「頑丈かどうかって聞かれたら彼女は間違いなく頑丈だ ――いや、肉体でなく心の話だよ、彼女は肉親やそのほか仲間の死にすら鈍感だ 疎外感や孤独感、その程度じゃ傷つかないほどに心が鈍感 そうでもなければ、体の中にアレは封じ込められないだろうからな」 「…銀色の、悪魔」 「――あれを封じ込める方法は2つしかない 1つは彼女自身が制御する 1つは――」 「あれと同等の神兵装備、魔剣か神剣と呼ばれる類の代物で叩き潰す、か ――御伽噺の“グラム”か“エクスカリバー”くらいしか考えられんね、そんなもの」 『世界平和を望むもの』―デバイスファイト― ストーリー『2-1――残光(@)』 殺すチャンスである。 誰をって言われたら、長年の仇を。 傍にはバルディッシュが居るが、それくらい掻い潜ってでも殺せる。 ――俺の仇、銀色の悪魔、レイジングハートは昏睡している。 だから、何時だって殺せるというのに。 「…チクショウ、殺す気に、どうしてもなれねえ」 此処に至るまで多くを喪ってきたというのに。 何故殺せないのかなんて、その理由はわかりきっていた。 傍にバルディッシュが居るからだ。 アイツを――好いている奴がいるからだ。 たとえ世界中が敵でも好いているだろうという奴が居る。それだけで俺は殺せなくなる。だってアイツが敵対すれば、俺は絶対に勝てない。 誰も殺していないのだ。 バルディッシュという人物を、俺は憎みきれない。そして憎みきれない敵を、俺は殺せない。どうせ俺は純粋の戦死ではないのだから。純粋な戦士で無い俺が、憎みきれない相手をどうやって殺すんだ。 師匠が俺に教えてくれたのは1つだけ。 敗北してはいけない。 それだけをあの人は教えてくれた。 「はぁー、此処まで来て何やってんだ俺は…」 教団病院の廊下でため息を一つ。事後処理に走っているクラールヴィントと、状況を整えるために走っているシュベルトクロイツの姿は此処には無い。 此処にいるのは、バルディッシュと昏睡しているレイジングハートだけだ。 どうせバルディッシュは此処を離れないだろう。何を言った所で無駄だ。死ぬまで付き添うに決まっている。 レヴァンティンは逃げているし――アイツと俺が知り合いって知られたら確実に俺は捕まるな――やる事が無い。 そも、あの悪魔、何で生まれたのかが解らない。 元々居た者を――あった者というべきか――を彼女に放り込んだと聞いたが。 幼少の頃に彼女の体内に放り込んで、その経過を観察。何という気の長い実験か。その実験者、ソングは今は彼女の中から悪魔を取り出そうとしている。殺人鬼とバルディッシュに睨まれれば、確かに誰でもそういう気分になるだろう。 ただ、レヴァンティンがあの悪魔を許したのは意外だったが――。 ひょっとしたらレイジングハートを殺すくらいはやるかと、思ったのだが。 『別に彼女が望んでいたわけじゃないでしょー、それにあの悪魔は殺人鬼として成っていたよ、あれなら十分だ、“あらゆる者を破壊する”っていうのは確かにすげぇ、アレは俺が得ようとして、そして、永遠に得られない定義だよ…まあ実は崩壊気味なんだが』 ――だったか。 なんだかよくわからないが、そういう事で、アイツは見逃した。 「そうなると、本当に」 俺にはやることがない。 バルの旦那はアイツの中に、完全に悪魔を封印しようとしていた。封印というよりは、定着か。つまり彼女の中で悪魔を沈静化させてしまえばいいと。 あの悪魔が暴走するのは、要するに彼女と別物だからだ。 彼女が自分と同化させてしまえばそれでいい。外部からの力が必要ならば手を加えるが、しかしあの悪魔に命令を下せるほど強力な武装を俺たちは持っていない。 ――御伽噺の魔剣“グラム”。 それくらいの神装が必要となるだろう。あるいは、カリュディプス、アウラ――それくらいの圧倒的な存在か。 彼女の成長と一緒にあの悪魔は成長していた。