撃たれた、と理解した瞬間身体が急に熱くなった。 身体が動かないが、聞こえると信じて声を送った。 今にして思えば、全て魔法のおかげだったんだろう。 想い人の講義を受けながら、彼女はそんなことをこっそり考える。 これでようやく、彼の隣に立てる。 すずかが楽しそうに笑う隣で、アリサはこっそりその様子を観察していた。 (すずか、もう大丈夫そうね) 実は割りと最初から目が覚めていたりするのだが、せっかくなので驚かせてやろうと思って眠っていた振りをしていたのだ。 だが、どうしても起きるタイミングを逸してしまい、現在も起きることができないでいた。 (う〜ん、どうしたもんかしら) ずいぶんと長く眠っていたので、残念ながら瞳を閉じていても眠くはならない。 かといって何の脈絡なく起きるのも尺だ。どうせなら驚かせてやりたい。 (でも………) 寝たふりを続行しながら、アリサは内心ほぞを噛んでいた。 (すずかの奴、ずいぶんうらやましい目にあってるじゃない………) ユーノに思いっきり抱きしめてもらっていた。 その上、すずかも思いっきり抱きしめていた。 親友とはいえ、これはちょっと許しがたい。 その上。 (あの顔は惚れた顔ね………) すずかはわずかに上気させた顔で、ユーノとの会話を楽しんでいる。 恋する乙女レーダーほど敏感なものはない。 アリサレーダーはすずかのことをクロだと断定していた。 (う〜〜〜〜〜っ!) あんなに楽しそうにユーノと話してるなんて〜! しかもユーノも楽しそうだし! ああ、さくらさんとか言う人もさりげなくすずかをフォローしてる! アリサが内心、強敵の出現に大焦りしていると。 (聞こえるかみんな) (うえっ!?) 唐突に脳内にフェイトの兄、クロノ・ハラオウンの声が聞こえてきた。 (今回の一件について、一応決着がついた。ブリーフィングルームまで来てくれ) (ブリーフィングルーム?) はて、一体どこだろう。 「ユーノくん、今の………」 「あ、すずかにも聞こえたんだ? それじゃあ、行こうか」 「え? 私には何も聞こえなかったんだけど?」 ユーノたちは、今のクロノの声を受けて医務室を立ち去ろうとする。 「ちょっと待って!」 アリサも慌てて立ち上がる。 さすがにこれ以上放って置かれるのはごめんだ。 「あたしも行くわよ!」 「アリサちゃん!? よかった、目が覚めたんだね………」 すずかが涙目で近づいて来るが、アリサはそれを押しとどめる。 「今の声、クロノさんでしょ? ブリーフィングルームってどこ?」 「それなら、僕が案内するけど………」 ユーノが不思議そうな顔をする。 「アリサにも聞こえたんだ、やっぱり」 「やっぱり?」 どういうことだろうか? 「とにかくさ、急ぎましょうよ。どういう風にこの事件がかたがついたのか早く知りたいし」 さくらの一言を受け、一行はブリーフィングルームへと急いだ。 「遅いぞ、ユーノ」 時空管理局L級艦船アースラ、そのブリーフィングルームには今回の誘拐事件に関わった人間のほか、フェイトと八神家一堂も集まっていた。 「三分の遅刻だ」 「いつ集合時間なんて決めたのさ!」 「他のみんなが集まってから、それだけたってるんだよ」 「ウッ。………すいませんでした」 「それはいいから、早く座ってちょうだい」 息子とその友人のやり取りを微笑ましそうに眺めていたリンディは、やんわりとそういった。 「すずか、平気なの?」 「大丈夫だよ、お姉ちゃん」 すずかはさくらと共に姉である忍の隣に座り、 「どう、調子は大丈夫?」 「ママ!?」 アリサは母である真夜が平然とこの場にいることに驚愕していた。 「どうしてこんな所にいるのよ!?」 「あら、失礼ね。この心配しない母がどこにいるって言うの?」 不機嫌そうに言って、アリサの頭に巻かれた包帯に触れる。 「………痛くない?」 「あ………」 その声に、本気の心配と不安が混じっているのがわかった。 だからアリサは、母の手を握ってしっかりと答える。 「うん、大丈夫。今は全然痛くないから」 「そう」 満足そうにうなずく真夜の隣にアリサが座ると、改めてリンディが口を開いた。 「さて、今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません。月村すずかさん、アリサ・バニングスさんの両名が巻き込まれた事件に進展があったからです」 「進展?」 巻き込まれたといえば巻き込まれた一般人、ハルス・ライ・スクライアが不思議そうな声を上げた。 