あたしにとって、あいつは友達みたいな奴だ。
 あの子を魔法の世界に引き込んだのとか、そういうのはどっちかというとどうでもいい。
 あいつはあいつであって、それ以上でもそれ以下でもない。
 でも、あいつとの付き合いは極端に短い。



 あたしにとって、あいつは………。





「あれ? コレなんだろ」

 週に一度の日曜日。
 だからというわけではないが、私立聖祥代付属小学校五年生、アリサ・バニングスは自身の宝石箱の中身を整理していた。
 アリサ自身は宝石好きというわけではないが、父の仕事の関係で宝石や貴金属の類が贈り物として大量に届けられることは間々あることだ。
 そんな中にひっそりと、身を隠すようにひとつのペンダントがうずもれていた。
 黒い石を金環で交差するように包んでいる、ちょっと面白いデザインだ。

「う〜〜ん」

 ただ、これを宝石かどうかといわれれば違うような気もした。
 普通宝石は透き通るような輝きを放つものだが、これはむしろ周囲の光を吸収しているような気がする。
 見つめていると、奥に引き込まれそうになる。
 美しいことは美しいのだが、普通の装飾品ではないような気がする。

「まあ、わかんないことは人に聞くのが一番よね」

 アリサはそうつぶやくと、自身の部屋を出て一目散に一つの部屋へとかけていった。

「ママ!」

 扉を開けて開口一番。そしてその声に反応するようにいすに座って本を読んでいた女性がこちらのほうを向いた。

「あら、アリサ。どうしたのよ、一体」
「ママ、元々は宝石商でしょ? この石、何の宝石かわかるかな?」

 そう言ってアリサは己の母、真夜・バニングスの太ももの上に座った。
 勝気そうな瞳。顔の造作などがアリサにそっくりだが、髪の毛は栗毛色。そして瞳は黒色の典型的な日本人だ。
 アリサの髪と瞳はデビットのものだが、全体的な顔の造作は真夜似なのだ。
 親戚たちには、これで髪の色も真夜ちゃんだったら本当に小さな頃の彼女にそっくりだ、といわれている。

「あら、甘えん坊さんね」
「えへへ」
「それで、その石を見せて頂戴」

 真夜はアリサからペンダントを受け取ると、しげしげと眺めた。

「………あら。これあの人がくれたお守りじゃない」
「へ?」

 アリサはその一言に顔を上げた。

「それママのだったの?」
「うん。というか、宝石箱の奥にしまっといたはずなんだけど………。あ、そっか。あなたのほうにあげた古い宝石箱に入れてたんだっけ」

 しまったというように額に手をやる真夜。
 変なところでうっかりスキルを発動するのは、なんでも彼女の一族特有のものらしい。

「でもなつかし〜。これあの人がくれた最初のプレゼントなのよねー」
「そうなの?」
「うん。『珍しいお守りを見つけました。せっかくですから受け取ってください』ってね」

 真夜は昔を思い出すような遠い目をして虚空を見つめた。

「………たしか、パパの一目惚れだったんだっけ? パパとママの馴れ初めって」
「ええ。ウチの店番してたらいきなり『あなたに惚れました。どうかお付き合いしてください』って言われたのよ」

 その時の光景を思い出したのか、真夜が苦笑した。

「あの人、そのときは自分の会社の支部を出す立地の下見に来てて、その時宝石商をやってたウチには本当にたまたま足を踏み入れただけなんだから驚きよね」
「なんで会社の下見に来てて宝石商に足いれてんのよ」
「なんでも妹へのプレゼントは何がいいかって考えてたんだそうよ」

 だったらその土地の土産屋さんに行くべきで、宝石商は見当はずれもいいところだろう。

「あきれた………。パパって、意外と考えなしなのね」
「考えなしって言うか、あのときのあの人は世間知らずだったんでしょうね。とにかくその日からよ。毎日のようにあの人がお店を出入りするようになったのは」

