2月13日。
 単なる平日であり、特に何か特別な行事が存在するわけではない。
 だが、一つの想いを胸に秘めた少女たちにとっては、間違いなく特別な日となる。

「「こんにちわー」」
「いらっしゃい、アリサちゃん、すずかちゃん」
「来たわよーなのは。絶対に負けないんだからね!!」
「私もだよ? なのはちゃん、かくごはいい?」
「もっちろん!! 絶対に負けないんだから!!」

 午後4時。
 高町家のキッチンでは、三人の少女たちが偉大なる主婦に教えを乞うていた。

「それじゃあ、はじめましょうか」
「「「はーい」」」

 チョコ特有の甘い香りが、キッチンの中に充満する。
 そう、明日はバレンタインデー。

「いい匂い〜。みんな気合入ってるねー」
「あ、お姉ちゃん」
「お邪魔してます、美由紀さん」
「はい、どうもー」
「調子はどうだ、すずか」
「あ、恭也さん」

 三人が懸命にチョコを作っていると、高町家の長男長女が様子を見に来た。

「あら、美由紀、恭也。フフフ、この子達なかなか筋がいいわよ。桃子さん、思わず張り切っちゃった」
「教える側が何をどう張り切るんだよ……」
「しっかしモテモテだねー、ユーノくんは」

 美由紀は、三人がチョコを作る様子を眺めながら、フェレットへの変身がなかなか愛らしい一人の少年の姿を思い浮かべた。

「ンフフー、恭ちゃん的にはどうなのさ。かわいい妹が惚れちゃってるあの子に対して、何か思うところはある?」
「特にないさ。なのはが自分で選んだ相手なら、間違いはないだろ」
「おおー、余裕だねー。まあ、三分の二の確立で義弟になるんだもんね」
「ちょっと、美由紀さん!」
「あはは。ごめんごめん」

 ひどい言い草に抗議してくるアリサに謝る美由紀。

「恭也さん、少し味を見てもらってもかまいませんか?」
「ん? ああ」

 すずかに言われ、ボウルの中に溶かされたチョコを一掬い舐める恭也。

「おかーさん、小麦粉どこだっけ?」
「はいはい。ここにあるわよ」

 ごそごそと棚をあさるなのはに、小麦粉の袋を差し出す桃子。
 非常にほのぼのとした空気が流れるキッチン。
 だが、そんな空気を共用できない一匹のバカ親が、天井裏・・・にいた。

「な、なのはがあのクソフェレットにチョコをぉぉおおお………」

 ぎりぎりと歯を食いしばる。

「そんなの許さん………。絶対に許さんぞぉぉおおお………!!」

 その瞳には、明らかにどっかいっちゃってる人の光が宿っていた。





 ピザ屋・バレンタインデーに惨状





 そして翌日。
 ユーノは自室でしばらくぶりにゆっくりとしていた。

「つ、つかれた………。クロノの奴、あんな殺人的な量の資料請求してくれなくても………」

 それでも律儀に探してしまうのは、悲しきスクライア一族の性か、あるいは極度のお人好しの性格ゆえか。

「ふう〜〜」

 大きく息を吐いて、ベッドの上に寝転がる。
 時刻は午後0時。

「ご飯どうしようかな………」

 本局の寮に一人暮らしをしているユーノは、基本的に自炊派である。
 元々一族で暮らしていた頃は、よくご飯当番とかで料理を作っていたのでそこそこ料理はできるほうだ。
 それでも、今は仕事疲れもあってかなりめんどくさい。

「食堂に行こう………」

 とりあえず財布をズボンのポケットにねじ込む。
 後は向こうで選べばいいだろう。
 と。

 ピンポーン。

「ん?」

 普段ほとんど鳴ることのないチャイムが鳴らされた。

「はーい? どなたですかー?」
『どうもー、ピザフィーラですー』

 ドア越しに声を上げると、かなりくぐもった声が聞こえる。

(ピザフィーラ? ピザ屋さんかな? でも頼んだ覚えはないし……)

