最近、少しだけ苦しい。 大切な親友が、あの人といると胸が苦しくなる。 親友は楽しそうだし、あの人も嬉しそうだから、私も嬉しいはずなのに。 何故だろう。 少しだけ、胸が苦しい。 PM七時。高町家食堂。 「…………」 いつもなら笑顔が絶えない高町家の食事風景が、ここ最近殺風景なものに成っていた。 「そ、そういえば、学校でこんなことがあったんだよー」 美由紀が笑顔で、学校で起こった出来事を話す。 だが、いささか顔が引きつっている。 「そ、そうかー。それは大変だったなー」 士郎も笑顔で何とか返すが、声が引きつっているのは隠しようがない。 「………」 「いやだ、美由紀ったら〜」 恭也は無言で夕飯を租借し、桃子だけは普段どおりに笑顔で話す。 カタン。 小さな音がして、なのはが席を立つ。 「な、なのは。夕飯のあとにデザートは………」 「ごめんね、お父さん。ちょっと食欲ないんだ………」 なのははそういうと、自分の部屋に戻っていった。 なのはがいなくなってしばらくして、その場にいる全員がつめていた息を一気に吐き出した。 「どうしたんだろ、なのはってば」 「最近、元気がなくてお父さんさびしい………」 美由紀と士郎ががっくり肩を落とす。 「何があったんだ、一体………」 朴念仁さでは定評のある恭也だったが、こういう感情の波には鋭いらしく、妹の不機嫌オーラをいち早く感づいていたりする。 「なのはったら………」 偉大な主婦、桃子でさえ末娘の様子に困惑しているようだった。 なのはがおかしくなったのは、アリサ・すずか誘拐事件の終了後からだった。 管理局に行って帰ってくると、大体何か思いつめたような表情で部屋にこもる。 この間、けして下には下りてこずご飯時だけ姿を見せる。 そして普段ならあんなことがあったよ、こんなことがあったんだ、と笑顔で話すのだが、ここ一週間ばかりは一切口を利かずご飯を食べ終えるとすぐに部屋にこもってしまう。 「何かあったのは確かなんだろうが、こう話もしてくれないとお手上げだな………」 恭也が天井を見つめて腕を組む。 少し前に、ご飯を呼びに行くついでに何があったのか聞こうとしたんだが、何もないよと笑ってごまかされてしまった。 「アリサちゃんとすずかちゃんのことで何か悩んでる、………ってそりゃないか」 美由紀は頭の後ろで腕を組んで、恭也を見る。 「すずかちゃんもアリサちゃんも、特に何もなかったんでしょ?」 「ああ。彼女たちも魔法が使えるようになったらしいこと以外は」 「そのことで悩んでるということはないのか? 彼女たちも巻き込んでしまったことに対する罪悪感とか」 末娘がかわいくて仕方ない士郎は、この世の終わりのような顔をして恭也に問い詰める。 「それはないだろ。彼女たちも嘱託の魔導師らしいが、実質上飾りのような物だって言ってたし」 恭也が首を振って否定する。 う〜ん、と唸る一同の中、桃子だけは大して困っていないのか食後の後片付けを始めてしまっていた。 「ほ〜ら、早く片付けないと大変なことになっちゃいますよ?」 「なのは〜」 さめざめと泣く士郎を部屋の隅に片しながら、桃子は着々と片づけを進める。 「ていうか、お母さんはなのはのこと心配じゃないの?」 桃子の手伝いをする美由紀が不振そうに問うと、桃子は笑顔で答えた。 「大丈夫よ、なのはなら。きっとそのうち自分で気がつくから♪」 なのはの異常は、仲間内にも知れ渡っていた。 「というわけでー。第一回なのはちゃん会議を行いたいと思いますー」 司会進行八神はやてで行われる、なのは会議の会場はハラオウン家だ。 「どうしてうちなんだ………」 「すみません、執務官。どうしても主はやてがここがよいと………」 渋い顔をするクロノに、シグナムが菓子折りでもって謝る。 「まずは意見交換からー」 クロノのことはとりあえず無視して、はやてはまずヴィータを指差す。 「ヴィータさんどうぞ」 「うん。この間、模擬戦闘訓練やったら、訓練室ごと吹き飛ばされた」 ヴィータがその時の様子を思い出して、体をガタガタ震わせる。 「いきなり“全力全開!”とか言って、スターライトブレイカー撃ってきやがった………。あれにチャージがかかるなんてウソだ………」 「次、フェイトちゃん」 はやてが指差すと、フェイトが疲れた表情で話した。 「二日前に武装犯の制圧任務を頼んだら、全員が例外なく病院送りになったよ」 始末書はフェイトが書かされたらしい。 