「リンカーコアを砕いた場合の損傷は?」
「最悪死だ」
「…どういうことなの、つまり」
「彼女のリンカーコアを起点として悪魔のリンカーコアは起動して、魔力を扱っている、あくまで最初の地点は彼女だ、砕いたら連鎖的に彼女のコアも砕けかねん」
「…成る程ね、それは理解できるわ、確実に救える方法はないのね?」
「無い、其れが結論だ、悪魔は全て人に取り付き、そしてその人間のリンカーコアから稼動する、人間の皮の上から自分の殻をかぶせてな
 つまり実に単純なんだ、悪魔とは人間の名づけたものでしかない――良いか、悪魔は人間から派生する、言ってしまえば我らの上位種なんだよ」
「気持ちの良い回答じゃないわ、それ」
「ああ、だが結論だ
 ――そうだな、彼女が意識をしっかり保てれば、確実に生き残れる
 ところで君は何者だ? 教団には所属していないだろう」
「そうよ、私は教団兵じゃないけど、今はそういうことにしておいて…ちょっと内部事情に興味がある、普通の暗殺者よ」
 
 夜の空をかけながら、彼らは話す。
 火が見える戦場が直ぐ傍に迫っていた。


『世界平和を望む者』=デバイスファイト=
 ストーリー『2-4――残光(C)』


 金属音。打撃音。咆哮。――いやすげぇ地獄絵図。正直な話、今すぐ逃げ出したいね。
 レヴァンティンが辺りをかける。相手は砲台。逃げるのは実は結構簡単だ。まあ、それが普通の砲台なら、の話だが。
 アレは規格外。
 核が付くミサイル発射できるね、絶対。
「くそう、バルディッシュの旦那は…」
 相変わらず、グラムに耐えていた。
 あれが最初の洗礼。――先ずはあそこから始まるらしい。戦いながらレヴァンティンにちらっと聞いた。地獄の苦しみに耐える所から、契約は始まるのだと。
 それが格下の魔剣なら楽。実際レヴァが持っている剣も魔剣だが、彼はほんの十数秒で契約を終わらせたらしい。
 だが、グラムとなると話は別。
 圧倒的な神剣なのだ。耐えるのはまさに“神の試練”だろう。
「で、レヴァンティン、後何分くらいいる?」
「さぁ? その人の実力によりますが、ま、あの剣気難しいだろうし――後5分ってところじゃない?」
「5年っていわれてるのとかわんねー」
 苦笑しながら攻撃を避ける。いや実際寿命はそれくらい削られる。1分間で1年。長すぎる寿命を削ってもらえて軽くお得かもしれない。無論そんなわけはないが。こんなに心臓の悪い寿命の削り方はないぞ。
 まあ、1日2日っていわれなかっただけ、マシか。いやそれにしたって変わらない。
 5分。
 永遠にすら感じられる――。
「人生で一番長い5分だ間違いない!」
 言いながらまた一撃を回避する。レイジングハートの意識が少し残っているのか、旦那を狙わない。それはありがたいがその分こっちにお鉢が回ってくるのは勘弁してくれ。
 いやもう何もしないで欲しい。これ、冗談じゃないくらいに辛いぞ。
 首を振り攻撃を回避――ああ、それは楽に避けられる。
 しかしくそ、右腕がないのが響いてくる。――左腕一本でどうにかできるような相手じゃない。いや、右腕があってもどうにかできるような相手じゃない。
 とりあえず足元から石を蹴り飛ばす。当たるが、直撃だが、意に介さない。
 あふれ出る魔力。それそのものがシールドだ。
「うおおおおお! 洒落になってねぇっ! あぶなっ! うわぁ! 刀から嫌な音が!」
「えーい、平気なのかアッチは」
 声だけ聞くとすげぇヤバそうだ。
 しかしアイツも大概すげぇ。既に10数分に及ぶ攻防。攻撃を避けて、受けきっている。刀も凄いのだろうが、あいつの腕も負けてはいない。
 一撃一撃を逸らし、かわし、弾く。
 アレはあれでとんでもない技術だ。間違っても戦いたいとは思わない。それに今は少なくとも、味方だ。
「うっ! ひゃああああああああ!」
「うるせぇ殺人鬼! 叫んでる暇があったらあぎゃああああああ!?」
「お前も同じじゃん! 叫んでいる暇だらけじゃん! うおっ!? 掠った! 今掠った!」
 もうノリノリだ。頭の中は既にテンパってる。逃げることの全力を注いではいるが正直後1分持てばいいほうだって、コレ。
 氷河の盾――破られた。余波で吹っ飛ぶ。1秒で起き上がる。で、跳ぶ。
 顎がいてぇっ! 骨が砕けたかと思ったが…おお、大丈夫だ。は、と笑って悪魔を見やる。
「…?」
 あれ? 何か動きを止めて…。
 ――え?
 空気のはじけるような音。次いで衝撃波。油断していた後ろから。ごんと頭を打ってぐるんと縦前方に一回転。首が折れるかと思ったが平気だ。平気だよな!? 一応確認、骨は繋がっている。良かった!
 後ろ。後ろには!