 不審に思いながらも、本局内でそんなにひどいことはおこらないだろう、と考え扉を開ける。

 ガチャ。

「えっと、いくらです……か……」

 扉を開けた向こうに立っていたのは、

「どうも、ピザフィーラです」

 小太刀を構え、覆面を被った、どこかで見たことのある大男だった。

「日本刀をお届けにまいりました」
「は………?」

 そして凶刃が振り下ろされる。





 午後3時半、私立聖祥大付属小学校。

「それじゃあ、みんな」
「うん」
「抜け駆けはなしだからね」

 なのはとアリサとすずかが、真剣な顔でお互いを見る。

「今日はお稽古も塾もないから、まっすぐ家に帰る」

 なのはが、かばんを背負いなおす。

「午後4時に、みんな一緒にユーノくんにメールを送る」

 すずかが、あらかじめ作っておいた送信メールの内容を確認する。

「後は各自自宅で待機。どういう順番でユーノが回ろうと恨みっこなしね」

 アリサが最終確認をする。
 この三人、小さな頃からの親友で、いつも仲良し三人組で、何をするにも大体一緒だった。
 だというのに好きな人まで一緒になるとは、一体どういう皮肉だろうか。
 経緯自体はそれぞれ違うが、みんなが好きなのはユーノ・スクライア。
 三人がそれを自覚したとき少しだけ騒動になったが、その際に桃子とリンディが仲裁に入り、三人の間で淑女協定が結ばれた。
 抜け駆けはなし。ユーノと遊びに行くときはみんな一緒で。何かしらのイベントがあるときは三人で協議して、みんなが納得のいく形にする。という感じである。
 それは今回のバレンタインにおいても例外ではなく、三人は今日という日のために対抗・バレンタインデーなるルールを制定した。
 学校が終わった後、「ユーノくんへ。今日、ユーノくんに渡したいものがあります。何時でもいいのでうちに来てください」という内容のメールを、三人がまったく同じ時間にユーノに送る。
 その後、ユーノから連絡がない限り、ユーノに連絡してはならず、また外に出てユーノを探してはいけない。
 ユーノに想いをこめたチョコを送れるだけではなく、ユーノに選択権をゆだねることで、己の現時点でのユーノの中での位置も確認できるという、ハラハライベントである。

「マイスターマイスター。なのはさんたちはなんであんなに真剣なんですか?」
「それはなリイン。今日が乙女の日やからよ」
「乙女の日?」
「そう。大事な日だからなんだよ」

 はやてとフェイトは、こっちはこっちで激しく火花を散らしていたりする。
 乙女の、乙女による、乙女のための聖戦が、今幕を下ろそうとしていた。





 同時刻、アースラ。

「艦長ー。異常ありませんー」

 任務を終え、久しぶりに本局に戻ってきたアースラは、緩やかなムードに包まれていた。

「そう。ごくろうさま、エイミィ。みんなももう少しがんばってね。もうすぐ本局入りだから、そうしたら半舷休息よ」

 はーい、とまばらに声が上がる。
 その気の緩みっぷりを見て、クロノが眉をしかめる。

「艦長。いくらなんでもこの気の緩み方はいけません。もう少ししっかりするように言ってください」
「あら、いいじゃないの。今回の任務は比較的穏便に終わったことだし」

 ユーノに請求した資料のおかげで、ずいぶんと楽に終わったのだ。

「それでもです。もし仮に本局から緊急コールがかかったりしたらどうするんですか」
「クロノくん考えすぎだよー。本局からの緊急コールなんて早々かかるわけが………」
「艦長! 本局から緊急コールです!」
「うそっ!?」

 一瞬でアースラが緊張に包まれる。

「内容は!?」
「通信管制室からの緊急通信です!」
「正面モニターに回して!」
「映像、出ます!」

 空間モニターに移ったのは、毎回膨大な資料請求で忙殺している一人の少年司書だった。

『ああ! よかった、アースラで………』
「ユーノくん? どうしたの、緊急回線なんか使って」
『すいません………。ちょっと、異常事態が発生してしまいまして………』
「異常事態?」

 ユーノは一瞬ためらった後、大声で叫んだ。

『ピザ屋に襲われてるんです!!』

 …………場の空気が、一気に凍った。

「………すまない。なんだって?」
『だからピザ屋に襲われてるんだってば!!』
「………………悪い、ユーノ。いつもとんでもない量の仕事を押し付けてしまって。今度からはちゃんと量を考えて頼むことにするよ」
『ちょっと待って!? なんでそんな哀れなものを見るような目で僕を見るの!? エイミィさんも!! ハンカチ片手に目をぬぐわないでください!!』
「それはともかく。ユーノくん、一体どういうことなの?」

 場の空気が妙な方向に傾きかけるのを、リンディが修正する。

『僕にもよくわからなくて………。いきなりピザ屋を名乗る覆面大男が僕に襲い掛かってきて、その後何とか武装隊常駐室に逃げ込んだのはいいんですけど、武装局員の皆さんも歯が立たなくて………。時間を稼いでいてくれてる間にこの通信管制室に逃げ込んで』
「緊急回線を開いた、と」
『うん………』

 ユーノがしょんぼりうなずくと、その後方、扉のある方向からとんでもない轟音が響き始めた。

『うわっ!? もう来た!?』
「ユーノ?」
『来るな! こないでくれぇええええ!!』
『ゴアァアアアアアアアアア!!!』

 ………それで、通信は途絶した。

「………なにはともあれ、ユーノが何者かに襲われてるのは確かなようですね」
「そうね。エイミィ、本局に通信。できる限りの現状の情報をお願い」
「了解!」
「さて。少し急ぐとしましょうか」