いまや手のつけられないほどに強くなっている。――放っておけば、何れ彼女の手にも負えなくなる。そうなる前に、叩き潰す必要があるのだが。 彼女が死ねば悪魔は彼女と一緒に死ぬだろうが、悪魔は彼女の体を乗っ取る事ができればそれでいい。そうすれば再びこの世界に“リィンフォース”として君臨できる。また封印されるか死ぬまで、彼女は暴れまわるだろう。 どちらかになる前に彼女を殺せばいい。 そうすれば全て事も無く終わる。 だと、いうのに。 「――」 あの旦那が其れを拒んだ。 彼女の死を徹底して拒んでいた。 その買い物は、絶対に高くつくとわかっていながら。 「あの、馬鹿旦那…」 呟き、立ち上がる。兎に角こうしていてもラチが開かない。教壇に俺の居場所は無いが病院だって俺だけの場所ではないのだ。此処にいるくらいならば、街に繰り出すべきだろう。此処にいるよりは大分マシだ。 目の前に敵が居るのに、殺せない地獄よりは。 「…は」 何を言っているのかと自分で笑う。アレが敵だって? あの寝込んでいる人が長年の仇? くだらないことを言うなよ、俺。だって、アレじゃ只の病気の人間じゃないか。 俺が殺すべき相手は暴君だろう? アレがそうなわけが――無い。 「黙れよ、俺…!」 どっちにしても愉快な話ではないということか。悲しくなってくる。俺は結局どうしたいのか。 とりあえず街に。 ――別に教団街が傷ついているわけではないし、きっと楽しいことになっているだろう。俺はその雰囲気の100分の1でも、今は分けて欲しい気分だ。 ■□■□■ 室内で眠る彼女の姿は綺麗だった。 漆黒の髪の毛をした彼、バルディッシュは病室の外に居た人間が動くのを確認した後、大きくため息を一つついた。――彼は恐ろしい。放っておいたら、必ず彼女を殺すだろう。 彼がそこに居る限り、安心することなど出来ない。 だから今の今まで気を抜けなかったのだが――。 「とりあえず、1段落着いたか」 彼は大きくため息をついて頭を垂れる。 目元には隈ができている。殆ど眠らずに彼女の傍に居るのだから、これも当然だ。食事も最小限しかとっていないし、体のほうが持たないだろう。 だというのに、彼はまるでそこから動かない。 「…」 こうしていれば綺麗なだけだが、彼女も外に居た彼、デュランダルと同等に恐ろしい者を内に秘めている。 誰もがそれを悪魔と呼んだ。 彼は、彼だけはそれをずっと傍で見てきていた。 罪だけで言うのなら、彼女と同等の者を背負っていると、彼は自負していた。 何もせずに見てきただけなのだから。 「…う、く…」 軽く頭を抑えながら彼は目を閉じる。 光に照らされる彼女の綺麗な顔を見ながら、いつの間にか彼は眠っていた。 誰が知ろう、彼の罪を。 只見てきただけという、どうしようもない、その罪を。 ■□■□■ 「デュラ、酷い顔」 「…あれ、クロイツ? お前此処でなにやってんの?」 「爺さんに追い出された、まあ、もう私に出来ることは無いし」 爺さん? 誰だ? まあ誰かはわからないが、そうか、俺、そんなに酷い顔をしているか。 少なくともこの子猫に心配される程度には、酷い顔をしているらしい。 「…姉さんが悪魔だったなんてね、実は私も知らなかった」 「それくらい解ってる、幹部って言われてるけど、お前実は何も知らないだろ」 こいつは只、親が心配だから、護衛をつけるために問題の無い部署として幹部という場所に置かれているに過ぎない置物だ。 だからそれはしょうがない。 ――レイジングハートを“悪魔”と知らなかったのは、多分、こいつだけじゃない。相当上の人物か、あるいはソングを初めとした研究班くらいか。 元々あの悪魔をどうにか御そうとしていたのだ。それくらい情報が秘匿されていても可笑しくは無い。 いや、十分に笑えるか。 「あのさ」 「うん?」 「…あの人が悪魔宿してるって事は、あの人が村とかを破壊してたって、事なんだよね」 シュベルトクロイツが少しだけ心苦しそうに言う。 ――うん、しかしまあ。 その通りだったりもするわけだが。 これは教団にとっては相当なマイナスイメージではあるよな。まあ、あの悪魔が教団からの派生だと知っている奴らは限られているし、そいつらは間違っても口を滑らさないだろうから――ってそういやこいつが居たっけか。 …こいつ、本当に口滑らさないだろうな? 既に、レイジングハートの姐さんは何時目を覚ますかわからない。いらぬ不安をあおってもらっても困る。 「もうちょっとで世界を壊せるほどに成長するらしい、あの悪魔」 「想像したくないよぉ…」 そんな訳でとりあえず口封じっぽく伝えておいた。100分の1も伝わったかどうかなんて解りはしないが。 頭を抱えるシュベルトだが、実際そういう風に言われているからしょうがない。 今の状態であの悪魔が極々普通に発動すれば村どころか、この教団街一つ消すのに1時間もかからない。つまりそれだけ成長しているのだ、アレ。そこいらの連中の手に負える代物じゃない。 教団もそれを解ったのだろう。 悪魔の研究は打ち切られた。 ――まあ、俺も悪魔が研究されていると知ったのはつい最近なんだが。うん、クラールさんの情報網、相変わらず正確だ。正確すぎて寒気がする。 「はぁ、とりあえずレイの姐さんは寝てるよ、次起きたときが勝負だなありゃ」 「う、やっぱり…前でも死にそうだったのに今度もっと強いんだよね、今度こそ死ぬよぉ…」 うーん、やっぱり前のイメージは拭いきれないか。 俺としては前のイメージに沿って戦えばいいので大分楽なんだけどな。レイの姐さんはともかく、バルディッシュの旦那はともかく、あの悪魔相手なら実は戦いは随分楽だ。その辺りはレヴァンティンやクラールヴィントと同意見。同じ相手と戦って勝つのがどれだけ簡単か、あいつらは知っているらしい。 野球と同じ。同じコースに3球連続で投げ込まれたら、それがどれだけ鋭かろうが打つことは難しくない。悪魔がどれだけの力を持とうが、前と同じ戦い方ならば勝機何てものは12分に引き寄せられるのだ。 だから、単純。 悪魔は力をつけこそするものの、その戦い方に変化は無い。戦い方は其れこそ千差万別。力が最も強いなら、この世界で最も強いのは最強の魔法使いということになる。 一撃で世界が滅ぼされる力を発揮されりゃそれこそ終わりだが、そんなことすればあの悪魔も死んで万々歳。別に悪いことなど何も無い。全員が死ねば其れこそハッピーだろうと思うのだが。 「まあそりゃ自虐が過ぎるな、それで、どうかしたか」 「――んー、そのさ、悪魔と戦うときのために力をつけておきたいよね、と思って」 …そりゃ確かにそうだ。 戦うに関して、力はあるに越したことは無い。ただ、それだけで戦っても仕方が無いというだけで。 「それで、ちょっと話があるんですが」 「今更敬語か、何だ」 一応尋ねてみる。辺りを見回して、彼女が取り出したのは鍵。 ――カードキーが2枚と、重厚そうな鍵が一本。魔力を感じる不思議な鍵。察するに2重の機械封印とラストロックに魔力をかけたということか。 で、これは何処の鍵だ。 「これ、教団宝物庫の鍵」 「…はぁ?」 「教団にね、宝物庫って所があるんだよ、そこには色々と詰め込まれてるわけなんだけどさ、入るにはそれなりに重要な承諾が必要なの」 そりゃそうだろう。宝物庫と聞けば重要な者が収められていると否応無しに連想する。盗賊が入り込もうとする場所文句なしにNo.1だ。警備だって厳重に成るに決まっている。 で、こいつは曲がりなりにも幹部だ。ある程度の承諾はすっ飛ばせる。 「入ってみない? 見るだけだけど、そこになら“魔剣”や“神剣”クラスの剣があると思う、曲がりなりにも100年続いてきたといわれる教団だしね」 「…バルの旦那になら扱いきれるかもな、でも確か魔剣の類って扱い手を選ぶだろ」 だから大分敬遠されているのだが――しかしその分、凶悪な代物が多い。 