「人は――」 時折思い出す、何と無い情景。 「我らの住処を、奪うのか」 ずっとずっと其処に住んでいた。 ずっとずっと、其処に住んでいた。 略奪されようと文句は無い。ここより良い生活があれば文句は無い。 けれど、ここより良い生活などありはしない。 家族。 家族が揃っているのだ。 ここより居場所などありはしない。 例え、何処であっても。 「――さん、アゲハさん?」 不意に声をかけられて意識を取り戻す。吹っ飛んでいたらしい。 「大丈夫ですか?」 「うん、ボケっとしてた、それより大将方居る? 幾らなんでも中将に群は動かせないし…」 「ですね、大将権限持っている方ならば、現在はウィシュヌ大将、ハリア大将、オーヴ様と、3人です」 「ありがと、じゃあちょっと尋ねてみるか、僕が交渉するしかないでしょうし」 苦笑しながら立ち去って行く。 では、目的を果たすとしよう。 この戦争、真の目的を、今この場で。 『光の子』―Aura.― 第二十二話『7日目――死人の宴』 死体が崩れ落ちる。 キリエの放った射撃魔法は的確にノーバディを打ち貫き、崩壊させた。フェイトも同じようにノーバディを数体一撃で倒す。 「ふむ、流石だな」 床に降り立ち、キリエは呟いた。 フェイトの実力はたいした物だ。本気を出せば未だ比べるべくもないだろうが、それも年々埋まって行くだろう。抜かれるときも近い。 少なくともキリエはそう見ている。 フェイトから見れば、キリエの実力は天にも届かんばかりなのだが。 「戦技教導隊、末席くらいならば倒せるかも知れんな、何時か戦わせて見たいものだ」 くっくと笑うキリエ。 最も、戦いになればフェイトの致命的欠陥は浮き彫りになろう。 戦場が逃げ場という、致命的欠陥。 逃げるために戦っているのでは、話にならない。 ふむ、とキリエは考えるそぶりを見せる。 どうせこの戦争も終わりは近い。 ならば、まあいいかと彼女は簡単に頷く。不幸にも、フェイトは其れを見ていなかった。 「フェイト」 「あ、はい」 短く名前を呼ぶと、彼女は直ぐに答える。 向き直ったその瞬間、フェイトは思い切り身を捻った。 「…何のつもりですか?」 「殺気無しでも反応するのか、やれやれ、私は教育係には向いていないんだぞ」 ぼやきながら、彼女は武器を構える。 武装は只のS2A。時空管理局の支給品。だが、支給品だからと言って馬鹿にしてはいけない。大量生産されている其れは性能に信頼がある。 下手なインテリジェントデバイスを使うよりは、こちらの方が使いやすいだろう。 それを、今はフェイトに構えている。 「何の冗談ですか、争っている場合じゃ」 「そうだな、内輪もめしている場合じゃない、だったら私は敵で良い」 圧力をかけて、彼女は言う。 はっきりとした口調で、敵となると宣言をした。 「だから、ふざけている場合じゃ!」 「ふざけてない、本気だ、本気で来い、下手を打てば死なせるぞ」 目が本気である。口元も笑ってはいるものの、殺気に溢れている。 エアと戦っていたときのような純粋な殺気ではないが、それでも当てられそうになる。キリエの強さはエアを圧倒した所からも、間違いはない。 だが、そもそもフェイトには免疫がない。 味方が敵になるという、その事態そのものに、彼女は殆ど免疫がない。 「くっ!」 慌てて距離をとる。兎に角一端距離をとらなければならないと、フェイトは一気に離れた。 「どうした、下手を打てば殺すといったぞ」 ――はずだったのだが。 いつの間にか、キリエがフェイトの後ろに回っている。 驚愕する間もなく一撃。単純な蹴りだが、回避することも出来ず思い切り受けた。 