外に出て一言。
「うわ、悲惨」
 とりあえず他の言葉が思いつかなかった俺の台詞。


『世界平和を望む者』=デバイスファイト=
 ストーリー『2-3――残光(B)』


 いやだって悲惨なんだもの。
 病院の一角が崩壊している。人が逃げ出していて、まるで人気が無い。
 だから、それだけでわかってしまった。
「…起きたのか、リィンフォース」
 ぼそりと小さく呟いて、俺は隣を一瞥する。バルディッシュの旦那、グラムの棺を抱えて立っている。
 機械封印が解けないこの棺。魔法封印は…まあ、何とかなる手段がある。
 只、こっちの機械封印は――。
「いや、解く方法はある、だから私が持ってきた」
 俺の考えを読んだように旦那が言う。さいで。まあ、それ以外じゃ持ってくることも無いか。
 おっけー、それなら精々戦いましょうか。
 敵は恐らく半覚醒のレイジングハート=リィンフォース。それだけでも強いが、アレが完全に覚醒したら世界が滅ぶ。そうなる前に、アレを倒そう。
 旦那を先行する様に駆け出す。魔法詠唱を開始。俺は待機させられて1つだが、旦那と姐さんは3つまでいけたはずだ。それを考えると、あれ相手にも油断は出来ない。
 魔法は詠唱を唱えるまでに最大1時間とか言う馬鹿げた時間のかかる奴もある。
 その為の技術として、待機というものが考えられた。
 待機には大きく分けて2つ。1つは、即席の待機。こちらは詠唱した呪文を単純に最後の単語、トリガーヴォイスを紡がないで残しておくこと。これだとモロに技術と才能で差が出る。才能の無い奴には1つしか待機させられないが、凄い奴だと3つとか4つとか一度に待機させられる。
 もう1つが道具による待機。熟練の魔法使い、あるいは魔法専門の奴はこちらを多く使う。単純に言えば、詠唱した魔法を道具に溜め込んでおき、戦闘に入ればトリガーヴォイス一つで魔法を使えるのだ。
 こっちだと費用がかかるが、特にデメリットは無い。才能も経験も技術も要らない。
 一般的に使われるのは後者。俺が良く使うのは、前者だった。
 ほら、俺は素手だから。
 できる限り相手に油断させなくてはならない。武装はゼロなのだから徹底する。
「…」
 只管無言で走る旦那を後ろ目に見やり、考える。
 ――彼も、またバケモノの一人だ。
 いやだってあの才能、教団の中でも指折りじゃねぇの? 実はレイジングハートの姐さんとタメはれるだろ。彼が悪魔じゃなくて本当に良かった。
 は、と軽く自嘲気味に笑って悪魔の居るであろう方向を見やる。どっちでも変わらないだろうことは解っていた。たとえ姉さんでも、この人でも、例えどちらがあくまでも大した変化はない。
 さて、悪魔の居場所は魔力での探知では濃度が濃すぎて一体何処に居るかわからないが――。
 また一角が崩壊した。
 …絶対あそこに居る。確信できる。
 一応小さいが彼女の姿を認識できる。この辺りまで来ると人の死体が多い。教団員だったり民間人だったりと多彩だ。
 そして悪魔の周りにも多くの教団員と――果敢にあれに向かっていく剣士が居る。
 あれは、まさか。
「げ、レヴァ」
 思わず小さく、旦那には聞こえないようにうめく。剣を振るっているのは紛れも無く炎の殺人鬼レヴァンティン。辺りの死体に炎が撒き散らされまくっている。
 しかしそれでも、半覚醒とはいえあの真性悪魔と互角に戦えている辺り彼の実力がうかがえた。どうでもいいが教団員は雑魚しかそろっていないのか。
「で、旦那、そろそろグラムとの契約済ませちゃってくれ」
 こう、デバイスとの契約を済ませるみたいにぱぱーっと。ところでデバイスって何だ。
「いや、先ずはこの封印を解くのが先決だろう、ほらさっさと彼女の前に行くぞ」
「…ってまさか、その封印解除の方法って」
「安心しろ、1度は確実に耐えられる」
 2度目は微妙だが…ってやっぱりそういうことかよ! コイツ!
 つまり簡単。この棺であの悪魔の攻撃を受けようというのだ。まあ、確かにグラムは吹飛ばないだろうしどれだけ厳重な封印してても棺は吹飛ぶだろう。
 それで封印を解除しようってのだ。力技にも程がある。
「…なあ旦那、一つ聞いて良い? 結局それ、無断で持ち出したんだけどいいの?」
「――構わんさ、私の独断ということにしておけ、お前に害は及ばない」
 小さく呟いて彼は駆ける。
 えっと、其れはつまりアレでしょうか。
 どのようなことがあっても彼女を救うという意思表示で宜しいのでしょうか?
 …何だかなあ、ホント、あの旦那は救いようが無いな。俺のコトまで考えている辺り、実際どうしようもねえ。
 だがまあしかし、それが重要なのかもしれない。
 己のためではなく誰かの為に、明日の笑顔のために旦那は戦っていて。
 ――ああ、つまり。
 本当に旦那は、姐さんに惚れてるのだ。