あるいはあらゆる魔法を無効化する神代の神剣“ティルウィング”。 あるいは、あらゆる防御を突破するといわれる神代の魔剣“グラム”。 あるいは全てを消し去る“星の光”の名を冠した、人が創ったといわれる最強クラスの魔剣“エクスカリバー”。 ――まあ上記の代物はどれも伝説クラスで見た者はいないといわれるが、しかし実際に魔剣神剣の名前を関す代物は結構多くある。 それらは圧倒的な能力を秘めている。何より全て、圧倒的に頑丈だ。 少なくとも、あの悪魔の一撃では折れることが出来ないくらいに。 砕くことなど不可能といわれる武装。それが“魔剣”“神剣”の類。 畏怖と敬意をこめて――。 それらを、“神装兵器”と呼ぶ。 扱い手を選ぶ武装だが、扱いきれない奴の末路は死、あるのみ。まあ幾らなんでも鞘に収まっていないって事は無いだろう。鞘、この場合は聖者等の死体を収めていた聖骸布等か。まあ、其れに収まっていれば頑丈なだけの極普通の剣だ。 …いや、普通かどうかは置いておくとして――。 そうだな。 それくらいの武装は必要かもな。最悪、真正面から彼女とぶつかるって事もあるだろうから。持ち出せるかどうかは知らないが、見ておくだけでもいいだろう。ひょっとしたら本当に必要になるかもしれないとき、流石に予備知識無しに宝物庫の武装を持ち出したくは無いし。 「よし、まあその案に乗った」 「うぃーっす、でも扱うとして、バルディッシュさん、納得するかな」 「覚悟くらい出来てるだろ、最悪、あの人と真正面から戦うことくらいの覚悟は」 あの人は純粋な戦士だ。きっと、好きな人でも敵となれば戦うことくらいはする。 最も、殺せるかどうかは知らない。 それに、まだ殺すと決まったわけじゃない。 「じゃあちょっくら呼んでくる、でもさ、お前はいいのか?」 「へ?」 「いや、それどう見ても普通に許可とって無いだろ、見るだけとはいえ不味くないか?」 「ああ――うん、平気、好きな人のためなら何処までも無鉄砲です私っ!」 …? ああ、旦那のコトか? でも旦那、レイの姐さん好きだってことくらい知ってるだろうに。最上級の笑みを浮かべるその必要性がまるでわからない俺が居た。生憎だが俺はこいつが好みじゃないし、こいつだって其れくらいわかっているだろうし。 一階から戻って3階へ。しかしシュベルトクロイツと話して多少元気が出たのか、俺はほんの少しだけため息をつく。 ――いい子なんだが、どっか空回りしてるよな、アイツ。 「旦那ー、入るぞー」 姐さんの病室の扉を叩いて、一応返事を待つ。が、何時までたっても返事は無い。 ――? トイレでも行ってるのか? そっと扉を開いて、中を覗いてみる。あれ、いるじゃない、か…。 …。 寝てるのか? 旦那――。うーむ、まあ、殆ど毎日起きてレイの姐さんの傍にいたからな。疲れていてもしょうがない。そういえば旦那、武器無くなって以来其のままなんだな。この人剣士だから武器無いと辛いだろうに。 「…しっかたねえなあ、じゃあ、ちょっとばかり張り切りますか」 きっとこの人はどんな手を使ってもレイジングハートを元に戻そうとする。 この殺人鬼を、圧倒的な殺人者を、この人は許してしまうのだ。まあ、その気持ちはわからんでもないが。 …好きな人、か。 でも俺、それを悪魔に殺されているんだよな。 ――ああ、いや、しかしどうなのだろう。ナイトのコト、俺は好きだったのか? 「さぁな、わかるわけねぇよ、もう3年前なんだぜ?」 自分自身にそうやって答えて、静かに病室を出る。 服装は前のままでボロボロだが――まあ、あの悪魔と戦ってこれだけで済んだのはむしろ行幸か――いいだろう、別に。第一喫茶店に行こうってワケではないのだ。 あくまで目的は武器調達。その前の、検分。 