私にとって、彼はいつもそこにいる人だった。 彼は私の隣にいて、いつも私を支えてくれた。 彼は私に色々教えてくれた。 彼がいたから、私は安心してがんばることができた。 私にとって、彼は………。 「〜〜〜♪」 時空管理局、武装隊士官高町なのはが、実に楽しそうに通路をスキップしていく。 通りすがりの局員は一体何事かと思い。 そして彼女の進む方向に納得してそのまま歩を進めた。 彼女が進んでいるのは、最近管理が再開された無限書庫。 そこに司書として収まった少年に会いに行くのは、この少女にとって楽しみのひとつともいえた。 「ユーノくん、今日も元気かなー?」 なのははそんな事をつぶやきながら、無限書庫の前に立つ。 局に入って一年。彼と会える時間がめっきり少なくなってしまって、なのははずいぶんさびしく感じるようになった。 互いに局内。会おうと思えばいつでも会えるのだが、その時間がない。 慢性的な人不足に悩まされている時空管理局にとって、なのはやユーノの才能は何にも変えがたい貴重な資源なのだ。 そのことは素直に誇りに思うし、自分で選んだ道なので後悔もない。 だがやっぱり一抹の寂しさは感じてしまう。 だからこうして、時間を見つけてはユーノのところに遊び……もとい手伝いに来るのは、今のなのはにとっては一種の習慣化していた。 「ユーノくーん、手伝いに来たよ〜」 いつもなら、自分を笑顔で迎えてくれる彼が、今日はすぐには来てくれなかった。 「にゃ?」 少しだけそのことを残念に思いながら辺りを見回すと、ユーノは何者かと会話している所だった。 「誰だろ?」 会話の邪魔をしないようにゆっくりと近づいてみる。 背を向けているので顔はよく見えないが、少なくとも今の自分やユーノより頭ひとつは大きい。 体格はがっしりとしているが大きいという印象より、むしろ身体が長いという感じだ。 黒い長髪をうなじで乱暴にくくり、そのまま後ろに流している。 皮のジャケットにジーンズ。いまどきの若者という感じのファッションだ。 「へー、そんなことがあったのか。じゃあさらに質問〜」 「いや、もう勘弁してよ兄さん………」 「何言ってんだよ。ここ一年ばっかり部族のほうに顔出さないから、わざわざ様子見に来てやったってのに。この一年、一体何があったのかそれこそ遺跡を掘り返すより詳しく聞いてやるぜぇ?」 「ハハハ………。あ、なのは!」 困ったように笑っていたユーノは、なのはがここに来たのを見て、助かったというように顔を緩めた。 それに伴い、ユーノと話をしていた誰かもなのはのほうに顔を向ける。 「あり? 誰、このかわいい子は?」 「さっき話したなのはだよ」 「へぇ〜この子が?」 その人は、まだ少年といっても差し支えない顔をしていた。 その目は蒼く、だが好奇心の塊のような輝きを放ち、いかにもいたずら小僧という形容詞が似合いそうな顔立ちだ。 だが、それよりも驚いたのは。 「あ、あの」 「ん? なに、なのはちゃん」 「その刺青は一体………?」 なのはが指差す先には、少年の顔左半分に彫り込まれている刺青だった。 「ああ、コレ? 詳しい経緯は省かせてもらうけど、ガキの頃に彫られたもんでさ。消すのもめんどいしそのままにしてんの」 「は、はあ」 あいまいにうなずくなのは。 「いつもうちの弟分がお世話になってるな。俺はハルス・ライ・スクライア。スクライア一族のもんだ」 「僕の兄さん代わりの人で、一族の中じゃ一番強い人なんだよ」 「よせやい、照れるじゃんかよ」 ユーノの賛辞に言葉通り照れるように頭を掻くハルス。 「そんな、本当の事言われると」 ………本当のことなのか。 「ははは………」 「ところで、今日はなんでこっちに?」 「ん? コイツがなかなか集落に帰ってこないんで、様子見かな」 なのはの質問に、コイツとユーノを指差すハルス。 「なんせ、コイツ一族の中でも一番の働き手だったからね。いるのといないのじゃ雲泥の差なんだよ」 「ふぇ〜そうなんですか」 「そうそう。コイツが管理局に入るっていったときは、部族のじい様たちが卒倒しかけたんだぜ?」 「に、兄さん!」 ユーノが慌てたような声を上げる。 「なんだよ。ほんとのことだぞ?」 「そうだけど、そんなことなのはに教えることないじゃないか」 ユーノは恥ずかしそうになのはのほうを見る。 その顔を見て、なのははちょっとしたいたずら心が起こした。 「あの、ハルスさん! 私、ユーノくんの部族の頃のお話がもっと聞きたいです!」 「ええっ!?」 「お、そうかそうか。じゃあ、なのはちゃんから見たユーノの事を聞かせてくれたら、教えてあげよう」 「ちょ、兄さん!?」 「わかりました!」 「なのはぁっ!?」 