■□■□■


 唐突だが。
 レヴァンティン=エイスは殺人鬼である。
 それはどうあっても釈明できない事実であり、またレヴァンティン、彼自身もそれを認めている。辺りに被害を撒き散らす害毒のような殺人鬼。会えば死を覚悟するしかない病気の類。今のところ彼の被害に出会って生き残った人間は、彼が殺戮した人間3895人に対して僅か3人のみ。
 バルディッシュ。クラールヴィント。そしてデュランダル。
 クラールヴィントに関しては女性は殺さないという縛りをもってして逃がされた。彼は人間の女性は手を上げても決して殺しはしない。
 バルディッシュ、デュランダルの2人に関しては実力で切り抜けられた。
 そして、その殺人鬼は今。
 彼を圧倒的に凌駕する破壊神、真性悪魔と相対していたりする。

「いやこれは無理ですって! 強い強い強い! 勝てないってコレ! 基本性能が違いすぎるよ! 殺人鬼としてその在り方には憧れるけど相対はしたくない! 逃げて良い、逃げて良い!?」

 既に泣き言の嵐だが、それでも10分にわたる攻防で生き残っている。
 向かい来る破壊の黒い弾を剣で弾き、炎で辺りを取り巻きながら空間を切り裂いて飛んでくる衝撃波を回避する。目に見えない衝撃波でも、炎を切り裂くのなら見える。空間を直接切り裂こうがどのような攻撃だろうが、炎をという空間を侵食しているものを切り裂かずに攻撃は出来ないからだ。
 この衝撃波を攻撃を避けられる状況は2つ。雨の中か、こうした炎の中だけだ。
「ぬお! あぶねえっ! 刀がヤバイ! 誰かー! 武器くれー!」
 因みに辺りに居るのは悪魔を除いて教団員のみだ。当然彼に組するような人物は一人としていない。たとえこの殺人鬼が死ねば次は自分たちが死ぬと解っていてもである。
 果敢に切りかかっていくレヴァンティンだが、悪魔は楽に素手で受け止める。刀の刃などものともしない。先ほどから数度切りかかっているが、全部素手で受け止められていた。
 高すぎる魔力が、溢れ出ている魔力が攻撃全てを通さないのだ。
 防御魔法もかかっている。レヴァンティンの攻撃は一方的に受け止められるが、彼女の攻撃は全て彼に届く。戦闘にすらならない。
「ち――って、うわぁっ!」
 地面を滑り、慌てて左にとび攻撃を回避する。
 しかしそれでは間に合わない。悪魔の攻撃速度は速い。一撃一撃は確実に命を狙っている上に破壊力がある。
 特に魔法に関して、あの悪魔の右に出るものはこの世に居ないと、今戦っているレヴァンティンは断言できた。