 あの頃は大変だったわ、と真夜は今は遠い日のことに思いをはせる。

「何しろ今をときめくバニングス・コンツェルンの創始者にして一代目の若社長が、ちょっと寂れた商店街に居を構える何代目かもわからない宝石商の店に毎日やって来るんだもん。商店街は上へ下への大騒ぎ」
「そんなにすごかったの?」
「ん〜。すごいっていうか、信じられなかったわね。だってあの人、私に会うためだけに帰国を一週間から一年に先延ばしして、商店街のはずれのほうにあった空き家をその日のうちに買っちゃったんだもん」

 なんともバイタリティ溢れることだ。

「パパ、そんなにママのことが好きだったんだ」
「まあ、その時の私的には見た目だけで釣られてくるような奴はお断りだったけどね」

 自他共に認める実家の宝石商の看板娘だった真夜。
 当然告白やお付き合いの話は山のようにあったが、彼女はその全てを突っぱねていた。

「『あなたのその美しさに心奪われました』ですって? バカを言うのも大概になさい。ちゃんと私のことを知ってからそういうことは言いなさい!ってなもんよ」
「ママ、ひょっとして全員にそういう風に言ってたの?」
「もちろん。大概一目ぼれって連中は私のことを知れば知るほど『イメージと違った』とか何とか言って一方的に離れていくもの。そっちで勝手にイメージしといて、いざ付き合えばはいさようならなんて、バカにしてる以外の何者でもないわ」
「そうよねー。イメージするのは勝手だけど、それでいちいち幻滅されるのなんてお断りよねー」

 うんうんとうなずきあうバニングス母娘。

「でも、あの人は違った」
「?」
「あの人は私のこんな性格を知っても、懲りずに毎日のように店に来たわ」

 真夜は少しだけ恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。

「『昨日知れなかったあなたを知ることができて、私は嬉しい。もっとあなたのことを教えてください』ってね」
「パパすごかったんだねー。まるでお百度参りじゃない」

 アリサは自分の父の所業に感心することしきりだ。

「お百度どころか、三百六十五日参りよ。ほんとに毎日店にきてたんだから」
「マジ?」
「マジで。ほんと、十五歳の小娘のどこがよかったんだか」

 真夜・バニングス御歳二十七歳。法的にはギリギリの母親である。

「正直言うとね。あの人の存在は、私にとってはうっとおしくしかなかった」
「そうなの?」
「うん。何しろ毎日のように私の顔を見るためだけに店に来るのよ? そういう人間の物珍しさから店の売り上げは少しだけ上がったけど、私はわずらわしさしかなかった」

 真夜の顔は、少しだけ自嘲的なものになった。

「なんであたしなんかに付きまとうのよー、って箒で追い掛け回したこともあったっけ」
「そんなことしてたの………?」
「だって毎日よ? 一歩間違えばストーカーじゃない」

 今なら確実にストーカー扱いだろう。
 アリサの脳裏に何故か、ストーカーと呼ばないでー♪ という歌が流れる。

「でもそれでよく結婚したね」
「うん………。今にして思えば、ホント、バカらしいことがきっかけなんだけどね」

 真夜はそう言って天井を仰ぎ見る。

「あの人、日本に来てから一年、つまり帰国予定の寸前に私を旅行に誘ってきたのよ」
「旅行?」
「『もうすぐ私は国に帰らなければなりません。その前に、一度だけお付き合いいただけませんか?』っていわれてね。まあ、もうすぐ帰っちゃうし、一回くらいならいいかなって思って」

 そのまま新幹線に乗って、遠くのひなびた温泉街に連れて行かれたのだという。

「温泉?」
「うん。私もなんで温泉?って聞いたんだけど『実は一度でいいから来てみたかったんです』って言われてね」

 だったら自分ひとりで行けばいいだろうに。

「そこまで好きだったんだ………」
「そうなんでしょうねー。私はそれを聞いてイラついちゃったんだ。ああ、こいつはまた馬鹿なことしてるって」
「そうなの?」
「今にして思えば、そのときにはとっくにあの人のことが好きだったんでしょうね。でもまあ、第一印象が“一目惚れしてきた奴”だったからさ」
「意地になっちゃって、認められなかったと」

