死。



 それは、もうどうしようもないもの。
 取り返しのつかないこと。
 もはや失われてしまうもの。



 親友が、死んでしまった。
 自分の、せいで。
 殺した男を恨んだ。男をかばった少年を恨んだ。動ける少女たちを恨んだ。真っ赤な血を掲げる少年を恨んだ。

 そして、世界を恨んだ。

 もはや冷たい意思でいい。自分はそれでいい。
 そう思ったとき、もう聞こえないと思っていた親友の声が聞こえた。



 そして、泣きたくなるくらい優しくて暖かなものが私を包んだ。





「ん………」
「あ、気がついた?」

 すずかが目を覚ますと、ユーノの笑顔がまず目に入った。

「ユ、ーノくん………?」
「うん」

 ゆっくりと首を回す。
 清潔な白い色が目立つ、学校の保健室のような場所だった。

「ここは………?」
「本局の医務室。すずか、君は慣れない魔力を無理やり行使してリンカーコアの機能を麻痺させちゃったんだ」

 ユーノの説明の半分も理解できなかった。
 まあ、夢うつつの今の状態ではしょうがないのかもしれない。

「私………」
「すずか、誘拐されたことは覚えてる?」

 誘拐?

「あのあと犯人グループが白状したんだけど、君は実験のためにとある研究所に連れて行かれるところだったんだそうだ」

 実験?

「何の実験なのかは知らないし、知りたくもない。でも、今回の一件のおかげで大きな犯罪組織がひとつ潰せそうなんだ」

 犯罪、組織。

「君とアリサは………」

 アリ、サ。

「アリサちゃん!? アリサちゃんが!?」

 名を聞いた途端、アリサの撃たれる光景が脳裏にフラッシュバックして、半狂乱になるすずか。

「すずか!? 落ち着いて!」
「いやっ!! 離して!! アリサちゃんが! アリサちゃんが!!」

 慌ててユーノが抱きとめるが、すずかはその腕の中でメチャクチャに暴れた。

「私のせい! 私のせいでアリサちゃんが!!」
「落ち着いてすずか! アリサなら無事だから!!」

 ユーノがそういうと、すずかは暴れるのを止め、ほうけたようにその顔を見た。

「ユーノくん、今なんて……?」
「アリサなら、無事だから」
「ウソッ!! だってアリサちゃん………」
「僕の言うことが信じられないなら、そっちを向いて」

 ユーノの指差す方向を見ると、そこにはアリサが眠っていた。

「スー……スー……」

 頭に包帯こそ巻いているものの、そこにちゃんといて。
 生きていた。

「そんな……。だって、あの時………」

 すずかは、まだ自分の見ているものが信じられなかった。
 あの時アリサは、確かに血を流して倒れたのだ。
 自分の見ている前で、まるで眠るように。

「なにかが銃弾の威力を相殺して、かろうじて額の骨にひびが入るくらいで助かってるんだ」

 ユーノの説明を聞きながらゆるゆるとそちらのほうを向く。

「てっきりすずかが障壁を張って防いだと思ってたんだけど………」

 ユーノの言葉に、すずかは首を振った。

「私じゃない………。あの時は、そんなこと出来なかったもの」

 できれば、とっくにやっている。
 あんな風に無様に暴れたりしない。

「そっか。じゃあ、なんでだろう………」

 ユーノが唸って考え始めると、すずかはうつむいて掛け布団をぎゅっと握り締めた。

「ごめんね、ユーノくん………」
「え?」

 だんだんと思い出してきた。
 自分が一体何をしてきたのか。

「私、ユーノくんに怪我させちゃったね」
「………」
「ユーノくんのお兄さんにも、痛い思いさせちゃったし」
「………」
「なのはちゃんにも危ない目を合わせた」
「すずか………」
「みんな、みんなに、いっぱい迷惑掛けちゃったね」
「すずか」