「くっ!?」 『マスター』 「へ、平気…!」 言っては見たものの、左肩に良い一撃を貰ってしまった。左腕の感覚が怪しい。右手のみでバルディッシュを構え、左半身を後ろに隠す。 キリエは止まらない。あっさりと地に足を着き、S2Aを振り下ろした。 「やれ、“百鬼夜行”」 呟かれた言葉がキーワードだったのか、空中から6本の射撃魔法がフェイトに放たれる。 狭い通路では回避は難しい。だが、防御することも出来ない。収束魔法と同等の破壊力がありそうだ。1人で1度に6本もの射撃魔法を放てるなんてのは聞いたことがないが、似たような破壊力を出せる友人を、フェイトは知っていた。 しかもあちらは1本だけだ。それに比べれば、可愛らしいかもしれない。 「う――!」 だが、比べて可愛らしいというだけで洒落にはなっていない。 後ろに飛びずさりながらシールドを張るフェイト。矢継ぎ早に繰り出される攻撃は、キリエが本気だということを示していた。 「バルディッシュ!」 『Yes Sir.』 攻撃を全て回避し、防ぐ。とりあえず射撃魔法はこれで終了かと思えば、キリエは既にフェイトの視界から消えていた。 一瞬頭が空白になるフェイト。しかしその場で頭を下げ、身を捻り、接近していたキリエの一撃を回避する。 「…反射に近いな、蛙か何かの動物か、お前は」 どうにもS2Aで殴ったらしい。デバイスで物理的に殴るのは、はっきり言って間違いだ。 「さっき、から、どういうつもりですか!」 攻撃もせずにフェイトは再び距離をとる。 其れに対して、キリエは呆れのため息をついた。 「耳が遠いのか? 頭が悪いのか? 私はお前の敵になったと聞こえなかったか?」 「っ…!」 そうだ。それは先程から言われている。 だが、フェイトには信じられない。先程まで肩を並べて戦っていた仲間だ。それがいきなり敵になるなど、フェイトの今までの経験には無い。 「ぼけっとしている暇など無いぞ、全く――」 「っ!」 速い。否、速いのではない。行動が見えない。 今もそうだ。先程まで相当の距離があったはずなのに、それが一瞬でつめられている。気がつけば、キリエが目の前に居るのだ。 それがどういうことか解らない。それが解らなければ勝つのは不可能に近いだろう。 「え?」 一瞬自分の思考に空白を覚える。 今、何と考えた。勝つと言ったか。味方に手を挙げるつもりでいるのか、自分は。 「…」 違う。今のキリエ=アルヴァニアは敵だ。 ならば手を挙げることに一片のためらいも必要ない。だというのに、何故戸惑うのか。 「おい、どうした? 真面目にやらないと死ぬぞ? 私はともかくこいつらは貪欲だ、クーン、フィルト、エィス…誰も彼も、常に生き残ることより戦いに飢えた馬鹿どもだ、気を引き締めろ」 ふと、少しだけ優しい瞳をして彼女は呟く。 最もそれは殺気の中に紛れ、比較して優しいのであって普段に比べれば全然優しくない。 けれどもその瞳に一瞬、フェイトは見とれた。 この戦場の中、それだけ時が止まったように綺麗だった。 「ああ、いや、気にするな ――全く、どうして中々忘れられないものだね…喧嘩を売ったのが我々なら、絶対に謝らないんだが…」 呟きと同時に射撃魔法。狭い通路、フェイトはそれを回避する。 だから、フェイトには最後の一言が聞こえなかった。 聞こえていれば多少は何かが変わっていたかもしれない。だがそれでも、戦闘は始まっていたのだ。そもそも敵の言葉に耳を傾ける方が間違っている。 最後の最後。 キリエは、少しだけ無念そうに呟いていた。 「すまないな、皆 裏切り者と、精々罵ってくれ――」 ■□■□■ 獣のように荒い息を吐き出しながら彼女はかけて行く。 