 リンディのつぶやきと同時に、アースラの航行速度が上がった。





 午後6時。

「…………」

 時計の針が動く音が、やけに大きく聞こえる。

「………遅いわね」

 アリサは自宅のリビングでそうつぶやいた。
 メールを送ったのは今から二時間前。
 ユーノのことだから、暇さえあればすぐに来てくれるはずだ。
 もし暇がなければ必ず連絡が来るはずである。
 だというのにこの遅さはどうだろう。

「まさか………」

 なのはか、すずかか。どちらでもかまわないが、自宅に引き止めて、イロイロやっているのではないだろうか。

「まさかね……そんなわけないわよね……」

 ぶつぶつつぶやきながら、携帯を手に取りすずかに電話をする。
 はたして、すずかは一コールで出てくれた。

『あ、アリサちゃん?』
「すずか? あのさぁ……」
『ユーノくん、まだそっちにいってない?』
「へ?」

 自分が聞かんとしていた事を、先回りして聞かれてしまった。

「っていうことはなに? アンタのとこにもユーノ行ってないわけ?」
『うん………』

 おかしい。いくらなんでもこれはおかしい。
 メールが送られたことは、送った直後に互いに確認している。
 本局にいるユーノにも届くように、わざわざハラオウン家にある転送ポートを経由してもらっているのだ。届かないはずはない。

「まさか、なのはのうちで足止め食ってるんじゃないでしょうね………」
『う〜ん、ちょっとまってね』

 そういうとすずかはいったん電話を保留した。
 五分ほどたって、再びすずかが電話に出る。

『お姉ちゃんに確認してもらったけど、なのはちゃんのところにも来てないんだって』
「マジ? どうなってんのよ」

 アリサは思わず天井を見上げてしまった。
 あのフェレットもどき、まさか乙女の一大イベントをシカトするつもりなのだろうか。

『それでね、なのはちゃんが言うには、管理局とも連絡が取れないんだって』
「え? なにそれ、どういうことよ!?」

 すずかの衝撃の告白に、アリサは声を上げる。
 なんでも、ユーノの遅さに業を煮やしたなのはが、あとでアリサたちにしかられるのを覚悟で本局のユーノと連絡を取ろうとしたところ、どうしたことか念話がつながらなかったのだという。

「なのはの奴………って、それはいいわね。むしろ問題は………」
『うん。本局と連絡が取れないってことだね』

 うなずいたアリサは、早速行動を起こすことにした。

「しかたないわ。フェイトのうちにいってみましょう。何かトラぶってるんならまずあそこだし」
『うん。それじゃあ、後でね』

 すずかとの連絡を断った後、アリサは手早く支度をして、首に金環の交差した黒い石のペンダントをかける。

「まったく。あのフェレットもどき、これでたいした用事じゃなかったら燃やしてやるんだから」





 同時刻、海鳴市臨海公園。

「恭ちゃん! いた!?」
「いや。心当たりはこれで全部だな」

 恭也と美由紀は、突然いなくなった父の姿を探していた。
 朝起きて、鍛錬に付き合ってもらおうと思ったら寝床はもぬけの殻。
 いやな予感がしたので押入れを開けてみると、父の分の御神流の全装備が消えていた。

「まさか昨日のアレ………」
「ああ、確実に見られてたな」

 こうしちゃいられんと、恭也と美由紀は二人で手分けして士郎の姿を探した。
 しかし、町のどこを探しても見当たらず、ノエルにも協力を仰いだというのにいまだ連絡はない。
 ノエルはああ見えて、忍付きの護衛でもあるのだ。そんな彼女の目だけでなく、こちらの目もかいくぐるとなると、もうこの町にはいないということになる。

「まさか………」

 一つの予想が浮かんだ瞬間、ポケットの携帯が鳴る。

「はい、恭也です」
『恭也ー? 私ー』
「忍?」

 電話の向こうから聞こえてきたのは、待ち人の声じゃなかった。

「すまん。今日はちょっと忙しくてそっちにいけそうにない」
『んー、いいわよ別に。今夜一晩付き合ってくれたらね♪』
「なに?」

 もっと駄々こねてすねるもんかと思ったら、存外簡単に引き下がる。
 と、恭也は忍の向こうから低いエンジン音が聞こえるのに気がついた。

「今車に乗ってるのか?」
『そー。すずかに頼まれてね』
「すずかに?」
『うん。というわけで恭也、今からフェイトちゃんのうちに来て。たぶん、恭也たちにも関係あることだからさ』



