では話を進めよう。 光は何処にも在りはしない。 例えここが地獄の底でも。 我らはもっと酷いものを見てきた。 そこは廃墟だった。 酷い廃墟だった。 その廃墟で誰かが泣いていた。 その誰かは、もう彼には、思い出せなかった。 『光の子』―Aura.― 第話『7日目――此処が地獄の底ならば』 クロノが足を止める。 目の前に、殺戮者が居た。 誰かは知らない。だが、肉体を使っているところから、“みなしご”の1人であろうということは想像がつく。 魔法も使わず、武器も持たずに、肉体のみでの殺戮。それが出来るのは、クロノの知る限りは“みなしご”という犯罪者群だけだ。 少なくとも今この場では。 局員の制服を裂き、溢れ出てくる血を浴びてから、彼はゆっくりとクロノに顔を向ける。 「……飽きた」 「は?」 「帰って、寝る」 一瞬の空白。いや、何を言っているのかと言う空白だ。 しかしその空白の間に惨殺者はクロノに背を向けてさっさと歩き始めている。当然其れを容認するわけも無く、クロノは一切の管理局のうたい文句をなしに射撃魔法を放った。 直撃する。 吹っ飛んで、転がった。 「…えーっと…」 撃って良かったんだよな。思わずそうやってデュランダルに問いかけてしまいそうになった。問題などあるはずが無いのに、問いかけたくなった。 何事も無かったかのように惨殺者が起き上がる。 そして俊敏な動作でクロノへと向き直った。 「何だ、死人入り希望者か、そういってくれればちゃんと殺してやったのに」 「っ――」 クロノの目に映る彼のイメージは蛇。ぞろりと長い髪の毛と、貧弱そうに見える全身は細く、そのイメージにしっくりくる。 彼が両手をあわせて、骨を鳴らす。ぱきぱきと妙な音が鳴った。 今まで何の表情も浮かべなかった顔が、やや嬉しそうに歪む。 「首か心臓か腹か、それとも出血多量かどれか好きなの選べ、脊髄ってのもいいかもしれんが、なるべく苦しみたくないなら頭がお勧めだ」 最初の選択肢に頭は入っていない。 「デュランダル」 『了解』 クロノが臨戦態勢に入る。彼から放たれる殺気の量が尋常ではない。 だが、腹が立っているのではないだろう。表情から判断できないため、ひょっとしたら怒り狂ってるのかもしれないが、中々そうは見えない。 クロノが臨戦態勢に入ったのを見てから、彼が動く。 彼との距離は10メートル前後。その10メートルを、彼は僅か1秒でつめる。壁の横をギリギリで走っているのは、攻撃を避けるためだろうか。 「ええいっ!」 後ろに跳びながらスフィアを連続して放つ。 壁を、天井を駆け抜ける彼は常人には不可能な動きで其れを回避して行く。体を捻り、壁を蹴りつけ、天井を爆ぜ、最後には自らの手でスフィアを弾いた。 凶悪な笑みを浮かべながら彼はクロノとの距離をつめていく。 「くっ! スティンガースナイプ、スナイプショット!」 『Snaip Shot』 再びスフィアが放たれる。先の攻撃とは違い、完全な誘導弾だ。回避不可能なはずの一撃。当たればただではすまないだろう。 それを、彼は2度にわたり回避するものの、最終的には諸に顔に受けた。一気にのけぞる。 だが、すぐに顔を戻した。 「いってぇ…」 それだけを言って、ぶるぶると頭を振る。 ――本当にそれだけで、彼は再びクロノに向かってかけた出した。 一瞬呆けていた自分を、同じく一瞬でたたきなおして、クロノは慌てて後ろに跳ぶ。 彼らを相手に油断をすれば、死ぬのは自分だとクロノはわかっている。 それから慌てて魔法を準備する。だが、果たして間に合うかどうか。相手の身体能力はクロノをはるかに上回っているのだ。多少跳んで稼いだ距離など、彼には何の問題にもなるまい。 彼の狂気に歪んだ笑みが近付いてくる。 魔法が完成するか否か、まさにその瞬間。 「お、よく下がったな、今」 「へ?」 ――聞こえた声に、クロノは正直な話、戸惑った。 クロノが着地した瞬間、影が一つ彼の脇から飛び出て、その真紅の槍のデバイスを相手にたたきつけた。 洒落にならない音がする。 デバイスも相手も無事だろうか。ストレージデバイスにしても何にしても、アームドデバイス以外のデバイスはそもそも相手を“直接”殴ることにおいては向いていない。