「ぶぇーっくしょぃ!」
「…まあ、こんなことになってるとは思っていたけどね、はい、タオル」
「ああ、ありがとさんクラールヴィント…ぶぇっくしょん! うー…川に落ちたのは失敗だったはくしょん! でも相手方も手を選ばなくなってきましたネッション!」
「落ち着きなさい、馬鹿」


『世界平和を望む者』=デバイスファイト=
 ストーリー『1-2――灼熱の剣士(A)』


 橋下。川の袂で1組の男女が話している。男性のほうは川にでも落ちたのか、全身が水でびしょぬれだった。女性のほうは冷ややかな目でそれを眺めて、男性にタオルを差し出している。
「あーきつい、これ明日風邪ひくかな、どっかあったかい所で休みたい気分です、クラール寝床貸して、できればあったかい飲み物とあったかいお風呂とあったかい布団つきで」
「絶対に却下、アンタ私の立場わかってる?」
 呆れたように彼女――クラールヴィントは呟く。むー、と彼は不満そうに口を尖らせた。
 彼の立場を考えるならば、正直に言えば誰であれこうやって話せるような相手ではない。
「全く、馬鹿じゃないの? “神炎”相手に何にも無策で」
「え? 無策じゃないよ? だってこうしてきたってことは相手は相当焦ってるってコトじゃないのカイ、うん、まさか俺も車で轢かれるとは思わなかったけどね、車で轢いて銃で撃ってって手際よすぎだ、エンオウの奴配下にはいいのが揃ってるな、頭マジデ打ち抜かれるかと思った」
 ぶるぶる震えながら彼は言う。其れを聞き流して、彼女は再びため息一つ。
 タオルを被って実に寒そうだ。先ほどからひっきりなしにくしゃみをしている。
「でもこれではっきりした、俺は相手に近付いているみたいだ、助かりますよこれは、じゃあ今日はどうするかなー、服が乾いたら友人の家にお邪魔しますか」
「友人? アンタにそんなのが居るの!?」
「うん、驚きすぎあんた」
 頭を拭きながら彼は言う。サングラスを取り、和服をざっと脱いで水気を絞り取った。
「とっぽいにーちゃん、格好いいきめ台詞も彼に考えてもらおう、もうエンオウの居る場所の辺りはついたから、今日は彼の家に泊まるよ俺は、たのしみだなー」
「アンタまだ諦めてなかったの、きめ台詞」
「あったりまえじゃないですかっ! あれ決めれるかどうかで今後変わるんですよ!? お前とか“惨殺者”って、むっちゃくちゃ格好いいじゃないですか!? チクショウなんだよ“不死者”ってネーミングセンス無い名前! 泣くぞ!」
 無駄に叫ぶ彼。彼女は再び呆れのため息。どうでもよさそうに、彼女はタバコを口にくわえて火を点ける。
 因みに、彼は先ほど叫んだとおり“不死者”の2つ名がついている。まあどうでもいいことではあるが、彼はこれがいたく気に入らないらしい。
 多少乾いた服を羽織、サングラスをつける彼。それから彼女に向き直り、何時ものようににぃっと笑った。
「さーって武器がなくなっちゃったし、クラ、武器用意できる? 流石に俺以上の高熱を出す奴と素手で相対できる気なんぞこれっぽっちも全く致しませぬ、正面から戦うならせめて武器のひとつでも無いとやってられんぞぇ」
「いいわよ、どうせそうなる気がしてたし、正直殺人鬼が1人消えるのはありがたい、貴方でも“神炎”でもね――ただ、私の意見を言わせてもらえるなら、貴方に生きて欲しい」
 にこりと微笑みながら、彼女は言う。其れを見て、彼はゆっくりと目を閉じた。
 川の上の道路には車が走り、大きな音を立てている。
「ところで1度といわず3度も4度も私を見逃した貴方が、女性を切れるのかしら?」
「うん? エンオウを女性と知っていますのん? うーん、ま、アレだ、相手を女性と思わなければいい、それに只の殺人鬼、赦すべき相手ではないのだよ、よろしいならば戦争だっ! ハーイルヒトラー!」
「ワケわかんない」
 やはり呆れ気味に、彼女は言った。
 そして彼がもう一度くしゃみ。橋下、その音がやけに大きく響いた。