 ノエルが運転する車に乗った忍と合流したのは、ハラオウン家の住むマンションのエントランスホールだった。

「それで? 俺たちにも関係あるってのはどういうことだ?」
「士郎さん、いなくなったんでしょ?」

 ノエルから聞いたのだろう。

「ああ」
「というか、忍さん。なんですずかちゃんが呼んだのに、フェイトちゃんのうちに来るんですか?」

 美由紀の疑問ももっともだろう。

「それはすぐにわかるわよ♪」

 忍はそれだけ言って、さっさとハラオウン家のドアを叩く。

「………忍の奴、嬉しそうだな。ノエル、どういうことだ」
「………すぐにわかります」
「あ、お姉ちゃん」

 応対に出たのはすずかだった。

「早かったね」
「そりゃあもう! 例の物がいじれるんなら、光より早く来ちゃうわよ!」
「例の物?」

 すずかに先導されながらハラオウン家に招かれた恭也たちがまず見たのは、ふすまの奥のほうで煙を吹く機械と、それを泣きながら修理しているフェイトとアルフだった。

「………なんだこれは」
「あ、お兄ちゃんにお姉ちゃん。どうしたの?」
「忍さんに連れてこられて………。ところでなのは、あの機械はなに? また魔法関係のもの?」
「あ、そうだ! お姉ちゃん聞いてよ!」

 珍しく憤慨するなのは。
 その話によると、あれは本局という所につながっている転送ポートというものらしく、なんでも士郎がこれを使って本局に言った後、爆発したのだとか。

「『ユーノくんに会いに行くから使わせてくれ』って言った後、転送の瞬間に爆弾なんか仕掛けていったんだって!」
「父さん………」
「お父さん………」

 高町兄妹がしょんぼり肩を落とす。

「ごめんよフェイト〜。こんなこと手伝わせちゃって………」
「ううん。それはいいの。それはいいんだけど、これは………(泣)」

 必死になって修理しようとしているが、どうもこういうのは専門外らしく悪戦苦闘しているのがよくわかる。

「それで忍なのか」
「それじゃあ、フェイトちゃん。ちょぉぉぉぉっとこれ見せてもらってもいいかな〜?」

 明らかに喜色満面とわかる声で、忍が工具片手にフェイトいや機械ににじり寄る。

「あ。は、はい………」

 フェイトは軽く怯えながらも、忍のために場所を空ける。

「ムフフフフ………」
「ねえ、すずか。頼んだあたしが言うのもなんだけどさ、あの人に任せて大丈夫なのかい?」
「おおむね大丈夫です」
「ご安心ください、アルフ様。忍お嬢様の暴走を止めるために私もいますから」

 そういうとノエルは忍の監視、もとい手伝いのため忍の横に立つ。

「それにしても父さん………」

 恭也は頭を抱える。
 憎き怨敵倒すためにわざわざ次元を超えるとは。一体どこの悪役だ。

「いくらなんでもこれは予想外だったねぇ………」
「ああ。やってせいぜい待ち伏せくらいだと思っていたんだが………」
「あの、まさか士郎おじ様………」

 アリサが不安そうに聞いてくる。
 恭也は気の毒だと思ったが、事実をそのまま告げる。

「たぶん、ユーノのところにいるはずだ」
「お父さん………」

 なのはががっくり肩を落とす。

「ごめんね、なのは。私たちがもっとちゃんと監視してればよかったよ………」
「君たちもすまない。うちの父さんが迷惑をかけてしまった」

 恭也と美由紀がその場にいるみんなに頭を下げる。

「お姉ちゃん頭上げて。悪いのはお父さんなんだから………」
「そうですよ。恭也さんがわざわざ頭を下げる必要は………」
「士郎おじ様は後でとっちめるとしても、恭也さんたちは悪くないんですから」

 恭也たちが頭を上げると、隅っこのほうにうずくまっていたはやてが頭を振りながら顔を上げた。

「あかんわ。ぜんぜんつながらへん………って、恭也さんに美由紀さん? いつからおったんですか?」
「ついさっきだよ」
「ところで君はさっきから何をやっているんだ?」
「本局にいるザフィーラとシャマルに連絡しようと思うたんですけど、つながらへんのです。おかしいなぁ」

 ひたすら首をひねるはやてだが、恭也と美由紀はそれを聞いて戦慄した。

「まさかお父さん、向こうで暴れてたりするんじゃ………」
「それはないと思いたいが、いやしかし………」

 そうこうする内に、忍がこっちに戻ってきた。

「あ、お姉ちゃん。修理できそう?」
「うん。材料は十分あるし、基本的に機械だからね」

 平然と言ってのける。

「すごい………。私なんて、配線のつなぎ方すらわからないのに………」
「あー、忍さんって、メカオタクだから」
「みんなも急ぐだろうし、一回だけの使用に耐えられるレベルなら、修理時間は3時間ちょいってところかな」
「3時間か………」