なのはやフェイトは魔法で刃や槍を作り出し、あくまでその部位で斬ったり突いたりしている。 断じて、今のようにデバイスそのもので殴っていたわけではない。 「く、くく…防ぐかよ、コレを」 「甘いぜ管理局」 しかも防がれていた。がっちりと彼の両手がそのたたきつけた真紅の槍型デバイスを握っている。 たたきつけた人物――ウリアは、目の前の彼と同じような凶悪な表情を浮かべている。少し怖くなって、クロノは更に下がってから魔法を一つはなった。 「あ、それ意味無いぞ」 「え?」 「やるなら高町のスターライトブレイカー並じゃないと」 無理な注文だ。だが、とりあえず魔法は直撃し、彼は再び頭をのけぞらせてウリアの槍から手を放して転がって行く。 それなりに勢いは良い。 直撃したのも、間違いは無い。 だというのに彼は平然と立ち上がった。 「いてぇ」 「まあ直撃すれば仰け反ってはくれるしビビっちゃくれるんだが…お前確か、カラダだっけ? “傑作”の1人だったな、魔力系統は傑作が大量に出来たけど、身体能力系統はどうにも傑作が出来づらくてな…よく覚えてるぜ、お前」 呆れ気味に槍を構えながら、ウリアは平然と喋って行く。 クロノには何がなんだか解らない。傑作という単語の意味も、覚えていると言う意味も。 一つ解ったのは、恐らくは知り合いと言うことだけ。 「う、ウリアさん?」 「誰だよアンタ、こっちゃアンタのコトしらねーよ」 「当たり前だボケ、知っててたまるか」 そしてその理解された出来事は5秒で蹴散らされた。クロノの頭の中が白紙になる。 ――何事だコレは。 何を喋っているんだ、この人たちは。 「クロノ提督、下がってな、お前じゃ通常“みなしご”の相手は良いが、コイツは相手が悪すぎる」 クロノを下がらせながら、ウリアは前に出る。言われるままに、クロノは下がった。 それから何か魔法を発動しようと槍に何事かを呟くが――ストレージデバイスは、無反応だった。 「ってデバイスやっぱり逝っちまったか、まあ散々無茶させてきたしな…お疲れさん、ゆっくり休め、後で直すから」 適当に言いながら、ウリアはデバイスを放り投げる。 愛着も何もあったものではない。先輩からの貰い物で、それなりに大事ではなかったのだろうか。嘘かもしれない。その可能性は大いにありうる。 問いかけたくなったクロノだが、とりあえず、彼は腰元から一枚、カードを取り出していた。問いかける間もない。 ウリアの笑みが、クロノには見えない。 「本気で行くぜ、てめぇ相手に手加減は場所が場所なだけにこっちの分が悪いんでな、“ハルヴァ”セットアップ」 『応、マスター』 その右手に、巨大な黒い十字架が収まる。 そのデバイスを、クロノは見たことが無い。これまで、只の一度も。 ウリアとの付き合いはそれなりに深い。同じ管理局本部勤務だということもあるが、同時に彼は、彼ら戦技教導隊はよく他の提督達と交友を持っていた。 歓迎戦や模擬戦、色々な事に付き合ってくれる彼ら、戦技教導隊は酷く友好的だ。時として彼らから平然と訓練をやってくれる。 ――他にやることも多いだろうに、まるで気にしないように。 その中でも、ウリアは特に模擬戦参加率が高い。クロノは全ての記録を見ている。 そして、その記録の中、只の一度もあの黒い十字架は出てきていない。 多数のデバイスを使うと言うことは聞いていたが、そのデバイスでどのように戦うかが解らない。 「…その十字架…知ってる、最終後期作品、“我等黄昏”のエルか」 「せぇかい、お前と同期だよ、最終後期作品…まあこうなっちゃ隠す意味もねーし、行っとくか、本気モード…ハルヴァ」 『――良いのですか』 ふと、彼の手に持ったインテリジェントデバイスが答える。 「仕方ないって、初期作品とは言えど油断したら死ぬぜ俺ら?」 何かの心配事だったのだろう。ウリアは、朗らかに笑ってデバイスの問いに答えた。 それからふとクロノの顔を見る。 少しだけ苦笑した、何時もの彼の笑顔。クロノは何を言えば良いかわからない。 それから直ぐにカラダへと向き直る。凶悪な笑みを浮かべて、豪と吼える。 「じゃ、行っとくか」 『拘束解除、術式開放』 「暗証キーコード、“生き抜くという夢を持て”――行くぞ、我が名はエル、エル=ウィー=トワイライト、黄昏の館が3騎士の1人」 一瞬、ウリアの体が輝いた。 