 うん、と真夜は恥ずかしそうにうなずいた。

「まあ、そんなわけで旅行中は終始不機嫌面しててね。あの人は本当に楽しそうに笑ってたけど、私はそれに対して仏頂面で答えてたのよ」
「あははは………」

 それはまた頑固な話だ。

「そんでまあ、お風呂に入ったんだけどさ。その時の旅館ほとんど人がいなくてさ。ほぼ私たちの貸切みたいだったわけよ」
「うん」
「それでさ、思わず浴槽の中で泳いでたりしたらさ、あの人と鉢合わせしちゃって」
「………はい?」
「実は混浴でした、ってオチ」

 あははー、と真夜は笑うがアリサは笑えない。
 何だその近年の少女マンガでもお目にかかれそうにないベタなオチは。

「それで………?」
「あの人はすぐに謝って背を向けたけどさ、私は思わずあの人の背中蹴っ飛ばしちゃったのよ。『私の体はそんなに見れないもんなのかー!』ってね」
「はい? なにそれ?」
「いやー、私昔は胸ペッタンコでさー、いわゆるコンプレックスって奴だったのよ」

 アリサは思わず振り返って母の胸元を凝視する。
 ………とてもではないが信じられない。

「………ウソでしょ?」
「マジで。それどころかコンプレックスの塊だったわよ? 確かに顔はかわいかったけどね、性格はガサツだし、胸は小さかったし、髪の毛は硬かったし、スポ根少女だったし」

 指折り数える真夜だが、アリサはどうしても信じられなかった。
 確かに母の性格はおしとやかとはいえない。それに髪の毛だって剛毛でくせっ毛故、短くしているのは知っている。
 スポ根少女というのはよくわからないが、胸は小さいというほど小振りではないだろう。

「………みんな、あの人のおかげってことよ」

 アリサの疑問の視線を受け、真夜はそういった。

「あの人のおかげで、私は自分のことが好きになれたのよ」
「どういうこと?」
「蹴っ飛ばされた後ね、あの人はこう言ったの。『私は、あなたの胸が嫌いなのではありません。あなたに本当に嫌われてしまうのがイヤなのです』って」
「その後は?」
「自分のコンプレックスを次々叩きつけてみたわ」
「性格がガサツなのは?」
「『元気のいい証拠です。私にはないものを持っていてうらやましい』」
「髪の毛が短いのは?」
「『髪の毛が硬いというのはよいことです。何しろ抜けて恥ずかしいことになりにくいですから』」
「スポ根少女だっていうのは?」
「『私はずっと勉強を続けていたせいで、熱中するものを持てませんでした。あなたにはそれがあって本当にうらやましい』」
「………なんで、パパはそんなにママのことが好きになれたの?」

 アリサが本当に不思議そうにそう問うと、真夜が声を上げて笑った。

「それ、私がした質問と同じね」
「………それで、パパはなんて?」
「………『私は、あなたの姿を見たときから、あなたの全てを愛することを神に誓いました。その誓いを破ったことは一度もありません。むしろ、あなたを知ってゆくたびに誓いは強くなっていったんです』」

 しばらく、時計の針が動く音だけが部屋の中に満ちた。

「………その後は?」
「ん〜? 私が思わずあの人に抱きついてー、それであなたができちゃったのよ」

 真夜はアリサのおでこを突っつきながら笑っていた。

「いやー、あの時はあせったわー。何しろ私まだ中学生だったしねー」
「ウソっ!?」
「ほんとー。誕生日が四月一日でホントよかったわ。でなきゃあの人犯罪者だもん」

 真夜はカラカラと笑うが、アリサは全身から力が抜けていった。
 何を考えてるんだろう、このバカ夫婦は。

「士郎さんたちのこと、もう悪く言えない気分になってきた………」
「ん? なに?」
「別にっ! ………ともかく、それでパパとママは結婚したんだ」
「そうよー」
「じゃあさ、このペンダントはパパがママに会いに来てたときのものなの?」

