。支社にも苦闘する時間などあるわけが無い。レヴァンティンの言葉は正しいのだ。何時までもここに居るわけには、行かない。
 ふと一瞬辺りに視線を這わせ、向かってきていたノーバディを一刀両断する。
 横なぎにレヴァンティンを振るっただけだ。思い切り床を踏み、レヴァンティンの言に従ってか彼女は歩き出す。
 勝手に死んだ。
 そう、勝手に死んだのだ。
「何故――そうやって、簡単に」
 彼女の呟きに、答える者は居ない。レヴァンティンも、何と答えればいいか解らない。
 情報面から見るならば、敵に一切の情報を渡さないためとも答えられたし。
 他の面から見るならば、誇りか、あるいは戦闘をできないという事態に対して死ぬしかないと思ったのかもしれない。
 どちらもありえるし、どちらでも間違っているかもしれないのだ。
 死んだ彼の意思を図るなど、誰にも出来はしない。

 最も、理由は単純である。
 彼らは自分が生きていて価値がなくなったから、死んだのだ。
 戦場において、力無き者が死に絶えるのは理也。
 犯罪者群の今回、唯一揃った意見だった。


■□■□■


 また死体が転がっている。
 自殺した死体は犯罪者群の者だと断定できるが、普通に死んでいるものはどちら側か判別するのは難しい。概ね、管理局員だが。
 高速で移動して、その土気色をした奴を蹴散らす。非殺傷設定にもかかわらず、余裕で破壊される土気色の何者か。
「うん、人型をしてなければ躊躇いは無いですね…」
 何気にひどいことを言いながら、フェイトは床に降り立った。
 辺りにはノーバディの死体が大量に転がっている。それが何なのか、今のフェイトに判別する術は無い。
 相手が一流の犯罪者でなくこのノーバディであるのなら、フェイトであっても引けは取らない。それどころか、全然余裕だ。速度が違いすぎるのが、その理由だろう。はっきり言ってフェイトとノーバディでは比較にすらならない。
「…参ったな、ノーバディとは…アウラか」
 キリエが呻くが、フェイトには聞こえない。
 辺りに転がった死体を見て、軽くフェイトは首を横に振る。これは人間ではないのだ。
「萎えるなよ、それは元々死体だ、お前が気にするようなことは無い」
「…はい」
 死体を見て軽くなえそうになる気持ちを奮い立たせるようにキリエに言われ、フェイトは浮き上がる。
 そしてそのまま、管理局内を疾走しようとする。キリエも同じように浮き上がり、フェイトに付き従った。逆ではないのかと思うが、キリエがそうしろと言ったのだから仕方が無い。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 辺りには敵だらけだ。――この土気色をした奇妙な連中は、非殺傷設定であっても簡単にばらばらになる。
 これらの相手ならば簡単だ。こうなると、問題は自然と一つだけになる。
「ん、来るぞ」
「煉獄魔法第一奥義」
 思考の合間、キリエの声と聞きなれぬ声とが同時にフェイトの耳に飛び込んでくる。慌てて静止し、バルディッシュ、と思い切り呼びかけた。
 バルディッシュも、名前を呼ばれただけで何をするべきかを理解している。
 辺りには魔力が展開している。魔法が放たれようとしているのは間違いない。
「罪の輪!」
 炎の円鋸の刃が、回転しながらフェイトの張ったシールドの上に着弾する。
「っ、ぅっ!」
 耳障りな音を立てながら、シールドが削られて行く。
 砕かれるのは必須。縦に投げられているそれを、身を翻して回避した。バリアジャケットの一部が裂かれて行く。恐ろしい威力だ。
 切り裂く炎の円状鋸といったところか。壁に着弾し、それでもまだ回転を続けて進んで行く。見た目に中々恐ろしい。ノーバディが何匹か屠られて行くのだが、それは別のお話である。
「…ほぉ、強力な魔法だな、アレは」
「むむ、避けましたか、加療の余地アリですねこの魔法」
「――大人しく投降して頂けるのなら――」
「しませんよ、私の名前はエアです、どうぞよろしく、貴方方の名前は?」
 フェイトの言葉を遮って、勝手に自己紹介を始めるエア。優雅に一礼などもする。余裕だ。キリエが軽く呆れている。
 真っ白いローブに、銀の大鎌。刃も柄も、一点の曇りも無い銀色で作り上げられている。鏡のように磨き上げられたそれを持って、彼女は軽くため息をついた。
「フェイト、フェイト=T=ハラオウンです」
「私はキリエだ、キリエ=アルヴァニア」
「ではフェイトさん、キリエさん、私は非殺傷設定などとそんなことはできません、ので、逃げ出したいのならばどうぞご自由に、今ならば見逃します」
 大鎌の柄を突いて――柄だけでも、彼女の身長ほどにある――彼女は目を閉じる。
 逃げるのならば、今逃げろ。そういう意思表示。明らかに相手を嘗めている。
「ははは、安心しろ、逃げやしない」
「キリエさん?」