 通常は必要なタメの動作、詠唱そのほか諸々があの悪魔には一切必要が無い。辺りから魔力をかき集めないで自信の内側から魔力を取り出せる。
 一般に、自身のうちに眠る魔力は発火材といわれる。
 詠唱で辺りから魔力をかき集め、それを己の魔力で火を点けて放つのだ。辺りのある魔力に比べれば、自身のうちに眠る魔力は微々たるモノは当然。故に、魔法使いはその魔力をかき集める速度がどれだけ速いか遅いかで性能が決まる。
 だが、自身の内からあふれ出る魔力を直接魔法とできるのなら、詠唱は必要ない。辺りの魔力を従わせ、自身のものとするのが詠唱が必要な理由だ。自身の魔力には一切そのような縛りは無いのだから。詠唱無しでもそれなりにいけるが、詠唱があると無いとで差はやはり大きい。
 だが、もしそれが可能なら。
 目の前の悪魔が、その性能の凶悪さを証明してくれていた。ノータイム、ノーカウントでの連続魔法。接近すら許さない圧倒的破壊力。剣や拳を振るうのと同じ速度での連射。勝てる気がしない。
「く、くぉおおお!? アブねえっ! 今のは危なかった!」
 紙一重、また紙一重とレヴァンティンは回避する。その紙一重も充分誇れる神業なのだが、普段は圧倒的なその能力も悪魔の前では意味が無い。
 そして、ついに悪魔が彼を捉える。
 彼が着地する前に、その魔法が彼へと着弾せんと襲い来る。
「――っ! うおこれは無理! どのような未来予測をもってしても不可能です!」
 彼の魔法は炎。足場を作るのには向いていない。
 故に、その一撃は回避不能。あるいはデュランダルのように氷の魔法ならば盾にもなれば足場も作れたのだが、扱う魔法の属性が命運を左右した。
 悪魔の放った弾丸が、彼に迫る。小さい、野球ボール程度の大きさの其れがどれだけの破壊力を秘めているかは辺りの被害が物語っていた。多分あれでも充分家一軒くらいは吹き飛ばせるだろう。
 レヴァンティンが皮肉気に口元をゆがめる。こんな無茶やめときゃよかったとか、何でこんなの相手にしたのかとか頭の中を色々な思考が掠めていく。
 それが着弾し、あたりに粉塵を巻きちらした。

「ごふぁっ!?」
「間に合ったか…!?」
「――間に合ってない、腕が一本なくなっちまったぜ、旦那」

 そんな風にぼやきながら。
 レヴァンティンの前に立ちはだかった、バルディッシュとデュランダルが、悪魔の弾を今は粉砕された鉄の棺で、防いだ。
 鉄の棺から紅と蒼の布で包まれた、恐ろしく美しい剣が一本現れる。
 その魔剣の名はグラム。
 遠い時代、神話の世界にて“りゅうおう”の鱗すら突き破ったとされる伝説の魔剣。