その速度の速いこと。弾幕の嵐の中を恐ろしい速度で駆け抜け、右腕をふるって局員の頭を文字通り刈り取った。 更にその場で回転。蹴りでやはり腹部を刈り取り、拳を突き出して射撃魔法を相殺する。たった一人で10数名を見事に制圧しきるその性能。 僅か数秒で凄惨な光景が、辺りに広がった。 その中心に立つ、短い金髪をした若い女性。血に染まってその輝きは失せているが、それでも損なわれるようなものではない。 「…どうも、エンディミオの近接特化型魔法士、フィールアです…聞いてる人いないね」 彼女、フィールアはため息混じりに言う。此処にいる人は全部自分の手で殺したのだから。 軽くため息をして壁に背を預けて座り込む。同時に、かつんと小さな足音。 「これまた、派手に殺したな」 全身にある僅かな裂傷と、同じようにほぼ全身に付着している血液。此処の死体を誰が作り出したかなんて考えなくても解る。 現れた彼女は剣を構えて、彼女へと向き直る。 「固まってる分殺しやすいんですよ、酷くやりづらいのが貴方のように1対1を望む人ですね、それが沢山いると、体力も消耗しやすい」 「そうか、ならば私は死ぬわけにはいかないな」 フィールアは立ち上がり、軽く両の拳を構える。 「因みにお名前は?」 「夜天が騎士、烈火の将シグナム」 剣を構えて、シグナムは名乗りを上げた。 それを聞いて、フィールアはくっくっくと心底おかしそうに笑い始める。 「…何がおかしい」 「いえいえ、私フィールアです、エンディミオ近接特化型魔法士、フィールア」 それだけを名乗り、フィールアは弾ける。 確実に命を刈り取ろうと接近し、その腕を繰り出す。“みなしご”のように出鱈目な肉体性能ではない。これは魔法で強化してある。 シグナムはそれを回避し、カウンターで剣を繰り出す。その一撃をやすやすとフィールアは受け止めて、その場から一端距離をとり、すぐさま前に跳ねた。 拳の一撃を、シグナムは剣の柄で無理矢理撃ち落す。 だが、それで彼女の攻撃は終わりではない。撃ち落された無理な体勢から、左腕を思い切り振るう。それをシグナムは剣を回転させ、刃で受け止める。刃の上を滑って行く彼女の左腕。流石に体制が不安定だ。シグナムの蹴りを諸に受けて、距離をとらされた。 「けほっ」 軽く堰をするだけで、彼女は立ち上がった。 「…鳩尾にクリーンヒットだったと思ったが」 「いえいえ、軽く避けましたよ、それでも腹に当たって苦しいですが」 損傷はそれくらいか。シグナムは僅かに呆れる。 その力を犯罪者としてではなく、秩序を守るものとして振るえば彼女は相当の実力者になっていただろう。 腰に手を当てて一つ息をつく彼女。 そして、腰元から一丁の拳銃を取り出す。それのセーフティを解除して、シグナムに向かって無造作に一発放つ。 「――」 シグナムは動かない。銃弾は、彼女の頬を掠めて通って行った。 「相変わらず下手だなあ、私、やっぱりあわないや、カノンサポートならできるのに拳銃になると使えないんだなあ」 そして惜しげもなく拳銃を捨てる彼女。 ギリギリでわざと外したのか、それとも狙って外れたのか微妙な発言である。 シグナムは少しだけ後ろを見る。銃弾のあたった場所には、何も無い。これまた微妙な所だった。 「貴様らの目的は何だ」 「え? …んー、虚の番犬にはなんらか目的がありそうだけど、私らには無いなあ、とりあえず楽しければ何でも良いし、極一般的だと思うけど? この考え方は」 手の血糊を服で拭いながら唐突なシグナムの疑問に答える彼女。 その回答を聞いて、シグナムは僅かに眉をひそめる。 