 ユーノは少し強い調子で彼女の名前を呼ぶ。

「そんなことない。そんなことないよ。あれは不可抗力だ。すずかが自分の意思でやったんじゃないだろ?」
「そんなこと、ないよ」

 とめどなく涙を両の目から流しながら、すずかは笑って見せた。

「私、あの男の人が憎かった。アリサちゃんを撃ったあの人のことが、殺したいほど憎かった」
「………」
「次は、ユーノくん。あの人をかばったユーノくんが、殺したいほど憎かった」
「………」
「そしたら、新しく来たユーノくんのお兄さんが憎くなった」
「………」
「怪我ひとつないなのはちゃん。何でアリサちゃんが怪我してるのに、なのはちゃんは無事なの、って思っちゃった」
「………」
「もう動ける人がみんな憎くて、そのうち全てが憎くなって………」

 すずかは、どこかに問いかけるように虚空を見上げる。

「もう、このままでもいいかなって………」
「………」
「そう、思っちゃった」

 そんなわけないのにね、とすずかは自嘲気味に笑った。

「………ねえ、ユーノくん。私のこと、どのくらい知ってる?」
「………すずかの家の血のことなら、だいたい」

 すずかが誘拐されたと聞いて、月村家にいた人間全員がリンディの家にやってきた。
 すずかが誘拐される理由は、ひょっとしたら我々の血のせいかもしれないと、全てを話してくれた。
 リンディはそのこと自体は黙っていたが、事件が明るみに出るにあたって皆に全てを話した。

「みんなも、たぶん知ってるよ」
「そっか………」

 じゃあ、とすずかは再度問いかける。

「ドゥンケル・ヘイトのことは?」
「………知らない」

 ユーノは正直に首を振った。

「さくらさんに夜の一族のことは改めて聞いたけど、そんなことは一言も聞かなかった」
「………ドゥンケル・ヘイト。闇を呼び込む者」

 すずかは紡ぐようにその名を口にした。

「私たちの一族の中でも、忌避すべき存在。時として世界に業をぶつける者たち」
「………」
「私ね、彼らの気持ちがよーくわかった」

 すずかはぎゅっと自分の体を抱きしめる。

「たぶん、こういう気持ちだったんだ………」
「すずか………」
「人が憎くて、世界が憎くて。全部、みんな憎くて憎くてたまらない。全部、全部壊してしまいたくなる」

 すずかの体が震え始める。

「心が、体がね。だんだん冷たくなるの。でも嫌な気分じゃない。むしろ気持ちがいい………」
「………」
「心の奥に溜まっていたものがみんな出て行く爽快感………。ああ、これなら世界なんてどうでもいいと思える快感………」

 すずかの声に、だんだんと狂気の色が見え始める。

「わかる? 気持ちいいんだよ!? みんなが傷つくことが! みんなが血を流すことが! 私には気持ちよくて仕方ないの! いけないってわかってても止められないの! だって気持ちいいんだもの! きっとみんなだってそう………」

 不意に、暖かなもので包み込まれた。

「すずか」
「ユー、ノくん?」

 ユーノは答えずに、ぎゅっとすずかの頭を抱きしめる。

「無理しなくて、いいんだよ」
「………無理なんてしてない。私は本当に」
「ならさ」

 すずかを抱きしめたまま、ユーノは問いかける。

「何ですごく痛そうな顔してるの?」
「………」
「確かに、すずかにとってそのことは気持ちいいのかもしれない。でも、瞳の奥がすごく痛そうで、悲しかった」

 すずか自身は気づかなかった、わずかな怯え。
 自身が変わってしまうかもしれないというかすかな恐怖を、ユーノは見逃さなかった。

「きっと今のすずかはこう考えてる。“私のせいで”」
「それは………」

 その通りだと言おうとしたが、ユーノに先回りされる。

「こうも考えてる。“私がいなければ”」
「………」
「“私がいなければ、アリサちゃんは怪我をしなかった”」

 それは、その通りだろう。
 自分さえいなければ、アリサは怪我をしなくてすんだ。

「その、通りだよ? 私さえいなければ」
「すずか」

 その先は言わせてもらえなかった。
 ユーノが痛いくらいにぎゅっと抱きしめたから。

「だめだ」
「………」
「たとえウソでも、そんなこと言っちゃダメだ」

 ユーノの声は静かだったが、痛いくらいに耳に刺さった。
 真剣に怒っていたから。

「なのは、フェイト、はやて、アリサ」

 友人たちの名だ。

「みんな、すずかと遊んでいるときすごく楽しそうだった」

 すずかは控えめな子だ。常に一歩引いた所からみんなについていく。
 だが、それは遠慮ではなく彼女の主張だとみんな知っている。
 何故なら、すずかはいつも楽しそうに笑っているから。
 みんなと一緒にいるのは楽しいと、心の底から教えてくれる笑顔で。
 だから、みんなも楽しんでいると、ユーノは知っていた。