「ガああああああああああああああああああああああああ!」

 …バルディッシュ=テスタロッサ。
 圧倒的な神気を撒き散らして、立っている。…いやアレはヤバくないか。
 グラムのほうがバルディッシュに勝っている。支配する以前の問題だ。あれじゃ旦那死ぬぞ?
 両手で持つ余裕もなくなったのか、獣のように両手を広げている。
 いや凄い。人の体ってあんなに曲がるんだ。
「第二段階入ったか、まあ、あの人がどんだけ強くても此処までかな」
「お?」
 唐突に抱えられて走り出す。耳元でレヴァンティンの声。
 ああ、そういやちょっとぼけっとしてたけど――ちょっと危なかったのな、今。悪魔に照準をこっちに定められたら防御の仕様も無い。
 それより。
「第二段階?」
「ん? ああ、えーっと、第一段階突破したら次は魔剣と会話するんだわ、アレ」
「…?」
 レヴァンティンのいうことは要領を得ない。
 つまり、どういうことなのだろうか。
「あー、つまりだ、魔剣って意思を持ってるからさ、魔力の抑制、魔剣が認めるかどうかを魔剣自身で見極める、そしてちょいと話し合いってのが契約の流れなんだ」
「へぇ、それは知らなかったな」
 魔剣について詳しく知っている奴が傍にいると助かる。まあ、こいつの説明じゃ要領を得ないが。
 魔剣が選ぶ主のみに、魔剣は従うということでいいのだろう。で
 すっげー解りづらいが、解釈はそういうことになる。
「つまり、今旦那は魔剣と話している最中?」
「気に入られてないんだろね」
「…ひっでぇ魔剣、旦那ほどの人格者はそうそういねぇぜ?」
 言いながら俺は魔力を充填。ギリギリまで圧縮して氷の塊にしたものに、更に魔力をかぶせていく。物理攻撃と魔力攻撃を同時に行う、俺が行える最強の魔術。更に防御魔法突破能力を重ねがけ。
 “氷の華”を食らわせてやる。
「…なんか、コレでも悪魔相手には通用しない気がしてきた」
「しないでしょうねえ、アレは強すぎるよ、魔力も物理も全部防ぐんだから」
 だよな。アレは反則だよな。
 生半可な魔力攻撃物理攻撃じゃまるで意味が無い。溢れ出ている魔力そのものに防がれる。圧倒的に強い攻撃、圧倒的な魔力でなければあの壁は突き破れない。そもそも志向性の無い盾だ。防御突破能力では意味がないだろう。
 で、まあ俺の力では高が知れていて、今のところレヴァンティンでも不可能かと思われるあの魔力防御の高さ。どうにかしてくれ、マジで。
「バルディッシュも無理っぽいし、コレはもう世界の皆様運が良かったら会いましょ〜ってレベルか?」
「うーむ、あまり考えたくはないが、そういうことだろうなあ」
 とりあえず同意。だって本当にそれくらいヤバイし。
「おし、できた…」
「デュランダル、とりあえずやめといた方が…あ、ヤバっ! 悪魔がバルディッシュに照準を定めた! これは止めるしかない!」
 慌てて駆け出すレヴァンティン。うむ、この状況においてはどう考えても旦那以上の希望はないからな。しかも悪魔が本気を出せば多分今の旦那くらいなら吹き飛ばせる。
 例えば、悪魔が完全覚醒して。
 生き残る奴は――。