青い光が彼の体を上から覆っていき、直ぐまた其れが消えて行く。 光が消え去ったとき、そこに居たのはウリアと言う人物ではない。 短い紫色の髪の毛に、銀のジャケット。その瞳は赤と蒼のオッドアイ。 黒い十字架を彼が構える。 「クロノ、手を出すなよ、どちらに手を出してもお前を殺す――解ったな、解ったら、黙ってみててくれ」 言いながらウリア、いや、エルが動く。 恐ろしく速い。しかも素手でカラダへと殴りかかっている。乾いた音が響き、カラダの顔が吹っ飛んだ。 しかしそのまま腕を伸ばし、エルの肩を掴むカラダ。そのまま引き寄せ、エルに対して頭突きを喰らわせる。 軽くたたらを踏むエル。だが負けずに再び拳を繰り出す。 軽く顔がはじけるが、カラダも同じように拳を繰り出してくる。 必殺の一撃。確実に死を迎える一撃を、エルは諸に顔面に受けた。 だが、横合いから再びエルの一撃が相手の顔面を捉えた。 「っずぁあああ! ハルヴァぁっ!」 吼える。右頬の肉が大半飛んでいるが、それでも遠慮無しに吼えた。 敵の顔面を左手で掴み、そこから射撃魔法を放ち相手を吹っ飛ばす。空中で縦に2回転した後、カラダは再び得るに向かってはじけた。 「よく見とけよ、提督 これが戦う奴らの末路だ」 エルが呟き、十字架を床に突き立てた。 「ちょ、ちょっと、殴りあうつもりですか!? さっきも――」 思わずクロノが焦って言ってしまった。言ってから、自分が何を言っているのかと言う気になる。 彼が誰だかクロノ走らない。少なくともウリアなどではないのだ。味方かどうかもわからない。 「優しいねお前、心配する余裕があるなんてさ、平気だよ俺は、しなねーから」 『ご安心をクロノ提督、彼なら負けることはありません』 エルとデバイスが答える。 「ハルヴァ、クロノ提督の周りに誰か来たら教えてやれ、ノーバディでもだ、いいな?」 『了解、マスターは?』 「まだ開放術式に慣れねえ、ちと時間かけて戦うぜ」 向かってくるカラダに直進するエル。 そして本気で彼と取っ組み合う。狭い制空権を2人で競い合う。 一撃をどうやって当てるか、それを考えるだけの機械に成る2人を見て、クロノは漠然と考えた。 ――強い。 彼が敵であるのか味方であるのか、それを考えさせなくなるくらいに、彼らは強い。 ほんの1秒の攻防。その間に目まぐるしく攻守が入れ替わる。 そして軽く弾けた音がする。エルの頬がはじけていた。だが同時に、カラダの顔もはじけていた。 本気で殴り合っている。 あの“みなしご”と真っ向から殴り合える人なのか。そんなもの、クロノでも無理だ。魔法を使わなければ彼らとは対等に渡り合うことなど出来ない。 「ぎはっ! ははっ! 強いなあ、あんた!」 「――ははっ」 実に楽しそうに笑うカラダ。 そして、少し悲しそうに、それでも楽しそうに笑うエル。 「ははは」 その笑いが大きくなって行く。 「はーっはっはっは! そうだよそうだよ! こうじゃなくちゃ! こういうのがやりたくて殲滅戦に参加したのに、なぁっ!」 乾いた音が響く。連続して、3度も4度も、何度も何度も。 拳と拳が、足と足がぶつかりあっている。何度も空中で。隙を見つけては相手の急所に叩き込み、隙を見ては転ばせようと足払いをかける。足払いを回避して飛び上がり、そのまま一撃を叩き込むものの、それも回避する。 出鱈目な戦闘だ。 直感だけで戦っている獣とは違い、ちゃんと理論に基づいた戦闘ではあるものの、その動きが速すぎて獣と変わらないように見える。 「おらっ、死ね!」 「てめぇが死ねよ管理局っ!」 楽しそうに、命のやり取りが楽しくてしょうがないと言う風に彼らは笑っている。 其れを呆然と見ていたクロノに、ふと、声が掛かる。 『マスター・クロノ、危険です、後方10メートル、ノーバディが4匹』 「!?」 慌てて振り向くと、そこには形が不安定な何者かが確かに4匹存在していた。 クロノが攻撃したのと、クロノ両脇を2人が駆け抜けて言ったのはほぼ同時。 「は?」 「んにゃろ一撃当たれっての! 首で良いから!」 「死ねってか!? 死ねってかこらぁっ! てめぇふざけんな!」 ――もの凄まじい勢いでかけながらの攻防を続ける2匹の獣。 