時間を少し巻き戻そう。



 ユーノは、フェレット姿で誘拐犯人グループのビルにもぐりこんだ。

「こういうときは便利だよね」

 ユーノは苦笑すると、そのまま探索を開始する。
 探査魔法を行使してもよいが、なるべくなら穏便に事を運びたい。
 もし逆に捕まってしまえば、せっかく表のほうで派手に囮になってもらっている二人に申し訳が立たないし、アリサにも何を言われるのかわからない。

「また、殴られるのは嫌だしね………」

 なのはたちが自身が魔導師であることを明かした翌日、ユーノも自分の正体を明かしに行った。
 なんでわざわざ死ににいくんだ、とクロノには呆れられたがむしろ良心の呵責でどうにかなりそうだったのだ。
 高町家では、まあ比較的穏便に事が運んだ。(約一名、少しだけ暴れたりもしたが)
 次にアリサとすずかに会いに行ったときが、ある意味一番ひどかっただろう。
 正体明かして次の瞬間、アリサの右ストレートが顔面に決まった。
 そのまま地面に倒れるとマウントポジションを取られ、首を締めあげられた。

「あ、アリサちゃん! 落ち着いてぇ!」
「ユーノくんが、ユーノくんが死んじゃうぅ!」
「きっしゃー!」

 顔を真っ赤にしながら暴れるアリサをすずかとなのはが抑えてくれなかったら、割と本気で死んでたかもしれない。
 まあ、そのあとしっかり恭也の教わっていた日本の伝統的な謝罪方法“土下座”をやっておいた。
 そのおかげか、その後の関係はまあ良好だ。なのはに呼ばれて、仲間内だけでピクニックに連れて行ってもらったりする。
 アリサにしろすずかにしろ、ユーノにとっては大切な友人なのだ。

「一階にはいない………」

 一階の探索を終えたユーノは、続いて二階へとあがってゆく。

「おわっ? なんだ?」
「キュッ」

 途中、誘拐犯に鉢合わせするが。

「なんだネズミか。あっちいきな」

 シッシッ、と追い払われる程度で済んでいる。

(フェレットはネズミじゃないやい)

 無論内心は穏やかではないが。
 ともあれ、順調に探索は進んでいるといえる。

「二階でもない………」

 となれば残すは最上階のみ。

「早く助けてあげないと」

 下手をすればなのはの殲滅戦に巻き込まれてしまう。
 何の訓練もしていない彼女たちにはちょっとキツイだろう、あれは。
 ついでに自分の身も危ない。主に胃が。

「さて、二人はどこに………」

 ユーノはフェレットの首をあちらこちらに向ける。
 その瞬間。

「いやぁああああああああ!!」

 すずかの叫びがこだました。

「すずか!?」

 急いでそちらのほうに向かう。
 そちらのほうにはひとつの部屋があった。
 だが、扉を開ける必要はなかった。

 ズガァッ!

「ぐわぁあああ!!」
「!!」

 扉は内側から開けられ、中から一人の男が飛び出してきた。
 男は胸がざっくりと斬り裂かれ、もはや虫の息といった状態だ。

「ぁ、あぁ………」
「これは一体………」

 男が飛ばされてきたほうを向いてみる。
 そこには。



 闇がわだかまっていた。



「いやぁぁぁ……。いやぁぁぁぁ………!」

 すずかが自分の体を抱きしめ、涙を流してうつむいている。
 その後ろのほうには、アリサが倒れているのが見えた。

「すず、か?」
「イヤァアアアアアアッ!!」

 絶叫。
 同時に刃のような何かが男に襲いかかった。

「なっ!?」

 慌ててフェレット状態で魔法を行使。選択はサークルプロテクション。半球状の防御結界を生み出す魔法。
 だが、数秒も持たなかった。
 その間に人間に戻り、急いで男を抱えて刃から離れる。