 ふと頭の中をよぎる真っ赤な三日月。
 ああ、確かにアレは生き残りそう。

 ――何か妙なイメージがよぎった。生き残る奴がいるとでも言うのだろうか。それはおかしい。あれが本気を出せば世界など瞬く間に塵だ。その中で生き残る奴など、居ない。
 例えその力がどのようでアレ、だ。
 そして今其れを止められる手立てがある。八割がた絶望的だが。
「――行くぜ最大魔術、“絶界氷”華式!」
 俺の前に現れる小さな氷の華。花弁は12枚の上に更に8枚が重なり、その上に4枚、そして6枚が一つの固まりになっている。
 本来ならば相手を氷付けにして、それごと砕く業。絶対にあの悪魔は喰らわないので、この場でそれを変更。直接氷の塊を作り上げぶつける業に変える。や、通じるかどうかは微妙ですが。
 そして悪魔をその瞳の中に収める。
 ――駆け出した。
 もう無駄なことを考える必要などない。
 目の前の敵を倒すことだけ、考えろ――!

「ヲおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 レヴァンティンが切りかかるそのタイミングを僅かにずらして、その逆位置、右から氷の華をぶつける。だが意味が無い。レヴァンティンの斬撃にすら目もくれない。
 ていうか刀折れた。
 ぼっきーん、と豪快に。
「いやああああ!?」
「華式絶界氷!」
 レヴァンティンの悲鳴とともに、今まさに放たれようとしていた黒い弾に向かって俺は氷の華を叩き出す。氷の華は砕かれたが、同時にその攻撃も無くなった。余波も無い。俺のこの氷の華、それなりに強力なのか。
 これで攻撃は無駄になったが、仕方ない。
 氷の魔法で右腕を造形。更に足場を生成し、その場で回転。右腕を思い切りたたきつける。あっさりと砕けた。くそ、魔力だって只じゃないんだが――。
 そして更に俺に視線を向けてくる悪魔。
 …そうか、対象は俺なのか。思わず苦笑するが、同時にその腹にアッパー気味に拳が叩き込まれる。内臓がつぶれた。絶対つぶれた。そんな衝撃。
 そして左顔面に右フック。顔面の前に氷を出現させるが意味も無く、錐揉み飛行で地面に落下する俺。あー、頭蓋骨とか顎とか色々と逝っちゃったかな。左目――が見えない。つぶれたか。陥没してないかどうか、というかまだ頭が働くかどうかを確かめる。左目右腕以外は5体満足。
 ――よし、まだ戦える。
 少なくとも、あの悪魔を邪魔する程度には、戦える。
「氷河――伐採!」
 5本の氷の刃を出現。華式絶界氷に比べるとどうしようもなく劣るが、それを打ち出す。狙いは悪魔の顔面だ。女性の顔を傷つけるとか言われるが、仕方ないだろう。
 だが、やはり見向きもしない。
 別にどうでもいい。視界を防ぐための魔法だ。体内で魔力を練り上げる。詠唱を開始。略式なんぞで通用する相手じゃない。
「“氷の神殿に咲くが良い”」
 準備するのは氷の華、フリージア。華式絶界氷に今命名。正直普通の絶界氷何てあの悪魔相手には使えない。
 左手一本で出現させる。更に右腕に形を与えておく。どうせ動かないが、しかし殴る程度には役に立つ。
 そしてレヴァンティンが俺の前に立つ。炎を両腕に纏っていた。あれがレヴァンティンの武器無し状態での戦闘形態らしい。
「ヲオオオオオオオオオオオ!」
 レヴァンティンが吼える。愉しそうに。
 ――何だかな。相手は確かに強いし、負ける気しかしないんだが、逆に腹がくくれる。
 そして放たれる悪魔からの凶弾。
 合計して、なんと6発。一撃一撃が家を吹き飛ばすような破壊力を持っている魔法を一瞬にして6個。信じらんねえ、何だあの出鱈目さ。慌ててレヴァンティンが横に跳ぶ。
「ち、一発はフリージアで防げるが――」
 言いながら、俺も横に跳ぶ。
 そして、そこにも更に黒い魔弾が。――タイムラグ無しの連続攻撃。避けられるわけが無い。だが、氷の華を当てて防ぐ。
 そして続けざまに連撃。擬音イメージは機関銃。速射砲タイプ。
「あ、無理だ」
 速攻で諦める俺である。どう考えても無理だ。
 それでも跳び、右足の反応が一瞬遅れた。右足が吹飛ぶ。体に当たればなくなっていたのだからコレはラッキーというべきか、それともこんなのを2回も喰らってアンラッキーというべきか。
 地面に転ぶ。一撃が迫る。死を覚悟した。
 目を閉じることなく、その一撃を迎え入れる。
 ――あれに耐えられる奴は居ないだろう。直撃では、万物は消滅するしかあるまい。
 それでも迎撃しようと氷の刃を生み出し、打ち出して弾とぶつかり、即座に刃は消滅した。弾は威力をなくさない。わぁーい、生半可な魔法じゃ意味がないってさー。
 弾が当たるまで後2秒。
 そういうところで頭をつかまれ、放り投げられ、助けられた。

