繰り返される幻想があった。
 壊れていく村ではなく、叫んでいる人々ではない。
 眼に映る死体になど関心は無く、破壊されたものになど愛着は沸かない。
 だから、俺が見ている者は必然的に一つ。

 月下美人。
 ――ああ、そういう言葉がぴったりと当てはまるような。
 銀色の髪をした、破壊神。
 彼女を追って、俺は歩き始める。
 何も愛着をもてなかった俺が始めて、心の底から――。

『あああああああああああああああああああ!』

 心の底から。
 彼女を欲しいと思ってしまった。


『デバイスファイト』
 ストーリー『2-2――残光(A)』


「…う?」
 うめいて目を覚ます。教団病院の廊下。――隣には、空の食器。バルディッシュの旦那に食えと渡しておいたものだ。食ってくれたのか。
 …その前に。
 俺は、ひょっとして眠っていたのだろうか。
「…クソ、嫌なこと思い出しちまった」
 別に嫌なことでもなんでもないんだが、これだと問題ありだろう。
 第一、言い訳がましく復讐と言ったのだ。だったらせめて最後まで貫かないと。
 いや、実の所俺は復讐などと誓っていない。あの村で生き残ったのは、俺と、もう1人だけ。そいつは今や何処を放浪しているのか解りはしない。
 あの時点では5人ばかりが生き残り、そして俺を除く奴らは死んだ。
 今わの際に残したのは、“今更”という言葉だけ。
 アレを殺してくれとも言わなかった。
 仇をとってくれとも、言わなかった。
 只、今更。
 今更何をやっても手遅れだから、放っておいてくれと。
 どうせ何をしなくてもこんな寂れた村、滅びたのだと。
「――は、そうかもしれねえけどさ」
 呟きながら立ち上がる。隣の食器を乱暴に掴んで、院内食堂まで持っていく。どうでもいいがレイの姐さん病室の前で眠れるって俺どうよ? どんだけ太い神経してんだ、毎度毎度思うんだが。
 はぁ、ロクに愛着もてないのは周りだけではないというわけか。何時死んでもいいってか。ぶっちゃけこの1年で何回死にかかってましたか。
 ――止めよう。考えると悲しくなってくる。
 何回じゃなくって、何十回だったし、はっはっは。
「…」
 目からなんか涙が。
 そういえばレヴァンティンとあって死に掛けてクラールヴィントと会って死に掛けてシュベルトクロイツとあって死に掛けて。
 …ロクな目にあってねえぞ?

「おお? 何やら深いため息をついている若人を発見! ところでちょっとそこで惨殺死体を作ってきたお兄さんが質問なんだが此処は何処だい? いや道が複雑で迷っちゃってねえ、ところで次回作では既にあのバケモノとの戦闘が始まるそうなんだが」