 うなった恭也は美由紀に声をかける。

「美由紀。いったんうちに戻ろう」
「オッケー」
「お兄ちゃん?」

 なのはが不思議そうに声をかけると、恭也は振り向いた。

「一応、俺たちも行く。御神流が魔法にどこまで通用するかわからないが、父さんはある意味規格外だからな」
「私たちも手伝うから、その準備」

 言ってそのままうちに向かって駆け出す。

「実際のところさ。お父さんどのくらい暴れてると思う?」
「向こうと通信がつながらないというのが気になる。ひょっとしたら………」
「ひょっとしたら?」
「父さん、ピザ屋になっているかもしれない」





午後10時、本局通路。

「鋼のくびきッ!!」

 ザフィーラの叫びに呼応して、数十からなる白いくびきが通路に縦横無尽に生える。

「これでどれだけ持つ?」

 ザフィーラの隣に立つクロノが、注意深くくびきの向こうを見据えながら尋ねる。

「わからん。数分も稼げれば正直良いほうではないだろうか」
「まったく。一体何者なんだあいつは?」

 アースラが本局にドッグ入りした時、本局はまるで戦場だった。
 武装隊が忙しく駆け回り、通路の壁は魔力砲撃のせいでいたる所が焦げ、そこかしこの装甲が剥げかかっていた。
 さらに驚愕するべきことに、これらの事態を引き起こしたのがたった一人の人間だというのだ。
 クロノは、その報告を聞いたとき、自分の耳ではなく頭を疑いたくなった。
 だが、実際相対してみればいやでもわかった。
 相手の武装は、日本刀の一種類である小太刀が二本。細長い鉄製の棒型手裏剣。そして頑丈なワイヤー。これだけだ。
 防具のようなものも装備しているが、武器らしいものはこれ以外使っている様子はない。
 だが、たったこれだけの装備で局に常駐している武装局員を退け、たまたま局にいた執務官たちを叩きのめし、時空管理局の本局を混乱に陥れているのだ。
 正直、アレの存在自体理解に苦しむ。
 理解に苦しむといえば、アレが狙っているのはユーノただ一人。
 それ以外に負傷したものもいるが、それは皆ユーノをかばったり、アレを捕縛しようとしたりしたものだけだ。
 あれだけの戦闘力を持ちながら、なぜ戦闘力皆無の司書だけを狙うのか。
 まったく持って意味不明の存在だった。

「そのユーノにしろ、この混乱のドサクサで行方不明になってるしな」
「むしろ好都合だろう。アレがスクライアだけを狙っているのなら、スクライアの居場所がわかっているのは彼の命の危険につながる」
「わかってるよ。それでも愚痴りたくはなる」

 バキバキと破壊されていくくびきを見据えながら、クロノは愛杖を握りなおす。

「こんな化け物を相手にしているんだからな………!」
「グァアアアアアアアア!!」

 正面からつっこんでくるバケモノ不審人物に、S2Uを向ける。

「スティンガースナイプ!!」

 青い閃光は、まっすぐ進むがあっさりかわされる。

「オオオォォッ!!」

 ザフィーラが進み、バケモノ不審人物に組み付く。

「ガァアアアアアア!!」
「うおぉおおおおお!!」

 ザフィーラの足元がへこむ。
 戦艦の装甲板と同じ材質が採用されてる床をへこますなんて、どんな腕力だ。

「コントロール………」

 その間に、クロノは当て損ねたスナイプをコントロール。
 バケモノ不審人物の背後に当たるように制御する。

「ザフィーラ!!」
「応ッ!!」

 クロノの掛け声にあわせて、ザフィーラが下がる。
 バケモノ不審人物はバランスを崩し、スナイプにあたる。
 と、見えた瞬間その姿が掻き消える。

「っ!!」
「またか!!」

 慌てて周囲を見回すが、どこにもいない。

「がはっ!!」
「!?」

 ザフィーラの声に振り向けば、彼の喉に細い棒のようなものが刺さっていた。

「上か!!」

 即座に判断。そちらを見ずにスナイプを天井付近に制御。
 カキンと音がして、バケモノ不審人物が降ってくる。

「ちいっ!」

 一番厄介なのが、この瞬間移動だ。
 何の魔力反応もないはずなのにいきなり視界から消え、そしてこちらの死角から攻撃してくるのだ。

「ザフィーラ!! 大丈夫か!?」
『ああ。動く分には問題ないが、声がでない………』

 声をかけると、念話で帰ってきた。

(マズい………!!)