「交渉成立! じゃあ、後は本人のいない所で………」 「にいさぁあああああん!?」 ユーノの悲鳴を受けながら、無限書庫を後にするなのはとハルス。 なのはは心の中でユーノに謝りながら、昔のユーノのことを聞けることに心を躍らせていた。 「だから、ユーノくんがそばにいるとすごく安心できたんですよ」 局内にあるカフェテラスに場所を移した二人は、本人がいないのをいいことにあれやこれやと話していた。 「なるほどねー。その辺はほんと変わらないのな、アイツ」 ハルスはコーヒーを口元に運びながらそうつぶやいた。 「昔っから誰かの手伝いやら補佐やらに回ることが多かったからな」 「そうなんですか」 「ああ。実にもったいないことにな」 なのははハルスの一言に、首をかしげた。 「ハルスさん。もったいないって………」 「ん? なんだよ、ひょっとしてわかってないのか?」 ハルスはそういうと、カップをテーブルの上に置いた。 「あいつのランクは知ってるよな?」 「はい。確かAクラスですよね」 「それは魔導師としてのランクだろ? 得意分野に関してのランクだよ」 そういう風に聞かれると、答えようがない。 「ええっと、確か得意だったのは結界魔法じゃ………」 「だからそれは魔導師。俺がいってんのは考古学者としてのランク」 考古学者として? 「そ、そんなのにランクなんてあるんですか?」 「まあ、明確にランク付けされてるわけじゃねえけどな。大まかにつけるなら、アイツは軽くAAAクラスなんじゃねえかな」 「ええっ!?」 AAA。管理局全体でも数%しかいないとされるランクが、ユーノにも当てはまるというのか。 「何信じられないって顔してんだよ」 「で、でも。だって、ユーノくんはそんなこと一言も」 「そりゃいわねえさ。何しろ学会内でしか通用しねえランクだ。本職の戦闘魔導師にはそよ風ほども通用しねえしな」 そういわれてしまうと、確かに考古学者としてAAAだからどうしたという感じになってしまうのだが。 「ちなみに、あの歳でこのランクとして認識されてるのは歴代の考古学者から見ても数%ぐらいだぜ」 「十分すごいじゃないですか!!」 なのはは金切り声を上げた。 つまりユーノの考古学者としての才能は、まさに歴史に名を残すかもしれないレベルということだ。 「なんで、ユーノくんそのことを………」 「黙ってたか、か?」 なのははうなずいた。 「わたしだって、そんなのすごいと思いますよ」 「まあ、アイツが黙ってた理由だけどひとつはさっきの事で、もうひとつは性格的なもんだな」 「性格的、ですか?」 「ああ。アイツ、ガキの時分から才能を発揮してたんだが、大概自分で主導権を握ろうとはしなかったんだよ」 ハルスは空になったカップの底を見つめる。 「遠慮みたいなものがあったんだろうな。子どもの自分が遺跡の発掘作業に参加するなんて分不相応だ、みたいな」 「そうですか? 子どもの頃なら、それが当然だと思いますけど」 なのはがそういうと、ハルスは呆れたような顔になった。 「あのな、あいつが今いくつだと思ってんの。君もだけど」 「あ」 「まあ、その歳で『子どもの頃』なんてセリフが出るようじゃ、相当精神が老成してる証拠かね」 悪いことじゃねえけどな、とハルスは言ってコーヒーの追加を頼む。 「ともかくアイツは、自分じゃなくて他人を立てようとするんだ。自分は陰でその人を支えて、ともかく手伝いに徹する。部族の連中の説得でようやくジュエルシード発掘の責任者に立ててやったときは相当難儀したぜ」 「ユーノくんを立てたんですか?」 「ああ。アイツは、自分の才能を過小評価してる節があったからな。いい加減その辺りのことを自覚させようとしたら、アレだろ?」 アレとは、PT事件のことだろう。 「まったくまいったぜ。こっちの制止振り切って一人でジュエルシード探しに行っちまうんだもんよ。多重転移とジャマーの連続使用なんて、普通やらねえよ」 「そ、そんなことしてたんですか。ユーノくん」 「ああ。普段はおとなしくしてやがるくせに、ああいうことになるとやたら頑固だからな。まったく、何度親の顔が見てみたいと思ったことか」 そういって、やってきたコーヒーをそのまま飲む。 「あれ? ユーノくんとはご兄弟じゃ………」 「ん? ああ、正確には血がつながってねえんだよ。ユーノが名乗ってるのは部族名だろ? 俺もそうだけど、俺の場合は部族の人間ですらねえ」 「え?」 「いわゆる孤児でな。元々はミッドチルダのスラム街の出身らしい」 「あ、あるんですか。ミッドチルダにもスラム」 「当たり前だろ? まあそういうわけで、俺のほうが年上だから兄貴。わかった?」 「はい」 「ま、ともかくあの事件のせいでユーノはしばらく部族から出て行ったわけだが、あるいはそれでよかったのかも知れねえな」 「え? なんでですか?」 