「すずかがいなくなったら、みんな笑わなくなる」
「………」
「あの笑顔が、もう見れなくなる。それに」



 僕も悲しい。



「君の笑顔が見れなくなってしまうことが」
「ユーノくん………」
「だから、そんな悲しいこと言わないで。自分さえいなければなんて、そんなことは」

 ユーノは、すずかの頭をそっと撫でる。

「間違ったのなら、正せばいい。迷惑を掛けたと思ったら、謝ればいい。みんなならきっと許してくれるよ」
「………ユーノくん」

 すずかはぎゅっとユーノを抱きしめ返した。

「すずか?」
「痛いよ、ユーノくん」
「………?」
「強く、抱きしめすぎ」

 だから。

「泣いてもいいよね? こんなに痛いんだから、しょうがないよね?」
「………うん」

 ユーノはもう一度、ぎゅっと抱きしめる。
 その暖かさに心地よさを覚えながら。

 すずかは力の限り泣き叫んだ。





「………入るわよ?」

 一言と共に、遠慮がちに綺堂さくらが入ってきた。

「さくらさん?」
「どうしたんですか?」
「いや、どうしたというか………。さっき来たんだけど、どうしても入りづらくってさ」

 さくらは頭をかきながら、ユーノの胸元に目をやる。
 そこはすずかの涙でぐっしょりと濡れていた。

「あんな大声で泣かれると、こっちもどうしたらいいんだかわかんないよ」
「あははは………」

 すずかは照れたように笑って、隣で眠っている親友に目を向けた。
 親友は実に健やかな表情で、起きる気配がない。

「それで、すずか」

 さくらの声が、一気に真剣身を帯びた。

「………はい」
「あなたは闇を呼び込む者ドゥンケル・ヘイトになった。間違いないわね?」
「はい」

 しっかりとうなずいて、すずかは着ていた患者服の前をはだけ………。

「………ユーノくん、ちょっと向こう向いてもらっててもいいかな?」
「え、あ、あああ、はいっ。うんっ」

 先程までの冷静さはどこへやら。大慌てで向こうを向くユーノ。
 その様に苦笑しつつ、すずかは患者服をはだけて見せた。
 胸元に浮かぶ、黒い紋章のようなものをさくらに見せる。

「これが、その証拠です」
「………確かに。これが“ディーン・レブ”………」

 ディーン・レブとは、夜の一族たちの伝承にある闇を呼び込む者ドゥンケル・ヘイトの証。
 これを発現させたものは、なにひとつの例外なく闇に堕ちるといわれている。

「………ユーノくん」
「あ、はいっ」

 さくらに声をかけられ、危うく振り返りそうになるユーノ。

「これってさ、リンカーコアとか言うものによく似てるんだよね?」
「………はい。信じられないことに」

 ユーノはすずかの検査結果を思い出しながら緩やかにため息をついた。

「夜の一族がディーン・レブと呼ぶその紋章は、一種の結界のような効果があると判明しました」
「結界?」
「はい。刻み込むことで精神とリンクし、リンカーコアによく似た特性を発揮します」

 第一に魔力素の吸収。リンカーコアは空気中の魔力素を取り込んで魔力に換えるという器官だが、ディーン・レブにもその機能が存在すると見られる。
 第二に魔法の発動。

「魔法の発動?」
「はい。魔法というのはリンカーコア内で術式を構築して、そのまま展開するんです」
「術公式って、学校のような所で学ぶんじゃなかったっけ?」
「まあ、考えるのは頭だけどリンカーコアも精神とリンクしてるからね。実はその辺のことはこちらでもよくわかってないんだ」