 そして、ロクな目に合わさない張本人がなぜか此処に。
 殺戮者レヴァンティン。――不死身の体を持つ、不死者と呼ばれるが。
「れ、レヴァ…? お前教団で何やってんの…?」
「お! いつぞやの氷の少年! あの時は互いに世話になりましたなあ、あの時の傷の痛みはもう忘れてしまいましたけどにゃー、でもアンタあの時マジじゃなかったんだろ? って、何? 此処教団? ああ道理で俺の顔見たら襲ってくるわけだ、捕らえようとしてたんだ、アレ」
「…」
 見れば付着した血液。サングラスにも僅かに飛びついている。でもって腰元の方には鞘にまで血が付いた刀が納まっていた。や、どうでもいいんだが錆びるぞ、剣。
 まあその風貌を見る限り今惨殺死体がまさに3つか4つ作られたことは間違いないらしい。レヴァンティンは世界的にも有名な殺戮者。そりゃあ捕らえようとされるだろう。特に相手は教団だ。さて、此処まで血の跡は残していないが、何時追いつかれるだろう?
「あ、因みに10人以上殺してきましたんで」
「悪い、直ぐ此処を離れてくれ、俺との関係も一切無しで」
 出会ってから一ヶ月。教団に今も追われている殺戮者ということ意外は未だにこいつのコトがわからない。とりあえずさっさとどっかいけ。俺との関係を疑われたら俺が一番困る。
 ――因みに、1度目の出会いはレヴァは殺戮者として、2度目の出会いは悪魔との交戦中。アレは、助かった。戦ってたの俺一人だし。旦那一撃で吹っ飛ばされて気絶してたし。猫もクラールヴィントも居なかったし。
 アレが、俺と悪魔との3度目の邂逅。
「いやーすっごい偶然だったよね、俺としてはふらふら歩いてただけなのに」
 …いっつもフラフラしてるな。
 定職についていないんだろうか。居ないんだろうな。だってこいつ猟奇殺人犯。誰だって隣に立つ奴が殺人鬼だと解ったら雇えないだろう。即通報だ。
 飯とかどーしてんだろ? 自炊?
「ま何ですか、ここ教団なら君は平気なのかい? 俺との関係は別として」
「関係別って自覚あるんだな、自分がヤバイってことくらいは――まあ別に平気だろ、俺は特に何かやってるわけじゃないし」
 特に。
 あの悪魔との関係意外は、望んでいないし。その関係にしても猟奇的関係。追う者と追われる者。この場合、どちらがどちらか何て考えると堂々巡りに陥る。
「ふぃーん、じゃ俺は適当にどっか避難しています、ところで氷の少年、君名前は? 俺の名前は何でか知っているようなんですがその辺には突っ込みません、そこいらのポスターに乗ってるしねでかでかと、やっぱ名乗っちゃったのは不味かったなー」
「お前絶対馬鹿だろ、デュランダル、デュランダル=ハラオウンだ」
 名乗って、俺はため息をつく。よくよく考えれば苗字に既に意味は無い。それを一緒に名乗り上げてくれる家族は既にこの世の人ではないのだ。
 とっくの当に、死んでいる。
 あの悪魔に村を崩壊させる時、共に逝った。俺は何で死ななかったのだろう。あそこで死んでいれば楽だったのかもしれないのだが。いや別に家族に愛着持ってるわけでもねーし、対して変化は無いのだが。
「そっかい、デュランダルね、じゃデュラっち、名前はしっかり覚えとくぜ、それじゃあまた会いましょう、今回の件でどうせ2回3回また会いそうだし、悪魔との縁はアンタのほうが深そうだが」
「俺は割りと平和主義者なんだが、そうか、アンタもあの悪魔と縁があったんだ」
「ありますよう、そりゃあね――ま、アレ放っといても自滅するんだが自滅したら世界ごと滅ぶってのは頂けない、寿命も残り少ないだろうし、燃料が切れれば其れまでのスクラップ、その癖機体そのものが核兵器だってから話がややこしくなる」
 けらけら笑いながらその場を去っていく殺戮者。どうでもいいがアイツの話はややこしい。しかし、共感できるものだった。
 確かにあの真性悪魔、リィンフォースは既にアウト気味。放っておいても自滅する。自滅するさい多量のエネルギーを放出していくだろうが、それを押さえ込めばレイの姐さんごと死亡だ。
 抑え込めるかどうかは疑問として、それは最終案として取っておいていいかもしれない。奇跡など期待するだけ無駄だが、やれることはあるだろう。理論的に抑え込むのは不可能じゃないんだから。
 さて、ところで。
 アイツが俺の名前を知らなかったのは意外だった。
 そういえば、一度も互いに名乗ったことは無かったな。殺戮者としてであったときはお前とか貴様とかで済んだし、リィンフォースとの戦闘中はそんな余裕無かったし。
 ふと、思い出す。
 アイツと出合った夜のコト。――あの晩、何で俺は路地裏なんか歩いていたんだろう。