経過した場所に居たノーバディは、ばらばらになった。いや、これはクロノの攻撃によるものだが。 構えたクロノが瞬時呆然とする。たっぷり5秒間ほど沈黙が降りて、ようやくクロノは口を開く。 「…何なんだ?」 本当に何事が起きたかわからない。 ウリアの変身。いや、そもそもウリア=L=ゲイズレストだったのかどうかすら解らない。魔法の効かなかった相手。ノーバディとやらの強襲。 「情報が足り無すぎる…」 『何なら情報を全てご提供いたしましょうか? マスター・クロノ、私が持ちうる情報なのでやや少ないですが』 クロノの呟きを隣に立つハルヴァが俊敏に捕らえる。 エルの残して行ったインテリジェントデバイス。 「――ハルヴァ、だっけ?」 『はい、マスター・クロノ、デュランダル、私は元々情報提供のために残されているようなものですし、提供しましょう、聞きたいことをどうぞ』 朗々と、よく喋るインテリジェントデバイスだった。 信用して良いものかどうか迷うクロノだが、どちらにせよ情報が少ないのは確かだ。 今は例えどんな形でも情報が欲しい。 「解った、知っていることを教えてくれ」 『了解、では先ず私のマスターについて、と…そうか、館についてからですね、黄昏の館、そのあり方から』 インテリジェントデバイス、ハルヴァが記録しているすべてのコトを吐き出していく。 クロノは其れを黙って聞いていた。 ■□■□■ 連携が整い始めてきた。情報網は僅かながら復活している。未だに念話妨害、電波妨害が続いているためにやや不利だが、それでも有利性が復活してきた。 その中を、なのはは疾走する。 連戦が祟ってか、流石に魔力もつきかけている。体力も限界一杯だ。それでも何とかその場所に辿り着くことはできた。 「あら、なのはちゃん!?」 「あ、こんにちは、シャマルさん…」 言った瞬間、なのははぶっ倒れる。顔面から床に向かって。 良い音がした。 相当痛かっただろう。シャマルが慌てて駆け寄る。 「大丈夫!?」 「さ、流石に限界ですね…昨晩からの連戦が祟りました」 「…そう、目立った外傷が無いのはさすがね、戦技教導隊での訓練の賜物と言えるわ、フィーツタン! ベッド空いてる!? あ、やっぱりあいてない? 魔力切れの子が…そうねぇ、でも床に転がしてても体調悪化するわよ?」 なのはが立ち上がり、壁に背を預ける中、シャマルとフィーツタンの会話が聞こえる。 辺りからはうめき声も多く聞こえた。この戦争による負傷者は多そうだ。 下手をすれば、死者の方が多いかもしれないが、それはあまり考えたくない。 「んーじゃあ仕方ないか、広い部屋空けてもらえないかしら、そう、布団はこぶの、せめて床じゃなくて冷たくても布団の上で眠ってもらえば大分違うでしょ」 シャマルが辺りの負傷者の傷を治しながら、フィーツタンと会話をこなす。 その顔色はあまり宜しくは無い。フィーツタンも仮面をつけてはいるものの、相当疲労しているようだった。 此処は野戦病院だ。兵士がひっきりなしに駆け込んでくる。僅か数百名で、数千名の面倒を見なければならないのだ。顔色が悪くなって当たり前だが、休んでいる暇は無い。 「おっけー、それじゃあ治った人たち少し手伝ってもらいましょう」 「…」 「え、私? 私まだ平気よ、貴方も平気そうに見えて相当辛いでしょ、貴方と同じくらいには、まだ働けるわ」 くすくすと平気そうに笑いながら、浅い呼吸を繰り返すシャマル。 必死になって自分をごまかしながら彼女は傷を直して行く。 ――ぼんやりしている暇は無い。今は一秒でも速く、魔力を回復させなければならない、となのはは自分の中に潜って行く。 ■ 「じゃあちょっと治った人――あら、なのはちゃん?」 いつの間にか、なのはは寝入っていた。 すやすやと、年相応の寝顔を見せている。 『寝かせてあげてください、昨晩から殆ど眠っていません』 「…そう、流石に辛いわね、子供には、はやてちゃん大丈夫かしら…ちゃんと睡眠はとってたみたいだけど…」 『はい』 レイジングハートがシャマルに進言する。 確かに辛いだろう。なのははこれでもまだ15の子供なのだ。本当ならば遊びに回っている時期を、戦争で過ごしている。 もちろんそういう世界もある。