グラムのような御伽噺に出てくるような代物では流石に扱えないだろうが、それ以下ならば旦那ならば十分扱えるだろう。よく考えたらレヴァンティンも扱えるんじゃないか? アイツ、剣の腕だけならば十分旦那に及ぶし。 まあ、実は魔剣が主を選ぶ過程なんて俺は全く持ってこれっぽっちも知りはしないのだが。気分かな。 「おーい、旦那寝てた、とりあえず行こうぜ、見るだけなら俺らでもいいだろ」 ていうか。 数そろえる必要って、実は全く無かったんじゃないのか? ■□■□■ 宝物庫。――誰もいないのはどういうわけなのか知らないが、しかしそこは一目見ただけで解る“宝物庫”だった。。 天窓から西日が差し込んでいるが、あの窓――うわ、4重構造か? 見た限りどれも強化ガラスだろうし、ありゃあ侵入はできない。 天窓から差し込んだ光に武器や宝が光り、凄く綺麗。朝日よりも沈む夕日は赤く赤く、部屋を照らし出す。夢にも出てきそうな景色だが、この中に1人で居るというのはぞっとしない。 明らかに呪物があるとわかる寒い空気。この中に1人で居ては1日も居れば凍えるだろう。呪物だけでなく圧倒的な神の力すら感じる。――神代の代物か、魔剣か、あるいは神装兵器。うわぁ、お近づきになりたくない。 が、現在は其れが、というか其れクラスの武器が必要である。というわけで触るもの嫌だが探す。仕方無しに見て回るが、見てるだけでは解らないほどに奥にしまいこまれているモノもあるわけで、まあ結局触れる。 ――嫌だなあ、触っただけで呪われたりしないだろうな。 一応封印されているし、大丈夫か。 堆く積まれている木箱の一つを開く。中に入っているのは1本の剣。あ、この箱神木か? 中においてあった剣は聖者の布でくるまれていて――3流だが、これは立派に魔剣。1流の魔剣、神剣ならばこの程度の封印、まるで意味は無いが、まあこの程度の魔剣なら十分だろう。元々旦那が使ってたクラスの魔剣は、コレくらいだったはずだ。 彼に耐えられたのなら、俺に耐えられない道理は無い。 箱の中に仕舞い込み、次を調べる。外に、特に何もくるまずにおいてる名剣等とは違い3流とはいえ、それなりに力を感じた。まあ辺りの名剣はごく普通に綺麗に作られた奴や、実用的な代物か。むき出しで置いてあるのは、神器名剣には到底及ばない代物ばかりだ。 ――さて、真面目に探そう。 何時までもこんな所に居ては、本当に魔剣やら何やらの気に当てられる。 「デュランダルー、いいのあったー?」 「…ねえよ、ロクな代物」 とりあえず表層には無い。奥まった所にいくべきか。あんまり行きたくは無いが、行くしかあるまい。この先は地獄だと本能が告げてくれるが、そんなもの告げられなくても解る。 鎖でつながれた剣。ガラスの箱に収められ、鎖で大雑把に巻かれ、何十という呪布で固められた斧。――どれもこれも封印は超一級品。取り出すことは簡単だが、取り出したらどうなるかは想像に難くない。 その中、一際輝く細身の剣があった。 ――見た目は圧倒的に美麗。美しく、まさに“人の手に及ばない”力で作り上げられた柄。鍔から伸びた刃には真紅の布と蒼天色の布が丁寧に巻かれている。両方が両方とも相当高位の聖骸布。更に鎖による封印に呪を施した布を乗せた2重封印。木箱ではなく鉄の棺に納められ、その棺にすら封印がかかっている。おまけ付きで、棺から唯一見えるガラス張りの板自体には魔力封印を施し、更に機械制御でのロック。鉄の棺に対して物理攻撃なんて効果は無いに等しいし、魔力攻撃は全部無力化か。どんだけ厳重に封印してあんだよこの剣は。棺だけ持ち出すことは可能だが、これ何キロあるんだ。第一持ち出しても機械制御のロックが解除できねぇ。 手にとって見たいが、多分ダメだ。 これは手に取った瞬間に食われる類。 …つまりこれだけ厳重な封印を施しても、まだまだ足りないというわけか。神気があふれ出しているということは神剣の類。