■□■□■


 まあ、何でも良かったのだ。
 襲ってくるのが子供でも叩き伏せるだけだし、それが超重量級の獣でも大した問題ではない。この世界において獣は魔法なんてものを使えない。人と獣の最大たる差異は、その知性にこそある。俺たちの武器は徒手空拳だけではなく魔法となる。
 獣は恐るるに足らない。そういう認識が既に確立している。
 何かの間違いで相手が世界最強の、無敵の人類だったとしても俺からすれば問題は無い。そういう輩からは逃げるからだ。ぶっちゃけ、逃げ足なら自信がある。
 ――しかしだ。
 こう、殺人鬼と邂逅するってのは、今までに無い経験で。
 且つその殺人鬼から逃げるために頼られるってのも俺からすれば珍しい。
 コレまでの人生、俺より強い奴しかあったことの無い俺にとって、頼られることなど無かったのだ。師匠も弟弟子、じゃねえな妹弟子にも頼られたこと無いし。
 そんでもって俺の目の前に居るのが今現在殺人鬼として確立したレヴァンティン。超広域指名手配の連続殺人犯。夜の中でも平然とサングラスに月を模したような刀。名刀であるのは解るがそれを向けられているこっちは堪らない。そんでもって流石に暑い夏の夜にあわせてか、薄手の和服。
 ――まあ、後でわかるのだが、こいつ冬でも平然とこの格好をしている。
 刃の優美さを堪能するまもなく、彼は襲い掛かってくる。
「ヒャッハ!」
 等と愉しそうに声を上げながら。まあ一撃は楽に避けられる範囲だ。身を引いて後ろに居る女性を思い切り蹴飛ばして回避。後ろでちょっと危険な音がしたが無視。死ぬよりマシと思っていただきたい。急所は外したはずだ。
 まあ、何でも良かったのだ。
 ちょっとばかりストレスが溜まっているこの夜。いい加減悪魔が見つからなくてイライラしていた。
 発散する相手は、子供でも大熊でも、世界無敵の超人でも。
 それこそ。
 この殺人鬼でさえ、何でも――!
「っ!」
「おおっ!? すげぇ反撃までするか! この俺を撃退しようってんですかおにーさんよ!」
 撃退しなくちゃどうしようもない。殺されかけているんだ。
 場所は教団街裏路地。首都サダルメリクより離れた“王の右腕”と呼ばれる、通称教団街。正式な都市名はアルデラミン。教団本部は、此処にある。その裏路地に、月光は差さない。互いの顔は見えないし剣の軌跡も見えにくい。
 首都を除き、最も治安が良いとされる此処で何故こんな殺人鬼が跋扈しているのか。
 理由は簡単。正体がばれていないか、バレているにもかかわらずそいつら全員を惨殺したか。そのどちらかしかない。つまるところ凶悪な殺人犯。最近現れたにしては手口がやや鮮やか過ぎる。
 ところで。
 聞いたことあるような声の、気がするんだが?
「はっ! そういうことなら遊びましょう! 正直逃げる獲物を狩るだけの生活も飽き飽きしてたんだ、大概の奴なら1分あれば終わるしさっ! おにぃさん俺と何分遊べるかな!?」
「知らねーよ」
 冷たく答えて、刀を回避する。突きから斬りへ。斬りから返しへ。一連の動作が恐ろしく速く滑らかだ。回避するので手一杯だが、しかし。
 その程度ならまだ甘い。
 その程度なら楽に行ける。
「甘いぜ殺人鬼、その程度で俺と張り合うつもりか」
 夜にも段々と目が慣れてくる。月の光が差し込む路地までとりあえず誘導して逃げているのだが、相手の一撃にコレまで当たっていない。奇跡などではなく、無論実力だ。
 ころあいを見計らってカウンター、と行きたいがそれは無理。
 先ずリーチに差がありすぎる上に、どの辺に獲物が居るか解ったものではない。その上相手は獣。ぶっちゃければ、視界に納めなければ攻撃などあたるわけも無いのだ。
 感覚や直感で戦うには先ず相手の姿を確認、認識しなければならない。攻撃のリーチなど、全て理解してから出なければ到底戦えない。
 深夜なので人気も無いのは好都合。騒がれるのは性に合わない。