「…これだけの人の命を奪いながらか」 「ああ、そっか、其れはご法度だね確かに」 同じように左手の血糊も拭う。 とりあえず、ある程度は綺麗になった両手を見てよし、と彼女は頷いた。 「でも関係ないんじゃない? どこの世界でも裕貧の差は出るわけですし、それを無視して生きてるなら人殺しとなんら変わり無いのだし、誰も自分の幸せを追い求めるのは代わらないからね」 ぐっと軽く体を伸ばしながらフィールアは言葉を続けた。 「生きている以上何かを破壊していくしかない、人もその対象の一つって事、なら何もしないより、苦痛を得るより、楽しくしなくちゃ」 どうせ破壊するのならば快楽を得ろ。 どうせ奪うのならば全部奪ってしまえ。 苦痛を伴った進化など不要。 「…お前は、間違っている」 シグナムは構えを取り、真っ向からフィールアと相対する。 其れを見て、フィールアは笑った。 「でしょうね、じゃ簡単に決着をつけよう、勝った方が正義っつーことで、どうせ敗北すれば死ぬんだし、それでいいだろ?」 にやりと笑い、フィールアが地を駆ける。 幾度目かの交戦が開始される。その瞳と瞳が、交差した。 ■□■□■ 槌と足が交差し、衝撃で同じ速度のまま吹き飛び床を勢いよく転る2人。 「ヴィータっ!」 「佐師っ! 蓮華、サポートを頼みます!」 「了解、静朽!」 「はやてさんっ! まだ終わってないですっ!」 声に激励されたわけでもないだろうが、すぐさま二人は起き上がる。 佐師は軽く口元に手をやり、口の端から流れていた血を拭い取る。ヴィータは息を切らせながらグラーフアイゼンを構えなおした。 「頑丈な武器だな、俺の攻撃で砕けないとは」 「カードリッジリロードしても砕けないのか…」 感想は似たようなものだ。 佐師の拳も足も、グラーフアイゼンでは砕けていない。同時にグラーフアイゼンは佐師の足や拳では砕けない。 佐師からすれば武器が驚異的だが、ヴィータからしてみれば彼の体が異常だ。 「遠距離魔法も弾かれる、後ろの奴らもかなり強いな、お前ら」 「ああ、だがそれはお前たちも同じだ、かといって停戦をする気は無い、無論俺たちが勝って貴様らを気絶させて――仕舞いだ」 拳を握りなおす佐師。それを見て、ヴィータは苦笑した。 解りやすい戦い方だ。後ろは完全に彼のバックアップ。前衛は彼一人。今のヴィータたちと同じような状況である。 後衛ははやて、リィンフォースU、そして前衛はヴィータ。 「佐師、機嫌よくなってますね」 「戦闘タイプが同じだからな、真っ向から戦うことしか知らないアイツにとって、同じ奴は好感が持てるんだろう」 後ろで蓮華と静朽が何事かを呟いている。 それを無視して、佐師は再び前に出た。 「くそっ! はやて、リィン、ちゃんと下がってろよ…!」 「はっ、せぃっ!」 再び交差する2人。ヴィータは僅かに距離をとり、そして佐師は距離をつめながら攻撃と防御を繰り返す。 そもそもグラーフアイゼンで砕けない拳も足も、今まで存在しなかった。 その事実に最初は焦ったが、少なくとも今は大分落ち着いてきている。それに合わせて相手の攻撃も鋭さを増してきているようだ。 「接近戦になったら手の出しようが無いなあ…どないしよか」 「サポートで良いと思いますよ、それに油断大敵です、相当の実力者ですから」 言われなくてもわかっている。はやての周りには常に十個にも及ぶスフィアが浮かんでいた。 はやてにしてもリィンにしても見ているしか出来ない。これがもう少し広い場所ならば後衛と交戦もするのだが、それだけのスペースも無い。 結局局内と言う狭い場所でははやて達はその全力を発揮しきれないのだ。 