 声が出ないということは、トリガーヴォイスをつむげないということだ。
 デバイスがあるなら、それに頼ることもできるが、ザフィーラのような使い魔にとって声が出せないのは決定的なマイナスになる。

(どうする………?)
「クロノッ!!」

 思案していると、いきなり声をかけられた。
 今一番聞きたくない声が。

「なっ………!?」
「!!」

 後ろを振り向くと、通路の向こうのほうにユーノの姿があった。

「ば、バカ!! 何で出てき」
『執務官!!』

 ザフィーラに弾き飛ばされると、今まで立っていた空間をバケモノ不審人物が通っていった。

「くそ、最悪だ。あのフェレットもどき………!!」

 すぐさまバケモノ不審人物を飛行魔法で追いかける。
 素の足だけでもすさまじく速いのだ。あのバケモノ不審人物は。

「何で出てきたんだ、アイツは!!」
『わからん。スクライアのことだから、何の勝算もなく出てきたということはないだろうが………』

 ザフィーラも不可解そうな念話をよこす。

 やがて二人は、ある訓練室の中に入る化け物の姿を捉えた。

『あそこは………?』
「大隊用訓練室だ」

 文字通り、大部隊による訓練に使用される部屋だ。
 目立った遮蔽物がないので、時折なのはが射撃訓練に使ったりするのだが。

「あいつ相手には自殺行為だぞ!!」

 クロノでさえ、奴の行動が制限される狭い通路でやっと互角だったのだ。
 ここでならユーノは瞬殺だろう。
 部屋に入ると、中央にまるで立ち向かうように仁王立ちになるユーノの姿と、それに向かって走っていくバケモノ不審人物の姿が見えた。

「ちっ!! ユーノ!! 転移して逃げろ!!」

 最後の時間稼ぎのために、クロノはバケモノ不審人物の背後に向かってブレイズキャノンを撃とうとするが、その瞬間にバケモノ不審人物は消えた。

「ユ……!」

 ガキィイン!!

 しかし次の瞬間、聞こえてきたのはユーノの叫び声ではなく、

「………!!」
「もういい加減に終わりだぞ、父さん………!!」

 刀によるつばぜり合いの音だった。

「な………?」
『執務官、あれを!』

 ザフィーラの言うとおりに目を向けると、ユーノがはやてになっていく所だった。

「変身魔法………?」
「その通り」

 声に振り向くと、そこには眼鏡をはずした高町美由紀が立っていた。

「美由紀さん? なぜここに?」
「なぜって聞かれれば、身内の後始末のためかな」

 そう言って苦笑すると、美由紀はバケモノ不審人物とつばぜり合いを演じる恭也を助けに走っていく。

「恭ちゃんそのまま!!」
「無茶言うな!!」

 恭也は叫んで、しかし美由紀の言うとおりバケモノ不審人物との死闘を演じる。

「くらいなさい!! 射抜ィイッ!!」

 瞬速の五連突が繰り出されるが、バケモノ不審人物は瞬間移動で回避。

「逃がさん!!」

 ほぼ同時に恭也も消え、バケモノ不審人物の足止めをする。
 さらに、バケモノ不審人物は瞬間移動で逃げようとするが。

「フェイトちゃん!!」
「ハァアアア!!」

 美由紀の合図で飛び出してきたフェイトによって阻まれることとなった。

「一体どうなっているんだ………」
「あれ、なんでも士郎さんなんだそうよ」

 呆然とぼやくと、今度はバリアジャケットを着たアリサが横に立っていた。
 すでにその髪の色は紅蓮になり、全身から魔力がみなぎっている。

「士郎さん? あれが?」

 アリサの出現より、むしろバケモノ不審人物の正体に驚いて問いただす。

「うん。昔、お仕事の関係で桃子さんが狙われたことがあって、そのときにあんな感じの覆面被って大暴れしたんだって。その時以来、あの格好した士郎さんは化け物みたいな強さで周りを巻き込んで暴れるんですって」