 ともあれ、すずかが暴走したときも魔法によく似た効果が発現した。これはさくらにその時の映像を見せた結果、ディーン・レブの暴走であると判明した。

「一回だけだけど、私もディーン・レブの暴走に立ち会ったことがあるんだ」
「それで、その人は………?」
「…………」

 沈黙が答えになった。

「ともあれ、遺伝子の何らかの作用か、偶発的な原因か。紋章がすずかに刻み込まれ、それがディーン・レブになった、と」
「はい」

 すずかが患者服を着なおし、改めて振り返るユーノ。

「じゃあ、私も魔導師なのかな?」
「………それはどうだろう。検査の結果は、そのディーン・レブはあくまでリンカーコアによく似たものだということだし」
「どういうこと?」

 さくらの問いに、ユーノは首をすくめた。

「ある程度限定的な魔法しか発動できないそうです。すずかの場合は結界や補助、補佐的な効果のある魔法の発動は容易だけど、砲撃に関しては難しいとの事です」
「なるほどね………」

 さくらはうんとうなずいて、すずかに向き直る。

「すずか、ひとつ聞くわ」
「はい」
「あなたは、それをどうしたい?」

 それ、とすずかの胸元を指差すさくら。

「私としては、焼き潰してでも消しておきたいところだけど、すずかはどうしたい?」

 さくらの顔は真剣そのものだ。
 その脳裏には、すずかの知らない闇を呼び込む者ドゥンケル・ヘイトが浮かんでいるかもしれない。

「………私は」

 すずかは迷った。
 この力が危険なのは判る。
 さくらが潰したいといっているのも道理だろう。
 だが、わずかな迷いがあった。
 この力も、あるいは自分自身の心の形なのではないか、と。

「私は………」

 すずかはユーノのほうを見た。
 ユーノは黙ってうなずいてくれた。

「………さくらさん。私は、この力を消したくありません」
「………理由を聞きましょう」
「この力は危険なものです。でも、この力をなかったことにしてしまったら、私はアリサちゃんに謝ることができません」

 業は業として背負う。これがすずかの選択。

「私は、この力を私のためではなく、みんなのために使うことをお約束します」
「………そう」

 さくらは一度うなずいて、すずかの肩に手を置いた。

「あなたの好きになさいな、すずか。このことは一族には黙っておいてあげるから」
「さくらさん………。ありがとうございます」

 すずかは深々と頭を下げた。

「よかったね、すずか」

 ユーノも笑顔で言ってくれた。

「うん………。これも、ユーノくんのおかげだね」

 すずかははにかみながら、そういった。

「僕の?」
「うん。ユーノくんの」
「何かしたかな、僕?」
「何もしなかったかな?」
「それじゃあ、なんで?」

 ユーノは不思議そうな顔をして、すずかに問いかける。
 すずかは謎掛けのようなやり取りの後、人差し指を口に持っていってこう言った。

「それは秘密♪」





 暖かな光。それは不思議なあの人のものだった。
 優しい暖かさは、冷たくなりかけていた私の心をゆっくりと溶かしてくれた。
 穏やかな気持ちで、この冷たくて悲しい業を背負えるのは、きっとあの人のおかげ。
 あの人が笑顔でいてくれたから、私も笑顔になれた。
 あの人の顔を見つめながら、私は心の中でそっとつぶやいた。



 あなたのこと、好きになっちゃったよ。ユーノくん………。










―あとがき―
作者「甘―――――いっ!!! …………って言ってもらえるかしらん?」
ハルス「さあな」
作者「というわけでリーベ・エアツェールング 〜蒼蘭開花〜 をお送りしましたー」
ハルス「前の奴とは順序が逆だな」
作者「今回はアリサとすずかが魔法少女になるお話でもあるからな。構成上、すずかちゃんに対するアフターケアは必要だろう?」
ハルス「質問の答えになってねえよ」
作者「次はもちろん、燃えるあの子だ! というわけでお楽しみにー」
ハルス「久しぶりだとやっぱ疲れるぜ………」










ハルス「………ところでお前、ルナになんていったんだ? なんか最近視線が怖いんだが」
作者「んー? ただちょっと○○○シーンを書こうか? って言っただけ」
ハルス「それか原因はー!?」





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