ここ最近の無限書庫では、ひとつの光景が名物になっていた。 その名も、「司書タワー」。 「………というか、あいつもよくやるよな」 一人の司書が見つめる先には、まさしく本の塔が出来上がっていた。 しかもその全てのページが開いており、現在その中にいる人物が資料の検索をしているとわかる。 「人間業じゃねえよ、はっきりいって」 「百冊以上の資料本を毎秒十ページサイクルで検索。その上、各資料内の必要情報を随時まとめてレポートの作成………」 その隣に立っている司書の言うとおり、本の塔の上空には情報の詰まった魔法陣が形成され、その内容が随時更新されているのがわかる。 「………あれだよなぁ、サク」 「うん。あれだな、リョウ」 二人の司書、サクとリョウがうなずき合うと同時に、本の塔の資料が、一斉に閉じられる。 バンと大きな音を立てた資料たちは、そのままもとの位置に収まっていく。 その中から姿を現したのは、まだ幼さの抜けない顔立ちをしたかっこいいというよりかわいいと形容されるべき少年の姿だった。 「ふう………」 「お疲れ様です、ユーノ司書」 一息ついたユーノのそばに、彼と同い年くらいの少女が飲み物を渡しに行く。 「あ、ありがとう、ジェーン」 「いいえ。それで、これからのご予定は?」 ジェーンから笑顔で飲み物を受け取ったユーノは、そのまま身を翻して無限書庫の出口へと近づいていく。 「ごめん。今日も僕はこれで上がらせてもらうよ」 「緊急の連絡が入った場合は、いかがなさいますか?」 「いつもどおりで!」 ユーノは叫ぶようにジェーンにそういうと、颯爽と無限書庫から出て行った。 「………」 「また、振られたな」 無言でユーノの出て行く様子を見送ったジェーンの肩をリョウがぽんと叩く。 「うるさぁああああああい!!」 ジェーンは振り向く勢いを利用して、そのまま美しい剃刀アッパーをリョウのあごにヒットさせる。 「いつもどおりで安心したぁぁぁぁぁぁぁ!?」 「………わかってんならやるなよ」 ため息をついて、サクは落ち着いて資料検索を再開した。 「ユーノさん………。ちょっとくらい私に付き合ってくれたって………」 「仕方ないだろ? あの人は今、ものすごく忙しいんだからさ」 シュンと肩を落としたジェーンに声をかけてやりながら、資料の検索を続けるサク。 「でも~、でも~………」 「涙目で詰め寄らないでくれ、うっとうしい」 ジェーンの肩を押しやりながら、いまだ回転を続けるリョウのほうを見やってサクはため息をついた。 「なにしろ、あの有名な高町なのは二等空尉の看病があるんだからな」 リリカルなのはss・恋する主従 高町なのは二等空尉。 今や彼女は皆から認められる英雄、エース・オブ・エースの称号を得ている。 だが、そんな彼女が大怪我を負った。 原因は正体不明の謎の機動兵器。 ヴィータを狙った一撃を、自らの身をもって防いだのが原因だ。 殺傷設定であったその一撃は、彼女の体を深く傷つけ、管理局の中央医療施設で一ヶ月の入院を言い渡される運びとなった。 「うにゃ~………」 そんな入院生活も早三週間。 すでに傷らしい傷は全てふさがっており、あとは体力の回復を待つだけになったのだが………。 「退屈だよぅ~。魔法の練習でもしてようかな~」 《ご自重ください、マスター》 目下、退屈という名の気だるい悪魔との闘いを余儀なくされているなのはは、医者の目を盗んで魔法の練習をしようとしていた。 基本的に、魔法医療とは人間の自己回復の早回しである。 すなわち自己治癒能力を高め、傷の治りを早くするのが目的の医療なのである。 外科的な処置が必要な場合はその手段も取るが、大概の場合は入院の必要すらなくその日の内に家に帰れる場合がほとんどだ。 入院患者であるなのはの場合、入院の理由は二つあげられる。 ひとつは体力の極端な低下。 深手を負ったなのはは、医療班が到着するまでの間に大量の出血をしてしまっていた。 失った血は魔法でも回復させることが出来ない。そのため、これは時間をかけて回復させるしかなかったのだ。 そしてもうひとつが、ショック症状によるリンカーコアの暴走。 精神と深くリンクするリンカーコアが、今まで負ったことのない深い傷にショックを受けたなのはに引きずられ、暴走しかけていたのだ。 こちらのほうも時間をかけて落ち着かせるのがもっとも有効な治療法なので、入院を余儀なくされたということだ。 