その間にも、2人の交戦は続く。 一撃一撃が重たいヴィータに対して、佐師の攻撃は手数が多い。 一撃が当たるたびに佐師は嫌な顔をするが、その一撃に対して佐師は3回攻撃を返す。 「…出番が無いな、俺たちも」 「いえ、出番はありそうですよ、蓮華、後ろから3名…いえ、3体かな」 静朽の言葉に、蓮華は素直に後ろを振り向く。 名前を知るわけも無いが、ノーバディが3体、確かに彼らに迫っていた。 「貴方たちもお気をつけなさい、背後から迫ってきますよ」 「え?」 蓮華の言葉に、はやては素直に後ろを振り向いた。 そこには、先程の変な奴らが、ノーバディが迫っている。 「こ、こいつらっ!?」 「4体っ!」 「こっちも来たか…静朽、BGMは『天球』で頼む」 「はぁ、良いですが…私実はAILって嫌いなんですよね、どうも好感が持てるバンドじゃない」 リィンフォース、はやて、蓮華、静朽はほぼ同時に全てのノーバディを破壊した。 無論、ヴィータや佐師のように武器でではなく、魔法でだ。彼らの能力は須らく接近戦には向いていない。はやては接近戦でもある程度は戦えるだろうが、流石にシグナムやヴィータのようにはいかないだろう。 「ところで静朽、何故態々教えた、教えなければ奴ら死んでいたものを」 「此処で死なせるわけにも行きますまい、殺すのならば、正面から堂々と――少なくとも我等の前に居る限りは、我等の前に居ない場合などどうなっても宜しいが」 「…そうだな」 そこは一切否定するつもりは無いらしく、蓮華は呆れたため息をついている。 「くそ、コイツ――!」 「ぬぅ、いい加減、倒れろっ!」 激戦は続く。 だが、そろそろ決着は見えてきた。ヴィータが押している。 拳や足にも、傷が見え始めている。どれだけ頑丈といえど、やはりそれは破壊できるのだ。それが自分の体となれば、当然痛みに判断は鈍ってくる。 破壊できない物質、壊れない物質など世の中には無い。 「ぐっ、くそがっ!」 決着は近い。 此処からは、激戦地区が間近に見えた。 ■□■□■ 平然と駆け抜けて行く20名そこらの戦士たち。 空を飛んでいるもの、地面を駆け抜けるものと、そのあり方は様々だ。だが、そのどれもが一様に同じ方向へ向かっている。 辺りには死体。ノーバディの軍勢。だが、数だけの相手など恐ろしくは無い。時空管理局地上本部も基本コンセプトは“数の暴力”だが、その連携の精度は天と地ほどの差があった。 言ってしまえば、ノーバディ如き敵ではない。 彼らにしてみれば、小石のようなものだ。 「よう、ところであんた等クリムゾンファミリー?」 「いや、俺“孤燐”」 「“天波の矢”です」 そしてその所属する場所も様々。 よくもまあこれだけ集まったものだと感心してしまうほどに、様々な場所の人物達が入り乱れていた。 「あの変なのだったら相手じゃねーけどさー、これそろそろ下がった方が良いかねえ」 「穴どうしますか?」 「敬語じゃなくていいというのに、んー、今でこそウチのリーダーが…ああ、“ナスグルド”のリーダーが守ってるけど…」 「数に押されて終わりそうだぜ、いはは」 全く持ってその通りであった。 はっきり言って、既に奇襲作戦は大部分が意味を成さなくなり始めている。局の連携は整い始め、信頼関係も修復されていた。後者については、今は仕方ない、という部分も多いだろうが、一時的には形を成し始めている。 これを機に、一層仲間の絆が深まるのは間違いなさそうだ。 そしてそれは、犯罪者群にしてみればあまり宜しい話ではない。少なくとも、今は。 「夜まで下がる?」 「これ以上此処にいてもろくに戦況は変えられそうに無いのは、確か」 「どーせ明日が最後だしな、うう、長い3日間だったのぉ…!」 