■□■□■


 とりあえず悪魔の弾丸がレヴァンティンに当たることは防げた。こいつは充分戦力になりえるので、とりあえず殺すのは不味いだろうと旦那に掛け合ったら本当に助けてくれたのだ。いや、すっげー御人好しだな、旦那。こいつが殺人鬼って知ってるだろう。
 で、結果として俺の腕が一本無くなった。
 流れだけ説明すれば、簡単だ。
 旦那が盾、棺を前に出し、しかしレヴァンティンが入れるほどの余裕は無かった。ので、レヴァンティンをなるべく広い場所に殴り飛ばした。俺は棺の影に入れるから問題なかったのだが、悪魔の弾がやけに速いのが問題で。
 いや、後1秒あれば余裕だったのだが、しかし結果として俺の腕は棺に当たった弾の余波で消滅した。殴ったのが利き腕の右腕。無茶苦茶不利になったぞ、今。
「平気か、デュランダル」
「右腕なくなったけど戦えねーワケじゃねーな、利き腕左だし」
 等と平然と嘘をついてみる俺。いや、こうとでもいっとか無いと泣きそうだ。
 左腕を構えて、奴と相対する。
 ――前に。
 同じ光景を、見た。
「…は」
 思わず笑う。前に見た光景と自信がダブる何て、俺は老人か。ただ、前にも同じ光景を見た。片腕がなくなってもあの悪魔に向かっていく戦士の姿を、見たのだ。
 乾いた音が何度も響き、しかしそれも全部悪魔に通じないと解った。いや、戦う前からきっと全部わかっていた。アレは力の塊だ。俺たちの力では通用しない。
 その姿を。
 なんと美しいと、思ったことか。
 師範代と師匠は共に倒れ、生き残ったのは俺と少しだけ。ああ、けどさ、アンタを倒そうとは思わなかったんだぜ、本当。
 あの時あいつらが、生き残りがあんな一言を言わなければきっと追おうとすら思わなかった。そうだ、今更間に合わないことは何一つ無い。死んでしまったものはどうしようもないけど、生きている奴らにだけはまだやれる事が残されている。
 生きているから残されている。
 地獄の底じゃあるまいし、苦痛ばかりの世界じゃないだろうが。
 俺の場合は復讐、報復。
 それ以外はもう何も残らなかったのだ、きっと。――おかしな話だ。あれが欲しいと思ったのは、俺だったのに。復讐とか報復とかしか既に残っていないなんて。
「今逝くぜ、師範代」
 呟きながら、そういえば師匠は何処で何をしているのかをふと考えた。
 死んでいるのだろうか。あの悪魔と戦って、死んだかもしれない。実際の話、死体は無かったから解らない。師範代は頭が残っていた。体は無かったけれど。
 ――まあ、何でも構いやしないさ。どのようにアレ、負けるわけにはいかない。
 師匠が俺に教えてくれたのは一つ。
 敗北することを許さない。
 それだけ。
 飛び上がる。辺りの空中に氷の刃を出現させる。無詠唱で計7本。この時になって初記録にして自己ベスト。全然嬉しくないのは何でなのか。
「シャ――!」
 飛び掛る。もう何も目に入らない。入るのは、目の前に居る銀色の悪魔だけ。
 髪の毛こそ銀に染まっているが、しかしまだ全部はリィンフォースに成り代わったわけではない。これなら充分倒せる余地はある。
 氷の刃が全て彼女に牙を向く。彼女はその刃には見向きもせず、全て余裕で弾いた。シールドなど張ってもいない。あふれ出る魔力がそのまま盾。冗談じゃねえよ。物理攻撃ですら全部緩和するのか、あれは。
 空中に足場を作りながら彼女へとかけていく。
 とりあえず左の拳を顔面にたたきつけたが、しかしまるで意に介していない。――というか、攻撃が途中で薄い膜のようなものに阻まれている。何、目に見えるほど濃密な魔力かコレ? 吹き上がり続けてるって――コイツからか。
「ぶっ!」
 右腕で腹を殴られてモロに地面にたたきつけられた。受身を取る暇も無い。意識が遠のきそうになる所を誰かに抱きかかえられて疾走する。風が頬を撫でて行った。