「私に責任があるって事になってね………」 「そんで最後にクロノくん」 指名されたクロノも、やはり疲れた表情になった。 「君たちほどではないが、なのはに毎日詰め寄られてる」 「「…………」」 約二名の視線がいささかきつくなったような気がするが、それを無視して語る。 「毎日僕の所に来ては“ユーノくんはどこにいるの?”と聞いてくるんだ」 ユーノの直属の上司というわけでもないのに、とクロノがため息をつく。 何でもその聞き出し方が、借金返済を迫る悪徳金融のごとき迫力らしいのだ。 最近では胃薬がお友達らしい。 「とまあ。ことほど然様に各地に被害が出ているわけですがー………」 「原因はなんなんでしょうね………?」 シャマルが首を傾げると、はやてがチッチッチッと指を振る。 「甘いで、シャマル。まだまだ観察力が足りへんな」 「え? わかるんですか、はやてちゃん!?」 「スクライア、ですな」 シグナムがそういうと、はやてが親指を立てて腕を突き出した。 「正解や!」 「というかシグナム気づいてたんですか?」 「意外そうな顔をするな。これでも見るところは見ている」 フェイトの表情を受け、心外そうにシグナムは顔をしかめる。 「執務官の所に毎日のようにスクライアの行方を聞きにくるのだ。これでわからんほうがどうかしているだろう」 子犬ではなく、久しぶりに大型犬のほうで足を伸ばしていたザフィーラが呆れたようにつぶやいた。 「ニッブイやつー。そんなのあたしでもわかったのによー」 さらにヴィータまでダメ出しする。 「ガーン! ヴィータちゃんまで………」 わざわざ口で効果音出して、部屋の隅っこでのの字を書き始めるシャマル。 まあ、ほっといてもしばらくして復活するだろう。 「でさ。やっぱり理由はあの子達かね?」 こちらは人間形態でお茶を入れていたアルフが会議に参加し始める。 「うん。たぶん」 「アリサちゃんとすずかちゃんやね………」 はやてとフェイトは、最近いろんな意味で変わり始めた親友たちの様子を思い出していた。 まずはすずか。 医務室で何かあったのか、ここ最近ユーノの元へ足を運ぶ回数が増えていた。 本人曰く。 「面白い本を借りに行ってるんだ〜」 とのことだったが、明らかに時間がおかしい。 身近の司書に確認を取ったところ、 「長々と話をしてるだけらしいんだよね………」 フェイトはうっそりとつぶやいた。 「ほんでアリサちゃんは………」 こちらはすずかと違い、積極的にユーノの元へアタックを敢行しているらしい。 魔法講義を受けに行く、というのが一応の建前らしいが、 「ユーノに会いに行くのも楽しいしね」 と友人に話していた。 最近では稽古を一部キャンセルし始めたらしい。 「何で親御さんが許しとるのか不思議やで………」 はやてがうんざりとつぶやいた。 彼女もどこかでなのはの不機嫌オーラの被害にあっているのかもしれない。 「これを総合すると………」 結局会議に参加しているクロノが、まとめに入る。 「なのはの不機嫌を何とかするにはまずユーノを何とかする必要があるわけだが」 「下手に刺激したら爆発しそうやしな〜」 怖いのはそれだ。 ここでユーノに何かあれば、なのはは何らかの行動に出るだろう。 ぶつけられない怒りが、その分訓練室に向かうとか。あるいは部屋に引きこもって出てこなくなるとか。 それとなく確認した所、現在高町家でプチ引きこもり状態らしいし。 「でもよー。だったらなんでなのはの奴、ユーノに告白しないんだ?」 誰がどう見たって惚れているのは確かなのだから、ブッチャけたほうが楽になるのではないか? と考えるヴィータは短絡思考。 「それが、なのはには自覚がないらしいんだ………」 フェイトが以前確認したところ。 「ユーノくんは大切なお友達だよ?」 といわれてしまったのだ。 「説得力ないで、なのはちゃん………」 ただの友達に会いに行くだけなのに、なぜランランスキップで局内の廊下を歩かねばならないのか。 「なにはともわれ、このままでは彼女の周囲の業務が滞ってしまう可能性があるな………」 クロノはこの問題をある意味一番真剣に受け止めていた。 実際、今のなのはに任務を任せるのは危ないのだ。 フェイトの報告にあった犯人病院送りなどまだよいほうで、一番ひどかったのは保護対象の動物を間違って殺傷設定で撃ってしまったことだ。 