「大丈夫デュラッち!?」
「へ? お前シュベルト?」

 いやあんまり大丈夫じゃないけど。とりあえず助けられた。2秒前俺がいた場所には大穴が開いている。あれなら足に当たっても死んでいた。俺に当てたときは、連撃に裂いて威力を殺していたのか。
 俺はとりあえず、シュベルトクロイツに助けられていた。
 ――さっきからよくもまあ、ギリギリを生き残っている。シュベルトクロイツの周りには魔力。収束している魔力の量は半端ではない。
 …こいつ魔力だけなら、実はあの悪魔に匹敵するんじゃねえのか? 教団幹部の名前は伊達じゃないって言うわけか。
 ふとレヴァンティンに目をやる。あ、クラールヴィントが助けてた。援軍か。それにしては随分頼りないな。たったの2人かよ。いや、クラールさんの隣に更に誰か黒いローブのお人が。合計して3人か。やっぱりかわんねえよ。
「あー! グラムだっ! 持ち出したんだデュラ!」
「おう、旦那なら扱えると思ってな」
 言いながら右足を作る。即興だが――立つのに支障はない。走ったり歩いたりするのは難しいだろうが、何とかなる範囲だ。
 よし、続けていこうか。
 旦那に目をやる。段々と落ち着いてきているのかどうかは解らないが、しかし希望は既に旦那にしかないんだから――!
「しっかりしてくれよ、旦那っ!」
 叫びながら俺はまた悪魔に向かう。魔力切れも近い。――さて、急ごうか。何時までもあの悪魔だって、退屈したくないだろう。
 瞳が赤く染まっている。模様も浮かび始めている。6割ほど覚醒していた。
「あ、デュラッち、戦いながらでいいから今回の作戦聞いて――」