「んー、そうだな。割と積極的になったんだよ、アイツ。結構意見を言うようになったし、積極的に遺跡の発掘作業に参加するようになったし」 「そうなんですか」 「ああ。これも君のおかげだな」 そういってハルスはなのはの顔を見ながら笑った。 「わ、私のおかげですか?」 「ああ。アイツ、君のこと話してるときすげえ嬉しそうなんだぜ? 本人が気がついてるかどうかはともかくな」 そう言われると、なのははなんだか身体が熱くなってきた。 「自分と同い年の、しかも女の子ががんばってるのに自分は、って考えたんだろうな。まあ、そういう意味じゃああの事件は起こってくれて助かったわけだ」 ハルスはからりと笑って、コーヒーを飲む。 「ま、部族の女衆に言わせると、あの事件は起こって欲しくなかったそうなんだが」 「どういう意味ですか?」 「あいつらに言わせるとユーノが危険な目にあったから、だそうだが本心はユーノが部族から出て行くきっかけになったからだな。アイツ結構人気あったし」 その一言で、今度は胸が締め付けられるような感覚が走った。 「に、人気って、どのくらい人気者だったんですか?」 勢いごんで聞くと、ハルスはきょとんとした後何故か面白そうに顔をゆがめた。 「そーだなー。部族の大半の女の子がユーノくんユーノくんってアイツの後をついていってたな」 「そ、それから?」 「小さな子になると、私の将来の夢はユーノお兄ちゃんのお嫁さんになること、ってえのが大半だった」 「それから!?」 「すげえのになると、ユーノくんのご飯は私が作るんです! って自称ユーノのご飯係を名乗る奴が生まれてたな」 ガーン、と効果音を背負っておののくなのはを面白そうに見つめてから、ハルスはいい加減なのはをいじめるのをやめにした。 「ま、それよりもすげえのは、そんな風に好意を寄せられてもユーノの奴は純粋に好意としてしか受け取らないって事だな」 「ふぇっ?」 「つまり、愛情とは考えないって事」 ハルスの言葉を受け、なのはは体中から力が抜けていった。 (よ、よかった〜) あれ? でも何でよかったんだろう? ハルスはそんな風に思い悩むなのはを笑ってみながら、年長としての忠告をしておくことにした。 「ま、そんな奴だからな。具体的に行動に出ないとはっきりとわかってもらえないのよ」 「そ、そうなんですか」 「ああ。アイツは人のいい所しか見えないからな」 ハルスはそう言ってため息をつく。 人の欠点すら長所として考えるようなお人好しのせいで、随分と女の子に期待を持たせてしまうのだ。 実際の所、今回の訪問に立候補した女の子は部族に所属する女子ほぼ全員。 下手すれば血の雨が降り、部族を崩壊させかねないと事態を重く見た族長は、ユーノが一番なついていたという理由で自分をこちらによこしたのだ。 この後女子連中から受けるであろう拷問のごとき尋問を考えれば、正直帰りたくないくらいだ。 (まあ、このまま蒸発すればユーノに害が行くのは目に見えてるけどな) 弟を守ってやるのも兄の務めだろう。 そんなことを考えていると、なのはがこちらに頭を下げてきた。 「ありがとうございます。ハルスさん」 「ん?」 いまいち礼を言う理由が思い当たらないのだが。 「ハルスさんのおかげで、ユーノくんのことをもっと知ることができました」 「ああ、そういうこと。それなら俺からも礼を言わせてくれ」 ハルスは姿勢を正すと、なのはに頭を下げた。 「ユーノの奴と友達になってくれてありがとう。これからもあいつのことを嫌わないでいてやってもらえるか?」 なのははそう言われ、満面の笑みで答えた。 「はい! 私、ユーノくんのこと大好きですからっ!」 彼のことをもっと知ることができて、私はすごくうれしくなった。 これで、また少し彼が近づいたような気がした。 でも、彼が部族で人気者だと聞いた時、胸が少しだけ痛くなった。 彼がみんなに好かれているのは嬉しいはずなのに、本当に少しだけ。 なぜだろうと思いながら、私は彼の兄に別れを告げる。 明日はもっと、彼に近づけるといいな。 ―あとがき― 初ユノなの書き! でもなのはとユーノがベタベタしないどころか、一緒にすらいないという不思議仕様。………が、がんばりますっ。 えー、今回のあとがきが対話式でないのは相方がssに出演してるせいです。文明さんありがとー。 今回もまたシリーズ物ですが、ちょっとしたたくらみがあります。そのために、オリキャラが少々出張ってまいりますが、その辺りはご容赦のほどを。それでは、またお目にかかれる日を楽しみにしつつ、この辺りで筆を置かせていただきます。 …………やっぱりあいつがいないと、ボケられないからつまんないな。 |