 なんともはた迷惑な話だ。

「それで、君たちはどうやってアレを止めるんだ?」

 あくまで士郎を人扱いしないクロノに、アリサは笑って答えた。

「もちろん、力尽くよ」

 顔を上げると、そこにはエクセリオンモードを起動したなのはと、漆黒の羽を生やしたすずかが飛んでいた。

「まずは私が仕掛けるから、後はよろしくねっ!」
「うん!」
「わかった! 気をつけてね!」
「モチッ!」

 双翼を燃やし、アリサが駆けていく。

「恭也さん、美由紀さん、フェイト!!」
「! 美由紀!!」
「あいさっ!」

 恭也と美由紀はすばやく懐からワイヤー――御神流の武器、鋼糸――を取り出し、士郎に巻きつける。

「ゴァアアア!!」

 しかし士郎は力尽くでそれを破る。

「一番頑丈な鋼糸なのに………!!」
「我が父ながら呆れた力だな………」

 そのまま瞬間移動――御神流の歩法の奥義、神速――で逃げようとするが、フェイトがそれをさせない。

「いかせません………!!」
「ウガァアアアア!!」

 士郎の力任せの一撃が、フェイトの顔にヒットする。

「あんた! フェイトの顔に何してんのよぉおおおお!!」

 だが、今度は逃げるより早くアリサが仕掛けてくる。

「でぇええええい!!」

 そのまま流れるように拳や蹴りを連続で叩き込んでゆく。

「これでぇええええ、フィニッシュ!!」

 そのまま、思いっきりアッパーカットを叩き込む。

「ガッハァアアア!?」
「すずか!!」

 アリサが声をかけると、すずかが微笑んだ。

「いくら士郎さんでも、空中じゃ動けませんよね?」

 そして真剣な顔つきで、自身の周囲に術式を展開する。

「ディーン・レブ、フルドライブ………」

 やがて、術式をめぐる魔力は一転に集中する。

「廻る因果の果てに、滅びの光を………。アキシオン・バスター!!」

 穿たれた魔力光は、狙いたがわず士郎の身体にヒットした。

「グッ!?」
「ブレイク!!」

 すずかが指を鳴らすと同時に、こめられた魔力が全方位に広がる。

「ッハァアアアア!?」
「なのはちゃん!!」

 そして飛ばされていくその先には。

「お父さんの………」

 空間いっぱいに広がった魔力を一転に収束し、その大きさを優に直径5mに成長させたスフィアを構えるなのはの姿が。

《Starlight Breaker》
「バカ―――――――――ッ!!!!」

 全開に発揮された砲撃は、士郎の姿を真芯で捕らえ、

「――――――っ!!!!????」

 叫ぶ間も与えず消し飛ばした。



「やれやれ、やっと捕まった………」

 結局演習場の端まで吹き飛ばされた士郎は、回収された後恭也と美由紀が手持ちの鋼糸を全て使って厳重に縛り上げた。
 さすがに、これならもう引きちぎることはできまい。

「まったくもう。士郎さんにも困ったものねぇ」

 身元引取り人ということで管理局にやってきた桃子は、すっかり黒焦げの士郎を見るなりそうつぶやいた。
 ぱっと見は穏やかに見えるが、その背後の空気がゆがんで見える。
 どうやら、相当お怒りの様子だ。

「では士郎さんのことはお任せします」
「あら、いいのクロノくん? この人、もう立派な犯罪者だと思うんだけど」
「いや、それでも一応知人の親御さんですから。なのはを犯罪者の子にしたくありませんし(………どっちかというと、桃子さんに預けたほうがよさそうだし)」

 クロノの内心は、みんなの心の声でもあった。

「さて、後は事後処理だな………」
「あー!?」

 クロノがこの場を締めようとすると、美由紀がいきなり素っ頓狂な声を上げた。

「な、なんだ美由紀? いきなり大声を上げて」
「な、なのは! それからみんな! こっちにチョコ持ってきてる!?」

 チョコ?

「持ってきてないけど………」
「バレンタインデー終わっちゃう!!」

 そう言って、美由紀が見せた時計の文字盤は午後11時。

「「「「「あ――――――――っ!!!???」」」」」

 すっかり忘れていたが、そういえば今日はそういう日だった。

「どどどど、どうしよう!? 今からうちに取りに戻って間に合うかな!?」
「だめよっ!! フェイトとなのはは間に合うかもしれないけど、私たちは往復だけで時間いっぱいになっちゃう!!」
「それでなくても、家にあるトランスポーターの修理がまだだから、こっちに来れないよ!?」
「そ、そうだ!! シャマルさんって、確か小さなものならどこからでも取り寄せられる魔法が使えたはず!!」
「旅の鏡やな!! よっしゃ、ザフィーラ!! 速攻でシャマルを」
「無理です。怪我人の治療だけで手一杯でしょう」

 まさしく絶望的。
 奇しくも士郎の目的である、「ユーノへのチョコ贈与阻止」は成功したわけだが、そんなこと誰も気がつかない。

「大丈夫よ、みんな!」

 そこで、偉大な主婦が自信満々の声を上げた。

「桃子さんに任せておきなさい!!」





「ユーノ。もう出てきて良いぞ」
「あ、はい」

 恭也に言われ、倉庫の片隅にあるコンテナから顔を出すユーノ。
 彼はこちらに来た恭也たちに真っ先に発見され、今の今までコンテナの中に詰め込まれていたのだ。

「それにしても、アレが士郎さんだったなんて………」
「俺もいまだに信じられん。人間あそこまで壊れることができるんだな………」

 壊れるというか、どこかに到達したというほうが正しいだろう、あの場合。

「………ユーノ」
「はい?」

 部屋に戻る道すがら、恭也はユーノに一本のビンを手渡した。

「これから必要になるだろうからな。飲んでおけ」
「何ですか、これ?」

『滋養強壮剤 リポビタンS』

「栄養ドリンク?」

 なんでこんなものなんか。

「それじゃあ、俺はもう行くから」
「あ、はい。今日はありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げると、恭也は軽く手を振ってそのまま立ち去っていった。