■□■□■


 朝日が昇る。むぃ、と彼――レヴァンティンは目を覚ました。
 隣では既にデュランダルが目を覚ましてコーヒーなんぞ飲みつつ、新聞を読んでいる。――何だか凄くさまになっているのが気に入って、レヴァンティンは薄く笑った。
「おはよーっすデュラっち」
「…もう仇名いいだろ、“不死者”で」
 昨晩のコトを引きずるデュランダルに対して、レヴァンティンは何処までも強情だ。
 絶対に“不死者”以外の名前を考えてくれ、と。
 昨晩から出た候補は、3つ。どれも気に入らないと、彼は悉くを却下した。
「んー、じゃあもう“灼熱臓腑”とかでいいじゃん」
「うわぉ起きていきなりそのレベル!? こ、これはちょっと予期してませんでしたよ…!? 嬉しい誤算だがちょっと方向性が違うぜデュラっち!」
 そしてそのくせ注文ばかりが多い。――デュランダルにしてみれば、わかっていた話だが。
 それから再び会話を繰り広げ、一時間後、レヴァンティンはその部屋を後にしていた。
 手元に武器は無い。階段ではなく壁を駆け上がりながら、彼はそのマンションの屋上に出る。

「いやー良かった、良かった
 まさかこんないい名前が手に入るなんて、流石、持つべき者は友達さね、それじゃあ行きますか、少なくともこれなら“神炎”には勝った!」

 ガッツポーズを取りながらレヴァンティンは屋上から街を見下ろす。
 小さく見える街並み。遠いとすら感じる距離。高いというのは遠いというのは、穿ちすぎだと誰かが笑った。
「よし、行くか、クラールの奴指定のポイントにちゃんと武器用意してくれているようだし、ちゃっちゃと済ませますか、そう人間に必要なのは勝利ではなく戦うその姿勢だと考える! でも俺敗者になったら即死の立場なので敗者になれません、じゃあ、いっくかー!」
 楽しそうに笑って彼はその場から駆け出す。
 とりあえず屋上から思いっきり踏み切って地上へと落下した。大丈夫かレヴァンティン。死ぬぞ絶対。誰かが居れば必ずこういったことだろう、自殺志願者だっ、と。
 そして誰かといわず、デュランダルが居れば必ずこういったことだろう。うわ、馬鹿だアイツ、と。
 それでもレヴァンティンはその程度で死にはしない。
 彼の強さは、ある意味常識を逸していた。

「エンオウ発見、配下は残り8人、1人1人片付けて行って――うん、集まってる所だなエンオウが居るのは、含めて6人、これは一斉に相手をするしかないか、やー面倒くさい、さてじゃあちゃっちゃと片付けますかっつーか着地どうしようか?」