「どういうことっすか?」 「今回は裏稼業の何でも屋がすずかちゃんとアリサちゃんを誘拐しようとして起きた事件なんですよね?」 なのはも不思議そうな顔をしている。 「ええ。それだけなら、何の不自由もなく終わったんだけど………」 「依頼した人間というのが、ミッドチルダに施設を持つ大規模な製薬会社だったのよ」 エイミィがモニターにその映像を出してみせる。 「詳しい業務内容なんか話してもしょうがないから省くけど、この会社はどこからか地球に暮らす夜の一族という種族の存在を知ったらしいのよ」 「な〜る。それで夜の一族を使って劇薬の実験なんかしようと思った。違う?」 忍がそう言うと、クロノがうなずいた。 「その通りです」 「でも、それのどこが進展になるの?」 真夜が不思議そうに首をかしげた。 確かにそれだけなら怪しい会社をひとつ摘発しただけだろうが。 「そこで私らの今回の仕事がかかってくるんです」 「実は、この製薬会社は以前から麻薬に類する薬品の製造を行っていて、管理局がマークしていたんです」 はやてとフェイトがうなずきあいながらしゃべる。 「これが中々尻尾をつかませない、いやらしい連中だったんですが………」 「そこへ来て今回の誘拐事件。管理局的には渡りに船って事か」 ハルスが納得いったというようにうなずいた。 「そんなわけで、管理局からお二人に感謝状を渡そうってことになったんです」 リンディがにこやかにそういった。 「そういわれてもねえ………」 アリサは難しい顔をして腕を組んだ。 「あたしたちにしてみれば、いきなり誘拐されただけなんだし………」 「感謝状、っていきなり言われても………」 困惑するすずか。 当然といえば当然だろう。アリサはともかく彼女の場合は犯人を殺しかけた上、なのはたちに怪我を負わせている(なのはには怪我を負わせてないが)。負い目があって当然だ。 「勝手ながら、褒賞の内容はこちらで決めさせてもらった」 「それにあたって、ひとつ確認したいことがあるの」 リンディはそういうと、エイミィに目配せをした。 「アリサちゃん、ちょっといいかな?」 「あ、はい」 エイミィに言われて、立ち上がるアリサ。 そのまま手を引かれて、何故かブリーフィングルームの外に連れて行かれた。 「あれ? エイミィさん?」 「艦長、準備いいですよ〜」 エイミィの一言と共に、ブリーフィングルームの扉が閉じられる。 「あの〜」 「ちょっとだけ待ってて。すぐにわかるからさ」 笑顔でエイミィ。 と。 (アリサちゃん。聞こえる〜?) 頭の中に聞こえてきたのは親友の声だ。 (なのは?) (あ、聞こえた聞こえた) (アリサ、私フェイトだよ〜) (ちょうずるいで、みんな。でも不思議な感じやな〜。こうしてアリサちゃんと念話が出来るなんて〜) 次々と聞こえてくる親友たちの声に、目を白黒させるアリサ。 (な、な、なによこれ〜!!) 混乱するのも無理はない。何しろ頭に響くような感じでみんなの声が聞こえるのだ。 「アリサちゃん、大丈夫?」 「な、なんなんですか今の………」 頭痛を抑えるようにアリサが涙目でエイミィに訴えかける。 「アハハ。ごめんね、いきなり。でもこうしないと意味ないからさ」 意味? 問いかけようとするが、それより早くエイミィはブリーフィングルームに舞い戻る。 「艦長、確認取れました。アリサちゃんにも念話は聞こえるみたいです」 「そう。わかったわ」 リンディは微笑むと、アリサとすずかを見据えてこういった。 「本日より、月村すずか、アリサ・バニングスの両名をアースラ所属の嘱託魔導師といたします」 …………………………。 「あのー………。どういう意味ですか?」 アリサがぼんやりと問いかける。 「つまり、これからはアリサちゃんも魔法を使いたい放題って事だよ」 エイミィが無責任な笑顔で説明する。 「エイミィ。その言い方は色々引っかかるぞ」 「ええと。アリサの世界には魔法がないのはいいよね?」 放置主義のエイミィに代わって、ユーノが説明を始める。 「うん」 「そういう世界に魔法を使える人間が滞在するには、色々と決まりごとを守らないといけないんだ」 魔法というものは、下手な銃器よりよほど危険な代物だ。 そのため、魔法の認知されていない世界に魔導師が滞在するには色々な手続きを踏まないとならないらしい。 だがその手続きはやたら煩雑な上、時間も長くかかってしまうため、アリサやすずかの生活にも支障が出てしまうかもしれない。 