もっとも、そのどちらも本来であれば二週間もあれば完全に回復するものである。 なのになんで一ヶ月も入院させられているのかといえば、半分は様子見のため、そしてもう半分は有給を消化しないなのはに対する強行処置である。 様子見の理由は、なのははまだ十三歳という幼さであるというのが理由だ。成長期真っ盛りにある少女に、自己治癒を加速させる治療魔法を行使すると体のどこかに不具合を生じさせることがある。その検査のための期間を設けておきたいというのが病院側の主張。 そして有給の消化は、いくらパートタイマー的な立場とはいえ、きちんと設定している有給をほとんど消化しようとしないなのはに頭を痛めた事務課の人間が、なのはの入院の話を聞きこれ幸いと、大量に残っている有給をついでに消化させようとしたのである。 需要と供給の一致。こうしてめでたくなのはは病院の個人用病室で、半軟禁生活を余儀なくさせられたというわけである。 《マスター。今回のことは、ある意味不幸な事故、ある意味自業自得なのです。たまにはきちんと静養を取ってください》 「でも~、魔法の訓練くらいしても問題ないよね?」 《それでは静養の意味がありません》 「う~………」 小さな子どものように(実際まだ十三歳なのだが)ふくれっ面を作る主に、諦めにも似た気持ちを感じるレイジングハートだったが、救世主の到来にほっとため息をついた。 《マスター》 「なに、レイジングハート~」 《ユーノ・スクライアがこちらに近づいています》 「………ユーノくんが!?」 きっかり三秒固まったあと、なのはが驚愕の声を上げた。 《はい。現在、病院内の玄関ロビーを歩行中。こちらに来るまで十分少々といった所でしょう》 「きききき、昨日より早いよ!?」 大慌てに慌てるなのは。 何しろ、患者服はだらしなく着崩れ、髪はリボンを解いてぼさぼさ、布団もゴロゴロしてた影響でクシャクシャになってしまっているのだ。 だらしない独り者の部屋、というのがわかりやすい状況か。 《ならば、待っていただけるように連絡いたしましょうか?》 「それはダメ!」 なのはは叫ぶと、そのまま行動を開始した。 まずはベッド。一旦中から這い出して、シーツの皺をピッシリとのばし、掛け布団も窓に引っ掛けて布団たたき代わりにレイジングハートで叩く。 《マスター。この扱いはいくらなんでもひどいと思います》 非難を訴えるレイジングハートを無視して、髪の毛に移る。ドライヤーをセット。フェイトが持ってきてくれていた整髪料を使って手早く寝癖を整える。一応入院患者なのでストレートのまま下ろしておく。 そして母が持ってきてくれたお着替えセットをひっくり返して、今まで着たことのない清潔な寝巻きを探す。 「ええっと、これはこの間着た、こっちは一週間くらい前に着ちゃった」 《………そのピンク色の寝巻きはまだ着たことがないのでは?》 「それだ!」 大急ぎで着る。この間、脱ぐ作業も含め三秒フラット。 部屋の中もざっと片付けておく。さほど汚れているわけではないが、着替えは部屋の隅のほう、ユーノの目の届かない所に置いておく。 そしてほんの少しお日様の匂いを含んだ布団を被って準備完了。上半身だけを起こして普通の入院患者を装う。 全ての準備が終わるまでも所有時間、十分きっかり。恐るべき早さである。 《………何というか、やはり今のマスターを入院患者だと言い切るのには無理があるようですよ、クロノ・ハラオウン》 なのは長期入院計画の第一人者である提督に向かって聞こえぬ声を発するレイジングハート。 なのはが手鏡で細かい最終チェックを入れていると、病室の扉がやわらかく叩かれた。 「あ、はーい。どうぞ」 すばやく鏡をそばの机の引き出しにしまい、今までのことなどなかったように応じるなのは。 扉を開けて入ってきたのは、小さな果物かごを持ったユーノだった。 「お邪魔します、なのは」 「いらっしゃい、ユーノくん」 まるで友達の家に遊びに着たかのようなやり取りを行う二人。 「調子はどう?」 「もう全然平気だよ」 パイプ椅子を引き出して、なのはのそばに座るユーノ。 そしてそんなユーノに満面の笑顔で応じるなのは。 「でも、ちょっぴり退屈かな?」 「だめだよなのは。一応入院患者なんだからおとなしくしてなきゃ」 「は~い」 少しだけ真剣な顔をするユーノに、茶目っ気たっぷりに少しだけ舌を出すなのは。 