「おっと! そっちにゃ行かせませんよ! 大通り行ったら憲兵に見つかっちまうしさ! 一対一の戦闘に野暮は無し、此処で堂々と決着をつけましょう!」
「ええい邪魔だクソ!」
 大体堂々も何もいきなり襲い掛かってきたんだろうが。いや俺は巻き込まれただけの被害者なのだが。狙われてた奴は今頃路地裏で蹴飛ばされて寝込んでいる。
 刀の一撃を回避。更に回避。狭い路地裏でよくもまあ回避し続けられるよ、俺。頑張ってる。うん。
 にしてもこいつ――強い。
 只の殺人鬼風情だと思ったが、どうやら違う。
 この戦い方は、今までの俺の戦闘経験には無いものだ。
「詠唱略式、氷河伐採!」
 軽く舌打ちして地面を叩くと同時に呪文、トリガーヴォイスをつむぐ。
 詠唱略。威力は半減するが、その速度は追随を許さない。
 地面を叩いた拳を中心に、辺りから氷の刃が5本生まれ、全て殺人鬼に向かう。体勢を立て直すより、とっとと攻めたほうが速い。
「うおっ! すげぇっ! 略式で5本の刃なんて初めて見た! 達人でも4本が限界だろ!」
「んなわけあるか――!」
 因みに俺の師匠は詠唱略式で7本生み出せる。刃を生み出す類の呪文は結構楽な部類に入る。属性は様々だが、俺の場合は氷の刃。
 叩いて生み出すよりは空中に生み出したほうがいい。手も痛くないし。
 とりあえず距離を僅かにとる殺人鬼。あんまり開いていないが、とりあえず相手の射程外に俺は居る。氷の刃は軽く叩き落された。
 で、まあ何だ。
「そろそろ帰っていいかな、俺?」
 暴れてストレスも晴れたし。いい加減巻き込まれてばっかりで嫌だし。深夜の散歩だったからちょっと眠いし。
 およ、と凄く不思議そうな気配を見せる殺人鬼。そりゃあなあ。
「何、愉しくない?」
「ワケあるか、つーか殺したいなら後ろのさっきの誰か…あれ、いねぇし、どこいったんだアイツ」
 後ろを振り返るととっくに居なくなっていた誰かさん。おかげさまで俺の戦う理由は全て無くなった。
 そういうわけでこの場を退散したい。が、こいつは何か火でもついたのか余裕綽々。カキ氷だって此処まで良い音は鳴らさない。構えは不遜で強さは本物。やっぱり帰りたい。
「むぅ、おにーさん急に熱が冷めてきたな、全く――それなら否が応にも、殺し合いを続けてもらうぜっ!」
「うわぁ話を聞けこいつ! 俺はもうお前とやりあう意味はねーの!」
 後ろに居る人は逃げた。もう俺が戦う理由は微塵として無い。
 仕方ないので強制退場を願おう。正直な話、これ以上続けたらこっちの身が持たない。急速に熱の冷めてきた体と頭は此処から逃げ出す算段を整え始めている。
 横から凪がれた刀を腹を叩いて落とし、俺は口の中でぼそりと詠唱を開始する。
「2段略唱、略式“吹雪”!」
 本来ならば“雨雲”と“雪”の2段階を踏まなければならない呪文を略して唱え、方向を固定。今の状況ではロクな破壊力の無いその呪文は、精々相手を固定する程度の吹雪に留まる。
 その間、一気に距離をつめ。
 その場で反転し。
 後ろで思い切り蹴りを放つ。
「がっ!」
 結構良い手ごたえ。吹っ飛ぶ殺人鬼。――が、しかしアレは自分で跳んだ。ダメージ半減といった所。
 しかし、これで吹っ飛ばした。大通りに出る相手。続けて俺も出て――。
「へ?」
「お?」
 互いの顔を認識して、思わず間抜けな声を上げる俺ら。
 いつぞや会った剣のあんちゃん。そういや声に聞き覚えがあると思ったが。
「何時かの格闘少年では無いかっ! うぉっ! こんなに強かったのか! これはもっと前に戦って置けばよかった! 自分が恨めしいです我輩!」
「…あー」
 そういや何時かも、こんなハイテンションだったな。直ぐに気づけ、俺。まあ仕方ないんでスルー。
 その後やってきた憲兵からそいつは逃げ出して、俺は事情聴取。
 別の話になるが、このとき助けた奴がシュベルトクロイツ。でまあ、助けを呼んでくれたのもシュベルトクロイツ。別に助けを呼ばなくても何とかなったのだが。
 後にやや深い係わり合いの出てくる、教団の幹部だったりするのである。