「君が戦うんだよ、フェイト、私は手出しをしないから」
 言いながらキリエは床に降り、座り込む。本当に手出しをするつもりは無いのか、壁に背を預けてフェイトの動向を見守っている。
 フェイトも一度床に降り立ち、バリアジャケットのマントを復元する。そして、バルディッシュを構えた。
「…私も逃げません、貴方を――捕らえます」
「そちらの方は」
「技術だけならば劣らないぞ、気をつけるといい」
「…よろしい、先ほどのシールドを見る限り技術も魔力も充分のようです、では、参ります」
 言葉を交わして、彼女ら2人は臨戦態勢に入る。キリエはそんな2人の行動を身ながら、スフィアを打ち出し、傍に居たノーバディを一匹片付ける。
 鎌を構えて、エアが爆ぜた。
 空気を切り裂いて、一直線にフェイトの首を刈り取らんと大鎌が斜め上から振落される。狭い通路でその大鎌を完全に震えるのにも驚くが、その一撃の速度にも驚く。
 鎌を回避するならばと、下に思い切り伏せて前に飛ぶ。同じく鎌の形状をしたバルディッシュを振るった。ただし彼女は振り上げる形である。
「ふむ、悪くない」
 言いながら彼女は素早く上に跳ぶ。
 曲芸士のように空中で縦に一回転して、再びそこから勢い良く鎌を振り下ろす。だが、その瞬間にはフェイトはそこには居ない。
 ――体が軽い。
 先ほどから上がり続けている体調は、ピークを迎えたようだ。
 一気に背後に回り、そのままバルディッシュを横凪ぎに振るう。だが、それをまた空を飛行されることで回避された。
「それどころか、実に有意義」
 右手に鎌を構えたまま、エアは左手を広げる。
 灼熱。太陽のような火の塊。球状になっているそれを左手に抱えたまま、彼女は再び飛ぶ。戦法としては、フェイトのそれに近い。高速飛行による近接と中距離の連続戦闘である。
「…何が、足りないのか」
 呟きながらフェイトはそれを迎え撃つ。
「バルディッシュ」
『了解』
 バルディッシュに指示を下し、スフィアを4つ同時に出現させた。
 そしてそれらを解き放ち、フェイトは一気に空中を駆け抜けた。
 スフィアと同じ速度における、同時攻撃。更にフェイトは一気に後ろに回りこむつもりだった。
「いえ、それは甘い」
 言いながらツバサは炎の弾を後ろに解き放ち、ぐるぐると逆の手だけで勢い良く鎌を振るった。回転した鎌は盾代わりになり、向かってくる全てのスフィアを弾き飛ばす。全てのスフィアが防がれたが、しかしフェイトは後ろからの攻撃が出来ない。
 炎の弾が広がり、壁になっていた。
 あの炎の壁にぶつかれば死は免れないだろう。
 更に素早くフェイトの位置を確認して、鎌をそちら側に向けて勢い良く振るう。だがそれは楽に避けられた。続けて追撃。跳ねて鎌を振落し、振り上げ、凪ぐ。それらを回避し、あるいは受けてフェイトはその追撃を免れた。
「実戦経験もつんでいるが修羅の匂いがしません、大事な者を守るための匂いもしない…貴方、何のために戦場へ?」
 その言葉に、思わずフェイトは体を震わせた。何となく、先ほどのキリエと被る台詞だ。
 大事な者。
 大事な者は誰だろう。
「…貴方、貴方こそ一体何故こんなことを、こんな大規模なことを」
 疑問を振り払い、己の疑問の回答を自ら口にすることなく、フェイトは逆に尋ね返す。
 彼女はそれに対して、酷く簡単に答えた。
「私は、私の王に手出しする者に対して容赦を致しません、ルキアが頭目、ホムロ、彼に害をなすのであれば、死を」
「っ! よく言う…! 貴方たちが攻めてきたというのに!」
「関係ありませんよ、そんなこと」
 フェイトの言葉を一刀両断に切り捨てて、ツバサは笑う。
 酷く優しい笑みだった。酷く綺麗で、酷薄な笑みだった。
「私の中では彼を守るということはどのような状況でも優先する」
「例え攻めてきたものに反撃されてもですか! どんなに攻められても文句の言えない立場ですよ!?」
「ですから、それは関係ないのです」
 空に浮き上がりながら、彼女らは言い合う。
 フェイトの言い分は圧倒的に正しいのだが、その程度のコトならば関係ないと、あっさり彼女は切り捨てた。例えどちらから攻めこんだのであれ、害成すものには容赦しない。
 その心のあり方は、見ようによっては、あるいは味方限定では非常に頼りに成る。
 だが、攻め込まれた側からすれば溜まった理論ではない。
 フェイトの顔に怒りが浮かぶ。
 此処まで激しい怒りを示すのは、彼女にしてみれば珍しい。彼らの理論が我慢できないということだろう。
「貴方もその実力ならば充分害を成すにたる、なので、此処で死んでいただきます」
「勝手な理論です…! 貴方方のせいで、どれだけの被害が出たと思っているんですか!」
 フェイトの言葉が、彼女を叩く。
 だが、そんなことまるで意に介した様子もなく、彼女は薄く、綺麗に笑った。