《(………私が言っても聞いてくださらないのに、なんですかこの扱いの差は)》 「とりあえず、りんご買ってきたんだ」 声には出さず不満をこぼすレイジングハートには気がつかず、ユーノは持ってきたかごを持ち上げてみせる。 中に入っているのは、みかんにりんごになしと、どこか節操のないバリエーションのフルーツだ。 「よかったら食べる?」 「うん!」 元気よく返事するなのはに笑顔を見せながら、ユーノは果物ナイフを使ってりんごを剥き始める。 じつに器用にりんごの皮を剥き、綺麗に六等分にする。 「いつも思うけど、ユーノくんて器用だよねー」 「アハハ。こう見えて一人暮らしだからね。このくらいは出来ないと不便でしょうがないよ」 ユーノは笑ってそういうと、手掴みのりんごをなのはの口まで持ってゆく。 「はい、なのは。アーン」 「アーン」 そのまま口を控えめにあけ、りんごを咀嚼するなのは。 「おいしい?」 「………うん。甘くておいしいよ」 なのははそういって、自分もりんごをひとかけらつまむ。 「それじゃあ、ユーノくんも♪」 「え? いや僕は」 「あ~ん♪」 「………あーん」 おとなしくされるがままになるユーノ。 「おいしい?」 「うん。なのはの言うとおりだね」 ユーノは笑ってりんごを飲み込む。 「それでね、ユーノくん………」 「うん?」 なのはは、少しだけ頬を上気させ、上目遣いにユーノに“お願い”した。 「なのは、“いつも”のもっと甘いりんごが食べたいな………」 「………うん。わかったよ」 ユーノはそういうと、りんごを一つまみ口に含み、十分に咀嚼する。 「ん………なふぉは………」 そしてりんごを口に含んだまま、なのはに口付ける。 「ん、ふ、はぁ………」 口移しで、りんごがなのはの口の中へと入ってくる。 ついでとばかりに舌と舌を絡め、甘い唾液も交換する。 「はぁ……はぁ……。甘いね………ユーノくん………」 「うん………甘いね、なのは………」 二人は潤んだ瞳で見つめあい、そしてなのはがみかんを取り上げた。 「今度はなのはが、“甘い”みかんを食べさせてあげるね、ユーノくん………」 「うん………ありがとう」 その後しばらくして、病室の中から小さな衣擦れの音と、結界の張られる気配がしたという。 《―――というようなことが今日はあったのですよ》 《………それは、なんというか………》 草木も眠る丑三つ時。 レイジングハートは、ちょっとだけなのはの魔力を利用して、別の次元世界にいるバルディッシュと通信をしていた。 《まだ十三歳だというのに、進んでいるのだな高町殿は………》 《ミッドチルダではこのくらいが普通、とは言わないでも別段驚かれない程度には常識のようですよ?》 ユーノが言うには、ミッドチルダは就職年齢が低いせいもあって、結婚年齢も低い傾向にあるのだとか。 最も早い結婚年齢は十二歳からだとか。 《そうなのか………。なにはともあれ、お疲れ様だなレイジングハート》 《ええ………。まさか布団叩きに使われるとは思いませんでした………》 さすがにあれは予想しなかった。 《マスターもいくら急いでいたからといって、あんな扱いをしなくても………》 《ハハハ。よいではないかレイジングハート、どのような形であれ主の役に立っているのだからな》 《………布団叩きにされたこともないあなたに、今の私の気持ちはわかりませんっ》 フンとそっぽを向くようにバルディッシュに念話を送る。 《いやそれはそうかもしれんが》 《ふーんだ》 《………弱ったな、機嫌を直してくれレイジングハート》 《………いつもみたいに、呼んでくれたら許してあげます》 少しだけ、甘えるようにレイジングハートは言う。 《………わかったよ、レイ。機嫌を直してくれ》 《ん………もう一声》 《レイ………》 《………好きだ、は?》 《………愛しているぞ、レイ》 《私もです、バルディ………》 主のように身体を触れ合わせることはかなわない。 しかし心は通わせられる。 そうやって、今日も眠れぬ夜を愛する人と過ごす、レイジングハートだった。 ―ちょっとしたおまけ― 「なのは、元気?」 「うん元気だよ、フェイトちゃん」 「って、聞く間でもないよね。昨日はユーノとご機嫌だったんだから」 「ふぇぇぇぇぇ!? フェ、フェイトちゃん何故それを!?」 「フフフフ。さあ、何故でしょう?」 《(申し訳ありませんマスター。でもこれくらいは許されますよね?)》 何しろ私には出来ないことをあなたは出来るんですから。 このくらいの嫉妬は許されますよね? |