■□■□■


 着地は何とかした。具体的には壁にぶつかり、その壁を天に向かって駆け抜け強制的に減速した後に、更に落下。誰かにぶつかって見事に地面に着地。その誰かは、当然のように狙ったエンオウの部下。
 用意された一本の刀を持って、彼はその場へと赴いて行く。
「さて開幕、同じ殺人鬼としてやっぱりエンオウの行為は見過ごせない」
 言いながらビルのドアを全力で蹴破ろうとし――失敗して思い切り足を押さえた後に刀で切り裂いてからビルの中に入っていく。
 1階。――得に誰かが居る気配は無い。とっくに電気の供給はたたれ辺りは薄暗いが、しかしそれでも窓から入り込む光で室内は照らされていた。とりあえず、と物陰に隠れていたエンオウの配下であろう人物を切り裂き、床を真っ赤な血に染め上げてから階段を使って2階に上る。
 もともとはマンションとして使われていたビルだ。既にその面影は無いが、しかし2階以降はそれなりに部屋もある。相当の高級なマンションだったことは、彼にもわかった。
 階段を上がればガラスの割れた窓も多く、多くの部屋の扉は全て破壊されていた。何処に暗殺者が居ても可笑しくないような風景だ。
「いや隠れてる隠れていらっしゃる、それも上手に、こりゃ見つけるの骨かな」
 言いながら堂々と壁を切り裂き――岩の壁がバターのようにさっくりと切れた――部屋の内側に居た暗殺者を切り殺した。悲鳴も上げずに首が跳ぶ。
 それ以外に異常は無い。特に考えも無く、3階へ。階段はそれぞれ1階ずつ分しか上に繋がっておらず、1階上がったらまた別の階段を探さなければならない。面倒な作りだが、もともとはエレベーターもあったのだろう。
 3階。部屋が幾つもあるが、それの1つ1つが広くなっている。下の階の部屋も広かったがこれは格別だ。高級なマンションの、更に高級な部屋、というところか。
 レヴァンティンはあっさりとその階層の、奥まった部屋に辿り着いていた。辺りには敵が6名。内訳、1人は女性、5人が彼女の配下。
 女性、彼女の名前はエンオウ。
 レヴァンティンが敵とみなしている人物、そのもの。
 追記すると、彼女は窓の近く、外が最も見やすい位置に居て、他の連中は思い思い部屋に散っていた。彼から見て、3名は右、左、斜め左に位置し、残る3名は、彼の正面に居る。
 真正面に位置するのが当然エンオウ。その両脇には2人の男性。
「はろーエンオウ、やっと見つけたよ、君の配下相手にしてて時間食ってね、デートの時間には間に合ったかい?」
「――」
 彼の手には血のついた刀。誰を切ってきたのかなど、考えるまでも無い。
 15人はいた彼女の配下も、いまや残るはここにいる5人だけ。そもそも彼女の力のおこぼれに預かろうという連中だ。レヴァンティンから見れば大した者はあまり居ない。
 だが、彼女が山の大将を気取っているかといえば、そうでもない。そもそも、彼女はこれだけ集めるつもりなどもとより無かった。勝手に集まってきた連中だ。
「うん? 1回目で俺には勝てないってわかってたかな? だから俺と戦えそうな部下ばかりを差し向けてきた、っていう解釈で赦されるのかな? この場合」
「そんなわけ無いでしょう、私がアンタに勝てない何て思うわけ無いじゃない」
 金色の髪の毛を揺らし、瞳の奥に憎悪を湛えながら彼女はレヴァンティンに対して言葉をつむぐ。うんうん、とレヴァンティンは楽しそうに頷いた。
 彼女の周りにある空気の熱量が、上がって行く。
 本気になれば岩すら溶かせるといわれる彼女の炎。故にその2つ名は“神炎”。
「大体なんで生きてるのよ、あんた、殺したはずなんだけど?」
「うーん? いえいえそれが全然余裕でございまして、っつーかあの程度でしたら俺どころかマスコットですら殺せない? あれ、殺せるかな? まあいいや、どうせそちらの問題でショウ」
 刀を適当に構えながら、やはり意味の無い事を呟くレヴァンティン。
 其れを聞いて、エンオウは不快そうに顔をゆがめた。
「…生きてるって解らなかったら、放っておいてあげたのに、馬鹿な人」
「ええ? 馬鹿はそちらでしょう? 意味の無い人無関係な人弱者を殺して何が楽しいのか、アンタのそのあり方は殺人鬼として見過ごせない、殺人鬼が殺人鬼としてあるときは何か一つ設けた自分のルールに則るべきだ」
 本当饒舌に、べらべら喋るレヴァンティン。其れに対してエンオウは僅かに顔を疑問符に顰める。
「ルール、ですって?」
「そう、自分で設けたルールが俺たちにはある、その形がどうあれ殺人鬼はルールに則り行動する。それは例えば“老若男女容赦なし”であったり、“家族に害成す者の殺害”であったりする」
 得意気というよりは、それが当然あることのように彼は話す。
 殺人鬼である彼にとってそれは当然のルール。最初から定められた真実。
 其れゆえ、目の前のエンオウは理解できなかった。
 彼が、何を言っているのか。
「アンタにはそのルールが無い、意味の無い殺人がルールならば言うべきことは無いがそうでもないだろう? つまりアンタは殺人鬼でも無いのに殺人を繰り返している、正直そういうのを俺は赦せない、俺だけじゃなく、殺人鬼ならばアンタは絶対に赦せない部類だ」
 それは絶対の意思をこめた台詞だった。
 それを聞いて、は、と彼女は小ばかにするように笑う。
「なに其れ、おかしいわね、誰かを殺すのに一々理由をつけるのかしら、貴方たちは」
「突発的であろうがなんであろうが俺たちはルールに沿ってしか殺さないよ、だからお前を赦せないといっている、何か目的があって行動しているのだろうが、その為にたとえ防衛であれ不可抗力であれ、100人近い人間を殺しているお前はな――あのね、俺たちは表の人間とは違うんです、表の人間は決して殺人鬼にはなりえない」
 何時ものようなふざけた雰囲気は無く、そこに居るのは焔を繰る1人の殺人鬼。
 彼の周りにも炎が吹き出る。彼女の周りに出ている炎とは比べ物にならないが、彼の意思に沿ってか、その力強さは彼女に勝るとも劣らない。
「さて、辺りの連中も観客というわけでもないんだろ? はじめようか、エンオウ、あんまり時間を経過させても衆愚に悪い、民衆が枕を高くして眠るには最低1人はきえなくちゃ」
「全く関係ないわよ、それ、1人減っても結果は同じじゃない――でも、消えるのはあんたよ、私は絶対、死んでやら無い」