「………どうせこれから残業だろうし、今飲んでおこ」

 ビンのふたを開け、そのまま中身をあおる。
 ………マズイ。

「まあ、栄養ドリンクっておいしいもんじゃないしね」

 自己完結し、とりあえずシャワーだけでも浴びておこうと部屋に入ると。

「お帰りなさい、ユーノくん」
「はい、ただいま………え?」
「おじゃましてるよ〜」

 何故か、桃子と美由紀がベッドの上に座っていた。
 とんでもなく巨大な箱と一緒に。

「ええっと………」
「ああ。私たちはすぐに帰るからね?」
「この箱のことだけど、これはなのはとアリサちゃんとすずかちゃんのバレンタインデーチョコ!」
「はあ」

 なんかやけに二人とも楽しそうなのはなぜだろう?

「じゃあ、またね」
「ばいばい〜♪」
「はあ」

 そのまま嵐のように去っていった。

「………なんだったんだろう?」

 部屋には、巨大な箱が残された。
 というか、こんな大きさのチョコなんか、物理的に食べられませんが。
 ………そういえばお昼から何も食べてないな。


「………とりあえず、少しだけ食べていこうかな」

 おなかもすいてる事だし。
 そんなことを考えながら、箱の包装をはがしていく。
 すると、はがれた包装に合わせるように箱が開き、

「えっ?」

 中から、

「ゆ、ユーノくん………」
「ちょっと、遅いわよバカ………」
「ど、どうも………」

 リボンをつけた・・・・・・・なのは、アリサ、すずかの三人が出てきた。

「う、だ、でぇえええ!? ちょ、待って! 確か桃子さん、バレンタインチョコって………!」

 言いかけて気がついた。なのはたちの身体に、茶色いものがついている。
 まさか、あれは。

「ゆ、ゆーのくん……」

 顔を真っ赤にしたすずかが、

「私たちからの……その……バレンタインチョコ……」

 下を向いたままのアリサが、

「受け取って、くれますか………?」

 瞳を潤ませたなのはが、それぞれ口にする。

「…………」

 今、恭也が栄養ドリンクを渡した意味を理解した。










 そしてユーノくんは三人娘からの愛のバレンタインチョコを、
 好き嫌いすることなく、全部おいしくいただきましたとさ♪










―あとがき―
「Hey Everybody!? 元気にしてるか、やろぉおおどもぉおおお!!」
「なんでのっけからそんなテンションなんだよお前」
「興奮せずにいられるか!! 書きたい話が綺麗にまとまったんだ!! こんなに嬉しいことはない!!」
「あー、そのことに関して一言」
「なんだい、マドモアゼル?」
「気色悪いこと抜かすな。このssにも魔法少女のアリサとすずかがいるけど?」
「はっはっはっ。簡単な理屈さ。このssはバーニングアリサ/!! の世界を基本にしてるからね」
「なにぃ!? アレ・・を基本に!?」
「まあ、あくまで基本だけどな」
「どう違うんだ?」
「ええっと、まとめてみると
1 なのは、アリサ、すずかの性格・基本的な戦闘方法・全力全開の姿
2 ノエルが人間
 の二つかな、だいたいは」
「つまりパラレルワールド?」
「そう、そんな感じ」
「しっかし、またエロ寸止めみたいな感じでとめてまあ………」
「はっはっはっ。みたいではなく寸止めだ♪」
「ああああ。言わなきゃわかんないだろ。描写的に直接じゃないんだし」
「なにを言う!? 『なのはたちの身体に、茶色いものがついている。』なんて完全にそういう・・・・描写だろうが!!」
「ああああああああ」
「そんなわけで、ピザ屋シリーズ『バレンタイン編』をお送りしましたー」
「? ちょっと待て。ピザ屋シリーズってなんだ?」
「文字通り。士郎のおっとさんに例の扮装をしてもらって、恋人たちがキャッキャウフフなことをするイベントでハッチャけてもらうのさ」
「毎回今回みたいな騒動が起こるのか………?」
「管理局大変だねー」
「人事か!? 人事だな、人事なんだろ三段活用っ!!」
「それじゃあ、皆さん今日のところはこの辺りでー」
「あーもうここからいなくなりたい。それではー」





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