「すずか!」
「アアアアァァァ!!」

 返事は錐のようなものだった。ただし直径は一メートル近い。

「ラウンドシールド!」

 ユーノは己の最大の防御で、脅威に立ち向かう。
 そして、その正体を悟る。

「な………!?」

 指の先が冷たくなるような感触。これは………。

「アアアアアアアアッ!!」
「くっ!?」

 思う暇があればこそ。次の瞬間にはシールドは破られ、錐のようなものが肩を斬り裂いた。

「うわっ!」

 無様に床に倒れ付す。
 だが、闇色の触手はうねうねと揺らめいて、再びユーノに襲い掛かる。

「くそっ!」

 ユーノは男を抱えて、その攻撃から逃れ続ける。
 触手は壁を壊し、床を貫き、ユーノに迫る。

「ありえない………」

 ユーノは己の身が危険にさらされてなお、信じられないという風にすずかを見た。

「なんで………すずかが魔法を使えるんだ!?」
「アアアアアアァァァァァ!!!」

 すずかの周囲を取り巻く闇の正体。
 それは、純粋魔力が示す魔力光だった。





「いやぁああああああああ!!」
「すずかちゃん!?」

 少女の悲鳴はここまで届いていた。

「なんかあったのか!?」

 とりあえず敵に関節技を決めていたハルスが、慌てて立ち上がる。

「わかりません! けど………!」
「急ぐかっ!」

 ゲシュペンストを持ち、イの一番に階段を駆けていくハルス。
 なのはも飛んでその後を追う。

「ユーノッ!」

 駆け抜けたあとに待っていたのは。
 ずいぶんと見通しのよくなった廃ビル三階だった。

「はっ?」

 何でビルの中なのに空が見えるんだろう?

「兄さんッ!」

 ユーノの声にそちらを振り向けば。
 見えたのは黒い触手のようなもの。

「うおっ!?」

 慌ててよけるが、触手は左肩を撃ち抜いてくれた。

《主!》
「心配すんな! かすっただけだ!」

 ゲシュペンストを振るって触手を斬り裂く。
 触手は斬られて残った部分がすぐに霧散していった。

「ユーノくん!」

 ハルスに続いて三階にやってきたなのはが、信じられないような声を上げた。

「なにこれ!? 一体誰がこんなことを!?」

 触手を防ぎながら問うと、ユーノは階段近くまで寄ってきながら答えた。

「それが………すずかなんだ」
「え?」
「すずかっつーと、誘拐された嬢ちゃんの名前か」
「すずかちゃんって、ウソ!」
「ウソじゃないよ」

 なのはは首を振って否定するが、ユーノは冷静に一点を指差した。

「あれを」

 そちらのほうに目を向けると、すずかの周りに黒いものがまとわりついて、それが触手を形成しているのが見えた。

「なんじゃありゃ」
「たぶん、魔力がすずかを守るような感じで発現してるんだと思う」
「ありえんのかそんなこと」
「簡単とは言わないけど、そう難しいことでもないと思う。なのはのアクセルシューターの応用だと思う」

 スクライア兄弟が会話している間、なのはは呆然と親友の姿を眺めていた。

「すずかちゃん」
「…………」

 うつむいた親友は無言のまま、こちらに触手を飛ばしてきた。

「チッ!」

 ハルスが慌ててなのはを抱えて横に跳ぶ。

「なにぼさっとしてんだ! 死ぬぞ!」
「でも! でも、あれはすずかちゃんで………!」
「敵とは言わんが、今は味方でもねえだろ!」

 ハルスが怒鳴りつけている間に、ユーノはひとつの結界を構築し始める。

「妙なる響き、光となれ、癒しの円のその内に、鋼の守りを与えたまえ」

 高位結界ラウンド・ガーター・エクステンション。防御と回復を同時に行う便利な結界だ。
 並みの術者であればそのどちらも半端な効果になるが、ユーノが行えば呪文の通り鋼の守りとなる。
 ユーノは結界内に今まで抱えていた男を下ろすと、すぐにハルスのそばを飛び始める。