 誰かは、当然此処にいる2人のうちどちらか。や、教団員なんか全滅してるっぽいし。基本コンセプトが数の暴力という教団員なので、一人ひとりの性能は余り期待できないのだ。
 で、今はどうやら殺人鬼の腕に抱えられているご様子。背骨折れてないだろうな。内臓破裂くらいはありそうだ。殴られただけでどんな破壊力だよ、コレは。因みに俺がさっきまで転がっていた場所には悪魔の放った魔法が着弾していた。
 いや2撃目をコイツに回避させられたのは助かった。死んでない。
 つーか師匠、コレは無理。敗北云々以前の問題じゃないか。
「げふっ、死ぬ…!」
「いや凄い、勇気あるねおにーさん、まさか真っ向勝負を挑むとは」
 はっはっは! と豪快に笑うレヴァンティン。しかし俺を抱えながら上手に回避するなこいつは。悪魔の攻撃、今のところ全部回避できてないか?
 一撃はまあ、俺たちが助けてやったが。
「うークソ、強すぎ、あれでまだ完全に覚醒してないのか…」
「え、嘘!? あれで半覚醒!? すげぇどんなんだよ! 世界崩壊の意味が今ようやく解った!」
 うむ。あれでまだ3割といった所。髪の毛が銀に染まり、瞳が紅に染まり、模様が浮かび出て、と過程はそんなところだ。模様が浮かび出てようやく7割。
 とりあえずレヴァの腕から離れる。再び魔力を充填。
 で、さっきから何をやっているんだ、旦那は。
 そう思ってふと、ちょっと離れてしまったがバルディッシュの旦那を見やる――。
 あ。
 そういえば、グラムの封印、解かれてる。悪魔の攻撃で、2つの聖骸布の封印意外は吹っ飛んでんだ。
「バルディッシュ――!」
「え? バルディッシュ? 嘘嘘どこにいんの? いつぞやの決着つけたいんだけど俺、あ、その前にこいつ倒さなくちゃダメか、にしても強すぎですよ貴女!」
 ええいレヴァンティン、うるせぇ!
 俺は駆け出す。さっさと旦那のところにいかねえと! 危ない、アレは危ない。意識した瞬間に解った。辺りに散る神聖の気! 悪魔の攻撃も旦那にまるで届いていない、あの剣が全部跳ね除けている。
 悪魔も其れに気づいたのか。
 俺たちから意識を外して、旦那のほうばかり見ている。
「バ…ル…?」
「ぎ、が…!」
 必死になって自身の全ての魔力を注ぎ込んで耐えている。グラムから流れ込む神性の魔力に耐えている。だが所詮は人間。神によって作られた剣に耐えられず、徐々に全身に傷を増やしていた。
 悪魔の作る傷ではない。そもそも今の旦那は外側からの干渉を、ほぼ一切受け付けまい。
 アレは、内側からつけられた傷だ。
 グラムから流れ込む魔力が膨大すぎて旦那の体が付いていってない。8重封印にどれだけの意味があるかと思ったが、成る程、あれだけの封印を施しておかなければ触った瞬間に体が破裂する。覚悟のあった旦那だから耐えられたのだ。
 それでもキツイのか。必死にそれに耐えている。
「ちぃ、無謀にも程があったか! レイ、レイジングハートさん! 旦那がやべえ! 何とか戻ってこれないか!」
「あ――」
 無論、戻ってこれるわけが無い。だが攻撃させるわけにも行かない。
 簡単な話、たとえあれだけの神性があっても――全力での悪魔の攻撃には耐えられないだろう。あんな気など楽に突破できる。
 だから少しでも時間を稼ぐ。
 バルディッシュの名前を出せば少しは時間が稼げるはずだ。それが1秒でも、2秒でも。――とか思っていたが、ありゃそんなに持たないな。
「ち、まだかよ旦那――!」
 言いながら詠唱を開始。俺が今使える最大の魔法をぶつけてやる。
 それで時間が稼げないならそれで終わりだ。
 俺は吼えながら、悪魔へと肉迫する。――や、正直旦那の名前出してもどうせ数秒で意識が途切れるだろうし。
 それなら、たった数秒でも時間を稼ごう。
 いくらかそちらのほうが楽でいい。とりあえず旦那に気を配らなくていいという点では、楽でいい。
 賭けるのは俺の命で、その間に旦那がグラムを手懐ければ俺の勝ちだ――!