「今何時?」 「昼…ああ、3時だって」 「反応くれよ誰かっ!」 ぎゃあぎゃあ喧しく喚きながら20人は局内を走って行く。 途中途中に現れる敵など、物の数ではない。只でさえ犯罪者群の彼らは一人ひとりの能力が高いのだ。限定された場所でも、辺りの破壊を気にせず戦える分、管理局員より彼らのほうが有利と言えた。 「どんな苦しい時だって、僕たちは恐れないー」 「お、良い歌だな」 「歌え友よ力の限り、俺たちだけのオリジナルっ! 無事戻れたら聞かせてやるよ」 勢い良く目の前の敵たちを駆逐して行く彼ら。 そして彼らの前に、凡そ30名に上る局員たちが現れる。ははっ、と楽しそうに嗤う者がいれば、軽くげんなりとする者もいた。 「あ、少々お退きになっていただけますか?」 「はい、解りました」 「何であんたらまで敬語?」 「敬語になりたくなるんだよう、あの威圧感でさぁ…」 「泣くなよ」 「術式“花劇”」 言い合い始めた彼らを他所に、下がってください、と最初に言った彼女は魔法によってその手から大量の花びらを生み出し通路を埋めて行く。 目くらまし、などと生易しいモノではない。 花びらから飛び散る花粉を吸い込んだ人物達が片っ端から倒れて行く。殺傷能力も無い、只の花弁だと思い突っ込めば意識不明の重態になり、益々意識は深いところへと落とされていく罠だ。――性格の悪い魔法といえば、そうだった。 「げ、げふっ…」 「うおっ、こっちにまできとるっ!?」 「止めろー! 誰かそいつを止めろー!」 20人居た犯罪者群も彼女の後方に居たというのに、多少の花粉を吸い込んで、倒れた。 楽しそうに、実に楽しそうに笑いながら――半分泣いているが――魔法を止めさせる彼ら。魔法を放っていた彼女が魔法を止めて、はぁ、と呆れのため息とともに振り向く。 花弁が消え、花粉が消えた。そして現れる倒れきった管理局員たち。何だか痙攣している。 「エグい…」 「あ、何かお花畑が見えるー」 「ギルルー!? 戻ってこいーっ! ナスグルドの一員だろお前ー!?」 頬を叩く軽快な音が響いた。 そして再び彼らは走って行く。 楽しそうに、此処がまるで只の遊び場のように、走って行く。 「居たぞ!」 「我等の力を見せてやれっ!」 「お!? よっしゃぁっ!」 「行くぜおめーらっ! 生きて帰れよぉおおおおおおおおおおお!」 狭い通路で局員50人以上に見つかる。 だが、不利なのにもかかわらず、まだ楽しそうに走って行った。 ――そう、何を勘違いしているのか知らないが。 彼らにとって見れば、こんなもの遊びに近いのだ。 「月が満ちたら獣になりっ!」 「天翔生愚、地象生良“我が名は我が名に在らず”」 戦争などではない。 断じて戦争などではない。 これは只の喧嘩。ムカツク奴が居るから、殴ろう、それくらいの思惑から始まった。 誰に集められたではなく、只やりたいからやっている。 楽しいから、戦っている。 「時間稼ぎをお願いします」 「仲間巻き込むなよ今度はっ!」 「01、02番隊は回り込め、残りは俺について来いっ!」 「了解!」 「サー、イエス、サー!」 射撃魔法とスフィアがチャージされて行く。 「地獄で会おうぜっ!」 「どっこでも大暴れするさっ!」 そしてそんなものと関係ないといわんばかりに彼らは正面に駆け出して行く。 光が通路を埋め尽くし――戦闘が、開始された。 「負けるかぁああああああああっ!」 「殺さず捕らえろ、とは言わん! 殺すつもりで倒せっ! 全軍突撃っ!」 戦争はまだ、終わらない。 《to be continued.》 |