――えーと、聖骸布も封印に数えて…7重か8重封印? これだけやってまだ完全に封印できない剣だと…!? 信じられねえ…! まさか本当に神代の剣か!? 使えればの話だがこれなら打倒悪魔十分に成る! 「おいクロイツ! 信じられないモン見つけた! この剣なんだ!?」 「えー…?」 疑問の声を上げながらこちらに近付いてくるクロイツ。そして、その剣を見た瞬間に固まった。ああ、やっぱりとんでもないクラスの神装兵器だ。この魔力探知に疎いこいつにまで行動を抑制させるとは。 「――うそ、これ物凄い高位の魔剣?」 「俺たちじゃ扱えないなこりゃ、旦那なら扱えるだろうけど…持ってくのも勘弁したいぜ、聖骸布だけの2重封印じゃ到底足りない、持った瞬間に食われそうだ」 言いながら、しかしその剣から眼を離せない。 ――これでも剣術をやっていた経験だってある。その経験則から言わせてもらえれば、あるいはそんな経験則なんて一切合財全く無くてもだ。 これが、どれだけとんでもな剣かってことは解る。 …。 使った瞬間に性格とかが変わりそうだ。 「信じらんない、此処にこれだけ凄いのがあるなんて…」 「お前、自分で言ってたじゃねーかよ、いい武器あるかもしれないよって」 「言ったけど、そりゃ! …でも、これ、とんでもなさ過ぎる、誰にも扱えないよ、絶対に」 そうかもしれない。 だが、これだけの封印に収められて尚輝きを放つこの剣。剣士でなくても憧れるような圧倒的な輝き。 一度でいいからさわり、振るってみたいと思ってしまい――。 「やめておけ 触れれば確実に魂を食い尽くされるぞ、若人」 その意識がすっぱりと、裁断機じみた声で断ち切られた。 意識を切り裂く声のその正体は、声だけではっきりとわかるほどの老人の代物。 ――助かったと正直に思った。 魅入られていた。 この剣に。なるほど、これは正しく魔剣か。 「――助かったよ、爺さん――」 言いながら振り返り、剣から視線を外す。ぶっちゃけ見てたら今度こそ触れる。触れて魂をなくす。もしくは死ぬ。肉体的な死が先か精神的な焼き尽くしが先か――どちらにしても死ぬ。 視線の先には十重二十重に織りあげたローブに身を包んだ――教団の退魔のローブ、無茶苦茶高位の人しか着る事のできない奴だ――好々爺らしき爺が一人。 ローブの前には七星の文様が施された巨大なメダル。教団上位の証。ローブは胸元の濃い赤から、外側へ外側へ薄い赤へと徐々に変化する“真紅”のローブ。えーっと、確か蒼が戦闘団長で、翠が――なんだっけ。兎に角真紅が何を示すのか、俺は覚えていない。 「げ、アイゼン老、迎賓館長が何の用事?」 「何の、うかつに“シン”の類に触れようとする輩がおったからの、ちょいと嗜めてやろうと思うての、鍵を勝手に持ち出す悪童もおるし」 「う…」 言葉に詰まるクロイツ。こいつ、此処の鍵の半分程度は無断で持ち出してきたらしい。ひょっとしたら半分じゃなくて全般無断で持ち出してきたという可能性も否定できない。 “真紅”のローブは迎賓館長か。兎に角その手のローブは責任者や部隊長に預けられることが多い。迎賓館長、確か、名前は。 グラーフアイゼン。 ――こんな好々爺だったとは知らなかった。もうちょっと若い、なんつーか高飛車な兄さんを想像していたんだが。ほら、シュベルトクロイツがこんなんだから。てっきり他の奴らも似たような奴かと。 「ふむ、その剣に興味がおありか、今度見るときは神か呪に対する耐性装具をつけておくとよいじゃろ」 「そりゃいいんだが、この剣、何だ? 馬鹿げてるぜこんな出鱈目な――」 こんな出鱈目な神気など。 触れれば魂を食われるほどの魔剣など、圧倒的にばかげている。はっきり言ってこれほどの剣は見たことが無い。 「ふむ、そりゃそうじゃろ、数ある仲でも神代の魔剣、その剣の名は“グラム”――数ある全ての防御魔法を遭わせて持った“りゅうおう”の鱗ですら突破するといわれる魔剣じゃからな」 「――は?」 