 だって。
 まだ生きている目的がわからないもの。
 エンオウがぼそりと呟くのと同時に、レヴァンティンが動く。
 炎と炎の争いが、開始された。


■□■□■


 ステップを踏みながら炎をまとわせたその剣を振る。纏った炎が伸び、明らかに圏外に居た配下の1人を切り裂いた。エンオウの直ぐ隣に居た人物が切り裂かれたのを見て、エンオウを除くほかの連中の意識が少しだけそちらに向く。
 瞬間、更に一歩踏み込み、加速。一歩で1人との距離をつめ、更に切り裂く。その速度の速いこと。明らかにエンオウ意外は反応できていない。
「――私を狙わないのかしら?」
「いやあんたの配下も同罪、ぶっちゃけアンタとは1対1でやりましょうよって話です」
 言いながら更に切り裂く。首が飛んだ。それはもう、景気良く。
 そのまま、あっという間に5人が死んだ。
 だがエンオウの周りには既に圧倒的な火力。配下が一人でも生きていれば、当然のように逃げ出しただろう。
 彼女の火力だけならば、確実にレヴァンティンを上回る。そして身体能力だけならばレヴァンティンと同等か、その程度であろう。
 能力だけで見るならば圧倒的にエンオウが有利。
 それでも、レヴァンティンは笑っていた。
 ――実際の所、辺りに居る部下は彼の言う所『雑魚』ではない。相当な実力者の集まりである。だが、エンオウと比べれば比較にならないのも、確かだった。
 そしてそれを瞬く間に葬ったレヴァンティン。
 彼女の顔から余裕は消えない。真正面からぶつかれば自分が負けるはずが無いと解っているのだ。