「いいのか? あの男をそのままにして」
「たぶん、大丈夫。今のあの触手は動いてる人間にだけ反応してるみたいだし」

 ユーノの見立てに、ハルスは納得した。
 言われてみれば確かに。すぐそばにアリサが倒れているのに攻撃しないのが何よりの証拠だ。

「じゃあ、いっそのこと俺たちも寝るか?」
「それはすずかを何とかしてから」

 ハルスの冗談にしっかりと返し、ユーノはなのはに声をかけた。

「なのは」
「ユーノくん………。どうしよう、すずかちゃんが………」

 暗い表情でこちらを見る彼女に申し訳なく思いながら、ユーノは立案した作戦を話すことにする。

「すずかを、撃って」
「―――!?」

 ユーノの言葉に、なのはは目を見開いた。

「ユーノくん!? なに言ってるの! 相手はすずかちゃんなんだよ!?」
「うん、わかってる。でも他に方法がないんだ」

 ユーノは真剣な表情ですずかを見据えた。

「僕の扱う結界術の中には、魔法を無効化するものもある。でもそれは準備にある程度時間がかかるんだ」
「それなら、相手の魔力を削ったほうが速いな」
「そういうこと」

 ハルスにうなずいてから、ユーノはなのはにもう一度言う。

「この中で砲撃を撃てるのはなのはだけだ」
「…………」
「別に俺が近づいてぶん殴るってのもありだが」

 ハルスはおどけるように言って肩をすくめる。

「………うん。わかったよ」
「………ごめん、なのは」
「ほんじゃま、おにーさんは時間稼ぎと行きますか」

 いってハルスは前面に出るように、大きく動き始める。

「さぁさ、鬼さんこちら!」

 その掛け声に反応したわけではないだろうが、触手の大半がハルスに向かう。
 それでも向かってくる触手は、ユーノの拘束魔法で縛られていく。

「レイジングハート………」
《Yes》

 カートリッジロード。
 選択するのは、デバインバスター。

「ごめんね、すずかちゃん………」

 かすれるようなつぶやきは、果たして彼女に届いたか。

「ディバインッ!!」
《Buster》

 桜色の閃光が辺りを包み、そのまますずかに向かってゆく。
 だが。

「えっ!?」

 すずかに命中するはずのバスターは、その寸前で軌道を曲げそのまま上に向かっていってしまった。

「そんな!?」
《Master》

 レイジングハートの警告に気づくより早く、ハルスがその体をさらっていく。

「きゃっ!?」
「すまんね、いきなり!」
「い、いいえ。ありがとうございます」

 なのはは今までいた場所が串刺しになる光景を見ながら、ユーノに問いかける。

「ユーノくん!?」
「しまった………。予想以上に魔力密度が高いんだ」
「それがどうしたんだよ?」
「あの周囲の空間には莫大な魔力がわだかまってるんだ。それがレンズの役割を果たして、なのはのバスターを曲げちゃったんだ」

 少しだけ沈黙するハルス。

「………つまり?」
「純粋魔力砲撃は今のすずかには通用しないって事」

 なのはの主砲たるディバインバスターは直射型砲撃魔法。莫大な魔力を相手にたたきつけるというシンプルな魔法だ。
 そのシンプルさゆえの強力さもあるが、今回はそれが裏目に出た。
 すずかの周囲にはどういう理屈か高濃度の魔力がたまっていて、それがうまい具合に魔力偏向レンズの役割を果たしてしまったのだ。まるであらかじめ道が決められているように。

「………こまけえ理屈はともかく、あの子に砲撃が効かねえのはわかった」

 元々頭の悪いハルスは早々に理解しようとするのをやめ、現状に目を向ける。

「ならどうするよ? このままじゃ、早晩俺たちゃあの子に串刺しにされるぜ?」
「うん………」

 ユーノは暗い顔のまま、首肯する。

「一応封印魔法の応用ですずかを眠らせることはできると思うけど、そうなるとすずかに接触しないといけなくなるし」
「あんな所に踏み込むなんて自殺行為だわな」

 なにしろ触手が随時すずかを守護しているのだ。もれなくハリセンボンにされるだろう。

「………ちぃと賭けになるが、乗るか?」

 ハルスが急にそんなことを言い出した。

「え?」
「何か手があるんですか?」
「なに、手というほどのもんでもねえ。俺がコイツを思いっきりあの子に投げつけるだけだ」

 コイツとゲシュペンストを持ち上げてみせる。

「ゲシュペンストを………?」
「ああ。ただし、俺の全魔力をこめての投球だ。いや、この場合は投槍か?」

 呼び方はどうでもいい。

「こいつは事実上奥の手なんだが……着弾地点でゲシュペンストが込められた魔力を周囲に全開放するんだ」

 その瞬間、ひょっとしたらすずかの魔力が消えるかもしれない。
 そうなれば、あとはユーノがすずかを眠らせればよい。

「………他に方法もない。やろう、兄さん」
「お願いします、ハルスさん」
「おう。それじゃあ、時間稼ぎ頼まあ」

 動きを止めたハルスは、ゲシュペンストに魔力を込め始める。
 少しずつ魔力を増やすゲシュペンストは、徐々に紅色に染まっていった。
 血のような、真っ赤な色に。

「―――ッ!!」

 それを見たらしいすずかの触手が、急に動きを変えた。
 今までは散発的だった攻撃が、急に苛烈さを増したのだ。

「きゃあっ!!」
「うわっ!?」
「なんだなんだ!?」

 封印準備をしているユーノと魔力チャージ中のハルスは大きく動けない。
 下手をすればこのまま終わってしまう。

「チクショー! どうしろってんだよー!」

 やけくそのようにハルスは吼えた。





(あれ………?)