■□■□■


 それらの戦いを遠くから眺める影が3つ。やや教団病院跡地からは離れた場所で、その戦いを眺めている。
 大げさにため息をついて、頭をかく女性。その隣に、恐らくは男性が1人。
「…コレ、私も出て行くのかしら」
「ですよ、私たちもいきましょう、速く」
「…レヴァンティンもいるし気も乗るけど、間違いなく死ぬわよ?」
 言いながら刃を構えるクラールヴィント。その隣に立っているのは、シュベルトクロイツ。
 離れたこの場所にいても感じ取れる。あのバケモノじみた魔力。
 そして、妙なほどの神性。
「…誰か1級封印といたわね、扱えると思ってるのかしら」
 呆れ気味に呟いて、彼女は振り向く。
 そこに居るのはシュベルトクロイツと、もう一人。黒いフードを被った、怪しげな青年。特に拘束されている様子はないが、クラールヴィントの視線から見ても此処から逃がすつもりはないことは解る。
「アレはどうすれば止まるの? 研究者なら、多少はわかるでしょう」
「…ふむ、圧倒的な神性か、あるいは彼女自身が抑え込むしかあるまい、前者では彼女は死に、後者ならば死なない、というところか」
「そんな話をしてるんじゃないの、答えなさいソング、アレ、生粋の真性悪魔じゃないのよ、止められるでしょう?」
 音も気配も無くソングと呼ばれた彼に近寄り、人差し指で胸を突く。
 ――嘘をつくな、私は知っている。
 彼女の瞳がそう物語る。隣ではシュベルトクロイツが戦闘を見ていた。何かあればすぐに情報を引き渡せるように。
「答えなさい」
 人差し指と瞳に力を込めながら、彼女が尋ねる。
「その前に、君は何者だ? 少なくとも――」
「その先は言わないでも解るわ、それには後でちゃんと答えてあげる、私の質問が先よ、どうやったら止められる?」
 彼女の質問には有無を言わせぬ迫力があった。仕方ない、といわんばかりにため息をついてソングは彼女の疑問に答えようと口を開く。
「殺さずに止めるなら、レイジングハート自身が止めるしかない、しかも悪魔を完全に抑え込む等不可能に近い、アレは力の塊だ」
「…そう」
「殺す方法も、恐らくは強い神性が必要だろう、あの悪魔の防御を突破するなど並では勤まらないからな、だが」
「だが?」
「実行不可能だが、止める方法ならば、ある」
 始めに実行不可能と注釈の付いている止める方法など何の役にも立たない。
 だが、それでも、クラールヴィントは続きを促した。
「彼女の、正確には悪魔のリンカーコア、魔力の元を破壊する、そうすれば彼女から悪魔はいなくなる上に自身も取り戻せる、誰にとってもハッピーエンドだ、だが」
「…そうね、それは不可能に近いわ、リンカーコアだけを破壊するなんて」
「そうだ、しかも悪魔と一体化している中から彼女自身のリンカーコアを選別して破壊するなど――」
「できますよ?」
 唐突に。
 戦闘を見ていたはずの、シュベルトクロイツが、2人の会話の間に割ってはいる。
 その言葉に、絶句して彼女を見やる2人。たっぷり10秒間ほどの沈黙が、あった。その間にあちらでどれだけ被害が撒き散らされたか、想像に難くない。
「…できますよ、ですって?」
 ぞっとした様子で、やっと動き始めたクラールヴィントが尋ね返す。
「はい、可能です、私としては貴女が出来ないほうが意外なんですが」
 シュベルトクロイツがなんでもないことのように答える。確かに、技術や戦術だけで言うのなら、クラールヴィントはシュベルトクロイツをはるかに超えて、強い。
 だが、リンカーコア、魔力を扱うためのコアを打ち砕くには別の技術が必要だ。少なくともクラールヴィントが学んできた技術とは、また別のものが。
 信じられないが、彼女はそれを学んできたのだろうか。こんな若い子がそれを扱うためにどれだけの血反吐を吐いてきたか、想像に難くは無い。コア砕きは他の魔法に比べて扱いが難しい。
 肉体に傷をつけるのは簡単だ。だが、内なるもの、魔力そのものに傷をつけるのがどれだけ難しいのか、少なくともクラールヴィントは知っている。
「ん、選別に多少時間は掛かるでしょうが――可能です、先ずあのガードが無ければという条件は付きますけど」
「…そうね、あれを突き破らないと魔法以前の問題だし」
「いきなり希望が見えてきたが、希望がなくなったな、幾らなんでも“只溢れているだけ”のガードは私にも破れん、悪魔の魔力は解析してあるがあれだけ膨大だと意味もあるまい」
 そうね、と言いながら、しかし希望が見えてきたことに変わりは無い。
 後は何とかしてあれを突破すれば良い。

 そしてその手段は戦場にあるグラムが最も適している。
 彼女らは知る由もないが、今は必死になってバルディッシュがグラムを扱おうとしている。
 そして間違えてはいけない。
 常に窮地に立たされているのは、彼らだということを。

 戦場は徐々に終盤へと向かっていた。






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