■□■□■


 夕日の差す病室。俺は旦那の隣に座る。武器庫の検分は終わり、あとは彼に渡すだけとなった。
 そして、渡す渡さない以前の話として、一つだけ問いかける。
 時刻は5時半。西日は傾き、もうそろそろ日は落ちる。時期が時期なだけにつるべ落としといったところか。
「旦那」
「…なんだ」
「戦えるか、姐さんと」
 それだけと尋ね、俺は鍵を取り出した。
 宝物庫へ入るためのファイナルキー。
 コレが無ければ宝物庫には入れない。グラーフアイゼンから貰った最後の鍵。これ以外の鍵は旦那に開けて貰うことになるが、彼にだって其れはできるはずだ。
 しばし考え込む。レイの姐さんの寝顔を見ながら、そのことを考える。
 そして数分、あるいは数十分。
 日が落ち始めたときに成り、ようやく旦那は口を開いた。

「――ああ、最後まで面倒を見ると、約束したからな」

 何て、よくわからないことを言う。それが回答なら、イエス、肯定の意と取っていいのだろうか。いいんだろうな。
 しばし無言で姐さんの顔を眺める。
 こうしていれば、この中に悪魔が、真性悪魔が居るなんて到底思えない。
 世界を崩壊させられるなんて悪い冗談だろう?
 さて、しかしそんなこと言っても現実は非情だ。この人のなかには確かに、世界を崩壊させられるだけの因子が含められている。時間の問題。今こうやって居るときにすら目覚めるかもしれない。
 この人は既に何時目覚めるか解らないのだ。
 それは、あまり、よろしくない。
「行こう、旦那」
「――解った」
 立ち上がり、自然と腰元に手を伸ばす旦那である。そこに武器が無いことに気づいて、苦笑した。これからその武器を取りに行くのだ。
 元々バルディッシュの旦那の使っていた武器も神装兵器。3流だが、まあ何だ、その程度の武装ではあの悪魔の前においてなーんの役にも立たないことは、解った。
 一撃で折れたしな。そんでその後、一撃吹っ飛ばされて気絶した旦那。情け無い、などと笑えないのが世知辛い所だ。だって正直あの剣が折れる相手なんて悪魔意外にはいねぇしな。
 時刻は6時を回り、世界は夕闇に包まれる。空が紫色に成り、黒くなって行く。
 宝物庫へは、先ず教団内部に入らないとならない。とりあえず教団の内部事情に興味の無い俺なのでそれはスルー。来る者拒まずの教団に入って、奥に。
 奥に行くには先ず教団員にならなくちゃならないが、その辺はバルディッシュの旦那でカバー。宝物庫へと急ぐことにする。
 同時に、微かな魔力を感知した。
 ――微かなくせに大気が震える。量ではなく質の問題。これは…。
「…起きたか、レイジングハート」
 バルディッシュにも感知できたのか、直ぐに彼女の名前を呼ぶ。
 起きた? にしては弱々しい。半覚醒――というところだろうか。レイジングハートの肉体を使った悪魔、というところだろう。まだリィンフォースとして目覚めては居まい。
 …急ぐ必要も無いか。
 どちらにせよ、この勝負は初めから勝敗が決まっている。
 旦那がグラムを扱い切れれば、俺たちの勝利で、扱いきれなければ負け。
 あるいは、旦那が扱いきれても悪魔がその力を上回ったら敗北である。この勝負、初めから俺たちに不利なように出来ているのだ。
「まあ勝率は良くて1割あるか無いかか、先ず最初の条件が厳しいよな」
「グラムか、まさか神代の魔剣とはな――私には到底扱いきれんぞ」