「うん、正面衝突すれば敗北は免れないでしょうなあ、しかしですねおねえさん、生き残れるかどうかってのは勝敗と無関係何だよね」

 手に持った刀を弄びながらレヴァンティンは笑う。
 エンオウはぎりり、と一度大きく歯を鳴らした後、その身に宿す炎を全開にまで引き上げた。辺りにある物体が見る見る溶けていく。石の壁で覆われた部屋が、全て溶けるほどの熱量。普通ならば生きていることすら出来ない。
 否――と、レヴァンティンは少しだけ顔を引き締める。
 これはまだ全力ではない、と。
 彼女にはまだ余力があると悟っている。
「まあ、これ真っ当な人間なら流石に死んでるな、まあでも俺もちょっと普通じゃないからね、これくらいなら何とかなりますよ」
 いいつつ首を鳴らしながら、レヴァンティンとエンオウの2人の出す熱量で溶け始めたサングラスを外す彼。
 現れた青の瞳は驚くほど深い闇の色をしている。
 濁りに濁りきって青い色になってしまったという、結果だけの青い瞳。空のような新鮮さは無く、海のような静謐さも無い。
 レヴァンティンの姿が掻き消える。
 否、そう見えるほどに彼の動作が速かっただけ。辺りの熱量が上がっているせいで蜃気楼らしきものも見えていて、判断に困る程空気が歪んでいた。
 だが、エンオウはレヴァンティンの一撃をやすやすと回避した。刀はエンオウの横の空間を炎ごと切り裂く。
 そしてカウンター気味に拳を一閃。彼は紙一重でそれを回避し、刀を床に突き立てて回転、そのまま蹴りを繰り出す。皮一枚で、エンオウは其れを回避した。
 レヴァンティンは素早く体勢を立て直し、壁を蹴りその場から離れる。先ほどまで居た場所を炎が嘗めて行った。
 再び刀を振るうレヴァンティン。距離が離れてはいるが、先ほどと同じく振った刃の先から刃上の炎を伸ばす。エンオウの炎を切り裂いたが、しかし彼女の体には届かない。
 そしてエンオウが右手に炎の塊を溜め、それを一気に開放した。一瞬だけ昼に太陽を直視したような明るさが部屋を埋める。目を瞑り、更に腕を目の前で交差させながらその場を横に飛ぶ。床の一部が大きく解溶けた。
 溜めた炎を一気に開放しただけだが、溜める炎の量が多ければその威力は増大する。それは当然の結論だ。そして、彼女の扱える炎の量は尋常ではない。
「はっ、只の殴るような一撃だけど十分効果あるじゃないかエンオウ――!」
「拍子抜けよ、アンタ、私のほうが強い」
 確信するエンオウ。だが其れを受けて、レヴァンティンは尚笑った。
 追い詰められている者が浮かべられるような笑みではなく、獲物を狙う獰猛な肉食獣を思わせる笑み。
 再び刀を振る。先ほどと代わり映えしない一撃。炎を切り裂き、それでもエンオウに届かない。
「は――」
 小馬鹿にしたような笑みを浮かべるエンオウは、躊躇い無く炎を放つ。
 ――その、瞬間。
 エンオウの視界が、自分ではなった炎で塞がれる。圧倒的な火力、逃げ場の無い勢い。直進するだけのレーザーじみた一撃ではなく、逃げ場を確実になくすための山火事じみた火力。
 ――だが。
 たとえ何といおうと、彼と彼女では実戦経験の差が大きい。少なくともレヴァンティンならば、自分の炎で自分の視界をふさぐような愚は犯さない。
 レヴァンティンが薄く笑うのが、彼女には見えない。
「これで――!?」

 彼女は厳かに。
 体内から響く、斬、という音を聞いた。

「――なん――ですって…?」
 塞がれた視界から急に現れたレヴァンティンが、彼女の体を切り裂いていた。
 ぐらりと、エンオウが倒れかける。どうやってやったのか、いや、そもそも――。
「何よ、その刀、何で溶けないの!?」
「今更だぁね、ですが一応説明しましょう、これは魔剣です、グラム、あれより数段ランクは落ちるけど、俺たち程度の火力で溶かせるほどの代物でもない、忘れてもらっちゃ困るが俺だってバルディッシュに届く剣士だ、扱えぬ魔剣は存在しないさ」
 にやり、と笑って得意げに語るレヴァンティン。
 クラールヴィントの用意してくれた刀は、正しく彼の意図に沿う最強の剣。
 否、彼であるのならたとえどんな鈍であれ人を殺すことに問題は無いだろう。もともと刀や剣は使い捨てだ。使っていれば刃は潰れ、血や油が付着すればその分だけ切れ味は鈍って行く。
 だが、それでもこの状況使える剣は一種類だけだ。
 即ち、彼らの火力で溶けない剣。それらに該当するのは、恐らく“魔剣”の名がついた伝説級の武器。石に比べて、鉄の融点は低い。
「っ、ぅ――!」
 エンオウは一度悔しげに歯を噛み鳴らし、崩れ落ちそうになる体を踏ん張って支えながら火力を、今度こそ最大開放する。
「へ?」
 そして、これは予期していなかったのかレヴァンティンは驚くほど間抜けな声を上げた。
 其れを聞いて、エンオウが少しだけ笑う。恐ろしいほどの量の火力が、瞬く間に部屋を埋め尽くして行った。

 ――誰が知ろう。
 レヴァンティンのあげた間抜けな声の本当の意味を。
 まさかこのようなことをするとはと言う意味ではなく、そんなことをしても意味が無いという意味だったと言うことを、エンオウはついに知ることが無かった。