 夢か現か。
 アリサはいまいち判断がつかなかった。

(あたし………)

 確か男に額を撃たれて………。

(死んじゃったのかな………)

 それだけはごめんだ。まだやりたいことが山ほどあるのに。
 だが、手足は動いてくれないし、周囲の音もよく聞こえない。その上視界はぼんやりしてる。

(やだな………)

 怖かった。何もできないこと、何も聞こえないこと、そして何も見えないこと。
 それがここまで怖いとは思わなかった。
 昔、みんなでお化け屋敷に行ったとき、みんなが怖がってるのに自分ひとりは平気な振りしてみんなをからかっていたっけ。
 一緒にいったアイツも怖くないようで、それだけが少し残念だったけど。

(やだ、何でこんなこと考えてるんだろ、あたし………)

 まるで走馬灯ではないか。
 怖い考えに体が支配されようとした瞬間、不意に聞こえてくる音があった。

(………?)

 いや、音ではない。そこまで明確なものではない。
 だが、それはすごく悲しいものに支配されているような気がした。

(なんだろう………?)

 動かぬ視界を苦労して曲げてみると、そこには親友の姿があった。

(すずか………?)

 その姿を見た途端、アリサは直感的にわかった。

(泣いてるの………?)

 顔は見えないが、彼女は涙を流している。
 わかったのなら、あとは簡単だ。慰めればいい。

(すずか………)

 この声が聞こえるものだと信じて、あの子に声をかけてあげればいい。
 だって、二人は親友なのだから。





(すずか………)
「えっ!?」

 不意に聞こえてきた念話に、今度は目を白黒させる羽目になるなのは。

「い、今のって………」
「アリサちゃん………?」

 顔を見合わせる二人に、ハルスが怒鳴り声をかける。

「おい、お前ら! ぼさっとすんな!」
「ッ!」
「は、ハイ!」
「なんか知らんがチャンスだ!」

 ハルスの言うとおり、すずかの触手の動きが極端に鈍っていた。

「ユーノ!」
「準備はいいよ!」
「なのは!」
「いいです、いつでもオッケーです!」

 二人に確認を終え、ハルスは担いだ槍斧を思いっきり振りかぶる。

「ハァアアアアッ!!」

 同時に目の前に桜色の環状魔法陣が現れる。

「いっけぇえええええ!!」

 そこに向かって全力投球。
 紅き槍斧は桜色の輝きを伴って、一気に加速する。

「―――!!」

 黒い触手が迎撃するが、勢いは止まらない。
 全てをぶっちぎって、槍斧はすずかの目の前に着弾。周囲の魔力を一気に消し飛ばす。

「おっしゃ!」
「ユーノくん!」

 ハルスがガッツポーズを取り、なのはがユーノに声をかける。
 ユーノは転送で一瞬にすずかの目の前に立つ。

「荒れ狂う力よ! 我が内の輝きにて眠り、収まれ!」

 そして、辺りを優しい翡翠の輝きが照らしていった。










―あとがき―
作者「えー、番組の途中ですが、ここで臨時ニュースです」
ルナ「………そんな風に振られても困るんだけど」
作者「うーん、惜しいっ! ここは“ニュースってなんだ”とつっこむか“番組の途中って、モロ中途半端に終わってるじゃねえか!”と憤るところだよ?」
ルナ「そんなハルス反応をボクに期待されても………」
作者「というわけで、リーベ・エアツエールング 〜黒き揺り籠〜 をお送りしましたー」
ルナ「で、何でこんなに中途半端にとめてるの?」
作者「次回への引き」
ルナ「次回?」
作者「そう。これからはまた三人娘にスポットを当てて、元のように流していくのさー」
ルナ「ふーん」
作者「それでは次回!」
ルナ「またー」










ルナ「………ところで、ボクに出番はあるわけ?」
作者「なんだったら、ハルスとの○○○シーンでも入れようか?」
ルナ「やめてー!」





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