幸い近くに腕利きの動物医がいたものの、最悪そのまま死亡していただろう。 現在なのはへの任務依頼はクロノの権限で押しとどめている。 が、それもそろそろつらくなってきた。 「何かよい方策はないものだろうか………」 みんなでう〜んと腕を組んでいると。 「大丈夫よ、そんなに悩まなくても」 人生経験豊富な提督、リンディが朗らかな笑みでリビングにやってきた。 「母さん?」 「なぜ大丈夫なんですか?」 クロノとフェイトが問うと、リンディは自分用のコーヒーを飲みながら答えた。 「なのはさんだって、そのうち自分で気づくわよ♪」 「きょ、今日はここまでにしておくか………」 「はい。ありがとうございます」 息も絶え絶えなハルスに、なのはが頭を下げた。 最近なのはは、ハルスに近接戦闘の教えを請うようになっていた。 先日の戦闘で自分と同じ長柄の武器であるゲシュペンストを見事に操っていたため、ひょっとしたら何かの参考になるのではないかと思ったのだ。 「やっぱり、レイジングハートは近接戦闘向きじゃありませんよね………」 「そ、そーね……。何しろそれは杖だからね、どつき合いには向かないさ………」 何とか息を整えようと、浅い呼吸を短いサイクルで繰り返すハルス。 比べてなのはが平然としているのは、単純に戦闘方法の違いからだ。 「でも、ハルスさん飛べないんですね………」 「まーなー。飛行ってのはランク的に換算すればBランクの技術だしな………」 なのはは空戦魔導師。当然近接戦闘は加速飛行魔法でのドッグファイトが中心になる。 対するハルスは陸戦魔導師。このタイプの魔導師は資質にもよるが、大抵は足に何らかの補助をつけて闘う。スケートローラーのようなものがわかりやすいか。 だが、ハルスの場合さらに前時代的な、自前の足の強化に頼っているのだ。 当然空を飛ぶよりもはるかに疲労は大きい。 「でもユーノくんは飛ぶのは簡単だって………」 「飛行魔法は魔法学院では必修だからな。そら才能のあるアイツにとっては簡単だろうさ」 だが、魔法学院に通うには最低でもBランクの魔導資質が必要なのだという。 「才能のある門に広く開かれた場所。それが魔法学院さ」 「そうですか………」 どこか浮かない様子のなのはに、ハルスはしばし考えてから声をかけた。 「なあ、なのはちゃん」 「? はい?」 「ユーノの奴と話はしたのかい?」 ユーノの名を聞き、なのははほんの一瞬だけ顔をしかめた。 「いいんですよ。きっと今頃はアリサちゃんの魔法講義で忙しいだろうから………」 ユーノに予定を聞いてた時、そういっていた。 「邪魔しちゃ悪いですから………」 そう言ってうつむくと、がっしりと頭を抑えられた。 「わ!? ちょ、ハルスさん!?」 「こんな話がある。俺の知り合いの話だ」 ハルスはなのはの声を無視して、しゃべり始めた。 「そいつは幼馴染の弟のような男の子が好きだった。この場合、LikeじゃなくてLoveな」 「………」 「でもそいつは自分より優秀なその男の子に引け目を感じてたから、結局告白はしなかった。自分が男の子より優秀になったら、って口癖のように言ってたな」 ハルスはつかんでいる腕にやや力を込めながら、話し続ける。 「ところがだ、その男の子はそいつのそばから離れて遠い場所で生活を始めた」 「え………?」 「ちょっとした事件があってな。その男の子が担当したものがいろんな所に散らばったんだ」 一泊置いて、ハルスは口を開く。 「当然そいつは男の子を引きとめようとした。でも強情な男の子は他のみんなの制止も振り切ってその石を探しにいっちまった」 ………どこかで、聞いたことのあるお話だ。 「それでもそいつは男の子を慕い続けた。超えるべき目標、壁みたいに捉えたままな。それで半年位して一度男の子が帰ってきたんだが」 何があったんだろう? 「男の子は、もう前のままじゃなかった。前を向けるようになり、もっと上を目指すようになっていた」 「………」 「そこに至って、そいつは自分の想いが紛い物に近いと気がついた」 「え………?」 「憧れと恋心、さらに劣等感がごっちゃになってたんだな。そいつは“優秀だけど前にはけして出てこない”そんな男の子のことが好きだったんだ」 それから、そいつはユーノのことを見るのをやめた。 「結局、自分の想いを告げることもなく、ただ自分の胸にしまったままな」 「………」 「言えば結果は違ったのかもしれない。