■□■□■


 バルディッシュ=テスタロッサ。
 戦闘員としての能力を高め、それだけで教団幹部に上り詰めた嫌われ者である。他に大した能力もないくせにと、厄介者扱いだった。内部で輝きすぎる新参者は、無能な部下やもっと無能な上司より性質が悪い。
 千年も威光を守ってきた“教団”だ。内部は策謀渦巻く権力闘争の場である。
 結果として彼に与えられる任務は汚いものが多い。元より彼に教団の居場所は無かった。それでもあらゆる任務をそつなくこなす彼は腫れ物扱いされ続け、ついには最前線へと飛ばされた。
 当たり前だが厄介払いである。
 “封印者”との旅路。
 その観察経過の記録をとる、記録者。
 それが、バルディッシュに与えられた任務だった。
 封印者とは悪魔を封印したかのモノ、即ちレイジングハートを指し。
 その記録者とはバルディッシュに与えられた“最も名誉のある”任務だった。
 危険と名誉は隣り合わせ。
 そんな言葉に乗せられたわけでもないが、彼はレイジングハートと旅路に出た。
 幾つの村を滅ぼしたか。
 幾つの命を奪ったか。
 そんなものいちいち数えては居ないが、バルディッシュは全て記録をとり続けた。
 教団側としても悪魔の暴行に巻き込まれ直ぐに死ぬと高をくくっていたのだろう。
 だが実際にはそうはならず、バルディッシュは都合6年近い歳月をレイジングハートとともに過ごした。武術において彼の右に出るものは、元々教団にはいない。
 ――レイジングハートが悪魔となったときのコトを覚えていないのは確認済みである。
 悪魔と成り暴走した後、レイジングハートは深く昏睡する。
 その間にバルディッシュは彼女を背負って、人目を避けて駆け抜けた。
 だから、起きるたびに何故此処にいるのかという説明をするのが大変だった。
 何時からだったか、そうして旅をすることが楽しくなって来た。
 無論命を奪い、村を滅ぼすたびに心は痛む。
 だが、レイジングハートと旅をすることは楽しくなっていた。

「それが、彼女を助けたいという理由なら、たった一人の人間のために全てを捨てるというのなら、我は手を貸さん」

 恐ろしく冷たい声で記憶を断ち切られる。
 グラムはバルディッシュの記憶を覗き、そういう結論を下した。

「そもそも最初の理由が気に入らない、殺すためではなく救うためだというのか、武器とは元来殺すための代物
 ――解らんな、お前は何をしたくて教団という場所に入ったんだ」

 その理由は簡単だ。
 もっと多くの目に己を鍛えて欲しかった。
 元々テスタロッサの家系は“神”より続く家系。神代の頃からずっとその“血”を守り続けた家系だ。その血統の前においては、あらゆる血統という名前はかすむ。
 伝え、守られてきたのは武術とある魔法。
 彼は、それが此処だけで朽ちていくのを良しとせず、町へと飛び出した。教団は伝えるべきものは伝える場所。彼の持つ魔法や武術は後世へと伝えるべきだといい、それを夢見て教団へと彼は席を置かして貰った。
 教団は彼らのコトを知っていた。快く迎え入れてくれたのだ。
 無論、表面上だけの話である。
 ――はっきり言うのなら、既に新たな席は無く。
 何十代、何百代と伝えられてきた魔法と武術は、結局彼の戦果を挙げるためにしか役に立たないものだった。

「神代の頃よりよくぞそのようなモノを伝え続けた
 そして最後の拠り所が彼女というわけか、結局の所誰からも頼られなかったお前の最後の砦、最も近しい者が」

 グラムの言葉は正しい。
 彼は結局の所誰からも教えを請われる事は無く。
 ――結局、此処であっても彼は一人だった。
 だがそれでも努力する。一人でいること、孤立することの無様さがどうしたと努力を続けて強くなり続ける。結果、彼は益々強くなり、益々孤立していった。
 鍛えれば鍛えるほど、努力すればするほど回りから見放されていく。
 だが、それでも。