そのため、今回の事件解決の功労者ということで、アリサとすずかに嘱託の資格を与えてしまおうということになったらしい。 ………これがどれほどの裏技なのかは、楽しそうなリンディ、今にもため息つきそうなクロノ、そして呆れたような笑顔を浮かべるユーノを見れば一目瞭然だろう。 「なるほどね………」 アリサは納得したようにうなずいた。 「とまあ、以上が今回の伝達事項になります」 リンディはそう言って、ポンと手を叩いた。 「それでは解散。後は各自の自由行動とします」 「艦長、学生の旅行じゃないんですから………」 クロノはため息と共にそういうが、皆はもうすでに行動を開始していた。 はやては守護騎士のみんなとどこかへご飯を食べに行こうと話しているし、なのはは携帯電話を取り出してどこか――おそらく自分の家――に連絡している。 フェイトはフェイトでエイミィと話をしているし、すずかは忍たちと話し合っている。 (………どうしようかな) アリサは一人ぽつんと考える。 自由行動といわれても、正直困る。 母である真夜は真夜で、リンディと話を始めてしまうし。 (ん〜………) 別に友人たちと話してもいいが、どうせだったら………。 「ママ」 アリサは母のところに駆け寄った。 「ん? なに、アリサ」 「これからどうするの?」 「しばらくリンディさんとお話してるわ。あなたも好きになさい」 「うん。わかった」 アリサはうなずいて、彼の元に駆け寄る。 「ユーノ」 「ん、アリサ?」 彼は兄と共に部族に持ち帰るお土産の話をしていたようだ。 「どうしたの?」 不思議そうな彼の顔を見ながら、アリサは笑ってこう言った。 「私に魔法を教えてちょうだい!」 「魔法って言うのは術者の魔力を使用し「変化」「移動」「幻惑」のいずれかの作用を起こす事象のことなんだ」 ユーノに与えられた管理局の寮。さして広くもないそこで、アリサとユーノは二人っきりで授業を始めた。 「こういった作用を術者が望む効果が得られるように調節したり、そういう風に組み合わせた内容をプログラムっていって、準備されたプログラムは詠唱や集中なんかをトリガーに起動させるんだ。人によっては自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法だっていわれてる」 「それで、プログラムはどうやって組むの?」 アリサの問いに、ユーノは実際に式を空中に展開してみせる。 「これが僕の知ってる中で一番な簡単な防御術の公式」 「………なんか細かすぎてよくわかんないけど」 アリサは難しい顔をしながら、式の一点を指差す。 「この辺に数字みたいなのが見えるわね」 「うん。魔導の公式はアリサの世界で言うと理数系の学問らしいんだ」 なのはやフェイトが数学が得意なのはそのためか。 「………じゃあ、勉強が出来れば魔法が使えるの?」 「そこまで簡単だったら誰も苦労しないよ」 ユーノは笑って術式を消す。 「ハル兄さんやヴィータなんかは勉強が出来るようには見えないだろ?」 「………確かに」 二人には悪いが、勉強の出来るタイプには見えない。 「なのはなんかも、結構感覚で術式を編んだりするし、結局はその人のセンスしだいかな」 「ふーん………」 アリサは腕を組むが、そこへ逆にユーノから質問が来た。 「ところでさ、アリサ」 「なに?」 「なんで、アリサは魔法が使えるようになったの?」 ユーノの不思議そうな顔を見て、アリサは首をかしげた。 「うーん。あたしに言われてもわかんないわね」 「なにか、きっかけになるようなものは?」 「きっかけ、ねえ………」 アリサはしばし考え、胸元からペンダントを取り出す。 「これかしら、ひょっとして」 「それは………?」 ユーノが近づいてよく見る。 「さあ? ママがパパから貰ったものらしいけど」 「この石、なんだか不思議だね………」 ユーノが石を見つめながらつぶやく。 「見てると吸い込まれそうになるよ」 「それあたしも思ったわ」 ユーノも同じ事を考えてたのか、と思うと少しだけ愉快になった。 と。 (あれ?) よく見ると、なんだかユーノ位置が近いような。 (っていうか、マジで近い! うわどうしよう!?) 動揺を表に出さぬように、アリサはさりげなく座っているいすのふちを握り締める。 そもそもユーノの部屋を勉強場所に選んだのはアリサだ。 二人っきりになりたい、という下心もあったし、ユーノがどんな部屋で暮らしてるのかという興味もあったからだ。 だが、思った以上に危険な状態であるというのに今気がついた。 (うわ、うわ。ユーノの髪の毛がこんなに近くに………) きめ細かい、まるで女の子のような淡い色合いの髪の毛がさらさらと揺れる。 柔らかな匂いが、ふんわりと香る。 (………下手するとあたしよりいい匂いかも) なんとなく女の子として負けそうである。 ユーノはそんなアリサの気持ちもお構いなしに、胸元のペンダントに。 ………胸元? 「………ちょっと! いつまでじろじろ見てるのよ!」 アリサは慌てて大声を上げる。 「え? なにが?」 「いつまで人の胸元じっと見てるのかって聞いてんのよ」 顔を上げるユーノにジト目で言ってやる。 ユーノはまたペンダントに視線を戻して数秒。 「―――うわっ!?」 ようやく自分の行動を自覚したのか、慌てて後ずさりする。 アリサはすかさず胸を隠すように腕を交差させる。 「ごめん! でもわざとじゃ………!」 「…………」 疑うように視線をくれてやるが、実のところ少しも怒ってなかったりする。 (慌てるって事は、少しは意識してくれてるって事かしら?) 逆にそんなことを考えて嬉しかったりする。 「ホントごめん! お詫びなるするから………」 「お詫び?」 その一言に反応してみせると、ユーノはぱっと顔を明るくした。 「う、うん。僕に出来ることなら」 「う〜ん………」 もったいぶって唸った後、アリサはひとつの提案をした。 「それでなんでアクセサリー屋さん………?」 ユーノは呆然と、ミッドチルダにある一つのアクセサリー屋でつぶやいた。 「いいじゃない。あんた、今日一日は私に付き合ってくれるんでしょ?」 「そうだけど………」 「それに、こっちの世界のアクセサリーにも興味あったしね」 アリサはあのあと、ユーノを連れ出してミッドチルダを散策することにしたのだ。もちろん他のみんなには内緒で。 「うわ、これかわいい! どう、ユーノ?」 「あ、いいんじゃないかな」 試しに見つけた指輪をはめてユーノに見せてみるが、反応は薄い。 「じゃあ、これは?」 「かわいいと思うよ」 「これは?」 「似合ってるんじゃないかな?」 「………アンタ真剣に考えてるんでしょうね?」 ジト目で問うと、ユーノは慌てて首を振った。 「そ、そんなことはないよ!」 「どうだか」 フンと顔を背けると、一つのペンダントが目に入った。 「………」 「あ、アリサ〜」 情けない声を出すユーノは無視して、それを手に取る。 「フ〜ン………」 「アリサ?」 いぶかしげなユーノの不意をついて、それを首にかけてやる。 「えいっ!」 「うわっ!? ………なにこれ?」 一瞬首をすくめたユーノだが、すぐにアリサにかけられたペンダントに気がついた。 「いいでしょ?」 「いいと思うけど………」 「罰としてそれをつけてなさい!」 「罰って………」 ユーノは思わず苦笑し、アリサはそれに同調するように笑った。 「罰よ罰。それを見て私のセンスのよさに酔いしれなさい?」 そのペンダントは、銀の輪が交差する白い石でできていた。 今日は、ユーノと一緒にミッドチルダのクラナガンとか言う町を歩いた。 色々と海鳴市とは違って、結構面白かった。 ユーノは、たぶん今日のこれはデートだなんて微塵も思ってないんだろうな。 だって私もそういわなかったし。これはあの子へのフェアプレーのつもりだ。 でも、覚悟してなさいよ? ユーノを振り向かせるのは、あたしなんだからね! ―あとがき― 作者「うだー………」 ルナ「なんか伸びてるねー」 作者「な、難産だった………。思ったよりつらかったんだ………」 ルナ「そうなんだ。どの辺が?」 作者「いや、今回はもちっとラブコメっぽくしたかったんだが、うまくいったかどうか………」 ルナ「前回と比べると、アリサへのスポット率がおかしくない?」 作者「言わないでー! すずかちゃんはモロにお話の主軸に絡んできたから書けたけど、アリサちゃんはゲスト的な感じだったからなんだよ!」 ルナ「それで?」 作者「だからユーノとの絡みがうまくいかなかったというか………」 ルナ「いっそのこと事件は解決したことにしちゃって、ユーノとの魔法講義にだけスポット当てればいいのに」 作者「いや、それじゃあ読者がついてこれんだろ」 ルナ「いまさら何を言うのやら………」 作者「それでは残すところは後一人!」 ルナ「最後までお付き合いください」 二人「「それではー」」 ルナ「………でも外伝は書くんだよね」 作者「ひょっとしたら本編ももう一本書くかも」 ルナ「無計画だね」 作者「ほっとけ」 |