 そういって、黒い石のペンダントに触れる。

「ああ、これはあの人が一旦帰国するときにくれたものなの」
「帰国って………その、旅行の後?」
「うん」
「なに考えてんのよ、パパ………」

 せっかく想いが通じ合ったというのに、なんでいきなり離れ離れになるのか。

「それは仕方ないわよ。ビザの関係でいつまでもこっちにいるわけにも行かなかったし、元々は支部を出すための下見だったんだもの。いつまでも会社を代理人に任せっぱなしって言うのもね」
「う〜ん………」

 それでも納得いってない風のアリサの首に、真夜はペンダントをかけた。

「だからあの人はこれをくれたの。私とつながっていられるお守りだっていってね」
「………縁結びにしては、ごっつくない?」
「ほら、金の輪が交差してるでしょ? これで想いは交差してるって」
「それってこじ付けじゃない」

 まあ確かにね、と真夜は笑う。

「でも、私はそれで十分あの人を信じられた」
「ふぅん………」
「………だから、今度はあなたの番っ! これをあげるから、がんばりなさい」

 ぽんと肩を叩かれて、アリサは慌てた。

「ちょ、待ってよ! そんな話聞いた後でこんなのもらえるわけないじゃない!」
「ん? どうして?」
「だって、これパパとママの大切なものじゃない! それに想いが交差してるって言うなら、ママが持ってないと………」
「なに言ってるのよ」

 真夜はおかしそうに笑って、アリサの鼻に触れる。

「あの人との想いの結晶………それはあなたよ? あなたがいるのに何の不安があるっていうの?」
「ママ………」
「それに、あなたにも好きな人ができたみたいだしね♪」

 アリサはその一言で、一気に顔を真っ赤にした。

「え、ちょ、なんでそんなこと言うの!?」
「をほほほー。毎日のように切ない瞳でベランダから空を眺めてるのに、気がつかない分けないでしょー?」
「くっ………!」
「それでー? アリサちゃんの愛しい人は誰なのかなー? ママに教えて御覧なさいなー♪」
「知らない知らない知らないっ! ママになんか絶対教えないんだからー!!」

 アリサは絶叫すると、真夜の上から降りて一目散に部屋を駆け出していった。
 そして扉を閉める一瞬。
 真夜がこちらをひどく優しい目で見ているのが見えた。





 今日、ママの話を聞いてやっぱりあたしはパパの子なんだな、って思った。
 だって、ママの言うとおりあたしはあいつに一目惚れしてしまったんだから。
 正直、自分でも一目惚れなんてどうだろうと思う。
 それでも、あいつのことをひとつ知るたびに、あいつの姿を一度見かけるたびに、胸の奥にあるこの想いがどんどん膨らんでいく。
 だから、正直あいつのそばにいるあの子がうらやましくて仕方がない。



 それでもあたしは必ずあいつの事を振り向かせて見せるって、今日決心した。










―あとがき―
作者「はいっ! というわけで、リーベ・エアツェールング第二回目! アリサ・バニングス編をお送りしましたー!」
ハルス「…………」
作者「どうしたんだ一体。そんなへんなものを見つめる目でこっち見て」
ハルス「お前まともな話し書けたのか………!」
作者「はっはっはっ。一体どういう意味かな?」
ハルス「いやだって、一番初めにカオスss「バーニングアリサ/」なんて送る奴だからあんなものしか書けないものかと」
作者「失礼な。「ピザ屋」をお忘れか?」
ハルス「あれだってじゅーぶん壊れとるわい。特に士郎さん」
作者「今回のssのテーマは、ずばり“恋”!」
ハルス「また無視するし。もう慣れたけどな」
作者「そして隠れた部分にパロネタが盛り込まれる仕様になっておりマース」
ハルス「またんかい! パロネタってなんだよ、オイ!!」
作者「はっはっはっ。安心したまえ。君にもしっかり盛り込んであるから」
ハルス「むしろ不安が増したー!!」
作者「喜んでいただけたようで何よりだ。それでは!」
ハルス「誰かコイツを止めてくれー!」





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