だが、なのはの居た世界は平和だった。 まだ、遊べていたのだし、フェイトのように訓練をしていたわけでも、はやてのよう無尽蔵の魔力があるわけでもない。彼女は、本当に普通の人間なのだから。 「…ベッドは空かないから、とりあえず適当に辺りに布団を敷くわ、なのはちゃんも運んでもらうから」 『お願いします』 「ええ」 シャマルの提言に、レイジングハートは素直に礼を言う。 まだ戦争は終わっていない。 だがとりあえず高町なのはは一時的に、戦線を離脱した。 ■□■□■ 「おろー? 死んでんじゃんかよ、ぬぅ、何かウチの連中死にすぎじゃねえ? 油断してるのか狙われてるのか、まあ多分一番数が多いからか、んじゃなナイ、また後で死体集めて…は無理か、でもまあ骨なし体なしで火葬くらいはするから」 一応のつもりか、手を合わせてから彼はその場を歩いて行く。 クリムゾンファミリーのリーダー、エッジ。 炎の悪鬼と恐れられる彼は楽しそうに辺りを見回した。 「殺した奴も近くに居ないみたいだし、来る敵来る敵ぶっ飛ばすし…で、お前何? 5分近くつけてきてんだけど、ストーカー?」 「気づいてましたか、流石ですね」 高い音を一つ立てて、通路の影からアリーゼが現れる。 盲目の魔術師は、その手に拳銃型のデバイスを持っていた。 「…誰? 知り合い? 悪いけどしらねーぞアンタ?」 「貴方は知らなくても私は知っていますよ、炎の悪鬼、エッジ=フレアヴァイト――といいたいのですが、さっきから炎の魔法を一回も使いませんねえ、貴方」 指を鳴らしながらエッジはアリーゼに向き直る。 彼女の言うとおり、一度も炎の魔法を使っていない。全てを体術だけで乗り切っている。その体術も並ではないが、彼の通り名に合わないだろう。 曰く、炎の悪鬼。 会う者全てを灰燼と化す。 「あー懐かしいなあその呼び名」 「懐かしい?」 「んー、まあ何だ、ちょっと諸事情で炎の魔法は使えなくなってるんだよ、俺、その事情をお前に話してやるつもりは無いが知りたいならクリムゾンファミリーの誰かに聞けば良い」 言いながらも彼は拳を構える。 怪訝な表情をしながらも、アリーゼは銃を構えた。 開戦の合図は、アリーゼが躊躇い無く放った銃弾から。エッジは容易くそれを弾き、一気に距離をつめる。 「え? はやっ――」 無言のまま、エッジは下へともぐりこみ、拳を上へと打ち出した。 軽く上体を逸らし、更に一歩後ろに跳ぶことでアリーゼも其れを回避する。着地する前に次々と銃弾を放った。容赦も無い弾の嵐、それを――。 エッジは、全て、回避する。 「この狭い通路でよく避けますねぇ」 「まあ苦肉の策さ、何せ俺には魔法がなくなっちまったからなあ、それでもついてきてくれるやつはいるが――ま、こちらから頭下げるなんてごめんだからな、俺は配下に選ばれる主がいい」 軽く構えを取りながらエッジは笑う。 配下に選ばれる主。配下を選ぶ主。それのどちらが優れているかは解らないが、それのどちらに従いたいかと聞かれたら、アリーゼは迷わず前者を選ぶ。 配下を選ぶ主もいいだろう。迷わず頭を下げる寛容さも時としては必要だ。だが、アリーゼに其れは気に喰わない。 「俺は誰にも頭を下げん、一人になって誰から裏切りに合おうが、俺はこの生き方を否定しない、俺自身を間違えない、そして仲間を見捨てない、たとえどんな奴であっても、人質に取られようとも、俺一人の命で助かるのなら堂々と俺は死のう」 生まれ持ってきた王者の資質。 誰にも左右されないその生き方。その姿を、何度美しいと思っただろう。 「――ふふ、アウラにそっくり、でも貴方達はきっと分かり合えないでしょうね」 「そのアウラとやらが誰かは知らんが、俺の行き方と同じような生き方なら俺はそいつを殺すぞ」 世界に王者は二人も要らぬ。 我の強い2人は、会っただけでも殺しあうだろう。目に見えている結果だった。 エッジ=フレアヴァイト。犯罪などに手を染めなければ――あるいはどこかの世界で王くらいにはなっていたかもしれない。 「惜しいことをしている…」 「じゃあいくぜ、時空管理局、死に物狂いで抗って見せろ」 構えを取るアリーゼ、エッジ。 死闘がここにまた一つ、開始された。 ≪to be continued.≫ |