■□■□■


「あ、はぁ――はぁ、はぁ…」
 口から血をこぼし、腹から血を流しながら彼女は歩いて行く。
 ビルの一角が炎で埋め尽くされ、彼女はそれでも生きていた。もともと彼女が自分の意思で魔力を持って放ったものだ。彼女にだけは、十分制御が出来る。
 流した血は多いが、流石に傷口を焼いて塞ぐ訳にもいかない。焼かれた肌は硬質化し、傷は治らず、血ばかりを流す結果になる。炭化するほどにまで焼けば話は別だが、それだと別の要因で死にそうだ。
 大人しく自然治癒を待つか、治療するしかないのだが、此処ではその施設も無い。
「あ、でも、これで…」
 アレは殺した、と。
 彼女は安堵の息をつきながら、階段を転がり落ちた。
 あの火炎の渦の中、アレで生きているとすれば本当のバケモノだ。爆弾の爆発であれあそこまでは火は燃えない。例えば今ある最高峰の手榴弾であろうと、部屋の中にあるもの全てを炭化させるなど出来るはずが無い。
 そして彼女はそれを行えるだけの火力と魔力を秘めていた。
 だから、あれは確かに殺した。確実に死んだ。自分を殺す最大の難敵を彼女は排除した。これで遠慮なく自分の目的に浸れる。負傷はしたが構いやしない。どうせ治る傷だ。
「どうせ現実じゃないし――何人殺しても」
 一緒だ、と彼女は呟いて座り込む。
 そしてぼんやりと正面を見て、一つ満足そうにため息をついた。目的を1つ果たした気分。

「申し訳ないが、まだ燃え尽きていないものでね」

 だというのに。
 彼は平然と、彼女の前で立っている。
「な――」
 流石に絶句する彼女。立ち上がり、腹にある深い傷を手で押さえながら、なきそうな顔になるエンオウ。
「何で生きてるのよ、あんた…! そう、この前もそうだ、車でひき殺したしビルから突き落としたし、あるいは銃弾を叩き込んだというのにまだ生きてる…!」
「へ? ああいやいや、銃弾ならば避けれます、車だってぶつかる前に前に飛んで、受身ちゃんと取りました、ビルから突き落とされたのは――まあ、体が動けば何とかなるし」
 うんうん、と勝手に頷きながら手に持つ魔剣を弄ぶレヴァンティン。
 平然と恐ろしいことを言っているのだが、しかし実際エンオウは銃弾では死なない。だからそれは納得しよう。だが、たとえエンオウとて30階にも及ぶビルから突き落とされれば死ぬ。即死は何とか免れても、体が動かなくなるほどに傷つくのは間違いない。
 そして、それだけの傷を負えばいかに彼女とてそれを治すのは難しい。
 だから、彼の言っていることは全く彼女には理解できなかった。
 ――だが実際の話、レヴァンティンはビルから落下し、車に引かれ、なお生きている。
「でもまあ確かに俺は最低6回は死んでいるな、でも残念ながらね、俺はそう簡単には死ねないのですよ、だって俺が死んだら俺が殺した奴を誰が弔うのですかぃ?」
「な、にを」
「そこが俺たちとアンタの違いだ、俺たちは呼吸するために人を殺すがアンタは呼吸するように人を殺す、酸素があるものと無い者の差だ、アンタ一々呼吸するときには何も考えないだろう?」
 それは死刑宣告のような一言だった。
 あろうことか彼は呼吸するために人を殺さなければならないと言っている。
 エンオウとは明らかに違うその理由。彼女は理由無く殺人を犯し、彼は仕方なしに殺人を犯す。否、仕方無しにではなく、只必要であるからこそ人を殺す。
 ――敵うわけが無い。
 圧倒的な能力を持った殺人鬼と、凡人から殺人鬼に成った者の差が、そこにあった。
 楽しいからと、愉悦のために人を殺す者と。
 苦痛から逃れるために、殺人を犯す者の差。
「まあ俺はその中でも異例だけどな、傷を癒せる能力持ちの殺人鬼なんて結構珍しいだろ、他には何も出来ないけどな」
 言いながら彼は獲物を振り上げ。
「――何者よ、アンタ…」
 その刃が、天井に振り上げられ、止まった。彼女の質問に、にぃっと大きく笑うレヴァンティン。
 それは、おもちゃを見つけた子供のような笑顔だった。言ってしまえば本当に只の純粋な笑み。エンオウから見れば邪悪な笑顔に見えなくも無いが。
「何者かと、聞いたな――いいぜ、死に行く者が相手ならば、答えてやるのが礼儀だ」
 笑いながら彼は答える。
 瞳には殺戮の色が秘められていた。