なのに動こうとしなかった」 話が終わると、ハルスはなのはの頭から手をどけた。 「この話はこれで終わりだ」 「………なんで、そんな話を私に?」 なのはが問うと、ハルスは背を向けて歩き出した。 「さてね。今のお前を見てると急に柄にもない話がしたくなったんだよ」 それだけ言って、訓練室を出て行った。 告白しなかった、その人はどうなったんだろうか? そのあとなのはの頭の中にあったのはそのことだった。 呆然と訓練室の中心に立ったまま、なのはは考え続ける。 さっきの話の男の子とは、間違いなくユーノのことだろう。 つまりユーノに恋をしていた人の。 ズキン。 「―――っ!」 まただ。また胸が苦しくなった。 ユーノのことを考えると、たまに胸が苦しくなる。 特に、ユーノと誰か女の子が一緒にいると考えると。 ズキン。ズキン。 胸が、苦しくなる。 「―――なん、で?」 声を出して、自問自答する。 「何で、ユーノくんのことを考えると胸が痛くなるの?」 ユーノの笑顔が脳裏に浮かぶ。 「ユーノくんのことを考えると、胸が苦しくなる………」 ユーノと一緒に、すずかが話してるビジョンが浮かぶ。 ズキン。 「いや………。なんで?」 アリサとユーノが並んで歩いている。 ズキン。 「なんで………、こんなに………」 なのはは自分の胸を握り締める。 「苦しくて、切ないの………?」 何故か出てきた涙をぬぐわず、なのははそのまま地面にしゃがみこむ。 「ユーノくん………」 名をつぶやく。 自分にとって彼はなんだろう。 「ユーノくん………」 大切な友達? 背中を預けられるパートナー? それとも………。 「何で、ハルスさんは、あんな話………」 そうだ。なぜハルスはあんな話をしたのだろう。 「………」 別に今でなくても、次の機会でもよかったろう。 そう、まるで男の子に恋をしていた女の子は………。 「………そっか」 なのはは、つぶやいた。 男の子に恋をしていた女の子。それは今のなのはそっくりだったのだ。 男の子の優秀さに負い目を感じ、告白しなかった女の子と。 アリサやすずかに引け目を感じ、遠慮している自分。 なら、自分はユーノのことが? 「………ユーノくん」 もう一度、つぶやいてみる。 「ユーノくん」 魔法のような、彼の名を。 「ユーノくん、ユーノくん、ユーノくん」 飽きることなく何度でも。 「ユーノ、くん………」 本当は怖かった。 ユーノが自分を見なくなることが。 アリサやすずかといるユーノは楽しそうで、アリサやすずかも楽しそうだったから邪魔できなくて。 邪魔をしたら、なんだか嫌われそうで。 だから、言い訳を考えて遠慮していた。 「………あはっ」 なのはは、少しだけ笑った。 「私、ユーノくんのこと好きだったんだ」 こんなにも、彼のことを優先してしまうくらい。 「だから、遠慮してたんだ」 ユーノが楽しそうだったから。ただそれだけの理由で。 「…………」 ならば、このままでもよいのか? 「………やだよね」 いやだった。変わるのを恐れたまま、今の関係を維持し続けるのは。 だって、放っておいたらユーノは誰かのものになってしまう。 彼のことが、遠くなってしまう。 変わるの事を恐れて、結局ユーノを見れなくなってしまった女の子のように。 「―――よーしっ!」 なのはは勢いよく立ち上がって、自分の胸元に声をかける。 「いこっか! レイジングハート!」 《Yes》 なのはは、想い人の下へ駆け出していった。 ハルスさんのお話を聞いた後、私はユーノくんのところへ行った。 アリサちゃんの魔法講義の途中だったらしいけど、私は無理を言って講義を手伝った。 ユーノくんは少し嬉しそうだったけど、アリサちゃんは少し残念そうだった。 そうだよね。私、邪魔だよね。でもね。 ユーノくんは、渡さないんだから♪ ―あとがき― 作者「つ、つらい………」 ルナ「何がよ?」 作者「乙女の内面むつかしー………」 ルナ「何をいまさら」 作者「いや、思った以上に難題だったのよ。なのはがいかに恋心に気がつくか」 ルナ「ハルスが出てくるのは決まってたの?」 作者「うん。いちおー」 ルナ「………」 作者「それでは今回はこの辺でー」 ルナ「………またー」 ルナ「………ハルスにあの話させる必要あったの?」 作者「さあ?」 ルナ「…………(怒)」 |