「――成る程」

 それでも、見捨てられないものが在った。
 悪魔は自分と同じだ。
 バルディッシュ=テスタロッサは、悪魔の中にこそ己を見た。
 強くなれば成る程、周りから畏怖され見放されていくハリネズミ。
 其れは自分の姿と全く同じだと、バルディッシュは思ってしまったのだ。

「故にそれを見捨てられないか
 ――生物として致命的な欠陥を抱いているな、お前、苦悩を誰かに預けられるとどこかで誤解している、だからあの悪魔とともにあった、あの悪魔の苦悩を己が背負おうという意味ももって、お前はずっと一緒に旅をしていたのか
 くだらんな、所詮他人は他人、内も外も苦悩など永遠に理解し得ない、違うか」

 違わない。
 だがそれでも彼女の重さを支えられると信じて彼は旅を続けた。
 荷物を預かれないことくらいは解っている。それでも旅を続けたのは、彼女を支えていたかったからだ。
 ――単純な話である。
 何時からか、では無く。
 最初から彼女のコトを、好いていた。

「だから彼女を救いたがっている、殺すためではなく救うために我を用いる、その心意気が気に入らないといっている、所詮武器など殺すタメの代物、我もそれには違いない」

 それでも救えるものも在った筈だ。
 戦いにおいて後ろにいるものを、刃を向けなかったものを武器は救ってきたのだから。
 だからバルディッシュは彼を取り出した。
 戦い、刃を向けた彼女を、救うために。

「埒が明かないな
 我が正当なる主、ジークフリートに似ているが、お前は違うんだ
 あれを殺せれば幸せになれる、世界のために働けばそれでいい、教団だって我を扱いきりあれを殺せば認めよう、主は全てをもってしても幸せにはなれなかったが、お前はなれるんだ
 ――だというのに放棄するのか
 お前が欲しかったものを全て、放棄するのか、掛け替えのない幸せを捨てるのか、たった一つのために、直ぐそこにお前が欲しかったものがあるのだぞ」

 代わりに一つの、かけがえの無い命が手に入る。
 これまで幾千の命を奪ってきた彼女だからこそ、これから先償ってもらわなければならない。
 生涯を経て。
 たった一つの命で。
 その荷物を抱えて倒れそうな所を、せめて支えて歩こう。最初に誓ったはずだ。最後まで面倒を見て、ともに歩くと。誓った相手を、どうして裏切れようか。
 不器用だと笑われたことがある。叩きのめされたことがある。振り回され続けてきた。
 それでも、彼女は彼の傍にいて笑っていた。
 6年間を共にした。
 その思い出を全て放棄してまで生きていく価値等ない。
 これから先の人生に彼女がいなければ意味が無い。

「何の犠牲もなしに、救えるものなど無い
 彼女を救い、己を救う? 大言壮語も程ほどにしておけ――だが
 お前のその心は
 ジークフリート様に、よく似ているな…愚かな、我はまた同じことを繰り返すか」

 繰り返させない。
 この命を賭してではなく、この命でもってして、彼女を救ってみせる。

「ならばやってみろ、我が力を貸してやる
 その致命的欠陥を凌駕する何かを見せ付けて見せろ、あの御方と同じことを繰り返したのならばそのときは我がお前を殺してくれる、何億という地獄を経験させてくれよう
 全て捨てずに、全て得て見せろ、それが我が貴様に手を貸す絶対条件だ」