「それも彼が望んだことです、ですが誤解なきよう、彼に罪などありません、彼の行動は全て正しいのですから
 彼の喜びこそが私の喜び、彼の怒りこそが私の怒り
 彼に弓を引いて、武器を構えているという時点で、貴方方は私にとっての悪なのですよ、どちらが被害者であれ関係ありません、彼は私にとっての正義の象徴です
 正義が悪を罰すること、これ即ちこの世の道理
 この世界、いえ、全世界において彼は正義、即ち貴方方が彼と敵対しているだけで、私にとっては敵を排除する理由になり、貴方方を排除するのに一切の躊躇いを持たないのです」

 その言葉を聴いて、フェイトは絶句した。
 エアの言葉を脳内で暫く吟味する。凡そ5秒後、やっとの思いでフェイトは口を開いた。やや震えながら、その言葉は搾り出された。
「…つまり、彼、ホムロさんでしたっけ? 以外は全て悪、全世界の皆は彼に頭を下げろ、出来ない奴は全員死ね…と言っているように、聞こえますが?」
「?」
 フェイトの言葉に、エアは一瞬だけ疑問符を浮かべる。
「そういいましたよ、私は、聞こえませんでしたか?」
「っ――!」
 その言葉に、フェイトの頭に一気に血が昇った。
 ツバサが知覚出来ないほどの速度で、正面からぶつかる。一瞬驚愕に顔色を変えるエア。勢い、そのまま弾き飛ばされる。
 何だそれは、とフェイトの顔色が物語っている。
「それの、何処が、正義――!」
 叫びながらもフェイトは恐ろしいほど速くスフィアを生成し、解き放つ。
 だが、流石にスフィアは通用しない。倒れたままでも、エアは全てのスフィアをあっさりと弾く。
「私にとってはコレが正義ですよ
 そして戦う理由がある人間は、とても強くなれる、そうでしょう」
「――そうだな、この敵に当てたのは正解だった」
 言いながら鎌を構え、今度は大量の炎の弾を出現させるエア。フェイトも同じように雷の玉を出現させる。キリエの言い分は、2人には届かなかったようだ。
「ですが納得できない! 貴方の理論では、世の中の大半の人間に死ねと言っているようなものです!」
「彼に賛同しなければ私が始末しますよ、ルキアでの私の立場は“始末人”ですから」
 くすくす微笑みながらエアが答える。
 そして、同時にスフィアを解き放つ2人。空中で衝突して、大量のエネルギーを辺りに撒き散らす。更に同時に空中で交差する。
 攻撃範囲はエアの方が広い。威力もエアが高い。だが、攻撃回数、速度において圧倒的にフェイトが勝っている。
 優勢に立っているのは、フェイトだ。
 だが、それでも尚、彼女に勝てる気がしない。
「――」
 戦う理由に差がありすぎる。
 彼女は、彼のためになることならば例え家族でも殺すだろうという決意が見られた。
 対して、自分はどうだ。
 一体何のために戦おうとしているのか、自分で解っているのだろうか。
 そんなもの解っているわけが無い。

 第一、戦う理由は、自ら放棄した。
 一番共に戦いたい相手を、肩を並べて戦いたい相手を、自ら攻撃した。

「…五月蝿い」
 ぼそりと呟くフェイト。自分の思想に対してつばを吐く。戦場では邪魔だと、その思考を切り捨てる。
 彼女の言う正義など認められるものではない。当然だ。たった一人のための正義など何が正しいのだ。
 それを間違っていると思う反面、フェイトはそれを羨ましいと思い、肯定する。
 そんな自分が酷く煩わしく、そしてまた、鬱陶しかった。切り捨てきれない自分を、どうしたらいいかが解らなかった。

「煉獄魔法第三奥義――黄泉炎」
「バルディッシュ、プラズマザンバー!」
「あ、フェイト、場合によっては限定解除いいぞ、私が許可出すから」


≪to be continued.≫






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