思わず口から間の抜けた声が漏れた。 そしてから、振り向く。 赤と蒼に包まれ、八重封印に犯されたこの剣が――“グラム”!? 「嘘、此処にグラムなんてあったの!?」 「お前本当に何にも知らないのな、贋作じゃねえのか? アレなら1ランク落ちてもこれくらいの神気は――」 自分で言っててなんだが、そりゃ無理か。あんな御伽噺の魔剣、もとよりあらゆる防御を突破するなんて剣を複製するなんて、そりゃできそうにない。ああ、でも全部でないのなら可能のような気がする。一部の防御突破能力のグラムの複製。ならば複製も可能かな――。 …。 なんか、それでも十分強力じゃねえのか? 「いやぁそりゃ本物じゃよ、でなけりゃそこまで厳重に封印するか、贋作は人の創ったものじゃからな、幾らなんでもそこまで神性は持たん」 ――唐突に入る爺の釈明。 …確かにそりゃそうだ。人間の作ったもので此処までの神気を帯びたものといえば、エクスカリバーくらいか。あるいはデュランダル。――アレは本当に名前しか聞かないな。どっかの国に保管されていると聞く。俺の名前と一緒なのはなんかの因縁か。名剣と称されるのならば、アロンダイト、ガラチン、色々あるのだが。 「まあ例外はあるが、その例外は悉くが自らの創造のみで作り上げたもの、幾らなんでも模倣なんて技量に頼ったものがそこまでの神性は持たぬ」 「だな、じゃあこれマジにグラムか、信じられねえ――なんつーか」 まあ。 人を殺すためだけに特化したような無骨な作りではない分が、恐ろしい。 一度だけ見た骨の短刀。人を殺すためだけに特化した扱い辛そうな武器。 振るうは地獄の復讐者。殺した人の数だけ小さな刺青を体に掘り込み、全身が黒くなりかけていた彼。 俺のようにはなるな、といつかアイツは笑って死んだ。 「…思い出すね、思えばアイツも神の一族だったか」 それをいえばあの悪魔とて真性。言ってしまえば天使と同類。 あの復讐者は死んだが、俺の中であいつの一言が残っていた。 ほんの二言三言交わしただけの仲。レヴァンティンと同類の殺人鬼。全世界への復讐を果たそうとして、結局彼は死んだ。 ――俺のようにはなるなよ。 そうやって。 良いことに笑い。 悪いことに笑う支離滅裂な殺人鬼は、一人、世の中から消えて行った。 最後の敵は、自分が殺すべき真性悪魔の一体。名前は確か。――なんだったっけな、忘れてしまった。俺にかかわりのある人物ですらないし、俺は既にその殺人鬼の名前すら覚えていない。 だというのに、そいつの在り方が気になって、そいつの言葉は今でもココロの奥底に刃となって突き刺さっていた。 俺のようにはなるな。 それは。 人として悪魔となるなという意味か。 笑いながら殺せる殺人鬼に成るなという意味なのか。 「まあ、どうでもいいや、ところでグラーフアイゼンさん、この剣持ち出せる?」 「そりゃ無理じゃ、持ち出したところで、一体誰がこの剣を扱う?」 「…」 一人だけ候補が上がっているが黙殺。つーか、まさかバルディッシュの旦那なんて言えない俺が居ます。あの人別に教団では上の役職というわけではないし。幾らなんでもいえませんよね。 でも、なんか。 あの人になら扱えてしまいそうな。 そんな気がする。 「さぁさ悪童共、そろそろ出てゆけ、ここに勝手に入ったことくらいは黙殺してやるわ、迎賓館長権限でいつでも入れてやっても良いぞ?」 「お! マジ! やったねデュラ!」 「…いや、何をそんなに喜んでいるんだ」 正直もうあんまり入りたい場所じゃないんだが。ぶっちゃけ“グラム”と同クラスの魔剣がごろごろ転がってそうな場所だ。あんまり張り込みたくは無い。 無邪気に喜ぶシュベルトクロイツを尻目に、俺はもう一度だけグラムに視線を投げる。 ――まあ、何だ。 これ、扱えてもなんだか不幸になるのが目に見えてないか? 《to be continued.》 |