 契約は、此処に成った。

「従え、グラム! 彼女を助けるために――!」


■□■□■


 衝撃が――。
 世界を襲った。
「ぶおっ!?」
 そして吹っ飛んでいくレヴァンティン。アレは悪いものと断定されたのか何なのか派手に転がっていく。まあ確かに凄い衝撃だったが。
 …襲った衝撃は神の力。旦那のいる場所には、光の柱が立っている。
 悪魔は俺たちに目もくれず、只旦那のほうを見ていた。
 光の柱が無くなり、現れたのは肩で息をする旦那の姿。うわ満身創痍って感じ。だというのに何というか、ぎらついた目と、力に満ちた全身が見て取れる。
「…すっごい力」
 隣でシュベルトクロイツがぼやく。俺と同じく、特に衝撃以外の影響はないらしい。じゃあなんでレヴァンティンだけあんなに飛んだんだ。ギャグか?
 いやだって、隣にいるクラールヴィントとあの黒い奴、全然平気だぞ?
「ま、そりゃどうでもいいや」
 とりあえず視線を旦那に向ける。
 満身創痍だが――この神気。
 グラムを従えたか、旦那…?
「グラムっ!」
「…全てを放棄して戦う、そうだ、我が主はそれを望んだ
 子供の木につきたてられた我を抜けたあの主は、世界平和を望んだのではない、たった一人の、あのお方の幸福を望んでいられた」
 ――あの剣グラム、喋ってるのか?
 意思を持つ、神代の魔剣…だって!? は、超一流にも程がある。
 そんな剣、俺は聞いたことも無い。
「宜しい、真不本意だが貴方に従おう、バルディッシュ=テスタロッサ、貴方の名を我が主と認める」
「不本意なのか、だが、力を貸してもらうぞグラム、素直にありがたい…防御を突破する、できるな!?」
 応、と吼えるグラム。次いで来い、と吼える1人の人間と1本の剣。
 その姿がゆらりと、揺らいだ。
 ――へ?
 そして響く打撃音。うぉっ!? 一瞬目を離したら既に悪魔の目前に居やがる。
 更にあのやったら厚い魔力防御を突破して傷までつけている。すげぇっ!
「ぬ――! おいグラム! 全然突破できてないぞ!」
「五月蝿いっ! あれは防御魔法などではないぞ! 我にだってそう簡単に突破できるか! 神性全開にして何とかってレベルの只の魔力だっ!」
 うむ、グラムでも突破は厳しいらしい。
 グラムが突破した“りゅうおう”、ファーヴニルは“あらゆる防御魔法”を使っていたというだけであって、魔力そのものが防御だったわけじゃないしな。あとあの鱗、無茶苦茶頑丈だったらしい。
 だが、しかし流石は一度折れ、鍛えなおされた伝説の魔剣。
 あの防御を突破してやがる。
 あの出鱈目な魔力放出を突破してやがる――!
「よぉっし希望が見えてきた! 旦那! 防御を何とかしてくれ!」
「デュランダル…? ふむ、残念ながらこの剣あまり頼りにならんからなあ」
「舐めるな小僧、突破しろというのなら突破するわ…!」
 作戦は、既にシュベルトクロイツから聞いた。
 防御を突破すれば、彼女がリンカーコアを砕く。
 それだけの単純な作戦。あの悪魔の異常な防御力のせいで希望が無かったが、いきなり希望が見えてきた。
「クラールヴィントさん! そこの名前も知らない剣士! 後黒フードの人! まだ戦えるな!」
「全力であの子のサポートね」
「ぬぅ、戦闘自体を預けるのは主義に反するんだが、バルディッシュー、今回見逃してねー、それでチャラって自分に何とか折り合いつけるよー」
「…承知、全力で付き合おう、体力はないが」
 最後だけぼそりと呟く誰かさん。
 とりあえず俺らの目的はシュベルトクロイツの盾。
 戦闘はバルディッシュの旦那の領分となる。
 旦那とグラムにどんなやり取りがあったのかは知らないが、しかし今はとりあえず従ってくれている。これなら成るか、この戦闘、勝利が。

「“雪の道、銀の世界、形あるものに終わりを告げる”」

 詠唱開始。
 そうして最後の戦闘へと、俺たちは赴く。
 月はいよいよ真上に掛かろうとしていた。


≪to be continued.≫






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