「俺は最高速の明瞭なるモノ、死出への水先案内人
 殺した者の命を喰らい、永劫をいき続ける炎の化身“カノープス”
 ――覚える必要は無い、どうせ君は、此処で死ぬ」

 振り上げたそれを一息の元に振り下ろす。
 同時に、エンオウが最後の一撃といわんばかりに右腕と炎を突き出した。
「――あ」
 間抜けな声が響く。
 エンオウの首に刃が突き立ち、そしてレヴァンティンが吹き飛ばされ、ガラスの無くなった窓から外に落ちて行くのは同時だった。


■□■□■


「まあ、解ってたけど、アンタ馬鹿でしょ?」
 クラールヴィントが呆れながらタオルを投げつける。川から出てきたレヴァンティンは震えながら受け取り、そのタオルに包まった。
 流石に冬。行水をするにはつらい季節であるらしい。
「うぅうぅううぅぅ、流石にエンオウ、強かったニャー、でもこれで死んだ、首に刃を突き立てからね、アレで死ななきゃ本物の不死ですよおねーさんぶぁっくしょん!」
 派手にくしゃみをするレヴァンティン。――恐ろしく寒いだろう。
 服を着ていない。おまけにサングラスも無く武装も無くなった。今のレヴァンティンならばそこいらの魔術を使えない人でも十分捕まえられる。
「うー…流石に寒いぜ、凍える凍える、どっかあったかい所で休みたい気分です、クラール寝床貸して、できればあったかい飲み物とあったかいお風呂とあったかい布団つきで」
「絶対に却下、ていうか頭にあったかいがつかないとダメなのね」
 何時か交わした会話を再び交わしながら、レヴァンティンは「ううう」とうなる。
 いや、単純に寒いだけだろう。サングラスもつけていないので若干不安そうに顔元に手をやっている。
「やー、太陽がまぶしすぎて目がつぶれるぜっ! おねーさん何とかしてよ」
「知らないわよ――でも、お疲れ様、エンオウは退治したのね?」
「しました、間違いなく死にました、アレで死んでなければ只の化け物です、まあだからと言って殺人を赦すわけも無いのですが――名前も書き残してきたけどエンオウの熱で溶けてそうだったなー、勿体無い」
 等と本気で惜しそうに呟きながら、太陽に晒されるレヴァンティン。
 ――その口元には、笑み。
 兎に角彼はあるひとつのコトを成し遂げたという、会心の笑み。
「いよっし! 見事にきめ台詞決めた! 後はなれるだけだっ! カノープスって名前をそして広める!
 それじゃあなクラールヴィント、いつかまた会おう、生まれ変わった俺を楽しみに待っていて欲しい、アイルビーバーック! うわははははは――!」
 ガッツポーズをとりながら立ち上がり、そしてそのまま物凄い勢いで去って行くレヴァンティン。体が動くようになるまで、たったの5分しかかかっていない。
 其れを呆れて眺めて、クラールヴィントは一つため息。追う事は出来ないが、今回捉えるべき殺人鬼は死に、彼女の仕事は終わった。最も、その場を用意しただけで実際は彼女は何もしていないが。
 ――教団はいい顔をしないだろうが、しかし別に彼女は任務違反をしていない。一つため息をついて、クラールヴィントはその場で軽く空を見上げる。

「じゃあ、事後処理と参りますか」

 軽く伸びをしてからクラールヴィントは、先ほどまでレヴァンティンが争っていたマンションの中へと入っていく。
 何時か彼と、本気で相対するとわかっていながら。
 ――せめて今はと笑いあう。

「全く、どれだけ刹那的な関係かわかっているでしょう、私
 …でも仕方ないわよねえ、これは、惚れた弱みって奴かしら」


《to be continued.》





BACK

inserted by FC2 system