 最初っから諦めてるのかよ。まあ解らんでも無いけどな。
 何せグラム――神代の魔剣。
 魔剣は扱うのに必要な条件が多い。そのうちの一つが、先ず第一に魔剣に認められること。で、神代の魔剣はその辺非常に気難しい。そう簡単に俺たちには靡いてくれない。
 靡いてくれて、認めてくれてもまだ問題がある。
 扱いが非常に難しい。元々圧倒的な力を持っているためにそれを扱う者に、其れ相応どころか一段階、二段階上の技量を要求させられる。最も技量に関しては旦那は平気だろう。あのレヴァンティンを剣の勝負で打ち負かしたというのだ。捕まってないけど。
 技術的には足りなくても何らかの理由で魔剣に認められたりすると、悲劇が始まる。
 魔剣に振り回されて被害は甚大になる。元より巨大な力を持っているのだから当然だ。扱いきれなければ辺りに被害を撒き散らす。
 で、最後にして最大の難関。
 魔剣を扱うための餌。コレはほぼ常時与えなければならない。人の生き血だとか魔力だとか、動物の生き血とかそういうのだ。まあ、生き血に関しては常時与える必要も無いのだが、やはり魔剣から求められたら与えなければならないだろう。
 グラムはその辺性格がよさそうだからあんまり無茶は言いそうに無いが、これが噂に聞くティルウィングとかだと問題になる。アレは性格が悪いらしい。あらゆる魔法を無効化できると言われるが、しかし何を要求されるかわかったものではない。
 魔剣にも意思が在る。欲しいものは欲しい、こういう奴としか組まない――まあ、わがままなのだ、ぶっちゃけると。俺たちは魔剣を手に取り、その魔剣に認められることを“契約”と呼んでいる。扱いきれるかどうかはともかく、認められることが先ず重要だからだろう。
 魔力の波が強くなってきた。今外に出たら多分偉いことになってる。
 そうして、其処に付いた。
 機械制御のロックは旦那に、ファイナルキーは俺が。
 月の光が入り込む要塞。
「…コレか」
 流石に一目見ればわかるだろう。魔剣グラム。その存在感は異常だ。
 日は陰り月の支配する夜。時刻は7時。
 本当に悪魔と戦えるのかと聞いた。
 未だに昏睡しているレイの姐さんを見ながら、彼ははっきりと言った。
 ――戦おう、と。
 私が最後まで見届ける役目なのだから、と。

 そうして振動。
 あたり全てを揺らす恐ろしい振動。
 悪魔が――目覚めた。
 恐らくは完全に。
 リィンフォースとして。
 それを知らせる、開戦の合図。今はまだ抑えられているはずだ。一応、多くの兵士がいたし、そうそう簡単にくたばりはしないだろう。
 外に出たら恐ろしいことになっているだろうが、それでも戦うと決めたのなら、戦おう。

「行くぞ、旦那」
「…ああ」

 さて、開戦だ。
 俺は徒手空拳。旦那は鉄の棺を運ぶ。推定50キロ以上、中に納まるは魔剣グラム。流石にいきなりここで持ち出し契約を済ませるつもりは、無いらしい。ここで意識失いたくねーしな。しかし、ぶっつけ本番なのは勘弁して欲しい。
 だが――どちらにせよ、変わらないだろうとは思う。成功するなら成功するし、失敗するならどうせ失敗していた。
 終幕まで、残り僅か30分。
 今宵月が空の真上に昇る時間までに、決着が付く。


≪to be continude.≫






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